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ネット上で、のコラムを読みました。長くなりますが、一部、抜粋します(黒字)。あなたが「片付けられる人」になれないワケ片付け能力のある脳を持つのは人間だけ 脳科学者の篠原菊紀さんによれば、動物で「片付ける」能力を持っているのは人間だけなのだそうです。人並みの知能を持つ猿でさえ、小さなエリアで物を元に戻すことはできても、部屋全体を片付ける能力は持ち合わせていないのだとか。つまり、人間である限り、「片付け能力」は誰にでもきちんと存在しています。人の脳は、先天的に「片付ける」能力を持ち合わせているのです。ではなぜ、「片付けられない」という人がこれほどまで多く世の中に存在し、巷には収納のワザ本が氾濫しているのでしょうか? その答えは、現代社会にあると思っています。つまり、人の脳が先天的に持ち合わせている「片付け能力」をはるかに上回る量の物が、現代のオフィスや家庭に溢れてしまっているのではないでしょうか? これほどまでに多くの物に溢れていなかった、祖母や曾祖母の時代の家では、今のような収納術、整理整頓術はさほど必要とされていなかったのでは?つまり、あなたが片付けられないのは、あなたの能力に問題があるのではなく、単に「あなたの脳のキャパシティを超える物の中で、脳がキャパシティオーバー状態になっているだけ」と考えることもできるのです。大丈夫、あなたの脳にはちゃんと片付ける能力があります。できないことにばかり目を向けるのではなく、自分の持つ「できる」能力をちゃんと認めてあげることからはじめましょう。そして1、 溢れすぎた物を減らす2、 自分の脳のキャパシティにあった物とスペースから片づけを始めるこの色にした部分、大いに納得しました。マラウイから帰国した当初は、物と情報がありふれている日本の生活に、目が回りそうでした満席になっていないのに、発車する電車やバス(★) 電車の中の吊り広告や、周りの乗客が話している言葉が すべて理解できてしまうことは、煩わしかったです。 村ではテレビを持っていなかったので、帰国直後はテレビも疲れました。飲食店に入れば、「いらっしゃいませ」とおしぼりまで差し出し、 にこにこ応対してくれる マラウイでは、仏頂面の店員も多いです。歩いているだけなのに、ティッシュやクリアファイルなどくれることも驚きました。 自室は2階のため、家の階段で筋肉痛になったり・・・ 村には、階段のある施設はありませんでした。 そして我が家に、お皿や調理器具があふれていることや、自分が持っていた服や鞄、靴、本の数にも驚きましたあれから早、1年。 今やすっかり、便利な文明生活にぬくぬく浸かっています。 と言いつつ、今も日に何回か、マラウイの風景がフラッシュバックするんですけどね。木曜、マラウイの友人が、私の帰国後1年を記念して、送ってくれた手紙が届きました 3週間で着いたのは、ラッキーでしたお礼の電話をしたところ、昨日まで2週間、国家試験の監督のため、今、住んでいる村から片道4時間あまりかかる村へ行っていたそうです。私が住んでいたゾンバ地区には、最高学府Chancellor Collegeがあり(★)、 Chancellor Collegeのことをチャンコーと、マラウイ人は呼びます。 Collegeを「コリッジ」と発音するマラウイ英語のためですが、 日本人にはチャン校と聞こえ、馴染み易かったです。チャンコー出身の先生もうじゃうじゃいます。国家試験会場の最高監督者は大卒の資格が必要のため、チャンコー出身の同僚たちも、近隣の村に駆り出されていました。電話をした友人は現在、マンゴチ地区に住んでいるのですが、隣の地区まで駆り出されたようです。田舎へ行くほど、大卒者の確保が難しいのかもしれませんね。その村では携帯電話の充電もできず、電波も届かなかったとかちなみに昨夜、電話をした時は、マラウイのルーティン?(★)夕方の停電の最中でした。恵まれた日本の生活に感謝し、物を大切にしたいと改めて思いました。★をクリックしていただくと、関連日記へとびます。今日もぽちっと応援ありがとうございます
October 24, 2009

12歳の出産・死亡…少女の命を奪ったイエメンの「強制結婚」ネット上の記事はすぐ読めなくなってしまいますからね。そのまま転載させていただきます(黒字)。私見は引用のあとで・・・ 中東の最貧国イエメンで9月11日、ひとりの少女が出産の際の合併症で、赤ん坊とともに死亡した。12歳。3日間にわたる陣痛と多量の出血に苦しんだ末の死だった。結婚制度を含む法律の不整備、相次ぐ紛争で疲弊し、貧困にあえぐ地方、根強く残る部族社会、そしてそれらを統制できず有効な手だてが打てない中央政府-。少女の死の背景には、イエメンが抱える問題が横たわっている。 イエメンの人権団体「子供の保護のためのセヤージュ(柵)」(本部・首都サヌア)などによると、少女の名前はファウジヤ・アブドラ・ユーセフさん。同国西部ホデイダ州の貧しい家庭に生まれ、2008年、11歳のときに父親から24歳の男性との結婚を強要された。小学校は4年生でやめさせられた。 ファウジヤさんは間もなく妊娠。今年9月に入って陣痛が始まった。大量の出血を伴っていたが、この時は病院に連れて行ってもらえず、3日後、やっと病院で医師の診察を受けたときには手遅れになっていた。 イエメンでは、経済的に困窮した家庭が、新郎側から支払われる婚資金目当てに幼い娘を結婚させるケースが多く、ファウジヤさんも同様の事情で結婚を強要されたとみられる。 こうした「強制結婚」は地方を中心に広がっており、既婚女性の約半数が15歳以下で結婚しているとのデータもあるという。 ■8歳女児の訴え 中には耳を疑うような事例もある。 2008年には、当時8歳の小学2年生の女児が、28歳の男性との結婚契約書に署名させられた。米CNNテレビやフランス通信(AFP)などによると、この女児は署名後も18歳までは自宅で両親と暮らす約束だったが、じきに父親から男性と同居するよう強制された。 数週間後、“夫”から暴力を受けるようになった女児は家を飛び出した。タクシーに乗り込んで裁判所まで来ると、助けを求めるためにベンチに座って裁判官が通るのを待った。まだ文字も満足に読めない女児が必死に絞った知恵だった。 女児はその後、知り合った弁護士の助言を受けて正式に離婚を申し立て、同年4月、主張が裁判で認められて離婚が成立した。 ■あいまいな規定 「強制結婚」問題の背景には、イエメンの法律に結婚の最低年齢に関する明確な規定がないことがある。 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、女性は「性交渉が可能になるまで結婚できない」などとされているだけで基準があいまいな上、夫婦間の暴力を罰する刑法上の規定もない。同国の女性の人権問題に関する政府機関が、女性が結婚できる最低年齢を18歳とすることや、違反者には禁固や罰金などの刑罰を課すよう法律の改正を求めているものの、議会側の抵抗で実現の見通しは立っていないのが実情だ。 また、「結婚の年齢制限はイスラム教の教えに反する」と主張する部族指導者も多いという。イエメンでは部族の独立性が高く、中央政府による押さえが効いていないとの指摘もある。 ■紛争が生む貧困 相次ぐ紛争と貧困も強制結婚が後を絶たない原因の一つだ。 イエメンでは1994年、政府軍と南部の分離独立派との間で内戦が発生。2004年からは北部で、政府軍とイスラム教シーア派の一派であるザイド派の反政府勢力が断続的に衝突を繰り返している。紛争が起きるたびに国内難民が大量発生し、経済が疲弊してますます社会情勢が不安定化するという悪循環に陥っているといえる。 そんななか、貧困にあえぐ家庭にとって、娘を結婚させることは、家計への負担を減らすとともに、婚資金として収入を得られる手段となっているのだ。 また、ファウジヤさんの死について、セヤージュの代表者はCNNに対し、「直接の原因は医療ケアがなかったためだが、本当の問題は、イエメンでは教育が欠如していることだ」と指摘。男性で約67%、女性では25%程度ともいわれる識字率の低さが、人権意識の普及や適切な保健教育の充実を阻害していると訴える。 「強さ」や「男らしさ」を重んじる男性中心の部族文化が根強いイエメン。ファウジヤさんの悲劇は、氷山のほんの一角だとみられている。イエメンは、4年前に実際に行くまで、名前も知らない国でした。 南北紛争のあった国のためか、韓国の学校ではイエメンのことを学ぶそうです。協力隊に派遣される前の訓練では語学だけでなく、さまざまな講座を受けることができました。なかでも私が最も印象深かった講座が、「イスラムとは何か」。コーランやイスラムのお数珠に直接触らせていただいたのみならず、習慣や価値観の違いをわかりやすく説明してくださいました。なかでも、イスラムの女性たちが体を隠すべき戒律は、男性を欲情させないためとのお話が印象的でした。男性を挑発せぬよう、髪を隠すへジャブ。体のラインを隠し、顔だけ出すチャドル。唇など顔の大半を隠し、眼だけ出すニカーブなどの段階がありますが、イエメンでは眼さえも隠すブルカ。露出しているのは指先だけです。女性にカメラを向けてはいけないため、自らモデルになりました。記念撮影のため、眼を出してしまっていますが、本来は、眼も隠します。外務省が「渡航の是非を検討して下さい」に指定している地区、住民が普通に銃器を持ち歩いているエリアを通り抜ける際は、このブルカがとっても便利だったんですけどね。逆に、ブルカを着ずに、洋服で移動している時は、バスやタクシーで隣になったおじさんたちがフツーに、太股をなでなでしてきました。彼らの常識からすれば、ブルカを着ていない女性は触ってもいいようです。結婚式に2回、お邪魔しましたが、結婚式の日に、初めて相手の女性の顔を見るのだそうです。新婦がきれいでよかったと、ある新郎は喜んでいました。ここやここにも書きましたが、イエメンで走っている車は、かなりの年代物が多かったです。マラウイに到着直後、いちばん驚いたのは、イエメンに比べ、ぴかぴかの車がたくさん走っていたことでした(★)。マラウイの一人あたりGNIは160米ドル、イエメンは600米ドル(2005年、世界銀行)だったんですけどね。GNIと実際の庶民の暮らしは、一概には比較できないといったところでしょうか。宗教と人権、なかなか難しい問題ですね。今日もぽちっと応援ありがとうございますにほんブログ村
October 13, 2009
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久々に、むち打ちが出てしまいました20歳の時の交通事故以来、長い付き合いです。急な天気の変化や、疲れがたまった時などに出やすいのですが、数年ぶりに発症したむち打ち。ストレスが原因のような気がします。ここ数日、痛み止めが手放せず、円皮針を貼り、少しましになりました。 セイリン円皮針 リングバンPタイプさて昨日は、歯医者さんでした。これまでにも何度か紹介した通り(★、★)、かつては防衛庁にお勤めで、自衛官の方たちの歯を診ていらっしゃった方で、協力隊として派遣される前に、徹底的に治療していただきました。相変わらずマニアックと言いましょうか。私自身、気づいていない不具合を発見し、治療してくださいます。1時間に1人の患者さんしか予約を入れていないためか、いつも治療を始める前にあれこれ世間話をしてくださいます。今回は、台風のことを話した後、 歯医者さんは、コンテナが高潮で流されたり、橋の上でトラックが横転した豊橋市にあります。 台風が去った2日後も、信号が斜めを向いていたり、 看板が倒れていたり、暴風の跡が見られました。 ふと、こんな風におっしゃっていただきました。「○○さん(←私)のような人は、 物が足らなくてもあるもので代用したり、工夫をしたり、 1つの物事を正面からだけでなく、裏から見たり、斜めから見たり、 いろんな見方ができるよね。 画一的な教育を受けて、そこしか知らない人たちに比べ、 そういう視点は必要だよね。」私は工夫はあまり得意ではなく、今も母の方が得意ですし、日本なら100均で何でも手に入るんですけどね視野の広がりや視点の変化、対応力は、確かに増したような気がします。協力隊OVのことを、こんな風に見ていてくださる方たちのあたたかな視線、励まされます協力隊を経て得た視点や発想を、周りに還元していけるよう発信し続けなければ昨日は、小さな御神輿を2回見ました。市内には古墳が300あまりも残っている歴史の長い町ですが、大きなお祭りが残っていないことが不思議。今日もぽちっと応援ありがとうございますにほんブログ村
October 11, 2009

先月の連休、神戸へ行ってきました。帰国直後、ご挨拶に行って以来、なかなか行く機会がなかったのですが、11カ月ぶりにようやく里帰りすることができました 以前、年に何回か韓国へ行き、1~2回は大きな海外旅行へ行きたいと書きましたが、 年に何回か神戸へ行くことすら困難だった、この1年をふり返りながら・・・神戸は、私の人生の中でもっとも長い時間をすごした街。高速道路が神戸に近づくにつれ、わくわく無意識に頬がゆるみます実家に暮らして1年が経ちますが、仕事を始めてからも未知のことも多く、新たな世界へ足を踏み入れたような感じがあり、神戸の方が「帰ってきた」とつよく実感します。 第二の故郷ですね今回は両親と一緒だったのですが、軽く食事をした後、私のユタのお店に行きました。彼女が携帯電話を機種変更していたにも関わらず、私がマラウイから送った最初のメールからすべて保存してくれてあり、いくつか読み上げてくれました。当時の自分を想い出しマラウイへ行く前、行った後の戸惑い、そして本当に辛かった頃・・・いつも彼女に支えられていましたお互い筆不精で、帰国後も頻繁には連絡を取り合っていませんが、大切な私のお友達です久しぶりに痛飲し、軽く二日酔いながら、ミュンヘンでランチをして、1泊2日の神戸帰省を終えました。人とのつながりが、私の財産今日もぽちっと応援ありがとうございますにほんブログ村
October 4, 2009
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