全27件 (27件中 1-27件目)
1

子供が「道徳の時間」に習ったらしいプリントをもらってきた。そこには、「人のために」とか「人の気持ちになって」という言葉で綴られたいわば模範的な文章が掲載されていた。「人の気持ちになって考えましょう」「思いやりをもって接しましょう」至極もっともな綺麗な言葉だなぁと思いながら眺めていた。しかしその一方で「人間が時折思うけれど、それだけで一生過ごしていけるのかな」という疑問もわいたりする。時折感情に突き動かされて「人のため」に何かをすることもあるだろう。でも「しなきゃいけない」という以前に、「人の気持ちになって」「考える」のは、きっとその人のことが好きになっている自分がいなきゃいけないと思う。人の気持ちになって・・・というより前に、自然に、相手のことをどう捉えたら自分はこの人のことが好きになるんだろうか、とか、好きでいる気持ちを持ち続けるために自分はどう気持ちを持っていけばいいのか・・・そんなことを一緒に考えられる授業をしてほしいと思う・・。自然に感情移入できたら、その人が喜ぶことが見えてくるのかもしれないのにと思う。
2008/04/30

生命力が横溢している花を見ると私もそのパワーを与えてもらっているかのような気がする
2008/04/27

2008/04/26

思い出にもう一度恋をする
2008/04/25

私は、人見知りで元々お付き合いが苦手なほうだから、仕事で精一杯がんばると燃え尽きてしまい、時々一人っきりになりたいって思って写真を撮りにうろうろその辺をうろついている。今月はむっちゃ落ち込んでた。心なしか撮る猫ちゃんの表情も険しいような気がする。私の心が反映されているかのようで。運気が低落していたせいもあるのかもしれないけれど、ふさぎこむことが多かった。やっと最近吹っ切れるような感じがしだしてる。ちょっと早い五月病だったのかな。 でもね、たまには落ち込む時間も大切なのかもしれない。 落ち込んでいるときは確かにイヤだけどね。 後になってみたら落ち込んだり嬉しかったりしたことが、そのまんま「生きてきた」って実感を伴って思い出せるもの。 私は職場でいろんな人と出会い、お別れをしてきたわ。 その中でね、一人のおばあさんと出会ったわ。 身寄りのない95歳のおばあさんで、うちの施設に入ってきたのよね。 ある時彼女の最愛の恋人のおじいさんが99歳で亡くなって、そのおばあさんは悲しんだの。 たった一人の愛する人をなくしたんだもの、当たり前よね。 職員で仲のいい子が辞めたときもものすごく悲しんでた。 「みんな、私を独りぼっちにするの」って悲しんでた。 そんなおばあさんを見ていて私はすごいなぁと感じたのは、そのおばあさんは「人との出会いや別れ」というのを自然に受け入れているということだったの。 95歳だから、多少物忘れもあるからかもしれないけれど、静かに今ある自分を受け入れてその生活になじんでいくその姿勢にびっくりしたの。 普通年をとったら順応性や社会性にとぼしくなるんだけどねぇ・・なんだかそのおばあさんにいいパワーをもらったような気がしたわ。落ち込んでいた時、そのおばあさんが私に「神様も仏様もいらないわ、あなたが傍にいれくれたらいい」って言ってくれたのがものすごくうれしくてねぇ。落ち込んでくれた中での小さな・・ううん大きな幸せを感じたの。出会いと別れ。その中での嬉しさや悲しさ。そういうのを「実感」できるってことがすなわち「生きている」ってことなんだろうなぁと思ったのよね。
2008/04/25

あなたはお父さんの顔を知らないこれから「こんな人だった」という話は聞くだろうけれど実際顔を眺めたこともないし抱いてくれたこともないたぶん多分妊娠したことも出産したことも知らないだろうから・・・そうね・・ちょっと首をかしげる癖や人見知りなところは似てるかもねでもあなたはあなたでいいんだよ力強く生きてほしいと願うんだよ
2008/04/24

今日はいいお天気。今日も頑張らなくっちゃね!
2008/04/20

眠いの・・・
2008/04/18

明け方まで降り続いていた雨もようやく上がったが、分厚い雲が広がり空は鈍色に覆われている。こんな日は家でのんびり過ごしたい・・・。そう思いながら片付けものが終わり、椅子に腰掛けていたら急に眠くなった。うとうとしながらヒヨドリの囀りを聴いていたら、いつしか眠りに落ちたようだった。ハッと気がつくと一時間くらいは眠っていただろうか、時計を見るともう12時になっていた。ふと電話を見ると不在着信のランプが点滅している。慌てて番号を確かめると職場からで、仕事内容の問い合わせの電話だった。電話を切り簡単に昼食を済ませる。また眠たくなってきた。最近睡眠がまともにとれていないせいか、昼間でもひどい眠気を催すことがある。夜中に目が覚めてしまうのだ。3時間も眠ると起きてしまい暫く眠れなくなる。数時間起きていて明け方に一時間ほどうとうとする。朝も半分寝ていながら「もう起きなくっちゃ」と思っているため眠った気がしない。これが今言われている睡眠障害なのかなと苦笑しながら起床する。仕事の日は、気が張り詰めているからぜんぜん眠たくない(ただ帰宅してから糸の切れた凧のように意識もぷっつんとなくなり、墜落睡眠状態に陥ることが多い)ただこんな休みの日はどうもいけない。朝の支度が終わり一段落したら眠くて眠くて仕方なくなる。「あれもしなければ、これもしなければ」気持ちだけは思うのだが、意に反して体はソファーに向かって吸い込まれていくように倒れこんでしまう。何とかしないと・・・。そう焦りながら眠ったせいか奇妙な夢を見た。桜の花が満開の堤防に来ている。薄曇であたりには誰もいない。時間にしてみたら早朝くらいか。道を歩いていたら、突然同窓会があったことを思い出して会場に足を運ばせる。既にみんな来ていて「遅かったじゃないの」と笑われる。その中の一人が、「たくさんつけてるよ」と言いながら、私の髪の毛や肩についた桜の花弁をはらってくれる。その桜の花弁が下に落ちる度に鈴がなるような音がして私は不思議に思う。ふと後ろを見ると、自分の歩いてきた道に転々と桜の花弁が落ちていてきらきら輝いている。私はきれいだなぁと思う。そんな夢。夢から覚めた後も暫くボーっとしていて目を閉じながらさっきまで見ていた夢の情景を思い浮かべていた。
2008/04/18

遠い一日あの頃は何にも考えずに笑っていた幸せな一日そう思える今の自分を感じることのできる幸せ
2008/04/17

こないだ介護雑誌の取材に応じたとき私は滔々と「笑い」の効用性を訴えた笑いの出る状況は、自分に余裕のある時、相手に気を許している時、さまざまな要素が結びついて初めて「笑い」という仕草に発展するのだと取材の最後に「写真を撮ります」と言われた私も緊張していたのかこわばった笑顔になるしかしそこはプロのカメラマン、餅は餅屋でうまい言葉がけを投げかけていく私が思わずほろっと笑顔をほころばせた瞬間を一枚一枚撮っていくやられたなぁ、私がネコちゃんを撮る技とよく似ているじゃない・・・私がネコちゃん「化」した一日だった
2008/04/16

ココロに波風が立ち雨が降ればココロの向こうは決して見えず静かに穏やかになって初めて全容が見えるのかも入れない池に映った樹木の姿のように愛情もそうなのかもしれなくて
2008/04/15

2008/04/14

体は丈夫だけど、認知症がひどいおばあさんがいた。被害妄想が強く不潔恐怖症もあった。「みんなで私の悪口を言っているのは分かっているわよ」「私のご飯の中に髪の毛を入れたんじゃないの?」「食堂の椅子が汚い!ちゃんと掃除してるの!?」そう突っかかっては一人で怒り出す。説明しても信じないから「そうですか」「すみませんね、調べてみます」「どうしたらいいと思いますか?」など話をしながら、感情の興奮の収まるのを待つ。彼女は機嫌がいいとニコニコするが、何かの拍子で怒り出すととまらなくなる。他の老人と喧嘩をしてるので私が「まぁまぁ」と仲裁に入る。すると今度は矛先が私に向かってきて「あんたは、偉そうに白衣を着ているけれど、心の中は真っ黒じゃないの?」と言ったりする。その文学的センスにびっくりしながらも「何でそう思うの?教えて?」と話を聞き出していったりすることが多い。時折私もムカッとつい腹を立ててしまう。「いい加減にしてくださいよ、そこまで貶められたらお母さんだってかわいそうでしょっ!」そう叫んでしまい、後で自分の感情も高まっているのに気がつきハッと気を取り直す。喧嘩もしながらも機嫌がいいときは、私のことを「おめめちゃん(目が大きいからですって)は、やさしいねぇ、大好きよ」とかわいがってくれたりもする。私も半分喧嘩仲間、戦友?のような気持ちになることもあった。彼女と知り合って4年。4年の月日は長い。生まれたばかりの赤ちゃんが、立って歩いて言葉をしゃべって幼稚園まで通うくらいの時間。彼女の4年は長かったのだろうか、それとも短かったのだろうか。そんな彼女も半年くらい前から食欲がなくなって気持ちがふさがり気味になってきた。調べてもどこにも異常は見当たらない。精神科の医師は「うつ病でしょう」と抗うつ剤を処方した。どんどん元気がなくなっていく。文句をいう元気もなくいすに座っていても目がうつろになっている。もう一回精密検査を・・と言っている時に彼女が血痰を出した。息がはぁはぁ言っている。すぐに病院に連れて行った。検査の結果、末期の肺がんだと言われた。即入院となり彼女の体に心電図モニターが取り付けられ、酸素マスクをされ、点滴をすることになった。医師が渋い顔をして言った。「あと数週間持ったらいいほうでしょう」はぁはぁ苦しそうに息をしている彼女の顔を思い浮かべて涙が滲んだ。病院からホームに戻って、結果とあと数週間の命だと言うことを、私の帰りを待っていた介護スタッフに告げるとみんな一様に絶句した。「えー、なんで・・・。」みんなの顔が曇った。「もうここには帰って来てはもらえないんですか?」一番答えたくない答えだった。「そう、たぶん・・。」私の心も大きく分厚い雲がどんよりかかったようなそんな感じだった。それから交代でお見舞いに行くことにした。疲れるだろうから短時間で行こうという話しになった。私も幾度かお見舞いに行った。見るたびに顔が細くなっていく。熱があるのか顔は真っ赤で手を握ると燃えるように熱い。胸が詰まった。こんなときに「お大事に」とか「早く元気になってね」とか「頑張って」なんて言葉はいえない。これ以上頑張っている人にいまさら何を頑張れというのか、一杯一杯で生きている人に向かって。「小川さん、こんにちは。」手を握って口の中を少量の水で潤してあげることくらいしかできない。「しんどいから答えずに聴くだけでいいからね、かってにしゃべってるから。」そう言って彼女の額に張り付いたほつれた毛をかきあげた。「食堂の小川さんの席だけいつもぽつんと開いているから同じテーブルの方たちがね『小川さん、どうしてはるの』っていつも訊くのよ。私はもうじきですよと答えたのですけれど、それはそれはみなさん心配されていましたよ。いつもキレイに雑巾がけをして、小川さんがいつ帰ってきてもいいように席を整えて待っていますからね。」そういうと彼女は涙ぐんでうんと頷いた。「小川さんから飼い猫のミニミニちゃんのはなしをお伺いするのが大好きなんですよ、またしましょうね」うんうんと頷きながら彼女はやせ細った手を布団からだし、震える手で私の手を握った。私は彼女の手を大事に大事に頬寄せながら涙ぐんだ。帰るときに彼女は掠れた声で「私も帰りたい」と言った。身寄りのない彼女は元気なときに、白菊会に入っていて、死後献体して解剖されて医学の貢献に役立ちたいと言っていた。亡くなって、献体され、体がばらばらに解剖されてあちこちのホルマリンの薬壜の中で眠ることになる。彼女の魂はどこに帰ったらいいのだろうか・・。一瞬そんな考えが頭の中をよぎったが、私は彼女に笑顔を見せて「もう少し元気になったら迎えにきますからね」と言って手を振った。彼女は目で私の姿を必死に追いかけてくれて、細い木のような腕を何回かひらひらと動かし手を振ってくれた。彼女が亡くなったのはそれから一日後だった。白菊会が遺体を引き取りにくる前に寝台車で病院からこちらへお連れした。白いゆりをたくさんたくさん飾って寝台に寝てもらった。穏やかで安らかなお顔をされていた。「お帰り、小川さん」「やっと帰ってきたね、会いたかったよ」職員に囲まれて最期のお別れをした。職員はみんな真っ赤な眼をしてすすり泣いていた。そして彼女は白菊会の車に乗せて出て行かれた。私はこの写真を彼女に捧げたいと思う。魂の帰るところへ最期の旅立ちをした彼女に。いろんな思い出をありがとう。小川さん。
2008/04/13

哀しいときに泣けて笑いたいときに笑えるこれ以上の幸せはない涙にはたくさんの人生が詰まっている
2008/04/12

雨風に耐えてきたから今のあなたがあるのよかわいい桜の花さんそんな素敵なあなたが大好きよ
2008/04/10

桜の花が妖しく儚いのは人の悩みや哀しみを糧にしているからかもしれない消えていく哀しみも苦しみも確かに存在したはずなのにいつの間にか消えて過去の思い出になってしまっている落下する桜の幻影とともに
2008/04/10

春の柔らかに誘われてとんがり枝の先から、ほら芽が出ているよ、葉が出るよ樹はとんがらなくなって緑繁るよ優しい空気を贈ってくれるよ
2008/04/08

折れても必死に花を咲かせる樹の生命力に驚嘆する生きてやろうという強い意思をそこには感じるからそれに比べて人間はなんて弱い生き物なのだろう辛い苦しいと嘆き死にたいと喚く樹のようにシンプルに生きるのがいいのかもしれない生きる意味なんて存在しない、なぜなら自分が意味を作り出すから生きているその姿が意味そのものなのだから生きる意味を探しに行く必要はないのかもしれない
2008/04/07

私って下手な恋愛しかしてこなかったけれどでもみんなどの恋愛も出会ってよかったと思う出会わない不幸を選ぶよりもずっとずっと
2008/04/06

貴方にあげる優しい心貴方にあげる一途な気持ち花に載せて想いが届きますように
2008/04/06

運命のいたずらか女神の微笑みか5分も違ったら道の向こうから歩いてくる人と出会ったりはしなかっただろう5分も違ったために道の向こうから歩いてきた人と出会ったりしなかったのだろう不思議だね、縁って
2008/04/06

関節痛発熱咽頭痛ちょっとダウンです・・・。はふ
2008/04/03

いい子で40年生きてきましたこれからの40年もおそらくいい人でしょう最近理性の箍が少し緩むことがあってひどく気弱になることがありますいい子というのは、自分にとってはネグレクトしているようなものだから自分にいつか仕返しされやしないかと気弱になるんです表裏一体私の表の顔と裏の顔そんなに変わりはしないはずなんですけれどこの空のようにじわじわと闇が広がっているはずなんですけれどその境目が分かりません分かったからといって何がどうなるわけでもないんですけれど少し弱弱しい自分がいます
2008/04/02

ものの終わりには優しい色がよく似合う一日の終わりにも人生の終わりにも優しい気持ちでいられたら
2008/04/02

樹の中には魂が宿っている枝を落とし、水差しに挿し暫くするとその先から緑葉が小さく顔を覗かせる生命の証桜よ桜貴方とお話してみたい魂の秘密を教えてほしい
2008/04/01

家の中にいると警報装置がなった。・・・誰かが窓から侵入してこようとしている!怖くなり窓の反対側の扉へ移動してそっと振り返った。数人の男性が手馴れた作業で窓をこじ開けようとしている。私は二階からそっと一階に降りて他の部屋の窓も確かめた。どの窓も数人の男性がこじ開けようとしている。・・・どこからも逃げられない!一瞬私はパニックに陥ったが、何とか気を取り直し、私はその男たちに気がつかれぬように一階の奥の部屋のたんすの隙間に子供を隠しながら自分もその前に立ち震えていた。暫くして数人の男たちがどやどやと侵入してきた。刃物を持ってこちらに向かって進んできた。私は「殺される」と身を縮ませる・・・。あにはからんや。この家の荷物を大部分運び出して、新しい物を運んだりしている!?気がつくと私は和服を着せられ髪の毛を結われていた。どうやら戦時下地位の高い将校の妻にさせられたらしかった。いつの戦時下かどうかは分からない。ただそれが嬉しいというよりは、むしろ「そうしないと生きていけないから」という感じで後ろめたい気持ちを抱いている。養子になった息子を見て、その将校は「男前だな、役者にでもさせるかな」と目を細めて笑う。いつの間にか大きな屋敷になっていて、番兵が門前に立っているので簡単に外に出られない・・・いわば軟禁状態になっている。季節は夏の走りだろうか、少し日差しの強さを感じていてむっとした熱気が体を包む。奥の部屋には老婆が寝かされていて・・きっとその将校の母親なのだろう・・日差しが顔に当たっている。私は知り合いの奥さんが入院したということでお見舞いに行きたいと言うと将校は許してくれ、久しぶりに外へ出ることができた。日傘を差しながら小さな川沿いの道を歩いていく。病院に着くと「福田の妻でございます。お見舞いに伺いました」と挨拶する。そこで初めて私は福田と言う人の妻になったのだと気がつく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな夢を見た。やけにリアルで、夢から覚めても脳裏に鮮明に焼きついていた。あの状況が現実で、今こうしているのが夢なのか。月のような太陽を眺めながら記憶の逆流を感じていた。・・・少し過去に遡行していたのかもしれない・・・
2008/04/01
全27件 (27件中 1-27件目)
1
![]()

