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最近、福岡市内に投資用の不動産物件を買いました。投資収益が上がるものは、もちろん、確定申告しなくてはなりません。なけなしの賃料収入から、管理費と修繕積立金が引かれて、固定資産税と都市計画税が引かれて、さらに所得税も引かれるとなると、一見、割に合わない気もしますが、でも実際には、必要経費として計上できるものも、いろいろあるようです。たとえばの話、「東京に住んでいる私が、不動産関連の用事で福岡に行く際の旅費と滞在費」は、必要経費として計上できる可能性が大きいそうです。ということは、所得税をとられるくらいなら、福岡で用事つくって、旅行しちゃった方がいい♪ってことになりませんか?もし、それが確実にできるのであれば、福岡に限らず、日本全国、自分の行きたい街に不動産を買って、毎年、そこへ旅行に行くことも、できるのではないですか?だとすれば、今度は札幌で投資物件を買う!毎年、札幌へ家族で旅行に行って、自分の旅費は免税にしてしまう。世の中こんな、おいしい話があるんでしょうか?日本の北(札幌)と南(福岡)に、自分の不動産を持って、そこへ毎年、免税目的の旅行に行けるのであれば、人生がずいぶん、楽しくなるような気がします♪
2008年01月31日
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会社までの行き帰り、地下鉄車内でのしばしの時間を楽しむため、日本全国の旅行ガイドを図書館から借りて、ぼんやり眺めています。今回借りたのは、「るるぶ長崎」。長崎県は、九州で唯一、私が行ったことのない県です。以前、福岡に住んでいたので、福岡県、佐賀県はもちろん、熊本、大分、宮崎、鹿児島と、九州のほぼすべての県を踏破したのですが、ひとり長崎県だけは、足を踏み入れていないのです。いや厳密に言うと、一瞬だけ、長崎県の領域を通ったことがあります。陶器で有名な、有田(佐賀県)へドライブに行った時、長崎県波佐見(はさみ)町を、5分ほど走って、また佐賀県に抜けたのですが、さすがにこれは、行ったうちに入りませんよね?だから、やっぱり行かなきゃ。話を元に戻しますと、「るるぶ長崎」を眺めていて、とても行きたくなりました。さすがに九州でも人気の観光地だけあって、魅力満載ですねえ。で、中でもひときわ、私の目を引いたものが、長崎名物・卓袱(しっぽく)料理なのでした。卓袱は、昔から国際貿易港として栄え、中国や南蛮(南欧)文化の影響を受け続けた、長崎らしい名物料理です。言葉で表現するのは難しいのですが、強いていえば中華風の大皿でいただく、和食、中華、西欧料理の良いとこ取りをした、豪華絢爛なコース料理とも言うべきか。長崎市内にある老舗「料亭花月」のコースの場合、豪快な刺身のお造り、ハモの湯引き、煮豆など、日本を代表する味覚があるかと思えば、中華風の角煮や冬瓜饅頭、クコの実のスープあり、さらに西洋風のパイ生地の焼き物ありと、今まで見たことない取り合わせの、和洋中折衷の贅沢なコース料理なのです。むちゃくちゃ美味しそう、すげー食べたい!お値段をみると、夜のコース料理で一人8千円から1万円台が相場とのこと。でも、この値段設定が、なかなかソソるじゃないですか!さすがに、普段食べるというわけにはいかないにせよ、でも頑張れば捻出できるという、「手の届く非日常性」が心にくい。目の黒いうちに、一度は絶対に食べてみたいっ!!長崎は、美味しいもの大爆発の土地柄のようで、卓袱料理のほか、チャンポン、カステラ、イセエビのお造り、トルコライス、佐世保バーガー、和牛・・・ここまで揃っているのなら、絶対に食いに行くしかないですね。
2008年01月30日
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最近、すごいですねえ。エロ書き込み攻撃・・・。ひどい時には、2~3時間毎に、書き込まれてることもあり、消してもブロックしても、キリがない。困ったもんだ。--------------------------ま、そんなことは、どうでもいいけど・・・ところで、最近の東京は、タワマン(超高層のタワー型マンション)の建築ラッシュが凄いです。都心でも郊外でも、どの駅前をみても、タワマンだらけ!タワマンが出現したのは、数年前、日本が不良債権処理で苦しんでいた時代、中心市街地の再開発地における、建物の容積率を大幅緩和したのが、きっかけだったと記憶しています。それ以来、都心部や駅前の一等地に、30階、40階建てのマンションが合法的に建てられるようになり、大量のデベロッパーが参入しました。結果として、都市部遊休地の活用や、不良債権の処理に役立ちました。タワマンは、2002年ごろから、大都市圏を中心に、供給が本格化してきたようです。特に東京湾岸エリアでは、「湾岸戦争」とよばれる、史上空前のタワマン供給ラッシュが起きました。今ではその波が、東京の郊外にも波及して、埼玉県所沢や千葉県船橋などベッドタウンが、いつの間にかタワマンだらけになっていた・・・という時代です。タワマンは、以前は日本の都市には存在しなかったものですから、登場した当初は、それはそれは華々しかったものです。特に東京の都心部や湾岸エリアのタワマンは、皆の憧れの的でした。しかし今では、郊外の駅前にさえ、当たり前にタワマンがありますから、憧れから「没個性の象徴」に転落する日も近いと思われます。私は、日本でタワマンが出現する前から、海外でタワマン暮らしをしてきました。その舞台は、オーストラリアのシドニーでした。--------------------------------タワマンの本場ともいえる、欧米文化圏に属し、地震もほとんどないシドニーでは、前世紀から、中心市街地には30階を超えるタワマンが建ち初めていました。私の妻も、1997年に、シドニー都心部でタワマンの一室を買いました。私がそこに移り住んだのは、2000年5月のことです。31階建てマンションの、23階。私もさすがに最初は、未体験の「超高層暮らし」に、心躍ったものです。加えて、シドニーを訪れる友人たちが、揃いも揃って、「お前、いい生活してるよなあ」と言うので、口には出さないけど、内心は鼻高々でした。どの国でも、超高層マンション暮らしというのは、インパクトが強いものです。しかし結果的には、私はそれから2年後、タワマン暮らしに耐えられなくなって、半ば逃げるように、郊外の土地付き、2階建ての家を買って、そこに移りました。人も羨む(?)都心タワー暮らしの一体何が、問題だったのか?まず第一に、眺望に飽きたことです。23階から街を見下ろす暮らし。最初は、「すっげー眺め!」と感動したものですが、結果的には、1ヶ月で飽きました。加えて、シドニー都心部では、タワマンがニョキニョキ建ったために、眺望自体が、年を追うごとにセコくなっていくのも、興ざめでした。第二に、不便なこと。地上に下りるのに、やたら時間がかかることです。住居用のエレベーターだから、途中階でよく止まる。23階に行き着くまでに要する時間は、相当なものがありました。しかも悪いことに、日本と比べて劣悪な、この国のエレベーターメンテナンス。そのために、エレベーターがよく故障したのです。ひどい時には、一週間もずっと止まりっぱなしということがあって、毎日、23階までの階段上り下りを、強いられた時期もあります。「メタボ対策になっていいじゃん」と言う人もいるかもしれませんが、しんどいです。26階に住んでる女の子なんて、まじで泣いてましたよ。第三に、管理費がやたら高い。超高層マンションはどこもそうですが、エレベーターや配管類のメンテ、冷暖房などにかかるお金が半端じゃない。一番ひどい時には、今のレートで月に4~5万円が、管理費だけで飛んでいったこともあります。管理費をさらに押し上げるのが、共用施設のメンテコスト。ここのマンションには、サウナ付きのプールやジム、スカッシュコートが付いて、それが売り物でもあるんですが、最初の頃はともかく、時が経つと私は施設をほとんど使わなくなりました。お国柄か、日本ほど丁寧に掃除するわけではありません。プールサイドにたまったワケ分からない水を、排水溝ではなく、平気でプールに入れる清掃員もいたものです。あと言うと、閉鎖空間ゆえの密室感がイヤでした。地上23階ともなると、強風も半端じゃないですから、開放型のバルコニーは設置が難しいし、あっても使いにくい。我が家は、閉鎖型の「エンクローズド・バルコニー」にしていましたが、これだと、どうしても密閉感が抜けない。自然の風や光から遠ざけられ、冷たいコンクリートに閉じ込められるような感じがしたのです。結局私たち家族は、タワマン暮らしをやめて、郊外の一戸建てに移りました。そこには、小さいながらも、自分の庭がある。地面が見えて、ホッとする。木製デッキを建てるのも、芝生を張るのも、自由自在♪庭の地面に背をつけて寝転がると、なんて気持ちが良いことか。上を見ると、抜けるような青空に、真っ白い雲がゴンゴンと動いていく・・・「オーストラリアにやってきたんだな」という実感を、幸福感を、初めて噛み締めることができたのです。--------------------------そんな私が、7年ぶりに日本に帰ってみると、往年のシドニーを思わせるような、タワマンの建築ラッシュが、そこにありました。しかもシドニーと違って、地盤の弱い埋立地に、すごい高さのタワーがガンガン建っている!好眺望、駅前立地、内廊下、ゴージャスな内装、完璧なセキュリティ・・・タワマンには、華があります。多くの人が高い値段出して買っているのも、うなづけます。しかし、です。タワマンを永住目的で買うという考え方は、私にはどうしても理解できません。あの種のマンションは、住んでも5年、どんなに長くても10~15年でしょう、というのが、私の感覚です。タワマンの高層階で、子供を育てるのが良いことなのか?タワマンで、老いるのが良いことなのか?・・・そう考えると、タワマンは若くて高収入のDINKSが、時間を大切にしながらオシャレに暮らすには最高だけど、ファミリーの永住用としては、概して向かないのではないかと思います。ま、好みは人それぞれですけど、私にとって理想のファミリーの家は、やっぱり庭のある二階建てですね。私自身も、そういう家で育ちましたから・・・。
2008年01月28日
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うちの娘ソフィアが、最近、ジグソーパズルに凝っています。そのきっかけは、先月、豪州へ里帰り中に、義母が、"Bananas in Pyjamas"というアニメの絵柄の入った、12ピースのジグソーパズルをプレゼントしてくれたことです。最初は、妻も私も、「ソフィアに、ジグソーパズルは、まだ早いだろう」と思っていました。パズルの説明書きを読むと、対象年齢3歳~8歳と書いてあるのに、ソフィアはまだ、2歳4ヶ月ですから。ところが予想に反して、ソフィアは、そのジグソーパズルを、4~5回遊んだだけで、難なくマスターしてしまいました。「これは、いけるかもしれない!」と思い、日本に帰国すると、今度は、アンパンマンの32ピースのジグソーパズルを買って、やらせてみました。こちらも、対象年齢が3~8歳になっています。こちらは32ピースなので、やや難度が高いと思われましたが、ソフィアは、5~6回遊んだあと、自分で全部、できるようになりました!パズルの並べ方も、本人なりのこだわりがあるようです。最初は「メロンパンナちゃん」と「あかちゃんまん」のピースから始める、次いで「カレーパンマン」を完成させ、そこまで並べて、アンパンマンの大きな顔の一部が出てきたら、「アンパンマン」、「ジャムおじさん」、「バタ子さん」と続ける・・・最後は「ホラーマン」で締めくくる。誰も教えてないのに、自分でそう決めたようです。あと面白いのは、ソフィアが32ピースを全部完成させても、嬉しそうな顔ひとつせず、ゴルゴ13みたいな無表情で、完成版を全部バラしてしまう。そして淡々と、次のジグソーパズルにとりかかる・・・まるで江戸気質の職人のようです。結局、ソフィアがパズルを完成させても、拍手して喜んでいるのは親だけという、結構お茶目な構図が、日々、我が家で繰り広げられているのです。私などは親バカだから、「ソフィアは、もしかして、パズルの日本選手権に出られるかも?」と、すぐ言ってしまうのですが、でもその本人は、アンパンマンの次に買い与えた「機関車トーマス」のパズルでまだ苦戦しているので、選手権出場はまだまだ先の話でしょう。
2008年01月27日
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私の勤め先が、中国の南京(江蘇省)に、オフショア・デリバリーセンターを立ち上げることになりました。その立ち上げのスケジュールは、知りませんし、いつの時点で、どのようなマネジャーを必要とするのかは分かりませんが、今後いずれ、私に声がかかることでしょう。もしそうなれば、次の居住地は中国南京?になる可能性があるということです。でも、南京という都市は、つい最近まで、あまり魅力的に映りませんでした。上海に近く、重厚な歴史ある古都というのは魅力的ですが、東京からの直行便がなかったからです。ついこの間まで、日本の都市で、南京までの直行便がある都市は、大阪だけでした。だから、東京から南京へ行くには、国内線で羽田から関空に行って、そこで南京行きに乗り換えるか、あるいは成田を出発して、中国の青島(チンタオ)で乗り継がなくてはいけない、不便な土地だと思っていました。(日本からみて)ブラジルみたいな遠い国なら、乗り継ぎも仕方ないけれど、中国みたいな近い国で、乗り継ぎなんてダサすぎる・・・という感覚が、私のなかに抜きがたく残っているのです。しかし、今日インターネットで調べてみると、成田ー南京の直行便が、いつの間にかできているではないですか!JALと中国東方航空、南京へコードシェア便の運航を新規開始!週2便とはえ、直行便が発足したことによって、私のなかで、南京の魅力が、一気に上がりました。仮に南京で暮らすようになっても、直行便で成田まで行けることは、特に千葉県に実家がある私にとっては、たいへん重要なことなのです。南京というのは、どんな所なのか?物価はどうか?生活環境面はどうか?育児はしやすいか?・・・みたいなことは、全然分かりませんが、とりあえず成田までの直行便があれば、自分たちの住むところとしての第一条件は、クリアしたと考えてよいでしょう。
2008年01月25日
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私の友人夫婦が、4年間にわたる挑戦の末、ついにオーストラリア永住権を取得しました。私も、まるで自分のことのように、喜びました。彼らの前途には、オーストラリアの地で、新しい暮らしが待っていることでしょう。一方の私は、1998年末にオーストラリアの永住権を取り、2000年5月に移住、それから5年近く、同国最大の都市・シドニーで暮らしてきました。2005年2月、自分の仕事の発展のために、中国へ渡り、結果的には、日本に戻ってきました。オーストラリアを離れて、もう3年近くになるわけですが、昨日、妻とじっくり、今後のことについて、話しました。結局、当分は、オーストラリアに戻らないという選択をしました。背景にはまず、私の仕事のことがあります。「グローバルなITビジネスで成功」するという夢を実現するには、当面は日本や中国など、東アジアで実績を積むのが有利だと判断したからです。シドニーに居た当時、私は「IT大手企業のエンジニア」として働いていました。待遇はそんなに悪くなかったのですが、この仕事をいつまでも続けていると、結局「途上国のITエンジニアに職を奪われる」ことに気づきました。職を失う前に、先手を打って、「途上国のITエンジニアを使うマネジャー」になろうと、私は一念発起しました。その時ちょうど良いタイミングで、中国・大連で、空きポジションを見つけたので、思い切って応募して、合格。私は家族を連れて、中国に渡りました。中国では、ITマネジャーとして、2年間、経験を積みました。当時の中国(特に大連)では、日本向けのプロジェクト全盛時代を迎えていました。そんな時、日本語のネイティブである私が、日本の客先に派遣されないわけがありません。日本へ長期出張を繰り返すうちに、母国・日本の心地よさに気づき、それに何より、妻が日本を大変気に入ってしまったので、結局、「私が日本で転職し、一家で日本へ移住」という、思いもよらぬ展開になりました。日本(東京)に来て、インドIT企業で、1年近く、頑張って働いてきました。日本はまだ、中国やインドをはじめとする、海外のITエンジニアを使うビジネスの歴史が浅く、発展の余地は大きいし、その分、私のような人材が活躍する場もたくさんある。マネジャー稼業をはじめて、3年。まだまだ、力量不足ではありますが、この仕事、あと2、3年続ければ、本当に自分の「天職」になるかもしれない。いま、その確かな手応えを感じています。自分の語学能力(日英中)、ITビジネスの規模、成長性・・・これらを総合して考えると、いま、私が身を置くべき場所は、やはり日本か中国だろうと思ったのです(韓国も面白そう)。一方、妻ですが、彼女も当面、日本での生活を希望しています。また、日本の給料をもらえるならという条件付きで、中国で暮らしても良いと言っています。日本で長く暮らすのなら、もっと日本語を覚えて、ゆくゆくは日本で働けるようになりたいそうです。私もそれには大賛成で、善は急げと、2歳になる娘の一時保育を探し始めました。近所で一時保育所が見つかれば、妻が日本語教室に行く回数を、週に1回から、2回、3回・・・と、徐々に増やしていけるからです。当面、オーストラリアに戻らないのであれば、シドニーで持っている不動産(金喰い虫)は、徐々に、売却・整理していく方向で考えます。ただ、いつかシドニーに戻る日が来た時のために、せめて一つだけは、残しておくつもりです。不動産が一つでもあれば、オーストラリアの永住権(というか再入国ビザ)が維持しやすいですもんね。あと、シドニーには友人がたくさんいるので、これからも1年に1回は、遊びに行こうと思っています。
2008年01月24日
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今日、東京では、雪が降りました。特に午前8時頃は、吹雪とまではいかないにせよ、かなり激しく、横殴りの雪が降りつけていました。「こりゃ、積もるかもしれないな」と、一瞬思いましたが、お昼過ぎから雨に変わり、結局、積雪はほとんどなく、交通機関も乱れませんでした。娘ソフィア(2歳4ヶ月)は、大喜びでした。この子は、なかなか雪に縁のある子です。出生地が、中国北部の大連。冬はマイナス10度になる、寒い土地です。ソフィアが生後3ヶ月になった頃、大連では50年に一度という、すごい大雪が降りました。公共交通機関が、2~3日にわたって麻痺した程です。明けても暮れても、激しく降りしきる雪を眺めながら、大連という土地がシベリアまで地続きだという事実が、よく理解できました。その後、家族で東京に移住しました。昨冬の東京は、もう気持ち悪いほどの暖冬で、3月になるまで、雪を見ることはありませんでした。でも1月末に、札幌に遊びにいきました。札幌の冬は、どこでも雪が当たり前。この土地にしては暖かい、零下2度のなか、ソフィアは落ちてくる雪粒を、手で追いながら、いつまでも遊んでいました。ソフィア2歳の冬は、また東京で迎えました。今年の東京は、「普通に寒い冬」で、朝は分厚い霜が下り、車のフロントガラスが凍るのが当たり前。1月になって、ようやく雪も降りました。南国育ちの妻は、毎日寒い寒いと震えていますが、ソフィアは全然平気です。寒いのが好きなんでしょうね。---------------------------会社に着くと、インド人の同僚が、遅刻してきていました。聞くと、今日の東京で見た雪が、生まれて初めてみる雪だったんだそうです。だから、朝からはしゃいだり、写真を撮ったりと、なかなか忙しく、家を出るのが遅れてしまたそうです。ま、気持ちは分かりますねえ。今後インドに帰っても、雪を見ることなんて絶対にないんでしょうから。天気予報をみると、来週も雪が降るかもしれないとのこと・・・この冬は、今から3月にかけて、東京ではあと2、3回、雪を見ることができるのかもしれませんね。
2008年01月23日
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三年前まで、私が住んでいた国・オーストラリアで、最近、日本が行っている捕鯨が、大変な物議をかもしているんだそうです。現地に住んでいる日本人の友人によれば、「この国で、日本に対するイメージがこれほど悪くなったことは、例をみないこと」なんだそうです。捕鯨をめぐる問題は、昔から存在するわけですが、なぜ今になって騒がしくなったのか?その発端は、何といっても、昨年11月、労働党のケビン・ラッド氏が首相になったことでしょう。彼の公約は「環境重視」。就任早々、京都議定書も批准したし(それまで、先進国で批准していないのは、米国とオーストラリアくらいでした)、その関連で、「反捕鯨」も、しっかり彼の公約に入っていたのです。ここで、少しだけ解説しますと、オーストラリアは以前から、反捕鯨の立場をとる国です。その面では日本などが行う捕鯨に関して批判的だったんですが、同国の前首相、自由党のハワード氏は親日派で、日本との関係を重視する立場から、捕鯨に対してうるさく言わなかったのです。が、ケビン・ラッド氏が首相になってから、にわかに反捕鯨が前面に出てきて、南氷洋に捕鯨監視船を派遣して、日本の捕鯨行為を国際法廷にかける証拠を集めるなど、対日強硬政策をとるようになったのです(あと言うと、同氏はどちらかといえば、日本より中国との関係を重視します)。-------------------------------------------私自身の立場といえば、捕鯨を絶対に推進すべきとも思わない。捕鯨は日本の食文化だから死守すべき、っていう主張はよくあるけど、私は30年間、日本に住んでて、鯨肉を食べたことは、たった2回しかないんですよ。1回目は、小学校の時の学校給食で食べた、鯨の竜田揚げ。2回目は、大人になって、四国でお遍路さんやった時、高知市で食べた鯨の刺身・・・たったのそれだけ。これからも、鯨肉を何度も口にすることなく、私はこの世を去っていくんだろうと思います。また、同世代の日本の友人を見回しても、鯨肉なんて人生で数回しか食べたことない人がほとんどです。上の世代はどうなのか知りませんが、少なくとも30歳代以下の日本人について言えば、鯨肉を食べる文化は消滅したか、それに近い状態だと思います。今後、仮に鯨が全く食べられなくなっても、私の人生にとっては大きな問題ではない。少なくとも、「鯨食は日本の文化だ」という主張は、現実を見ればかなり無理があると思います。一方、反捕鯨を唱える欧米諸国の主張にも、偽善的なものを感じます。だいたい、ズルくないですか?遠い昔、油をとるために鯨を乱獲して、その結果沿岸捕鯨ができなくなって、鯨食文化が自然消滅しちゃった国々がですよ、手前の行為を棚にあげて、今でも鯨食文化が残っている日本やノルウェーのような国を断罪する。「鯨は頭がいい」、「人間の仲間だ」、「だから殺しちゃいけない」みたいな、手前勝手な理屈を並べて・・・そんなら、自分たちの先祖がやった乱獲に対する、猛烈な自己批判が最初に来るべきでしょう?だから、今のままでは、「捕鯨推進」と「反捕鯨」、どちらの立場にも、私は与することができません。お互い、醜い争いはいい加減やめて、もっと有益なことに頭を使ったらと言いたくなる。たとえば、地球上の各地域の伝統食文化を尊重しつつ、鯨を含めた、海洋資源の持続的な有効利用を、国際的な枠組みでどうやって実現していくか・・・みたいなことが争点になれば、私も少しは興味が湧くんですけどね。-------------------------------------------醜い争いはさておき、私が気になるのは、捕鯨国の国民である日本人が、自国が行っている「調査捕鯨」について、どれだけ関心を持ち、事実を知っているのか?ということです。反捕鯨国からよく出る批判に、「日本の調査捕鯨は、かたちを変えた商業捕鯨ではないか?」というのがあります。果たして、どれだけの日本人が、上の批判にまともに答えられるのでしょうか?私は答えられません。「東洋経済」1月26日号の記事を引用すると、「調査捕鯨は、日本沿岸ではなく、遠く離れた南氷洋で行われている」 ↓「千葉や和歌山で行われる伝統的な沿岸捕鯨ではなく、大資本が、大船団を繰り出して行うスタイルの捕鯨である。」 ↓ 「日本の調査捕鯨による捕獲量は、ノルウェーとアイルランドの商業捕鯨による捕獲量を上回る」これらが事実だとすれば、反捕鯨国を含めた世界中の人々に、日本の調査捕鯨が資源量や生態調査を目的とするものだと、どんな理屈で説得できるのでしょうか?少なくとも私には、その能力がありません。さらに言うと、日本の誰のために、捕鯨を死守しなくてはならないのかも、疑問です。同記事の引用になりますが「調査捕鯨の実施主体である、公益法人・日本鯨類研究所(鯨研)の予算は年間73億円。鯨肉の市場放出などで得られる収入は68億円、その差額は国の補助金で賄われる」 ↓ 「日本国内で、鯨肉の消費量が伸びないために、鯨肉の在庫は増加している」 ↓「さらに、鯨研の活動から、日本水産など民間資本が撤退してしまった」民間企業は逃げる、消費は振るわない・・・おおよそ市場経済の採算ベースに乗らない活動を、果たして、税金を投入してまで維持しなくてはならないのでしょうか?しかも、南氷洋にまで船団を派遣して、欧米諸国の猛反発を受けながら、それでも死守しなくてはならないのでしょうか?一体、誰のために?何のために?まさか、役人のメンツのためじゃないっすよね?日本が将来にわたって、水産資源を利用し続けるために、鯨や魚介類の資源量を独自で調査をしなくてはならない、という理屈は分かります。でもそれは、世界の国々や、第三者機関、科学者などと、共同歩調をとりながら行うのが本筋であって、今の調査捕鯨みたいなかたちで行うのは、とても理想だとは思えない。ま、捕鯨船を襲撃するような、一部の過激派環境団体の行動は、論外ですけどね。ああいう、アホどもは放っておいて(反捕鯨国の一般市民の支持も得られないと思うから・・・)、日本として、どういう大義名分を使って、「持続可能な捕鯨」を世界に説明し、支持を得ていくのか、その姿勢が問われているのだと思います。
2008年01月22日
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天気予報によると、今晩、東京は雪が降るそうです。積雪の可能性もあるそうなので、3~4日分くらいの食料を、買い込んできました。万が一、外出できなくなっても、これでなんとかなる。--------------------------この週末は、なかなか充実していました。土曜日は、表参道へ・・・・私は、職場主催の研修のため、ホテルに一日中缶詰めでしたが、妻と娘は、「表参道ヒルズ」はじめ、高級ブランド店が建ち並ぶ街並みで、ウインドーショッピング♪それにしても、表参道、すごいですね。久しぶりに行ったんですけど、すごいパワーアップしていて・・・あの界隈は、もしかして世界最大のブランドショップ集積地帯かもしれません。表参道の駅から明治神宮に行く道が、いつの間にか「シャンゼリゼ通り」って名前になってて、驚きました(もしかして私だけ?)。表参道の、セレブな街並みは、うちの妻もかなり気に入ったようです。ただ、人の多さには閉口しました。特に表参道ヒルズについては、「人混みを見に行っただけで、雰囲気なんて、全然楽しめなかったよ」と言っていました。日曜日は、表参道とは全く逆方向、江戸川区葛西にある、「ホームズ葛西店」と、「イトーヨーカドー・リバーサイドモール」という、二つの大型ショッピングセンターで買い物してきました。葛西は、表参道と違って、セレブの「セ」の字も感じさせない、普通の東京庶民が暮らす地域です。ショッピングセンターに入っているテナントも、「プラダ」や「マックスマーラ」、「ケイトスペード」みたいなウランド店は皆無、代わりに「ユニクロ」、「西松屋」、「ABCマート」、「OKスーパー」、「ホームセンターの島忠」など、いたって庶民的。どちらが好きかは、各人の判断にお任せしますが、私は葛西みたいな町の方が落ち着きます。葛西のショッピングセンターも、表参道と同様、人でごった返していました。ただ、客層が全く違いました。表参道を歩いていたのは、若い男女や、「マダム」っぽい30~40代の女性が多く、子供の姿は非常に少なかったのですが、逆に葛西では、若夫婦と子供ばっかり!ざっと見たところ、なんと大人の7割が、子供を連れて来ていました。広い館内には、子供の元気な声が響き渡っていました。表参道と葛西、全く対照的な、二つの街を歩いた感想・・・次世代の東京人は、葛西のような町で生まれて、育つんですねえ数字をみると、その差が歴然です。表参道のある港区、渋谷区の合計特殊出生率は0.7前後で、東京23区で最低水準(日本全国でも最低)。逆に葛西のある江戸川区のそれは、1・34で、東京23区でダントツの一位なのです。いま東京で子育てする夫婦は、葛西あたりで、3000万円くらいのマンションを買って、土日はファミリーカー(ホンダのフィットあたり)に乗って、家族連れ立って近場のショッピングセンターに繰り出し、子供をアンパンマンのカートに乗せて、ユニクロや西松屋で買い物する、といったライフスタイルが、人口的には一番多いのでしょうね。----------------------------「次世代の東京人が生まれ育つ街」葛西を、ちょっと歩いてみました。見渡す限り、マンション、マンションの嵐でした。地下鉄東西線を、葛西から隣りの西葛西まで乗ってみると、線路際までマンションがせり出して、景色がほとんど見えないほど・・・すごいマンション密度です。ということは、次世代の東京人の多くは、マンションで生まれて、そこで子供時代を送るってことなんでしょうね。そういえば、うちの娘も、生まれてから、大連、香港、台北、東京と、アジアの各都市を転々としてきましたが、住まいはマンションばっかりです。私としては、マンション暮らしで別段、不自由はありません。特に今の住まいは、東京駅から5キロ圏内にありながら、住居部分だけで84平米、専用庭を含めれば104平米と、十分な広さがあり、また家を一歩出ればすぐ公園あり、YMCAあり、緑豊かで街路も広く、申し分ない環境です。この立地と間取りで、家賃が月15万円台で済んでいる・・・これで文句を言ったら、バチがあたるでしょう。でも、チャンスがあれば、娘の子供時代に、一戸建ての暮らしを体験させてあげたい、という気持ちも強く持っています。かくいう私自身、一戸建てで育ちました。千葉県の柏にある、敷地が63坪(208平米)、二階建ての家でした。庭はそれなりに広く、花壇をつくって、犬小屋をつくっても、それでも土地がちょっと余ったものです。まとまった広さの庭があるので、いろんな動物が、我が家に迷い込んできました。最初は犬、次に猫、果ては傷ついたカラスまで来ました。我が家は基本的に「来るもの拒まず」で、来た動物は全て飼ってきました。カラスが来た時は、「カラス小屋」までつくって、面倒みたものです。一戸建ての良さは、近所迷惑にさえならなければ、誰にも気兼ねなく、動物が飼えることです。我が家の庭先で、いろんな動物と触れ合えるというのは、いま考えると、とても贅沢なことのように思います。マンションの場合、たとえペット可の物件であろうと、いろんな制約がありますし、また、動物が、さりげなく迷い込んでくることもないでしょうから。また、私の子供時代は、理科の授業で習った百葉箱を、庭に取り付けてみたり、花壇からミミズをたくさん集めてみたり、スイカの種を庭に蒔いて、芽が出るかどうかを実験したり・・・それらも、一戸建てだからこそ、できたことです。マンションでも、バルコニーでガーデニングができますが、いつでも思い立った時に、土を使っていろいろ実験できるのは、自宅の庭だからこそなのでしょう。----------------------------ですが、この東京で、一戸建て暮らしを実現するのは、なかなか難しい。もちろん、千葉県や埼玉県など郊外に行けば、一戸建ての貸家などいくらでもあるのですが、その分、通勤時間が犠牲になる。普段、忙しい仕事をしているし、娘と触れ合う時間は大切なので、通勤時間の面で、今の便利さをできるだけ犠牲にしたくないのです。そうなると、やはり他都市に移住した際に一戸建てライフを実現、ってことになるのかな?たとえばの話、福岡に転勤したとすれば、今宿でも、筑前新宮でもいい、都心まで通勤30分圏内の「ちょっと郊外」で、70~80坪の土地付き一戸建てを、中古で安くゲットする・・・これなら、通勤時間は犠牲にならないし、経済的にも無理はないし、運がよければ庭先から海が見えるかも♪東京で暮らすとすれば、たとえば、柏に職場を見つけて(自分でつくって?)、柏で土地付きの家を買って、職住接近・・・これなら、何とかいけるかも。
2008年01月20日
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先日、東京郊外の「ビ○グカメラ」で、ポイントカードの統合、という手続きをやってきました。私は、昔から物忘れが多く、「ビ○グカメラ」や「ヨ○バシカメラ」で買い物する時、ポイントカードを忘れることが多いのです。還元ポイントがつかないと勿体ないので、その都度、新規のポイントカードをつくることになりますが、そうこうしているうちに、私名義のポイントカードが、3つ、4つと、たまってしまいました。今回は、それを統合して、1つのカードにして、ポイントをまとめる、という手続きをしたのです。しかし、この手続き、驚きましたなあ。だって、係員の女性が、「お手続き、15分くらいかかりますので、しばらくお待ちください」って言ったんですね。こんな簡単な手続きに、なぜ15分もかかるのか知らないけど、どっちみち15分も待つんなら、外の風に吹かれてた方が良いと思い、「じゃ、10分か15分したら、ここに戻ってきますね」って私が言ったんです。そしたら、その係員が、「申し訳ありません。お客様の個人情報を扱うので、手続きが終わるまで、この場に居ていただけませんか?」おいおい、客に15分間、突っ立って待ってろって言うんかいな?その昔、学校でいたずらして、先生に「廊下に立ってろ!」と言われたことはあったけど、まさかこの歳になって、15分間も立たされるとは思わなんだ。「ビッグ○メラ」のような、家電量販店の店内は、お世辞にも、気持ちの良い環境とはいえません。とにかく、うるさいんです。拡声器からコマーシャルが、すごい大音量で、がなり立てているんですから・・・その上、暖房がやたら暖かく、むしろ暑いくらい。この15分間を利用して、妻に国際電話かけたかったけど、うるさいわ、暑いわで、とてもそんな気になれない。いい加減、腹が立ってきたので、もう一度、店員に詰め寄ってみる。「こんな暑くてやかましいところで、15分も突っ立って居られないんだよ!妻にも電話かけなくちゃならないし、せめて、静かなエスカレーター際に行かせてください!」店員さんは、本当に、困った顔をしていました。私自身も、別にこの人を責めたいわけじゃない。上司の指示を受けて、こんな不本意な仕事を、やらせれてるんだろうから・・・結局、エスカレーター際で、店員さんが辛うじて私の姿を確認できるところに居るということで、話がまとまりました。手続きは、本当に15分もかかりました。妻に電話かけて、それでも時間が余ったので、近くの「壁掛けテレビ売り場」で、「柏レイソル岡山選手のシュートが決まった場面」を何本も見て、それでようやく、手続きが終わりました。たまたま、近くに「ビッグカ○ラ個人情報の扱いについて」という小冊子があったので、読んでみました。そこには、「本人の同意なしに、個人情報の漏洩は絶対にしない」みたいな、当たり前のことがいくつか書いてありました。でも、個人情報を扱う手続きの際、「店員の視界内で客を待たせる」趣旨の内容は、どこを探しても書いていませんでした。めでたく一枚に統合されたカードを受け取る際に、私はそのことを確認してみました。客の個人情報を保護したいという御社の意思は理解できる。でも一体全体なぜ、客を店員の目の前で待たせるような運用になっているのかと・・・答えはこうでした、「お客様の個人情報の内容を、確認するために、そばに居てだくんですね・・・」店員さんが、泣きそうな顔になったので、私もこれ以上問い詰めることなく、その場を後にしました。が、やっぱり後味は良くなかったです。「客を待たせるのなら、せめてソファくらい用意すべきだ」という、カスタマーサービス面もさることながら、「この店の個人情報恐怖症には、付き合ってられない。」「個人情報を守ろうとする余り、客に無理な要求をして、それが顧客満足の低下につながるのなら、本末転倒ではないか?」と、思いました。世に「コンプライアンス不況」という言葉がありますが、経済原理が分からないお役所がつくった法律規則のために、日本のある業界が不景気になる・・・という批判があります。それと同じように、個人情報保護という一種のコンプライアンスのために、非合理な規則がはびこり、その結果、「良い商品を安く、早く提供する」という、商売の価値を生む正常な活動が邪魔されるのなら、一体、何のためにやってるのか分からない。個人情報を云々するなら、「角を矯めて牛を殺す」という言葉の含意を、いま一度、噛み締めてみるべきだと、私は思います。
2008年01月18日
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昨日のブログ日記で、ひとつ面白いコメントがありました。そのまま引用します。>ソース:[大野和基] ジム・ロジャーズ インタビュー by 大野和基 ― アメリカ経済の大失敗-まず、長年住んでおられたニューヨークを離れ、シンガポールに移住したのはなぜですか。ロジャーズ 中国は21世紀において、世界で最も重要な国になります。最初は中国の都市に移住しようと思い、いくつかの都市に実際に行ってみたのですが、あまりにも大気汚染がひどかった。私も家族も、その空気を吸いたくなかったのです。一方、シンガポールはいろいろな点で条件が揃っています。中国語も英語も話し、世界で最高の教育システムがあります。ヘルスケアも最高です。だからシンガポールにしましちゃ。香港や上海、大連も候補になりましたが、やはり大気汚染がひどすぎますね。私の娘は生まれてから、ずっと北京語ができます。中国語を話す都市に移住しようと思ったもう一つの理由は、娘が北京語を完璧に話せるようにさせたかったからです。繰り返しますが、21世紀は中国の世紀になります。19世紀は英国の世紀。20世紀はアメリカの世紀でした。私の娘は2003年生まれですが、これから生まれてくる子供たちをどう教育するかという問いへのベストアドバイスは、中国語を完璧にマスターできる環境で育てる、ということですこの記事を読んで、いろいろ考えさせられることがありました。私の娘は、ジム・ロジャース氏の娘よりも2歳年下です。2005年に、中国の大連で生まれました。1歳の時に、日本の東京へ移住し、現在も東京暮らし。オーストラリア・ケアンズにある妻の実家と、行き来しながら暮らしています。東京には、これからどの位住むか、分かりません。私の仕事を考えると、次の居住地は日本の福岡か、中国の南京になる可能性がありますし、また、以前住んでいたオーストラリア・シドニーに戻る可能性もあります。言語的にいえば、日本語圏、英語圏、中国語圏と、三つの選択肢があるわけです。私も親として、ロジャース氏と同様、子供をどこで育てるべきか、結構、迷うことがあります。上記3つの選択肢のうち、仕事の発展を考えると、南京が一番魅力的に見えますが、子育てや生活環境を考えると、福岡やシドニーの魅力が勝ります。どの都市に住もうとも、娘には、日・英・中の3ヶ国語は、確実に身につけてもらいたい。特に、21世紀の超大国になる中国語(北京語)の習得は、必須と考えます。ところで、ロジャース氏の居住地選択のプロセスを読んで、他人事ながら、ちょっと気になったことがあります。「最初は、香港や上海、大連など、中国の都市を検討したが、大気汚染がひどくて断念した」 ↓「結局、中国語も英語も話し、世界で最高の教育システムがあり、ヘルスケアも充実したンガポールに決めた」私がよく分からないのは、中国本土の大都市、そして香港を検討した後に、なぜ「台湾」を検討せずに、一足飛びに「シンガポール」に行ってしまったのか?ということです。言うまでもなく、台湾は、完全に中国語圏です。台湾島民のほとんどが北京語(と中国南方方言の台湾語)を話し、街中、漢字が溢れています。台湾は国際的にみて、決して英語が得意とはいえない土地柄で、その分、中国語の習得には、好都合だと思われます。だって、「英語に逃げる」ことが基本的にできませんもの。ここで生きていくためには、中国語が必須。看板を読むのも、屋台でメシを食うにも、メイド喫茶で遊ぶにも、中国語が必要です。生活環境も、そう悪くありません。台北、高雄、台中など、台湾の大都市では、空気は、決して良いとはいえませんが、中国大陸の大都市よりはマシでしょう。その上、公衆道徳の面では大陸よりも発達しており、まあまあ清潔です。ゴミの散乱も少なければ、道端で痰を吐く人も、ほとんどいません。経済的には、そりゃあ、中国大陸と比べれば、いまいちパッとしないのかもしれません。でも台湾には、中国大陸で成功したビジネスモデルの原型が、たくさんありますし、大衆文化、エンターテインメントの面でも、中国大陸をリードしていますので、まんざら捨てたものじゃありません。中国語の習得チャンス、中国大陸との経済的関係の深さ、相対的な生活環境の良さ・・・ロジャース氏は、中国大陸がだめなら、家族を連れて台湾に住んでも、良かったのかもしれない。逆に、ロジャース氏が選んだシンガポールは、果たして中国語圏といえるのでしょうか?なかなか、微妙な位置にあると思います。確かに、中国系の住民が総人口の7割を占め、その多くは北京語(華語)を話しますが、でも、この国の公用語はあくまで英語です。総人口の3割を占めるインド系やマレー系住民の多くは、北京語を全く話しません。あと、シンガポールの街角を歩いてみると分かるのですが、漢字の看板は、それほど多くありません。もちろん場所にもよりますが、少なくとも、中国や香港、台湾などにみられる、「漢字の洪水」という状態まではいかないでしょう。私は、シンガポール華人に多くの友人知己がいますが、彼らの多くは、中国語は話せばそれなりに流暢だけど、漢字は読めない、書けない・・・という人も、決して少なくありません。その昔、私が台湾に留学したての頃、中国語はまだロクに話せなかったのですが、日本人なので、漢字は読んで分かりました。その頃、シンガポール人の仲間と、よくメシを食いに行ったのですが、彼は、すごく流暢な中国語を話すのに、漢字のメニューが全く読めなかった・・・というのが、とても印象に残っています。あと言うと、出生率の関係で、シンガポール人口のなかで、中国系の割合は今後どんどん減り、代わりにインド系人口が増えると予想されています。もちろん、国家の生き残りのこともあるので、シンガポール政府は、中国語教育に力を入れるのでしょうが、社会の人口構成を考えると、今後も「英語圏」であり続ける。よく言って、「中国語を話す英語圏」という位置づけになるのではないでしょうか?その点で言うならば、シンガポールは中国や台湾よりも、むしろ隣国マレーシアの、ペナン島やクアラルンプールと、位置づけとしてはほぼ同じかもしれません。ペナン島などは、中国系住民が大部分を占め、もちろん中国語は通じるけど、英語はもっと通じる・・・という世界。都会だし、IT産業も発達してるし、なかなか住みやすい所だと思いますよ。いずれにせよ、ロジャース氏の愛娘が、今後、「準中国語圏」のシンガポールで、流暢なビジネスレベルの北京語をマスターできるかどうか、今後に期待しましょう。その頃、うちの娘は・・・北京語も英語も博多弁も完璧、みたいになってれば嬉しいな♪
2008年01月17日
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福岡で大家さんになったのを機に、早速、福岡市に本拠を持つ「西日本シティ銀行」の口座をつくってきました。福岡で買った物件の、毎月の管理費、修繕積立金を自動引き落としするには、当銀行に口座を持っておくのが便利だからです。福岡は、地元の金融機関が元気なところです。全国区の都銀は、たとえメガバンクであろうと、福岡の市場にはあまり深く進出できていません。福岡で、「東京三菱UFJ」や「三井住友」の支店やATMがあるのは、天神や博多など都心部に限られるので、この都市で暮らすなら、地元の銀行に口座を持つと圧倒的に便利なのです。福岡の代表的な金融機関といえば、何といっても「御三家」・・「ふくぎん」「にしぎん」「シティ銀」です。正式名称はそれぞれ、「福岡銀行」「西日本銀行」「福岡シティ銀行」です。この三行の支店やATMは、福岡の至るところに存在していました。と、過去形で書いたわけは、二番手の「西日本銀行」と、三番手の「福岡シティ銀行」が、2004年に合併して、「西日本シティ銀行」になったからです。合併後、「西日本シティ銀行」は、福岡銀行と並ぶ総資産額を誇るようになりましたが、でも財務体質は劣るので、今は経営の健全化に力を入れているようです。それにしても、「西日本シティ銀行」、なかなか凄い名前ですねえ。英語で書くと、"Nishinippon City Bank"となるので、「西日本のシティバンク」みたいに聞こえるぞ・・・頭文字をとって"NCB"と自称していますが、地元民にとっては、そんなの関係ねえ~福岡では昔と変わらず、「にしぎん」と呼ばれています。ーーーーーーーーー-----------------この「西日本シティ銀行」に限らず、福岡の人間は「西日本」という名前をつけるのがお好きのようです。たとえば、「西日本新聞」;福岡に本拠を置き、北海道新聞、中日新聞とともに、日本三大ブロック誌の一角を占めている。「西日本鉄道」:いわゆる「西鉄」。福岡都市圏最大(というか、実質的に唯一)の私鉄。「西日本リビング新聞社」:福岡、北九州のフリーペーパー発行元その他、ウェブを検索してみただけでも、「西日本総合展示場」、「西日本探偵事務所」、「西日本楽器」、「西日本高速印刷」・・・これらは全て、福岡県に本拠を置いています。その上、福岡人は、自分の街で自慢の建物や施設に、「西日本一」の称号をつけるのがお好きなようです。たとえば、天神:西日本最大の商業地福岡タワー:西日本で一番高いタワースペースワールド:西日本最大の絶叫マシーン私たち関東人にとって、これは面白い現象です。というのも、関東の人間にとって、「西日本」とはもっぱら、京都、大阪、神戸など「関西」を指し、九州方面を意識することは、ほとんどないからです。確かに方角的には「西」で間違いないのですが、関東から見て九州は余りにも遠すぎて、イメージが湧かないのです。逆に、関西の人たちは、自分のことを「西日本」と自称することは少なく、もっぱら「関西」や「京阪神」、「近畿」などと呼ぶことが多いような気がします。歴史を通じて、関西は常に「日本国の中心」であった時期が長いので、自分たちが「日本の西の方」にいるという意識が余りないんでしょうね。むしろ、「関東と並んで、日本の中央にいる」意識が強い。その点、日本本土で一番西にある、福岡など九州の人間は、自分たちが日本の「西のはずれ」、或いは「西の玄関口」にいるという自己意識が強く、それが「西日本」を自称したくなる気持ちにつながっていくのだろうと思います。その気持ちは、よく分かるんだけど、でも福岡人が「西日本一」を自慢する時、「西日本=関西」のイメージの強い関東出身の私にとって、時に突っ込みたくなるときがあります。「いくら福岡が百万都市だって言っても、西日本で一番というのは言いすぎでは・・・京阪神には、もっと大きな施設があるでしょう?」と言いたくなるけど、相手の気分を害したくもないので、いつも心にしまっておくわけです。でも以前、福岡の友人に、こう聞いたことがあります。私「西日本って、どこからどこまでを指すの?」友人「そうだなあ・・・たぶん、下関からこっち側(福岡側)だと思うんだけど。」「下関からこっち側」って、そりゃ、ほぼ「九州」と同じ意味でしょうがっ!!!それでも、「九州一」ではなく「西日本一」と言いたくなるところに、福岡人ならではの微妙な心の動きがあるのでしょうね。九州で一番は当たり前、もっと大きく、西日本で一番を目指したい、というような・・・。同じ九州でも、たとえば熊本や長崎の人は、「西日本」を強調するよりも、素直に「九州」と言うことが多いイメージがありますが、本当のところどうなんでしょう?
2008年01月16日
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祝・全国制覇流通経済大柏高 サッカー部昨日の高校サッカー決勝戦、凄かったですねえ。静岡vs千葉という、サッカー王国同士の対決になりましたが、フタを開けてみたら、4-0のワンサイドゲーム。流経大柏が、常にボールを支配し、フォワード陣の決定力、特に大前君のプレーが光りました。特に凄かったのが、後半3分の、難しい角度からのボレーシュートを、大前君がいとも簡単に決めてしまったこと。高校卒業後は、清水エスパルスに入るそうですが、彼は将来、世界に通用する、すごいストライカーになるかもしれません。流経大柏高は、私の地元・柏市の北のはずれにあります。偏差値的には、決して高くはありませんが、いわゆる「スポーツエリート」が集まってくる学校です。サッカー、ラグビーは特に強く、全国大会でも上位の常連・・・ということで、知名度はとみに上がってきています。千葉県でスポーツやるなら、市立船橋か流経大柏か、と言われています。したがって、あまり「土着度」は高くありません。今回、得点王になった大前君も、柏の地元民ではなく、横浜出身だそうです。----------------------------------------話は変わりますが、福岡の投資物件、売買契約書にサインしてきましたよ。家買うのって、これで5軒目だなあ・・・と、思わず深い感慨にひたってしまいました。この物件ができたのは、1992年の6月。今から15年半前です。まだ、バブルの余韻が残っていた時代で、いま考えると、すごい高額で売買されていたようです。買い手は、地元福岡や九州だけではなく、大阪とか、横浜とか、名古屋など、全国から集まり、皆さん投資目的(あるいは節税対策)で買っていたようです。このマンションを売るために、つくられたパンフレットが私の手元にあるんですが、やはり15~6年も前につくられたものなので、キャッチコピーひとつとっても、時代を感じさせるものばかりで、つっこみどころ満載です。たとえば、[有線放送設置]あなたのオーディオから、ピュアな音が飛び出してきます。ヒットナンバー、クラシックから、ディスコ中継まで24時間、サウンドを発信し続けます。「有線放送」って、懐かしい響きではないですか?よく考えると、1992年って、まだ日本ではインターネットがなかったんだよなあ。楽曲なんて、インターネットでダウンロードしまくり、iPodで聴きまくりの今日、有線放送から流れる「ピュアなサウンド」を有難がっていたあの時代が、懐かしいです。あと、「ヒットナンバー」(懐かしい言葉だなあ・・・)の次が「クラシック」、そのあとが「ディスコ中継」・・・なんて脈絡のない並べ方。そういえば、「ディスコ」を「クラブ」って言うようになったのは、いつ頃の話でしたっけ?[オートロックシステム]オートロックが訪問者をチェック。女性の一人ぐらしでも安心のセキュリティ・システムです携帯あり、GPSあり、シリンダー錠あり、セキュリティシステム全盛の今日からみれば、「オートロック」を有難がっていた、あの牧歌的な時代が懐かしいっす。ところで、「オートロック」で訪問者をチェックできるんでしょうか?[衛星放送受信設備]世界の情報・映像をリアルタイムでキャッチ。24時間、感性はねむりませんよく考えれば、WoWoWとかなかった時代かもしれない。その時代に衛星放送がついてたということは、もうそれだけで「24時間、感性がねむらない」というキャッチコピーがふさわしい、画期的なことだったのかもしれないな。この物件は、福岡以外の投資家にも向けて販売されたらしく、「福岡がいかに都会であるか」を強調する内容になっています。ですが、そこで紹介されている写真が、いま見ると、やはり突っ込みどころ満載!渡辺通りの夜景:暗い!やたら田舎に見える博多駅前の大博通り:人通りがまばら、クルマも少なくて、田舎っぽい
2008年01月15日
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この連休中、うちの地元に、面白いタワー型マンションができることになったので、散歩がてら、ちょっくらモデルルームを見学に行ってきました。想像より、かなり強気な価格設定でした。最上階は「億ション」!もう少し、値段がこなれてくれば、物件としては、それなりに魅力的だと思いました。但し、売り方が最悪だと思いました。3DKタイプの部屋なのに、間仕切りを取り払って、1LDKとして見せている話を聞くと、3DKを2LDKにはできるけど、1LDKにするオプションはないとのことつまり、存在しない間取りを、モデルとして見せている!!!私は、中古物件ばっかり買うので、新築物件のモデルルームっていうのは、生まれて初めて行ったんですけど、今どき、どの業者さんも、こんな売り方するんですか?私は、これはとても不誠実だと思います。だって、何千万円もする高額物件を、お客さんに買ってもらうわけでしょう?多くの人は、ローンを一生、払い続けるわけで・・・客の立場としては、ものすごい重みのある、買い物なわけですね。「この物件を買ったら、どんな暮らしになるのか?」・・・これこそ、多くの客が一番知りたいことなのです。たとえば、この部屋のどこにベッドが入るのか?リビングのどこにテレビを置くのか?家具・家電を置いた後、子供を遊ばせるスペースがあるのか?・・・そんなことも含めて、購入後の暮らし方を、イメージしたいわけです。何千万円も払うんだから、当然のことだと思う。そこを、存在しない間取りを見せられちゃあ、その判断さえできないわけで・・・もちろん、図面としては引き渡し時点での図面をいただいているわけだけど、図面だけで、暮らし方をイメージできる人が、果たして世の中にどれだけいるのでしょう?それをイメージするために、モデルルームを使うのが本筋だと思うんだけど、でも、「存在しない間取り」を見せられちゃあ・・・確かにイメージ湧くかもしれないけど、それは偽りにすぎないでしょう?マンション販売において、印象が大事なのは、言うまでもありません。。人間誰だって、30数畳もある、ゆったりしたリビング、シックな内装の部屋に、高級な家具が入り、ワインセラーに優雅な光が当たって、クラシックが流れている空間をみれば・・・「ま、これ素敵ね!!」って思うでしょう。たとえ、家具調度品に、1000万円かかっていたとしても、それは、マンションメーカーの販売促進だから、まあ話は分かる。しかし、「存在しない間取り」を見せて、ありもしないイメージを煽って、契約させればそれでおしまい。でもって、マンション完成後、モデルルームと全然違う間仕切りができてて、高級感なんて全然ない。挙句の果てに、ベッド入れたら、人の歩くスペースもなかった・・・なんてことになったら、笑うに笑えないでしょ?そんな売り方をする会社を、あなたは信用できますか?だとしたら、モデルルーム見たところで、ワンルームマンションのオーナーチェンジで、内見なしで売買するのと、大差ありませんよね。モデルルームに来た人々は、所詮そういうものと、割り切っているのでしょうか?私は、どうしても割り切ることができない。私の希望は、できるだけ、引渡し時の間取りを忠実に再現したモデルルームをつくって、見せて欲しい・・・そうすれば、本当のところはどうなのかを、知った上で、買うか、買わないかを、適切に判断できると思うのです。商取引は、お互いが誠実であるべきで、もちろん、駆け引きはあっても、正しい情報を与えるのが、全ての基本だと思う。地元を愛する人間としては、もちろん、このマンションが無事完売してくれることを、草葉の陰から祈っていますが・・・もう少し、誠実な売り方してくださいね。
2008年01月14日
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今日は、成人の日ですね。私は10数年前、成人の日を海外で迎えたため(インド放浪中だったんです・・・)、成人式には行きませんでした。いま考えれば、行けばよかったと、少しだけ後悔しています。18歳で地元を離れた私にとって、小中学校の友人と顔を合わせる機会って、成人式や、同窓会を除けば、そうそうないですからね。でもって、成人式の日、こんな記事が出ました。「日本の未来は暗い」と考える人が約半数-。今年の新成人を対象に民間の調査会社が行ったアンケートで、こんな結果が出た。主な理由には政治への不満などが挙がったが(中略)・・・調査によると、日本の未来について47%が「暗い」と回答。「どちらともいえない、分からない」が43%で、「明るい」と答えたのはわずか9%だった。 いつものことながら、日本のマスコミお得意の、「傍観者的」記事ってやつですかね?ニュースのネタづくりなのか知らないけど、お金かけて、こういう作為的な調査をやらせて、次代を担う若者たちに、「お前たちの世の中は暗いぞー。でも、俺たちには関係ねぇー。この国は、どうせ変わんねぇんだから」って言いたいんですかねえ?ある社会に、責任ある大人として関わる以上、設問の仕方は、「(日本が)どうなるのか?」じゃなくて、「どうしたいのか?」、「どうするのか?」であるべきでしょう?仮に、「日本」という単位が余りにも大きすぎて無力感が拭えないのであれば、自分の生まれ育った街を良くしたいとか、自分の半径2メートルだけでも良くしてやる、ってことで十分でしょう。少年少女や若い世代を、そういう方向に誘導しつつ、彼らの自発的な取り組みを応援し、明るく前向きな社会の雰囲気を作り出すのが、私たち大人の責務だと思いますよ。その責務を自覚することなく、諦念に満ちた傍観者的な意見を、害毒のように振りまく「情けない大人」が多すぎることが、今の日本社会の暗い、投げやりな雰囲気をつくりだす元凶だと私は思います。-----------------------------------何はともあれ、新成人になった皆様、おめでとうございます。皆様には、限りない可能性と、洋々たる前途が広がっています。こう書くと、いかにも嘘っぽい、能書きのように聞こえるのかもしれません。でも皆様の多くは、健康で五体満足でしょうし、何より頭脳という、素晴らしい財産が備わっております。それだけで十分です。頭脳と身体という、両親がくれた素晴らしいものをうまく使うことが、これからの時代、誰にも求められてきます。皆様の多くは、これから、職業生活をスタートすると思います。この職業選択というものはとても大事で、現実問題として、皆様の将来の経済生活を左右します。下手したら一生を左右するかもしれませんので、よーく考えなくてはなりません。とはいえ、あまりに慎重になりすぎて、身動きが取れなくなっても困ります。積極的に動いた方が絶対に良いし、その結果、一度や二度、いや何度失敗しても構わない。ただ、やみくもに動くだけでなく、「動きながら考える」ことが大事だと思います。では、何を考えるべきなのか・・・どんな職業を選ぶにせよ、「その道のプロ」になることが、これからの時代は、最低限、必要になります。プロとは、その仕事に求められる専門知識や能力、実績を持ち、自分の職場だけでなく、他の職場や企業でも評価される人材を意味します。他の企業で評価されるので、自分の会社に縛られることなく、好きな時に転職して、収入アップを実現することができますし、起業も視野に入ってくるでしょう。プロになるためには、ある程度の下積み、つまり、補助的な仕事をする期間が必要です。そういう作業をした経験が、プロになった際の「足腰の強さ」として、活かされてくるからです。ですがここで、皆様が気をつけなければならないのは、いまの日本の経済社会が、「下積みからプロへ」という人材育成の回路を、会社が責任持って面倒みてくれるとは限らないことです。逆に、「一生ずっと下積みのまま」という回路を設けて、労賃を安くあげようとする会社が非常に多いのが現実です。ですので、「下積みからプロへ」ステップアップするための戦略を、会社や他人任せでなく、自分の頭で考えていかなくてはなりません。「プロになる」方策の一つが、海外での留学・就職です。すでにお考えの方も多いとは思いますが、職業生活をスタートする一つの戦略として、海外での留学・就職を、選択肢の一つとして検討することを、私はお勧めします。海外、と一言でいっても、いろいろあります。本命はやはり欧米なんでしょうが、個人的には、中国・インドなど、いま伸び盛りで、将来の経済大国として大化けしつつある国をおすすめいたします。なぜ、中国・インドなのか・・・これらの国は、いま、物凄いスピードで社会が動き、チャンスに溢れています。日本とは全然違う現実が、そこにあります。その雰囲気を知るだけでも、人生の大きな糧となるでしょう。また、これらの国のビジネスで使われている、英語や中国語を、留学や仕事を通じてマスターすることは、これから世の中を渡っていく上で、大変な力を発揮します。また、これらの国には、「下積みからプロ」になる回路が、豊富にあります。製造業やIT産業などで特に顕著ですが、日本やアメリカなど、先進国から「下積み」の仕事が、インドや中国に大量に流れ込んでいます。下積み仕事をやる人が大勢いれば、当然、彼らを管理するだけの専門知識や経験を持ったプロが必要となるわけですが、これらの国では、プロになれる人が、まだまだ少ない。というか、圧倒的に足りない。ですので、これらの国で留学して、就職して、現地の人々とともに働き、下積みで力をつければ、短期間でプロになれる可能性が非常に大きいのです。いま伸び盛りの国で、プロとしての実績があり、さらに英語や中国語もできるとなれば、日本に帰ってきた時に、引っ張りだこになり、高給で迎え入れられる可能性も大いにあるでしょう。もちろん、そのまま海外で働き続けることも可能です。それを実現するためには、もちろん、数年間にわたる努力が必要です。ただ、少し考えてみてください。皆さんは、いま20歳。これから準備して、海外で留学・就職し、プロになる修行を積んで、晴れて帰国したとしても、まだ20代後半。若くして、二ヶ国語、三ヶ国語を話すプロとして、高給取りになれる可能性もあります。逆に、特に戦略もなく、日本で無為に過ごしたならば、どうなるか?もちろん、日本で正社員として採用され、下積みを経てプロになる人も、大勢いるでしょう。反面、30歳、35歳になるまで、補助的な仕事しかやらせてもらえず、フリーターのような不安定な仕事を続ける、という人も多いのです。あなたにとって、どの道を選ぶのが良さそうか?それが、問われているのだと思います。--------------------------チャンス、良い仕事、良い暮らしを求めて、別の土地へ移動する。これは、人間が大昔から、自然にやっていることです。この日本だって、日々、国内各地から東京へ人々が移動してきているわけですよね?私たちの両親、祖父母の世代は、日本の交通も今ほど便利ではありませんでしたし、情報は圧倒的に少なかったし、土地によって、暮らしぶりが全然違いました。そんな時代に、地方から東京をはじめとする大都会に、何千万もの人間が大挙して移住しました。それは、東京で全く慣れない言葉、慣れない暮らしに適応しつつ、学び、就職することを意味しました。でも多くの人は、東京で頑張って生計をたて、家を買い、私たちの世代を育ててくれたのです。いま海外の都市に行って、学び、働くことは、感覚的にはそれと大差ないと思います。世界中どこでも、都会であれば、ライフスタイルの面では日本の都会と、そんなに変わりません。現地の情報は、インターネットや書籍で簡単に入手できますし、現地に行っても、eメールや安い国際電話で、日本の友人と簡単に連絡が取れる時代になりました。もちろん、現地に行けば、言葉はもちろん「外国語」になるわけですが、それは、頑張って覚えるしかありません。英語にせよ中国語にせよ、言葉を覚えて、その言葉で現地の人と一緒に仕事できるようになるまでには、少なくとも1~2年の修行が必要でしょう。でも、その結果マスターできれば、それは「一生の財産」になるので、ぜひとも、前向きに検討してみては・・・。最後に、「日本の将来は暗い」みたいな、情けない大人たちの弱音に流されるよりも、まずは、自分の行動あるのみです。誰に何と言われようと、明るい未来は、自分の行動によって、自分の手で、掴み取って行く。それをやり続けていれば、結果は、自ずからついてきますし、そうなった暁には、きっと、「いまの時代に生まれて、本当に良かった」と思えるはずです。ちょうど、私がそのように思っているように・・・。
2008年01月13日
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プロジェクトマネジャーという、因果な商売をやっていて、一番難しいと思うのが、部下の扱い方です。現在、私には直属の部下が9名。直接・間接に、私の作業指示を受ける人間を含めると、13名になります。これまで3年間、マネジャー稼業を続け、1ダース近いプロジェクトを担当し、これまで持った部下は延べ100名近く、面接した人間はその数倍いる(しかも、国籍も民族も宗教もさまざま)・・・おかげで、いろんな人間類型と出会うことができました。部下との人間関係は、もちろん8割方、うまくいくのですが、残りの2割程度は、苦手なタイプだったり、やたらと、悪いところばかり目についたり・・・こういう事態は、もちろん、部下にとっても、上司にとっても、不幸ですが、上司という立場でそれを体験すると、辛さも倍増するんですよん(。でもって、私が世界で一番、使いにくいと思う部下のタイプは、「おべっかを使う人間」です。彼らには、次の特徴があります。1)地道な、手を動かす作業には、概して興味がない。イヤイヤ作業するから、作業効率も品質も悪い。2)その割には、リーダーとか、役職付きになって、チームメンバーに指示したがる。3)指示する割には、チームプレーをしない。問題が起これば、チームで解決しようとせず、真っ先に上層部の人間に「チクる」(陰口をたたく)。4)上層部や人事部に、なぜか強いコネをもっており、彼らに可愛がられている。おかげで、昇進・昇給は非常に早い。社内政治スキルは非常に高い。5)その代わり、プロジェクトの上司や同僚からの評価は非常に悪い。6)チームで、自分以外の人間がリーダー・役職になろうとすると、上層部の力を借りて、必死で抵抗する。こういうタイプの人間って、どの職場にも、いると思いませんか?私は、嫌悪をこめて、「おべっか野郎」と呼びますが、こういう人間が、私の部下になると、チームの人間関係も乱し、雰囲気が悪くなるし、その結果、仕事の効率はあがらないし、その結果、お客様から怒られるのは私だし、もう最悪(怒怒怒!)。さらに悪いことに、私がマネジャーの人事権を使って、こういう人間をチームからはずそうとする時、私よりもっと職位の高い、上層部の連中が介入してきて、そいつをかばおうとすることも、なきにしもあらず。そうなったら、私と上層部とのガチンコ勝負になります。私自身、プロジェクトを成功させ、お客様にご満足いただくことを、第一の使命と考えていますから、極端な話、クビを覚悟で、そいつらと戦います。我が信念を貫いた結果、会社をクビになったとすれば、それは仕方がない。所詮、働く価値のない会社だってことです。「とにかく、お客様の満足が第一です。それができれば、結果、より多くのビジネスを我が社にもたらし、社員の給料も、株価も、上げることができるのです。会社内部の事情で、誰をどう使うかなんて、二の次じゃないですか?」という理屈を、話せば、ちゃんと分かってくれる上層部であれば、まだ救いがあります。逆に、それさえ理解できないのだとしたら・・・そいつは、会社で高い地位に立つ資格がない。もとい、現代の経済社会から、速やかに退出しなくちゃならない。時代遅れの全体主義の国で、悪徳官僚にでもなりなさい、と言うしかない。あなたの職場では、こういう、社内官僚がはびこっていませんか?社内政治をめぐる面倒臭さは、どの会社にもあるのでしょう。その現実から目をそむけず、ガン細胞のようにはびこる「社内官僚」をどんどん摘出・排除していくのが、トップ・マネジメントの仕事。それがちゃんと機能していれば、質の良いミドル・マネジメント層も、どんどん育っていく・・・そういう会社こそ、働く価値のある、良い会社だと思います。
2008年01月11日
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年明けの第一週目、仕事がとってもハードな一週間でした。でも、あと一日。あと一日働けば、待ちに待った週末。しかも三連休だっ!この週末は、「気ままな一人旅」ができる、最後のチャンスなんですね。だって、もうすぐ、うちの奥さんと娘が帰ってくるんですもの。気楽な一人暮らしも、残りあとわずか。私の職場は、東京・新宿にあるんですが、仕事がひける、午後9時頃、ヨドバシカメラ前のバスターミナルに、普段は見慣れない「西鉄バス」が、いつも止まっています。行き先版には、「福岡天神」という、魅惑的な文字が躍っている。ああ、福岡行きたいなあ。福岡で、もつ鍋食べたい、水炊き食べたい、ふぐ刺し食べたい、鶏料理のコース食べたい、関さば食べたい、イカのお造り食べたい、梅が枝餅食べたい、血管がぶち切れそうな、濃厚なとんこつラーメン食べたい。餓死寸前の状態で福岡入りして、現地の美味いものを食べ尽くしたい!今は、なかなかいい時代で、東京~福岡間1140kmという長距離を、夜行バス乗って、わずか1万8千円で往復できるんです。いや最低料金は、往復16800円(ソリッドライナー)。片道で8400円(Jambus)という、猛烈な安さ!そんなに料金を安くして、バス会社の経営は大丈夫なのかと、要らぬ心配をしてしまいますが、でも利用者の立場からいえば、安い値段で安全に福岡まで運んでくれれば、言うことなし。(注)時々、むしょうに福岡に行きたくなる「福岡病」は、私の昔からの持病です(福岡移住計画)。そして、札幌にも行きたいです。札幌で、カニ食べたい、ジンギスカン食べたい、味噌ラーメン食べたい、鮭のちゃんちゃん焼き食べたい、スープカレー食べたい、濃厚な味のとうきび食べたい・・・。(注)時々、むしょうに札幌に行きたくなる「札幌病」は、私の昔からの持病です(札幌の休日)。ところで、東京~札幌間は、格安高速バスというものは走っていません。バスで、津軽海峡越えるわけにもいかないもんなあ。青函トンネルだって電車専用だし・・・。結局、東京~札幌を安く行くには、飛行機を使った安いツアーを見つけるか、或いは「青春18きっぷ」などで、鈍行に揺られながらのんびり行く、くらいしかなさそうです。とはいえ、捨てたもんじゃありません。サラダツアーなら、往復航空券&ホテル1泊込みで、2万2千円程度のツアーを出しています。
2008年01月10日
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私は生来、楽天的な人間です。傍からみて、どんなに危なっかしくても、どんなに多くの不安材料を抱えていても、「大丈夫、何とかなるさあ」と、心の底からそう思っています。実際、我が人生、いろんな修羅場はありましたが、結果的には「何とかなって」きました。そんな私が、どうしても理解できないもの。それは、次のようなものの見方。朝刊連載「YEN漂流」の取材班がインターネットで10年後の「日本の国力、競争力の行方」をアンケート調査したところ、全体の62.9%が「日本は縮小、弱くなっている」と解答。「拡大、強化している」(10.6%)を圧倒した。 すごいっすねえ。日本人の悲観癖、ここに極まれりって感じですね・・・。私なら、10年後の日本は「拡大、強化している」方に賭けますな。そう思う人が10.6%で、思わない人が62.9%なのであれば、オッズが6倍か・・・TABで10万ドル賭けて、当たったら60万ドルかあ。これは大きいぞ♪大丈夫ですって。日本がそんなにHopelessな国だったら、私はこの国に帰ってきませんってば。私はこれまで、海外で7年間、暮らしてきました。それも、とびきり住みやすい国・オーストラリアと、とびきりビジネスチャンスが多い国・中国で暮らして、そこを離れてまで、日本に帰ってきたんですから・・・それだけの価値がある国ってことですよ。でもって、今こうやって東京でバリバリ働いて、福岡で家買ってるわけだし、二人目の子供づくりと、ゆくゆくは自分の商売も日本でやろうと考えている・・・30代、40代という、男の人生で一番、脂の乗った時期をこの国で過ごしたいと、私が思うだけの価値があるってことですよ。私がそう思うのは、たぶん、世界の各地で、「21世紀の経済」というものを、我が身をもって実体験したからでしょう。2000年:日本を離れ、オーストラリアに渡り、現地でIT技術者の職を得た2004年:グローバル化の流れのなか、ただのIT技術屋では職を労働コストの安い国に奪われると考え、より高度な職を求めて中国に渡った2005年:長期出張で米国に渡り、IT超大国の底力を知った2007年:インドのIT企業に興味を持ち、そこに就職した今世紀世界の主要なプレイヤーといわれる中国、インド、米国・・・などで働くなかで、私は21世紀経済の凄まじいダイナミズムを、全身で感じてきました。それはまるで、波乗りのようです。世界中が、巨大な渦巻きのように、めまぐるしく動く。そして、動きそのものが、無数のチャンスを常に産んでいる。チャンスをつかむのも、逃すのも、自分次第・・・。今や国境線など、関係ない。国境線に守られた20世紀の成功体験など、さして役にたたない。本当に役に立つのは、いま、世界で起こっている時代の動きを正しく捉える、直観力と洞察力。そして、チャンスを確実にものにする、行動力と素早い意思決定・・・。幸か不幸か、日本は21世紀の経済に、少しばかり、乗り遅れちゃった。今から、諸外国にキャッチアップしなくちゃならない。その過程に、巨大なビジネスチャンスが転がっているのです。乗り遅れたことは、それ自体、発展の余地が大きいことをを意味します。中国、インドといった、つい最近まで非常に貧しかった国が、いま、一番大きく伸びている、その原動力は「貧しさ」(給与水準の低さ)。20世紀の経済に大きく乗り遅れたことが、今21世紀で大きく飛躍するバネになっています。日本人が、自分たちの社会を、もう少しモダンでオープンな、21世紀的なものにしていこうと決意したならば、そして、重苦しい沈滞ムードから脱したい、他ならぬ自分たちのために、明るい未来を描き、実現していきたいと決意したならば、おそらく、世界中の企業が、マネーが、日本に殺到してくる。そして、この動きに刺激を受けた、新しいタイプの日本人の起業家、ビジネスマンが続々と、立ち上がってくる。そこに、新たなビジネスが、たくさん生まれる。次の10年は、ダイナミズムに満ちた繁栄の時代になる・・・。それとは対極にある、悲観論者の文章を、私はこれまでたくさん、読んできました。彼らに、っほぼ例外なく言えることは、「頭が20世紀のまま、思考停止しちゃってる」「21世紀の、グローバル経済の凄まじい動きのなかで、日本は自己改革できない、身動きできないと、勝手に思い込んでいる」んですね。古い思考の枠組みで、新しい時代を理解できるわけがありません。幕末から明治にかけて、頭の固いお侍さんが、文明開化を理解できなかったのと同じです。だから、ああいう人たちの書いた文章を読んで、ブルーになる必要もないと思いますよ。それよりも、私が日本に帰国してきて、この国の将来に可能性を見出していることを知った方が、もうちょっと有益かもしれません。私は、21世紀の好景気を呼ぶ男なんですから。その私が、日本で元気に働いているんですから・・・。
2008年01月09日
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ローカルネタで恐縮ではありますが、うちの地元・柏の駅前に建設予定のタワー型マンションKashiwa tower、まだ正式発表ではありませんが、最上階ペントハウスが「億ション」になることはほぼ確実のようで、これは柏の歴史始まって以来のことです。東京ならともかく、柏みたいな田舎街で、億の値段がつきますかねえ・・・と、信じられない気持ち。でもって、「おらが村の"おくしょん"見にいくべえ」という、田舎者根性丸出しで、私は今週末、完全予約制の「Kashiwa Tower説明会」へ行くことになりました。Kashiwa Towerを見たあとで、成田へ直行します。その日はちょうど、妻と娘が、オーストラリアから帰ってくる日なのです。その瞬間から、気楽な独り暮らしから、家族3人の普通の生活に戻るわけです。家族が揃って嬉しい気持ちもあり、反面、それを素直に喜べない、ちょっと複雑な気持ちでもあります。「また、子育てをめぐって夫婦喧嘩の絶えない、あの暮らしに戻るのか」というのが、私の本音です。---------------------------娘は、もう2歳4ヶ月になりましたが、この小さな生命が誕生した瞬間から、私と妻との間の関係は、激変しました。子供が生まれる前は、お互いの趣味や交友関係にあまり干渉せず、「あなたの好きなようにやっていいよ」というスタンスで、夫婦関係も総じて、うまくいってました。それが、娘の誕生の瞬間から、「食事からオムツ換えから、着替えからトイレトレーニングから、TVの見せ方から夜泣き対応に至るまで、24時間共同作業をするパートナー」という関係に変わったのです。地動説から天動説へ、パラダイムが突然変わったような気分です。そこで、否が応にも、クローズアップされるのが、お互いの「性差」、「性格の違い」、「物事のやり方の違い」・・・なのです。特に「性差」というものは、一見地味なようでして、常に、非常に厄介な問題に発展するリスクを孕んでいます。それは、「妊娠・出産という原体験を、女性はできるけど男性はできない」ことが根底にあるのでしょう。「10ヶ月間の長きにわたって、新しい生命を自分の身体のなかに宿す」、「生まれた後も、当面は授乳を続けて、日々夜泣きに悩まされる」という、女性なら誰もが体験する濃密な体験、一方オトコは、タネつけるだけで終わっちゃうもんね。気楽なもんです。我が家の話に戻りましょう。妊娠・出産という「強烈な原体験」は、妻の性格を変えました。これが、夫婦の関係にも、モロに影響したんですねえ。出産後、俄かに立ち現れてきた妻の新しい性格とは、100%の精力を、一日24時間、娘のために注ぎ続ける細かいことに至るまで、育児に関する「こだわり」を持っている育児労働の分担を、「細かい作業」に至るまで、夫に要求する「世の父親は育児協力をしない」という批判が、女性の側から出されることが多いですが、上の世代はともかく、いまどきの日本人の若い父親は、概して、育児には協力的だと思いますよ。かくいう私も、「頑張る父親」です。自画自賛かもしれませんが、日々、自分を褒めてやりたいくらい、仕事でも家庭でも、頑張っています。家の外では、「言うこときかないインド人を使って、わがままな日本人のお客さんを満足させる」という、過酷な労働をして給料を稼ぎ、一家三人の生活費を全部出して実家にも仕送りし、かつ家に帰れば、毎日、娘の着替え、トイレ、手洗い歯磨き、食事、薬やり、クリーム塗り・・・といった労働をこなしています。私の週末は、ほぼ全てを娘のために使っています。公園で遊ばせるのも、病院や実家に連れていくのも、お風呂に入れるのも私の仕事です。仕事と家の往復は、いつも直行直帰。飲みにも行かず博打もせず、週末ゴルフとか、一度もやったことありません。仕事と育児以外に、私がやってることって、「ブログの更新」くらいなもんですよ。わが子のために、頑張る母親と、頑張る父親・・・一見、模範的な夫婦のように見えますが、実はこれは「危険信号」なのです。育児というものは、長丁場。適度に息を抜かないと、ストレスが溜まり、そのストレスや不満が、パートナーに向かう時、夫婦関係への悪影響は避けられません。それが、我が家にも起こっています。我が家の場合、夫婦間のトラブルは、「妻が要求する細かい育児作業を、夫がその通りにやらない(やれない)」ことが発端となることが多い。その根底には、「性差」があるのでしょう。私を含めて、男という生き物は概して、細かいことに気がつかない、気が配れないなおかつ私の性格として、他人に「ああせい、こうせい」と、指示されるのが大嫌い他人に指示されたことを、細かいレベルまで正確に実行することが、絶望的なまでに苦手だから、こういうことが起こるのです。妻に言わせれば、1)自分が普段こなしている育児作業の一部を、夫に分担させる時、確かにやってはくれるけど、自分の言う通りにやってくれない。2)育児をする親なら、「当然気づくべき」ことに、夫は気づいてくれないし、配慮もしてくれない。私に言わせれば、1)自分は家の外でも中でも、これだけ頑張って一家を支えているのに、その努力・誠意を妻が理解してくれない。2)こちとら、育児に手を抜いているわけじゃないのに、妻はちょっとしたミスでマジギレする。以前はこんな性格じゃなかったのに・・・難しい問題ですよねえ。だから私は思うのです。こんな風にしてはどうかと。育児は大事だけど、それが自己目的化するのが、よくない。自己目的化したら最後、「あれもしてやらなきゃ、これもしてやらなきゃ」という思いが募り、24時間働いても、足りなくなる。母親も父親も、頑張りすぎると、よくない。適度に手を抜こう。子供は、放っておいても育つ。「放し飼い」しても、ちゃんと自分で育つ。だから、母親も父親も、もっと自分自信の幸福を追求して良いのではないか?母親も父親も、自分の好き勝手に生きて、いつも笑っている。そんな家庭なら、子供は感情豊かな、良い子に育つのではないか?もう一歩進めて考えると、親が子供のために忙殺されるのは本末転倒。逆に、「子供は親の付属物」みたいなスタンスでいた方が良いんだと思いますよ。だって数年前、私たちが子供をつくろうと決意したのは、「子供がいることによって、自分たちの生活がより豊かになる」と考えたからなんですもんね。その原点に返るならば、「親の心豊かな暮らしのために、子供が存在する」のが本筋であって、「子供の心豊かな成長のために、親が日々、24時間忙殺されるのは、まさに本末転倒」ってことになりませんか?振り返ると、自分の子供時代は、結構、自由放任のスタイルで育ちました。私の母は、もちろん最初から自由放任にするつもりじゃなかったみたいですけど、でも、「いくら言っても、言うことをきかない子」だったから、次第にあきらめて、やりたいようにやらせるスタイルに変わったんだそうです。だから母は、「お前は、私が育てたんじゃない。自分で勝手に育ったんだ」って言いますし、それが、結果的には良かったと思いますよ。「18歳で初めての海外旅行で、役人にワイロ渡してチベットまで一人で行った」とか、「厳しいIT業界で生き残るために、日本→オーストラリア→中国を渡り歩き、スキルアップを続けた」とか、「日本政府の年金なんか当てにせず、世界の不動産を勉強して、賃貸収益で個人年金をつくってしまう」とか、そういう意味での自主性、独立独歩の性格は、自由放任の家庭で培われたものだと思う。だから、娘も、そんな風に育って欲しいのです。
2008年01月08日
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私は、昨日の夜、オーストラリアから日本へ帰ってきました。海外で時を過ごした後、帰国したばかりの時期というのは、まだ不思議と「旅の余韻」が残っていて、日本のどこか良い所へ行ってみたくなるものです。特に、オーストラリアでシドニーハーバーとか、ケアンズの熱帯雨林やビーチなど、「外国の良いもの」を見てきた後は、私もちょっっぴり、ナショナリスト(?)な雰囲気になってきて、「日本にも、オーストラリアとは一味違う、景色のきれいなところがたくさんあるんだぜ!」ということを、この目で確認したい気分になるのです。そういう時、私が訪れる日本の「良いところ」は、ほぼ100%、千葉県にあると、昔から決まっています。なぜなら、海外から最初に降り立つ日本の地は、成田空港で、これは千葉県にある成田空港でレンタカーを借りて、千葉県内の営業所で返せば、乗り捨て料金がタダになる私の生まれ故郷は千葉県で、実家も千葉県にあるというわけで、私の場合、千葉県から一歩も外に出る理由がないのです。幸い、我が千葉県には、海あり、山あり、国際空港あり、ディズニーあり、人文歴史あり、魚やフルーツをはじめ、美味しい食べ物がうなるほどある・・・という恵まれた土地柄。但し、「温泉」だけは、他県に比べてちょっと弱い、と思っていました。千葉県は、日本で一番「低い」県。高い山がなく、火山もなく、名の知れた温泉というと、ちょっと思い浮かばない。そこで、ネットで調べてみました。千葉県内で、日帰り入浴のできる、良さそうな温泉は、3つありました。岩婦温泉(南房総市)・・・湖を眺めながら、ホカホカ温まる硫黄泉曽呂温泉(鴨川市)・・・千葉県最古の温泉、ちょっと秘境ムード沢山温泉(大多喜町)・・・滝を見ながら、豪快に露天風呂今回は、友人と連れ立って、一番近くて行きやすい、沢山(さわやま)温泉(に行ってきました。ここが、なかなか素晴らしかったです。県都・千葉市から、高速を使わずに、一般道だけで1時間で着く、という便利さながら、深山幽谷の趣き千葉とは思えないほど、山の景色がきれいそして、滝を見ながら、露天風呂を楽しめるのが圧巻でした。さらに、湯船が大きくて、開放感がある。いまどき珍しい、源泉かけ流しだったので、日帰り入浴料1500円も、決して高いとは思いませんでした。結局、露天風呂で1時間半過ごし、お食事して、座敷でゴロゴロ昼寝して、3時間以上、ここで過ごしましたもんね。この温泉なら、リピートしてもいいかもしれない。我が故郷・千葉県を、ますます好きになった一日でした。
2008年01月06日
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いま、オーストラリアから日本に向かうフライトです。ノートPCを飛行機に持ち込んで、ブログの日記を書いています。オーストラリアにある妻の実家では、中国の衛星放送を受信しています。中国でも日本と同様、新年の特別番組が多いのですが、そこで、「マーフィーの法則」みたいな、面白い統計を紹介していました。年の最初に立てた目標は、9割以上の人が、結局、達成できずに終わっている!これは私にとっても、そして、多くの方々にとっても、なかなか、耳の痛い話かもしれません。新年は、さすがに気分も一新し、お屠蘇気分もあるので、「今年こそ、あれも、これも・・・」と、欲張って目標を立てる。そこまでは良い。でも、仕事が始まり、忙しい日常生活に入ると、今年の目標のことなど、いつしか忘却の彼方に去ってしまう。仮に覚えていても、「4月末日時点で、達成率何%」みたいに、定期的にモニタリングするわけじゃないから、結局、ほとんどの目標を、達成できずに一年が終わってしまう・・・。ま、それが人生というものなのでしょうね。だから私は、あれもこれもと欲張らず、一点豪華主義でいきたいと思います。2008年の目標は、今年末までに、福岡で二軒目の投資物件をキャッシュで買う 或いは今年末までに、銀行からお金を借りて、日本のどこか(たぶん福岡)で、土地付きのマンションかアパートを、一棟買いする現状では、まだまだ道遠しですが、あと2~3年後をメドに、「大卒の初任給分くらいの日本円キャッシュが、黙っていても入ってくる」不動産経営を実現したい。今年は、そのための飛躍の年にしたいのです。--------------------------------------ところで、前日の日記で、日本の存在感が薄れていることを書きました。日本経済の国際的なシェアはどんどん下がり、一人あたりの所得も、ついに先進国の下位(30カ国中18位)まで落ちました。別の言葉で言い換えると、外国(欧米先進国)の連中が、我々よりお金を稼いでいる!ってことですよね?これって、日本人として、悔しくないですか?私は、正直言って「思い切り悔しい」です。外国の連中よりも、もっと豊かになりたい。もっと稼いで、奴らを見返したい。外国の連中に、「日本って、結局こんな程度の国だったの?」と言わせたくない。とはいえ、私は非力な個人です。国家レベルの栄枯盛衰に、大きな影響を与えられるわけでもありません。その非力さを痛感すればこそ、10年も前から、「日本国の栄枯盛衰に影響を受けない、キャリアとスキルづくり」に励んできました。その甲斐あって、今では外国(特に中国とインド)の経済成長の恩恵を受けられる仕事に就くだけの能力を手にしました。もちろん、現状に満足しているわけではありませんが、「日本の将来が不安だ、自分の職も不安だ」みたいな思いに苛まれることは、ほぼ皆無になりました。ですが、職務能力だけで、我が経済生活を守れるわけではありません。人生80年のうち、元気でバリバリ働ける期間は限られます。たとえば、私が今やっているプロジェクトマネジャーのようなハードな仕事は、30~40代と、せいぜい50代前半までだと思っているし、加齢に伴って、いずれフルタイムで働けなくなる日が必ずやってきます。だから一日も早く、労働以外の安定した収入源を見つけなければなりません。ロバート・キヨサキ氏ふうにいえば、それは「事業収益」、「投資収益」のいずれかとなるでしょう。「安定した事業・投資収益のネタ」は、大方の意見と違って、日本国のなかに埋もれていると私は考えます。その一つの例が、不動産投資から上がる賃貸収益です。サブプライムを発端とした、米国経済減速の影響と、内需の不振を受けて、日本経済の2008年は、「シケた一年」になる可能性が強い。したがって、日本の金利がすぐ上がるとは考えにくい。銀行から住宅ローンを借りても、年内なら2%台で借りられる可能性が高い。これが一つ。また、日本経済の世界シェアが下がっても、日本の大都市圏の人口は、すぐには減らない。特に福岡都市圏の場合、2025年前後まで、総人口も労働力人口も減らない。したがって、マンション、アパートの賃貸需要は、当分続くと考えられる。これが二点目。ということは、たとえばの話、年利2%台で銀行でお金借りて、平均、年10%以上で運用して、実質利回り、年8%以上を得るような賃貸用物件を一棟買いして、安定した収益を上げることは十分可能かも・・・経済がいまいち盛り上がらないがゆえに、金利も低く、不動産の取得価格も比較的低く、おかげで損益分岐点も低く済む、今の日本ならではの、ビジネスモデルかもしれません。逆に経済が好調な、中国、インド、英国、豪州のような国の都市部では、そもそも「貸して利益を出すことが不可能」なまでに、不動産取得価格も金利も高騰してしまっているのが常です。もちろん、リスクもあります。たとえば、物件の過剰供給。人口が増えない割に、各社は営業利益を確保しようと頑張るから、日本のどの都市でも、需要を上回るマンションの過剰供給が起こっています。したがって、どの物件を買っても、通常、賃料は頭打ちになる。下手したら空き家になる。上記の問題は、日本で不動産投資をやる以上、仕方ありません。賃料の下方圧力や空室リスクに打ち勝つには、一に立地、二に立地、三、四がなくて、五に仕入れ価格・・・今後、どんなことがあっても寂れない、都市の中心部か、皆が憧れる住宅地、海が見えるなどのプレミアがつくなど、「勝つ立地選び」が肝要です。また、将来、高く売れることがあまり期待できないために、「賃料や不動産価格が下落しても利益が確定できる」ほど、物件を安く仕入れる必要があります。さらに、人口や都市構造の変動によるリスクを分散する意味でも、あらゆる年齢層に対応できる間取りを、ポートフォリオに持っておきたい。たとえば、ワンルーム、1DK、ファミリータイプなど、いろんなタイプの物件を持つのが理想でしょう。あと言うと、物件の立地も、同じ都市の複数エリアとか、また複数の都市に分散したい。これは同時に、自然災害などのリスクに備える意味もあります。マンション一棟買いは、さすがに銀行からお金借りないと実現できないので、日本でサラリーマンやってるうちに、是非やってみたいです。せっかく日本で働いているんですもんね。これを活かさない手はないっ!
2008年01月05日
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2008年の年明けは、オーストラリアで過ごしました。年越しのニュースは英米、豪州、中国、台湾、香港、シンガポールなど、各国の放送局のものを見てきましたが、日本に関しては、いまひとつパッとしないニュースばかり。というより、ほとんど無視という感じ。アジアのなかでも、中国・インドの影に隠れて、注目度も落ちる一方。落ち目の日本経済を象徴しているようで、もの悲しい気持ちになります。そのなかで、たった一つだけ、目の覚めるような、素晴らしいニュースがありました。それは、ディズニー 福岡進出へ 運営会社最終調整 初の屋内型施設 第2キャナル最有力(西日本新聞、2008年1月1日)本文を抜粋しますと、東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランド(千葉県浦安市)が、世界初業態の屋内型娯楽施設を、福岡市内に開設する方向で候補地の最終調整に入った・・・同市博多区で計画中の「第二キャナルシティ」内が最有力。九州新幹線鹿児島ルートが全線開業する2011年をめどに開設する意向で、08年2月にも開設場所を決める見通し。同市内ではJR博多駅とその周辺、天神地区で大型再開発計画が相次いでいる。これに世界初登場のディズニー屋内施設が加われば、九州だけでなく国内やアジアからも注目されるのは確実だ。このニュースが素晴らしいのはなぜかというと、私が福岡市内に購入予定の投資物件から、最有力候補地の「第二キャナルシティ」まで、徒歩約10分ということ・・・。家から歩いて10分でディズニー・・・なかなか素敵な立地じゃありませんか!ここは投資物件で、自分が住むわけじゃないのに、思わず、盛り上がってしまいました♪とはいえ、ディズニーが来るからといって、手放しで喜べるわけでもありません。ディズニーの主な顧客となる九州の人口は、2000年ごろを境に、毎年減少しています。かつ高齢化も進み、ファミリーや子供の人口も減りつつあります。また、東京ディズニーのある首都圏や、ユニバーサルスタジオやひらパーのある関西圏から、九州ディズニー目指して旅行客が押し寄せることも考えにくい・・・。ということは、日本人だけじゃなくて、韓国、台湾、中国からの集客を見込んだビジネスプランにするしかない!顧客の7割を、中国大陸の観光客を目当てにした香港ディズニーまではいかなくとも、九州ディズニーは、2割くらい、近隣アジアから集客するシナリオにしないと、経営は厳しくなるでしょう。ということは、アトラクションは、日本語、英語、中国語、韓国語の4ヶ国語表記が基本となる。かつ、係員は最低4ヶ国語で対応する必要がある。ということは・・・うちの奥さんが、九州ディズニーで働けるかもしれない!!うー、まじで福岡に住みたくなってきたなあ。でもって、ディズニーだけじゃなく、例の投資物件は、博多の台所・柳橋連合市場から徒歩3分という立地。ここは、新鮮な食材の宝庫で、毎日、海鮮丼(650円)と、ごまさば丼(800円)食べまくり!なんだか、すげー、住みたくなってきた。あと、うちの娘は今年9月に、満3歳になります。そろそろ、保育園や幼稚園のことを考えなくてはならないのですが、メガシティ東京で働き、オフィスが新宿にある我が身、家と職場は遠いし、そうそう簡単に、送り迎えができるはずもなく・・・でも、福岡に移れば、それこそ徒歩圏内、チャリ圏内で、職場も幼稚園も自宅も、全部揃えることが十分可能(例.どろんこ保育園なら、街の真ん中で便利)。したがって送り迎えもラクラク。これこそが、「生活の質」(Quality of life)ではないでしょうか・・・福岡なら、家賃をはじめ物価も安いし、東京はおろか、オーストラリアのどの都市よりも、生活の質を追求することができそう。あと3年後、九州ディズニーの開業にあわせて、まじで、福岡に移住しようかな?と、思ってしまいました。
2008年01月04日
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年末ジャンボ、3億円当たるつもりが、300円・・・。お正月の三が日は、妻の実家のあるケアンズで過ごしています。ここは熱帯のリゾート地、お正月休みを利用した、ニッポン人の観光客がたくさん来ていました。これが旧正月(2月7日前後)になると、チューゴク人の観光客が増えるんでしょうね。妻の実家では、子供をプールで泳がせたり、TVやDVDを見たりするほかは、別に何もすることなく、のんびりと日々を過ごしています。でも、退屈だー!早く東京に帰って、バリバリ働いて、美味しいものを食べたい。とはいえ、ケアンズが誇るケーブルカー「スカイレール」だけは、よかったです。ここは熱帯雨林地帯。50メートルもある樹木が鬱蒼と茂っていますが、スカイレールはその木々の上を越えていきます。ケアンズ平野から、海岸山脈を越えて、滝や渓流を越えて、Tablelandとよばれる内陸の台地へ、約30分の空の旅。普段は見られない、雄大な景色が楽しめます。明日には、もう東京へ帰ります。
2008年01月04日
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明けましておめでとうございます。いま、オーストラリアのケアンズにいます。新年のご挨拶がずいぶん遅くなりましたが、先ほどようやくインターネットで、日本語環境が使えるようになったところです。ところで、年明けの瞬間は、シドニー・ハーバーの花火を見てきました。オペラハウスとハーバーブリッジを背景に、ダイナミックな花火を堪能できて、素晴らしい年明けになりました。シドニー・ハーバーの花火は、100万人もが訪れる、一大イベントです。あまりの大盛況のため、ハーバー近くのホテルは全然、空室がなくて、結局、20数キロ離れた郊外のホテルを取り、そこから電車で現地に向かったのですが、案の定、すごい超満員!!息もつけない・・・(ついでに言うと、体臭もきつい)高校生のガキどもが、酒飲んで、すごく騒いで、うるさくて仕方ない!電車は途中で止まりまくり。30分で着くところ、1時間以上かかったそんな地獄列車に揺られて、やっとの思いでハーバーに着きましたが、いざ、あの花火を見てみると、やっぱり、来てよかった♪と、心から満足して、帰りの電車に乗りましたが、結局、普段は30分で着くところを、2時間もかかった・・・・ホテルの最寄り駅についたのは、午前2時31分その後は、睡眠時間3時間弱。朝5時半に起きて、レンタカーに大荷物詰め込んで、シドニーの空港へ直行しました。その後、ケアンズまでの3時間のフライトは、疲れて、ずっと寝てました。-次回は「ケアンズでのお正月」-
2008年01月03日
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