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ネコフォト・・第3集目が出来上がりましたよ^^第4集目からは、少し趣向を変えてみようかしらと思います。ネコちゃんを取り巻く背景に重きを置いた文章にしたいと思っています。公園事務所の方にお話をお伺いしに行ったり、ネコちゃんを見てどう思うか、通りすがりの人にインタビューしてこようかと思っています。後は生態系についてもうちょっと勉強しなくっちゃ^^小中学校や図書館などの公的機関にも再度宣伝してきますね夢花は咲きましたが、それを綺麗に咲かせ続けるのには努力が大切ですもんねアシスタントに長男を連れて行きますどんな仕事をしているのか、どんなことをして夢を叶えるように動いているのか、実際見てもらおうと思っています
2008/06/29

夢を壊さぬようにそっと運ぶ蝶々夢を壊さぬようにそっと
2008/06/27

ネコフォトポエム着実に読者を伸ばしていますよ先日中学校の授業で取り上げて下さったとお伺いし胸が一杯でした懸命に生きる猫の姿、私の拙文、それに涙してくれた人たちの優しさ皆さんの心が元気になりますように
2008/06/26

2008/06/24

もう一度戻ってみたい時間・・・ないなぁ私の人生右上がり・・・若いときから感じていた段々幸せになっていく・・・人生の楽しみ方を少しずつ教えてもらっているような
2008/06/24

子供のような母親に対して親であり続けなくてはいけなかった子供期待とはうらはらに示された現実ただ自分が「親」であり続けるという選択肢を採ったのはあくまで自分なのだという自覚がなければ人を恨み、果てには自分の人生を他人に譲り渡してしまうことになるだろう「親に対して親でありなさい、子供の自分」それで苦しい思いをするのなら、その苦しさの中に意味があるはず苦しさの中から考えること、気づきが生み出されてくるのだからきっと本当に自分の子供を持つのは今のままならまだ早い親を練習台にして親業をマスターしなさい・・・状況の中に、そんなメッセージが込められているのかもしれない親として100点満点な人間なんていやしないそもそも100点満点つけるにもゴールがないのだから親に対して自分が親の役をしている時は「させられ」感はなかったか・・?させられ感があるうちは本当の親の気持ちがわからないでいるのだと思うこの子が好き、この子を守る強いられる感情ではないからあふれ出す感情だと思うからそれが人への優しさ、思いやりにつながるのだと思う母である部分を大切にするということ母である部分を見せるのは、人間にでも動物にでも植物にでも・・大地と確かにつながっている自分を大切にすることにつながると思う
2008/06/21

最近眠れないんだわ・・・。2時間したら起きてしまう。23時に寝て起きたらまだ1時。今から睡眠薬を飲むわけにも行かないし5時には支度しなきゃならないし。んで昼間眠たくて仕方なくなるんだよね。今日は結構気を遣ってお話しなきゃいけない日なのに・・。ウサギ目ちゃんで出勤だぁ。。。
2008/06/20

自分を受け入れること自分が女であること自分が母であること自分が人間だということ何かを置き去りにしても自分が自分でありえなくなってしまう
2008/06/19

この場所を天国と感じるのも地獄と感じるのもすべて貴方の心しだい幸せは意識しないと見えてこない
2008/06/18

行き先を知らされていない私は、車の後ろに座っている両隣には見知らぬ男性が座っている、あたかも護衛されているかのよう医科大学の門を通り抜けていく車を降りて大学の校舎の中に入っていくそこで人間のコピーを作っている事に気がつく白い人間のコピーがたくさん寝かされている本当の人間と摩り替えたり、半分コピーししたりしようと進めているらしい私は監視の人間にマーキングスプレーをかけられたコピーか本当の人間かを識別するらしい私はスプレーをかけられて「しまった」と思った「まずい、コピーに自分を入れ替えられてしまう」とも思う地球のっとり計画なのかもしれないと思うが、そこで誰かが喋っているのを耳にする「人間の中で医者だけは生かしておこう、マーキングするな」私は必死に医者のふりをするまたシンクロ夢か。体を大切にしなきゃ。胃袋切られんように。大腸切られんように。
2008/06/18

4月30日にも書いたけれど・・。先日「思いやりを持とう」という啓発文を書いた先生からお手紙が来た。思いやり意識の希薄な生徒をどう指導していったらいいのかという内容だった。私は、感情的に幼い子供が多い、与えてほしい人が他人に何かを与えられるかというとそうでもない・・・またいかにも与えているというスタイルだけ見せて「見返り」を期待している人は本当に他人に何かを与えたいと思っているのではなくて、与えてほしいという気持ちを単に裏返してるだけ・・・などと返事に書いた。愛することは対象をじっくり眺めていられること他人の癖であったり、考え方の違いであったり、共感することであったり。・・・はぁ。でもこれって想像力なのかもしれない。好きだからこそ、この人は何を考えているのか、何でこんなことをしているのかを知りたくなるのかもしれない・・。心の余裕があって初めて人を好きになれる(自分を好きになってもらうために好きになるんじゃないのよ)そんな心の余裕が今の生徒には希薄・・そう先生は言いたかったのかもしれない。まだ若いんやわ、中学の先生(笑)・・・これからももっといろんな経験をしていかはるんやろなぁ。
2008/06/18

理性で判っていても感情が邪魔することもある理性で感情を押さえつけていてもどこからか感情が吹き出してくる感情もいい子いい子してやらないと・・・子守唄を歌うように・・・うつ病の方のカウンセリングをしていて思ったこと
2008/06/17

「ワンウェイ」という喫茶店、夜はスナックの中にいる私はそこで飲みながら周りのお客さんを観察している様々な人間模様があって結構楽しい農協のお兄ちゃんだっけな・・彼女に告白したいと悩んでいるのを同僚に相談していたり20代の女の子が50代の男性とつきあってて別れ話に涙ぐんでいたり夢の中で私は映画を見ているようだった夢の中で私は座敷わらしになっていたかのよう・・・面白かった
2008/06/16

「俺の家の周りは梨畑ばかりだったからよく自転車であちこちうろうろしたもんだよ。」そういいながら彼は笑った。「野球ばっかりやってて勉強ひとつしなかったなぁ。よくお袋に怒られたものさ。」私にこの話をしてくれた彼は今66歳。慢性関節リウマチで寝たきりになって51年。(あ、この話でピンと来た人は・・あの話実話だったんです、設定変えていますが^^;外に出ることもなく四角い窓のある部屋、それが彼にとっての世界となっている。彼は気難しがり屋だからなかなか人と打ち解けることができない。半ば捨て鉢な口調でものを言うからいつも職員に誤解され衝突してしまう。彼の捨て鉢な口調の裏に寂しさを見つけると、いつも何もいえなくなってしまう。今日も彼は一人の職員と衝突してしまった。些細なことだったのだが彼の口調があまりにも皮肉に満ちていたので職員が切れてしまったのだった。慌ててリーダーが飛んできて一緒になって謝っていた。彼はふてくされた様に職員を指差し「そんな人クビにして。」と吐き捨てるように言った。後で事情を聞いて人間関係の難しさを感じた。話を聴いていると、お互いの言葉というより、お互いの気持ちがいらいらしていたみたいで八つ当たりのしあいっこみたいな感じに見えたからだ。彼はリウマチの関節痛がひどくて今日はいらいらしていたらしい。そのときに限ってまだ慣れない職員で彼の依頼に対する対応が遅かったらしい。「ええ加減にしろよ、この役立たず!女にだけは手が早いくせに!」彼は口汚くその職員を罵りそう叫んだ。その言葉を聞いて職員は顔色を変えた。「あんたに何がわかるというんだ!」そうこうしている内に喧嘩になってしまった・・というのがいきさつのようだった。その後で私と話をしているときの彼はその喧嘩についてほとんど触れてこなかった。私もいまさら蒸し返すこともないだろうと思い触れずにおいた。ただ「辛いこともあるのやろうけれど、そこは人間同士のやり取りやからね、あんまりきつく言わないようにね」とだけ言った。彼は無愛想に「わかってんねんけど」とだけ答えた。そしってその後に彼が続けた言葉がこれだった。「自転車を乗り回していた頃は自由にどこでもいけた。好きなところへ行けたし、今みたいに人の世話にならずにどこにでもいけたんだ。自転車に乗ってどこかへ行ってしまいたいなぁ」彼は窓の外の空を眺めた。「もう一度自転車に乗りたいなぁ。そうしたらもう一度人生をやり直すことができるような気がする。」先の見えぬ不安。このまま年老いていくのか・・。彼の思いは現実にとどまりたくなかったのかもしれない。彼がよく思い出す昔の思い出、自転車に乗っていた頃の思い出。自転車が象徴するものは何だったのだろう。きっとこの現実から逃げたかったのかもしれない。その移動手段として、足の不自由な彼が夢見たのは自転車だったのかもしれない。「自転車に乗れたらいいね・・。」帰りがけに夕焼けを眺めていると想像の中で一生懸命ペダルを踏んでいる彼の幼き日の姿が浮かんできた。きっと笑っていたんだろうね・・・。
2008/06/15

悟りの窓から見える景色は新緑の濃い生き生きとした庭だった四季折々に花が咲き庭に彩を添えるのだという悟った心境で眺めると違う風景が見えてくるのか窓の景色そのものが悟りの心象を具現化した風景なのか閑寂とした寺の畳に座りながらふとそんなことを考えていた
2008/06/14

建仁寺に車を止めてあぶり餅を食べに出かけた車の外は六月の初夏だった日向はじりじりと照りつけるきつい日差しなのに木陰はまだひんやりとしている「本当にやりたいことがわからない」歩く途中に豹橋さんがつぶやく様にもらされたのが印象的だった「何をやってもうまくいく、でも自分の本当にやりたいものが見つからない」自分の本当にやりたいもの自分の本当に好きなもの貴方は自信を持って「これです」といえるものがありますか?貴方は自信を持って「これしかない」と断言できるものはありますか?人間って面白い何かに「属して」いないと不安になるのだろう何かに「心」を寄せていないと不安になるのだろうすべては時が解決してくれるのにやがては大団円に収まるのに生きること不安と葛藤するプロセス煩悩と向き合う自分の軌跡悩みながら悩みがいつしか楽しみになるすなわち生きている証になる
2008/06/14

幼い時屏風絵を見てその世界に入っていったことがあった私にとっては未知の世界に通じる入り口のように思えたからじっとその風景を飽きることなく見つめていたと周りは笑う何かを直感することはいろんな場面であるけれど人の心象世界が表現されているものに出会うと思わず立ち止まってしまう絵でも音楽でも文章でもしかし最近ネコの姿に自分を重ねていることが多く自分の撮った写真を見ているとそれがよくわかる私は自分自身を余りよく見つめたことがなかったのではないか・・・写真を見ながら最近はそれを実感する
2008/06/13

ちょっぴり神様に感謝したくなった朝でした
2008/06/10

犬に育てられた捨て猫のあんじー他の兄弟みんなわんこ整列が苦手、勤勉が苦手、ワークも苦手歌を歌えば一匹だけはみ出すし「みんなで協力しようね」と母犬がスクラム組んでいるときにふいといなくなってしまう変わり者のあんじーわがままなあんじーあんじー、次第に自信なくし「あたしってどうしてこうなのかしら」と落ち込むあんじーがほっとできるのは夢を見ているときあんじー、草原をらくらくと走り回りあんじー、好きなときに歌を歌い眠りたいときにすやすや眠ったあんじー、ある日夢の中で歌を歌ったら周りの人が拍手したあんじー、嬉しくなって歌うたいになるあんじー、ある日夢の中で詩を詠ったら周りの人が拍手したあんじー、嬉しくなって吟遊詩人を目指す夢から覚めて現実に戻ったときあんじーは自分の肉球をプニプニ触ってみた私はネコ、イヌじゃないそう思った時初めてイヌの母親が愛しくなった、兄弟が愛しくなった同じにならなくていい、一緒に暮らすことができたらそう思った時初めてイヌの母親にごめんなさいとつぶやいて甘えることができた
2008/06/09

いつもあははと笑ってばかりいるおばあちゃんがいた雨が降ったら「これで作物が大きくなる」と喜びお天気になったら「洗濯物が乾く」と喜ぶ意地悪なおじいさんが嫌味を言ってきても「仕方ないねぇ」と笑いながら言い大好きな友達のおばあさんが亡くなった時も一瞬哀しんだが「仕方ないねぇ」と寂しそうに言った仕方ないねぇあははあははいつも笑っていたこのおばあさんは、悩みがないのねぇとみんな思ったしおばあさん自身もなさそうに見えた面会に来た娘さんに「いつもお元気でニコニコされていますよ」と言ったら「そうでしょう」と笑われたしかし次の言葉が印象的だった「苦労の連続でねぇ、でも本人は苦労だとはちっとも思わなくてねぇ」戦前看護婦だった彼女は、戦争が始まると船に乗って中国で働かされていたそこでたくさんの傷病者を看護しながら辛い想いをたくさんした帰ってきてからもぼけた両親を介護しながら働き続けてきたという結婚したが早くに旦那さんと死に別れ周囲の勧めで再婚したがすぐまた死に別れる散々苦労してようやく楽になったかと思ったら息子が他界ちょっとした転倒が基で両足を2回骨折、歩くことができなくなった「本当に苦労してきた人なんですよ・・でも一回も悲しい顔を見せたことがないんです」そういいながら娘さんはおばあちゃんの肩を抱いたおばあちゃんは、あははと笑っている娘さんの話を聞いていたおばあちゃんはあははと笑いながら「だって仕方ないじゃない、そうなっちゃったんだもの、仕方ないよ、うん、仕方ない」と言った楽しいことで笑うことは簡単なことでも自分を受け入れ、人生を受け入れ、そのすべてを受け入れ愛することができることは難しい諦める、受容する、すべてをひっくるめて愛する・・・それが長生きの秘訣なのかもしれないもうじき99歳になるそのおばあちゃんは私を見て「あはは」と手を振ってくれた
2008/06/08

この子は絶対に私を近寄らせてくれない1メートル先で待つこと1時間じっと警戒していて私のほうをちらちら見ていた子も根負けしたらしくあくびをする私もあくびをしながら「こんな時間も必要なのよねぇ、最近時間に追われてるもの」とつぶやく
2008/06/07

ライが戻ってきた!行方不明になって心配していた私の大好きなライ丸々していた体はすっかり痩せ細りその後の苦労をうかがわせるライは初めはうかがうような顔をしていたが、私の顔を思い出したのだろう、すっと寄ってきてくれた・・・いつもの距離感覚30センチそれ以上は近づきもしないし遠ざかりもしない今日は会えてよかった今度また会える保証はないだけに私は後ろ髪を引かれる思いでその地を後にした元気でね、ライまた会いにくるね
2008/06/06

しゃくとりんたろうがんばりますマイペースですががんばりますお母さん、応援してるからね!
2008/06/06

暗いので少しぶれました、ごめんなさい!認知症のひどいおばあさんの愛玩ペット・・ぽんちゃん生きている犬だと思い込んで一生懸命お世話をされている「かわいいでしょ、おとなしくてね、吼えないのよ」しきりにさすってかわいがっている姿がいじらしくて「ほんまやねぇ・・おとなしくてかわいいねぇ、まるでぬいぐるみみたいにおとなしいねぇ」なんて冗談を言って見た「そうなのよ、本当にぬいぐるみみたいでしょ?ほら、ぽん!?お返事なさいよ、お姉ちゃんが挨拶してくださっているわよ」むっちゃまじめに話しかけてる・・・。ありがとう、もうじゅうぶんやよ^^
2008/06/06

私は大きなことはできないでも身近にいる人を幸せにすることはできる腰が痛いおばあさんをさすりながら励ましたり死にたいと泣くおばあさんの話を聞いて「死ぬのが馬鹿らしくなった」と言わせたり認知症のおじいさんの世界に一緒にトリップしたりしながら人間が愛しくいじらしく見えてくる認知症がひどくて私の名前すら忘れてしまったおばあさんの記憶を掘り出して見る・・・何にも覚えていない・・・でもなにか・・・あ。黒飴のことは覚えてた!5年前になるかしら・・・その当時元気にくらしていたおばあさんは、「(うちの子供に)お母さん、遅くまでここにおってもらって悪かったなぁ、この黒飴をお土産に持って帰ったって」と私の子供へと黒飴をくれたことがあった・・毎日3個ずつ。来る日も3個。来る日も3個。・・・あんたの子供さん、お腹すかせとるやろ、もって帰ったってや、黒飴そんなやり取りそしていたことがあるあぁ、でも・・ほとんど忘れてしまった記憶の引き出しに黒飴のことが残っていて良かった!言葉の意味すら忘れ発言がほとんどできなくなったおばあさんに毎日同じことを語りかける「私は今日ねぇ・・行って来ますと子供に言うたんよ。そんならね、子供が『黒飴のおばあちゃんによろしくといってね、僕たちはお母さんが帰ってきたときに貰える黒飴がいつも楽しみやったんよって伝えてね、お母さん、黒飴のおばあちゃんのお世話頼むよ』って言うのよ。うちの子供がね、くれぐれもよろしくって頼むねん」「うちの子供は言いました『黒飴を頂いたご恩は一生忘れません』」そんなことを冗談交じりで言うとぴくりともしない顔のおばあさんの顔が一瞬ほころぶ「まだ覚えてくれとったんか、私のこと。あんたんとこの子供さんは・・」「うんうん!このご恩は一生忘れませんって言ってたよぉ!」(浦島太郎の亀状態やし)生きてて良かったと思ってもらえるのは難しいけれど今日一日が楽しかったとは思ってほしい毎日今日が楽しかったとは思ってほしい
2008/06/06

こんな夜明けには昔聴いたアコーディオンの調べを思い出す少しもの悲しい調べを思い出す
2008/06/05

些細な変化、いつもと違うパターンこれは・・勘でしかありえないんだけれどふと気がつくことがある相手自身も自覚していない場合も多く相手の無意識から私の無意識に直接発信されている場合が多い普通にお話しているのになぜか影が薄くなっているおばあさん数時間後に大動脈破裂で死亡だんだんぞんざいになってきた息子の文字あれっと思っている矢先に担任教師との摩擦が発覚知らなかったら知らなかったで済ませられるような話なんだけれども・・・感じて苦しい時もあれば、感じてよかったと思う時もある大動脈破裂死亡で検視されるか、とりあえず病院で家族に看取られながら亡くなるのか・・自分の息子の変化がわからず不登校になってから大慌てするのか・・・大きくなるより前にトラブルの芽は早くに摘み取っていた方がいいただ自分の心も相手の心にシンクロすると磨耗するのよねそこはバランスバランス。。。若いころみたいにチャンネルを全開にしない。。。生き抜く一つのずるがしこさ
2008/06/04

今電話が入って、知り合いの方のご母堂が逝去されたとのこと母一人子一人「母は亡くなった兄のことばかり懐かしむんだよ、実際一緒に暮らしているのは自分なのにさ」そんなことを言いながらも一生懸命に面倒を見ていたのに命の灯火は突然かき消されてしまった・・・黙祷しよう気丈だから涙の一つも出さないんだから・・・傍で見守ってあげることのできない自分が歯がゆい
2008/06/03

現実と夢を結びつけるものそれは心
2008/06/03

http://www.uremon.com/heaven/2008年のわたしへ。元気ですか?2008年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。わたしは87歳で、つまり西暦2051年に、寿命を全うして生涯を終えます。思えばいろんな事があったけれど、我ながらなかなか良い人生でした。だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2009年のある暑い日の出来事です、わたしは和歌山県の田辺市というところへ引っ越すことになります。そこで人生観を変える大変な出来事が起こるのです。 時がくればわかると思います。最後にひと言、87年間生きてみて思ったのは「こどものころに憧れた夢は、いつか叶うんだな」ってこと。では、またいつか会いましょう。残りの人生を存分にたのしんでください。 あんじゅ・・・2051年の天国にてなかなか面白いでしょ?
2008/06/02

たくさんのなかの一本であってもちゃんと生きているちゃんと自分の人生を持っている自分でしかなぞられない人生自分でしか主人公になれない人生人の歩んできた人生を尊敬年寄りのしわを愛しいと思う枯れススキもね・・・
2008/06/02

眠っている猫であっても口利けぬ小さい子であっても病気で訴えられない人であってもみんな「心」があるみんな「気持ち」がある訴えられぬからといって気持ちがないわけではないケアで忘れてはいけないのはその辺にあるのだと思っているどこにその人の気持ちがあるのか訴えられないから我慢させるんじゃない痛みが訴えられないからといって痛みがないわけじゃない顔が歪み血圧が上がり・・・言葉にならない訴えをどこまで感じるか私たちには大きな使命があるのです病で苦しむ人たちの気持ちを代弁するという大きな使命が自分では守れぬその人の権利をいかに守るかという大きな使命が
2008/06/01

種をまいた写真集第二弾できた芽が出てきたみんな絶賛してくれた私は嬉しかった泣いてくれる人もいたこの芽を大切に育てようと思った気持ちが優しくなった
2008/06/01
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