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天安門事件が起こった当時、私は学生でした。20年、ですか。お隣の大国で、同世代の学生さんたちが、大衆に向かって演説していた姿は、とても凛々しく、憧れました(詳しくは、3年前にも、つづっていますね)ハンストを指揮し、その後、渡米した女性リーダーとともに、ウーアルーカイシーさんは印象深く、数年後、自分の発行した機関紙に、お名前「カイシー=開希」を拝借しました。中国:ウアルカイシ氏、マカオに出頭…天安門事件リーダー(毎日新聞、2009年6月3日)↑この記事にジャンプし、時の流れに、改めて驚かされました。ネット上の記事は、すぐ見られなくなってしまいますからね。以下、いくつか転載させていただきます。「変革への年代記:第3編 天安門広場を離れて--元学生リーダーの思い/中」(毎日新聞、2009年6月3日) 「中国共産党は経済や生活の自由を与える代わりに政治的な協力を求め、国民はその取引に応じてしまった」。90年代以降の急速な経済発展の中で民主化要求運動が停滞している状況を、ウアルカイシ氏はこう分析する。 事件直後、中国に厳しい態度を取った欧米諸国も、中国市場への参入を犠牲にするような批判は控えるようになった。昨夏には中国の大国化を象徴するように北京五輪が開催され、開会式には主要国首脳が顔をそろえた。 「開会式は見なかった。見れば複雑な気持ちになる。私も中国の20年間の変化は称賛に値すると思う」とウアルカイシ氏は率直に認めた。その上でこう付け加えた。「国民の監視や不公正なシステムなど中国にはまだ問題点が多い。国際社会は利益と引き換えに態度を変えるべきではない」「銀幕閑話:第200回 「長征」と「天安門」の若者たち」 当時の大学生たちのはじけるような青春が暗転して行く時代を登場人物の心に寄り添って描いたのが「天安門、恋人たち」(ロウ・イエ監督)である。 プレス資料で監督は「ああいう状況で僕らが出来ることといえば、大声でわめいてビールびんを割ることぐらいしかなかった。僕らには力がなかったのです。僕も映画と同じような体験をしました」と深い挫折感を味わったことをうかがわせている。 日本の60~70年の安保闘争もそうだが、一度体験した挫折感は簡単にはぬぐい去れないようだ。職を転々と変えたり、ひっそり暮らすというように……。企業戦士としてうまく転身を図ったつもりの人も、どこかに心のトゲとしてひっかかって残っているのではないか。とりわけ70年の場合、本来は政治闘争でありながら、戦後の高度経済成長下で自由と豊かさを満喫した団塊世代の若者たちは、既成社会に反抗する快感とでも呼ぶべき祝祭的な気分も味わっていたはずだ。祭りが盛り上がれば盛り上がるほど、その後のダメージも大きくなる。 映画でもユー・ホンは住所も恋人も次々に変え、チョウ・ウェイは外国にまで行って心の癒やしを求めながら、どうしても満たされることのない日々を送る。彼らは10年後の再会で心の充足を取り戻せるだろうか。 長征ツアーに参加した中国の学生たちも今は40歳前後。その後の経済発展に寄与したりアウトサイダーとしてひっそり暮していることだろう。当時の私のインタビューに「今、中国は開放政策によって四つの近代化を目指す“第二の長征”に向かっている。50年前の長征は革命を成功させるという固い信念で行われた。長征の跡をたどりながらその信念を学ぶ必要がある」と熱く語った学生たちと、映画の登場人物が重なる。 映画は喪失感を味わった学生たちのその後の10年に力点が置かれているが、それは取りも直さず若者の信頼を失った中国共産党の喪失の10年でもあるはずだ。これまで直接、お話しさせていただいた、中国からの留学生は、自らの学びと、国の発展をつなげて語る方が多く、印象的でした。国費で留学しているエリートだったからかもしれませんが、彼らの「固い信念」こそが、その後の国力の強さへとつながったのかと、感じていました。「政治的市民」を育む上で、とても興味深い動機づけです。上掲中、水色にした部分は、私にとっての震災であり、私も、喪失の10年を過ごしてしまったのかもしれません。(その後の人生)私もそろそろ夢から覚め、歩み出すべき時が来ているのでしょうテレサ・テン13年目の「真実」 天安門事件が笑顔を奪った 時の流れに身をまかせ今日もぽちっと応援ありがとうございます
June 4, 2009
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お久しぶりです。前回の更新から2か月近くも経ってしまったのですね。自分でびっくり あら。絵文字パレットも、リセットされてる4月中旬より、1年契約のお仕事に就いています。事前に聞いていた内容とは若干異なり、首から下の労働に明け暮れています。帰国後半年、無菌状態にいたためか、日本の風邪に対する抵抗力がすっかり落ちていたのでしょう。勤務3日めにひいた風邪が、なかなか治らず、1ヶ月あまりパブロン漬けでしたふり返ってみれば、これまでも、環境の変化を楽しむよりも、ストレスを受けやすいタイプでした。慣れるまでは時間がかかります。また、事前に聞いていたのとは異なる業務のなか、自ら仕事を探し、必要と思われる場面での動き方や考え方は、協力隊の経験が活かされているような気がします。 協力隊の経験がゆえに、感じてしまう疑問やストレスもありますが帰宅後も、週末も、家ではひたすら惰眠をむさぼっていますこの週末もたっぷり寝て、今朝はだいぶ元気です 昨日、ネットを検索していたら、このページにたどり着きました。2段目のテーマは「仮設『声』の写真集」について。これは阪神淡路大震災で発刊された本で、「隠れた名著」と言われています。しかし市場で出回らなかったのも事実です。を読み、うれしかったですね~この本、私も加わりました。当時は修士論文と生活のための仕事、ボランティアの3足のわらじで、いずれも中途半端な関わりになってしまいました。本のまとめ方も、不本意な出来でしたが、こうして使ってくださっている方たちもいることを知り、かなり励まされました正直、読みづらいと思いますが、機会があれば、あとがきだけでもお目通しください。当時の頑張ってた私が、垣間見えますFMで流れていた電照菊にすっかりハマり、生まれて初めて、音楽をDLで買いましたそろそろ、かりゆし / かりゆし58今日もぽちっと応援ありがとうございます
June 1, 2009
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