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『エレーヌ・ベールの日記』、岩波書店、2009年。毎日新聞の書評欄(2009年12月27日、池内紀さんによるもの)で知り、気になっていた本だが、自分のズボラのために、注文したのは先月中旬だ。この本は、ひとりの若い女性の日記であり、もちろん、個人の日常が綴られた一冊なのだが、第二次大戦下のフランスが、国法でユダヤ人に強いた扱いの克明な記録でもある。前半。1942年まで。父の逮捕。徐々に厳しくなる迫害。 “今朝は力をふりしぼって書いてみよう。 すべてを記憶にとどめておきたいから。” [1942年6月24日]それでも、文学や音楽に親しむ時間もある。自分自身のことや、まわりで起こる出来事。1942年11月末からの長い中断の後に、1943年8月に再開された後半。前半とは違って、内省的な記述が増える。自分自身や家族が強いられた厳しい条件の下、そうした傾向が表れるのは普通なのかも知れないが、個人のレベルで記された感傷ではなく、より大きな視点からの記述が目に留まる。このとき、エレーヌ嬢は、22歳という若さなのだ。 “「ユダヤ人」と書くとき、それはわたしの考えをあらわしてはいない。 わたしにとって、そんな区別は存在しないから。 自分が他の人間と違うとは感じない。” [1943年12月31日] (シオニズムに対しても、ドイツ主義に対しても) “自分ではどうにもならない。わたしは絶対、 そうした集団の中で居心地よく感じることはないだろう。” [1943年12月31日]冒頭の地図のおかげで、エレーヌ嬢が生きて、歩いていたパリがわかる。エレーヌの父の勤務先(キュルマン社)やUGIF(フランス・ユダヤ教徒連合)の事務所があった付近を、僕は、それと知らずに、なんども歩いていたのだな。また、ヴィシー政府が、フランス北部占領地帯に強制収容所を作っていたことを、僕は知らなかった。だから、それらの内の一つが、僕が住んでいた街にあったということを、この本で初めて知った次第だ。さいごに記す点、恐縮だが、飛幡祐規というかたの、自然な翻訳文と、たいへん親切な訳注が、ありがたい。
2011年09月03日
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