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もう24年も前の話になりますが、1982年8月にリリースされた、三好鉄生の「涙をふいて」が、ヒット曲になりました。なかなか好きな歌でしたよ。♪涙をふいて~ 抱きしめあえたら~♪♪あの日の二人に~ (そのあと忘れた・・・)その当時、私は中学生でした。クラスに、尾形(おがた)という、タコ社長みたいな顔した奴がいたので、上の歌のパロディーで、♪尾形を焼いて~ 青のりふったら~♪♪タコ焼き一丁~ できあがり~♪という歌をつくったことがあります。ところで先日、娘(1歳4ヶ月)の世話をしていた時に、ふと、この歌を口ずさんだら、娘はえらく気に入ったようで・・・時には十回も二十回も、アンコールを受けるようになりました。しかしなあ、まだ純真な娘に、「尾形を焼いて~♪」はないだろうと思い、父として、ちょっとだけ反省してます。--------------------------ところで、今後、日本に数年間滞在することが確実になって、私の身辺でも、いろいろな変化が起こっています。特に、うちの奥さんが、にわかに活動的になって、「あれもやりたい、これもやりたい」と、言い出したのです。それもそのはず。これまでは、日本にいつまでいられるか、分からなかったのです。いつ、中国に呼び戻されるか、或いはオーストラリアに帰るのか分からない・・・そんな状況でしたから、買いたいものも買えず、習い事もできない状態でした。でも、その制約が取り払われたいま、これまでの鬱憤を晴らすかのように、うちの奥さんはまず、Softbankの携帯電話(2年間プラン)を買い・・・・そして、YMCAの親子スイミング教室(1年間)に入会し・・・・そして、NHKの日本語講座をはじめました♪特に親子スイミング教室は、以前から、とてもやりたかったようです。彼女の実家はオーストラリアにあって、自宅にプールがありますが、日本の都会では、その環境は望めない。その代わり、隣り町の東陽町に、YMCAが主催する、ベビー(0~2歳)スイミングコースがあり、会費もなかなか良心的なので、早速入会。すでに、水着類も揃えて、やる気満々です。日本語学習も、ついにはじめました。娘が、これから日本で育つのであれば、数年後、弾丸のように、日本語が口をついて出てくるであろうことは、容易に想像できます。母として、それが分からなかったら悲しい、だから勉強しなくちゃ・・・というのが、主な動機のようです。こんなふうに、日本移住(?)に向けて、いろんな動きが起こっている、今日この頃です。
2007年01月31日
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いま日本は、ポイントカード全盛時代のようです。ショッピングセンターとか、ちょっと大きな商業施設に行くと、必ずといっていいほど、ポイントカードの勧誘を受けます。最近のポイントカードは、Visa、Master、JCBなど、クレジットカードとリンクしていることが多く、審査さえ通れば、簡単に、いくらでもクレジットカードがつくれてしまいます。たいてい、「年会費無料」で、千円分の商品クーポンとか、ポイント倍額とか、公共料金自動引き落としとか、ETC(高速道路自動支払い)カードなど、あの手この手で、勧誘してきます。私の場合、最近数ヶ月で、これだけ、クレジット機能付きのポイントカードの勧誘を受けました。イトーヨーカドー木場店スポーツ用品のヒマラヤ(※イトーヨーカドーに付設)ららぽーと豊洲店ららぽーと柏の葉店(※なぜ、ららぽーとで共通カードにしないのだ??)トステムビバ・ホームセンター豊洲店お台場ヴィーナスフォートお台場デックス丸ビル共通カードコストコ幕張店アルカキット錦糸町ところで、どのカードにも、キャッシング限度額がついてきます。最大限度額はどこでも、50万円のようで、ということは、上記のカードを全部つくってキャッシングすると、一気に500万円下ろせてしまうの???私はそれがコワイので、どこでも、キャッシング限度額は最小の10万円にしています。というか、現時点では日本円で給料もらっていないので、仮にキャッシングしたところで支払いに困ってしまいます。ところで、私は最近、3つのクレジットカードを申し込みましたが、それらが立て続けに「拒否」されました。どうやら、クレジット審査に通らなかったようです。理由は簡単、要するに、私は日本で働いていないからなんですね。いまのところ、私は中国の社員で、日本に長期出張しているという立場なので、日本でクレジットカードつくるのは難しいのです。でも、一度審査で不合格になると、私のクレジット信用力が落ちちゃうのかなあ?そんなことはないと思うけど・・・。
2007年01月30日
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オーストラリア・シドニーを飛び出して、はや2年・・・。もともとの予定では、2年間で、シドニーに戻ってくる予定だったんですけど、結局いろいろ事情があって、あと2~3年は延びそうです。その理由のひとつが、妻が日本をすっかり気に入ってしまい、当分、オーストラリアに帰らない、と言い出したことです。その責任(?)の一端は、私にあります。妻や娘が来日する前、東京で家探ししたのは私ですが、その時、「木場」という、余りにも住み心地の良いエリアを選んでしまったからです。木場は、東京駅から東へ3キロ余り、都心オフィス街の一角がある、永代橋から東へ2キロ。都心と目と鼻の先にあるのに、それを感じさせないほど、のどかで静かな下町です。どこへ行っても、川だらけ、橋だらけ。広大な木場公園もあり、水と緑にあふれた住環境です。木場の良いところは、買い物環境と、子育て環境。特に買い物は、我が家から深川ギャザリアという、大型ショッピングセンターまで徒歩1分という絶好の立地。銀座、丸の内、錦糸町、お台場へも、都バス一本で行ける軽快なアクセス。地下鉄で階段の上り下り一切なし!子育て支援環境もバッチリ。我が家のすぐ近くに、「みずべ」(江東区東陽 子ども家庭支援センター)という施設がありますが、ここは、「ニュージーランドの育児に学ぼう」という趣旨の本を書いた人が、「日本にも、こんな先進的な取り組みがある」という事例として紹介しているほどです。その隣りに、東峯婦人クリニックという産科病院があり、妻は、「二番目の子供は、絶対ここで産みたい」と言っています。また、小児科も、徒歩5分圏内に3つもありますし、保育園・幼稚園も多数(保育料は、オーストラリアのデイケアより割安!)。また何より、この界隈には、子供を大事にする、気さくな下町の人々が住んでいます。この住み心地の良さは、彼女にとって、オーストラリアへの「里心」をつかせないくらい、強烈なものであるらしいです。日本に当分住む・・・ということは、我が家にとって、娘の教育方針を考え直すきっかけでもあります。以前は、オーストラリアに帰って、英語で教育することを考えていましたが、これからは、日本で教育するシナリオも、視野に入れる必要がありそうです。ところで、木場の隣り町、東陽町には、YMCAが経営するインターナショナル・スクールがあります。俗にいう、「インター」というやつです。北米のカリキュラムに基づいて、英語だけで授業を行う、民間教育機関です。学費は・・・それなりにします。日本でインターというと、なんとなく、ハイソなイメージがあります。東京でいえば、山の手。たとえば麻布・青山とか、世田谷みたいなエリアにありそうなものですが、東陽町みたいな下町にあるとは、知りませんでした。余談ですが、シドニーにも、「インター」があります。シドニー西部郊外、Oatlandsというところに、米国のシステムで教育を行う学校があります。同じ英語圏だけれど、それでも、米国流に教育したいっていう親はいるんですねえ。何はともあれ、うちの娘が学齢期になったら、近所のインターに入学させて、英語で教育するっていうことも、選択肢の一つであります(私にその甲斐性があると仮定しての話ですけどね・・・)。問題は、親がそれをしたいかどうか・・・ってことなんですけど、私自身の好みとしては、世界のどの国に住んでも、基本的には、現地校に通わせたいと思っています。というのは、私があまり、「日本人として育てたい」とか、「英語ネイティブとして育てたい」みたいな、強いこだわりを持っていないからなんですね。うちの娘の場合、父親が日本人、母親が中国系オーストラリア人で、要は日本人なのか、中国人なのか、オーストラリア人なのか、よく分からない立場で生まれてきたわけで、それを教育によって、「一つの国民」という枠にはめてしまうのは、少しもったいない気もするのです。むしろ、「生まれながらにしてインターナショナル」という特性を生かしながら、「ローカルになる」ために、現地校に通わせるという筋書きの方が、何となくよさそうな気がするのです。とはいえ、便宜上、インターに通わせた方がいいって思うこともあるかもしれませんね。たとえば数年後、やっぱりオーストラリアに帰って、英語で教育する、という決断をした後に、たとえば小学校4~5年くらいで、また日本で生活することになった場合、教育における言語環境が全く変わってしまうわけで、娘にとって、それは余りにもつらい。英語圏のESL(English as a Second Language)みたいに、日本の公教育で、「外国人子弟向けの日本語クラス」があるならともかく、現実がそうでない以上、英語で教育を続けた方が、効果的・・・いう状況になれば、インターも視野に入ってくるのかもしれません。ところで、うちの近所には、Global Indian International Schoolをはじめ、東京で暮らすインド人子弟向けの学校が2校もあるんです。ここでも英語教育可能ですから、選択肢は、それなりにあるんですね。つくづく、いい所に住んでるもんです。
2007年01月29日
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月島(つきしま、東京都中央区)は、東京の都心から一番近い「下町」です。銀座からも歩いていける距離にあるのに、昔ながらの商店街、路地裏の世界が残っています。そして、月島の商店街は、「もんじゃ焼きの本場」として、東京、いや全国に、その名を知られる存在になっています。観光客もたくさん押し寄せてきて、近年、もんじゃ焼きの店が爆増しています。ところで、もんじゃ焼きとは、こんな食べ物です。「水っぽいお好み焼き」といいましょうか、野菜や肉、海鮮類を鉄板で炒めて、それを5円玉みたいな形にして「土手」をつくり、小麦粉にダシを加えて、水で溶かしたものをその中に注ぎ込み、一緒に焼きながら、ちょっと焦げたところを、小さなヘラですくっていただきます。東京・下町の駄菓子屋で生まれた、昔懐かしい味です。もんじゃ焼きも、今では大いにメニューが増えて、昨日行った店などは、バリエーションだけで30~40種類もありました。私たちが頼んだのは、「梅しそちりめん」もんじゃという、伝統的なものですが、いま一番人気があるのは、「明太子バター」もんじゃだそうで、これが「もんじゃの王道」なんだそうです。あと、面白いことに、もんじゃ焼きと生ビールって、あんまり合いません。むしろ合うのは、ワインやハイボール(これって死語?)だそうで、「フランスワインともんじゃ」の組み合わせのセットまでありました。店を出て、商店街に繰り出すと、こんな感じで、もんじゃ店を中心に、活気ある街並みがそこにありました。裏路地に入っても、しっかり、もんじゃ店が営業しておりました。「昭和」を感じさせる、懐かしい看板です。海外に住んでいた時は、時々、こんな風景が、たまならなく懐かしく感じられたものです。ですが、商店街の周辺は、この通り、超高層マンションが建て込んでいます。銀座から歩ける距離なので、7000万円とか、いい値段をつけても、即売してしまうようです。月島の裏路地も、時々、空き地になってました。数年後、そこにマンションが建つのでしょう。月島のもんじゃStreet、永遠なれ。
2007年01月28日
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当面(2~3年間)は、オーストラリアに帰らず、日本に居続けようという決断をした私たち家族・・・。(私のなかでは、いま、オーストラリアに帰りたい気持ちと、日本に居続けたい気持ちが、半分半分なんだけど、うちの奥さんは、今は100%帰りたくないって言うしねえ・・・)。となると、当面の課題は、「住まい」。いま住んでいるウィークリーマンションに、いつまで居られるか分からないし、また、近所には買いたい物件がゴロゴロあるんだけど、すぐ買えるってもんじゃないしなあ。というわけで、当面は「つなぎ」として、どこかに間借りすることになるのでしょう。ただ、遅くてもあと1年後には、東京でマンション買いたいから、短期間の仮住まいに、礼金や不動産仲介料を払うなんて、もったいない。そこで浮上してきたのが、「礼金・更新料ゼロ、保証人不要」の、UR賃貸住宅です。UR(Urben Renaissance Agency,都市再生機構)とは、都市公団と地域公団が合体し、平成16年に設立された独立行政法人です。もともと、彼らが提供する「公団住宅」は、家賃が安い代わりに、抽選に当たらなければ入居できないものでしたが、現在は、それなりの家賃を払えば、無抽選で即入居できるようになり、その点、普通の民間住宅とあまり大差なくなってきました。公共機関なので、もちろん礼金や更新料は不要。しかも、住宅として良質で、設備内容がしっかりしたものが多いので、その点、魅力があります。しかも、私たちがいま住んでいる、江東区木場近辺についていえば、UR住宅の家賃は、民間アパート・マンションに比べて割安感があります。下手したら、部屋がひとつ増えて家賃はほとんど同じ、というケースさえあります。ただし、UR住宅の立地は、概して駅から遠く、徒歩で8~10分以上かかるものが大部分を占めていますあと、インターネットで空室検索をかけてみたところ、さすがに、この辺は人気の「東京ベイエリア」だけあって、空室はかなり少ないようです。望み通りのところに入居できたら、本当にラッキーだと思います。あと、UR住宅に入居するには、収入や貯蓄の証明が必要なようです。今のところ、日本円の収入があるわけじゃないから、それでも入居させてくれるのかなあ?とりあえず明日、近所のUR住宅を見にいってきます♪
2007年01月27日
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昨日は残業で、家帰るのが遅かったから、今日こそは、定時以前に帰って、家族と過ごそうと思ったんだけど。夜6時から8時まで、とても大事な会議が入ってて、だから、5時半に家に帰って、そこから電話会議で参加しようと思い、プロジェクトチームに相談したところ、今回は、提案のカギを握る大事な会議だから、電話ではなく、直接参加して欲しいと言われた・・・ま、実際に、私がその場に居なければ、全然進まない性質の会議だから、ま、それはそれで、よかったんだけど、フタを開けてみたら、会議が終わったのが、10時・・・8時半に、「今日は遅くなる」と、家に電話したら、奥さんが不機嫌だった。10時にようやく会議終わって、食事に誘われたけど断って、一目散に家に帰って、10時20分に家についたら、奥さんも娘もすでに寝てた・・・。冷たくなったご飯を、レンジでチンして食べて・・・腹も減ってたから、全部食べちゃったら、12時過ぎに、奥さんが起きてきて、「私、まだ食べてないよ!!」と言われ、さらに不機嫌に。その言葉を聞いて、さらにブルーになった私・・・。つくづく、残業なんてするもんじゃないよなあ。
2007年01月26日
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「私の郷里、柏(千葉県)は、「カシワ」と読みます。この「カシワ」ですが、関東地方では、「カシワの木」という、樹木名を意味します。そう、「かしわもちの葉」でおなじみですよね。英語では「オーク」(OAK)。ですので柏には、「オークス」という書店もあれば、「オークシティ柏」みたいな名のマンションがたくさんあります。ところが、西日本に行くと、「カシワ」は、「鶏肉」の意味になります。「カシワ南蛮」(うどん)、「カシワ入りそば」というふうに、食べ物の名前として使われます。私は京都や大阪に行って、それを初めて知りました。注)「カシワ」という言葉は、「そば」、「うどん」のような、日本の伝統的な食べ物とセットで使われるイメージがあります。たとえば、イタリア料理で、「ミラノ風チキン」なる料理に、「カシワ」という言葉は使われないでしょうし、「カシワ入りラーメン」、「カシワ入り野菜炒め」という言葉も、あまり聞きません。実のところ、どうなんでしょう?(>西日本出身の方)もちろん、柏に住む人間の多くは、「カシワ」が鶏肉の意味を持つなんて、知りません。仮に知ってても、すぐにはピンときません。もしそうなら、今頃、「チキンシティ柏」みたいな、マンションができていたかもしれませんね(できねーか)。もうひとつ、東京に「高田馬場」(タカダノババ)という駅がありますが、「ババ」という言葉には、西日本では人間の排泄物(うんこ)の意味になるそうです。関西の子供たちは、「ジャイアント馬場がババした!」というダジャレを言ったりするそうですが、東京の子供たちには、それは通じません。ところで、東京から西へ向かうと、いったいどの辺で、地元の人間のしゃべる言葉が、関西弁になるのでしょうか?私が気づいた範囲でいえば(間違ってたらごめんなさい)、1)JR東海道線なら、岐阜県の関が原から、峠を超えて滋賀県に出た途端、いきなり関西弁になる。2)JR関西本線なら、三重県の桑名と四日市の間で、いつの間にか関西弁になる。とするならば、上に挙げた「東西言語の境界線」を境に、それ以西では「カシワ」が「鶏肉」、「ババ」が「排泄物」の意味を持ってくるのでしょうか?境界線に近い都市の場合、どうなのでしょうか?たとえば名古屋。ここは境界線よりは東ですから、言葉はどちらかといえば「東日本系」ですよね?(少なくとも関西弁ではない)。とはいえ、名古屋からみて目と鼻の先に、「関西弁の世界」が広がっていますから(※名古屋から四日市まで、わずか30数キロ!)、ある程度、関西弁の語彙の影響を受けているとも考えられます。名古屋近辺では、「カシワ」=「鶏肉」、「ババ」=「排泄物」という意味があるのでしょうか?こんなこと書いてると、「かしわ南蛮」が食べたくなってきました♪
2007年01月25日
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うちの娘は、いま1歳4ヶ月です。すでに、英語でも日本語でも、100~200の語彙を理解しているようですが、口の筋肉がまだ発達していないため、自分で発することのできる言葉は、わずかです。「ママ」「パパ」「バナナ」「ナイナイ」(Good night)くらいか・・・。ですが実際は、「ママ」と「パパ」だけで、かなりの会話は成り立ってしまいます。というのも、うちの娘が「ママ」という時、「母親」だけでなく、「女性全般」、「女性が使うもの」すべてを意味するようです。たとえば、娘をショッピングセンターに連れていく時、向こうから歩いてくる女性をみると、「ママ」女性もののバッグや靴や傘をみると、「ママ」「パパ」という言葉も、同様です。男の人が歩いてくれば、誰彼構わず「パパ」。男性もののネクタイや背広を見ると、「パパ」・・・。もちろん、「ママ」や「パパ」という言葉の、正しい意味を教えるよう、努めてはいます。たとえば、「あの人は、男の人だけど、パパじゃないんだよ」みたいに。ま、そのうち分かってくれるだろうと、ゆったり構えてはいますけどね。ちょっと角度を変えてみれば、うちの娘は、「ママ」と「パパ」という言葉を使うことによって、世の中のものすべてを、無意識のうちに、女性と男性の二つに分類しているようなのです。ここでふと思い出したのは、フランス語やスペイン語など、ラテン系の言語では、名詞のすべてが、「男性名詞」と「女性名詞」に分かれていることです。ドイツ語やロシア語、アラビア語もそうらしいです。私は、フランス語を初めて習った時、それに全然なじめなくて、「一体全体、なぜ、名詞を男性、女性に分けるみたいな、七面倒臭いことをやらなきゃならんのだ?」と、不満たらたらだったのですが・・・でも、我が娘の「ママ、パパ二分法」を見ていると、天と地の間にあるすべてのものを、男性と女性に分けるというのは、もしかして、人間の本性に根ざしているのかもしれないな、と思ったりします。
2007年01月24日
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今日の午後、東京に帰ってきました。北海道から直接ここに来ると、空気がやたら生暖かい気がするんだよなあ。北海道の、身体にガツンとくる、あの寒さがここにはなくて、ちょっとだけ物足りないです。ま、その分、薄着で済むから嬉しいんだけどね。昨日の、札幌旅行記の続きです。今回、札幌行きを思い立った一番の理由は、妻の同僚で、一番仲の良い友人(男性)が、この週末、仕事で、豪州から札幌にやってくるからです。彼は、豪州ブリスベンをベースに、航空機の客室乗務員として、世界の各都市へのフライトに乗務しています。彼は、英国生まれの豪州人ですが、日本語をかなり流暢に話します。特に北海道が大好きで、この冬(豪州では夏)、札幌にはもう三回も飛んでこられたと、とても喜んでいます。「ボク、札幌が大好き。ロンドンよりずっと寒いけど、街はきれいだし、食べ物は美味しいし、人は親切だし、もう最高!!」と、日本語で、息を弾ませながら、語っていました。ところで、数年前から、ケアンズ(豪州)~札幌の直行便が、季節限定で飛ぶようになりました。ターゲットの客層としては、1)冬の北海道へ、スキーしに来る豪州人(※ブリスベン、シドニー、メルボルンの人が主)2)夏の豪州で、ビーチリゾートを楽しむ日本人(※ほとんどが北海道人)彼の印象によると、最近の観光客の流れとしては、「豪州から北海道へ」の流れが、「北海道から豪州へ」よりもやや多くなったとか・・・。円安、豪ドル高により、北海道が、豪州人観光客にとって、より魅力的な行き先になってきたようです。ところで、例の豪州人の彼ですが、札幌に何度も来るうちに、すっかり「札幌通」になったようで、駅周辺のデパートの名前が、7つも8つ、平気で出てくるようになりました。しかも、位置関係まで正確に把握してる!!「札幌では・・・大丸が一番値段高い、丸井今井も高い、西武は普通、他の百貨店は全部安い!」「食べ物は、ロビンソンの地下が最高だよ。レストランなら、ステラタワーの6階もいい」「ビッグカメラが安くて、品揃えが凄い。ビル全部がビックカメラだからねえ・・・」また彼は、札幌を出て、小樽や函館にも旅行に行ったことがあるようで、思い出すたびに、「北海道は、本当に美しい島だ・・・」と、溜め息交じりに語ります。機会があれば、今度は登別とか、道北方面にも足を伸ばしてみたいとか・・・。で、彼と一緒に来た同僚はといえば、「みんな、ニセコに行っちゃったよ・・・ボクは行かないけどね。スキーは興味ないし」ただ、食べることに関しては、皆さん、意見が一致するようです。「皆で、サッポロビール園に行ったよ。ジンギスカンが、3000円食べ放題で、ビールも飲める!」彼の話を聞くだけで、豪州人たちが、冬の北海道を大いに楽しんでいる情景が、目に浮かぶようです。なぜ、北海道はかくも、彼らのテイストに合うのか?・・・少し考えてみました。1)北海道の風景が、豪州に似ている飛行機から北海道の大地を見下ろすと、全体に平坦で、高い山があまりなく、空き地がたくさんあって(というか、空き地だらけ)、原野のなかを、蛇行する川がそのまま海に注いでいるとか、道がまっすぐ通っていて、クルマの数もまばらで、時々、ガソリンスタンドが点在しているとか・・・その辺が、豪州とそっくりです。2)札幌が、少し西洋を感じさせるフレンドリーな都会である札幌は、計画都市。街割りが碁盤目状になっていて、ナンバーが振られています。それも、「西2条南4条」(West2 South4)みたいに、相対的な位置関係が一目瞭然になっているから、外国人にも分かりやすい。しかも、地下鉄の駅に「北18条」とか「北24条」みたいなのがあって、まるでニューヨークみたい!また、大きな道には街路樹が整然と植えられているところ、レンガの建物が多いこと、街の中心に巨大な公園(大通公園)があって、そこに「札幌テレビ塔」という、ランドマーク的な建物があるところが、何となく、西洋の都市っぽい。その辺に、彼らは親近感を覚えるのかもしれません。3)長期滞在やドライブ旅行に適している豪州では、旅行は普通、家族や友人と、数週間かけて、一箇所にじっくり腰を落ち着けて滞在するスタイルが一般的です。ところが、日本の観光地は、これまで短期間の集団旅行で発展してきたから、長期滞在型になかなか対応できていません。そんな日本にあって、北海道に限っては、ニセコ近辺のように、長期滞在にも対応する、ビレッジスタイルの観光地が開発されたり、「シーニックバイウェイ」のように、大自然や農業の営みがつくりだす美しい地域景観を、ドライブコースとして開発するような試みが、以前からありました。その辺が、豪州人をはじめとする欧米人に支持されているのではないかと思います。「アジアの宝」ともいうべき、北海道の自然や風景をこれからも守りつつ、その良さを、世界中に広めていければいいなと思いました。千歳空港から札幌へ(バス)札幌から千歳空港へ(電車)雪まつりの準備が着々と進む
2007年01月23日
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この週末は、北海道・札幌で、過ごしています。本当なら、ブログ旅日記を毎日更新したかったんだけど、赤ちゃん連れて旅行していると、普段より忙しくなるものでして、なかなかその時間がとれませんでした。第一回目の旅日記なのに、すでに、この旅も、終わりに近づいています。ま、それはともかく、北の都・札幌を舞台に、美味しい食べ物と、ショッピング、きれいな夜景・・・楽しい休日でしたよ。ここは1月の札幌。我々が気をつけたのは、防寒対策です。当地と東京との温度差は、約10度。朝の最低気温が氷点下6~7度、昼過ぎの最高気温が0度前後、という世界です。ただ、私たち家族は、昨年、大連で「越冬」しましたので、その時の経験が大いに役に立ちました。私は、上下の「下着」(長袖の厚手のシャツ+モモヒキ)、その上にコーデュロイのシャツとズボン、そしてコートにマフラー、手袋・・・という、「大連の冬」のいでたちで、これだけ着ていれば、札幌で外出しても、ほとんど寒さを感じませんでした。とはいえ、悩まされたのは、寒空のなかの信号待ち。札幌の街は、碁盤の目に区画されていて、とても分かりやすいのですが、すべての交差点(碁盤の目の交点)に信号機が設置されているので、100メートルも歩かないうちに、赤信号で止まらざるを得ない。氷点下の寒空でも、止まらずに歩いていれば、いずれ、身体が温まってくるものですが、歩いてすぐ信号待ちだと、だんだん、身体が冷えてきて、なかなかつらい。でも、雪と氷の大都会・札幌、なかなかきれいな景色でしたよ♪千歳空港から札幌に向かうバスの車窓札幌の中心街~すすきのライトアップされた、大通公園食べ物・・・東京ではなかなか食べられない、北海道らしい食べ物といえば、こんなところかな。カニ味噌の寿司鮭のちゃんちゃん焼き(鮭+キャベツ+味噌の炒めもの)たち汁(タラの卵が入った澄まし汁)カニ鍋あと、これは、特に北海道料理というわけではないのでしょうが、とても美味しかったので、写真に撮りました。オムライスとグラタン次回につづきます。
2007年01月22日
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今日は、職場の新年会。総勢86名、エグゼクティブも参加する大規模なものでした。場所は新宿の歌舞伎町(コマ劇場前)。新宿に行くのは、かれこれ3~4年ぶりですが、ずいぶん様変わりしてました。でもあの界隈は、ちょっとガラ悪くてあまり好きになれないな。新年会では、皆の前で、カラオケ。私はいつも通り、「デビルマンのうた」を熱唱。なかなか好評でした。ところで、デビルマンって、いつの間に映画化されてたんですね。知らなかった。日本を長く留守にしてたからなあ・・・。新宿から、我が家までは、地下鉄大江戸線を使いました。門前仲町の駅まで、28分の車中。東京を西から東へ縦断するので、なかなかの長距離でした。ヒマだったので、近くにあった「住宅情報マンションズ」という雑誌を、ずっと読んでました。で、今回のトップ記事は、我が地元、つくばエクスプレス線「柏の葉キャンパス」駅前に建設が予定されている、「パークシティ柏の葉キャンパス一番街」でした。最高35階建て、全977世帯の大型開発!通常、この地域のマンションが、住宅情報誌のトップを飾ることはあまりないので、ちょっと嬉しかったです。柏の葉は、米軍通信基地跡地に建設された、きれいに区画された住宅街。東京大学と千葉大学のキャンパスがあり、駅前に「ららぽーと」もでき、いま「学園都市」として売り出し中です。あの辺の土地は、ほとんど三井不動産が持っているので、マンションも一戸建ても、なかなか魅力的な提案が出てきています。とはいえ、やっぱり田舎は田舎。地名をみると、なんと、千葉県柏市若柴字原山276-1田舎の象徴、「字」(あざ)がしっかりついております。でも、それだけではありません。千葉県柏市若柴字アラク164-4アラクって、一体・・・カタカナで書かれると、「これって日本の地名なの?」と思ってしまう。地下鉄東西線の「バラキ中山」駅より、すごいぞ!柏の葉に限らず、つくばエクスプレス沿線物件の地名をみていると、首都圏のなかでも、とびきり田舎というか、土臭さを感じさせるものが多いようです。沿線でも、東京都内はともかく、埼玉県に入ると、いきなりアルネックスシティ第一期埼玉県八潮市浮塚字中ノ島686-1いきなり、「字」が登場!「アルネックスシティ」というカタカナ物件名とのアンバランスが素敵です♪続いて、MAX TOWER TX-STYLE埼玉県八潮市大瀬大字稗田671-1なんと、全部横文字の物件名、思い切り背伸びしてTX-STYLEなのに、住所はしっかり「大字」(おおあざ)、しかも「稗田」という、穀物名付き!埼玉県を抜けて、千葉県に入りますと、ブルーミングレジデンス南流山「陽だまりのまち」第二期千葉県流山市西平井字堂面541-1「ブルーミングレジデンス」で、やっぱり「字」付きの住所が素敵です♪続いて、Come Come Town ウィズ柏千葉県柏市小青田字小船新田41-1「カムカムタウン」なのに、「字」、「新田」までついてるぞ!列車は、千葉県を抜け、茨城県に入ります。そこでも、レクセルプラザ守谷セカンドステージ茨城県守谷市守谷字新町裏甲2255-1「字」に「裏」、甲乙丙丁の「甲」までついて、とってもローカル♪センチュリーつくばみらい平第4期茨城県つくばみらい市小張字弥藤次3088-7「つくばみらい市」と、「小張字弥藤次」のアンバランスが素晴らしい。フェリズつくばみどりのユーロプレッソ第二期茨城県つくば市上萱丸字古屋敷49-1「ユーロプレッソ」で、「字」、「古屋敷」ですか・・・ま、地名が田舎臭いのはともかくとして、カタカナや横文字のマンション名、何とかならないかなあ。不動産ディベロッパーが、一生懸命考えてつけた名前なんでしょうが、どれもいまいちイケてないような・・・つくばエクスプレスに幸あれ!!
2007年01月19日
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そういえば、日本に来て以来、採用面接なるものを一度もやっていないような・・・・。中国で働いていた時は、面接を本当にたくさんやりましたよ。電話面接を含めると、たぶん100回近くやったんじゃないかな。もちろん、私が面接官として、社員の採用に直接かかわりましたので、いろいろな思い出があります。面接官の気持ち(2005/12/14)24歳のお子ちゃま(2005/12/12)圧迫面接と日本の企業文化(2006/1/8)私が日本で、なぜ面接をやらないかというと、理由は単純で、採用活動は全部中国で行われるからです。とはいえ、もし私が、日本の企業で、日本人の大学卒業生を面接するポジションになったら、楽しいだろうなあと思います。私がこれまで働いてきた、オーストラリアと中国の職場では、社員の採用とは、基本的に「ポジション(職位)に人を当てはめる」ことでした。前もって、「どんな作業をしてもらうか?」、「どんなスキルが必要か?」が明確になっているから、面接の場では、応募者がそれに見合った能力があるかどうか、見極めればよかったのです。応募者は、中途採用が圧倒的多数を占め、会社側も、短期間(せいぜい2~3年)の採用を前提に、考えていました。ところが日本では、やや事情が違うようです。無論、企業・業界・職種によって事情は違うんでしょうが、IT業界の大手企業の場合、新卒であれ、中途採用であれ、企業に長期間(5年とか10年以上)、勤めることを前提に求職してくる人が多く、会社側も、ある程度長期の採用を前提に、面接することが多いようです。したがって日本では、面接において、スキル・経験だけでなく、応募者の「人物そのもの」がフォーカスされることも多いようです(無論、例外は星の数あるでしょう。あくまで、オーストラリアや中国との比較の上で、そういう傾向があるということです)。もし、私が面接官として、そういうタイプの面接に携わったなら、何にもとづいて、応募者の人物評価を行うか、ちょっと考えてみる・・・。たぶん、こんな感じかなあ?「どんなに素朴でもいいから、自分のやりたいことはこれだ!というメッセージがあること」「どんなに非現実的でもいいから、やりたいことを実現するために、当社に応募してきた!というメッセージがあること」「自分のやりたいことの内容に、人間味が感じられること」そういえば、職場の機関紙でたまたま読んだ、入社2年目の社員(女性)のコメントに、私は大変感銘を受けました(私の記憶を頼りに書いているので、正確な引用ではありません・・・)あしからず。「自分は農学部出身で、酪農家と都市の消費者を結びつけたい、そのためにはIT技術が有効だと考え、当社に入社しました」「ところが、入社してみると、自分の考えている理想と、現実のビジネスで求められるIT技術との間には、かなり大きなギャップがあることが分かりました」「一時期は、そのギャップに悩んだこともありました」「今でも、悩みながら、仕事を続けています。それでも、自分ができる範囲で、職場に温かさを与えられるような存在でありたいと思っています」私は、こういうメッセージが大好き♪もう、たまらなく好きです。私が面接官だったなら、こういう人間をこそ、採りたいと思うんじゃないかな。まず、彼女のやりたいことの内容は、温かく、人間味があります。「人と人とをつなげたい」という願望は、「人間らしく感動したい」と同じくらい、人間の本性から出ている願望だと思います。そして、自分の理想と、現実の間に大きなギャップがある(それは、当然です!)ことを、彼女は真摯に受けとめ、人間らしく悩んでいます。悩みつつも、彼女は、ヘンに「社会人ズレ」することなく、少しでも、自分の温かい人間性を、現実の仕事のなかで活かそうと、試行錯誤しています。いいですねえ、こういうの・・・。彼女の姿は、20代の頃の私の姿とダブってみえます。私は、大学を卒業すると、理想を求めて、町工場みたいな零細環境コンサルの門を叩きました。会社の将来性とか、財務データとか、帝国データバンクの評価とか、そんなものは一切無視です。純粋に、自分のやりたい仕事ができれば、それで良いと思ったからです。その会社には、3年弱、勤めました。いろいろ思うところがあって、辞めました。それからは、「食べていくために」IT技術者に転進しました。そして、この業界で、10年の歳月を過ごしてきました。私は今でも、自分の関わっている仕事を通じて、世の中をもっと幸せにしたいという願望を持ち続けていますし、そこまでできなくても、仕事のうえで、自分が直接関わる人々を、もっとハッピーにしたいと、常に思っています。私は、いい歳して、青臭い書生論を吐いているのかもしれません。でも、青臭い書生論を吐く人間がある程度いなければ、企業も、世の中も、良くならないのではないですか?少なくとも、人と人とが温かく触れ合い、つながり合い、本来あるべき姿に近づいていかないのではないですか?企業は、営利目的の活動を通じて、社会と直接関わっています。ですが、長年、会社・業界の色に染まって、時を過ごしているうちに、一般社会の感覚、健全な生活者の感覚を失ってしまうこともあります。だからこそ、ある意味、会社に入社したばかりのフレッシュな感覚を常に持ち続ける必要性を痛感します。私の経験では、大学を出て、入社して間もない社員との対話のなかから、そういう感覚を取り戻すことも、よくあります。その意味では、彼らこそ「社会への対話の窓」なのだと思います。話を戻しますが、私が大学新卒の採用担当者だったなら・・・「御社の企業戦略はこうこうで、私はこんな感じで、貢献できると思います」みたいな、気の利いたことを言う者よりも、若い素直な心で、世の中を感じとり、自分のやりたいこと、実現したいことを、自分の言葉で説明できるような人を採りたいと思うのでしょうね。また企業は、彼らのメッセージに十分応えられるようでなければならないと思います。
2007年01月18日
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かなり前の話になりますが、今年の正月、箱根駅伝では、順天堂大学が、見事優勝に輝きました。順天堂といえば、いろいろ思い出があります。数年前、妻と東京・御茶ノ水界隈を歩いていたとき、「順天堂病院」の看板が見えました。その時、妻が、何よこれ?順天堂病院ですって!!!彼女は、中国人です。「順天堂」を中国語で読むと、「順」と「天堂」の組み合わせに見える。「順」は「すんなり行く」、「天堂」が「天国」の意味なので、「順天堂病院」は「天国直行病院」になってしまうようです。そんなコワイ病院だったのか・・・。中国と日本は、漢字を共有していますが、その意味するところは、結構違いがあります。日本の地名だけをとってみても、ヘンな意味になってしまうものが、いくつかあります。たとえば、1.日本の地名を中国語(北京語)読みしてみると、「熊本市」は、「しょんべん市」になってしまう!!!2.日本の地名を中国人の前で読んでみると愛知県の西部にある「尾西市」は「びさい市」と読みますが、中国人がそれを聞くと、「鼻づまり市」(鼻塞市)に聞こえてしまう!!!3.日本の地名を中国人が漢字で読んでみると千葉県にある「我孫子市」(あびこし)。これ、中国語では、とっても失礼な意味になってしまうようで・・・我孫子って、うちの地元にある市なんですが、もし私が我孫子市に引っ越して、中国人に手紙を出すとしたら、漢字で住所書きたくないなあ・・・。あと、大阪の地下鉄御堂筋線に、「西中島南方」(にしなかじまみなみかた)という、やたら長い名前の駅があります。以前、中国人の学者先生を伴って、この駅に降り立った時、「なかなか面白い駅名ですね」と言ってました。面白いんでしょうかねえ???
2007年01月17日
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「札幌に来ないか?」という誘いを、友人から受けました。その人物は、オーストラリア人で、妻の同僚(男性)です。航空会社に勤め、フライトアテンダント(客室乗務員)をやっています。彼は、今月から来月にかけて、仕事で、何度も札幌に来るそうです。南半球の、メルボルンやシドニーから、オーストラリア人スキー客を満載したチャーター便に乗り、赤道を越えて来るのです。彼らの目的地は、ニセコ・・・もとい、Nisekoです。Nisekoなる地名が、オーストラリアやニュージーランドの新聞旅行記事を賑わすようになったのは、ここ数年のことです。これら、南半球の国に住み、スキーに目がない人というのは、結構多いです。彼らは、本国が真夏に当たる1月や2月に、長期休暇をとって、北半球の国でスキー三昧を楽しみます。もともと、彼らの目的地は、カナダかヨーロッパでした。ところが、これらの国々は、とっても遠い!はるばる、地球の反対側まで行くわけですから・・・時差もすごい。そんな彼らの視界に、北海道・・・もといHokkaido、というものが、にわかに浮上してきました。スキー狂の彼らに言わせれば、Hokkaidoのパウダースノーは世界一♪しかも、カナダ、ヨーロッパに行くのに比べ、半分の距離で済むし、時差もほとんどない。もっとも、Hokkaidoは日本の領土です。西洋文化圏ではありません。英語も、あまり通じませんし、食べ物も違います。でも、「そこがいいんだ!」と、彼らは言います。文化や言葉、食べ物が違うことが、ちょっとエキゾチックで、本当に、海外旅行した気分になるんだそうです。たとえば、Hokkaidoには温泉・・・もとい、Onsenなるものがあります。スキーして、湯船につかり、浴衣を着て、タタミの部屋で、サッポロビールをかっ喰らいながら、上げ膳据え膳♪・・・これは、彼らの本国ではなかなか楽しめない、旅のスタイルです。カニの食べ放題バイキング、味噌ラーメンなど、Hokkaidoならではの味覚も楽しめます。それに、Hokkaidoは快適です。カナダ、ヨーロッパに勝るとも劣らない内容の、近代的な施設、インフラが整備されています。最近では、ホテルに英語をしゃべるスタッフも増えて、英語の新聞・雑誌も、読めるようになりました・・・。というわけで、今や、メルボルン・シドニーから、「東京を素通り」して、「札幌直行」する便が増えてきました。ニセコでスキーして、札幌で都会を堪能する旅が、増えているんだそうです。先ほどの、妻の同僚の話に戻りますね。彼の滞在先・札幌は、今朝、氷点下10度まで下がったそうです。真昼でも、気温は氷点下のままです。「すごく寒い!でも、とっても楽しいよ。きれいだよ♪」と、彼は言います。その情景は、私も想像できます。以前、冬の札幌に行ったことがあるのですが、JR札幌駅から大通、ススキノにかけて、百貨店や飲食店が並び、ショッピングや散策の場所には事欠きません。冬場、このエリアはロードヒーティングが入り、雪や氷を気にせず、歩くことができます。夜は街の各所で電飾が街を彩り、とてもきれいです。妻は、「ねえ、札幌行ってみない?」と言います。私も、心を動かされています。さっそく休暇とって、今週末にでも、行ってみようかな♪でも、雪まつりが近いこの時期、ホテルとれるかなあ?
2007年01月16日
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6年ぶりに日本に戻ってきて、気がついたことの一つは、「北海道」の地名を冠した食品が、数、種類とも、段違いに増えていることです。以前は、北海道産の食品でメジャーなものといえば、牛乳やバターなどの酪農製品、ジャガイモ、トウモロコシ、海産物と、相場が決まっていましたが、現在では、それらの原材料を使った、いろいろな加工製品に、「北海道」の名が冠されるようになってきました。たとえば、・北海道産の小麦を使ったラーメン・北海道産の男爵イモを使ったコロッケ・北海道産のコーンを使ったカップスープ・北海道産のミルク、砂糖を使ったシュークリーム・北海道産のズワイガニをトッピングに使ったピザまた、北海道産のブランド米、「きらら397」の健闘が光ります。従来、北海道産の米は、本州産の米よりも食味が劣るとされ、安い値段で売られていたものですが、今や「きらら397」は、ブランド価値を大いに上げ、「宮城県産のひとめぼれ」、「茨城県産のこしひかり」に匹敵する値段がつくようになりました。このままいけば、日本におけるブランド米の王様「魚沼産こしひかり」と、並び称されるようになる日も近い?北海道という言葉から想起されるイメージといえば、雄大な北の大地、清らかな自然、豊富な農産物と海の幸・・・等々。だからでしょうか、食品に「北海道」の名がついていると、なんとなく、美味しそうに見えてしまうから、不思議だ。たとえば、「北海道産のカニ」は、「ロシア産のカニ」よりも、なんとなく、高級なイメージがあります(実際は、ほとんど同じ海域でとれたカニだったりして・・・)。私の妻も、「北海道」食品ブランドの熱烈な支持者の一人です。特に、北海道のなかでも、「十勝」という地名がついていたら、どんなものでも、ついつい、買ってしまうんだそうです。これまでの経験から、彼女は、「十勝の食品に、ハズれは絶対にない!」と豪語します。我が家の食卓にも、「十勝牛乳」、「十勝バター」、「十勝チョコレート」、「十勝ビーフカレー」、「十勝コーンポタージュ」の類が、常に並んでいます。かくいう私も、「六花亭のチョコレート」とか、昔から大好きです。あれも、十勝が産んだ逸品ですよね。(追記)十勝地方って、こんなところらしい・・・一度、ドライブしてみたいな。あと、銀座に、十勝の食材を専門に扱うレストランもあるらしい(十勝亭)。食いに行くっきゃないですね。
2007年01月14日
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まずは、この写真から・・・。これは、軽井沢とか尾瀬とかの、爽やかな高原で撮った写真ではありません。東京の真ん中、門前仲町は富岡八幡宮で撮ったものです。お次は、この写真。東京のベイエリア、ららぽーと豊洲の敷地内で撮った写真。秋晴れの日、東京都心のオフィス街で撮った写真。中国から日本にやってきて、一番嬉しいこと、それは、「青空がきれい」なことです。首都・東京といえども、晴れた日には、空に向けて、シャッターを切りたくなるほど、爽やかな色の空が広がっています。中国の大都市に住んでいた頃は、少なくとも、青空を撮ろうなんて気にはなりませんでした。すっかり晴れわたった日でさえも、空の色がなんとなく澱んでいるのです。スモッグなのか、黄砂の影響なのか、水蒸気の加減なのか、にわかには判別できませんが・・・とりあえず、中国の各都市で、天気の良い日に撮った写真を、いくつか並べてみましょう。1.深セン(2006年5月)2.北京(2005年11月)3.大連(2005年11月)こうやって並べてみると、東京の青空とは、鮮やかさが明らかに違ってみえます。東京に越してきてから、家族で散歩をよくやるようになりました。中国の都市と比べて、クルマの運転はおとなしいし(歩行者を優先してくれる♪)、道幅が狭いから、道路を横断しやすいし、歩道もちゃんと整備されていることが多いから、赤ちゃん連れでも、散歩しやすいんですよね。でもそれ以上に、空気が澄んでいて、青空がきれいだから、散歩していて、気持ちよさが断然違うんですね。特に冬の日は、多少、厚着しなくちゃならないけど、それでも、他の季節に比べて空が澄み、富士山や筑波山もはっきり見える。だから散歩は、やめられません♪最後に、オーストラリアは、シドニーで撮った写真をひとつ。あの街に住んでいた頃は、青空の写真を、よく撮ったものです。
2007年01月13日
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うちの娘が、近く、2種類の予防接種を受けることになりそうです。ひとつは、風疹の接種。これは、国で「定期接種」に指定されているものですから、保健所で無料で受けることができます。もう一つは、水ぼうそうの接種。こちらは、「定期接種」指定外なので、自費負担になります。費用は、近所のクリニックで行った場合、7000円もかかるそうで・・・高いよなあ。参考)定期接種と任意接種水ぼうそうとおたふくかぜの接種これまで、中国とオーストラリアで暮らし、日本に戻ってみると、この国は義務的な接種の種類が非常に少ないように思います。この育児日記に詳しいですが、オーストラリアの場合、日本と比べて受けるべき接種の種類も回数も概して多い。水ぼうそうは、基本的に「受けなきゃならない」接種の一つとされているようです。中国(大連市)の予防接種は、オーストラリアよりさらに多く、特に0歳児から1歳児にかけては、なんと1~2月に1回のペースで、何らかの予防接種があるほどです。娘が大連で生まれた時、小学校に上がるまでに、受けなきゃならない接種のリストを渡されたのですが、ものすごい数!少なくとも30~40くらいは、あったように思います。それらの国から日本に来てみて、国家指定の接種がBCG、ポリオ、三種混合、はしか、風しん、日本脳炎の5種類しかないと聞くと、「えっ、これだけなの!」と、さすがに驚きましたよ。ま、国によって、衛生状態や栄養状態も違えば、病気に対する考え方も違うわけで、良い、悪いは、一概にはいえない問題だとは思いますけどね・・・。ところで、うちの奥さんは、今日、娘を連れて、近所の子育て支援センターに行ってきたそうです。そこでは、ママ友達が何人かいるのですが、なぜか、結構セレブな奥様方が多いようで、「うちの子、予防接種は、いつも聖路加病院でやるのよ!」と豪語していたママ友がいたそうです。ちなみに聖路加国際病院は、東京・築地にある、ミッション系の病院(って言うのか??)です。タレント、有名人も結構行ってるそうで・・・。この病院で出産すると、自然分娩でも最低80万円かかり、「セレブ出産」と称されるとか♪でも、聖路加の水ぼうそうの接種料金を調べてみたら、8400円で、近所のクリニックとあまり変わらなかったです。ならば接種だけでも、聖路加でやって、つかの間のセレブ気分を味わうのもいいかもしれないな。そして、築地で寿司刺身を食いまくるのも、忘れちゃいけねえ!!!
2007年01月12日
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東京の職場で私の所属するチームは、全部で5人います。私以外は、全員中国人で、男性です。我がチームは、最近、ちょっとしたベビーブーム。同僚の一人が、昨年の12月8日に、晴れてパパになりました。すると、12月27日に、また別の同僚に子供が生まれ、彼もパパになりました。両人とも、出産は中国で行い、自分は父親用の産休をとって、一時帰国したようです。ママほどではありませんが、出産直後は、パパも忙しい。いま中国では帝王切開が主流だから、出産後の2~3日は、奥さんも動けません。尿バッグの取替えとか、生まれたての赤ちゃんのミルクやり、緑色のウンチの処理は、たいてい、パパの仕事です(産婆さんを雇えば話は別ですが・・・)。加えて中国の男性は、結構、奥さんの身の回りをこまめに面倒みるし、料理の達者な人も多いので、下手したらママより忙しくなる時期もあるかも。彼ら二人も、「ロクに寝れなかったよー」と、結構疲れて東京に帰ってきました。身体が疲れただけならまだしも、彼らはパパになった喜びも束の間、今度は、「中国の家庭と日本の仕事との両立」という難題に、一気に直面することになり、突如、浮かぬ顔をするようになりました。二人とも口を揃えて、「この仕事、今後も続けるかどうか、悩んでいるんですよー」と言います。今のところは二人とも、奥さん子供を、日本に連れて来る気はありません。中国にいた方が、もちろん言葉も通じるし、それに何より、実家の親と一緒に暮らせるため、何かと便利で、安心だからです。特に赤ちゃんが病気になった時、たいてい一目で対処法が分かる祖母の存在は心強い。加えて中国では、お手伝いさんを安い値段で雇うことが可能です。この国では「座月子」という伝統があって、出産後の1ヶ月余りは、母親の身体をゆっくり休ませ、ショウガやゴマ油、お酒、レバーをたっぷり使ったスープとか、元気の出るものを食べます。それをサポートするのが「月嫂」という専門家で、彼女らは家に泊まりこみで、料理を作ったり、産婦の身の回りの世話をします。上海や北京では、経験豊富な「月嫂」を、月に3000元(4万5千円)程度で雇うことができます。「座月子」期間が終わると、今度は「アマさん(阿媽)」という、「家事手伝い」を雇う家庭も多い。その相場は、「月嫂」よりずっと安いのが普通です。実家で子育てする習慣、安い労働力の存在・・・いろんな要因があって、中国の若い親たちは、夫婦二人っきりで赤ちゃんの世話をすることに対する心理的な抵抗が、おそらく、日本の同世代の親よりも大きい。ましてや、彼らにとって外国である日本でそれをやるのは、非常に困難だと考える人が多い。経済的な問題もあります。短期就労ビザで日本に入国する彼らが、日本の健康保険制度に加入するのは難しいし、家族を加入させるのはもっと難しい。保険に入れなければ、日本での医療費は非常に高額なものになってしまいます。家事手伝いの費用も、中国よりは断然高い。無論、会社がそこまで面倒みてくれればいいれど、そこまでお大尽な会社じゃないから、困っちゃうんだよなあ。したがって、奥さん子供を日本に連れてくるのは「ありえない!」と、皆言います。そうなると、どうしてもパパだけの単身赴任になってしまう。寂しさは募ります。かつ、奥さんが助力を必要としている時に、そばに居てあげられないという、切なさがそれに輪をかけます。悩みは、かなり深い。パパになったことで、にわかに、中国への「里心」がついてしまっているようです。ま、難しい問題ですよねえ。私も、解決策はおろか、どうアドバイスしたらいいのかさえ分からなくて・・・せいぜい、悩みを聞いてあげることくらいしかできません。何だかんだ言っても、やっぱり、家族は一緒に暮らした方がいいと思いますよ。我が家も、国をまたぐ転勤が多いのですが、いつも、家族を全員連れていきます。もちろんお金はかかるし、ビザや医療保険など、それぞれの国ごとに用意しなくちゃならないから大変だけど、家族離れ離れで、寂しくなるよりはずっといい。我が家はまだ子供が小さくて、学校に通う年齢じゃないから、ある意味まだ、「動きやすい」とも言えます。これが、学校に通うようになると、海外転勤に家族を連れていくことは、さらに難しくなるでしょう。言葉が違う国だと、なおさら・・・。その頃までには、家族の医療費、教育費まで面倒みてくれるような、エグゼクティブなポジションに就くか、あるいは、今みたいな「遊牧民ライフスタイル」をやめて、どこかの国に「定住」するか、いろいろ考えなければならないでしょう。たぶん、定住するんだろうな。今はいいけど、もっと歳を取ると、余計、動くのが億劫になってくるんだろうし・・・子供の教育を考えても、あまりに頻繁な移動は望ましくないだろうし・・・。なかなか悩ましいですよねえ。
2007年01月11日
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オーストラリアを飛び出して、もうすぐ2年。北半球(中国と日本)で、寒い冬を二回も過ごしてしまいました。仕事の上では、オーストラリアとは縁もゆかりもないことをやっていますが、プライベートでは、まだまだ、この国と深いつながりを保っています。まず、Yahooセカンドライフというサイトで、シドニーに関する記事を、月1~2回のペースで、投稿しています。すでに、10回も投稿してますが、ネタは尽きません。今後いくらでも、書き続けられそうです。今日は特に、オーストラリアを思い出させる一日でした。まずは、大連時代の元部下で、オーストラリアの永住権をとって、メルボルンで職探ししていた中国人のK君が、見事、就職を果たしました。つい、クリスマス前に就職活動始めたばかりなのに、すでに職ゲットとは、恐れ入りました。ま、今回の職は短期間の契約社員らしいですが、とりあえずオーストラリアで経験を積んで、次回以降、フルタイムの職を狙っていくそうです。頑張って!次に、シドニー時代の元同僚で、現在はシドニーの同業他社に転職したオージーの親友M君から、久しぶりにメッセージをいただきました。彼は、私の「帰国」を首長くして待っているようで、「早くシドニーに帰ってこいよ。一緒に、ラグビーリーグの試合を見にいこう」と言ってました。私自身、ラグビーリーグが三度のメシより好きな人間ですので、この時ばかりはさすがに、シドニーに「里心」がついちゃいましたね。彼は、「シドニーに戻ってくるのなら、同じ会社で働こうよ。職探しなら、いくらでもサポートする」とまで言ってくれて、空きポジションのリストまで送ってくれました。聞くと、なかなか居心地の良い会社のようです。最後に、Yahooの「マイウェイ」という有料メルマガに、「シドニー・魅惑のビーチカルチャー」というタイトルの文章を投稿しました。こちらは、原稿料をいただいているものなので、ブログには公表しません。読みたい方は、メルマガに加入してみてくださいね。こんな感じで、朝から晩まで、オーストラリアづくしの一日でした。いつになるか分かりませんが、いずれは家族揃って、オーストラリアに帰って暮らしたいと思う、今日この頃です。
2007年01月09日
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昨日の続きです。今日、ニュートンプレイスの物件を見に行ってきました。さすがに、高級マンションといわれるだけあって、内容的には、なかなか素晴らしかったです。一番良かったのが、地上19階からの眺望。南向きのバルコニーから、なんと、レインボーブリッジが一望できるんです♪その他、銀座・築地から豊洲、新木場、お台場にかけての、東京ベイエリアが一望できます。すごい夜景が楽しめそうです。間取りは3LDKで、占有面積は100平米超。リビングは22畳もあり、それが、15平米もあるバルコニーと直結しています。さすがに、これだけのスペースがあれば、オーストラリア育ちの妻もゆったりくつろげます。まるで外国のマンションみたい。このマンションの「売り」は、ファミリー向けの共益施設が大変充実していることです。まず、敷地内の中庭、7600平米もある大きな広場があって、子供が走り回ったり、バトミントンやドッジボールをしたりするのに、十分な広さがあります。この広場は、24時間警備体制で守られていて、外部から不審者が入れないようになっています。託児ルームもあります。いま江東区は、人口増加が著しく、保育園・幼稚園の待機児童問題が深刻ですが、このマンションには、入居者のための託児施設があり、保母さんもいるそうです。あと、雨の日も使える子供向けのミニ体育館、ミニ図書館もあり、子供のいる家庭をターゲットにして開発されたマンションだということが分かります。その他、大人向けの施設としては、フィットネスクラブ、喫茶室、フロントサービス、ミニショップ、映像ルーム、クリーニング店、ゲストルーム、一世帯に一台用意されている屋内駐車場、眺望ルーム等々があります。さすがに、プールまではなかったけれど、日本のマンションとしては、最高に近い施設内容と思われます。うちの奥さんは、とても気に入ったようで、「こんなところに、住んでみたいね♪」と言っていました。ですが悲しいかな、6000万円台の中盤~後半という値段なので、私にはちょっと手が出ません。もっと、お手ごろな物件を、引き続き探すことになりました。ところで、このマンションを出てすぐのところに、都営住宅があります。昔ながらの、シンプルで飾り気のない、勤労者向けの団地です。そこから、ニュートンプレイスを振り返ると、まるで現代の要塞のごとく、大きく、威圧的に、立ちはだかっています。その光景をみながら、私は、ちょっと心にひっかかることがありました。ニュートンプレイスは、確かに素晴らしいけれど、こういう環境で、我が子を育てるべきなのかどうかと・・・。---------------------------現代の日本は、格差社会とか、二極化が進んでいるとか、よく言われます。二極化とはもちろん、お金のある人たちと、そうでない人たちに、社会が二極分化することを意味します。貧富の差は、どこでも、いつの時代でもあります。私の子供時代にも、もちろんありました。私の育った、千葉県柏市は面白い地域で、いろいろな生活レベルの人たちが、同じ地域で共存していました。柏には、JR常磐線が通っています。この路線は、明治・大正の昔から「ブルーカラー路線」として知られてきました。以前、沿線には工場がたくさんあって、そこで働く労働者を大量輸送してきました。だから沿線のカラーや車内の風景は、今も昔も庶民的です。ところが、常磐沿線でも千葉県内、松戸市の東部とか、柏、我孫子といった地域は、例外的にミドルクラス用の新興住宅地として発展してきました。東京都心のオフィスに勤める、大企業サラリーマンとその家族が、この地域で一戸建てを買うために、大量に移住してきたからです。彼らの多くは、小金持ちといって良いでしょう。大金持ちも、結構います(柏市は、高額納税者の数でも千葉県で3位とか)。昔からの地主とか、商売で大成功した人たちなどが、それに該当します。その結果、柏には、大金持ちも、小金持ちも、庶民も全部揃うことになりました。極度の貧困家庭というのは、柏には少なかったけど、常磐沿線には結構多かったので、結局、多様な生活レベルの人々が、同じ地域に暮らし、それこそ、豪邸のような一戸建てから、モダンなマンションから、2DKに台所がついただけの文化住宅から、吹きっさらしの階段が寒々しいボロアパートまで、いろんなタイプの家に住み、それぞれの暮らしを送っていました。私にとって運が良かったのは、貧富の差はあっても、皆、同じ学校に通い、同じ地域の野球チームに入ったりして、気持ちの上では分け隔てなく、付き合えたことです。今でも覚えているのは、中学時代、プール付きの豪邸に住んでいた、お金持ちT君の家に遊びに行くのを、楽しみにしていたことです。あの頃は、クラスの皆で示し合わせて、「暑くなってきたから、そろそろ、Tの家でプールでも入りにいこうか?」といって、押しかけたものです。T君も、イヤなひとつ顔せず、付き合ってくれました。そういうことが可能な、牧歌的な時代だったのでしょう。---------------------------時代は流れて、21世紀になりました。いま東京では、「凶悪犯罪から我が子を守る」みたいな名目で、完璧なセキュリティ対策が施された、高級マンションが各地で建設中です。もちろん、経済的に恵まれた家庭しか、入居できません。今日紹介した、ニュートンプレイスに関しても、「警備員に守られた、安全な空間で我が子を遊ばせよう」というのが、宣伝文句の一つになっています。あたかも、マンション敷地の外に出たら最後、犯罪者・変質者がウヨウヨして、今にも子供が誘拐されると言わんばかりの、極度の恐怖感と隣り合わせになっています。経済的な二極分化が進むなかで、こういった形態のマンションやコミュニティがどんどん増殖すると、東京は一体どうなってしまうのでしょう?少しだけ妄想しますと・・・お金持ちは、お金持ちだけのコミュニティに暮らし、子供を育てる。子供は、財力にモノをいわせたセキュリティ完璧の空間で遊び、お金持ちの子弟だけと付き合い、育ち、成人する。その過程で、外の世界とは全く違う生活文化や価値観を育む。一方、お金のない家に生まれた子供は、お金のない者の社会で育ち、成人し、お金持ちとは全く違う生活文化を育む。両者は、同じ日本に住みながら、生活意識の面では全く分断されてしまう。二極に分断された社会で、お金持ちの側は、そうでない人々との交流を、一方的に拒絶してしまうでしょう。「あいつら貧乏人だから」、「あいつらの住む地域は危険だから、近づかない方がよい」みたいに・・・。そうやって、一方的に拒絶された側は、お金持ちや彼らのコミュニティに対して、憎悪を抱く。その結果、犯罪が横行する。お金持ちの側は、さらにガードマンを雇って、自衛する。悪循環は止まらない・・・私がいま書いたことが、単なる杞憂であって欲しいと、心から願っています。もし、将来の東京が、そういう方向に進んでしまうのであれば、少なくとも私は、ニュートンプレイスのような閉じた温室空間で、娘を育てたくない。むしろ、お金持ちとも貧乏人とも、分け隔てなく、心おきなく付き合える環境で育てたい。特に小さいうちは、地域の公園で遊ばせ、地域の普通の学校に通い、地域のいろんな人と触れ合いつつ、いろんな生活を見せながら、育てたい。そうした方が、共感能力の豊かな良い子に育つだろうとも思う。私の住む地域には、木場公園、牡丹町公園、古石場親水公園など、公園がたくさんあります。もちろん、警備員が常駐しているわけではないけれど、私の見たところ、平和そのもの。親が目を離さなければ、余裕で大丈夫でしょう。さらにこの地域は、おじさん、おばさんたちが、気さくに声をかけあう下町、コミュニティも生きています。夜出歩いても、ほとんど危険を感じません。それでも、治安が悪いと感じる人もいるんでしょうけど、私にいわせれば、この程度でビビってるようでは、世界のどの大都市にも住めないと思いますよ、マジで・・・。TVで報道される凶悪犯罪のニュースを通じて、いまの日本が危険だという仮想現実を信じるのであれば、それよりも自分の足で歩いて、この地域が安全なのかどうか、自分の目で確かめた方がはるかに有益だと思います。治安に問題があるのなら、その地域の実情に即した対策を考えればよい。もし、そう考える人が日本人の多数を占めていたならば、ニュートンプレイスのような「セキュリティの要塞」は、あるいは、生まれなかったのかもしれません。最後になりますが、妻が、こんなことを言っていました。「お金持ちマンションのセキュリティ付き広場で遊ばせるより、地域の普通の公園で遊ばせた方が、結局は安全なんじゃないの?だって、お金持ちだってことが分かったら、誰かに付け狙われるものよ。」逆説的ですが、真実を含んでいる言葉だとも思います。セキュリティ完備の高級マンションを見て、いろいろと、考えさせられた一日でした。
2007年01月08日
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明日は成人の日で祝日。散歩がてら、近所の分譲マンションを見に行くことにしました。我が家は、東京都心のオフィス街の一角から、地下鉄でわずか2駅、頑張れば歩いて行けるほどの至近距離にあります。徒歩15分圏内にある駅としては、木場(東西線)門前仲町(東西線、大江戸線)越中島(京葉線)豊洲(有楽町線、ゆりかもめ)4駅、5路線が使える、極めて便利な立地です。そんな我が家の近所に、「ちょっと気になるマンション」が、二つほどあります。ニュートンプレイス(塩浜一丁目、最寄駅:豊洲、徒歩11分)ライオンズマンション門前仲町古石場(古石場三丁目、最寄駅:木場、徒歩7分)どちらも、通りがかるたびに、「ああ、こんなところに住めたらなあ・・・」と、溜め息が出るような、ちょっと憧れの物件です。特にニュートンプレイスは、敷地内に庭園あり、屋内ジムあり、高層駐車場あり、その他カフェラウンジ、フロントサービス、ミニショップ、地上約55mの眺望ルーム、バーカウンター、ゲストルーム、フィットネスルーム、託児ルームあり・・・というスペックの高級マンションだから、金額的にはちょっと手が出ないとは思いますが、後学のためにも、一度は見ておきたいなあと思っています。一方ライオンズマンションは、ニュートンプレイスよりはもう少し庶民的で、買いやすそうです。全室、バルコニーは2m以上の奥行きがあり、平久川のリバービューが望めるという話です。何はともあれ・・・今後、日本に何年住むか分かりませんが、日本に居るうちに、居住と投資の両面を睨んだ物件を、東京都心近くで「仕込んで」おきたいと考えています。それには、もちろん「先立つもの」が必要です。いま、私の手元にはあまりキャッシュがありませんが、もし本当に、東京で気に入った物件に出会ったならば、思い切って、今シドニーで持っている物件の一つを売り、「日豪両国での不動産買い換え」を決行しても良い。実際、いまはそれをやる良いチャンスでもあります。その理由として、豪ドルの為替レートが、日本円に比べて高くなったこと豪州と日本で、住宅ローン金利差が約5%あることたとえばの話、私が2002年7月に、シドニー郊外で買ったタウンハウス(一戸建て集合住宅)を売って、東京の物件に乗り換えることを、モデルケースとして考えてみましょう。この物件は、39万4千ドルで買いました。いま売れば、40万ドルを若干超えるとは思いますが、話を簡単にするために、40万ドルで買って、40万ドルで売れたという想定にしましょう。豪ドルだけでみれば、収支はトントンです。ところが、日本円で換算してみると、為替のマジックにより、全く違った結果になります。私が買った当時の為替レートは、1ドル=67円でした。したがって、40万ドル×67=2680万円で買ったことになります。ところが、現在は豪ドルの価値が大いに上がり、1ドル=94円に達しています。ですので40万ドルで売れれば、40万ドル×94=3760万円なんと、1000万円以上も値上がりしたことになるのです!これを元手に、東京のマンションと「等価交換」したとしても、2680万円の物件と、3760万円のそれでは、グレードが断然違いますよね。とはいえ、実際問題として、1000万円丸儲けになるわけではありません。不動産仲介料、法的費用、公租公課、豪ドル→日本円の為替手数料など、もろもろの費用がかかります。いやそれ以前に、シドニーの物件は、まだ半分以上ローンが残っています(涙)。ところが・・・です。ローンが残っていること、それ自体が、シドニーから東京への不動産買い替えの、強力な誘因になっているのです。ローンには、もちろん利子がかかります。いま、オーストラリアの住宅ローンの利率は非常に高く、年7%以上です。私自身、シドニーで物件を所有しているだけで、年7%超の利子負担が肩に重くのしかかっています。ところが、いま日本で住宅ローンを組めば、せいぜい、年2~3%で済みます。これから、多少は上がるのかもしれませんが、オーストラリアみたいに、年7%とかになるとは考えられません。単純計算してみましょう。仮に、いまシドニーで、25万ドル(2350万円)のローンを残していて、年利7.5%かかっている場合、月々の利子負担は、25万×0.075÷12=1562.5ドル(146,875円)ところが、ほぼ同額の東京のマンションに住み替えて、年利2.5%で2500万円のローンを借りた場合、月々の利子負担は2500万×0.025÷12=52,083円なんと、月々、10万円近くもトクなのです!そう考えると、「これは、やるっきゃないなあ」という気になってきます。もちろん、不動産投資は長い目でみなくてはなりません。今後、日本経済がどうなるのか?住宅の価値がどう変遷していくのか?賃貸に出した際の相場はどの程度か?直下型大地震や火災のリスクはどうなのか?・・・その辺まで吟味する必要があるのでしょう。長い目でみれば、いろいろ懸念事項はあります。それでも、東京都心近くという立地の魅力は、他に代え難いものがあります。ひとつの考え方としては、シドニーの物件を3000万円台後半で売って、東京で、もう少し頑張って、4000万円台前半まで視野に入れてみる??一丁、やってみますかねえ?独白:それにしても、マンション建ちすぎだよなあ・・・・。
2007年01月07日
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うちの娘は、明日で1歳4ヶ月になります。自分で歩けるようになって、約1ヶ月・・・。生後8ヶ月頃から、いろんな人に、「あらいいわねえ。今が可愛い盛りだねえ」というコメントをいただいてきました。「もしかして、今が可愛さのピークで、これからどんどん、憎たらしくなるんだろうか?」という危惧を抱いたこともありましたが、フタを開けてみれば、時を経るたびに、どんどん可愛くなっています(単なる親バカなのかもしれません)。今、日本は「お稽古事」、「お受験」の世。満1歳ともなると、いろんな「教室」から、案内のパンフやダイレクトメールが送られてきます。近所にある各種スクールだけをみても、満1歳から受講できるコースは、これだけあります。英語教室 (3~4軒ある!)お遊び教室親子水泳教室2歳になると、ダンス教室、バレー教室、リズム教室、お料理教室など、バリエーションがさらに増えます。費用も、入学金、お月謝、教材費・・・全部あわせると、結構いいお値段します。「お受験」というやつで、早くも、名門幼稚園への入学準備をはじめる親たちもいるようです。こういうのを見てると、「日本ってやっぱり、アジアの国だよなあ」と思います。たとえば、つい最近まで住んでいた中国・大連でも、この類のスクールがいろいろあって、1歳に満たない乳児を対象とするスクールまであります。1~2歳児からの英語教室や、バイリンガル幼稚園の類も、たくさんあります。「今のうちから、ライバルに差をつけよう」みたいな宣伝広告まで、見たことがあります(まだ小さい子供なのにねえ・・・)。それ以前に住んでいたオーストラリア・シドニーでも、お稽古事や学習塾の類は、主に、アジア人コミュニティの間で盛んでした。教育熱心、といえば聞こえはいいですが、良くも悪くも、まだ年端もいかない子供たちに、お金をかけて、あれこれ習い事をさせたがる文化のようです。こうした、「幼児教育産業」百花繚乱の環境で、父親となった私の胸中は、なかなか複雑です。一面では、「まだ1歳、オムツのとれない子供に、習い事なんて時期尚早だろう」という気がしています。私が子供だった頃には、1歳、2歳で習い事なんて、まず考えられないことでした。せいぜい、5~6歳から、ピアノやお習字、ソロバンの教室に通う子供が、クラスに数名いる程度でした。ま、私と娘とは36歳も違うから、社会環境が違うのは当たり前なのですが、それでも、戸惑いを隠せません。それに、幼い頃から習い事をさせるのは、何だか、必要以上に生き急いでいるような気がしないでもない。たとえば大連で知り合った親たちの中には、「この子は、まだ9ヶ月なのに、もう歩ける。色も形も識別できる」みたいなことを、自慢する人もいましたが、私は、「こういう類のことは、いずれ、どの子供もできるようになるのに、その早さを競ったところで、一体どこまで意味があるんだろうか?」と思ったりしました。でも反面、私は教育パパの傾向があるんでしょうか、「人と教具との関わりによる直接体験から、お子様の思考力、感情、社会性を育みます」みたいな言葉を聞くと、セールストークとは分かっていても、何となく心を動かされてしまうことが、時にはあります。まだ、子供は一人しかいない我が家。子供可愛さに、ついつい・・・ってやつですね。とはいえ、現段階では、親子水泳教室以外は、たぶん、何も受講しないと思いますけど・・・。近所の狭い範囲内に、これだけの幼児教室があって、どこも繁盛しているところをみると、世の親たちは、結構お金をかけて、いろいろ習い事をさせてるんだろうな。少子化ニッポン、幼児教室全盛の世の中です。
2007年01月06日
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うちの奥さんが、いま、「ユニクロ」の冬物バーゲンにハマっています。ことの発端は、この年末年始、千葉県の実家に里帰りした時、病床にある妹の「お使い」で、近所のユニクロでバーゲン品を買いにいったことです。で、うちの奥さんは、ユニクロのカタログを見ているうちに、「あれも欲しい、これも欲しい」と・・・特に、フリース製品の、バスローブとか、パジャマとか、イブニングドレスとか、いろいろ欲しくなったようです。これらは、マイクロフリースという、繊維の細い羊毛製品が主で、手触りは、まるで綿100%のよううに柔らかい。ま、こういう品物自体は、海外でもいくらでも買えるんでしょうが、問題はお値段。その点、ユニクロはとっても安い。特に今はバーゲンだから、一着980円とか、1980円とかで、いくらでも買えます。抜群のコストパフォーマンス。私は、1月4日が初出勤なので、その前日には、東京江東区の自宅に戻りましたが、うちの奥さんは、「今度は、私が買い物をする番♪」ということで、近所のユニクロめぐりに、精を出しています。昨日などは、「ユニクロ西大島店」に行って、自分の欲しいものが置いてなかったので、その足で、「ららぽーと豊洲店」に直行するほどの、気合の入れよう。しかも赤ちゃん連れて・・・。家に帰ったら、Skypeで、オーストラリアや香港にいる家族に電話して、「ユニクロって、すごくいいよ」と、宣伝しまくっていました。ユニクロは、私たちがこれまで住んでいたシドニーや大連には、出店していませんでした(上海にはあるそうですが)。日本国内の知名度に比べて、海外展開は、まだまだこれからという感じがします。うちの奥さんのようなファンの口コミを通じて、今後どんどん、知名度が上がっていくのかもしれませんね。
2007年01月06日
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新年早々、シドニーの話題でいきますね。これは、Yahooセカンドライフの、第9回投稿記事です。掲載は、1月後半になるでしょう。過去の投稿記事第1回:オーストラリア・シドニーで暮らす第2回:自由の歩き方第3回:人種のるつぼで世界を学ぶ第4回:不動産ローン地獄@シドニー第5回:格差社会シドニー第6回:バナナと卵第7回:本気の移住相談第8回:イングリッシュ・デバイドシドニー市民の足といえば、自家用車と、バスと、そしてシティレール・・・。シティレール(CityRail)とは、シドニー都市圏をカバーする鉄道網。ニューサウスウェールズ州管轄下の政府機関RailCorpが運営する「官営」鉄道です。シドニーの都心部と郊外各地域を結び、大小含め13路線、302の駅を擁し、一日、90万人以上の旅客を運ぶ、全豪屈指の都市鉄道網といえましょう(日本語のページもあります)。日本から来た人が、シドニー暮らしをはじめると、まず、市内の移動にシティレールを使うことになります。そして、これが強烈な異文化体験になります。一体どこが強烈なのか?・・・よく指摘されるのは、運行時間の不正確さ、券売機トラブルの頻発、アナウンスの不親切さ、車内や座席の汚さ、駅員の態度の悪さ、夜間の治安の悪さ等々です。私が体験した範囲でいえば、・大きな駅で、券売機の半分以上が壊れているのは当たり前。切符を求めて、窓口に長蛇の列が出来ていることも。・電車の5分、10分、20分遅れは当たり前。それどころか、予告なしにキャンセルされたり、止まるべき駅を飛ばしてしまったりすることも、珍しくない。・自動改札機がよく壊れる。壊れると、警報器が鳴り、駅員が駆けつけてくるが、最初からキセルだと疑ってかかる駅員もいて、よくケンカになる(人を疑う前に、機械をなんとかしろよな!)・路線や時間帯によっては、夜、治安がとんでもなく悪くなる。そもそもシティレールに、日本の鉄道と同等のサービスや正確さを期待してはいけません。「似たような形をした、別の乗り物」だと考えて、割り切らないと、ものすごく、フラストレーションが溜まってしまいます。私は、シドニーに移住して2年目に、晴れて自家用車を買い、念願のマイカー生活に入りました。その時、思わず口を突いて出た言葉。「やったー。これでもう、シティレールに乗らなくても済む!」とはいえ、ここまでボロクソ言ってしまっては、シティレールがちょっと可哀相かもしれません。もう少しフェアにみてみましょう。シドニーは、日本の大都市と比べると、圧倒的にクルマ社会です。2001年国勢調査では、通勤に鉄道を利用する人が5%、クルマを利用する人が27%という結果でした。つまり、「クルマが主で、鉄道が従」なのです。東京や大阪で、朝晩のラッシュ時、道路が大渋滞しても都市が機能しているのは、大多数の人が、鉄道網を使って通勤するからです。それと同じ理屈で、シドニーでは、仮に鉄道がマヒしても、道路さえ機能していれば、大部分の人はちゃんと定時に職場に着けます。クルマ社会を反映してか、シドニー圏の社会資本整備は、鉄道より道路に力点が置かれているように思います。最近でいえば、ChatswoodとParramattaという、シドニー郊外の二大副都心を鉄道で結ぶ計画が頓挫してしまったのに対し、西部郊外を環状に結ぶM7高速道路の建設は、予定より前倒しで完成しました。その他にも、郊外高速道路の建設計画が目白押しなのに、鉄道網の延伸に関しては、具体的な話はほぼ皆無です。とはいえ、こんな調子で、クルマ社会を推進しちゃって大丈夫なんでしょうか?シドニーでも、人口増加に伴う道路渋滞は、年々深刻化しています。ショッピングセンターへの往復、子供の学校への送り迎えなど、日常生活に必要なドライブに要する時間とコストは、ガソリン価格の高騰ともあいまって、増加する一方です。また、省エネ、地球温暖化防止の観点からも、環境によりやさしい、鉄道を使った移動が、今後はより切実に求められてくると思います。その際、シティレールのインフラをどう有効活用していくかが、鍵を握るのは間違いないでしょう。だから・・・がんばれシティレール。応援してまっせ。(その前に、駅員の教育なんとかしましょうね。)参考記事:地獄?の通勤駅近は一生の財産か?
2007年01月05日
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遅ればせながら、新年、明けましておめでとうございます。今日は初出勤日。半日だけ出勤して、午後2時過ぎには家に帰り、ノンビリしてます。今日、明日は、仕事もあまりないので、適当に流します。新年だからと、形式張って今年の抱負などを語るのは性に合いませんが、でも、私にしては珍しくヒマな時間があるので、ちょっと考えてみました。今年は、「優しい1年」にしたいと思っています。優しく穏やかな気持ちで、感謝しつつ、日々の暮らしを送りたい。特に家族には、常に優しくありたい。オーストラリアを飛び出したのが、2005年の2月。それからというもの、主に中国と日本を舞台に、本当に忙しく、慌しい日々を送ってきました。中国でいきなり米国出張、その後、大連で娘の出産、日本とオーストラリアへの里帰り、インド出張、日本への転勤、家族揃っての東京への移住、毎週のようにある大阪・京都への出張、そして転職の決意・・・。この間、仕事も、育児や家事のサポートも本当に忙しく、常に時間に追われていました。何かに追われるように、血相変えて、生き急いできました。慌しさのなかで、私が本来持っている優しい心を、どこかに置き忘れてきてしまったような気がしています。忙しいから、やることがたくさんあるから、時間に追われているからと、自分で自分を追い詰めて、心の余裕をなくした状態で、家族に接することもたびたびありました。そんな態度が、妻との関係に影響してしまうこともありました。忙しい時こそ、プレッシャーを感じている時こそ、肩の力を抜いてみる。一瞬、外界との反応を自分で断ち切ってみて、安らかな心の状態をつくりだしてみる。それは一見、回り道のように見えるけれども、実は効率よく、効果的に、物事をこなすことにつながっていく。私はいま、30代後半。仕事の責任も、家庭での責任も、年々重くなる一方です。これまでのように、常に、ピンと緊張感を張り詰めっぱなしでいては、身体と心が、いつか壊れてしまう。どこかで、うまく手抜きすることを、もとい、肩の力を抜くことを覚えないといけないと、思っています。肩の力を抜けば、優しい心、安らかな表情を取り戻すことができる。そんな心と態度で、妻や娘に、友人や同僚に、接してやれるような、一年にしたいと思います。
2007年01月04日
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私はこれまで、ずっと外国で働いてきて、昨年7月から、日本での勤務になりました。その日本でいま、話題になっている労働面でのトピックといえば、今後、国会で本格的に審議されることになる「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」。その骨子は、「年収400万円以上のホワイトカラー労働者に対しては、残業代を支払わない労働契約を結んでも良い」というものです(間違っていたらごめんなさい)。もちろん、その背景には、日本産業のコスト競争力強化を旗印とした、財界側からの強い要望があるのは、言うまでもありません。もし、この法案が通ったら、私の給料はどうなる?・・・ま、自分に関していえば、影響はたぶんないでしょう。私はこれまで10年余り、サラリーマンをやってきましたが、残業代をもらったことなんて、数えるほどしかありません。これまで、日本でも海外でも、年俸契約が基本だったし、「残業代なんて、なくてあたり前」という環境で、ずっと働いてきました(特に海外なんて、残業代出ない上に、交通費だって全部自分持ちだったもんね・・・泣)。その意味では、皮肉にも、「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」を、10年ほど先取りしていたのかもしれません。とはいえ、日本全体をみれば、影響を受ける人はきっと多いんだろうな、と思います。これまで、残業代もらえて当たり前、という職場で働いてきた人もたくさんいるだろうし、基本給が低いため、残業代もらってはじめて、生活が成り立つという人もきっといるでしょう。彼らにとっては、まさに切実な生活の問題なんだろうと思います。労働組合の機関紙をいくつか見ましたが、当制度の施行を、「残業代不払い、天下の悪法」として、絶対反対の立場でいるようです。ま、その立場は分かるのですが・・・労働組合も、「なんでも反対、反対!」みたいな、旧態依然とした態度ではなく、もう少し戦い方を工夫しないと、結局、財界側に押し切られて終わるんじゃないかと、私は危惧します。ここで、誤解しないでいただきたいのは、私は労働組合が嫌いだから、そう言うのではありません。むしろ、その逆です。私は、常に経営者主導で進む、資本主義の経済社会において、労働組合の存在は、働く者の基本的な権利を守るために、また社会のバランスを取るために、必要だと考えています。もっとも、「経営者側に対して、有効な対抗勢力となることができれば」、という条件付きです。現実には、労働組合を自称しながらも、実態は「御用組合」であったり、あるいは特権的な労働者の既得権益を守る組織に堕しているものが少なくありません。逆に、十年一日のように、「なんでも反対、反対!」を唱えるだけの組織もある。そんなものには、社会的な意義はない。私の考える「労働組合のあるべき姿」とは、正社員、パート・派遣社員を含め、業種・職種横断的に組織され、個別企業や業界の利益を追及せず、党派性にとらわれず、労働者全体としての権利保障や待遇改善を勝ち取っていく、人権意識に立脚した組織です。加えて、高度に発達した資本主義経済になればなるほど、労働組合自体が、高度な政策立案能力を備える必要があります。また現在は、労働市場もグローバル化されていますから、労働組合自体も、国境線に閉じこもらず、広い世界に打って出なくてはなりません。そうしないと、「先進国労働者の既得権益を守る組織」だと、発展途上国の労働者からみなされてしまう・・・。少し話がそれましたが、日本の「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」についていえば、労働組合が、「グローバル化時代の、新しい労働環境」を見据えた上で、いわゆる「ホワイトカラーの自律的労働」なるものを、いかに定義して、理論構築していけるのか?それに成否がかかっていると思います。逆にそれができないと、資本側と有効に議論さえできないでしょう。ここで、「ホワイトカラーの自律的労働」がキーワードになるのはなぜか?それは、日本の財界側が、「ホワイトカラーの労働は自律的だから、残業代には馴染まない(だから新制度導入が必要)」と言っているからです。労働側は、それに対する回答を、持っていなければなりません。自律的労働。それは、労働のうえで、自分を律すること。たとえば、勤務地や勤務時間を、あるいは労働の内容や手順さえも、自分の裁量で決められる余地が大きいこと・・・だと私は考えます。私自身、これまで残業代はもらっていなかったけど、その代わり、自律的な環境で働いてきたという自負はあります。特に勤務地に関しては、大変融通が利きました。一昨年、米国ノースカロライナ州で働いていた時のことですが、オフィスはいつも人が少なく、閑散としていました。当地では、自宅勤務が奨励されていました。実際、オフィスに来る者が約半分、来ない者が約半分。その彼らが、パソコン、インターネットやIP電話を駆使して、一緒に作業しているのです。極端な話、相手がどこで働いているのかさえ、分からないほどでした。私も、その恩恵にあずかった一人です。オフィスに来なくてもいいのだから、ニューヨークやニューオーリンズに週末旅行に行って、月曜日も火曜日も、現地のホテルで仕事しました。中国・大連で働いていた時も、オーストラリア・ケアンズにある妻の実家に、年2回ほど里帰りして、そこで仕事しました。中国とは2時間の時差があるので、朝、海で泳いできて、午前11時にゆっくり勤務開始、夜20時まで働く、という日々が続きました。勤務時間に関しても、結構融通がききます。我が家は幼い娘がいるので、時々、病院や子育て支援センターに連れていったりするのですが、そういう時間帯は、同僚に仕事を変わってもらって、その代わり、夜、娘が寝静まった後に、数時間ほど仕事して遅れを取り戻す、という日々を送っています。自律的な労働・・・インターネットや通信技術の発展が、これを可能にしました。これらは、時間と空間の制約を限りなく無にする技術、うまく使えば、経営側が先進国の仕事を発展途上国に移転することだって可能ですし、また労働者側が、勤務地や勤務時間を自分で決めることによって、私生活と労働を、自分の好みにアレンジすることだって可能です。私自身は、この自律と自由がある限り、残業代なんてもらえなくて良いと思っています。また実際問題として、労働時間が固定されていない自律的労働は、残業代には本質的に馴染まないと思っています。とはいえ、日本の労働現場の大部分は、そうなっていないんでしょうね。東京では、みな郊外から満員電車乗って、ほぼ同じ時間帯に、都心のオフィスに出勤する(だから、東西線があんなに混むんだよね・・・)。そんな状況で「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」を施行したならば、おそらく、都心のオフィスで長時間、サービス残業した挙句、「キミは自律しているから、残業代なしね」と言われたりするのかもしれませんね。その危険性を十分踏まえたうえで・・・それでも、日本の労働者が、自律的な労働というオプションをどう使って、豊かな生活を実現していくのか?それを考えねばならない時代になっていると思いますよ。よくよく考えれば、自律的労働を可能とする物理的条件は、日本には全て揃っています。この国には、世界最速・最安のインターネットあり、加えて通信インフラは世界一流、交通網も整備されている・・・。私だったら、夏場、暑い東京でなんか働かず、涼しい岩手山の麓で友人と別荘でもシェアして、インターネット繋げて働くことを考えるけどなあ。仕事で、東京に出ることになっても、盛岡から新幹線で2時間半で着けるでしょう?その可能性を考えた場合、日本の労働者のなかにも、「残業代要らないから、自律的労働を実現したい」という層と、「自律は要らないから、規定通りの残業代が欲しい」という層が出てくるんじゃないかな。いまの労働組合は、後者の層ばっかりターゲットにして、「残業代切り捨て絶対反対!」なんてやってるけど、それよりも、時代を先取りして、労働者の側から「自律的労働」をきちんと定義して、その路線に沿ったかたちで、経営側に具体的な要求を出していく方が、ずっと生産的だと思う。またそれが、「勝率の高いケンカのやりかた」だとも思いますよ。
2007年01月02日
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いま、実家で、のんびり寝正月しています。と言いたいところだけど、小さい子供連れなので、実際はそうのんびりもできません。とはいえ、私にとっては7年ぶりの、日本らしい正月を満喫しています。お正月といえば、TVの特別番組。毎年恒例の、ニューイヤー実業団駅伝、箱根駅伝、筋肉番付、仮装大賞、芸能人隠し芸大賞などは、日本の正月に欠かせないアイテムですよね。今日は実業団駅伝を見ていましたが、特に目覚しかったのが、アフリカ人選手の活躍でした。駅伝に限らず、プロ野球、サッカー、大相撲でも、私の子供時代に比べて、外国人選手の存在感が、ずっと大きくなってきているように思います。特に大相撲などは、横綱をはじめ、上位の多くが外国人力士に占められるようになっています。日本人力士に、もう少し頑張ってもらいたい、という気もする一方、昔と比べて、日本のスポーツが、より外に開かれるようになり、海外の優秀なアスリートが続々と参入してきたことを、喜ばしくも思います。ところで、駅伝、大相撲、プロ野球などでは、「外国人枠」なるものが存在するようです。たとえば大相撲なら、各部屋に外国人の関取は一人まで、実業団駅伝なら、全部で七区間あるうち、外国人選手は一区間のみ参加が認められるなど・・・様々な規定があるようです。私は、時々思うのです。外国人枠など、全部取り払って、完全な自由競争にしたらどうかと。こんなこと言うと、私の友人の間では、反対意見が多いです。もし完全な自由競争になったら、ほとんどが外国人選手に独占されて、日本人選手の出る幕がなくなってしまうじゃないかと・・・。でも、私は思うのです。フェアなルールのもとで、完全な自由競争をして、その結果として日本人選手の多くが淘汰されても、別に構わないじゃないかと。その代わり、この日本の地で、今よりもっとレベルの高い、世界のトップアスリートたちの戦いを見られるのなら、その方が余程楽しいじゃないかと。また、日本の各スポーツが、今よりもっと世界の注目を浴びて、世界中からトップアスリートが参入してきて、競技レベルが上がったならば、日本人選手も、それに負けまいと、さらに切磋琢磨するでしょう。結果として、日本のスポーツのレベルを上げることにもつながると思います。さらにいえば、日本を舞台にしたスポーツで、外国人選手が活躍すれば、彼らこそが、日本のスポーツを世界に向けて宣伝する、最大最強の媒体になると思います。たとえばの話、モンゴルとか、カザフスタンとか、ケニアのような、ショービジネスとしてのスポーツがまだ発展途上にある国から、優秀な選手が日本にやってきて、優勝したとする。そうなると、彼らは故国では、「英雄」扱いされるでしょう。故国の人々は、「英雄」の活躍を見るために、日本のスポーツ中継に釘付けになる・・・。これほど、日本のスポーツの国際的影響力や注目度を高める、有効な方法は他にないでしょう。米国の大リーグが、日本の野球ファンに対して行っている宣伝とちょうど同じですね。外国人枠なんて、なくなってもいい・・・この感覚は、私自身の人生経験からも、紡ぎ出されてきました。私は、アスリートではありませんが、IT技術者、ビジネスマンとして、これまでオーストラリア、中国、米国で、「外国人」として、働いてきました。幸いなことに、上に挙げたどの国でも、「一つの部署に、外国人は一人まで」みたいな、外国人規制はありませんでした。おかげで私は、不自由を感じることなく、現地の人間と対等に渡り合って、活躍することができたのです。中国はともかく、オーストラリアや米国では、現場の優秀なIT技術者やプロジェクトマネジャーが、外国生まれの外国籍ばかり、という事態も珍しくありませんでした。そのことが、特に問題視されることもありませんでした。また教育の場でも、オーストラリアでは、HSCという、日本でいう共通テストみたいなものがあるのですが、毎年、上位に来るのは、中国人やベトナム人など、アジア人の子弟ばかりです。オーストラリアで生まれた白人の子弟は、この点ではいつも、アジア人の後塵を拝していますが、でも、公正に行われたテストの結果なのだからと、あまり気にする人もいませんでした。米国の大リーグだって、名選手の顔ぶれをみてみれば、中南米やカリブ海諸国の出身者がいかに多いことか・・・。それでも、「米国生まれの、生粋の米国人が少なすぎる。だから規制しろ」という議論は、あまり起こってないはずです。もっとも現実は、全くの無制限の、自由競争の世界ではありません。私も外国人として、やっぱり不公平だなあ、損してるなあ、アンフェアだなあと、感じたことはよくあります。悔しくて地団駄を踏んだことも、何度かあります。それでも、「外国人枠」があるのに比べれば、よほどフェアな自由競争の世界で、働くことができたと思っています。ましてや、スポーツは、優劣、勝負が明らかに決まる単純明快な世界。あらゆる産業のなかでも、自由競争に最もふさわしいと思います。私は、「国境に守られた環境で、日本人選手が外国人選手に勝つ」よりも、「全くの自由競争のなかで、日本人選手がトップに立つ」方が、よほど価値あることだと思うしまた自分自身も、国境に守られることなんか考えず、グローバルな自由競争のなかで、常に活躍し続ける人間であり続けたいと思います。
2007年01月01日
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