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昨夜は、久しぶりに2時間近くテレビを観ましたおそらく、今年になってから初めて、ひょっとしたら、帰国後、初めてかもしれません以前は、時計代わりに1日中テレビをつけていたテレビっ子でしたが、すっかり見なくなりました。自分の部屋にテレビがなく、これまでテレビを見ていた時間は、You tubeに充てられておりますその久しぶりに見たのが、ダウンタウンのハマちゃんが、スポーツ選手とおしゃべりする番組。昨夜は、昨年引退された清原の特集でした 以下、敬称略です。なぜだか敬称がしっくりこないのです。おもしろかったですね~そのむちゃくちゃぶり、豪快さに、何度も声をあげて笑ってしまいました以前にも書きましたが、清原、好きなんですよがんばれ!清原 、がんばれ!清原 (2)やっぱり、1987年の日本シリーズ第6戦、9回2アウトで、泣きながらマウンドに寄ってきてしまった清原の涙ですね。今までの人生が、決して順風満帆ではなかった私は、清原への思い入れが強く、桑田があまり好きではありませんでした。でも、昨夜の番組の桑田のインタビューでは、桑田もやっぱり、心に痛みを感じつつ駆け抜けてきたのかなと感じました。昨夜、番組のなかで語られていた、清原の数々の逸話ああいう豪快さというか、はちゃめちゃさ、理不尽な上下関係は、無形遺産かもしれませんね。私は、学生時代、子どもをキャンプに連れて行くアルバイトをしていました。主に、某大学のラグビー部の方たちが関わっておられ、私たちよりも少し上の方たちまでは、厳しい上下関係があったそうです。私自身1年の時、3年や4年、卒業生の方たちが怖かったですでも、同じお給料をいただいているのに、私たち1年が働いている間、3年の先輩たちが座っているのが納得できなくて、私は、自分の学年が上がっても、基本的には後輩たちと一緒に働いてしまいました。押し付けたお仕事もありましたが自分がそのアルバイトを卒業する時、自分より1つ下の学年の子が、私は1年の時に覚えた仕事を、まだ知らなかったことに気づかされました。伝えるべきことを、伝えていない。できるだけ一緒に動いてしまった、負の結果です。このように、先人たちがもっていた理不尽な上下関係から、学ぶことが、多々あったと感じます。目上の人を敬う態度、お酒の席でのマナーなどなど・・・清原も、自分の稼いだお金を独り占めするのではなく、楽しい時間とともに、周りの方たちに分け与える豪快な人であり、ともに過ごす時間から、後輩たちが育っていくのだろうと感じました。昨夜のテレビ番組で、語られた逸話の数々からは、「番長」というネーミングがぴったりだと感じました。子どもの世界からも、「番長」がいなくなって久しいのではないでしょうか。理不尽さや怖さから、学ぶこと、得たこと、たくさんあったのでしょうね。清原と桑田、2人が同じ年にユニフォームを脱ぎ、一つの時代が終わったのかもしれませんね。マラウイ最後の夜、泊まったロッジで見たNHKのニュースで、清原の引退試合が報道されており、感慨深かったです。今日もぽちっと応援ありがとうございます
February 16, 2009

アルゼンチンの17歳の少女が、7人の子どもの母親になったという記事がありました。“GIGAGINE” 2009年01月23日“The Province” February 25, 200814歳で、男の子を初産。15歳で、女の子の三つ子を産み、さらにまた、それぞれ1.7kgの女の子の三つ子を産んだ。この間、流産もしている。清掃業をしている49歳の母親曰く、娘は、避妊注射をしていたので、妊娠は、予定外だった。「もうこれ以上、子どもはいらない。 また三つ子を妊娠していると知り、我々は死のうかと思った。」娘は仕事をしておらず、母親の家の居間で寝起きしている。長男の父親は、娘とその子を見捨てており、最初の三つ子の父親は、暴力をふるって彼女たちを家から追い出し、次の三つ子の父親が誰か、彼女は明かしておらず、母親が一人で、経済的な面倒をみている。母親は、娘がこれ以上、妊娠しないよう、卵管をしばる手術を医師に頼んだが、アルゼンチンの法律では、21歳以下の女性に、その手術は禁止されている。ソーシャルワーカーによれば、彼女は、性教育を受けていたにも関わらず、また妊娠してしまった。数年前、フジテレビの『世界がもし100人の村だったら』というドキュメンタリーで、アルゼンチンでは、中絶にはお金がかかるものの、出産費用は無料なので、十代の出産が多いというレポートを見ました。冒頭記事の「カソリック」の文字が気になり、サーフィンしました。カソリックでは、婚前交渉、中絶、避妊、同性愛のほか、離婚も、人工授精も、認められていないのですね。外務省のアルゼンチン基礎データによれば、宗教はカソリックとのこと。ここにも書いた通り、マラウイでも、性を公の場で語ることは、タブー視されています。知人のお兄さんが離婚、 と言っても、彼が外国に出稼ぎに行っている間に、 奥さんを主治医に寝取られてしまったのであり、 彼は、奥さんから捨てられたのですが、それでも、教会から、参拝を禁じられていると言っていました。毎週、日曜には教会に行く、まじめな信者さんだったので、気の毒に思っていました。同僚の信仰していた宗派では、彼らの洗礼は、頭に水をかけるのではなく、プールのようなところに入水すると言っていました。マラウイも、カソリックの影響が大きいのでしょうね。避妊が禁止されているのなら、HIV/AIDSをはじめとする、性感染症の予防も難しいですね。信仰の力で、性欲もコントロールできるのが、教えなのでしょうか。しかし、聖職者による性的虐待も多発しているようですね。マラウイでも、中絶は法律で、禁じられていると聞きました。が、非合法で、中絶を受けられるようです。ある高校の副校長が、生徒を妊娠させました。生徒は堕胎、退学。副校長も転職したものの、さらに高収入・高地位の職を得たそうです。不祥事を犯した人の転職が、ステップアップにつながるのは、前大統領時代からの悪習と、知人は言っていましたが、性犯罪を犯した聖職者への処罰が甘いのも、カソリック的配慮なのかもしれませんね。聖書が書かれた頃、存在しなかった避妊や中絶を禁止することを、疑問視する意見もあるようです。望まない妊娠を防ぐためにも、HIV/AIDSの予防のためにも、リ・プロダクティブヘルス教育は必要だと、私は思っています。親が子育てを楽しみ、子がのびのび育つためにも、親子の抱えるストレスを、軽減する必要があると思います。しかし、信仰している人たちにとって、宗教の教えは、命や人権以上に、大切なものなのかもしれません。生命や人としての尊厳をまもることと、信仰を、いかにバランスをとりながら、豊かな、幸せな人生を築いていくか。簡単には解決できない、人類が考え続けてきた、壮大なテーマなのでしょう。私もまた、考え、試し続けていきたいと、思います。学ぶことは楽しい今日もぽちっと応援ありがとうございます
February 15, 2009

小学生のみなさんが、「○○小 体験学習中」のゼッケンをして、車いすの方たちとともに、歩いていました交わす言葉も少なく、ぎこちなさげでしたが、素敵な経験だと思いました小学生の学びのためにお付き合いなさっている、車椅子の方たちも、素敵な行為だと思います私が小学生の頃、『道徳』は、教科書か教育テレビから、学ぶものでした。「思いやり」や「配慮」など、教科書やテレビで学ぶより、こうして実際にしてみた方が、考えさせられるし、身につきやすいのではないかと、思いました。最初はぎこちなくても、何回かしているうちにコツをつかみ、慣れることでしょう。以前の私は、手助けの仕方も、お声のかけ方もわかりませんでした。それでもボランティアに興味はあったのでしょう。募金集めに、街頭に立ってみたり、ひまわり号という、しょうがいを持つ人たちの遠足に、お邪魔したこともありました。何ができたわけでもありませんが、目の不自由な人と1日すごしたことで、それまで気にも留めていなかったことや、自分にとっての当たり前と、彼らの当たり前の違いなど、あれこれ気づかされ、新たな視点をいただきました。一緒にすごす時間が大切だと、思っています。お互いに学び合えるからです。イエメンのサユーンという町に行った時、繁華街を、四つん這いで歩いている男性がいました。手と膝に、ゴムを当てていました。傍を通り抜ける時、一瞬、身構えてしまいました。イエメンはイスラムの国であり、喜捨を求められることが、多かったからです(詳しくは→★)。でも彼は、喜捨を求めることなく、満面の笑みで、挨拶をしてくれました素敵な笑顔でした一瞬、身構えてしまった自分を恥じました他の途上国で、日本人女性とともに歩いている時、やはり四つん這いで歩いている男性がいました。一旦、彼の脇を通り過ぎたのですが、彼女は鞄の中からパンを取り出し、彼のところへ戻り、彼の目の前にパンを置いてから、戻ってきました。7~8年前、ホームレスの支援をしている方から、お話しを聞く機会がありました。ホームレスの人たちが体調を崩した時、支援者の手助けもあり、入院することもあるそうです。入院したホームレスの方たちが、いちばん辛いのは、何だと思いますか?同室の方たちからの、お見舞いのおすそわけだそうです。自分を見舞ってくれる人はいない。だから、おすそわけをもらっても、お返しができない・・・何かしてもらったら、お返ししたい。人として、とてもピュアな感情だと思います。それまで私は、冬、駅を降りた後、ホームレスの人たちに、カイロを渡していました。でも、そのお話しを聞いて以来、一方的に何かをあげることは、しなくなりました。彼らの尊厳を傷つけているのかもしれないと、思ったから。彼女の行為を、批判しているわけではありません。彼女はパンをあげてしまって、一食抜いたかもしれないし、尊い行為だと思います。手助けの方法や関わり方は、人それぞれ。唯一絶対の方法などないし、自分の心地よい方法、続けられそうな方法で良いと思います。私は、一方的に何かをしてあげるのではなく、相手の方とのコミュニケーションを大切にしたいです。お互いの尊厳を守り、学び合うきっかけとしたいから。久しぶりの雨です今日もぽちっぽちっと応援ありがとうございます
February 13, 2009

この日記で書いた私の出前講座に対する、小学生の皆さんのアンケートを1月下旬にお送りいただいていました。このところ、東京へ行ったり、ばたばたしており、ようやく整理することができました。長くなりますが、できるだけ、原文のまま、いくつか引用します。設問は、以下の通りです。(1) マラウイは、どんなところだと思いますか? まだ私が話す前、会の冒頭に書いてもらいました。(2) ワークを終えて、どんな気持ちですか? 会の終盤に、2人1組で、あるワークをしてもらいました。(3) 今日のお話しを聞いて、気づいたことやわかったこと、質問など、自由に書きましょう。≪5年生 女子≫(1) 貧しくて食べ物も住むところもないところ(2) ほめられたり、ほめたりすると、 自分もとてもうれしいし、相手もうれしい気持ちになる。(3) マラウイのみんなは、少し貧しいけれど、 みんなでやさしく助け合い、とてもいい国だと思った。 子どもたちみたいに、お手伝いを進んでするというのは、 とてもいいことだと思いました。 日本もそういう風だといいと思いました。≪5年生 女子≫(1) まずしい国。自然がゆたか。(2) 思っていたことをいえてよかった。 相手の人が自分のいいところをみつけてくれてよかった。(3) まずしくても人を思いあったり、たすけあったりしていることをしって、 マラウイの人たちはすばらしいなと思いました。 マラウイの人たちはとても勉強が得意なことを知って、 びっくりしました。 マラウイの人たちは教科書やかばんがないことをしって、 これからは自分の物やみんなの物を 大切につかっていこうと思いました。 食べ物ものこさず、すききらいをせずにたべていこうと思いました。 これからは人と人のちがいをくらべずに ともに思いあっていこうと思いました。 マラウイの人たちのように、心が広い人になりたいなと思いました。≪6年生 男子≫(1) あまりうかばない。(2) ほめられたら、自分の気づかない、 人からの考えがわかって、うれしかった。 また、ほめるのもいい気持ちになった。(3) ぼくたちがあたりまえのほうにしていることが(洗たく、料理など)、 どれだけ大変なのかがわかった。 だから、日本にいることをしっかり思い、 マラウイの人たちの気持ちもわかっていきたい。(質問)・貧しい人たちのために、自分たちにできることは? (小さなこと) ・日本に帰って、最初に思ったことは?≪6年生 男子≫(1) 自然が多いと思う(2) 心があったかい。感動。(3) けっこう貧しいところもある。 マラウイのために、自分たちは何をすればいいですか? マラウイの人たちはいい人ばかり。 毎日おふろに入れることは、とてもありがたいと思うべきだ。≪6年生 女子≫(1) しぜんがおおくて、どうぶつがたくさんいそう。(2) ちゃんとよく私のことを見ていてくれるんだなぁーと思いました。 うれしかった。(3) せかいには、ゆうふくの国、まずしい国、 それぞれいろいろな国があることをしった。 でもマラウイの人たちはきっとゆうふくな人たちよりやさしい、 すばらしい人たちだと思いました。≪6年生 女子≫(1) 日本とはちがって、あまり発展していなくて、 あまりゆうふくじゃないと思う。(2) 言われるときは少しはずかしかったけど、楽しかった。(3) やっぱり、あまりゆうふくな国ではないけど、勉強をたくさんしたり、 とても心がひろくて優しい人ばかりなんだなと思った。 日本は平和でゆうふくな国だけど、 マラウイみたいな心のひろさはあまりないと思う。 日本とマラウイが仲よくなって、日本ができることをしてあげたい。≪6年生 女子≫(1) けして、ゆうふくな国ではないと思います。 平きん(寿命が)40才ぐらいなんて、早死にしそう。(2) 良いことをいわれることは、とても、きもちかったけど、 いうのは、正じきハズカしい!!(3) 私だったら、ごはんをもらえなくて、泣くと思うけど、 あの子は本当に強くて、やさしい子だと思いました。 マラウイの人は、とてもやさしい方が多いのですね。 私もいってみたいです。それにしても日本人は弱くて、 やさしくないということが、あらためてわかりました。 私もマラウイの人のように、強くてやさしい人間になりたいです。 みじかい間でしたが、とてもいい勉強になりました。 私も、マラウイの人が好きになりました。 マラウイファンクラブってありますか? Zikomo Kwambiri!以前にもご紹介した通り、この学校は毎年、協力隊OVを講師に招いてくださっているほか、韓国、オーストラリア、ブラジルの学校との文通、留学生との交流など、国際理解に力を入れているそうで、国際理解委員会もあるそうです。担当の先生が、事前に何度もご連絡くださり、事前資料として手書きの新聞を用意してくださったり、あいさつやありがとうの練習をしてくださっていました。平均寿命のお話は、校長先生が、最初にしてくださいました。もちろん、先生方が模範解答を選ってくださったのだと思いますが、何人かは、私の伝えたかったメッセージを感じ取ってくれたのかなと、うれしく、励まされました小学生だけに素直で、私の主観が伝わりすぎてしまったかな、と、反省もしております。何人か、質問をくれました。そのお返事を、小学生のみなさんに伝えたいと思い、書く間、改めて自分自身、整理するきっかけにもなりました。貴重な機会を、ありがとうございましたお返事が遅くなって、ごめんなさい今日もぽちっぽちっと応援ありがとうございます
February 11, 2009

昨日は、市の主催で「グローバル市民の地域づくり」として、外国人市民会議と、国際協力講演会がありました。講演会の講師が、ベナン出身のZOMAHOUN RUFINさんでした。ゾマホンさんのホームページ以下、黒字は、講演内容の抜粋です。“欧米”といった表現をはじめ、できるだけ、ゾマホンさんのお言葉のままにしてあります。「 」内の文字は、ゾマホンさんが漢字で板書された言葉です。アフリカは、石油や金、ダイヤモンドなどの地下資源も豊富で、世界でもっとも豊かな大陸。しかし、今、もっとも貧しい大陸。なぜか。ZOMAHOUNという名前には意味があるが、RUFINは生後、キリスト教の洗礼により、与えられた名前で、意味がわからない。美人は、見た目ではなく、心の美しさ。日本の良さは、経済力でも技術力でもなく、周りの人たちのことを思いやる「集団主義」にあった。近年、欧米化が進み、「個人主義」化が進んだ。欧米化は心がない、弱肉強食の社会。日本は、アメリカの51番目の州になろうとしているのか?ブッシュ前大統領は、イラクで靴を投げつけられた。世界からの、先進国の代表に対する、怒りの表れ。核を所持していなかったイラクへの戦争に協力した、小泉政権の問題。安全は、理想的な人間社会。日本の美は、安心して暮らせること。ゾマホンは、身分証を携帯すれば、日本国内、どこへでも安全に、自由に行くことができる。アメリカでは、自分と家族を守るために、銃の携帯が認められている。幸せになるため、日本の良い文化「集団主義」、平和、侍精神を、永永と守らなければならない。ベナンの平均年収は$600であり、経済的には貧乏だが、心は、ベナンの方が先進国。人間的だし、行きたい場所へ、安心して行ける。これは、伝統的文化の影響。幸せになるために、日本人はもっと賢くならないと、マスコミや、一部の政治家から馬鹿にされる。日本の歴史を身につけ、文化を大切にしないと、アメリカの51番目の州になってしまう。自分の言動が、周りや世界にどのような影響を与えるか、考えてから行動する。約1,000年前、アラブの人々が、イスラム教の布教のため、アフリカに侵入。モロッコ、チュニジア、エジプトなど、北アフリカから、アフリカの人々は、南へ追いやられた。約700年前、欧米の人々が、キリスト教の布教と、石油や金、ダイヤを目的にやってきて、奴隷政策が400年間続いた。1 言葉 2 着物 3 食文化 4 宗教を奪った、「非人間化」だった。その後、植民地政策が300年続いた。日本は1910~1945年の35年間、韓国を植民地にした。名前を奪ったのは良くなかったが、重工業、軽工業を残した。当時の国内予算の6割を東南アジアに使い、技術を教え、欧米による搾取から守った。欧米のアフリカに対する300年の植民地政策は、開発の悪影響、搾取のみで、技術を教えていない。1884~1885年に欧米により、アフリカは分割され、(ゾマホンさんの)ヨルバ民族は、ベナン、トーゴ、ナイジェリア、ガーナなど、数カ国に分けられた。親戚に会いに行くのにも、パスポートが必要となった。アフリカの多くの国では、公用語が旧宗主国の英語やフランス語であるように、まだ植民地政策が続いている。グローバル化により儲けたのは、欧米と東南アジアの国々であり、アフリカにとっては、新たな植民地化だった。経済危機をはじめ、今の世界を救える、アメリカにNoと言えるのは、憲法9条を持つ、日本のみ。“アメリカにNoと言える”のは、石原都知事が言っているような意味ではない。軍隊をつくるのは、間違い。日本は、北朝鮮との問題解決のために、なぜ、アメリカと話さなければならないのか。韓国、中国との教科書問題は、大人としての対応が必要。当事国の有識者の智恵を持ち寄り、解決の方法を探るべき。講演費は、ベナンに建てた学校の、文房具となる。皆さんがこうして招いてくださったおかげで、文房具を買うことができる。感謝の気持ちを表すことが大切。≪会場からの意見≫ベナンが1960年に独立できたのも、我々日本人の先人たちが、310万人の尊い犠牲を出し、アジアとアフリカの解放のために戦ったからだ。そのため、オバマ大統領の出現も、10年早めることができた。≪ゾマホンさんの答え≫ありがとうございます。「人間性、愛情」(と、大きく板書)人間性、愛情に基づかないと、世界の問題は解決できない。人間性、愛情のある教育をしないと、世界はもっと危険に陥る。平和が、何より大事。欧米に搾取されていることに、発言できるのは、日本だけ。アフリカで異論を唱えれば、旧宗主国の企業や政治家たちが、現地の国民を操り、そのリーダーが暗殺される。日本国憲法をマッカーサーに押し付けられたという意見もあるけれど、平和憲法を受け入れた、当時の日本人は偉かった。ベナンの識字率は25%。日本人の多くは、世界を知らなすぎる。もっと世界を知ってください。もっと貧しい人のことを知り、みんなで、幸せになりましょう。以上、ゾマホンさんの講演と、会場からの質疑応答であり、歴史観や平和に対する考え方など、黒字に対するご意見、ご批判をコメントいただきましても、私は、お応えは控えます。皆さん、それぞれのお考えがあるでしょうしね。もう少しお話しをまとめていただけたら、90分をもっと有効に使え、たくさんの情報をいただけたのではないかと思います。でも、タレントさんですし、アフリカンが日本語で90分お話しされるだけでも、すごいことですね。ゾマホンさんは、来日される前、北京に留学されていたそうで、途中、中国語を書いたり、話したりもされていました。フランス語、英語など、6ヶ国語を話せるそうです。派遣前訓練で受けた講演のなかに、「アフリカの発展を阻害した大きな要因は、人を作ってこなかったこと。アフリカの人たちは国という概念が乏しく、自分や家族、せいぜい部族のことしか考えない人が多い」とのお話がありました。ゾマホンさんみたいな方もいらっしゃるのだなと、改めて、教育の可能性と魅力を感じました。アッフリカ~ アフリカ~今日もぽちっぽちっと応援ありがとうございます
February 9, 2009

マラウイに医学部はないと聞き、確かめるべく、サーフィンしてみました。マラウイ大学は、以下の5つのカレッジからなります。Chancellor College旧首都ゾンバにあり、最難関と言われます。教育、人文、法など、文系が強いようですね。Education: Curriculum and Teaching Studies, and Educational Foundations; Humanities: African Languages and Linguistics, Classics, English, Fine and Performing Arts, French, Language and Communication Skills, Philosophy and Theology and Religious Studies; Science: Biology, Chemistry, Geography and Earth Sciences, Population Studies, Home Economics, Physics, Mathematical Sciences. Social Science: Economics, History, Psychology, Political and Administrative Studies and Sociology; Law: Foundational Law and Practical Legal StudiesThe Polytechnicマラウイ最大の都市、ブランタイヤにあります。政治や経済、工業系を学びたい人は、ここを目指すと聞いていましたが、ジャーナリズムやメディアも学べるのは知らなかった。Applied Studies: Computing and Information Technology, Environmental Health, Mathematics and Statistics, and Physics and Biochemical Sciences; Commerce: Accountancy, Business Administration and Management; Engineering: Electrical Engineering, Civil Engineering, and Mechanical Engineering. Education and Media Studies: Technical Education, Journalism and Media Studies, and Language and Communication.Built Environment: Architecture, and Land & Quantity SurveyingBunda College首都にある農業系大学だと思っていましたが・・・The Faculty of Agriculture, in the Departments of Agricultural Engineering, Animal Science, Crop Science, Basic Sciences, and Home Economics / Human Nutrition.The Faculty of Environmental Sciences, has Departments of : Aquaculture and Fisheries Science, Natural Resources Management and Forestry and Horticulture. The Faculty of Development Studies trains students in the following departments; Agribusiness management, Extension, Agricultural and Applied Economics as well as Language and Development Communication.Kamuzu College of Nursing首都リロングウェと、ブランタイヤに学部があるそうです。College of MedicineブランタイヤのMahatma Gandhi Roadにあるそうですが、ブランタイヤにガンジー道があるのも知らなかった在マ中に通っていれば、非暴力を学べたかも知れないこの5つのカレッジを擁するマラウイ大学と、ムズズ大学の2校しか、総合大学はないと思っていましたが、CATHOLIC UNIVERSITY OF MALAWIBachelor of Social Science (Social Work), Bachelor of Arts in Education, Bachelor of Science in Education, Bachelor of Arts in Special Needs Education and Bachelor of Science in Special Needs Education.ブランタイヤの近くに2006年に大学ができたという噂は、1度だけ聞いたことがありましたが、これだったのですね。さらに、私は南部に住んでいたためか、北部にあるこちらの大学は、初耳でしたUNIVERSITY OF LIVINGSTONIACollege of Theology, College of Commerce, Ekwendeni Nursing School, Livingstonia Technical College College of Education.さらに、この大学も設立予定とのこと。LILONGWE UNIVERSITY OF SCIENCE AND TECHNOLOGYScience and Technology Division, Planning and Monitoring Division, Finance and Administration Division,と、いうわけで、現在のところ、4つの総合大学+1つの開校予定大学を含め、マラウイに医学部はなさそうです。「マラウイでも医療助手の資格がとれ、診療行為を行っている」というご指摘を受け、マラウイ大学のcollege of medicineのリンク先を再度、読んでみました。Anaesthesia, 麻酔学 Anatomy, 解剖学Biochemistry, 生化学Community Health, 地域医療Haematology, 血液学Medicine, 医学(内科)Microbiology, 微生物学Obstetrics & Gynaecology, 産婦人科Paediatrics, 小児科Histopathology, 組織病理学Physiology and 生理学Surgery. 外科これらの学科があり、Zomba Central Hospital, Kasungu Hospital, Mangochi Hospital,Rumphi Hospital and Kamuzu Central Hospitalと、マラウイ国内の主な町の病院を併合し、基礎医科学と臨床訓練を統合した学科だそうですが、得られる資格が、degree programme in Science of Medicine。日本の医学部を英訳すると、school of medical か mediclal schoolとなり、得られる資格は、Bachelor of medicine か medical diploma。したがって、マラウイ大学のCollege of Medicineは、日本風に言うなら、医師免許のとれない医療大学ではないでしょうか。医師の資格を取るには、外国に行かなければならないとBalaka hospitalの“医療助手”に、聞いたのを思い出しました。そして、健康管理員の方が、「マラウイには、整形外科医がいない」と嘆いていらっしゃった理由も、わかった気がします。英訳、資格等、違っていたら、ご指摘ください。マラウイにいた頃にはよくわからなかったことが、ネットでこうして簡単に調べられる。日本て便利「マラウイに大学はいくつあるの?」と、マラウイアンに何度か聞いたのですが、よくわからなかったんですよねゾンバに、Chancellor Collegeと、University of Malawiの建物がありますが、それぞれ学んでいる内容が違うらしく、何度聞いても、よくわからずじまいでしたまた、辞書によれば、アメリカ英語では、しばしば、universityであってもcollegeと言い、単科大学をcollegeというそうですが、マラウイはイギリス英語なので、collegeは、universityの学部、もしくは専門学校ですね。私の配属先は、Domasi College of Educationの附属校であり、JICAの要望調査票にはドマシ教員養成「大学」と書かれますが、正しくは、ドマシ教員養成「校」ですね。マラウイの国立高校で教えるためには、universityを卒業する必要があるので、国立高校にドマシカレッジ出身の先生は、少ないです。チチェワなど、universityが力を入れていない教科の先生には、ドマシカレッジ出身の先生もみられますが。逆に、universityを卒業していれば、教育に関する単位を持っていなくても、高校の先生になれてしまいます私が赴任する前、マラウイで家庭科はほどんど行われておらず、教科書すらないと聞いていました。明治時代、ドイツから陸軍のいろはを伝えるためにやってきたメッケル少佐のようなつもりで、向かいましたが、実際には、教科書も、シラバスも、国家試験もありましたこうして調べてみれば、Channcellor College、Bunda Collegeで家庭科を学べるほか、Polytechnicの家庭科教員にも会いましたし、ドマシカレッジでも学べます。マラウイ国内に大勢の家庭科教師がいるのも、納得です自分の覚え書き日記でした今日もぽちっぽちっと応援ありがとうございます
February 4, 2009
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