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昨日に引き続き、オーストラリア(シドニー)の話題でいきます。私がシドニーにいた頃、とても仲良くしていたオージーの男がいるのですが、残念なことに、彼は結婚生活わずか1年にして、破局を迎えてしまいました。聞くと、原因はどうやら、奥さんに彼氏ができたことらしい。彼女は、夫といつの間にか疎遠になり、別の部屋で二ヶ月ほど暮らしたあと、自ら出て行ったそうです。その夫婦には、もうすぐ2歳になる娘がいるのですが、一週間のうち、奥さんが4日、旦那が3日づつ、面倒をみるということで、決着を見そうです。私は、その旦那とは5年来の付き合いで、性格も知り抜いています。彼は、絵に描いたような「いいヤツ」で、誰に対しても親切で面倒見がよく、とても家族を大事にする男です。料理の腕はともかく、家事も育児もよく分担して、夜泣きにもちゃんと付き合い、娘もよくなついていました。奥さんは、そんないい旦那と、どうして別れたのでしょう?世の中見渡しても、あんなにいいヤツは滅多にいない。、一体なぜ、別の男のもとに走ったのか?・・・私には理解できません。もう少し詳しく話を聞くと、彼は、こう言ってました。「たぶん、経済問題だろう」と・・・。--------------------------彼の家庭は、決して、経済的に困窮していたわけではありません。むしろ、安定していました。彼は、シドニーの大学でコンピューター・サイエンスを専攻した後、大手IT企業に就職し、以後8年間、エンジニアとして働き続けてきました。ここ数年、昇給はほとんどないけれど、それでも、一度も職を失うことなく、世間一般からみれば、まあまあの給料をもらいながら、今日に至っています。今から4年前、彼はシドニー郊外で、家を購入しました。間取りは3部屋あり、築年数は多少経っていますが、昔の造りだけにリビングがとても広く、天井も高くて快適な、「ヴィラ」という庭付きの集合住宅です。買い値は、44万ドル余(約4000万円)。不動産の高騰した昨今のシドニーで、サラリーマンの初回マイホームとしては、まあ平均的な価格帯でしょう。彼は、2割の頭金をなんとか揃えて、35万ドル余(3200万円)のローンを組みました。いまオーストラリアは、住宅ローンの利子が、年7%を超えており、返済は決してラクではありません。ですが、生まれも育ちもシドニーという彼は、土地持ち、家持ちの両親から強力な援助を受けることができました。それは、・自分の買ったマイホームを賃貸に出す。これを投資物件扱いとし、税法上の優遇措置を受ける。・両親がシドニーに持つ、投資物件の一つに住み、相場よりかなり安い家賃を払って暮らす。そのおかげで、彼らは、夫婦共働きで子供もいないうちは、あまり重荷を感じることなく、年に1度は、海外へバカンスに出かけるなど、なかなか優雅に暮らしていました。ところが、子供が生まれ、奥さんが仕事を辞め、夫の収入だけに頼って暮らすようになると、事態が一変しました。家計に余裕がなくなり、どこへも遊びにいけず、暮らしていくだけで精一杯、という状況になったそうです。子供ができてからの、彼の家のバランスシートは、こんな感じだったと推定されます(単位は1ヶ月)【収入】夫のサラリー(税引き後) 3500ドル持ち家の家賃収入 1500ドル計 5000ドル【支出】(※義務的支出のみ)持ち家の不動産ローン 2490ドル (※あと22~23年で完済するプラン)持ち家の管理費等 150ドル親に払う家賃 870ドルプライベート健康保険 100ドル車の維持費・ガソリン代等 200ドル計 3810ドルしたがって、可処分所得は、差し引き1290ドル(11万6千円)と推定されます。この中から、食費、水光熱費、ミルク代、オムツ代、デイケア代、娯楽費などを、捻出しなければなりません。シドニーの物価は高く、すでに東京並みなので、一家三人が暮らすには、決してラクな金額ではありません。とはいえ、これがフツーの、シドニー市民の暮らしなのです。特に、最近シドニーでマイホームを買った人の家計は、もっと苦しいのが当たり前。彼の場合まだしも、住宅ローンを完済するプランに入っているだけ、大したもんです。今シドニーには、無理して家は買ったけれども、完済など夢のまた夢、利子しか払ってない人が大勢いますし、それでも維持できずに、不本意ながら家を売りに出した人が、たくさんいます。それに彼の場合、正社員で仕事は安定していますが、世の中には、もっと不安定な雇用に甘んじている人が非常に多い。現実は厳しいのです。だから、「世の中から比べれば、まだまだ、全然恵まれてるじゃん」と思うのです。それは、彼も認めています。でも、奥さんにはそんな暮らしが、我慢できなかったらしいのです。彼はこう言います。「たぶん、お金持ちの男を見つけたんだと思うよ。だから出て行ったんだ・・・」「俺の買った家は、ちょっと高すぎたのかもなあ・・・」皮肉なことに、彼自身、家族のために、もっと余裕のある暮らしをしたいと考え、3月から転職活動に励んできました。そして見事、今の仕事より10万ドル近くも給料の良い職を得て、間もなく、正式なオファーレターをもらう予定だったのです。ところが、そのわずか二日前、奥さんが、最後通告を出して、「あんたも、彼女見つけた方がいいよ」という捨て台詞を残して、去っていった・・・。そんな彼が、気の毒でなりません。私は聞きました。「お前、これからどうするんだ?」と・・・そしたら、「とりあえず、転職はするよ。そこで当分働いて、その後は・・・中国に出稼ぎでも行こうかな」--------------------------私は、やりきれない気持ちになりました。たとえ贅沢できなくとも、シドニーの抜けるような青空と、緑濃い郊外の住宅地、家族思いの優しい旦那と、可愛い娘、広い庭、美味しい食事・・・それだけあっても、満ち足りることができないのだろうか?今回、離婚という選択をした奥さんは、たぶん、後で後悔することになるでしょう。たとえ、お金持ちじゃなくても、優しく思いやりがあって、自活能力も十分ある旦那さんを、自分から捨てた・・・という選択が正解だったのかどうか、後で、きっと思い知ることでしょう。どの国で暮らしていても、人間、足るを知ることは必要だと思う。そして、家族や生命を慈しむことも・・・。
2006年10月31日
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Yahooセカンドライフの、第7回投稿記事です。掲載は、11月後半になる予定です。過去の投稿記事第1回:オーストラリア・シドニーで暮らす第2回:自由の歩き方第3回:人種のるつぼで世界を学ぶ第4回:不動産ローン地獄@シドニー第5回:格差社会シドニー第6回:バナナと卵(一部修正しました)---------------------理想の移住先として、近年人気が高まっているオーストラリア。その人気を反映してか、ネット社会の場末で細々とやっている私のホームページにも、移住希望者からの相談メールが、数多く舞い込むようになりました。特に2002年、メールで移住相談というコンテンツを立ち上げて以来、相談件数は急増し、すでに、300人以上の方の移住相談に乗ってきました。その何割かは、見事、移住の夢を果たし、豪州大陸で元気に暮らしています。移住相談、といっても、見ず知らずの人が、ネットの情報だけを頼りに、私までメールを寄越して来るわけです。その文面は、真剣そのもの。こういう方々は、尊敬に値します。彼らは、自分のプライベートな情報をさらけ出して、私という、見ず知らずの人間を信じて、豪州移住という夢に向かって、少しでも有益な情報を引き出そうと、頑張っているわけですから。その熱意に打たれた私は、プライベートな時間をずいぶん費やして、力の及ぶ限り、サポートしようと頑張ってきました。返事を書く私も、真剣です。時にはシビアな言葉を投げかけることもあります。「移住するのなら、それなりの覚悟をしてきてください」私が相談のなかで、特に重視するのは、豪州移住後の「職とお金」です。特に、20~30代の若い相談者に対しては、移住後、将来性のある、安定した専門的職業に就くこと、そのためのスキルや英語力、経験を磨いていくことの重要性を、口を酸っぱくして、何百回、何千回と、言い続けてきました。もう一つは、「日本語、日本人社会に頼らずとも、英語だけで働き、暮らせる能力をつけてください」日本人は、豪州では圧倒的なマイノリティです。日本人が最も集中するシドニーといえども、その数は、総人口の0.5%に満たないのです。もっとも、日系企業は、それなりに進出していますし、豪州(英米)企業でも、日本語関連の求人はありますが、全体のパイの小ささ、職業選択の狭さは否めません。要は、英語で仕事ができ、かつ職業に求められる専門能力をつけないと、将来、必ず行き詰まります。私が余りにも、職、職、お金、お金・・・と言うもんだから、拝金主義者だと思われることもしばしば。でも、これを言わない移住相談なんて、ただの偽善だと思う。---------------------もう一つは、移住の動機に関してです。多くの相談者は、移住後、豪州の地で、何かを実現したい、自分の望むライフスタイルを手にいれたいなど、積極的な動機に突き動かされて、私のホームページの「門を叩き」ます。ですが中には、少数ながら、否定的な動機から、移住を希望する人もいます。たとえば、日本の閉塞感や息苦しい文化に嫌気がさした・・・等々。海外への移住を希望する、その裏には、日本の社会・文化に対する失望や不満が、多かれ少なかれ、含まれているものです。が、それだけが動機であると言われたら、私は、こんな質問をしてみたくなります。「日本で、自分の置かれた状況を改善するために、あなたは何をしてきましたか?」多くの相談者にとって、日本は、母国のはず。母国語を使ってコミュニケーションできる、勝手知った環境で何十年も暮らしている。もし不平不満があれば、それを表明したり、解決を働きかけたり、いくらでもできるはず。うまくいくかどうかは別として・・・。仮に、それさえできないのなら、言語も、国情も、社会体制も全く違う国に行って、一体何ができると言うのでしょう?他人がつくった、居心地の良さそうな国に行けば解決するだろうと、彼らが考える根拠は一体何なのでしょう?そういう人に対しては、シビアな言葉を交えつつ、彼らの心の奥底に眠っている自律と自立を促すよう、誘導してあげるのが、人としての善意だと私は思います。それを言ってくれる人が周りにいなければ、彼らはたぶん、移住しても何も得ることなく、失意のうち日本に帰国し、移住前よりさらに追い詰められた環境に置かれてしまうからです。「三つ子の魂、百まで」。人間の考え方、態度や習慣は、短期間で変わるものではありません。ですので、「移住前、日本でどうやって生きてきたか?」が、移住後の「成果」を、半ば以上、決定してしまうのです。そういう意味でいえば、豪州移住は、日本にいる時から、すでに始まっているのです。今日、この一日をどう生きたのか、その積み重ねが、実り多い移住生活につながっていくのです。
2006年10月30日
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最近の日本では、深刻化する少子化になんとか歯止めをかけたいと、皆が思っているからでしょうか、「子供フレンドリーな環境をつくる」動きが、各地で始まっているようです。いま、東京の大きなスーパーやデパートでは、たいてい、子供用のプレイルームが設置されています。広さはまちまちですが、明るくて、安全で、遊具も衛生的なので、1歳1ヶ月になる娘を抱えた身には、大変助かります。ですが、そういう共用スペースで娘を遊ばせるとき、他の子供たちとのコミュニケーションが、なかなか難しいと感じることがあります。ま、これは子供の問題ではなくて、私が親として、まだまだ不慣れだからだと思いますが・・・。共用スペースで遊んでいるのは、たいてい、3歳から4歳くらいの子供たちで、1歳になったばかりのうちの娘より、ずっと大きい。だから、レゴセットを組み立てて自動車をつくったり、遊具を縦に積み重ねてタワーをつくったりと、なかなか高度なことができます。他の子供たちと数人でチームを組んでの、共同作業もお手のものです。そこへ行くと、うちの娘は、まだ小さいから、何かを組み立てて構造物をつくる作業はまだできません。その代わり、どんなことにも好奇心旺盛で、目に見えるものは、とにかく一度触ってみないと気がすまない年頃です。で、結局どうなるかというと、うちの娘が、他の子供たちのつくっているものを、倒したり、壊したりする!だもんで、パパは忙しいのです。そういうことが起こるたびに、他の子供たちに、「壊しちゃって、ごめんね」と、謝って歩く日々が続きます。パパはつらいのだ!また、そういう子供たちのなかには、なかなか、荒っぽい気性の者もいて、「お前、こっち来るなよ!あっち行け!」自分よりずっと小さい、うちの娘の身体を押しのけて、おもちゃを独り占めしたがる子もいます。そういうのを見ると、親としては、思わずムカついてしまい、(ちょっと怖い顔をして)「おもちゃは、皆のものでしょ。独り占めにするんじゃないよ!」みたいなことを、3歳くらいの子供に向かって言ってしまい、その後で、「もっとうまい言い方があったんじゃないか」と、後悔することもしばしば。本来ならば、子供たちに、「うちの娘が、そのおもちゃにすごく興味があるんだけど、触るだけなら、いいかな?」みたいな言い方で、許しを請えば良かったのかもしれません。ま、そういう言動が自然と出てくるまでには、親として、もっと経験を積まないと難しいのでしょうね。-----------------------ところで、いま日本では、中学生の、いじめによる自殺事件をきっかけとして、「いじめ対策」が、国政の場で議論されるようになりました。教育改革を公約とする阿部首相までが、これに関わっているようです。私は、中学・高校時代、ずっと「いじめられっ子」だったので、このニュースを聞いて、いろいろと感じるものがあります。私が学校で「いじめられて」いたのは、1980年代。全国各地で、校内暴力が問題になっていた頃です。「いじめ」の問題も深刻でした。いじめられた子が、自殺にまで追い込まれたケースも、また、集団でのいじめの結果、生徒が死亡してしまった事件も、当時から散見されました。但し当時は、そういう事件が起こった際、今の時代ほど、世間が大騒ぎすることはありませんでした。新聞記事も、たいていベタ記事扱いでしたし、ワイドショーで取り上げられることも、今ほど多くありませんでした。「いじめられっ子」としての、私の個人的体験から言えば、当時は、次のような価値観が主流でした。・いじめは良くない。でも、いじめられる側にも原因がある・(特に男の子の場合)弱いから、いじめられる。そうなりたくなければ、強くなるしかない・「いじめっ子」であることよりも、「いじめられっ子」であることの方が恥ずかしい要は、今よりも、マッチョな価値観が支配していました。その結果、「いじめ」の多くは、ニュースになることなく、闇から闇へと葬られました。結局、いじめられたら、泣き寝入りするしかない。ひたすら耐え忍んで、クラス替えや進学を待つしかないのだ・・・という筋書きのもと、物事が淡々と処理されました。ですがこうした、「いじめられる側」に一方的な負担を押し付ける方法では、やはり限度があったのでしょう。結局、いじめられた子の「自殺」という、無言の抵抗が相次いだことにより、世間様の価値観も、変わってきました。今の時代は、・いじめる側が、一方的に悪い。いじめられた側は、被害者である・いじめは、闇から闇へ葬らず、表沙汰にして、責任を追求すべきだみたいな価値観が、強まってきたように見えます。昔と比べて、いじめられた側が、ハッキリ物申すようになってきたのでしょう。とはいえ、どちらの時代の方が望ましいのか、私には分かりません。いじめを表沙汰にするのは、物事を「見えやすく」する意味ではいいのかもしれませんが、せっかく表沙汰になっても、お互いが、ネガティブな心情を吐き出しているだけのような気がして・・・外野からの心ない個人攻撃も、相変わらず激烈です。日本人は、「いじめ」を自分の文化に合ったかたちで処理する方法を、まだ身につけていないのかもしれませんね。--------------------------時々、こう思うことがあります。・うちの娘が、いじめに遭ったら、どうしよう・・・・うちの娘が、他の子をいじめて傷つけたら、どうしよう・・・日本に限らず、どの国でも、いじめはあります。人間社会に生きる以上、いじめと全く無縁の生活なんて、ありえないでしょう。現に、大人の世界だって、いじめに満ち満ちているわけですから。だもんで、いじめのリスクを正面から受け止めた上で、娘と密にコミュニケーションをとり、「困ったら、何でもパパに相談する」だけの信頼関係を築いておくことが、何よりも重要だと考えています。それさえできれば、「いじめ」の芽も早期から摘み取れるわけですから・・・。ですが、仮に娘がいじめに関わってしまった場合、自分が「親バカ」でかつ、「血の気が多い」ゆえに、その事実を受け入れるのは、非常に難しいのではないかと思います。たとえばの話、他の親が、我が家に電話してきて、おたくのソフィアちゃんが、うちの子をいじめて、困っている。どうしてくれるんだ!みたいな口調で、怒鳴り込んできたら、私はたぶん、うちの子に限って、そんなことはない!と、一喝しちゃうんだろうな。だって、自分の子供は、本当に、可愛いですもん。生まれた瞬間から一緒に暮らしてきて、それこそ、目のなかに入れても痛くないほど、可愛い我が子が、ひとさまの子供をいじめるはずなんかない・・・という親心を、私はどれだけコントロールできるのか?親という稼業は、いつも、不安でいっぱいです。初めての子育てですから、本当に、分からないことだらけで、自信なんか全然ない。いつも切羽詰って、右往左往しながら、とにかく一生懸命、娘を育てている。99%の不安を、1%の虚勢で覆い隠しつつ、なんとか子育てしている。そんな時に、他の親から、「お前の子育ては間違っている!」みたいなことを言われたら、たとえそれが事実であっても、ネガティブな感情が、怒涛のように噴き出してきて、それこそ、コントロール不能になりそうな気がしています。どの親にとっても、その点は同じなはず。まともな人間なら、誰もが「親バカ」になる。皆、「うちの子に限って・・・」と思っている。そんななかで、運悪く、いじめが起こってしまったら、子供だけでなく、親同士のコミュニケーションも、余程うまくやらないと、間違いなく、こじれちゃうんだろうな。「いじめ」は、なくならないでしょう。だとすれば、「いじめ」を早期に発見して、最悪の事態にまで至らないうちに、関係者一同の努力でコントロールするしかない。その成功の鍵を握っているのは、担当教師と、当事者の親たちなのでしょう。その際、「親バカ」同士が、いかにして、うまく協力していけるのか?それが、日本のいじめ問題を解決に向かわせる鍵を握っているのでしょう。でも、私には、まだその自信がないんだよなあ。困ったもんです。親バカだもんで。
2006年10月30日
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昨日は、家族と義姉を連れて、総勢4人で、幕張ベイタウン&お台場を、一日中ドライブしてきました。よほっど疲れが溜まっていたのか、家に帰って、赤ちゃんを寝かしつけると、自分もそのまま寝てしまいました・・・。だもんで、ブログは一日お休みになってしまいました。--------------------------今日は軽く、ワインの話でもしましょう。私は、昔から日本酒党ですので、ワインについては、あまり詳しくないし、通でもありません。そんな私ですが、昨年まで、オーストラリアに住んでいました。住まいのあるシドニーから、ドライブで2時間ほどのところに、全豪屈指のワインどころとして有名な、「ハンター・バレー」があります。そこで、ワインセラー(酒蔵)めぐりを、何度かやりました。なだらかに起伏する、広々とした大地。南半球の、澄み切った青い空。点在する葡萄棚がアクセントを添える・・・素晴らしい環境のなかで、シラーズや、ピノ・ノワールを中心に、いろいろと、飲み歩きました。これらは、オーストラリアで愛飲されている、赤ワインの数々です。ここは肉食の国。生産れているワインも、肉料理によく合う「赤」が主流です。ですが、私はなぜか、ワインに関しては、味覚が「お嬢様」的というのか、「お子ちゃま」的というのか・・・スッキリと飲みやすい、軽い口当たりの白ワインを好みます。ワインに、日本酒の感覚を求めてしまうからかもしれませんね。そんな私が、愛するワインといえば、ずばりジンファンデル(Zinfandel)ジンファンデルといえば、ほぼ100%間違いなく、米国(カリフォルニア)産ワインと、相場が決まっています。ジンファンデル種のブドウは、現在、アメリカ大陸でしか栽培されていないそうです。欧州大陸では、病虫害のため、この種のブドウが全滅してしまったのですが、アメリカ大陸では生き残ったんだそうです。ジンファンデルの特色は、甘くて、軽いこと。ブドウの甘みがそのまま乗って、水分も多いため、フルーティな口当たり。また、タンニンが少ないため、渋味、苦味がほとんどありません。そういった特徴から、「女性向きワイン」と呼ばれることもあります。ジンファンデルは、米国では非常にポピュラーなワインで、赤ワインなら、カベルネ・ソーヴィニヨンに次いで二番目の生産量を誇りますが、日本では、それほどメジャーではありません。日本で、「赤」といえば、メルロー、ピノ・ノワールが主流ですもんね。でも私は、ジンファンデルの「赤」ではなく、「白」か「ロゼ」を好みます。ますます女性っぽい?世の中広しといえども、ジンファンデルの白を愛飲している男って、あまり居ないだろうなあ。ところで、私が「ジンファンデルのおつまみ」として、最高だと思うのが、焼き牛タンのスライスです。数年前、牛タンを炙り焼きして、それを、家にたまたま置いてあった、「ジンファンデルの白」と組み合わせてみたら、素晴らしく相性が良かったのです。すっかりハマってしまった私は、・近所のリカーショップで、「ジンファンデルの白」を、在庫があるだけまとめ買い!・卸売り市場で、牛タンの塊2キロを、まとめ買い!牛タンを細かくスライスして、炙りまくって、友達を呼んで、ジンファンデルの晩酌を、毎日のようにやったものです。今日の夜も、「ジンファンデル+牛タン」で、ささやかなパーティーをやる予定です。今から、とても楽しみです♪あと、機会があれば(子供がもっと大きくなったら)、カリフォルニアで、「ジンファンデルのワインセラーめぐり」を、是非やってみたいです。主産地は、サンフランシスコの北方に広がる、ナパ・バレー、ソノマ・バレーの一帯。ウェブサイトを見てると、感じの良さそうなレストランやB&Bも多いみたいで、ますます行きたくなってきたなあ。
2006年10月29日
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東京に転勤になってから、はや3ヶ月が過ぎました。当初の予定では、1年か、或いはそれ以上、ずっと東京に居るという話だったのですが、最近、噂を聞くと、雲行きが怪しくなってきた面もあるようです。最悪の場合、今年末で中国に戻されるかもしれないという・・・。今後、私の身の振り方がどうなるかは、職位上、私よりずっと上の方にいる、天上人(てんじょうびと)たちの、権力闘争によって、決まるのかもしれません。ま、私は直接関係ないけれども、上の方では、どろどろとした、陰惨かつ熾烈なバトルが、日々、繰り広げられているようです。世界のどの国でも、オフィス・ポリティクスとは無縁ではいられません。だから、組織のなかで出世したければ、権力闘争を、勝ち抜かなくちゃならないわけですが、私は、技術屋だし、バックパッカーあがりの、気楽な自由人でもあるので、権力闘争みたいなものは、あまり、興味がありません。というか、性に合いません。ま、中国に戻されたら、それはそれで、いいやあ。なるようになれ・・・と、気楽に考えていますが、家族(特に、台湾出身で寒がりの妻)のことを考えると、大連ではなく、上海に戻れたらいいなあ、と思っています。そのためには、上海で、自分にどの仕事ができるのか、考えておかなきゃね。ま、仕事はいくらでもあるから、大丈夫でしょうけど。でも、どっちみち日本に居られなくなるのなら、思い切って、中国の会社辞めちゃって、オーストラリアに戻っても、いいのかもなあ。そしたら、家族全員連れて、シドニーの自宅に戻る(たぶん、Summer Hill)。で。奥さんが職場復帰して、私が、どこかのIT企業に転職決めて、うちの子を、チャイルドケアとかに預けて、朝晩、私がクルマで送り迎えする、みたいなライフスタイルになるんでしょうかねえ。或いは、中国の会社辞めちゃって、日本で転職しちゃう、って手もありますよね。うちの奥さんが、日本をとても気に入って、オーストラリアに帰りたくないって言い出したら、前向きに考えます。ま、確率としては、こんな感じでしょうか。この年末に、東京勤務が終わった場合の身のふり方上海勤務に戻る 確率40%大連勤務に戻る 確率30%シドニーで転職 確率20%東京で転職 確率10%
2006年10月27日
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今月二度目の大阪出張から、帰ってきました。東京は、今週から朝晩ずいぶん冷え込むようになり、小さい子供のいる我が家では、すでに暖房を使っているほどですが、大阪はまだまだ暑い。特に日中は汗ばむほどで、夏物のスーツでちょうどいいほどの陽気です。当社の大阪事業所にも、何度も顔を出しているので、今では営業や秘書の皆さんと、すっかり顔なじみになりました。すでに、「関西レインボーカード」も買って、大阪の地下鉄や私鉄、バスを乗りこなしています。大阪とは、これから長い付き合いになりそうです。スーツ着て、東京と大阪とを、毎週、新幹線で往復しながら、ノートPCと、携帯持って、メール見て、電話会議とかやったりして・・・私もいつの間にか、「ジャパニーズ・ビジネスマン」が板についてきたようです。そんな私も、つい数ヶ月前は、中国・大連の埃っぽい道を、痰をよけながら歩いたり、市場でもの買って値切ったり喧嘩してたし、その前は、オーストラリア・シドニーで、4年間、スーツを一度も着ることなく、ポロシャツ着て毎日カローラで通勤して、お昼休みは森を散歩してました。ところ変われば、ライフスタイルも変わるものですね。--------------------------ところで、昨日の日記は、「大阪は醜い街か?」とうテーマで書きました。美しいか、醜いか、というのは結局、個人の主観の問題だと思います。でも、人間の好みというのは、ある程度、似通っているものでして、多くの人が口を揃えて「美しい」と言うものを見れば、自分もたいてい、「美しい」と感じるものです。日本でいえば、たとえば京都の紅葉風景。古社寺に町家、着物姿の女性が、真紅の紅葉と絶妙のハーモニーを奏でる。長い歴史的時間を経て磨かれ、円熟した、エレガントな様式美・・・。これはおそらく、ほぼ万人が、「美しい」と認めるものでしょう。ま、そういう「美」の基準で考えた場合、いまの大阪の風景を「美しい」と感じる人は、残念ながら、あまり多くないでしょう。東京圏の片隅で育った私が、大阪の街を歩いて感じることは、美しい都市景観のデザインに、あまり関心がない文化風土です。たとえば、・ビルも、地下鉄も、駅も、つくりが概してチープ。デザインにしろ、材質にしろ、いかにもお金をかけていないことがよく分かる。・公共スペースの景観が貧弱。たとえば、地下鉄駅の人通りの少ない通路に、草花を植えたりして、人の心を和ませるような配慮がなく、殺風景なまま放置されている。・せっかく、水辺空間が豊富にあるのに、それを生かしきれていない。きれいにライトアップして、遊歩道を整備して、リバーサイド・カフェとか、和風のお茶屋とかにすれば、街がずいぶん映えるのに、全然そうなっていない。ま、大阪の街が醜いとまでは言いませんが、景観に無頓着な文化ゆえに、この都市は、イメージ的にずいぶん損していると思います。たとえば、「大阪発のブランド」というより、「神戸発や京都発のブランド」の方が、何となくカッコいいと思えてしまう・・・ここは商売の街のはずなのに、イメージのせいでずいぶん商機を失っているのかもしれません。ですが、見方を変えれば、この街の景色も、ずいぶん違ってみえてきます。--------------------------世の中には、目でものを見て、感じて、美醜を判断する人もいれば、私のように、異常に食い意地が張っていて、味覚と、胃袋でものを感じる人間もいます。そんな私が、大阪で美味しいものを求め歩いている時、ふと、この街の「知られざる美しさ(?)」に、ハッと気づかされることがあります。大阪最大の繁華街・梅田には、日本最大級の地下街が発達しています。阪急梅田駅、阪神梅田駅、JR大阪駅、大阪市営地下鉄の西梅田・梅田・東梅田の3駅、阪急百貨店、阪神百貨店、ホワイティうめだ、梅田食道街・・・これらを全て網羅する、まるで迷宮のような、超ド級の地下街が、ここにあります。そこには、東京では考えられないような高密度で、あらゆるジャンルの食べ物屋が存在します。通路の両側にひしめく、ラーメン屋、うどん屋、カレー屋、とんかつ屋、洋食屋、喫茶店、ケーキ屋、居酒屋、立ち飲み屋、タコ焼き屋、惣菜屋、わらびもち屋・・・歩いてみた印象では、「食べ物関連の店舗」と「それ以外の店舗」の比率が、9対1くらいでした。加えて、阪神と阪急、両百貨店の地下食品売り場の食べ物が多彩なことといったら!全品100円程度、おやつ感覚で食べられる、立ち食い形式の「スナックパーク」から、京都の老舗、贅をつくした高級和菓子まで、世界各国の珍しいフルーツから、オリジナリティ爆発、趣向を凝らした洋菓子まで・・・しかも、地下1階から、地下2階に下りると、そこにはまた、巨大なフードコートがあったりする!とにかく、ゴミゴミした狭い空間に弾け出る、食、食、食・・・の嵐。すさまじいエネルギー、まさに大阪の食い意地が爆発だ!!ここを歩くと、この世の中に、ここまで楽しくて、ワクワクする、人間の五感を満足させる空間があったのか!!という感動で、身震いさえ覚えてしまいます。地下街の両側、何百もある店のなかから、とんかつ屋を選んで、「特選へれ肉定食」(1050円)と生ビールの「中」を注文する(※「へれ肉」とは、東京でいう「ヒレ肉」のこと)。とんかつが美味しいのはもちろんですが、付け合せで出てきた、「赤だし」の味噌汁には、さらに感動♪どうして、東京の定食屋では、「赤だし」を出さないんだろう?こんな美味しいものを、気軽に食べられる大阪人に、軽い嫉妬さえ覚えてしまいました。でもいいんだ。どっちみち、また大阪行くんだもんね♪街の見た目が、美しいか、醜いかなんて、私にとっては、どうだっていい。視覚じゃなくて、舌と胃袋で感じる美しさもあるのだから。メシのうまさは七難かくす???ありのままの大阪を、その個性を、どんどん好きになる今日この頃です。
2006年10月26日
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明日もまた、大阪出張です。今回は、大阪でどんな美味しいものが食べられるか、今からワクワクしています♪お客さん先の近所にある、「西田辺ホルモン」という店が、ちょっと気になる今日この頃です。ところで、大阪といえば、数年前、海外の旅行ガイドに、醜い街とか、ヤ○ザの中心地とか、あることないこと、ボロクソ書かれたことがあり、それを知った大阪府が、「大阪ブランドコミッティ」なる組織を立ち上げ、イメージアップに乗り出したそうです(関連記事)実は私、大阪イメージ問題がニュースになる以前から、某「ロ○リープ○ネット」なる、超有名な英文旅行ガイドのなかで、大阪に対する、心ない酷評を目にしたことがあります。私は大阪人ではありませんが、「それはいくらなんでも、誤解やで!」と、思わず叫びたくなりました。というか、このガイド自体の記述が、ひどいんです。某「ロン○ープラ○ット」の2002年版だったか、2003年版だったかは忘れましたが、日本国内の各都市の紹介を読んで、腹が立ちました。大阪に限らず、目にあまる酷評の数々。それも、「もっと魅力的な街になって欲しい」という愛情がこもった書き方ではなく、いかにもやる気のなさそうな、気の抜けた文章だったからです。確か、こんな感じの書き方でした。・東京(人口1000万人):世界有数のメガロポリス。つまらない形の、灰色のビルが延々と並ぶ。・福岡(人口125万人):九州随一の大都市だが、とりたてて、見るべきものはない。こんなつまらん文章、書くくらいなら、いっそのこと、出版しない方がいいのに・・・。クオリティのかけらもない、まさに、超有名旅行ガイドの面目丸つぶれ!英語を読める日本人があれを読んだら、100人が100人とも、「ロン○ープラ○ットなんか、金輪際買わないぞ!」と思うに違いありません。ま、それはそうと・・・私は、大阪って、とても魅力的な都市だと思うんだけどなあ。というより、京都・大阪・神戸という、全く性格の異なる3つの都市が、あんな至近距離に並んでいること自体、世界的にみれば、奇跡に近いことだと思いますよ。明日は、早起きして、新幹線乗らなくちゃ!
2006年10月25日
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皆さんは、バキュームカー、って知ってますよね?その昔、皆さんの便所が水洗式になる以前、汲み取り式だった時に、皆さんの便所から、排泄物を汲み出すために、街中を走り回っていた、あのクサい車のことです。バキュームカー、中国語では、「吸糞車」といいます。まさに、この漢字の意味の通りですね。いま日本の都市部では、下水道が普及して、ほとんど全ての家庭で、便所が水洗化されましたから、バキュームカーの姿も、ここ20年ほど、ついぞ見かけなくなりました。私が最後にバキュームカーを見たのが、中学生の頃でした。私の住んでいた千葉県柏市では、バキュームカーは、ピアノ曲「乙女の祈り」のメロディに乗って、やってきたものです。なぜ、うんこ&おしっこと、「乙女の祈り」が結びつくのか、私には理解できませんが、とにかく、あのメロディが聞こえた直後に、むせ返るような、強烈な糞便の臭いが、あたり一面に漂ったものです。遠く離れていても、「あっ、バキュームが来た!」と、すぐ分かるほどでした。あの臭いも、便所の水洗化が進むにつれて、私たちの暮らしとは縁遠いものとなりました。今は、便所は水洗どころか、ウォシュレットが当たり前の時代。バキュームカーの時代は、遠くなったものです。私の娘は、まだ1歳。あの子はたぶん、バキュームカーを一度も見ることなく、これから長い人生を生きていくんだなと思うとき、36年という歳の差と、時代の流れを感じてしまいます。でも心の底では、「俺の人生には、バキュームカーの風景があった」ことを、ちょっとだけ、誇らしく思ったりもします。そんな娘と、先日、今は亡き(?)バキュームカーの写真を見ました。「くもん出版」が発売する子供向け玩具、「はたらく自動車カード」というのを買ったのですが、その中に何と、バキュームカーのカードも入っていたのです!私は、娘に説明しました。「ソフィアちゃん。これはね、便所から、うんこを吸い出す車なんだよ♪」と・・・。それを何度か繰り返すと、娘は、ようやく理解できたらしく、今では、バキュームカーの写真をみるたびに、便所の方を指差して、「ふんばる」声を出すようになりました。私が、戦争を知らない子供なら、娘は、バキュームカーを知らない子供・・・
2006年10月24日
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たとえばの話・・・あなたが今、日本の会社に勤めていて、社命で中国へ転勤したとします。もともと、あなたの給与振込み口座は、三井住友銀行につくってありました。が、その1年後、勤め先のメインバンクが、みずほ銀行に変わった関係で、全社員が、みずほ銀行の口座とクレジットカードを、新たにつくることになりました。(注)銀行名:固有名詞使っちゃってすみませんねえ。これは話しを分かりやすくするためで、他意はありません。その後まもなく、中国転勤の社命が下りました。あなたは上海の土を踏み、中国に現地法人を立ち上げる仕事に携わることになりました。上海は、東京よりは物価が多少安いとはいえ、月2000ドルもする、3LDK、家具付き、お手伝いさん付きのセキュリティ・アパートメントに住むほか、タクシー代や接待費もかかるので、人民元の出費も、馬鹿になりません。計算すると、日本円にして、月に40万円以上使っていました。仕事上の出費は、みずほ銀行のクレジットカードを使い、会社のオンライン経費清算システムを使って、清算後、日本の銀行口座に振り込まれることになります。ところが・・・です。その経費清算システムの振込先口座は、これまでの経緯から、三井住友銀行の給与口座に設定されていました。本来なら、みずほ銀行の、クレジットカード連動の口座に振り込んでくれた方が、クレジット決済まで自動で済むから便利なのですが、残念ながら、現行のシステムでは、振込先を手動で変更することができません。そこで、経理部に問い合わせたら、「みずほ銀行のクレジットカードを使った分の決済は、三井住友銀行のオンラインバンキングかテレホンバンキングを使って、ご自分でみずほ銀行に振り込んでください」という、ニベもない答えが・・・。「こんなことも、やってくれないのかよ!うちの会社は、まったく、もう・・・」。ブツブツ文句言いながら、あなたは渋々、三井住友銀行のオンラインバンキング画面を開きます。IDと、パスワードを入力する・・・すると、「パスワードが間違っています!」との答えが。「このクソ忙しい時に、なんだよもう・・・ったく使えねえ!」。あなたは国際電話で、三井住友銀行のオンラインバンキング部門に問い合わせました。ところが、この番号はフリーダイヤルですので、海外から直接かけることができません。そこで、ホームページを詳しく見てみますが、フリーダイヤル以外の番号が全く書いていない!(注)実際の、三井住友銀行のオンラインバンキングでは、海外からかけられる番号もちゃんと設置されています。念のため。「おい、山田くん。そろそろ出発しないと・・・。今回のお客さんは、浦東なんだぞ。川越えなくちゃならない。どうせ橋で渋滞するんだから、タクシーで1時間はみとかないと。さ、早く早く!」忙しい日々のなかで、あなたは、クレジット決済のことなど、すっかり忘れてしまいました。その1ヵ月後、マンションの家賃をカードで払おうとすると・・・審査が通らない!!調べてみると、すでに限度額に達していたのです。さらに調べてみると、毎月末、すごい額の利子が、加算されていました・・・。----------------------以上は、つくり話ですが、仮に「日本」と「中国」を入れ替えて、「三井住友銀行」を「中国招商銀行」に、「みずほ銀行」を「中国工商銀行」に置き換えれば、私のいま置かれている状況と、ほぼ一致します。というか、私の状況は、さらに悲惨です。なぜなら、「中国当局の外貨規制」という、ワケ分からないものが、私の行く末に、重苦しく立ちはだかっているのです。中国から、海外に送金する場合、原則として、1日に5000米ドルを超える送金はできません。それ以上の額を送金するためには、外貨を海外から中国へ持ち込んだ、という証明書のほか、身分証明書、その他、さまざまな書類の提出が義務付けられます。私は前回、中国に行った時に、8500ドルを日本へ送金しようと思いきや、この「外貨規制」に阻まれ、5000ドルしか送金できませんでした。その後、約2ヶ月経ちましたが、日本の高い生活費、引越し、度重なる出張旅費の立て替え、家族の入院(保険証きかない・・・泣)、日本ビザや国民健康保険の取得・・・お金のかかることが相次ぎ、手持ちの日本円が、あっという間に底をついてしまいました。仮にあの時、8500ドル送金できていれば、少しは余裕ができていたはずです。考えてもみてください。5000米ドルって、日本円で、たったの58万円ですよ。そんな「はした金」、って言っちゃあ失礼だけど、でも日本のビジネスマンにとって、こんなの、全然大した額じゃない。やれ東京だ、大阪だと、動き回ってるうちに、すぐ使っちゃうようなお金です。中国の外貨準備高は、すでに日本を追い越して、世界一になって久しい。そんな金満国家が、しかも今や世界のビジネスの中心にある国家が、今どきなぜ、こんな時代遅れの外貨規制など行っているのか、理解に苦しみます。中国の、統制色の強い金融政策を反映してか、この国の金融機関も、海外向けの気の利いたバンキングサービスをほとんど行っていません。たとえば、日本のシティバンクでは、「マルチマネー口座」といって、日本円の口座カードを作って、海外でいつでも現地通貨で下ろせる商品が登場して、もう10年も経つのですが、中国のシティバンクでは、上海でさえ、これに類するサービスをまだ行っていません。同じ銀行なのに・・・。そういえば、中国で10本の指に入る銀行のトップに、突然、政府高官が横滑りしてきた、というニュースが、最近ありましたよね。この国の金融機関は、長らく、国家統制の下にありました。一応民営化しましたが、まだ歴史が浅いのです。国家から独立性を持った、民間経済セクターとして機能していないのです。だから、ガバナンスなんて、あったもんじゃない。話を元に戻しますが、私はいま、経費清算の振込みシステムをめぐって、会社の経理部門と大喧嘩しています。副社長クラスの、すごい偉い人にまでメール書いて、彼の「豪腕」で、経理の仕事のやり方を改革するよう、あの手この手で、働きかけています。勝算はあります。とはいえ、政府の政策まで変えることはできません。だから、次回中国に行った際には、中国の金融機関に預けているお金をすべて、日本とオーストラリアに引き上げるつもりです。あの国にお金を預けていると、自分のお金なのに、自由に使えないんだもん。不安で仕方がないです。全てはあの外貨規制と、しょぼい金融機関のせい・・・。ところで、いま日本人が中国で不動産投資を盛んに行っているようですが、本当に大丈夫なんかなーと、心配になってしまいます。あの国が、今後経済成長続けるのはほぼ確実だし、人民元の価値が上がるのは、もっと確実・・・とは言っても、中国で得たお金を、いつでも好きな時に、好きなだけ日本に持ち帰れるのか?そこまで考えてやらないと、火傷しそうな気がします。だいたい、あんな外貨規制してるってこと自体、政府がいつでも、外国人の外貨資産を実質上凍結できるってことでしょう?なおかつ、あの国の不動産自体が、所有権ではなく利用権だから、政府がその気になれば、いつ召し上げられても文句言えない(ま、当面はないと思うけど・・・)。それに、不動産売買の歴史が浅いからか、法制度がコロコロ変わるんですよね。大連でも、わずか1年の間に、猫の目のように目まぐるしく変わったものです。中国経済は、すごく魅力的だけれど、反面、「リスクのデパート」という気もしています。
2006年10月23日
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先日、TVを見ている時、「本田美奈子の一周忌特集番組」の宣伝をやっていました。そばで、一緒に見ていた妻が、「あれっ、この人、亡くなってたの?」と、驚いていました。実は私自身も、彼女が昨年11月、白血病で亡くなっていたことを、その時初めて知りました。自分が、海外暮らしで浦島太郎になってたことを、また痛感しました。それにしても、何で知らなかったんだろねえ?海外暮らしとはいえ、ウェブで日本ニュースは、毎日チェックしてたはずだし、本田美奈子ほどの有名人が亡くなったら、ニュースにならないわけがないし・・・。で、詳しくみていくと、彼女が亡くなった11月6日には、私は娘の豪州パスポートを取るため、大連から北京に向けて、夜行列車で移動していたことが分かりました。道理で、知らなかったわけだ。夜行電車だと、ネットつなげないもんねえ。---------------------------振り返ってみると、本田美奈子という歌手(というかアイドル)は、日本よりも、台湾に住んでたときの方が、馴染みが深かったような気がします。彼女の曲が一番売れてたのが、1986~87年にかけてだったような気がします。当時、私は高校生で、「1986年のマリリン」とか、「One way generation」などの曲は、オリコンのヒットチャートで上位に入ったこともあり、今でもよく覚えています。あと、「ヘソ出しルック」も、話題になりましたよね(当時は、こんな顔してた)。ですが、日本には、女性アイドル歌手など、本田のほかにもたくさんいるわけで、当時は、おニャン子クラブが全盛期だったし、中山美穂、早見優、中森明菜、酒井法子、あと松田聖子もまだ健在・・・そんな激戦区で、本田美奈子だけが特に目立っていたという印象はありませんでした。その後、1989年に、台湾へ遊学したのですが、当時、台湾での本田人気は凄かったです。当時、日本人女性歌手のなかでは、中森明菜と人気を二分しており、おおよそ、台湾人の若い男性で、本田美奈子の名前を知らない人はいないほどでした。いや、ヘソ出しルックがあった分、中森明菜以上に、人気を集めていた印象があります。本田の場合、歌のテンポも速くて小気味よく、台湾人のテイストにぴったり合っていたのかもしれません。日本で、おおよそ歌謡曲に興味がなかった人が、台湾に来て、初めて「本田美奈子」という歌手名を知った、という話さえあります。ま、そりゃそうでしょう。台北の街角、駅前、バス停前、屋台街・・・そこら中で、本田美奈子のCDやテープを売りまくっていたんですから。ポスターも至るところに貼り出されていました。本田が、なぜ「アジアの美奈子」になったのか、その経緯はよく知りません。台湾など、アジア諸国でのプロモーション活動に力を入れてたんでしょうか?いや、当時はまだそんな時代じゃなかったような気がする。いま、Google台湾で「本田美奈子」と入力すると、本当にたくさんのウェブページがヒットします。芸能雑誌記事だけでなく個人のページも多く、「小学校6年の頃から、ずっとファンでした。亡くなってしまって、本当に残念です、ご冥福を祈ります。合掌」みたいなページ(もちろん中国語)もいくつかあって、彼女が本当に、台湾の人々に愛されていたことが、よく分かります。私は別に、美奈子ファンじゃなかったけど・・・一周忌記念番組は、思わず、見てしまいそうな気がする♪
2006年10月22日
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我が家には、1歳1ヶ月になる娘ソフィアがいます。彼女は、誕生のその瞬間から、多言語・多文化の環境のなかで、育つことを宿命づけられました。娘にとって、父親の母語が日本語、母親の母語は英語。生まれた場所は、中国の大連・・・したがって、我が家では英語、中国語、日本語の三ヶ国語が、当たり前に飛び交うことになりました。それだけではありません。娘にとって、母方の祖父母は、オーストラリアに住み、家では中国語ばかり使っています。一方、父方の祖父母は、日本に住み、日本語しか話しません。だから、日・英・中の三ヶ国語ができないと、親戚付き合いにさえ、支障を来たすのです。幸か不幸か、そういう面倒くさい家に生まれてしまった娘。でも、父親の勝手な思いを言わせいただくと、これは今の時代、すごくラッキーなことだと思います。時すでに、グローバル経済の時代。進学も、就職も、国境を飛び越えて、地球規模で考えていかなきゃならない時代。言語・文化・宗教を異にする人間とも広く付き合い、一緒に仕事をしていくのが、当たり前になる時代・・・今でもそうなのですから、娘が大人になる頃には、なおさらでしょう。そんな世の中を渡っていくために、語学力がいかに大事な武器になることか・・・。娘の場合、幸い、家庭環境から、英語、中国語、日本語の3ヶ国語を、自然に身につける条件に恵まれています。しかも、この3ヶ国語の組み合わせは、グローバルなビジネスで、絶大な威力を発揮します。娘には、地球規模で羽ばたく、スケールの大きい人間に育って欲しい。国境に閉ざされた、狭い世界にしがみついて欲しくない・・・それが父親の切実な思いなのです。そのための「パスポート」である、日・英・中3ヶ国語のマスター(ビジネスレベルへの到達)のために、親として、最大限の支援を惜しみません。参考)マルチリンガル教育考(第1回、第2回、第3回、最終回)-------------------------------ここからが、本題です。娘を日・英・中マルチリンガル(多言語話者)にするために、これまで我が家では、いろいろな試みを続けてきました。マルチリンガルを目指すといっても、もし、3つの言語がごちゃごちゃに頭に入ってしまい、結局、どれもモノにならなかったら困りますよね。ですので、3つの言語に触れさせつつも、それらを混同しないことに、最大限の配慮をしてきました。一つは、「両親とも、母語にこだわる」ことです。私は、娘の前では日本語だけを使い、妻は、英語だけを使っています(もう少し詳しくいえば、妻は娘の1歳の誕生日までは中国語を使い、それ以降は英語を使っています)。それによって、「パパの言葉=日本語」、「ママの言葉=英語」を、頭のなかできれいに整理できるようにしてあげます。もう一つは、「娘に話しかける時、両親が共通の手話を使う」ことです。話し言葉と手話を併用することによって、事物・概念と単語とを、関連付けしやすくしてあげます。たとえばの話、「りんご」という単語を、米国手話で表現すると、「右ほほに右手の人差し指をあてて、その他の指を軽く丸めて、上下に動かす」動作になります。そして、-父親が日本語で「りんご」と言う時、上記の動作をする。-母親が英語で「Apple」と言う時、上記の動作をする。それを何度か繰り返せば、娘は、「りんご」という日本語と、「Apple」という英語が、同じものを指すことを理解するわけです。加えて、父が日本語だけ使い、母が英語だけ使うことが、理解力をさらに高めます。----------------------------我が家で、話し言葉と手話の併用を始めたのが、生後7ヶ月の頃でしたから、その後、すでに半年が経過しました。それを続けてみて、確かに効果があることが分かりました。娘が、驚くべき速さで、マルチリンガルになっている!たとえば、私が日本語で、「帽子はどこ?」と聞くと、娘は、玄関先に掛かっている、ピンクの帽子を指差します。で、その次の日、妻が英語で、"Where is the hat?"と聞くと、娘は全く同じ反応を示したのです!しかも、手話との併用なしで、話し言葉だけで理解している!つまり娘はすでに、・「帽子」と「Hat」が同じ意味であること・「どこ?」と「Where?」が同じ意味であることを正確に理解した上で、ちゃんと反応しているのです。その上、二ヶ国語のヒアリングもできている!その他にも、「本」と「Book」、「眼鏡」と「Glasses」、「おむつ」と「Nappies」、「水」と「Water」、「車」と「Car」、「散歩」と「Go for walk」等が同じ意味であることを、娘はすでに理解しているようです。その他、中国語の単語も、ボキャブラリーが着実に増えているようです。今日、娘を実家に連れていきました。そこは、日本語だけの環境ですが、誰もが、「1歳1ヶ月で、ここまで言葉を理解しているのは、すごいね!」と感心していました(ついでに言うと、私の母と妹は、保育の専門家です)。だから、3ヶ国語の併用によって、日本語の進歩が遅くなるという現象も、現時点では起こっていないようです。つくづく、人間の脳というのは、すごい可能性があるものだと感心します。正しく使えば、3ヶ国語なんてケチなこと言わずに、50ヶ国語くらい、平気でマスターしてしまうキャパシティがあるのかもしれません。あと、娘の言語発達がここまで順調なのは、やはり、手話の威力だと思います。話し言葉と手話の併用を7ヶ月頃から始めると、言語の発達に役立つことは、英米ではすでに80年代から知られ、広く実践されていますし、日本でも、最近は実践例が増えているようです。この手法は、特に我が家のように、両親の母語が違う場合に、さらにすごい効果を発揮するようです。娘の将来が本当に楽しみです。今後、どこまで伸びるのか・・・計り知れません。
2006年10月21日
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この頃、レンタカーに夢中です。私は、東京都内に住んでいます。東京は、地下鉄、JR、都バスなど、公共交通が四通八達しているので、クルマを持たなくても、全然不自由しません。また、持ったところで、駐車場代がとても高いので、割に合いません。たまにタクシー乗ることはあっても、駐車場代や車検代、ガソリン代を払うのに比べれば、ずっと安上がりです。そんな、「クルマなし生活」の我が家ですが、時々、「クルマがあったら便利だよなあ~」と思うときがあります。それは、1)錦糸町で、アジア食材を、両手で持ちきれないほど買い込んだ後、都バスを使って我が家に帰るとき(重いぞ!!)2)交通手段を二回以上、乗り換えなくてはならない所に行くとき(面倒臭いぞ!!)後者の最たるものが、品川のはずれ、交通不便な海っぺりにある東京入国管理局。江東区木場の我が家から、東京入管に行くには、まず都バスで東京駅に行き、そこからJR山手線で品川駅、さらにバスに乗り換えて、ようやく目的地に着けます。赤ちゃん連れて、激混みの山手線に乗るのは、かなりつらい。9月、初めて入管に行った時は、タクシーを使いました。が、13km以上も離れている上に、高速代もかかるので、片道だけで、6000円もかかってしまいました。かなり痛い出費でした。その反省もあって、こないだ、再度入管に行った時は、タクシーではなくレンタカーを使いました(家のすぐそばに、ニッポンレンタカーがあるんです)。これが大正解!いま日本のレンタカーは、値引き競争でとっても安い。一日中クルマ借りて、4000円台で済むんです。結局、その日は「木場の自宅→品川の東京入管→錦糸町のアジア食材専門店→江東区役所→自宅」と、東京中を大回りして、出費は、レンタカー代 4725円ベビーシート・レンタル代 525円ガソリン代 443円駐車場代 100円-------------------合計 5793円なんと、片道のタクシー代よりも、安くあがったのです♪しかも、クルマだから、とにかく身体がラク。時間待ちしなくていいし、乗り換えで、階段の上り下りしなくてもいいし、電車やバスに乗るたびに、乳母車を折りたたまなくていいし・・・一度、この快適さを味わってしまったら、もう、電車バスの乗り継ぎなんて、できない身体になってしまいます。明日は、土曜日。またレンタカー借ります。今度は、千葉県の幕張ベイタウンに行って、「コストコ」(会員制の倉庫型量販店)と、アウトレットモール「ガーデンウォーク」、「カルフール」と、ショッピング三昧した後、実家でのんびりしてきます。ところで、こないだ借りたレンタカーは、栄光の「品川ナンバー」かと思いきや、「足立ナンバー」でした。明日借りるやつは、どのナンバーだろねえ?
2006年10月20日
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大阪へ、日帰り出張行ってきました。長い一日でした。東京の我が家を出たのが、午前7:15。帰ったのが、日が改まる直前の午後11:55!東京~大阪は、新幹線を使えば日帰り圏内。とはいえ、やっぱり日帰りは身体に応えます。しかも、大阪にお昼前に着いて、ラーメン屋のカウンター席に腰掛けた時、上海にいるインド人の同僚から、私の携帯へ電話がありました。ま、急用だったんですが、それにしても、ラーメンすする音が聞こえる環境で、すごいインド訛りの英語を電話で聞き取るのは、つらいぞ!その後、本町にある大阪事業所に寄って、プレゼン資料を直前まで詰めてプリントアウトして、その足で、阿倍野区にある客先へ行って、3時間ほどミーティングやって、また大阪事業所に戻って再度ミーティング&上海と電話会議。午後6:30に、ようやく終わりました。そんな感じで、忙しい一日でしたが、でも、食べるものはしっかり食べてきました。ま、それが楽しみで、大阪行ってるんだもんね。まずは、1)「あらうま堂」の玄湯(くろゆ)ラーメン店名 らーめん あらうま堂 梅田一番街店 住所 大阪府大阪市北区角田町9-36 電話 06-6361-9056 営業時間 [全日]11:00~24:00(L.O.23:30) 定休日 なし いままで、食べたことのない、新鮮な味覚でした。発芽黒胡麻を練りこんだ、腰のしっかりした麺に、高菜、大葉、キクラゲ、チャーシューなど多彩な具、発芽黒胡麻、高菜、胡麻油、香辛料を混ぜ合わせたこってりスープ。胡麻油が水面にうっすらと浮き、ボリューム感のみならずワイルド感も満点。「これぞ、男のラーメン」という感じで、美味しかったです。特に、胡麻を練りこんだ麺は、埼玉県秩父名物「くるみだれ蕎麦」を思い出させました。「あらうま堂」には、玄湯ラーメンのほか、あらうまラーメン、ひしほラーメン、たまゆラーメン、焙々みそらーめんなど、名物メニューがいくつもあるそうです。一通り全部、食してみたいものです。2)「パンコ亭」の創作串揚げ店名 Panco Tei住所 大阪市福島区福島7-7-8 (福島聖天通り内)電話 06-6455-3423営業時間 5:30pm~11:00pm定休日 日曜、祝日、第二月曜日夜は、大阪事業所の人に連れてってもらったこの店で、大阪名物・串揚げを堪能♪場所は、大阪駅からJR環状線で一つ目、「福島」駅のすぐ近く。大阪の都心に近い割に、庶民的な商店街が続きます。飲み屋、ホルモン屋、タコヤキ屋が目立つ環境ですが、ここはご覧の通り、なかなかおしゃれな外観。店内も、天然木を基調とした、垢抜けた空間になっており、お客の多くは、キャリアウーマン風の女性でした。ここの串揚げは、もう半端じゃない!「トリュフ」、「キャビア」、「ウニ」、「マスカット葡萄」など、串揚げのイメージを覆す多彩な食材が、次から次へと登場してきます。特に感動したのが、「シャトーブリアン牛肉の串揚げ」・・・肉が本当に柔らかくて、口のなかで溶けました!揚げものとはいえ、油をうまく処理してあるので、全然しつこくないし、さらに、野菜(キャベツ、ネギ)が食べ放題なので、野菜を多く摂れば、なかなかヘルシーです。それに、4種類のタレが嬉しい。左から順に、マスタードウスターソース出し汁岩塩特に、串揚げ&出し汁の組み合わせに感動!多彩な食材の味を、出し汁のうまみでさらに引き立てるのが、大阪の味覚の基本だと思いました。福島界隈は、「安くて美味いもの」の宝庫だそうです。もっともっと食べ歩きたいものです。-----------------------------今回の大阪出張で仕入れた、トリビアをいくつか。1)「スイカ」と「イコカ」東京の電車で使うICカードは、「スイカ」(Suica)。大阪では、「イコカ」(Icoca)を使うというのは、以前から知っていました。でも、大阪でも東京の「スイカ」が使える!東京でも大阪の「イコカ」が使える!のは、知りませんでした。こういうことは、実際に行ってみないと、と分からないもんですね。2)回数券がお得大阪の市営地下鉄は、初乗りが200円。ちょっと距離を乗ると、270円とか300円とかします。東京の営団地下鉄と比べても、結構高い。そして大阪地下鉄は、なぜか、定期券の値段がかなり割高。一方、回数券は種類が充実していて、しかも格安!2000円買って、2400円分使える回数券まであるそうで、値段にうるさい大阪人は、あまり地下鉄の定期券を使わないんだそうです。逆に、阪急とか阪神など、私鉄の定期券は安いので、私鉄は定期券、地下鉄は回数券と、使い分けている人が多い、という話でした。3)右に詰める大阪人、左に詰める京都人東京では、エスカレーターに乗る人は左に詰め、先を急ぐ人だけが右側を通り、追い越していく・・・というルールになっています。逆に、大阪では右に詰め、追い越しは左側から、というルールになっています。このことは、以前から知っていました。ところが驚くべきことに、同じ関西圏でも、京都は「左詰め、右から追い越し」という、東京と同じルールになってるらしいです。大阪から快速電車でわずか30分しか離れていないのに、ルールがまるで違う、というのが面白い。関西のテレビでも、「大阪ルールと京都ルールの境目はどこか?」というバラエティ番組を組んだりするらしいです。一方、神戸では、大阪ルールが通用するそうです。余談ですが、アメリカやヨーロッパでは大阪と同様、右詰めルールになってたと思います。4)餃子の王将関西では誰もが知ってる「餃子の王将」チェーン。最近は関東や、アジア各国にもずいぶん進出しており、ずいぶん羽振りがよさそうです。このチェーンには、なぜか、「大阪王将」と「京都王将」があります。で、聞くところによると、餃子は「大阪王将」の方がずっと美味しいらしいんですが、本当なんでしょうか?
2006年10月19日
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今日は、うちの奥さんの誕生日。この記念すべき日に、彼女は晴れて、「日本人の配偶者等」ビザを取得しました。これによって、向こう3年間(2009年12月まで)、日本での合法的滞在が認められました。同時に、日本での就労、公的福祉への加入等も、基本的に日本国民と同じ条件で、できることになりました。妻は、短期滞在ビザで日本へ入国して、「日本人の配偶者等」ビザへの切り替え申請を行ったのが、9月15日。それから、1ヶ月以上待たされましたが、今日ようやく、受理されました。通常、この種のビザ切り替えは、2~3ヶ月かかるのが普通らしいんですが、妻の場合、豪州パスポートのおかげで、早めに済んだのかもしれません。豪州人の場合、日本での就労を目的とする偽装結婚のリスクが少ないため、身元チェックもさほど厳しくないようです。今日はまず、朝一番で東京入管局に行き、配偶者ビザのスタンプを押してもらった後、すぐさま、江東区役所に行って、念願の「国民健康保険」加入を果たしました。保険証は即日発行され、妻はそれを持って、早速、産婦人科の検診に行きました。今日のお会計は、なんと370円で済み、「安い!」と妻も大喜び♪これで、「保険なし生活」ともおさらばです。これまでは、妻が病院に行くたびに10割負担してたから、出費も馬鹿になりませんでしたが、これからは3割負担。財布の中身をあまり気にせずに、安心して医者にかかることができます。健康保険証は、日本で安心して暮らすための、必須アイテムだということを、今日、改めて実感しました。今回取った「配偶者ビザ」の次に目指すのが、「日本永住権」です。永住権を取れば、その後はビザの延長手続をしなくてすみますし、職業に制限がなくなるほか、銀行・公庫などのローンを利用しやすくなります。関連サイトには、こんな記述があります。日本人、永住者又は特別永住者の配偶者については、婚姻後3年以上日本に在留していることが必要。海外で婚姻の同居歴がある場合は、婚姻後3年経過していて日本で1年以上在留していればよいとされる。その他、婚姻の実態があること、婚姻生活の破綻(それが理由の別居)がなく、正常な婚姻生活が継続していることが必要。我が家の場合、結婚したのが10年前。その後、海外でずっと同居していましたから、妻が今後、日本に1年以上在留すれば、早くても来年には、永住ビザが申請できるってこと?そんなにうまく行くかなあ?あと、申請すれば、簡単に永住権が取れるのかな?実際のところ、どうなんでしょうねえ?明日はいよいよ、大阪出張です♪
2006年10月18日
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今週後半の、大阪出張ですが、当初の計画では家族を連れて、ゆっくり2泊するはずだったんですが、いろいろ事情あって、結局、私1人だけで、日帰りということになってしまいました、残念!大阪で、うまいものを食い倒す計画だったんですけど、日帰りだと、頑張っても昼・晩の2食しかできないなあ。あとは間食と・・・ま、できる範囲で、頑張って食います。大阪へは、仕事とプライベートあわせて、かれこれ10回余り行きました。どちらかといえば、プライベートの方が多いかな。大阪へは、東京から夜行バスで乗り付けて、そのまま友人宅に転がり込むパターンが多いです。西淀川、吹田、関目、寝屋川、尼崎の園田・・・いろいろ行ったもんだよなあ。特に思い出深いのは、7~8年前、わが弟が「お笑い」を目指して、単身、大阪に乗り込んだ時のことです。あの頃は、3ヶ月に1回は、週末、大阪の弟宅に転がりこんで、近くの銭湯行ったり、小皿料理の食堂行ったり、甲子園に阪神戦見に行ったり、鶴橋コリアンタウンで焼肉おごったりして、ウダウダと、大阪の週末を過ごしたものです。そんなこんなで、観光・商用だけでなく、案外、大阪の地元民みたいなノリで、過ごしてきた私ですが、そこはやっぱり、大阪という土地柄。東京とは、いろんな面で「ちょっとした違い」があるものです。それを発見するたびに、「ここは大阪なんだなあ」という実感が湧いてきて、ちょっとだけ、幸せな気分になれます。私の気づいた、「ちょっとした違い」をいくつか。大阪の「へえ~」1)「わらびもち&かき氷」の屋台東京では、とんと聞かなくなった「チャルメラ」のメロディー。大阪では、まだそれが健在で、静かな住宅街を、「わらびーもち&かきごおりー」の声(もちろん関西弁)が、拡声器を通じて聞こえてきます。それにしても、屋台で食べるわらびもちは美味しい♪2)意地でも漢字駅名東京では、「多摩ぷらーざ」、「ユーカリが丘」、「流山セントラルパーク」など、カタカナ、ひらがな駅名が結構多いのですが、大阪やその近郊の路線図をみると、その類のものはほとんど見当たらず、頑固に、漢字駅名で通しているようです。「関大キャンパス」じゃなくて「関大前」、「セントレア」じゃなくて「関西空港」っ!3)サービス精神満点の銭湯大阪の銭湯は、普通の住宅街にある、何の変哲もないところでも、実は設備内容がすごかったりする。電気風呂、ジェット風呂、赤外線風呂、氷風呂、ミストサウナ、ハーブサウナ・・・。東京など他都市では、スーパー銭湯に行けばさすがにいろんな設備があるけど、大阪では、普通の銭湯がやってるから、大したものです。しかも、場所が狭いところに、10個も11個も設備入れてるから恐れいる・・・。4)市営地下鉄の英語アナウンス大阪市営地下鉄は、東京の営団・都営地下鉄に先駆けて、すでに1993年頃から、英語アナウンスを始めていた印象があります。「つぎは~南森町・・・The next station is Minami Morimachi.」(外人さんが、舌を噛みそうになってました)5)私鉄王国大阪の近郊列車は、とにかく、私鉄が抜群に強い。JRより路線がずっと多くて、便利で、速くて、料金も安くて、サービスも良いときてるから、JRも歯が立たない。難波(なんば)駅などは、その典型で、近鉄と南海という、有力私鉄のターミナル駅だったところに、JRが後から入ってきて駅をつくったからか、「JR難波」という、私鉄駅のオマケみたいな駅名になっていました。東京では、やっぱり官尊民卑の文化なんでしょうか、JRと私鉄の力関係が逆転します。たとえば「新宿」駅といえばJR駅のことで、私鉄の西武線の駅もあるけど「西武新宿」という駅名です。京成なんかもっとひどくて、JRの千葉駅に遠慮して、「国鉄千葉駅前」という駅名まであったほど・・・バス停かよ?6)甲子園2枚阪神電鉄の梅田駅から、甲子園までの切符を買おうとした時のこと。皆さん、考えることは同じのようで、「甲子園行きの専門切符売り場」なるものがありました。そこに並んで、切符を2枚買ったら、「梅田から 230円」という切符が二枚出てくるのかと思いきや、「甲子園2枚」という券が出てきました。まるで球場の券売機みたいだ!大阪の「カルチャーショック」1)朝10時からやってる居酒屋東京駅から、「大垣夜行」なる鈍行列車に乗り、大垣と米原で乗り継ぐと、大阪駅には、朝10時前に着きます。そこから、阪急電車で「十三」(じゅうそう)の駅まで来ると、駅前が大衆酒場になってて、朝10時だというのにすでに開店してました。しかも、朝っぱらから思い切り酒出してるし、できあがっちゃったおっさんも大勢いました。東京だと、まずお目にかかれない光景でしょう。2)借家の保証金制度大阪など、関西圏で家を借りると、「保証金」なるものを用意しなくてはなりません。日本の他の地域にはない慣行でしょう。私は東京文化で育ったので、家の賃貸に「敷金」と「礼金」はあっても、「保証金」は聞いたことがありませんでした。最初はてっきり、「敷金(預かり金)みたいなものだろう」と、タカをくくっていたのですが、この保証金なるもの、敷金と違って、借りる期間に応じて、どんどん価値が減っていくんですね。減価償却みたいなもんです。うちの弟が、大阪で家を借りた時、最初、30万円の保証金を準備しました。が、その1年後、引っ越すことになって、大家さんと連絡取ったら、「保証金5万円返す!」という答えが!「えっ、どうして、30万の保証金が、いつの間にか5万円になっちゃうの?」・・・私はどうしても理解できず、てっきり、「ヨソ者だと思って私を騙してるのかもしれない!」と一瞬思ってしまいました。でも、後日、大阪在住の友人に聞くと、保証金っていうものは、毎年、価値が下がるものなんだそうです。「1年も住んだのであれば、30万円の保証金は、もう5万くらいになってるよ。それが普通」と、言われてしまいました。ですが、どういうルールで価値が下がっていくのか、私は理解できていません。
2006年10月17日
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いま世界で、一番「旬」な国といえば、北朝鮮。かの地で、先日行われた核実験は、いまや、どの国でもトップニュースのようです。ま、金正日おっさんの考えることは、よー分からん!というのが、正直なところです。ま、あの国の特殊な政治体制、異常な社会状況を考えても、なぜ、いまこのタイミングで、核実験なのか?東アジアや世界の政治力学をみても、普通考えて、世界の主要国のほとんどを敵にまわすような結果が、ほぼ目にみえているのに、なぜ?外から見ていると、おおよそ、何かの目的を達するための、合理的な選択ではなく、余程、切羽詰まっていたとしか思えない。おそらく、金正日体制の維持・・・ただそれだけのために、いま、核実験をやらざるを得ない理由が、国内にあったのでしょうね。ま、それはともかくとして、北朝鮮といえば、面白いエピソードがあります。-----------------------------------私が中学1年の時、盲腸をやってしまい、まる一週間、千葉県柏市内の病院に入院しました。私のいた病室は、6人部屋でした。病院というのは、お年寄りが多いところでして、6人いるうち、未成年者はもちろん、私1人だけ。その次に若いのが、40代のおじさんで、後は60歳以上の老人ばかりでした。40代のおじさんは、病床の生活が、よほど寂しかったのか、当時、エッチな漫画として有名な「俺の空」を、たくさん持っていました。私にも、何冊か読ませてくれました。注)「俺の空」は、今振り返ってみると、エッチどころか、むしろ健全な漫画に見えます。あの程度絵柄で、「エロ漫画」の代表とされてされていたほど、当時は、のどかな時代だったということです♪我が病室には、もう一人、名物男がいました。それは、すでに70歳を超えたお爺さんで、今は亡き、某日本社○党の関係者のようでした。その彼が、なぜか北朝鮮に憧れてるようで、「北朝鮮はいい国だ」、「北朝鮮に移住したい」などと、盛んにつぶやいてました。しかも、ワラ半紙に、北朝鮮を賛美する内容の記事を書いたものを常に持ち歩き、病院内の誰彼かまわず、渡しまくっていました。私は、彼と同じ病室にいたから、たまりません。ただでさえ、ガキだから、思い切り目立つし、それにお爺さんというのは、ガキを見ると、説教したがる人種のようで・・・だから毎日のように、「北朝鮮に行けば、いい暮らしができる。日本みたいに、生活に苦労しなくて良いんだ」「北朝鮮では、月に200元の収入があって、30元しか使わなくていいそうだ」「早く退院して、今すぐにも、北朝鮮に行きたいなあ」みたいな、世迷言ともつかぬことを、終日、聞かされ続けていました。幼い私は、「またかよ、うざったいなあ」と思いつつ、「俺の空」を手にとって、聞き流すしかありませんでした・・・。あれから、20年余の歳月が経ちましたが、あの北朝鮮おじさんは、かの国の地を踏むことができたんでしょうか、というより、まだ、この世におられるのでしょうか?-----------------------------------今日の、あんな体たらくになった北朝鮮ですが、かつては、輝いていた時期がありました。歴史をひもとくと、朝鮮半島の工業発展は、北から始まりました。半島北半分は鉱物資源も水産資源も豊富で、重化学工業が早くから発達し、日本統治時代はもちろん、朝鮮戦争の後、1960年代の前半まで、朝鮮南部(韓国)よりずっと豊かな、工業国だったそうです。アジア全体をみても、日本に次ぎ、台湾とほぼ同レベルの新興工業国だったようで、当時貧乏国だった韓国など、メじゃなかったのです。大連勤務時代、私の部下の一人は中国吉林省出身で、朝鮮族です。身近に、北朝鮮を感じることができる場所で、育ちました。その彼が言うには、「中国の文化大革命時代(1966~76)まで、北朝鮮製の工業製品は、中国国産品よりも、ずっと質が良かった」そうです。それほど「進んでいた」北朝鮮が、その後、絵に描いたような転落の道をたどったわけですが、その契機となったのが、1967年、平壌で起こったクーデターだったそうです。このクーデターで、金日成の独裁体制が確立し、以降、誰ひとりとして、彼の暴走を止められる者はいなくなりました。農業に全く無知だった金日成の指示で、全土にトウモロコシを密植し、その結果、大規模な土壌流失を起こして農業生産力が低下し、90年代、何百万人単位の餓死者が出る事態をもたらしたのは、記憶に新しいところですが、それだけでなく、生産意欲が全く湧かないようなシステムを何十年間も続けた挙句、モノが生産できない、モノがあっても流通が機能しない、外貨を稼げるような産業もなく、エネルギー源の不足も深刻・・・韓国との国力差は、もはや挽回不可能なほど大きく開き、追い詰められた金父子は、手っ取り早く外貨を稼ぐために、急速に軍事技術に傾斜していく。ニセ札づくり、麻薬の取引・・・やり放題。その最大の被害者は、他ならぬ、北朝鮮の一般庶民です。快適な近代生活どころか、三食まともに摂ることもままならない、言論の自由もなければ、出国の自由もなく、世界の潮流とはまるで隔離された、時代遅れの金王朝のつくった異常な環境のなかで暮らさなくてはならない、かの国の人々こそ、良い面の皮でした。世の中に、不幸のかたちは数多くあれど、アホな独裁者に長年牛耳られた国民ほど、不幸なものはないと思います。追記:それでも北朝鮮に行きたい方へ・・・朗報です♪北朝鮮の国土を一目見たい、という人におすすめなのが、中国遼寧省、北朝鮮との国境にある都市・丹東(タントン)から、観光船に乗ること。これで、北朝鮮側の岸からわずか2~3メートルの地点まで到達できます日本から丹東に行くのは、簡単です。中国の大連、または瀋陽まで飛び、そこから約4時間のバスの旅で、丹東に着けます。あるいは、韓国の仁川(インチョン)港から、北朝鮮の西海岸沖を通って、丹東まで直行する船便もあります。「船から国境を見るだけでは、物足りない!北朝鮮の大地を、この足で踏みしめなくては満足できない!」という向きには、まず、中国瀋陽市内、コリアンタウンと呼ばれる西塔(シータァ)に行ってみましょう。そこで現地発、北朝鮮行きのツアーに参加することができるようです。日本人にとって、北朝鮮は「秘密のベールにつつまれた国」であっても、中国人にとっては、「気軽に行ける国」です(行きたいかどうかは別として)。瀋陽や延辺をはじめ、中国東北部には朝鮮族の人々が多く暮らし、彼らが北朝鮮の親族を訪ねて国境を超えることも、別に珍しい光景ではありません。以前、西塔に行った時、瀋陽発の北朝鮮ツアーの行き先を見たのですが、思いのほか、選択肢が豊富でした。平壌、新義州、金剛山・・・あと、いくつかありました。中国人の同僚で、北朝鮮に行ったことのある者も、何人か知っています。ただし、いまの時期に、日本のパスポートを持って北朝鮮の国土を踏むことが賢明かどうか・・・それは、読者諸賢の判断にお任せします。
2006年10月16日
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今年8月から、6年ぶりに、日本暮らしを始めた私。6年も居ないうちに、日本語のなかでも、知らない語彙が増えて、いろんな意味で、浦島太郎になったことを実感する、今日この頃です。私は、西暦2000年に日本を出て海外暮らしを始めましたから、2001年以降に出た新曲の名前を聞かれると、全くもって、お手上げです。辛うじて知っているのは、毎年の紅白に出た歌くらいか(さすがにNHK紅白歌合戦だけは、海外でも見てました)。あとは、流行語の類。たとえば、「チョイ悪オヤジ」という言葉、知りませんでした。でも、こういうのは、一度聞けば覚えますから、ま、すぐキャッチアップできる類のものですね。あと、「ハンカチ王子」は、辛うじて知ってました。私が今回来日した直後に、高校野球全国大会が始まりましたから、ぎりぎりセーフですね。そういえば今日、「イケ麺」という言葉に出会いました。6年以上前、「イケメン」(イケ面)といえば、「かっこいい顔の男の子」という意味でしたが、それがいつの間にか「麺」に変わっていたので、「イケ麺」って結局、「イケメンがつくる麺」なのか?或いは「イケてる麺」(美味しい麺)なのか?何となく、後者の意味のような気がするんですけど、実のところ、どうなんでしょう。あと、流行語とは違いますが、今日、「すなしのゴボウ」というものを買いました。「す」がないゴボウという意味らしいんですが、ごぼうの「す」が何を指すのか、意味が分かりません。まさか、「酢」じゃないだろうしねえ。八百屋さんに聞いても、「だから、”す”がないんだよ、”す”が!」と言い張るばかりで、会話が成り立ちません。文脈からすると、「芯のないゴボウ」みたいな語感なんですけど、実のところ、どうなんでしょう?
2006年10月15日
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どんな業界、どんな職種でも、なんらかのかたちで、世の中と関わっているわけですが、私の場合も、IT業界のプロジェクトの現場から、世間様を垣間見ています。プロジェクトを通じて知り合った方々を通じて、いま日本の景気はいいのか、悪いのか、どの業界が儲かっているのか等々、いろいろ、感じるところがあります。仕事を通じて、思うこと。それは、いま金融業界って、儲かっているんだなあ・・・同じ日本のITプロジェクトといえども、業界によって、お客さんによって、大きな違いがあるものです。規模にしろ、予算にしろ、態度にせよ・・・。あくまで一般論ですが、製造業のお客さんは、コスト意識が厳しくて、プロジェクトに中国やインドのスタッフを使うことに対して、概して積極的です。「お金が安くて、ちゃんとしたものができるならば、是非使おう」と言ってくれる人が多い。流通業、小売業、中小企業となると、さらに予算の制約が厳しいところが多く、コスト意識も、さらにシビアなものとなります。シビアすぎて、プロジェクト自体が消えてなくなっちゃうことも少なくないけれど・・・。それと対照的なのは、金融業のお客さん。これは、都銀、地銀に代表される、民間系の金融機関でも、また郵政民営化等によって生まれた、もと公共系の金融機関でも同じですが、どこもたいてい、プロジェクト予算に関しては鷹揚で、「いくらお金かかってもいいから、ちゃんとしたもの作ってね」という態度のところが多い。またプロジェクト規模も、半端じゃありません。業界大手同士の合併による、システム統合の案件なんて、4~5年かけて、ピーク時は何千人も使ってやるような規模!そういうお客さんだから、「中国にやらせたら、安く済みまっせ」というトークはあまり通用しない。お金はたんまりあるので、安くあがることに対して、別に魅力を覚えないようです。それよりも、文化が保守的なんでしょうか、「同業他社で、中国人の活用したことがあれば、うちも考える」みたいな、横並びの発想のところも多い。だもんで、金融業のお客さんは、$$をたくさん持ってても、我々にとって、仕事やりやすいとは言い難い相手だったりします。でも、どうして彼らは、あんなにお金あるんでしょうかねえ?あと、関東より、関西のお客さんの方が、概してコスト意識が厳しく、中国人活用に積極的だったりします。こちらがいろいろ説明しても、あちらから出る質問といえば、で、結局ナンボでできるの?で、こちらが中国人を使うことによるコストメリットを説明できれば、「よっしゃ、是非やろう」ということになったりする。東京のエスタブリッシュされた企業と違って、横並びの発想も、あんまりない。そんな関西の文化が、私は結構好きだったりします。いっそ関西に移住した方が、仕事しやすくなるのかもなあ。
2006年10月13日
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来週木曜日(10/19)の、大阪出張が決まりました。たぶん、一泊することになると思います。実は、その前日がちょうど、うちの奥さんの誕生日なんですね。だから、大阪の夜景でも見ながら、お誕生日ディナーを企画しようかと、今からいろいろ考えています。大阪は、好きな街です。京阪神のなかで、どの都市が一番好きかといわれれば、私は断然、大阪派です。その理由はよく分かんないんだけど、何といっても、メシが旨いし、活気があるし、気さくだし、カッコつけたりしなくていいし、そんなカジュアルな雰囲気がいいんでしょうね、きっと。大阪に泊まるなら、梅田(大阪駅)にしようと思っています。これまで、仕事やプライベートで、5回くらい、大阪泊まりをやりましたが、たいてい、JR大阪駅直上の「グランヴィア大阪」を使っています。ここからは、駅へも、巨大な梅田の地下街にも、雨に濡れずに行けるのがポイント高いんだなあ。グランヴィア大阪の高層階からは、梅田の交差点を、信号にあわせて四方八方に流れる人々の姿が見え、日が暮れると、夜景が楽しめます。大阪の夜景というのが、なかなかイイんですよね。東京と違って、東京タワー、レインボーブリッジみたいな、超目立つランドマークが特にない、中層・低層のビルが密集する、一見パッとしない夜景、しかも青い照明がやたら目立つ・・・何だか、台北とかバンコクの夜景を思わせます。それが、ちょっとだけ哀愁をたたえていて、見方によっては、実に味わい深い。ただ綺麗なだけじゃなくて、華やかな中にも、微量の「悲しい色」を含んだ不思議な夜景・・・いつ見ても飽きません。東京の夜景より、ずっと好きです。ま、それより、大阪で何食べるか、今から考えなきゃね。
2006年10月12日
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10年前は「ボーダーレスな世界」、今や「グローバル経済」、「フラット化する世界」・・・。人類の経済活動の広がりは、国境の存在をどんどん無意味化し、かつての国民経済は、今や、グローバル経済の子会社的存在になったかのようです。インターネットの発明が、それに拍車をかけたのは、言うまでもありません。こんなにも、世界が一体化し、国境を超えたヒト、モノ、カネの行き来が自由になった今日。でも、多くの人々の心は、それと逆行するかのように、ますます、国境線を意識するようになる。グローバル経済の前に、国家がここまで弱体化したのに、人々はなおも国家にすがろうとする・・・。「ボーダーレスな経済世界で、人々の意識はボーダーフルになる」。人間とは、実に天邪鬼な生き物です。なぜそうなるのか?大きく分けて、二つの理由があると思います。1)不安と無力感グローバル化した市場経済は、世界の多くの人々に、終わりのない競争と、絶え間ない変化を強要します。世界全てが競争相手、変化し続けないと、勝ち残れない・・・そんな状況のなかで、多くの人々は不安と無力感を覚えます。自分が無力である以上、自分より強い何かにすがって、不安を解消したいと思うのは、人間の本性かもしれません。では、何にすがるのかといえば、多くの場合、「国家」になるのでしょう。国家は、人為的機関でありながら、文化、言語、伝統を、ある程度体現化しているので、「民族的情緒」の受け皿にもなります。一言でいえば、グローバル経済が不安と無力感を助長し、それがナショナリズムを育むわけです。2)経済戦争に勝つための国家グローバル市場経済は、一方で、国家の存在を必要とします。多様な文化、言語、伝統をもつ人類を、単一経済世界に巻き込むにはルールが必要で、そのルールを決めるのは、米国に代表される「強い国家」です。身も蓋もない話ですが、結局、国同士の力関係が、モノを言うのです。要するに、国家がある程度強くないと、グローバル経済戦争で、著しく不利な立場に立たされる。このことが、人々の国家への求心力をさらに強めているのです。---------------------------こんな時代だからこそ、「良い意味のナショナリズム」が、いま切に必要とされています。これは、何を意味するのでしょう?私は、二つの含意があると思っています。1)世界に開かれたナショナリズム時はグローバル経済の世、自国の殻に閉じ篭っていたら、絶対に損します。視野を大きく世界に広げ、世界中の多様な文化や生活様式に興味を持ち、国際的なバランス感覚を養った上で、自国の文化伝統や社会を深く理解し、愛し、それを世界に向けてプロモーションし、人類全体に積極的に貢献していこうとする姿勢。これが、「世界に開かれたナショナリズム」の生命です。2)重層的な愛に裏付けられたナショナリズム人間は、ある国の国民である以前に、個人として、家族の一員として、人生をスタートします。ですので、何よりもまず自分自身を愛し、家族を愛し、隣人や地域社会を愛し、その延長線上に、国家への愛があるのが、本来の順序だと思います。言い換えると、国を愛するという言葉の裏に、自分への、家族への、地域社会への愛が確固としてあり、それが、隣国、外国の人々への愛に、自然につながっていく・・・こうした、重層的な愛に裏付けられていれば、偏狭なナショナリズムに陥ることはないのです。私の友人で、「良い意味のナショナリズム」を見事に体現している男が、一人います。彼とは、シドニー在住中に知り合ったのですが、会話のなかで、いきなり、「自分は、日本人であることに誇りを持っている!」という、力強い言葉が出てきたのが、とても印象的でした。で、話しているうちに、私はどんどん、彼のペースに引き込まれてしまいました。彼は、初対面の人に対しても、自分自身を、驚くほど大胆にさらけ出すのです。自分のこと、奥さんや子供たちのこと、交友関係のこと、それらを飾らず、出し惜しみせず、面白おかしく語る。20分も話していれば、まるで旧知の友人であったかのような気分にさせられます。これは、自分によほど自信がないと、できない芸当でしょう。で、さらけ出した自分というのが、これまた、実にスケールの大きい、痛快無比な人生でして、彼と比べてしまえば、私の人生など、児戯に等しいと思えてしまうほどです。彼は国際結婚もしており、また世界のいろいろな国での生活体験もあり、国際的なバランス感覚が自然に身についています。彼は折にふれ、母国・日本に対しても、外国に対しても、苦言をたくさん呈します。それは、日本を愛し、そして人類を愛するが故なのでしょう。何よりも自分を愛し、家族を愛し、地域社会を愛し、それらに裏付けられて、母国・日本への深い愛がある。これが、私の知る限り、最も理想に近いナショナリズムのあり方だと思います。私の、心から尊敬する人物です。---------------------------ですが、昨今の日本における、ナショナリズム的な気分の盛り上がりというのは、上に書いた「良い意味のナショナリズム」とはまるで無縁で、むしろ、「不安に駆り立てられた、自信のないナショナリズム」という気がしてなりません。自信のないナショナリズムとは、何か?たとえば、自分自身に自信を持てず、家族や地域社会とも、深いきずなを持たない人間が、その心理的な空白を埋めるために、異常なほど、国家に傾斜する。自分と国家とを同一化しようとする。自分自身である以前に、日本国民であることに、アイデンティティの拠り所を求める・・・みたいな心理状態でしょうか。そういう人間は、自分自身に自信がないもんだから、ちょっとしたことで、深く傷ついてしまう。時にはその反動で、攻撃的な行動に出たりする。自分をさらけ出す自信がないから、ウェブの世界では、きまって匿名で出没したがる。たとえばの話、つい先日、とある有名人のブログが、天皇家の慶事に関する発言をめぐってトラブルになり、匿名掲示板サイトに出没する多数の人間から集中攻撃を受けて、「炎上」してしまった、という出来事がありました。発言の是非はどうあれ、ひとさまのブログに書かれていることで深く傷つき、匿名掲示板で「晒し」て、皆で寄ってたかって攻撃して炎上させてしまう・・・という行動の裏には、個人としての自分に対する、自信のなさが見え隠れします。仮に彼らが、自分を大いに愛し、それと同じくらい家族を、地域を、隣人を愛していたならば、ものの見方や行動パターンも、ずいぶん違ったものになっていたはずです。同時に、彼らがもっと、世界に視野を広げ、隣国をはじめ、いろんな文化や生活様式に親しんでいたならば、ここまで偏狭で依怙地になることはなかったはずです。---------------------------「自信のないナショナリズム」を、いかにして、世界に開かれ、重層的な愛に裏付けられた「良い意味のナショナリズム」に昇華していくかが、今後の日本人、そして世界各国の人々に求められてくるのでしょう。で、どうすればいいのか?・・・私には分かりません。でも一つ言えることは、不安で満ちたこの世界で、人々がいかにして不安から逃げずに、正面から向き合うことができるのか、「国家」という幻想共同体に頼らず、個人の力で正面から取り組むことができるのかが、成功の鍵を握るのでしょう。国家とは、人間が安心して生きるためにつくった人為的な組織です。それは、第一義的に、愛や忠誠を強制するものではなく、むしろ、先人たちの努力の成果として、この世に存在するものです。私たちは、国家から限りない恩恵を受けていますが、同時に、国家を力強く支えています。日本には、何よりもまず自分を愛し、家族を愛し、地域を愛し、その延長線上で国を愛する、無数の人がいる。だからこそ、いま日本国が地球上に存在しているのだと思います。
2006年10月12日
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私たちが、家族でよく行く繁華街といえば、錦糸町くらいしかありません。錦糸町には、JR総武線が通っており、その両隣りの駅は、両国と亀戸です。実は、残念なことに、この両国、錦糸町、亀戸の3駅は、東京都内で「すたれそうな街」のワースト5に、全てラインクインしてしまいました。都内在住400人に聞いた「すたれそうな街ランキング」2位:亀戸(かめいど)「がんばっているけど利便性がない」、「若者が少ない」、「個性がなさそう」3位;錦糸町(きんしちょう)「楽天地と競馬がなくなったら何もない」、「風俗のイメージが強い」、「新しいビルはいろいろできているけれど、どれも決め手に欠ける」4位:両国(りょうごく)「若者が楽しめるものがないから」、「国技館しかない」、「相撲人気が低下したから」両国、錦糸町、亀戸・・・私にとって、どれも身近な街なので、世間に「すたれそう」なイメージを持たれているのは残念です。でもフェアにみて、やはり街としての活力不足は否めません。この3つの街を比べてみると、一番活気があるのは錦糸町です。大きな繁華街があり、商業ビルが林立し、終日、買い物客で賑わいます。個人商店やレストラン、飲み屋も、それなりに揃っています。ですが気になるのは、「錦糸町南北問題」。つまり、駅の北側と南側との「落差」です。北側は、気持ちよい並木道が通り、広い公園もあり、「アルカキット」、「オリナス」など、新しいショッピング施設ができて、若い人で賑わっています。逆に南側は、「楽天地」や「丸井」があるにせよ、街並みがお世辞にもキレイとはいえない上に、裏路地を入ると風俗街があり、やや殺伐とした雰囲気になる。だからどうしても、「家族を連れて行く」っていう雰囲気にならないんだよなあ。錦糸町が、都市イメージの面で飛躍するためには、駅南側の「浄化」が必要でしょう。あと、各百貨店にも、若い人を呼び込むための創意工夫が求められます。たとえば、南口の丸井には、気の利いたテナントが全然入ってないし、無印良品さえない。1階にスターバックスがあるのですが、京葉道路の通り沿いで、トラックがビュンビュン飛ばしているから、コーヒー飲む気にもなれない。ま、話を戻しますと、錦糸町の次に栄えているのは、亀戸です。南口に「サンストリート」という、新しいショッピングモールができ、そこがまあまあ、賑わっています。ただ亀戸の場合、錦糸町と違うのは、個人商店に元気がないこと。どこも、サンストリートに客をとられて、閑古鳥が鳴いているようです。駅の北側はともかく、南側に賑わい・活力が感じられない。それにも増して寂しいのは、両国の駅前。ここは、3駅のなかで一番都心に近く、隅田川沿いのリバーサイドにあり、国技館、江戸東京博物館など、観光スポットをいくつも擁しているにもかかわらず、駅前の寂れ方がひどい!特に、両国駅の北側は、本来、国技館や江戸東京博物館へ行く道沿いに、商店街やレストラン街ができてしかるべきなのに、何もない。お相撲さんの絵のある、レストラン数軒以外は、いかにもお役所がつくった、殺風景な通路が、何百メートルにもわたって続いています。もともと、この界隈には、ビアホールがあって、美味しいレストランが並んでいたはずです。それらが、きれいさっぱり、なくなってる!ところで、例の通路沿いに、大きなビルがいま、建設中でした。で、そのビル名をみて、驚きました。国際グランドファッションビル建設予定地だっさー、なんてダサい名前!!!もう平成18年なのに、「国際」、「グランド」、「ファッション」と、昭和40年代のセンスを感じさせるコピーが、3つ連続で並んで、すごいインパクトでした。もともと、両国界隈は、新築に近いマンションでも、「マンション ニュー清澄」みたいな、昭和チックなネーミングが目立ちますが、ま、それは許すとして、駅前の一等地の、両国のランドマークとなるべき建物に、「国際グランドファッションビル」はひどすぎる。30代後半の私でさえ「ひいて」しまうのですから、もっと若い世代がどう思うかは、推して知るべしでしょう。老害・・・なんでしょうかねえ?こういう名前を平気でつけてしまうから、両国・錦糸町など東京の東側は、西側とますます差をつけられてしまうのでしょう。いま首都圏は、「都市イメージ競争」の真っ盛り。本気で、街のイメージアップを考えるのであれば、新しい街や街路、一等地にある建物の名前くらい、一流のコピーライターを使って、「イメージ真剣勝負に出る」べきでしょう。そういうところに、お金を惜しんではいけないと思う。国技館の街・両国ピンチ!奮起を望みます。
2006年10月11日
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うちの娘は、1歳1ヶ月になったばかりです。なかなか陽気で快活な性格のようで、どこへ連れていっても人見知りしません。知らない人にも気軽に手を振ったり、ニッコリ微笑んだりします。赤ちゃんの、あの純情無垢な目でニッコリされると、どんなに堅物のオヤジでも、メロメロになってしまいます。やっぱりこれは、赤ちゃんじゃないとできない芸当なのでしょう。私みたいな、いい歳したオヤジが同じことやっても、気持ち悪いだけだもんなあ。その娘が、一番嬉しそうにはしゃぐ場といえば、意外や意外、「都バス」の中なのです。-------------------------都バスとは文字通り、東京都が運営する公共のバスのことです。都内各地域をくまなくカバーしており、運賃は一律200円。なお、70歳以上のお年寄りは、無料で乗れるそうです。都バスというのは、とにかく遅いんです。停留所で客が乗り込むたびに、或いは信号待ちのたびに止まるもんだから、道が混んでいる時などは、いつ目的地に着くのか分からないほど。通勤手段としては著しく不向きなので、スーツ姿のサラリーマンなんて、まず見かけません。乗客を見渡すと、とにかくお年寄りが多い。あとは子供を連れた専業主婦とか、高校生とか、くたびれたラフな服装の、得体の知れない若い女性などの姿が目立ちます。とにかく、世界のビジネス都市TOKYOとは思えないほど、緊張感とは無縁な世界。まるで地方のローカル線を思わせる、牧歌的な雰囲気がただよっています。そんな都バスに、私がなぜ乗るのかというと、まずは、通勤に使います。私の家から、木場二丁目のバス停留所まで、徒歩3~4分。そこから約10分の乗車で、会社のすぐ近くまで連れていってくれます。たいてい座れるので、缶コーヒー飲んで、新聞でも読みながら、優雅に通勤できます。これが、地下鉄東西線なんかに乗ったら最後、もう大変!木場駅から、目的地の茅場町駅まで、わずか2駅ですが、これがもう、イモ洗いみたいな混雑ぶり。茅場町に着いたら着いたで、人がうじゃうじゃ。改札を出るのだって難儀します。そんな地下鉄通勤なんて金輪際やりたくないから、都バスのお世話になっているのです。その他には、休日、家族を連れて、砂町銀座商店街や錦糸町に買い物に行く時も、都バスが便利です。特に、素晴らしいお寿司が楽しめる砂町銀座は、電車で行くと最寄り駅から15分以上歩かされますが、都バスだと商店街入口まで直行してくれます。また、お台場、豊洲など、ベイエリア方面に行く時も、都バスが便利です。-------------------------ところで、都バスに幼い娘を乗せると、なぜ機嫌良くなるのか?それは、乗客の皆さんが優しいからなんですね。車内は、時間を持て余してそうなお年寄り、それに子育ての苦労が身に染みている専業主婦が多いから、皆さん、赤ちゃん大歓迎。その暖かさを感じ取るからなのか、娘も、そこら中の人に、手当たり次第、愛嬌をふりまきます。とっても可愛いんですが、余りに愛嬌が良すぎて、親としては心配してしまうほどです。誘拐されたり、ストーカーとかに連れ去られないようにしなくちゃね。余談ですが、江東区や墨田区の一帯は、東京の下町です。この土地は、私の知る限り、日本で一番、赤ちゃんに向けられる眼差しが暖かい気がします。とにかく、老若男女問わず、赤ちゃんを見ると、気軽に声かけてくれる人がとても多いんです。都バスに乗っても、その辺のスーパーやディスカウントショップに行っても、うちの娘を連れて行くと、「可愛いねえ」、「素敵だねえ」という声が、当たり前のように聞こえてきます。一方、「お受験」とやらが盛んな郊外の街に行くと、途端に、そういう声が聞こえなくなり、ひたすら無関心の、よそよそしい世界になります。赤ちゃんフレンドリー、というのは、人間全般にもフレンドリーだということです。本当の心の豊かさとは、こういう所に表現されるのではないかと思います。もともと工業地帯のイメージが強く、おしゃれなスポットが何一つない、貧乏人の街、荒川が氾濫したら水没するゼロメートル地帯・・・など、ネガティブなイメージの強い当地ですが、私の目からみて、下町はやっぱり、素敵だと思います。都バスと下町の人情、永遠なれ!
2006年10月10日
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今回で、マンション投資概論シリーズの最終回となります。自己居住用としても、投資用としても、マンションを買うにあたっては、「将来、不在地主になること」を、心のどこかで覚悟した方が良いと思います。買った当初は、「一生、家族でここに住み続けるんだ!」と思っていても、長い人生、何が起こるか分かりません。転勤、転職、離婚、病気療養等・・・。極端な話、マンションを買った直後に、他都市への異動を命じられることだって、ありうる話です。私自身、マンション購入から、わずか1年7ヶ月しか住まなかったんです。ですので、「自分や家族が住みやすい」のはもちろんのこと、「イザとなった時に、貸しやすい」物件をおすすめします。貸しやすい条件としては、もちろん、立地(駅からの距離、買い物の便など)が最重要なんですけど、次に重要なのが、間取りです。一般論になりますが、間取りは、「狭すぎず、広すぎず」、「2~3人家族が快適に住めるプラン」が理想だと思います。いま、日本の一世帯あたりの平均人数が2.7人前後ですから、2~3人家族向けの、2DK~3LDKのプランこそが、最も幅広い「客層」をターゲットにできるのです。専有面積でいうと、40~75平米といったところでしょうか裏を返せば、二世帯住宅とか、4~5部屋もあるような大きな間取りだと、入居する人が限られてきますから、その点、貸しにくいといえましょう。逆に、20平米以下のワンルームタイプだと、単身者しか入居できなくなります。とはいえ、実際には地域特性も考慮に入れるべきでしょう。たとえば、大都会の中心部の、単身者が多く住む便利なエリアであれば、ワンルームでも、投資モデルとしては十分成立しますし、子供のいない若夫婦の多いエリアなら、リビングが広めの1LDKでも良いでしょう。------------------------自己所有のマンションを貸すにあたっては、物件の近所に、信頼できる不動産屋か管理会社を見つけておくと、後がラクになります。彼らは、あなたが「不在地主」になった時に、入居者の募集、賃料交渉、物件への案内、賃貸契約の締結、入居後のトラブル対応、退去時の立会い、清掃、畳替え、クロス張替えなど、現地にいなくてはできないもろもろのことを、やってくれるのです。賃貸管理契約には、大きく分けて二つの種類があります。「家賃保障(サブリース)契約」、「一般賃貸管理契約」。前者は、借り手がつくか否かに関わらず、毎月決まった額を、オーナーに支払う、という契約です。一方後者は、借り手がついて、賃料が入った時に、数パーセントの管理手数料を差し引いて、残りをオーナーに払う、という契約です。オーナーとしては、もちろん、「家賃保障契約」の方が、安心できるでしょう。賃貸に関わる一切のリスクを、管理会社側がもってくれるわけですから・・・。ですが、落とし穴もあります。まず第一に、どの物件でも。家賃保障契約の恩恵にあずかれるものではありません。管理会社も空室リスクを恐れますので、東京では都心部の一等地や、それに準じた地域でないと、難しいでしょう。あと一つは、「大きくピンハネされている可能性がある」。たとえば、1ヶ月15万円で、コンスタントに借り手がつくはずの物件で、12万円しかオーナーに払われないとしたら・・・仮に、あなたが現地の賃貸相場に明るくて、空室もほとんど出ないような好立地であるのならば、多少のリスクをとって、「一般賃貸管理契約」を選んでも良いでしょう。さらに重要なのは、一般的な空室以外のリスク、たとえば入居者が「夜逃げ」してしまった場合の賃料保障、私物撤去費用、清掃費などをカバーする保険に入っておくことです。普通これは、賃貸管理契約のなかで、保障会社によってカバーされることが多いと思いますが、100%そうである保障はないので、念を押しておいた方が良いでしょう。いまのご時世、テナントが夜逃げするなんて、よくあることです。------------------------さて、業者に賃貸管理を委託した場合、不在地主のあなたがすべきことは、あまり多くありません。せいぜい、1)家賃の振込み状況を確認する2)新規募集時に、希望賃料を設定する3)管理会社を通じて、入居者と賃料や賃貸条件を交渉する4)借り手から入居時に預かった敷金を、退去時に返す。総じて、大した手間ではありません。他都市や海外からでも、遠隔操作で管理できます。ただ、長期間にわたって借り手がつかないなど、ピンチになった場合は、手をこまねいているだけでなく、積極的にアクションをとる必要があるかもしれません。かく言う私も、日本の賃貸市場が最悪の状態になった2003年に、5ヶ月以上にわたって借り手が見つからない、という事態に直面しました。もちろん、賃貸収入はゼロですが、ローンや管理費の支払いはしなくちゃなりませんから、貯蓄の残高は減る一方でした。その時、私は海外在住でしたが、日本の管理会社と連携して、どうやったら早く入居者を見つけることができるか、いろいろ作戦を練りました。たとえば当時、業者のホームページ上の物件情報では、「近隣の駐車場、月2万円」とありました。これでは高すぎて入居者がひいてしまうと思ったので、里帰りした際に、近隣の駐車場をしらみつぶしにね歩いて、ついに「月1万円」の駐車場を発見!この情報を、ホームページに掲載してもらいました。また、間取りをちょっと換えて、モダンな若夫婦向きのデザインにすることも検討しました。が、こちらは費用対効果が合わないと思ったので、実行しませんでした。あと、ミニコミ誌、あるいは自分のホームページやブログを使って、我が物件のある街(千葉県柏市など)の宣伝を、時々やっています。無論、これは即効性があるものではありませんが、長い目でみれば、柏市のファンを増やすきっかけになり、資産価値の維持・上昇につながっていく営みです。というより、自分が本当に気に入って、物件まで買ってしまったほど魅力ある街なら、誰だって、その良さを皆に知ってもらいたくなるもの。それはもう、損得抜きで楽しいことのはずです。不動産を買い、維持することは、息の長い営みです。それは、あなたの選んだ大好きな街とともに、自分も成長していくことでもあるのです。というわけで、この場を借りて柏の宣伝をひとつ。JOBAN アートラインプロジェクト柏 2006近年、若いミュージシャン、アーティストがどんどん育っている柏。その力で、これまでの「千葉県」 「常磐線」のイメージを一気に覆しかねない、野心的な試みです。--------------------最後に一言。大金持ちの真似をする必要はない。この文章は、平均的な大卒サラリーマン、せいぜい「小金持ち」クラスを対象に書いています。近頃、よく取り沙汰される、「ニューリッチ層」。たとえば年収が1億円とかあって、超高級賃貸マンションとかに住む人たちは、こんな地道にコツコツやらないでも、お金の殖やし方を大変よくご存知でしょうし、或いはプロのファイナンシャルプランナーが、最適な投資オプションを提言してくれるでしょう。私がひとつ気になることは、いまの日本では、「大金持ちのための投資テクニック」が、大衆紙などで盛んに宣伝されていることです。たとえば東京なら、「山手線内で、しかも一戸建てでないと、将来、下落のリスクが大きい」とか、「代々木上原のヴィンテージ物件を、4億円で買った人の体験記」みたいな類のものです。私はああいう文章を読むたびに、「こんな情報、普通のサラリーマンが読んだって無駄だろう・・・」と、溜め息をつく以外にありません。不動産市場は多層的なもので、大金持ち向けの市場もあれば、都心勤めのサラリーマン向け、地元の勤労者向けなどに、細分化されているものです。裏を返せば、それぞれの経済レベルやライフスタイルに合った投資の仕方があるわけで、一般大衆が、いきなり大金持ちの真似をしても、意味がないと思いますよ。ま、無理せず、背伸びせず、適度なリスクをとりながら、一歩一歩、進んでいきましょう・・・ってことで、マンション投資概論シリーズを終わらせていただきます。-完-
2006年10月09日
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今日は、私の誕生日祝いということで、素晴らしい寿司を食べてきました♪場所は、10月1日の日記で紹介した「砂町銀座商店街」の、明治通り側入り口にある寿司屋「海幸」。ここは、どの駅からも徒歩15分以上という、不便な場所にありながら、ネタの大きさ、新鮮さで人気を集め、今では、開店前から長い行列ができる、話題の店となりました。■砂町・海幸電話 03-3646-0165住所 東京都江東区北砂4-1-13→地図地下鉄東西線南砂町・都営新宿線西大島駅から共に徒歩15分城東警察署・寿康会病院前営業時間 12:00~20:30休業日 水曜(不定休かなり有り)12時の開店前なのに、ご覧の通り、長い行列厳選海鮮丼贅沢セット炙り大トロわたりがにの味噌汁----------------------もう、文章を何も書かなくても、写真が全てを語ってくれるでしょう。強烈に美味しかったです。ウニ、炙りトロをはじめ、どのネタも素晴らしいの一言。最高の誕生日祝いになりました♪親子3人で、下を向けなくなるほど食いまくって、お勘定は5,750円也・・・お値段も良心的な下町価格でした。
2006年10月08日
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セサミストリート・・・米国生まれ、世界一有名な子供番組!!近年では、日本のテレビでも当たり前に見ることができるようになりました。アーニー&バート(Ernie&Burt)、「エルモ」(Elmo)などの主要キャラクターは、皆さんおなじみでしょう。うちの奥さんも、セサミストリートを見て子供時代を送りました。彼女はオーストラリア育ちですが、セサミを見すぎたために、英語の発音がアメリカ風になっちゃんだそうです。一方、私は日本で育ちました。子供時代に見てた番組も、「ピンポンパン」、「ひらけポンキッキ」、「ロンパールーム」、「できるかな?」など、全て国産もので固められており、セサミの入る隙は全くありませんでした。好きなキャラクターも、「ガチャピン」、「ムック」、「カータン」、「ゴン太くん」など、国産ばっかり・・・。そんな私が、セサミの世界を知ったのは、大人になって、子育てを始めてからです。うちの奥さんが、里帰り先のオーストラリアで、セサミの絵本とか、キャラクター人形をたくさん買ってきたので、私は父親として、幼い娘に、その種のおもちゃで遊ばせなくちゃならない立場になりました。でもね、パパは日本人で、子供時代にセサミなんか全然見てなかったから、キャラクターの名前、全然知らないんだよ・・・とは言えないのですよ。親の威信にかけても。で、まず最初は、エルモとクッキーモンスターの区別がつかなかった!ごらんの通り、エルモとクッキーモンスターは、顔はほとんど一緒ですが(少なくとも私にはそう見える!)、エルモは赤くて、クッキーモンスターは青い、という違いがあります。これがエルモこれがクッキーモンスターでも私は、初めてクッキーモンスターを見た時、てっきり、「青いエルモだ」と早とちりしてしまいました。だもんで、クッキーモンスターの人形を手に取りつつ、「ね、ソフィアちゃん。エルモで遊ぼう!」とか言って、その場で、「エルモじゃないわよ!」と、うちの奥さんに指摘されました。次に起こった出来事といえば、クッキーモンスターとグローバーの区別がつかなかった!グローバー(Grover)は、クッキーモンスターと同じく、青い色をしてますが、毛むくじゃらではないし、目も顔の外側に飛び出しておらず、クッキーモンスターよりはややイケメン(?)風です。これがグローバーでも私は、グローバーなんて名前、もとから知りませんでした。たまたま、青い色をしていたので、「これは、クッキーモンスターの変形版だ!」と、てっきり思ってしまいました。後日、絵本を読みながら、「ソフィアちゃん、クッキーモンスターがGパンはいてるよ!」、「これは、クッキーモンスターのお母さんだよ」などと説明していたところを、奥さんに、「これはクッキーモンスターじゃなくて、グローバーよ!」と、一喝されてしまいました。うーむ難しい。「ガチャピン」、「ムック」で育った頭を、いきなりアメリカンに切り替えるには、まだまだ時間がかかりそうです。
2006年10月07日
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そういえば、皆さんは小学校の頃、先生から、「お金の貸し借りはやめなさい!」とか、言われませんでしたか?でもよく考えたら、そういうガッコのセンセだって、みんな借金してるはず。それも銀行から、何千万円とか、巨額のお金を借りて、マイホーム買ってるんですよね?不動産は普通、年収の何倍にもなる、高価なもの。現金で買える人なんて、滅多にいません。たかが狭いマンション一つでも、借金人生と隣り合わせです。かくいう私も、借金まみれ。「億の借金を持つ男」と呼ばれる日も近い!「そんな借金するなんて、こわーい!」と思う人もいるでしょう。でも逆にいえば、借金できるからこそ、私たちは、不動産持ちになれるのです。これはある意味、サラリーマンの特権です。中小企業主と違い、毎月決まった収入のあるサラリーマンは、金融機関からお金を借りやすいのです。私はいま、日本と豪州で、自分所有の物件を間貸ししていますが、借りてくれるのは、中小企業の経営者が多いです。彼らのマイホーム志向は、概して低い。立場上、住宅ローンが組みにくいのも、一因かもしれません。たとえ、巨額な借金をしても、資金計画がしっかりしていて、さらにキャッシュフロー・マネジメント、日本語でいえば「資金繰り」の技術さえ身につければ、百戦危うからず。以下、私が大事だと思うことを、箇条書きにします。1)現金を切らさない古今東西、中小企業が潰れる最大の理由は、「お金をうまく回せなかった」ことです。いくら、商品企画力や技術力に優れた、伸び盛りの企業でも、お金が必要な時にそれを集められなければ、あえなく倒産してしまいます。不動産持ちだって、同じこと。住宅ローンを返済し終わる前に、現金を切らしてしまったら最後、不本意ながら、家を手放すしかありません。そうなった時、十中八苦、損しているはずです。切羽詰って、売り急いでも、良い値はつきませんし、売れずに差し押さえになったら、もっと悲惨です。せっかく、家を買ったのだから、最高のタイミングで手放したいものです。そのためには、お金を切らさず、つねに余剰資金を確保しておくことが肝要です。余剰資金の額は、「1年間、借り手がつかなくても、なんとか維持できる」線が目安になると思います。たとえば、月々のローン返済が7万円で、管理費、修繕積立金、公租公課(固定資産税等)などの合計が3万円であれば、10万円×12ヶ月=120万円このくらいの現金は、常に用意しておきたいものです。もし足りなければ、今すぐ血相変えて、頑張って貯めましょう。2)「ボーナス払いなし」を選ぶ住宅ローンのなかには、「ボーナス払いと併用」タイプがありますが、ボーナス払いは避けた方が無難だと思います。職場にもよりますが、今の時代、サラリーマンをやってても、ボーナスが払われないことが日常茶飯事ですし、仮に、家を貸すことになった場合、借り手は、月々の家賃は払っても、ボーナスを払ってくれるわけではありません。ですので、ボーナスがないという前提で、資金計画を組む方が安全です。3)不動産用の別口座をつくるあと、マンションを買い、それを賃貸に出すことになったその日から、自分の生活用の銀行口座とは別の、「不動産管理口座」をつくりましょう。そこにまず、先ほどお話しした「必要余剰資金」(たとえば120万円)を投入し、そこに賃貸料、礼金、敷金、更新料、利息、ローンの引き落とし、管理費、修繕積立金、固定資産税、都市計画税など、不動産にかかる全てのお金の出し入れを、一括管理できるようにしましょう。加えて、ネットバンキング、テレホンバンキングに加入し、遠隔操作できるようにしておくと便利です。これがあると、あなたの不動産がどれだけ稼いでいるか、あるいは、「金食い虫」になっているかが、一目で分かるようになり、投資効果が実感できます。ここで少し気をつけなきゃならないことは、敷金。借り手がついた時、オーナーは、家賃の2ヶ月分とかの敷金を預かりますが、これはもちろん、退去時に返さなきゃなりません。いつでも返せるように準備しておきましょう。第4回につづく
2006年10月07日
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今日は私の誕生日♪この記念すべき日に、私たち家族は、2LDKの広い部屋に引っ越すことができました。いま宿泊しているウィークリーマンションで、今日たまたま、2LDKの部屋に空きが出たので、迷わず入居しました。うちの奥さんも、幼い娘も、大喜び。広いリビングなので、娘は一日中、嬉しそうに這い回っていました。----------------------------あと、オーストラリアの友人からも、誕生日祝いのメールを何通かいただきました。久しく会ってない間に、皆さん、いろいろと変化があったようで、「ついに子供が生まれたよ!」という嬉しい報告もありました。つい先日、子宝に恵まれた友人は、シドニー時代の元同僚で、夫婦とも、中国系のオーストラリア人。もちろん、外見上はアジア人です。でも二人とも、オーストラリアで生まれており、自分が中国人という意識は、あまりありません。特に旦那の方は、中国語(広東語)を話す家庭で育ったにも関わらず、英語以外の言葉は一切話せません。その彼が、いまドイツ語に凝っており、コミュニティカレッジとか通って、頑張って勉強しています。その関係で、つい先日生まれた娘にも、ドイツ語の名前をつけたそうです。顔は中国人なのに、ドイツ語の名前なんて、ヘンなの・・・と、私などは思ってしまうんですけど、当の本人は、そんなこと気にしません。彼にとっては、自分のルーツである中国(広東省)など、たぶん、遠い世界のことなのでしょう(一度も行ったことがないらしい)。内心ではどう思ってるのか知りませんが・・・。彼のような人間は、時に「バナナ」と、揶揄されることがあります。バナナとは、「外見は黄色くて(アジア人)、中身は白い(白人)」という意味です。同じく、中国人としてオーストラリアで育ったうちの奥さんによれば、バナナにも、いくつか段階があるそうです。「軽度のバナナ」:アジアの言葉も一応話せるけど、英語の方が得意「中度のバナナ」:ほぼ英語一辺倒。アジアの言葉は片言のみ「重度のバナナ」:完璧に英語オンリー。アジアの言葉を全く話せないうちの娘が、仮に、これからオーストラリアで育ったら、おそらく、ある程度はバナナになるんだろうな。ま、せいぜい「軽度のバナナ」にとどまって欲しいものです。英語はもちろん、日本語も中国語も、ちゃんとできるようになって、両親のルーツや文化を、いつまでも忘れないで欲しいものです。また、バナナの反対語として、「卵」(egg)というのもあります。こちらは、「外見は白くて、中身は黄色い」こと。オーストラリアの都市部では、アジアの文化にハマってしまう白人が少なくありません。中国語や日本語など、アジアの言語を学ぶ白人さんも結構多いし、中にはアジアの国に渡って、英語教師でもやりながら、その国に居ついてしまう者もいます。私のシドニーで一番の親友も、ある意味、「卵」かもしれません。英国人とイタリア人の血をひく男ですが、とにかく、アジアの食べ物が大好きで、中国料理とかベトナム料理ばっかり食っています。奥さんは中国人で、いま中国語を一生懸命勉強しており(漢字もずいぶん覚えた!)、私みたいに、将来は中国で働くんだと、意気込んでいます。ハネムーンの行き先は日本を選び、京都や飛騨高山とか行って、感動して帰ってきました。彼がこれから中国に渡り、長年暮らしたら、将来、英語を忘れて、中国語一辺倒になるのかもしれませんね。そうなったら、大したもんだ。
2006年10月05日
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「マンション投資概論」第二弾です。---------------------------私の意見では、マンション投資は、「一に立地、二に立地、三、四がなくて、五に内容」・・・いくら設備内容が素晴らしいマンションでも、それが利用価値のほとんどない地べたの上に立っていたら、意味がない。そんなものを買ったら最後、マンションは「万損」と化す、もとい、下手したら千万円単位の損失をかぶることにもなりかねません。うちの娘は、1歳1ヶ月になり、「よちよち歩き」を始める頃ですが、不動産は、歩くことさえできません。要は、植物と同じです。植物が、悪い土地に植えるとすぐ枯れてしまうように、立地の悪いマンションは、花($$)を咲かせることなく、萎んでいくのが関の山です。では、何をもって、「立地が良い」とするのでしょう?不動産広告では、どんな物件でも「好立地」と宣伝してますが、私の基準では、「築が古くなっても、価値が下がらない」「安定した賃貸収入が見込める」いま日本の大都市圏で、上の条件を満たす立地といえば、ずばり、「鉄道駅の近く」でしょう。それも、都心ターミナル駅から直通の急行・快速が止まるとか、乗り換え駅とか、駅前に大きな百貨店があるみたいな、「使える駅」の近くでないと、将来の価値下落リスクが大きくなります。無論、例外もあります。東京でいえば、山手線の内側(しかも南半分)みたいな一等地であれば、別に駅近じゃなくても、資産価値は保ちやすいんでしょうが、平均的なサラリーマンは、そんな場所、手が出ませんよね?普通は、山手線を離れた郊外で探すわけですが、そうなると、「駅近である」ことが、絶対の条件になってきます。これだけは譲れません。妥協してはいけません。東京郊外、柏駅周辺の事例でいうと、築15~20年のファミリーマンションが、「駅から徒歩1分離れる毎に、売値で100万円近い差が出る」こともあるようです。たとえば、駅歩3分なら2000万近くで売れるのに、駅歩13分だと1000万そこそこになってしまう。バスでしか行けない所になると、さらに悲惨・・・間違っても、そういう立地のマンションを買ってはいけないのです。---------------------------あと、私が重要だと思うのは、「街が生きているかどうか?」です。あなたがマンションを買おうとしている街を、ブラブラ歩いてみましょう。道行く人の表情は、楽しそうですか?人生を謳歌していますか?若い女性が、目を輝かせながら歩いていますか?規模の大小を問わず、魅力的なお店がたくさんありますか?お店には、センスの良い商品が並んでいますか?商店主は皆、親切ですか?楽しいイベントがたくさんありますか?次に、この街の10年後、20年後、そして30年後を、想像してみましょう。今、街を歩いている若い女性が、結婚して子供を産んで、30年経ったら、その子供たちもこの街に住み、楽しく闊歩している、その情景が想像できますか?もし、できるのであれば、この街は大丈夫です。30年後、日本の人口も、東京の人口も、今よりは減ってるでしょうが、魅力ある街は、ちゃんと選ばれ続けるので、衰退しません。街の賑わいが、将来も、きっと資産価値を守ってくれるでしょう。逆に、せっかく駅前の良い所にあるのに、「先祖代々の商売」みたいな繰り言をほざきつつ、全然、時代のニーズに合わせない、客の立場に立って商売しない、ふざけた商店が多かったり、そんな連中が、地元の代議士を使って、大型店の出店を力づくで排除したり、その結果、駅前商業が衰退して、その隙間に風俗産業が無秩序に進出するような街は、ダメです。駅前がそんな状態であれば、現時点で「使える駅」であっても、将来、「使えない駅」に転落する危険性大です。---------------------------あと、背景知識として、都市圏のマクロな人口動態についても、大筋は押さえておく必要があるでしょう。東京圏の都心近くについていえば、現在、「人口の南進」「都心機能の西進」という二つのトレンドがあって、その結果、都心の南西側はますます栄え、北東側は寂れる、という構図が強まっています。もともと東京圏は、「西高東低」、「南高北低」と言われていましたが、ここ10年、ますます、その差が広がりつつあるようです。人口の南進については、「海」が大きく影響しています。東京都心の南に、東京湾が横たわっています。その沿岸はもともと、工業地帯だったのですが、近年ではどんどん住宅地域に変わっています。海の近くに住み始めた東京人は、そこが「開放感があって、気持ちいい」ことに気づいたのでしょう。都心部よりまだ割安感の高い、品川区、港区、江東区の臨海地域に、たくさんマンションが立ち、人口の急増が見られます。経済活動は、当然、「人口」に引っ張られますから、このトレンドは、注目しといて損はないでしょう。都心機能の西進について・・・東京の伝統的なオフィス街といえば、大手町や丸の内です。ここには、すでにステータスの高い、成熟産業の本社が多く集積しています。逆にいえば、成熟産業ゆえに、今後大きな発展はあまり期待できません。逆に、新しいタイプのサービス業、IT・通信産業など、今後発展の余地の多い産業のオフィスが多く立地するのは、東京の西側、たとえば渋谷、新宿、六本木近辺が多い。そういう産業が、今後日本経済を引っ張っていくようになると、今後、東京のビジネスの中心が、ますます西に移るかもしれません。東京にはこういう、経済地理があるために、バブル崩壊以降の経済二極化のなかで、「勝ち組」とされるエリアが南側と西側、そうでないエリアが北側と東側に偏在する傾向が強まっています。また、東京の郊外では、「国道16号沿線の郊外中核都市に人口が張り付く現象」もみられます。国道16号は、東京都心から約30キロ外側を、ぐるっと一周して回る基幹道路で、沿線には、横浜市、町田市、相模原市、八王子市、川越市、さいたま市、柏市、千葉市など、「16号沿線ゴールド会員都市」が、数珠繋ぎに並んでいます。この沿線には、東京23区を上回る、約1000万人が住んでいますが、この膨大な人口は、あまり流動しないようです。それもそのはず、これら郊外都市から、東京へは十分通勤可能だし、また地元には百貨店もロードサイド店も非常に充実し、わざわざ東京に出なくても何でも揃うから、「出て行く理由が何もない」のです。その代わり、郊外都市の内部で、「不便なエリアから駅周辺へ」の人口移動がみられます。たとえば、親の世代が、千葉駅からバス便でしか行けない不便なところに一戸建てを買うと、その子供たちは千葉駅近くの、便利の良いところにマンション買って住む、という現象が目立ちます。したがって、郊外でも中核都市で、かつ便利の良い駅から至近距離であれば、資産価値は保ちやすいと考えられます。---------------------------最後に、「人気投票は、あまり参考にしないこと」をおすすめします。東京圏の不動産雑誌には、「住んでみたい街・沿線ランキング」の類が、ひっきりなしに発表されます。こういうアンケートで上位に来るのは、代官山、南青山、自由が丘などハイソなエリア、もう少しくだけた下北沢とか、郊外では吉祥寺、二子玉川、新浦安なども人気です。こういう街は、不動産投資として推奨できるかというと、私は否定的です。なぜなら、こういう人気エリアの物件は、実力以上に過大評価されている可能性が高いからです。たとえば、収益性は大したことないのに、イメージの良さが上乗せされて、売値がやたら高いとか・・・。街のイメージは、確かに資産価値を保つ強力な武器ではあります。が、マンション投資にあたっては、投資額対予想収益のバランスシートをシビアに眺める必要があります。仮に、「これじゃ、どうやっても採算が取れない」ほど高値なのであれば、たとえイメージ最高の街でも、手を出さない方が賢明でしょう。それより、「名より実を取る」ことを考えるべきでしょう。第3回につづく
2006年10月04日
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今日から当面、「不動産ネタ」で、突っ走らせていただきます。【マンション投資概論】(予定)第1回:家を二つ持とう!←今回の日記第2回:「生きの良い街」の選び方第3回:資金繰りは芸術だ!第4回:不在地主を100倍楽しむ方法------------------------------明後日は、私の誕生日♪私が生まれたのは、今から30数年前のことです。生誕の地・千葉県柏市は、一応、東京の郊外都市ではありますが、当時は草ぼうぼうの田舎でした。病院も少なく、私自身、自宅で産婆さんの手によって、引っ張り出されました。そんな昔から、巷では、「マイホームは一生で一度の買い物」と、言われてきました。時は高度経済成長の終わり頃、景気は大変良く、サラリーマンの給料も順調に上がっていました。ですが日本には、「土地神話」というものがあって、給料がいくら上がっても、土地や不動産の値段はそれ以上のスピードで上がったものです。そんな状況の中で、「マイホームは、せいぜい、一生に一度しか買えない」という「常識」が生まれたのでしょう。ですが、いま振り返ってみると、「一生に一度の買い物」という言葉こそ、日本人の住環境の貧しさや、ライフスタイルの選択肢の乏しさ、経済大国なのに豊かさを実感できない暮らし・・・等をもたらした元凶なのではないでしょうか?考えてもみて下さい。いま、日本の大都市圏に暮らしていて、就職してから一度も引っ越さなかった人が、どれ程いるのでしょう?転勤、転職、結婚、出産、子供の教育、老後の暮らし・・・生きていれば、いろいろなことが起こりますから、一生のうち、4回や5回は転居するのが、当たり前なのではないでしょうか?ですので、ライフスタイルや家族構成、勤務地の変化に合わせて、自分の住まう環境を、より合理的で快適なものにしていくのが、人間の自然な営みのはずです。ところが、人々が「マイホームは一生の買い物」みたいな固定観念に縛られると、どうなるか?家を買ったが最後、転居・転売もままならない。一生、その土地、コミュニティのなかで、暮らさなければならないのだとすれば・・・それは、「自分の好きな時に、住みたいところに、好みのライフスタイルで暮らす自由」を、最初から放棄しちゃってるようなものでしょう。また、「一生で一度の買い物」の裏返しとして、「一生、賃貸暮らし」という言葉もあります。要は「マイホームに人生を束縛される」のが嫌だから、賃貸暮らしを続ける、という考え方です。ま、これも個人の好みでしょうけど、私の感覚でいえば、老齢になって、年金暮らしになっても、それでも月何万円払って賃貸暮らしを続けるのか?・・・おそらく、「一生賃貸」族のかなりの部分は、本音では「不動産を持ちたい」と、心のどこかで思っているのではないでしょうか?人間は本来、もっとワガママな生き方をしていいんじゃないでしょうか?たとえばの話、サラリーマンが自己所有の家を二つ持てたなら、どうなるでしょう?「一軒は都会の真ん中に、もう一軒は風光明媚な景勝地に」というパターン「一軒は異国情緒あふれる街に、もう一軒は日本情緒あふれる古都に」というパターンあるいは、「一軒は職場の近くに、もう一軒は実家からスープの冷めない距離に」という、堅実な考え方でもいいかもしれません。思うに、自分の家が二つあれば、ライフスタイルの変化や用途、気分に合わせて、住み替えることもできるし、また、空き家になった一方の家を賃貸に出して、いくらかの収入を得ることもできるし、また、老後資金が入用になった時に、家の一つを売却して、もう一方を終の棲家にすることもできる・・・。少なくとも、「家がたった一つしかない」状態に比べ、ライフスタイルの選択肢が格段に広がること、請け合いです。-------------------------------------「何を、非現実的なこと言ってるんだ!」と、呆れられるかもしれませんが、でもこれは、収入の安定した中堅サラリーマンであれば、十分実現可能なプランなのです。一つ、分かりやすい例を挙げましょう。私の住む、東京江東区の木場では、間取りや面積にもよりますが、いま新築のマンションが、安いもので4000万円台前半くらいから、売りに出されています。都立木場公園の眺望がある、100平米級の高級マンションなら、平気で7000万円を超えます。7000万を買える人は、さすがに少ないでしょうが、4000万台であれば、都心勤めのホワイトカラーであれば、何とか手が出る範囲内でしょう。実際、日本橋や大手町に勤める30代前半のサラリーマンが、たくさん買っているようです。ですが面白いことに、同じ木場エリアで、築が20~25年経った中古物件であれば、似たような間取りでも2000万台の前半。つまり、新築マンションの約半額で、売り出されているのです。むろん、新築とは内容がかなり違います。築の古い物件は、見栄えはもちろん、つくりも概して狭いし、和室の多い昔ふうの間取りだし、セキュリティシステム、電気調理システムみたいな、気の利いたものもありません。でも、それさえ我慢すれば、十分住める内容です。きちんとお金かけてリフォームすれば、一見、新築同様に見せることも可能です。で、私は思うのです。新築一軒買うお金があれば、中古を二軒買っちゃった方が、ずっと賢いのではないか?無論、ランニングコストまで含めれば、「半額ポッキリで買える」わけではありません。古い物件は、管理費や修繕積立金も、新築より高くつきますし、ローン控除など、税制上の優遇も少ないし、水まわり、ガス・電気器具などの維持費も、古いから余分にかかります。ですが、それらを全部足したって、追加的コストは、月平均にならせば、せいぜい2~3万円の範囲に納まるでしょう。ですが、自分が中古物件のひとつに住んで、もう一軒を、賃貸に出したらどうなるか?木場なら、日本橋からわずか3駅。2LDKのファミリータイプで築が古くても、月12万は確実にとれるでしょう。無論、空室になって家賃がとれない期間や、管理会社に払う手数料、固定資産税や都市計画税なども考慮しなくちゃなりませんが、それらをはるかに上回る収益を、稼ぎ出してくれるはずで、新築にただ住んでるのに比べて、月に10万円近くも、手取りが増える計算になります。ここまで話すと、「何が楽しくて、同じエリアで似たような中古物件を、2軒も買わにゃならんのだ?」と、突っ込む人も出てくることでしょう。ですが、ものは考えよう。物件を2軒買うのに、同じエリアに限って購入する必要は全くありません。たとえば、木場に中古を一軒買うのなら、もう一軒は、「おしゃれなイメージの東京南西部(世田谷や杉並)で、ファミリータイプか1LDKの中古を買う」とか「東京の、とびきり高級なエリア(白金や表参道)で、ワンルームか1Kを買う」とか「別荘用途も兼ねて、三浦海岸とか湘南に、中古ファミリータイプかメゾネットを買う」という考えでも良いかもしれません。立地やタイプの全く違う二つの物件の組み合わせによって、ライフスタイルの違いを楽しむことができますし、また、値下がりや劣化のリスクも、ある程度、ヘッジすることができます。その際、投資が正当化されるかどうかの基準としては、1)2000万円台前半までで購入できること2)月10万円前後の賃貸収入がコンスタントに入ってくること3)現地までの交通費負担が、片道1000円以内で収まることあたりになるのかな。要は、二つの物件を管理することが、「金喰い虫」にならないような工夫が必要なのです。次回は、「マンションの立地選び」について書きます。第2回につづく
2006年10月03日
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私は、昔から不動産大好き人間。そして、根っからの「持ち家派」です。これは、うちの奥さんが華僑だってことも、影響してるんでしょうかねえ。華僑という人種は、骨の髄から、国家や政府というものを信用しないところがあって、「国の年金なんかクソ食らえ!老後の面倒は、自分で見る」のが基本。その際、頼りになるのは、やっぱり個人所有の財産でして、自然と、不動産投資に目が向くわけです。世界中のどの土地に移住しても、そこの不動産を買いたがるのが、彼らの習性と言っても良いかもしれません。そんな奥さんと知り合って、はや15年。今では自分自身が、ある意味、妻よりもっと「華僑的」な人間だということに、ふと気づかされました。海外移住を理由に、日本の国民年金の掛け金を払わなくなって、はや6年半。今は、日本に戻ってきてますが、月1万3千なんぼの掛け金を払うつもりは、毛頭ありません。そもそも、あんなもんハナから当てにしてない・・・というか、自分の老後のライフスタイルを決める大事な財源を、国の年金財政みたいなワケ分からんものに左右されたくないんです。そもそも、財産づくりは国にお任せするより自分でやった方がずっと楽しいし、勉強にもなるし、仮に損しても、自分が選択した結果だから、国のせいで損するよりも、ずっと納得がいきます。そんな私の生きがいの一つが、不動産の登記簿です。これまで、日本と豪州で買ったいくつかの物件が、どれだけ収益を上げるか、将来、どれだけ「化ける」か、というのも楽しみですし、またそれが、我が老後の暮らしを支える、メインの財源になる可能性も大きいと、期待しています。ただ私は、不動産という「動かない」財産を持ちつつも、自分や家族の「移動の自由」は欲しい・・・という、ワガママな人間です。一見、二律背反するこのテーマについて、試行錯誤しつつ、自分なりの回答を模索してきました。現時点での答えは、・自分がいつでも、「不在地主」になれるような物件を買うこと・「不在地主」になった時、賃貸収入だけで、ローンの返済ができるような「貸しやすい」立地を選ぶこと・余裕で返済ができる範囲に、ローンを抑えるこの3点です。したがって、私の選ぶ物件は、たいてい都心立地か、郊外でも駅やショッピングセンターに近い、便利な立地で、かつ広すぎず、部屋の数が多すぎず、夫婦2人暮らしでも空間を持て余さないような、「貸しやすい」間取りになることが多いです。なお、予算が限られているので、「セレブな街」は敬遠し、トコトン実質重視でいきます。これまで、私の仕込んだ物件は、値上がり益、あるいは賃貸収益を上げるという面では、必ずしも成功しているとは言い難いですが、幸いにして、借り手には困っていませんし、賃貸の上がりでローンや利子を返してくれます。おかげで私は、「移動の自由」を制約されることなく、キャリアアップを求めて、中国や日本に転勤する自由も得ている・・・という意味では、まあ成功だったと思います。こんな時、あの「金持ち父さん」ロバート・キヨサキ氏の名言を思い出します。「お金のために働くな」「お金に働かせろ!」ところで、この文章を書こうと思い立ったのは、私の手元にある本に、こういう記述があったからです。著者は、いま東京で持ち家を持つことが「割に合わない」ことを、強調しています。「家を持ったが最後、その家を起点にして行動半径が制約される。引越しも転職も思いのままにならなくなる」「労働力市場が不安定な時代に自分の行動の自由を制限するような生き方は、とてつもなく高いコストを目に見えないかたちで払っているのだ」「買い替えや建て替えは一生に一度ぐらいしかできないと考えるべき」そして、「賃貸暮らしのメリット」を、こんなふうに強調しています「貸家に払う家賃は、行動の自由を確保するための保険料込みなのだ」「貸家なら、2~3年だけ超豪華な家に住んでみることもできるし、ボロ家でも、場所がいいから短い期間だけ住んでみようかという冒険もできる」うーむ。言ってることは分かるんだけど・・・でもさあ、サラリーマンでも少し頭を使って、うまくやれば、「家を持ちながら、行動の自由も得る」こともできるんだけどなあ。「家を買って、そこに一生住み続けるか」、或いは「貸家で移動しながら暮らす」かの二者択一という固定観念が、日本人の豊かな住生活を大いに制約してると思うんですが、どうなんでしょうねえ?
2006年10月02日
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私の住む町、江東区木場は、東京の下町。ここの地面は、限りなく平らです。行けども行けども、ひたすら川と橋ばかり。坂どころか、段差自体がほとんどありません。江東区一帯は、江戸時代以降の埋め立てによって、海(東京湾)に向かって徐々に開けてきた「新しい陸地」です。私の住んでいるあたりも、江戸時代まで、まだ海の底だったようです。ですので、江東区内には、「丘」や「岡」のつく地名がひとつもありません。東京の下町はどこもそうで、間違っても、「錦糸町ヒルズ」みたいな物件は建たないことでしょう。そもそもヒル(丘)がないんだから・・・。その代わり、「川」、「河」、「島」、「洲」、「砂」のつく地名はかなり多く、低湿地であることを物語っています。もと埋立地だから、標高は限りなくゼロに近いのですが、その上、大正以降の大量の地下水汲み上げによる地盤沈下で、今日では江東区のかなりの部分が、「海抜マイナス」状態になっています。つまり、海面より下にある陸地ということ・・・。とはいえ、日本の誇る近代的な治水のおかげで、海抜マイナス地帯にも人が暮らせるようになり、街ができ学校ができ、都心に近いので高層マンションもびっしり建て込んでいます。現在、首都圏にある海抜ゼロないしマイナス地帯は、116平方メートルで東京23区全体の2割弱を占め、人口は176万人もいます。今回は、江東区のなかでも一番低いところにある、「砂町銀座商店街」に行ってきました。この一帯は、海抜マイナス3メートル前後!ここは、いまどき珍しい、とても活気のある商店街でした。全長650メートルもある商店街の両側に、店がびっしりと並び、あらゆるジャンルの店が揃い、物価も安く、とても感動しました♪路地の両側に、店が並ぶ焼き鳥専門店!40種類以上の凄いバラエティー八百屋さん。「人間が生きてる」って感じがしますよねえ♪酒の種類も豊富。旧式の「ガチャガチャ」が懐かしいここで、散々買い物して、お惣菜とか韓国料理とか、たらふく食べたので、腹ごなしも兼ねて、我が家まで約4kmの道を、乳母車押しながら、歩いて帰りました。その道中、坂は一つもありませんでした。--------------------------------帰りに寄った、「イトーヨーカドー木場店」では、「防災グッズ」のコーナーが、まだ健在でした。9月1日の「防災の日」(「関東大震災」の起こった日)以降、もう1ヶ月も経つのに、まだ売れているところを見ると、住民の防災意識が高いのでしょう。ま、そうでしょうねえ。直下型の大地震が起こるとか、或いはカトリーナクラスの超大型台風が来て、荒川の堤防が万が一決壊したら・・・等々を考えると、土地柄、さすがに不安になります。だって、ここは海面スレスレだし、近くに高いところが全然ないんだもんねえ。家のすぐ近くを、小さな川が何本も流れているのですが、その水面の高さと、我が家のあるあたりの地面の高さを、無意識のうちに比べてしまう習性がついたのも、この土地に越してきて以降のことです。仮に、そんなことが起こったら・・・幸い、我が家はマンションの4階だから、ここまで水はこないでしょうが、ライフラインは確実に止まるでしょうから、最低限、水とビスケットと、紙オムツだけは用意しておきたいと思い、そのようにしました。とはいえ、いくら低湿地で災害に弱いといっても、ここまで都心に近くて(会社まで歩いていけるぞ!)、その割に公園と緑が多く、ショッピング施設が充実し、徒歩圏内に育児支援施設や小児科医、図書館や児童館が揃っている土地は他にないので、私が東京で働き、子供がまだ小さいうちは、木場にずっと住み続けようと思います。--------------------------------あ、そうそう、子供といえば、二番目の子の予定日が、約1週間早まり、来年5月13日になりました。昨日、最寄りの産科、東峯夫人クリニックで、超音波検査をした結果、すでに妊娠7週6日、胎児のサイズは全長7ミリ、ということが分かりました。そこから計算して、出産予定日が5月13日になったのです。私も、妻と一緒に胎児が動いている姿を見ることができました。卵のうの外壁に、タツノオトシゴみたいな物体が貼り付いて、休む間もなく、元気に動いていました。「生きてるんだなあ」と、感動しました。まだ性別は分かりません。東峯夫人クリニックは、我が家から歩いて10分、という近さに加え、院長さんの英語が達者で、妻とのコミュニケーションの問題も少ないし、また、出産入院にあたって、個室を予約すれば私も同室が認められるし、何より清潔だし、随所に花が活けてあってセンスも良いので、妻もすっかり気に入りました。もう十中八九、ここで産もうと決めています。今日(日曜日)は一日中雨だったので、歩いてわずか5分の「古石場図書館」に行きました。小さな図書館ですが、子供向けの童話・物語本がとても充実し、子供を遊ばせられるスペースも設けてありました。その種の本って、たいてい豪華本で買えばお値段も結構するので、近場の図書館で借りられるって、とても有難いです。そんなわけで、当分、「坂のない町」から、離れられそうにありません。
2006年10月01日
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Yahooセカンドライフの、第5回投稿記事です。掲載は、おそらく10月15日前後になるでしょう。過去の投稿記事第1回:オーストラリア・シドニーで暮らす第2回:自由の歩き方第3回:人種のるつぼで世界を学ぶ第4回:不動産ローン地獄@シドニー-----------------昨今の日本では、「格差社会」が問題視され、国会でも争論の的になっています。各種データによれば、日本の所得の不平等度を示す指標であるジニ係数は、OECD諸国(先進国)の中ではほぼ真ん中に位置しています。ここ20年で、かなりの速度で格差が開いたようです。ところで、豪州はどうなのかというと、日本と同じく、ジニ係数OECDのなかで中位です。日本ほどではないにしろ、長期的にみると、緩やかに、格差が開いていく傾向にあります。その豪州のなかで、貧富格差が一番象徴的にみられる都市、それがシドニーです。シドニーのお金持ち、というと、これがまたケタ違いで、東京の「なんとかヒルズ」住人なんか目じゃありません。世界三大美港のシドニー湾、或いは紺碧の南太平洋に面した、目も眩むような絶景を独り占め!しかも、どこからどこまで続いているか分からない程、広い敷地にゴージャスな豪邸、個人用のヨットハーバー、豪華クルーザーなんて当たり前の世界です。ですが、そこから40~50km西へ行くと、全くの別世界が広がります。フェンスで隔離された住宅街、落書きのひどい、荒れ果てた商店街。日本のニートなんて目じゃない、2世代、3世代にわたる無業者の群れ、深刻な貧困、ドラッグ、銃犯罪。社会的上昇を諦めた無気力な人々のトロンとした眼、最寄りの鉄道駅から遠く離れているのに、公共交通さえない!どちらも、シドニーの現実です。良い、悪いは別として、私の目に映ったシドニーは、明らかに「格差社会」でした。では、なぜこれだけ大きな経済格差が存在するのか、その理由を考えてみました。1)移民社会今日のシドニーは、移民社会です。ひとことで移民といっても、各人各様。投資・ビジネス移民から、難民まで、あらゆるジャンルの移民がいますし、その出身地は、地球上のほとんど全部をカバーしています。ひとことで移民と言っても、なかには、大金を持って移住してきて、10億円とかする豪邸をキャッシュで買っちゃう移民も居れば、お金もなく、英語もできず、ろくに教育も受けない状態で移住する人もいます。つまり、移住してきた時点からして、大きな格差があるのです。2)相続税・贈与税がないオーストラリアには、相続税・贈与税に相当する税金がなく、先代がつくった資産は次の世代に、原則無税で受け継がれます。「ファミリートラスト」(家族信託会社)という、公的な規制や公租公課から資産を守る制度も発達しています。だから、「お金持ちの子供は、すんなりお金持ち」になることが多い。目の飛び出るほど学費の高い、私立の名門校に親が行っていれば、子供もそこに入学するケースも目立ちます。その代わり・・・と言ってはなんですが、この国は税金と福祉政策を使った「所得移転」にはなかなか熱心です。すなわち、高所得層(例.大都市のサラリーマン)から高い税金をとって、低所得層(例.地方在住者、農民、失業者)へ、失業給付、医療費助成など、いろんなかたちで所得移転をして、格差を緩和しようとしています。それを本気で是正する気なら、お金持ちの資産に対する課税も強化すべきなんですが、政治的に難しそうです。「ファミリートラスト」課税は、数年前、現首相が提唱したこともあるんですが、実現をみませんでした。また、1990年代中盤から、シドニーの不動産価格が約3倍に跳ね上がりました。その結果、「値上がり前に家を買った人」と、「値上がり後に家を買った人」との間で大きな格差が生じ、資産ベースでいえば、不平等度は、以前よりさらに増していると思われます。ただ、そうはいっても、私の印象では、今のシドニーは日本と比べ、「格差社会」を深刻に受け止める人は少ないようです。その理由として、「格差拡大のペースが比較的緩やか」、「もともと、英国の階級社会をベースに発展した社会で、昔から、格差が目にみえるかたちでずっと存在した」、「他人の懐具合が日本人ほど気にならない国民性」などがあるのかもしれません。格差のない社会はありえませんが、格差をどの程度まで容認するかは、国や時代によって感覚が違うものなのでしょうね。
2006年10月01日
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