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津留晃一/著まだ途中ですが、心に残ったことを忘れないうちにメモします。内容的には、私にとっては「神との対話」で目から鱗が落ちまくったことの復習ですが心に残ったのは、人は往々にして「あの時こうすれば」と自分の選択を後悔することがありますが何かを選択する時、その結果には「良い結果」と「悪い結果」があるのではなく左を選べば左の道が、右を選べば右の道があるだけ。左の道を体験し尽くした人は次は右を右を学び尽くした人は、次は自然と左を体験するようになっており、どの選択にも間違いはなく私たちはあらゆる体験をして、あらゆる学びをするように生まれてきたのだという一節。だから、すべきこともしてはいけないこともなくあるがまま、思うがままに生きていけば自然と帳尻が合うようになっているってことですね。この辺はバシャールにも通じるものがあるし何者かになることではなくただあるがままの自分を認めることこそが悟りだというブッダの教えにも適ってますね。自分を認められない人こそ読んで欲しい本です。
2012年11月28日
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これはあっという間に読んじゃいました。ロバート・シャインフェルド/著去年のベストセラーですね。こちらもコアトラと同じく不快感にフォーカスする方法。…なんですけど、あまりに我が道を行っているので内容を簡単に説明できません(笑)私たちが現実だと思っているこの世の出来事は実は全て幻想で、自分自身が創り出したもの。なぜ自分自身で嫌な出来事を作り出すかというとこの世のすべてはゲームだから。ゲームを楽しむためのアトラクションなのです。ゲームには宝物が隠されており、不快感というアトラクションからその宝物を取り戻そう、という話…かな(笑)まあとにかくこの本に関してはサマリーは役に立ちません。順を追って読んでいくのが一番。不快感への対処の仕方などは異なっていますが不快感こそ宝物であるというのはコアトラにも通じるものがありました。セドナメソッドや引き寄せの法則などではとにかく「いい気分でいること」が重要でネガティブな感情は極力留めずに手放すよう指示されるので私自身、不快感にフォーカスするということに対して少なからず恐怖感があります。ただ、なぜ引き寄せやビジュアライゼーションで願いがなかなか敵わないのかについても説明されており「自分は既に持っている」と思い込むことが難しい人にはこちらのやり方の方が向いているかも。すべては幻想だから、望むことすら手放すのです。それに、この方法においても、最終目的はその不快感を手放すことにあるんですね。フォーカスして極限までそれを味わい尽くすことによって消す、というか力に変えてしまうという手法。タイトルも内容もお金をテーマに語られていますが著者自身が最後に示すように、この手法はお金のことに限らずあらゆる不快感に使えます。コアトラの「パートの声を聞く」というのがちょっと難しい気がしてたので、まずはこちらからやってみようかな。
2012年11月12日
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すっかりブログ放置していましたがこの数ヶ月の間に、ず〜っと考えていた退職の件を思い切って上司に伝え、来年早々にも退職して地元に帰ることになりました。仕事にも東京にも未練はありませんが再就職のことを考えると不安はあります。そんなこんなでなかなか自己啓発というものに意識が向かなくて、瞑想もやってないし本も読んでいないという状況。なんですけど、最近この本を読んでまた自分と向き合おうという気になりました。コニリー・アンドレアス&タマラ・アンドレアス/著誰にでも、良くないと判っているのにやめられない思考や行動というのはありますよね。私の場合は、この本に書かれている具体例でまったく同じ人がいたのですが、腹が立ったらはっきりと伝えたら良いのについ皮肉を言って「仕返し」をしてしまうことです。そのような、変えたい自分の一部(パートと呼びます)にも実は正当な理由があり、パートが自分のことを思ってやっている行動なのだという観点に立ったNLPの一種です。パートはその一見良くない行動や思考をどんな目的で私にさせていくのか?を辿っていくと、最終的に求めるものはたいてい安らぎや一体感といった境地でありその最終目標をコア・ステートと呼びます。そのコア・ステートを持っているという前提で辿ってきた目的を遡ると、当初の問題、変えたいと思っていた自分のパートにも変化が訪れる…みたいな感じかな?まだ読み通しただけで実行に移してないのですがとても興味深い内容でした。たとえば誰かとの関係を改善するにしても自分に原因があって、それを変えることで相手も変化してくるという自分原因説はホ・オポノポノにも少し似てるのかな。ポノポノが原因を具体的には追求せずクリーニングしてしまうのに対し、コアトラは問題となっているパートにひたすら向き合っていくのが違いでしょうか。どんなにマイナスに見えるパートでも、「私」がより良くなるために主張しているのであり「私はこんなことをするべきではない」と押さえつければ押さえつけるほど反発しパートは自己主張するようになる。これはちょっと目から鱗の考え方でした。だから「ありがとう」と感謝して「本当の目的は何?」と聞き出すのです。私としてはポノポノの「問題があったらそれに感謝して4つの言葉を呟けばよい」というのより「ありがとう」の意味に納得できるというか。「この世にはすべきこと、すべきではないことなど1つもない」と神との対話にも書かれていましたが「〜すべきではない」という戒めがどれほど私たちに制限を課し生きにくくしているのか思い知らされます。何者かになろうとすることではなくただ自分であること、それが悟りだ仏教もそんな感じですよね。自己批判の強い人は、これを読むだけでも随分楽になるかと思われます。
2012年11月09日
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