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広告会社は得意先から受注を受けて、はじめて仕事が成立します。なので私は、得意先のことを考えることが一番だと思っていました。(それはひいては得意先の商品・サービスを使う消費者のために繋がると考えていました)それは今でも正しいと思っています。ですが、会社は言うのです。もっと営収率を上げなさい!と。営収率を上げるためには、マージンの高いメディア(テレビなど)を売るなどの方法が考えられます。メーカーなどでは当たり前のことです。安く仕入れて、加工して高く売る。でも、それを真剣に考えていなかった気がします。私は。広告という特殊なものを売っているから、というのは言い訳ですが、得意先のこと、その商品・サービスを使う消費者のことを考えることが自分たちの存在価値だと思っていました。そこを考え、広告にしてあげることが自分たちの価値である。それにお金を払ってもらっている、と。でも「ビジネス」は違うんですね。もちろん、そうした知的作業に価値を感じてもらったりはするのですが、お金が一番動くのは、メディアの売買。そこでビジネスライクに安く仕入れて高く売ることができないと、会社の収益構造の抜本的な改善には繋がらない。自分にとっては目ウロコでした。
2004.06.29
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今日は、新しい仕事が3件も入ってきました。どれもタフな仕事になりそうで、面白そうです。冷静になれば、自分だけで3つの仕事をこなすのは非常に大変です。しかし、私に声をかけてくれている以上、その期待に応えたくなってしまいます。自分に頼みたいと言ってくれている以上、私は応えます!で、現在、その依頼主が外で呑んでいます(出張してきて依頼してくれたのです)。私はまだ会社です。冷静に考えれば、今、仕事をしないと間に合いません。でも、私は今、必死に呑みに行こうとしています!この日記を書き終わったら呑みに行きます。私に期待をしてくれている依頼主のために。
2004.06.28
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六本木のコンビニでのできごとです。深夜にあるコンビニで買い物をしました。と、もよおす尿意。そこでトイレを借りることに。「トイレを貸してください」「うちでは貸していません」いろいろな事情があって貸していないのでしょう。しかし「貸していません」で終わってしまっては・・・。これだけ自分たちのことではなく顧客のことを考えなければいけないと叫ばれている現代です。自分のことだけを考えていた自動車会社が世間から、新聞から毎日のように叩かれる現代です。同じ貸さないにしても「あいにく事情があってお貸ししておりません。しかし、どこどこへ行けば公衆トイレがありますのでそちらをご利用になっていただけませんか?」とでも言っておけばだいぶ印象も違うだろうに・・・。まあ、でも受け答えをしたのは深夜のアルバイト。トイレを貸してくれと言われたときの対応マニュアルまで目を通したかどうか・・。しかし、企業にとってみれば、こうした一人のアルバイトへの教育も企業全体のブランドに影響を与える時代なわけです。尿意がもたらした時代訓でした。
2004.06.27
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今日、勤め先の社内で社内講演会がありました。今日の話は、お得意先との付き合い方についてです。いいコトバをもらいました。「お得意先は人間ですから頭に来ることもあります。でも、お得意先が提供している商品は、世の中の誰かを幸せにしています。だから、自分の仕事(広告)で誰かが幸せになるはず。こうして結局、お得意先を好きでいられるのです。」最後はやっぱりヒトですね!
2004.06.21
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今日、ある人の講演を聞いてきました。30億年後、太陽系は天の川の星雲に突っ込んで消滅するそうです。そんな話を聞いて、考えをめぐらせました。地球レベルからみれば、自分が生きている時間なんて一瞬。自分が一日一日の小さなことにココロを痛めたり、おかなしなことに笑い転げていても、地球の歴史は止められないし、地球の運命はそう大きくは変わらない。だったら、楽しく生きた方が勝ち!仕事をきちんとしないで上司に怒られ出世できなくても、どうせ最後は天の川に突っ込んでオシマイなのだから。だったら家族のために幸せに生きた方が、死ぬときに幸せを感じるはず!これが仕事仕事で生きてしまうと死ぬときに「何をして来たんだろう?」って。会社は自分の死をこれっぽちも悔やんでいないし、地球の運命も変わらない。どうして自分の一番大切な人たちにやさしくしてこなかったんだろうって。私もそうですが、ヒトは今目の前にあることがほとんど全てに感じてしまいますよね。でも、地球レベルの意識を自分の中に持っておくと本質を見落とさずに済むことがありそうです。いい講演会でした。
2004.06.20
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韓国ドラマ人気。ヨンさまブーム。これには大きな変化が前提としてあると思うのです。それは日本人が韓国人を同等に見始めた、ということです。生意気な話だと思うのですが、日本人は無意識に日本人はアジアで一番すぐれている人種、国家だと思っている節があります。確かに経済も一番発達しましたし、先進国と肩を並べているのも日本だけです。なので、無意識に自分が一番!と思ってしまっているところがあるのです。同じ機能やデザインの商品があれば、韓国製や中国製よりも日本製を好む、映画や芸能も、日本のモノの方が優れていると感じてしまう、などなど。これは何も今の日本だけに限らず、世界中で昔からあったことです。紀元前からあるユダヤの選民思想や、奴隷問題、人種差別、こうした自分の人種だけは特別、と思う気持ちは歴史的に見ていつの時代もあるのです。しかし、日本ではそれが氷解してきました。今や「Made in China」と書いてあってもそんなに抵抗ありません。みなさんユニクロの服を一着くらい持っているでしょう?中国で作られていることに抵抗を感じました?韓国に対してもサッカーのW杯を共催したころから明らかに変わってきた気がします。韓国(の若者が中心になって)が、日本の芸能に非常に高い関心があると知ると(日本語の放送を解禁するなどの第4次文化解放などにつながる)日本人としてもイヤな気はせず、仲のよいお隣さんムードができてきたわけです。特に歴史的な背景を知らない若者にとっては、しこりも別にない訳です。そんな若い世代がテレビ番組を作る年代になり、「チョナンカン」などが作られ、一気に韓国への気持ち的な同列感が作り出されたわけです。今や、韓国の芸能関係を見ることに何の抵抗もありません。(もちろん韓国の芸能関係のレベルが高くなってきているという要因もあります。世界的に評価される映画などが作られていますもんね)抵抗どころか、好きで見ています。なので、ヨンさまブーム、これは本質です。日本人のココロがやっと生意気さを剥がし、アジアの仲間に向って解き放たれたのですから。
2004.06.16
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先日、住宅に関する広告の仕事をしていました。そこで思いました。衣食住の「住」には思想を反映できるな、と。家のデザイン、内装のデザインは、その家を住みやすくさせたり、使いやすくさせたりするために工夫されます。しかしデザインの仕方によっては、ヒトの創造力に大きな刺激を訴えかけますよね。椅子を組み合わせると机になっちゃうとか、ホントに気付かないところに隠し部屋があるとか、配管を剥き出しにしてそれをデザインにしちゃうとか、外観にRを入れて角度によって様々な表情を作り出すとか、いろいろなことが考えられます。「住」のデザインは、単に使いやすさや、奇抜さや、美しさを表現するだけではなく、ヒトに対して椅子の持つ意味をどう捉えたか、生活空間に隠せる場所があることの意味、本来埋め込むものを剥き出しにする意図、多くの解釈ができる外観を選択したこだわり、なども表現できるわけです。ドアは人が出入りするためにあり、だから横や手前に開くようにデザインされているわけです。ですが、果さなければならないことは、ヒトが出入りすること。ならば、きちんとセキュリティが取れてヒトが出入りできれば、なにもドアというデザインに固執する必要はないわけです。例えば大きな滝のカーテンを作り、住人が通るときだけ滝が止まるようにしたっていいわけです(そんなデザインの家、あり得ないでしょうが)。どんなデザインの家にするのか、それは、そこに住む人のいわば思想を反映する、そう思うのです。
2004.06.12
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先日、鹿児島県の人と話をしていました。私は鹿児島県の人ならば、さぞかし芋焼酎にこだわりがあるだろうと思っていました。そしたら意外に「芋」ならば何でもいいと。銘柄にはこだわらないと。先日、福岡県の人と話をしていました。福岡県は、芋焼酎を呑む人も、麦焼酎を呑む人も、米焼酎を呑む人もさまざまです。出身地などが関係しているようです。(親戚が鹿児島にいれば芋を呑むし、出身が大分なら麦、みたいな)先日、東京の人と話をしていました。東京の人は焼酎にこだわっています。行き付けの焼酎バーがあり、ワンショットずついろんな焼酎を呑み、それぞれの違いや、産地の特徴などを知っています。焼酎のラベルを、ワインのラベルのように取っておく人もいました。そこで思いました。ヒトは自分のアイデンティティを無意識に確認している生き物なんだと。アイデンティティというと大袈裟ですが、自分はどんな人間で、どこに所属していて、こんな人間です、と常に発信したいのではないかと。焼酎は日本の文化です。芋焼酎は鹿児島の文化です。鹿児島県の人は、焼酎ならば芋焼酎以外をまず呑まないでしょう。なぜならば、芋焼酎は自分のアイデンティティだからです。一方、東京の人は焼酎文化を持っていません。なので、焼酎は自分のアイデンティティを表現してくれていません。自分を表現しようとしたら、焼酎にこだわりまくって、焼酎にこだわっているヤツと思わせる必要があります。日本人は自分を紹介するときに、会社名から言いますよね。いつも無意識に自分の所属を表現してしまうんですよね。自分はどこどこに所属しています、誰々と友達です、こういうことを表現し続けたいんですね。ココロのどこかで。だから友達と思っている人に、向こうは自分のことを友達と思っていないのが分かると非常に不快です。高校生なんかだったら思い悩んでしまうでしょうね、真剣に。無意識に自分を確認し続けるんですね、ヒトって。
2004.06.06
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