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今日はトーナメント・プロの将棋の話です。 将棋界には現在大きなタイトルが7つあって、それらは全て各新聞社の主催になっています。平たく言うと、棋士が各棋戦で将棋を指し、その棋譜(指し手の記録)を新聞社に売って連盟の主たる収入源としているのです。 何故こんなことから書き始めるかというと、昔は「将棋指しは親の死に目に会えない」などと言われ、将棋を職業としている人の存在など知らない人が多かったからで、今はどうだろうかと私も不安なのです。「ところであなたは何をしていられる方ですか?」「将棋差しです」「で、職業は?」と、こういう笑い話があるくらいなのです。 囲碁の方は韓国にも中国にもプロ棋士が存在しますが、将棋はようやく海外普及が軌道に乗ったかな、というところです。囲碁の国際棋戦では日本ははっきり言って劣勢です。私の印象では韓国が一番強く、次が中国、日本は3番目です。 昔中国にまだプロの制度が無かった頃、中国の人たちは日本の棋書をボロボロになるまで回し読みしていたと言います。 それで将棋の話に戻ると、羽生善治という34歳のもの凄く強い人が最近絶好調で、4つ目のタイトルを取ったというわけです。これは、でも、驚くにはあたりません。何故なら彼はもう既に何年か前、7大タイトルの全てを総なめにしたことがあるからです。 その後他の棋士たちの反撃に合い、タイトルを一つ、また一つと失って行ったのですが、ここへ来てまた往時の好調さを取り戻し、ライバルたちを打ち破って、あっという間に先日は四冠を達成してしまったのです。 私はこの羽生さんを小学生だった頃から知っていますが、皆さんはどうですか?タレントの畠田理恵さんと結婚されて、お子さんが今二人だったと思います。『失われし時を求めて』の訳者柳瀬尚紀氏や詩人の吉増剛造と対談して芸域の広いところも披露しています。ただ私は最近将棋雑誌等は読んでいないので、私の頭にインプットされているデータは古いのです。 彼の凄いところは、彼は7冠王だった当時既に「(自分より若い人たちから)追われる感じが募る」と告白していたことにもよく現れています。こんな言葉は絶頂期にある人にはなかなか言えるものではないと、私は思います・・・。 羽生さんは他にもいろいろ興味ある発言をしています。例えば、将棋には序盤から中盤までの《定跡》というセオリーがあって、中盤からの数手の応酬でその将棋の形勢が別れるというのが従来の常識だったわけですが、彼はそれとは全く逆に、むしろ終盤の方が定跡化出来るのではないかと提言したのです。私はアマ初段くらいの棋力ですが、未だにこの言葉の意味がわかりません。 将棋の原型は古代インドで行われた《チャトランガ》という双六のような大勢でやるゲームであるとされています。それが中国に渡って《中国象棋》となり、西洋に渡って《チェス》となったようです。これらはいずれも二人でやる対戦ゲームですね。 日本の将棋が他国の将棋と大きく違う点は《死ぬ駒がない》という驚くべきヒューマニズムです。「一手でも早く相手の王様を詰ませれば勝ち」という点は全ての将棋に共通ですが、戦いの最中敵方に取られた駒は盤外へ取り除かれるのが他国の全ての将棋で、取った駒(取られた駒)は向きを変えるだけで次からは自分の(相手の)戦力としていくらでも使用出来るというのが、日本の将棋です。つまり、日本の将棋では誰も死なないのです。 「そんな馬鹿げた話があるか」と将棋嫌いの人は言いますが、閉ざされた島国日本で人材を大切にするというルールは大変素晴らしい発明だったと私は思います。 平安時代には《大将棋》とか《中将棋》という、もっと駒数の多い将棋もあったようですが、それらの将棋は他国の将棋同様取られた駒は死んでしまったのです。(故大山名人は《中将棋》の達人でもありました)当時《小将棋》と呼ばれていた(?)現在の将棋に関しては、室町時代の駒が何点か発掘されています。 取られた駒が次々盤上から姿を消して行くチェスでは、既にコンピューターと人間(それも世界チャンピオンクラス)が《互角》に戦っています。 ということはつまり、並の棋力では到底コンピューターに勝てないのです。 チェスはまた、終盤には盤上に残った駒が極端に少なくなるので引き分けが多く、結果何十局も同じ相手と戦いその《勝率を競う》ことで勝敗を決することになるのも大きな特徴でしょう。対して日本の将棋は《番将棋》即ち、三、五、七番勝負等が可能です。 一方最初の40枚の駒全てが最後まで生き抜いて戦い続ける日本将棋の場合、終盤に入っても一手のミスで勝敗が入れ替わることも多く、ましてコンピューターが羽生さんクラスと対等に闘える日がいつ来るか(または当面来ないのか)は、今のところ不明です。(以下は日本将棋連盟発行のメルマガからの引用です。)◆タイトル60期―――――――――――――――――――――――――――― 将棋連盟デジタルショップの大野です。 昨日の棋王戦で羽生四冠が通算60期目のタイトル獲得を達成しました。これで中原誠永世十段の64はもちろん、大山康晴十五世名人の84という通算タイトル保持記録も射程に入ったと見ていいでしょう。 ちなみに60期獲得時の年齢を比較すると、羽生四冠の34歳に対し、中原永世十段は42歳、大山康晴十五世名人は45歳となります。もちろん、それぞれの時代でタイトルの総数が違う上に、徴兵などの世相の違いもあるので、一概にこの年齢だけを見て三人を比較する事はできません。とはいえ、やはりこの年齢で60期というのが驚異的なのは間違いないでしょう。 あと、この記録を調べていて驚いたのは、「60期目以降」です。先述した通り、中原永世十段と大山十五世名人はともに40代で60期目を取り、そこからも似たようなペースで64期まで行きました。残念ながら中原永世十段は現時点ではそこからの上積みはないのですが、大山十五世名人は46歳で64期目を獲得してから、さらに20期を上積みしたのです。 その頃の棋界は中原永世十段はもちろん、米長永世棋聖も指し盛り。他にも多くの実力者がいる中、40代後半から20ものタイトルを上積みしたわけです。改めて大山十五世名人の強さに驚かされました。将棋連盟デジタルショップの大野です。今朝配信したメールの雑談で大山十五世名人のタイトル獲得数に誤りがございました。誤 タイトル獲得 84期 → 正 タイトル獲得 80期誤 64期目を獲得してから、さらに20期を上積みしたのです → 正 64期目を獲得してから、さらに16期を上積みしたのです以上、お詫びして訂正いたします。
2005年02月27日
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托鉢で生計を立てている修行僧である。通常は野宿しているが帰るお寺が滋賀県にあり、その住所へ年賀状を出すと返事が来る。返事はすぐ来るとは限らない。彼が寺に帰らなければ当然遅れる。その寺も経済原則には勝てず、やがて閉鎖されるだろうとのことである。 修行を止めるときは死ぬときだと彼は言っている。高野山に僧籍はあるが今は行っていないそうである。自分は原始仏教に近い考え方をしていると言う。 私は彼とは天王寺駅前で数回会って少し話しただけである。話している間にも彼に敬意を表し、両手を合わせてから会釈し私財をカンパして行く人も何人かいた。お年寄りばかりではない。若い人もお金を入れて行く。 が、彼に言わせると、日本人よりは欧米人や他のアジア人の方が素朴な宗教心があるそうで、世俗を捨て志を持って生きる人間への純朴な敬意を表してくれる人々には、却って自分の方が頭が下がるとのことである。
2005年02月25日
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*自分で音を出して、自分で踊って、自分でチェックするのです。人生も似たようなものですか?*球体のオブジェを鏡代わりに使っている。鏡のある広場なんてそうはないだろう。若い人たちが集える場所を提供するのも公けの仕事だと思うが、彼らは概ねお金を持っていないから、役人たちの食指が動く対象とはなり難いのだろう。
2005年02月24日
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春はそこまで、来ています。
2005年02月23日
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カメラが思った以上に光量不足に弱く、いい写真が撮れなくて残念だった。こんなことになるのなら、帰りに関係者は出口の回りでうろうろしていたのだから、一声かけて明るいところで何枚か撮らせて貰えば良かったと今になって後悔しています。(写真は自らの監督作品『恋する女たち』《86年東宝98分》について説明する大森一樹監督です。) 今日の1本目は今日の出席をチョンボした井筒和幸監督作品『岸和田少年愚連隊』(96年松竹107分)だった。 チョンボしたから言うわけではないが、(これが映画の初主演だという)ナイナイの二人が中高生に扮して、チンピラまがいの殴ったり殴られたりをちゃらちゃら繰り返すだけの、何とも落ち着きのないくだらない映画だった。 原作は漫画かと思ったが小説だということで、これはもう、小説や映画に人生観だとか、生きる意味だとかいった小難しい思想や思考を求めてはいけないという時代の、面白ければいいじゃないか、時間が潰せればいいじゃないかという類の「何も無い」その「無ささ加減」が売りの映画である。 勿論こういう映画もあっていいという人もいるだろうし、こんな映画を金出して見るくらいなら只でTV見ていた方がいいという人もいるだろう。私は後者の方である。ナイナイの二人は彼らのための映画の、主役としての役割は見事にこなして、彼らが今後役者としても充分やっていけることは示し得たと思う。 聞けば井筒の今回の欠席の原因は彼自身によるダブルブッキングだったというから、井筒も主催者もお粗末というしかないではないか。井筒は大阪に予定が入っていることはすっかり忘れて新たにTV出演を重ねて入れてしまいそっちを優先したらしく、しかも彼の場合何回も確認しないと、こういうことはよくあると言うのである。大阪市も舐められたものであるが、市自身も舐められて仕方のない現況だということで、言わばどっちもどっちなのである。 今日の来場者数はどうだったろう。昨日と大差なかったような気がするがその顔ぶれはと言うと、若い人たちが断然多かったように思う。かけられる映画によるのだろうか。 昨日の『細雪』には戦前の大阪を懐かしむお年寄りが来ていて、ポスターを見ては自分たちの娘時代と同じ服装だと言っていた。『リボルバー』は見ずに帰った人もいた。 今日ある老人は昔の大阪映画祭は無料だったと言っていた。高橋実行委員長は財政難のため99年で映画祭を打ち切らざるを得なかったと昨日も今日も言っていた。 トークショーの代役に急遽北陸から呼び出されたという高橋伴明監督は自らの最新作『火火(ひび)』について語った。タイトルの命名は主演の田中裕子だそうだ。 実在する女性陶芸家=神山清子の話だそうで、早世する息子役には窪塚俊介という洋介の弟が新人デビューする。 他にも岸部一徳・石田えり・池脇千鶴・東ちづる・遠山景織子・黒沢あすか・・・らが出演、神山は自宅や工房、穴窯、自分の作品群を提供し、無論技術指導もしたというから、これは良さそうな映画である。 大森・高橋両監督のトークショーは高橋委員長の司会で進められ、流れるように如才なく話題を引き出しておられたので、この人は自分で話すのは下手だが、司会術はあるんだなと認めて聞いていたら、彼はどさくさに紛れてとんでもない発言をして私をがっかりさせた。 それは昨日の藤田敏八監督作品『リボルバー』に関してであって、上映前の彼は「私も楽しみにしています」と言っていた筈だったが、今日になると「(見ていて)ダレました」などと言わずもがなの感想を述べたのである。 これはあまりにも安っぽい軽率な発言であって、「そんなダレるような映画をかけたのはあんた方だろう?」というのが一つ、もう一つは「ダレていたのは映画ではなくあんたの方だよ」ということがある。 私は二日間で四本の映画を見たがダレルような映画は一本も無かった。私は井筒作品をくだらないと言ったが、テンポは良かったし、ダレル映画では無かった。「虚無的な賑やかし」を見に映画館までわざわざ出掛けたりはしないと言ったまでである。 最後に大森監督30代の頃の「勢いだけで作った」という『恋する女たち』である。『岸和田・・・』がナイナイの映画だとするなら、こちらは斉藤由貴の映画であると言えるのかも知れない。他にも相楽ハル子・柳葉敏郎・小林聡美らが絡む、女子高生の恋愛物語である。 私は最初のうちは斉藤由貴の演技過剰(?)にやや食傷気味だったが、そのうち慣れ、どんどん入って行けた。やはりいい女優さんである。 映画全体からすれば、監督自身が『名作』だと自画自賛するだけあって、あわてず騒がず丁寧に作られているという印象を持った。 両監督の認められたところでは、スケジュールに追いまくられて次々に映画を作っていた頃の方がいい映画が出来たという話である。高橋監督は金が足りない現場での創意工夫が好結果を齎したと言った。 今時代は変わって、映画が完成したからといってダビングがすぐ始まるわけでなし、上映されるのがいつになるかなど全くわからないそうである。 あと如何に監督と言えども出資しない限りは著作権が認められないこと、お二人とも映画監督を辞めようと考えた時期があったことなど、興味津々の話題満載のトークだったが、1時間では全然足りなかった様子だった。
2005年02月20日
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今日と明日は大阪シネマフェスティヴァルのプレイヴェントのお話ですよ。 99年を最後に中断されていた映画祭りを来年2月から再開するということで、今回はその前年祭なのです。私は半月以上前に市役所のロビーでポスターを見て知り、すぐにピアで前売りを買って備えていました。 初日の今日は『細雪』(83年東宝映画)と『リボルバー』(88年日活ロッポニカ映画)の上映、その間に上倉大阪大学文学部教授の講演もあって、都合6時間半程を会場の天王寺公園内映像館で過ごすことになりました。 この映像館ですが、大勢の人間が6時間も続けて館内を利用することなど最初から想定外なのか、売店はおろか飲料の自販機もなく、主催者は「公園の出入口まで戻れば食堂もあります」などと暢気なことを言っていましたが、こちらは短い休憩時間内では館外へ出て5分程の缶ジュース自販機まで往復するのがせいぜいのところで、そういう事情を予め知っていた人たちは飲料食料を持参して来ていたのです。 もう一つついでに苦情を言うと、受付にいた人たちは自分たちが寒かったのかも知れませんが、館内は明らかに暖房が効き過ぎで、私などは出来るなら半裸になりたい程、終始ぐったりしていました。よほど『細雪』(140分)だけ見て帰ろうかと思いましたが、『リボルバー』は是非とも見て置きたかったので炎暑攻めにも耐え抜きました。 『細雪』は「ささめゆき」と読んで下さいね。谷崎潤一郎の長編小説を映画化したものです。大阪船場の旧家の四姉妹を主人公とした懐古的(?)な作品というか、昭和十年代の、いよいよ我が国がのっぴきならない事態へと突き進んで行く世情を背景に、蒔岡家の三女と四女が結婚問題等でいろいろな事件を引き起こすわけですね。 市川昆(←字がない!本当はこの昆に《山》冠が付くのです)監督は映像美の監督ですから、絵がとてもきれいです。 ちなみに四姉妹は上から順に、岸恵子・佐久間良子・吉永小百合・古手川祐子が演じました。 主演は佐久間良子、特別出演が岸恵子となっていますが、他に男優陣も伊丹十三・石坂浩二・岸部一徳・江本孟紀・桂小米朝と豪華で、あと私は名前を知らないのですが、分家の女中さんもいい味を出していました。 私が会場入り口に着いたのは開場30分前だったので、さぞや長い行列が出来ているのだろうなと観念していたのだが、実際は全然そんなことはなくて、私の前に並んでいた人は10人もいなかった。私にしてみてもこの催しを知ったのは全くの偶然だったのだから、実行委員会とともに主催者に名を連ねている大阪市や(財)大阪都市協会にも、一体やる気があるのかないのかという基本的な姿勢に関して、何やら胡散臭いものを感ぜざるを得なかった。 『映画ファンのための映画祭』というわりには集まりが悪く、場内にはせいぜい百人くらいしかいなかったのではないだろうか。それも中高年が殆どだった。映画の内容と料金とのバランス(前売り1日800円)を考えれば立ち見が出ても止む無しと私は思っていたくらいだ。Tさんという実行委員長の話もあまり惹きつけるものが無かった。 私がこうまで機嫌を損ねたのには理由があった、開場を待っている間に「井筒和幸監督来場せず」という張り紙を見つけたからである。彼は明日大森一樹監督とトークショーをする筈だったのである。何故なら明日の上映はこの二人の映画の二本立てであり、そうであるならば、その真ん中で行われる筈だった二人のトークショーは、今回のこの催しの中核を為す企画だったに違いないのだ。しかも欠席の理由は明かされていないのである。 上倉庸敬大阪大学文学部美学科教授の「『細雪』と大阪ゆかりの映像文化」と銘打たれた講演は教授には時間が少な過ぎたようである。大学での授業並みの持ち時間があればもっとまとまりのある話を聞けたと思う。 谷崎の原作は今は無き古き良き時代を懐古しているだけだが、市川監督は更にその上に自らの思い入れを描き込んでいる、というような内容だった。パワーポイントを使った昔の映像の上映は「ホースを踏んづけてお尻ペンペンされるサイレント」等見覚えのあるものもあったが総じて良かった。 講演の後「21人の映画好きが選んだ04年度のベストテン」発表というのがあったが、そんなもの本当に意味があるのかどうか、私は信じられなかったので無視して目を休めていた。何せ6時間超の長丁場である。 そしていよいよ『リボルバー』(115分)の時間となった。 これは佐藤正午という人の原作を藤田敏八監督が映画化したものです。なんたって敏八(としやが正しいのですが、みんなビンパチと読みます)さんは『青春の巨匠』ですからね。こういう映画を若い人たちに見て貰わないでどうするんですかと、私は言いたいのですよ。 藤田敏八と言えば『八月の濡れた砂』です。石川セリの唄う同名のテーマソングもヒットしました。若い人もチャンスがあったら見て、聞いて下さいね。 さてこの映画、オムニバス形式で軽快に話が進んで行きます。オムニバスというのは乗り合いバスのことで、何組かの無関係な男女の話を寸断して繋げて行って、最後の大追跡で一同がついに一箇所に集まって一つの事件に関係するのですが、でもあくまで他人は他人なのです。 映画評論家でもない私が(いや仮に評論家であっても!)ストーリーの細部にまで立ち入ることは避けるべきであると、私は考えますのでここでは主なキャストの紹介だけに留めておきます。 主人公の警官が沢田研二、彼から拳銃を奪う中年小林克也、バーのホステス手塚理美、全国を競輪行脚する二人連れの風来坊が柄本明と尾美としのり、他にも原田知代、村上雅俊、南條玲子、山田辰夫・・・と皆さんけっこうはまり役というか、芸達者揃いで、飽きさせません。 まあ、主催者側の姿勢に疑問は感じたものの、上映された2本の映画は申し分なく、上倉教授の講演も良かったというのが私の感想です。帰りは本降りの雨でした。
2005年02月19日
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一昨日の『埴谷教入門』が予想外に好評だったのに味をしめた当方は、今日はいよいよ『ヤーちゃん教』の奥儀についての講義をするのですよ。ブヒヒなのですよ。 では最初に簡単な質問をしてみましょう。題して、あなたのヤーちゃん度チェック。1.ヤーちゃんことヤースケは犬ですが、ピー坊は?(答えは雀だよ。)2.ヤースケのガールフレンドの名前は?(答えはララちゃんです。)3.ではララちゃんの世話をしているお手伝いさんの名前は?(答えは美和ちゃんです。)4.さて、これは難問ですよ。美和ちゃんはある時点からみんなに「みわちゃ」と舌っ足らずな呼び方をされるようになりますが、その原因は何だったのでしょう?(答え:ガッチャンです。草原で美和ちゃんと出会ったガッチャンは美和ちゃんに一目惚れしてしまうのですが、その際「みわちゃ」としか呼べなかったのです。それでみんなが面白がって「みわちゃ」と言うようになったのです。5.もっと簡単な質問に戻ります。ペットショップで病に臥していたヤースケを買い取ったのは?(答えは勿論英作ちゃんです。)6ところで彼は一体どうやってヤースケを回復させたのでしょう?(はい、そうですよ、ぶっとい注射器を見せてヤースケを飛び上がらせたのです。)7.では英作ちゃんの特技を2つあげて下さい。(答え:ヤクザシールとサングラスの達人です。70年前後の東映ヤクザ映画を見て、すっかり健さんのファンになってしまった英作なのです。)8.英作の父親の職業は何?(答え:ラーメン屋さんです。でも奥さんは家出してしまったし、英作はブラブラしてるってわけで、一人でやってますから出前も出来ない状況です。)9.これも難問ですよ。みわちゃの特技一つと好きなもの(こと)三つを挙げて下さい。(答え:特技はポコペコハンマー。グミと朝寝と椎名林檎が好きな女の子です。)10.ラストクェスチョン。第2部から登場する子猫の名前は何といいますか?(答え:チャピです。チャッピではありませんので、気をつけてください。 さあ、みなさん、幾つできましたか?0~2の人:普通です。ヤーちゃん教信者への道は険しいのです。ん?私ったら何かおとついも同じこと言った気がしますですよ。3~6の人:まだまだ修行が足りません。上見りゃきりない、下見てもきりない、そーゆー中途半端が一番危険ですよ。7以上の人:くっ、くっ、くっ・・・私をあまり喜ばせないで下さい。さ、さ、奥へどうぞ。粗茶ですが、一服召し上がってくだされ。プイプイ!==================== 5年前になるでしょうか、私はその辺の主婦みたいにケーマーをやっていました。『公募ガイド』とか、『懸賞生活』とか買って、当たりそうなところへ、そう、月50枚が最高かな?平均で20枚くらい応募していました。 最初はよく当選してましたけど、そのうち全然当たらなくなって自然に止めました。 最高額は某市主催の町おこしグッズの提案で佳作に選ばれ、JCBの金券1万円分を頂きまして、これがあったので葉書代くらいにはなった計算です。つまり損はしなかったという程度だったわけです。 そんな中、某講談社のなんたらスクールの『ワンちゃんイラストコンクール』というのが目に入りまして、じゃあちょっと描いてみようかな、と犬の絵を官製葉書に描いてみたのが、そもそもの始まりだったのです。 自分でも驚いたのですが、才能のあるなしは別として、俺ってこんなに絵を描くことに熱中出来るんだなと、そのとき気づいたわけです。3時間くらいかけて1枚の犬の絵を完成させ、すぐに投稿しました。勿論全然駄目でした。暫くしてからなんたらスクールの大阪支店(?)から呼び出しが来て、「うちで2年程通信教育を受ければモノになる」と言われましたが、月謝が滅茶苦茶高いのではっきり断わり、私の応募作はそちらでは不要のはずだから返してくれと申し出ましたが、一人に返すと全員に返さなければならなくなる、との変な理由で断られました。 まあ、そんなことから犬のポートレートばかり葉書に描き続け、そうなると犬に動きをつけたくなり、動きが入ると何かストーリーも考えたくなって、結果『ヤースケ伝』へと向かって行くことになったのです。 夢はこれを世界各国語に翻訳して、世界中の子供たちにプレゼントすることです。だから(?)皆さんも早くヤーちゃん教に入信して、私に協力しましょう。ブヒヒ・・・。
2005年02月17日
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英作の世話で一命を取りとめたヤースケは至福の日々を送るがそれも長くは続かず、遊び呆ける英作共々家を勘当になってしまう。しかも頼りの英作からは突如として別れを告げられ、自暴自棄になったヤースケは街中のそこかしこに出没してイタズラの限りを尽くすのであるが、街の人々からは当然総スカンを食う。万策尽きたやに思われるヤースケは海岸に出て入水自殺を試みたりするが元よりそれは本気ではなく(何故ならその際しっかりと、耳栓ならぬ「鼻栓」を用意していたからである)水中でふと「お前は自由だから、サバンナへ行け」との別れの際の英作の示唆を思い出し、意を決して独りで『鍵穴草原』へ冒険に出掛ける。ところがヤースケの悲愴なまでの決断を知ってか知らずか、それに付和雷同して勝手に付いてきたピー坊が道中次々に仲間を増やしてしまうのである。 草原に着いた一行は風雪を凌ぎながら『蛇穴洞窟』や『怒りの森』を探検し、かつてなかった数々の経験を積むことになる。特に『怒りの森』では木々たちに「木にしてしまうぞ」と脅され、《爆笑コント》の演技を命じられ一行はそれに従うのであるがなかなか上手い演技は出来ない。ところで、木々たちのこの理不尽な脅しに正面切って反撃するのは唯一しっとりくんのみであった。曰く「人を脅して何かやらせるのは正しいことではない。」 一方街では寂しがるララを利用して、美和がピクニック気分でヤースケたちを追いかける許可を得ることに成功する。合流を果たした彼らは全員でパフォーマンスを繰り広げて、ようやく街へ帰ることを許されるのであった。以上が第1部。英作を勘当した《父》だったが、悔やむところもあったのか、商店街で見掛けたヤースケの帰宅は即座に許してしまう。英作自身はルンペン生活をしていたところを美和に発見され、ヤースケのアシストもあって父親に詫びて勘当を解かれ、一見改心したかのように店の出前などをしてしおらしい。さて武蔵野家ではマキコが突如として子猫の『チャピ』を飼い始め大騒ぎとなっていた。マキコを除けばみんな猫嫌いだったのだ。すったもんだの末、結局和解が成立するのであるが、そんな折、なんと『怒りの森』から招待状が届く。「寂しいからまた来い」と勝手なことを言うのだ。今回は小杉と美和とララ、そしてピー坊の組み合わせでまず第一陣が出発するが、マキコはそれを不服として、チャピ及びヤースケを従えて小杉追討を開始する。 家の留守番は一応ガッチャン一人に任されたが、一方しっとりくんはというと、ララの誘いを断り、単独で市内を彷徨して街の状況に関して見聞を広めたのであるが、結果として却って悩みを深めてしまう。彼の悩みとはいったい何だったのか?・・・ 怒りの森に到着した小杉は当初木々たちから毛嫌いされるが、持ち前の負けん気とサービス精神を発揮して彼らの大絶賛を浴びる演技を連発し、この森には欠く事の出来ない存在にまで一気に上り詰めて『名誉木民』の称号まで与えられる。相変わらず演技が下手な美和は基本的なスタンスの誤りを木々たちに指摘され一時弱気になり市街へ帰ることも考えるがなんとか思い止まり、演技の練習に励む。ララはそんな美和の目を盗んで一人で森に入り込み、そこでシースーさんと出会う。一方遅れて到着した妻のマキコであるが、彼女は木々たちから小杉並みのパフォーマンスを期待されるが「それはギャラ次第」とやり返して彼らを唖然とさせ、本来は小杉に授与された筈の『蛇穴洞窟特別御招待券』まで横取りし、チャピを従えて颯爽と洞窟に乗り込むのであるが、蛇たちに一蹴されてしまう。そんなこんなの第2部である。
2005年02月16日
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昨日埴谷教について少し触れたので、今日はもう少し詳しく言及するのです。 この貴きお教えの御開祖様は、1910年に御生誕あそばされ、20世紀を駆け抜ける寸前他界された『何やゆうたか?』様=別名『埴谷 雄高』様=またの名を『般若 豊』様その人である。 このご教義の真髄を理解された方は誰でもいつでもどこでも入信出来ますが、そのご利益の程は当方には保証出来かねまする。 教義の御利益は定かではないが、その戒律たるや生半可なことではない。戒律の厳しさに耐えかねて今現在埴谷教の信者は一人もいない。 戒律の話に入る前に、教団の合言葉を公開する必要があろう。日蓮様なら南無妙法蓮華経のお題目、真宗ならば南無阿弥陀仏のご称名(号?)があるように、埴谷教にも当然合言葉というものがある。 敵は制度、味方はすべての人間 これがそれである。が、しかし、あらゆる名言や金言がそうであるように、この言葉も最初から矛盾を孕んでいる。なんとなれば、人間の介在しない制度はなく、制度に依拠しない人間もまた存在し得ないからである。 ではいよいよこの高貴なるご教義の内容に入って行くのですよ。ここからが本論で重要なのですから・・・はい、そこのあなた、居眠りはもう止めて講義に集中しましょう。 どの教団にもありますが、我が埴谷教にも経典というものが存在します。それが、『 一冊の書物 』です。この一冊の書物の題名は、『 死霊 』ですが、ここに、文部省や教育委員会が何と言おうと、これを「しりょう」と読んではいけないという、第一の厳格な戒律が存在します。正しくは「しれい」と読みます。 この世にも有難き御経典の入手経路でありますが、それは『ヤースケ伝アトランダム』というページ(ここや!)の左上のアフィーリエイトから行って戴くのが最善で、モーこれっきゃないっちゅうかぁんじ、なのである。 この経典の後半は御開祖様が自らの余命と相談しながら書き続けられたものであるため様々なバージョンがある。 例えば、師が大病から回復され、それまで第四章半ばで中断されていた御経典の第五章をお書きになった際には、五章までを一括して『定本 死霊』として講談社から目出度く出版の運びとなり、見事その年の『講談社出版文化賞』を受賞されたのであった。無論ベストセラーにもなった。 御経典を一番手っ取り早く入手する方法は、同じく講談社から出ている『埴谷 雄高全集』の第3巻(第一回配本だった)を入手することである。これには全9章が納められているから少々値は張るが1冊で済むという利点がある。 古本屋にもないことはないが、全9章ということになると、意外に揃えにくいかも知れない。ちなみに全集の編集には教祖様が生前住まわれていた東京は吉祥寺某所の一軒家が使われている(いた?)ようである。 講談社ばかりが目に付くが、他にも師の著作は未来社等様々な出版社で扱われたのである。しかしその売り上げたるやいずれも惨憺たる有様であったようで、さながら師は出版社にとっては疫病神そのものであった。 えーと、次の戒律は何にしようかな、などと考え込んでいる場合ではない。以下は順不同である。 「好きな花は?」と問われたら、信者たる者ノータイムで「ルドン風の幻の花」と答えなければならない。 間違っても桜だとかヒヤシンスだとかハイビスカスだとかいった現実の花の名を挙げてはいけない。まして「ロベリン」などと答える人は我が『ヤーちゃん教』の信者であるから、これはこれで良いのだが、今日はその話ではない。 『幸せについて』問われたら、決して「今の私たちのことよっ!」などとのろけてはならない。そのような神をも畏れぬ不逞の輩はこの私が出て行ってお尻ペンペンしちゃうのである。(こればっかしや!) 「幸せ? そんなものはありゃしない」と答えるのが信者たる者の務めである。 次いで『飲酒の戒律』(そんなものあるのかよ?!)であるが、ここは一つ優雅にしかも風変わりに決めなければならない。「秋刀魚は目黒に限る」(落語『目黒のさんま』より)のであるからには、酒はワインに限るのである(?)。 ではそのワインであるが・・・ん?コラ、そこの若い衆、やれボジョレヌーボがどうだとか、南米産がどうだとか、いや国産もなかなかいいだとか、通ぶって得意がってはいけないのですよ。それは戒律違反になってしまうのです。 氏自身が認めているように、ワインとしては『邪道』の部類に属する、ハンガリー産のあの、甘きに甘いトカイワイン限定で、信者たるもの飲酒を敢行しなければならないのである。 私も昔、中野北口商店街中程の酒屋さんの店頭で偶然このワインを発見し、小躍りして2本だけ購入したのであった。糖度によって(?)値段が微妙に違うらしかった。 さてその味であるが、普段殆ど飲酒しない私にとっては旨いとかまずいとか言う以前の問題で、いや正直に言うと、はっきり言ってただ甘いだけならまだ良いのだが、なんだか癖のある甘さで、あれなら赤玉ポートワインの方が遥かに旨いと思った。 なにしろ我が教祖様は中野豊玉刑務所に在監中は砂糖を差し入れして貰って、それを短期間で(1/2斤を1日で)嘗め尽くしてしまったという伝説の男(宇宙人?)だったのである。 ちなみに、収監された容疑は治安維持法違反で、当時共産党内にいたスパイの密告により一網打尽にされた中の一人であった。我が教祖様は獄中で「天皇制は当分続く」との転向論文を書いて保釈され終戦を迎えたわけだが、そうでもしなければ命の保証は無かった時代であった。 終戦=敗戦を知り、所謂第一次戦後派の作家たちは「これでやっと文学が出来る」と喜んだとか。 次は女性問題である。「好きな女性は?」と問われたら、信者たるもの間髪を入れず『ナスターシャ・フィリッポブナ!』と嬉々として応えなければならず、しかもその名前たるや簡潔明瞭に淀みなく一気呵成に発せられなければならないのである。まっこと信者の道は険しいのである。 この、ナスターシャ・フィ・・フィ・・・んも~っ!だからロシア名は嫌なんじゃ! おほん、フィリッポブナというのはドストエフスキーの『白痴』に出て来る性悪女で、ムイシュキン公爵を手玉に取った妖艶な美女かつ悪女である。 何もよりによってあんな女を選ばなくても良さそうなものであるが、我ら信徒としては教祖様が右と言えば右、フィリちゃんと言えばフィリちゃんなのである。師事するものには選択の自由はなく、あるのは自分のシャツを洗濯する自由くらいなものである。 これには聞き手たる文芸誌『文藝』の編集部から再度、「現実の女性では?」という質問が発せられて、これに我が教祖様は「どこかのマダム」と応じたものだから、さあ大変、教祖様が当時呑み歩いたBAR等々では「あら、あれ私よ、私のことよ」と鏡も見ず独断で決めつけたマダムたちのオンパレードだったそうである。 師は長身痩躯、鼻筋の通ったまっこと見目麗しき美男で、しかも団十郎張りの良く通る男らしい声の持ち主であったからあちこちでモテモテだったのである。 はい。質問?何でしょうか?私に答えられる質問にして下さいよ。ふんふん、私は女だから「好きな男は?」と聞かれた場合の答えを教えて欲しい・・って?同性愛じゃないから?・・じゃ両刀?あ、ノーマルなのね、うん、じゃあ教えちゃうっ!うふふっ! そんなこと経典に書いてあったかどうか知りませんが、とりあえずムイシュキン公爵かラスコーリニコフあたりにしておいたらどうでしょうか? は?現実の男性ですか?そりゃあーた、小杉とマキコさんって答えておくに決まってるっしょ? お後が宜しいようで・・テケテンテンテン・・・。
2005年02月15日
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昔国鉄には国労が、郵便局には全逓が(今も?)、電電公社にも労組があって、あと今もあるけど市職、県職、官公労等の大きな労組があって、彼らが社会党を、しいては『55年体制』というものを支えたわけである。勿論、彼ら労組の利害が「普通の人の普通の生活」と直結していた時代もあったからこそ彼らの存在理由もあったのだが、今の彼らは旧体制の残滓でしかないと言ってもあながち言い過ぎとは思われない。 郵便局には言いたいことは山程ある。と書いてはみたものの、実は一つしかないのかもしれない。その一つというのを今ここで開陳出来ないのは残念至極である。いろいろ差し障りがあって今は公表出来ないのである。 そこで例えば役人一般に話を持って行くことにするのだが、まず、日本中に名を馳せた大阪市の現況はどうだろう?いや、大阪ばかりがヤリ玉に挙げられているのだが、労組と市当局との癒着が、大阪だけの特殊な現象だと考える人はいないだろう。 あるいは社会保険庁も全くひどい。ひど過ぎる。あそこはまるで税金を食い散らかすためだけの役所のように思えて来ませんか?いや、話を振ってはいけません。(1/18の私の日記を参照して下さい。) うん、だから、そもそも公社公団一般がひどいのではないだろうか? 例えば道路公団である。身内の同族企業だけが競争なしで排他的に利益を吸い上げ、彼らが隠れ蓑としていた道路公団は、どうせ税金の投入を待つのだから大幅赤字で構わないという状態は、少しでも改善されたのだろうか? 自由競争がないというのは『社会主義』かもしくは『専制政治』と昔から相場が決まっている。 昔羽仁 五郎という歴史学者の書いた『都市の論理』という本がベストセラーになったが、その中で氏は、『公社・公団は人民の敵』とぶち上げた。今の日本の光景を氏が見たら「ほら見ろ、言わんこっちゃない」と言うに違いない。 何故彼らはあちこち流れ歩いて高額退職金を何回も貰うのだろう? 公僕とは名ばかり、地位や職権を利用して私腹を肥やし、自分の老後だけを心配している人たち、それが公務員という人種なのだろうか。 小学校の先生はこんな我が国の状態を何と言って教えるのだろう?教えようがないではないか。 こんな老害の多い国は早いとこ見捨てて、どこか若くて勢いのある国へ逃げ出しなさいとでも教えるのだろうか? NHKもひどい。あの方がお辞めになったのは大変いいことだと思うが、辞めたらもっと悪くなったという声もある。然りである。だいたいがあの方たちは辞められた方の取り巻きだったのかどうなのか知らないが、揃いも揃って人相が悪過ぎる。しかもみんな同じ顔をしている。 もっとはっきり言えば、幹部連中はみんな「越後屋、お主も悪じゃのう、ぐふふ・・・」という悪人面をしているのである。そういう人を集めたからそうなったのではなく、視聴者から税金のように徴収して来た料金を、まるで自分たちの私財ででもあるかのように勝手気ままに使い続けた結果が、ああいう顔を作ったのである。 『都市の論理』の中で、羽仁氏は「野党第一党に投票を集中せよ!」と提言した。あの、駄目でだらしなくて、どうしようもない社会党に投票して政権交代を実現せよ、と主張したのである。それから数十年して、一度だけ自民党は下野したが一年足らずで政権党に復帰した。 TVで拝見していると、あの、保守反動の頭目のような(?)三宅先生までもが、今や政権交代が必要だと断言している。政権交代のない政治が腐敗するのは不可避である。民主党がいい悪いの問題ではない。主張だって似たようなものである。また1年足らずでも良いから、とにかく政権の総とっかえが必要だと私は思うが、現政権の自公共闘はなかなか頑強である。 仮に選挙があっても投票率は50%しかないし、自民党も民主党も支持率は20%前後、要するにどちらも有権者の十人のうち一人二人にしか支持されていない政党である。 ちなみに私自身は埴谷教の信者で「投票行為は4年に1度の白紙委任状である」という立場から概ね殆どの選挙で棄権を選択して来たが、近年羽仁教へ宗旨替えして、選挙には棄権せず野党第一党に投票している。相乗り候補の場合には大嫌いな某党にさえ投票する私である。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 無料版「時事用語のABC」 2005年 2月14日発行 第1034号(39,394部)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 人事・労務の課題解決サイト 『 日 本 の 人 事 部 』 http://jinjibu.jp/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [▲広告]●今日のキーワードは「郵政事業民営化」です。――――――――――――――――――――――――自民党の与謝野馨政調会長は、郵政事業民営化について、郵政事業の先細りを指摘した上で容認する考えを表明した。――――――――――――――――――――――――§郵政事業民営化【ゆうせい・じぎょう・みんえい・か】郵政三事業を民営化すること日本郵政公社が行っている郵便・郵便貯金・簡易保険の3つの事業を民営化することを指す。小泉首相が掲げる最大の政治公約として、郵政事業の民営化計画が進められている。2004年9月に閣議決定された「郵政民営化の基本方針」によると、現在の日本郵政公社を2007年4月に廃止し、郵政事業を郵便・郵便貯金・簡易保険および窓口ネットワークの4つの機能に分離して、持ち株会社の下に4つの株式会社として独立させることが盛り込まれている。政府は今国会で郵政民営化法案を提出する予定だが、郵便局などを支持基盤とする自民党の郵政族議員の間で民営化に反対する声が上がっている。郵政事業の民営化によって、郵便局職員の身分やこれまで日本郵政公社が担ってきた全国一律のサービスがどうなるのかと心配しているためだ。郵政事業の民営化は、競争原理に基づく経営の合理化だけでなく、財政投融資制度の改革にも結びつくという小泉首相の持論もあって、郵政民営化法案の行方が注目される。▲時事キーワード「郵政公社」http://www.science-news.net/database/display.php?id=11544▲時事キーワード「郵政民営化懇談会」http://www.science-news.net/database/display.php?id=11501
2005年02月14日
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JR大和路線沿いに天王寺から東部市場方面へ気長に歩いて行けばこの落書きを発見出来る。但し平日は製品の山に遮られてなかなか全体を見通すことは困難と思う。 絵はガード下を抜ける道に面しているから誰でもすぐわかる。事務机等を扱う会社の壁面に描かれているが、私は密かにこれは素晴らしい名作ではないかと思っている。会社の人も内心結構気に入っているのか、消される様子は見られない。 私がこちらへやって来てから6年立つが、私はこの絵は是非ともフィルムに納めたいといつも思っていた。しかし私がカメラを持ち歩いているときは不思議とこの絵を意識することはなく、逆に今なら撮れる、今撮りたいと思ったときにはいつもカメラがなかった。そういう巡り合わせだったのである。 私個人の独断と偏見によれば、もし仮にこの絵がある日突然消しさられたり、他の落書きで損壊したりすることがあったら、近所の人やこの会社に来る業者の人たちの多くはとても寂しい思いをするのではないだろうか? 今巷には落書が溢れている。昨年恒例『鹿の角切り』を見に奈良へ行って驚いたが、参道商店街のシャッターは軒並みどぎつい落書でやられていた。描く側にしてみれば、観光地もへったくれもないのだろう。 シャッターも塀も壁も交通標識もガードレールも橋の欄干も、およそペンキが乗るところはことごとく彼らの好餌となるのだから、私などは描く側の社会に対する凄まじいばかりの敵意乃至は憎悪に類するものを感じとってしまうのである。 そうかと思えば舗道に留められた自転車やバイクをわざわざひっくり返して歩く人もいて、たまにそんな人を見掛けてもこちらはなかなか声をかける気にはなれない。 確かに舗道に留める人がまず悪いのかも知れないし、そういう人に注意しても果たして素直に聞いて貰えるかどうか私も保証は出来ないのだが、だからといってそんな乱暴な行為に出て良い筈もない。 「この国は壊れてしまったのかも知れないな」と、私がふと思うことがあるのは、こういうことが心のどこかに残像として残っているからかも知れない。
2005年02月13日
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「どした?今日は書かんのか? ついにネタ切れか?「まさか、ネタ切れの筈ないだろうが。「ほな、はよ書きぃな。「おめえがいたんじゃ、書けねえよ。沈思黙考出来ねえじゃねえか。「ほら来たで、何かっちゅうと他人のせいにするのんは実力のあらへん何よりの証拠や。「じゃかぁしいわい。俺みたいに6本も連載抱えているとだなぁ・・「6本も?!(笑)連載を?(笑)あんた出世しそこなってるで、道間違うとるわ、吉本行かはったら良かったんや。「お前こそ古いギャグ言うんじゃねえよ。========================= インターネットを始める前に概算で400枚の葉書絵があった。それらを順次アップして行くだけだから、5つや6つサイト(?)を抱えても楽勝と思っていた。まさか毎日こうやって日記を付ける破目になるとは思いも寄らなかった。 画像だけに限っても、確かにアップして行くだけなら大して手間はかからないのだが、画像の保存方法が悪かったのか殆どの絵は手入れが必要だった。それも手っ取り早い手段などない。『学問に王道なし』なら、我が画道にも王道はない。しかし抜け道くらいなら・・・オホン、そんなものをこの私が望んでいる筈はない。のである。と思う。==========================「降参か?「誰が?!ああ、風邪ひいたみたいだ、ティッシュとってくれ、早く・・・「ほおほお、風邪な、いかにも〆切りに追われた大先生の使いそうな言いわけや。「まずは言い訳から似せて行かねばならぬのじゃ。========================== どうも、あのイラちゃんのすっきり、くっきりの画像に親しみを感ずることが出来ないでいる。ヴェクトル画像は美し過ぎる。私は基礎もないままラフな手描きから入っているから、こうなるのも当然という気がする。 本来は写真修正用のソフトで葉書絵を修正するのは邪道だろうか?私はCGのノウハウを全然知らないし学ぶ気も今は毛頭無いので、我流で通すしかないのである。 去年の秋か夏、ペイントショッププロの体験版というのをなんばの某ビックカメラで貰って来て、すぐ使い、そのサンプルブラシというのに魅せられた。種々あるサンプルの中からどれかを選択すれば、あとは画面に吹き付けるだけでいいのである。これは遊べると思った。 店員は「アンチ=アドビの人に喜ばれているソフトですよ」と説明したが、私は別にアンチではないし、それどころかフォトショップが使えなくなったら早速困り果ててしまう人間だが、「PSP9.0」は是非欲しかったソフトなので今年になってから購入した。 他にもソフトはいろいろあるが・・・==========================「数だけはな。「わっ!びっくりした。どうしてお前はそうやっていつもいきなり現れるんだ?「さっきからおるやん?(笑)勝手に脚色したらアカン言うてるやろ、い・つ・も?「いや、少しでも楽しい読み物にしようと、私は私なりの方法で努力しているのでアル・・・「で、結果は?「ふむ。それがあまりかんばしくないのだ・・・なんてこの私が答えると思っているのか?このスットコドッコイが!「はいな、その調子や、せいぜいお気張りや!ほな帰るで。「ああ。=========================== 今管理トップで見たら、私は開設51日目で日記記入率が74%程となっているが、最初の2週間はほぼノータッチだったわけで、正月6日あたりからの日記記入率は実は百%なのである。 私は自分の紡ぎ出す文字の列に殆ど絶望し切っていた時期もあったくらいで、今現在もイラスト程には自分の文章には期待していないのだが、実際には私のイラストに一種おかしさを感じてくれる人は少なく、この日記に来てくれる人の方が遥かに多いのは皮肉と言うしかない。 まあしかし、なるようになるしかないと思っている。 追記。今試しにヤフーで『ヤースケ伝』を検索に掛けたら20件も出て来ました。ブヒヒッ!みなしゃん、これからは何をおいてもヤースケ伝です。
2005年02月12日
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一年ぶりに吉野家の牛丼が復活するのだと朝からTVがうるさいので、ミーハーオヤジを自認する私としては、ここは万難を排して店前の行列に参加しなければなりません! 各々方、いざ出陣でござる!努々(ゆめゆめ)ご油断めさるな。 でも食べられるのかなあ・・・?========================= 1軒目。30人くらいの列の最後尾(当たり前!)に就く。途中親子連れ等が抜け、13人くらいになったところで食べ終わった人が通りかかって、なんと、「食べるだけなら、反対側から入ればすぐ食べられますよ」と教えてくれたではないか! バーロー、あほかいな! はよそれ言わんかいな! いえいえ、ご親切にも教えて下さった方ですぞ。そんなこたぁ口が裂けても言えません。するとどうでしょう、私の後ろに並んでいた筈の若者が俄然断然真っ先に飛び出して、反対側の入り口へと突進して行くではあ~りませんか! しまった。不覚なり。遅れをとった! おっと、ここは悔やんでいる場合ではなかった。 元々お持ち帰り専用の行列に、何の躊躇もなく並んだ私が悪かったのである。さあ、私も急げ、急がなければ、急ぎたい、急げば、急ぐとき、急ごう!なのであった。 で、私をまんまと出し抜いた青年は入ってすぐの席にすわれてただちに注文出来たのであったが、私はというと、ずうっと奥へ進んで、今食べ終わったばかりの二人連れがのそのそ会計を済ますのを、その後ろで背後霊となって、ただただじっと待ち続けるしかなかったのである。 私の右隣では先に着席したオヤジが大盛りを注文したところだった。次いで私が席に着き並を注文したところへ青年が左隣にやって来て並とおしんこを注文した。覚えておいて下さい、天地天命に誓って(いや神明だったかな?だいたい私は誓ったことなどないから、こんな言葉知らんのだ)私の方が青年より先だったのである。 カウンターの反対車線(?)は止まり木への着席は禁止されて、お持ち帰りの人たちの行列だけが受付から店外へと連綿と続いていた。危ない、危ない、私もあのまま並んでいたら、まだ店の外だったのだ。 そうこうするうち、カウンターの人間も入れ替わったのだが、なんとキッチンからは、「店内止めて!」と悪魔の叫びが発せられたではないか! おいおい、そないなこと、わし、聞いてへんで!何かの間違いや。材料はまだあんねんな?きっと解凍が間に合わんとか、そんなとこや、大丈夫や・・・な? 私の不安をよそに、まずオヤジに大盛りが来た。これはいい。次に少し間があって並が来た。これは私の並だ。ブヒヒッ、私はアブレなかった・・・ん?ん? 「ちゃう、ちゃう!」と私は思わず叫び出しそうになった。 カウンター係のお姉ちゃんは何の躊躇いもなく私の前を素通りし、その並を私の左隣の好青年に届けたではないか!おまけに彼には最初っからおしんこがついている!ひどい!グスン。いや、おしんこは彼が注文したのだから当然だったのだが、バーロー、このアマ、お前なんか牛丼の具が煮え滾っている寸胴に頭から放り込んでお尻ペンペンしてやるぅ!若いかっこいい男を優先しやがって、とんでもねえ女だ!仕事と私情を一緒にするんじゃないっ!・・・と叫びたかったのだが、大勢様の前なのでそれは断念せざるを得なかった。 いや、あと2~3人お客が少なかったら、私は目に涙を浮かべて「わしの牛丼返せ~!!」と怒鳴り散らしていたに相違ない。 その後の数分間の長かったことと言ったらなかった。私はもう一生吉野家の牛丼とは縁が無いのかも知れないと思ったら目から大粒の涙が溢れて出て、こぼれ落ちた涙は私の前のカウンターを水浸しにした。というのは嘘で、本当はさっきのお姉ちゃんが私にお茶を届ける際乱暴に湯呑みを置いたから中身のお茶がこぼれたのである。 そしてとうとう私の並が来た。グスン、ようこそお出で下さいましたと、私は三回お辞儀をしてから食べ始めた。これも何だか嘘っぽい。本当は3回紅生姜を大掴みしてトッピングしたのであった。 と、今度は私の右隣のオヤジがなにやらそわそわしているのだ。見ると彼はもう九分通り大盛りを食べ終わっていたのだが、彼のところにはまだお茶が届けられていなかったのである。店内のあまりの混雑ぶりに、彼は自分にお茶が来ていないことなど言い出せずにいたわけである。なんと心優しい人であろうか。 私はこの人には座布団1枚差し上げたいと思うけれど、結局この人にもお茶が来て、店内ストップも程なく解除され、この私も実に1年ぶりの吉野家牛丼を無事食べ終えることが出来た次第である。牛丼もお茶もおいしかったが、一言苦情を言うとなんだか1切れか2切れ程肉片の数が少なかったような気がした。なぜなら、普通に食べていったら最後の方で御飯が少々余り気味だったからである。 コマケーオヤジなのである。 この話を打っている間に吉野家の堺市浜寺店に客の4駆が突っ込んだというニュースが流れた。 その店は40分間の営業停止を余儀なくされたのだが、お客さんは最大1時間半にも及ぼうという待ち時間にもめげず、行列を崩さなかったという。 次は2軒目の話を今から仕込みます。========================= 2軒目、今度はもっと混み合いそうな店を目指した。「このオヤジ、少しおかしいんじゃないか?ちょっとキテイルんじゃないか?」と思われる人がいたとしてもおかしくないが、私はこの際だからもう1軒別の店の情況を見ておきたかっただけで、もう1杯並を食べたかったわけではない。 その道すがら考えてみると、私はそんなに牛丼が好きな人ではなかったことに気付いた。中止される前、吉野家はいろいろなキャンペーンをしていたけれど、私がそれに参加してサービス券を集めることなど殆ど無かった。 いつでも食べられるという意識が却って吉野家から足を遠のけていた節もあるが、私は多分1月に数回しか牛丼を食べていなかった人だと思う。 牛丼を毎日食べることなど私には有り得なかったし、もし何かを毎日食べなければいけないのだとしたら、私は牛丼の代わりに開発された同じ吉野家の牛カレー丼の方にしたい感じである。 況や豚丼など私には論外で、初期に一度だけ食べてその「くどい」味にすっかり懲りてしまった人間である。あれだったらカツ丼の方が遥かにおいしい食べ方だと思う。 別の店に行ってみて正解だった。そこでは1軒目とは全く事情が逆で、お持ち帰りの方が断然行列が短く、店内で食べる人の列の三分の一くらいしかなかった。 何より良かったのは、たまに店員さんが外へ出て来て、お客さんの整理を行っていたことである。これが先の店には無かった。 人員の都合もあるだろうから文句を言う気はないが、お客なんてものは放っておくと他所の店の入り口へも平気で列を作るし、第一二つの行列の意味=店内組とテイクアウト組の違いも来て早々わかる筈もない。 そういう店側の気配りへの好感触もあって、単に観察に訪れただけの筈の私までもが何故かお持ち帰りに並ぶ気になって、結局並を2つも買ってしまう破目になった。何か牛丼シールのようなものを計3枚貰ったがそれにはサービス券は付いていなかった。 今回の一日限りの牛丼限定販売は大赤字前提だというから、この上味噌汁のサービス券などを期待したらバチが当たるかも知れないなと、そんなことを思いながらけっこう満足気に、都合1時間程度の吉野家ツアーを打ち切って帰途に就いた私でありました。
2005年02月11日
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落語のテープを探していたら、ユーライアヒープの60分テープが出て来た。多分6年くらい前に復古版のCDからコピーしたものだと思う。CD自体はもう手元にはない。 LPレコードで出たときのアルバムの名前は『対自核』というひどく哲学的な(?)雰囲気を漂わせたもので、誰がつけたか知らないが今考えても名訳だったと思う。私は東京中野駅前の小さなレコードショップへ何か他のレコードを探しに行った際、『眼』をテーマにしたアルバムのイラストとこのタイトルに惹かれて、それまで一度も聴いたことのないこのグループのレコードを衝動買いしてしまったのであって、70年か71年か、あるいはもう少し後になるか、その頃の話である。 1曲目が Look at yourself という曲でこれが『対自核』と訳されてアルバムのタイトルにもなったわけである。当時は例えばピンクフロイドの Atom Heart Mother は『原子心母』とモロに直訳され、そしてその和訳の評判も良かったし、まあなんと言うか、そういうことが流行した時代だったのである。 ユーライアヒープはさして流行ったとも言えず、従ってビッグネームを得ることなくそのうち消えてしまったわけであるが、キーボードを中心に据えたテーマの延々たるリフレインと、澄んだ高音のヴォーカルを特徴としたこのグループを、私はずっと好きだった。とりわけ、A面の1曲目から3曲目は完璧に素晴らしいと、今でも言わせて貰いたい。========================= それで、出て来たテープのB面にはユーライアヒープの後に『淺川 マキ』の曲も何曲か入っていたので、私は何か得をしたような気になった。要は私は裏も表も今日一人で全部聴いてしまったということなのである。 『夜が明けたら』『小っちゃなときから』『かもめ』etc.と、みんな切ない恋の唄で、故寺山修司主宰の劇団『天井桟敷』等で歌っていた唄であるが、今の若い人たちがどれだけこれらの曲を知っているかというと、私は全然自信がない。 いずれ私のPC技術が飛躍的に向上したら、音源は悪いがどちらもネット上で公開したい音楽である。
2005年02月10日
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〃 (^∇^) ミ( )彡 亅亅 MBSおじゃマガからのパクリです。w{~|~}w 以下は『IT用語辞典』から。 トラックバック 【track back】読み方 : トラックバック ウェブログ(ブログ)の機能の一つで、別のウェブログへリンクを張った際に、リンク先の相手に対してリンクを張ったことを通知する仕組みのこと。 ウェブログ作者が別のウェブログの記事を参照して自身のサイトにコメントを掲載するような場合、元の記事へのリンクを張るのが一般的だが、単にリンクしただけでは元の記事の作者はどこからどうリンクされているのか容易に知ることはできない。トラックバックはリンク元サイトに「このような記事からリンクを張った」という情報を通知する仕組みで、リンク元記事のURLやタイトル、内容の要約などが送信される。トラックバックされたサイトはこの情報を元に「この記事を参照している記事一覧」を自動的に生成することができる。 相手に送信されるトラックバック通知のことを「トラックバック・ピング」(trackback ping)と呼び、通知の送信先を「トラックバックURL」(trackback URL)という。多くのウェブログの記事には隅に「この記事へのトラックバックURL」が記載されている。=========================== 昨夕『本家ヤースケ伝』という私の別のページで、ライヴドアのニッポン放送株取得問題について軽く触れたら、どこでどう調べたのか(笑)以下のアドレスから早速トラックバックが貼られた。 で、それではと行ってみたら私より遥かに専門的(?)な記述がしてあって、私はそこでも「オラ、おったまげただよ!」と呟くしかなかったのである。http://1530radio.jugem.jp/trackback/209=========================== 私自身はつい数日前気付いたばかりなので偉そうなことは言えませんが、《管理トップ》という画面にはしょっちゅう行っていないといけませんよ。 そこへ行くと毎日のアクセス数の推移が一目瞭然だし、最新の訪問者のページもわかります。 そして訪問者がわかったなら、儀礼的であろうと無かろうとまずは御礼に伺って、何か書き込みたいことがあったら書いてくればいいし、仮に書きたいことが無かったとしてもザッと見て来るだけでも、どういう人が自分のところへ来てくれたか知ることが出来るし、相手の人だって「ああ、あの人来てくれたんだな」ってわかるわけでしょう? だから《管理トップ》画面は基本ですぅ。ww=========================== 勝ったね。凄いね。 北朝鮮は強かった。 序盤の1点はラッキーな面があった。 中盤は北のペース。 高原と中村が入ってからは日本の猛攻だったけど、全然点が取れそうもなかったのでドローと思っていました。 でも勝った。 ジーコジャパン、強いのか弱いのか私にはわかりませんでした。
2005年02月09日
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膨張宇宙でいうところの”宇宙には中心もなければ端もなく、全ての銀河は互いに一様に遠ざかっていく。ビッグバンは空間の中から生まれたのではなく、空間そのものも(時間も)ビッグバンから生まれた”という概念は、私たちがイメージできる範囲を超えています。(Fujikenの「ちょっとサイエンス」2/8より) 現段階の宇宙論によれば、「時間も空間も何もない」ところからある日突然「ビッグバン」なるものが始まり、数瞬にして(?)順次各種元素が出来、現宇宙の雛形が形成されて、以降140億年たって現在の地球に60億もの私たち人類が生活しているらしいのだが、この「時間も空間も何もない」というところには当然私たちは一度も行ったことがないのであるから、そんなこと言われてもとても「理解」など出来る道理もない。 従ってむずかしいことを言われた場合差し当たって私たちは「御高説御尤も」と三尺下がって平つくばって「へへえ」と聞いておくしかないだろうと思う。 ここに例えば「ビッグバンそのものが一種ホワイトホールで、その向こう側にはブラックホールが繋がっている」というモデルなどは当然推量されて然るべきだが、今の科学の水準ではそんな事実が観測されるということは到底有り得ないので、何か画期的な理論なり事実なりが出て来ない限り、私たちはいつまでも「ないものはない」とか「何もないんだから何もない」とかのわけのわからない説明しかして貰えない宿命なのである。 だから言ってみればこれは一種の禅問答である。答えは自分で探すしかない、というか逆に言うならば、自分で勝手に見つけてしまってもいいのである。この一点にこそ私たちは自らの活路を見出すことが出来るのであって、例えばSF等の入り込む余地もここにあると言える。 この私たちの持つ想像力・空想力は私たちの言わば「希望の星」であり最終最後の「切り札」なのであって、まず一般に人間というものは、自分たちが実現不可能なことなどは空想することさえ不可能なのだ。勿論これは「空想すりゃあ何でも即実現出来る」という意味ではない。 先日1Km先から遠隔操作出来るロボット兵器が開発されたというニュースが流れた。カメラは7台まで搭載出来て、機関銃又はロケット砲を積んだキャタピラが走り回って索敵し攻撃を仕掛ける。射撃の腕前は人間より上で、更に操縦器が敵に奪われた場合のプロテクトもあり、既に6台ある完成品は早晩イラクへ送られるという。 これはどういうことかと言えば、米兵の死傷者数の増大はそのまま米国内の厭戦反戦気運の高まりに繋がるから、これからは死ぬのはイラク人だけにしたいと身勝手なことをおっしゃっているわけである。 さてそのロボット戦士の風貌はというと、私が40年以上前に『鉄腕アトム』や『鉄人28号』で見ていたロボットの生き写し(?)と言っていいのである。アトムや鉄人は当時の漫画月刊誌(漫画週刊誌はまだ無かった時代である)の花形だったわけだが、漫画以外にも子供らの興味を惹く記事が毎号掲載されていて、その描くところの『夢の未来』の想像図には、『夢の高速道路網』や『夢の超特急』もあり、今現状を顧みて高速道路も新幹線も既に実現されて久しいことを思えば、「なんだ夢は実現しちゃったのかよ?ドリカムかよ?」と思わず口走りたくなって来る私でありました。
2005年02月08日
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また今日も4+2=6匹駆除出来て嬉しい。でも多分もう新しいワラシちゃんが来ていると思う。 よいこのアニメ館『世界のおとぎ話3』(中国製)が買ったままになっていたので、うち「赤ずきんちゃん」だけ見た。他にも見ていないDVDがたくさんある。NHKvs朝日。「水に落ちた犬は打て」という。水に落ちているのはどっちだろうか?===========================●今日のキーワードは「プラズマテレビ」です。――――――――――――――――――――――――松下電器産業と日立製作所がプラズマテレビの分野で技術提携することが明らかになった。部品の技術開発や部品調達で提携するという。――――――――――――――――――――――――§プラズマテレビ(Plasma Display)プラズマ技術を応用した薄型テレビ蛍光灯の発光原理と同様に、プラズマによる放電現象を利用して色を表現している。従来のブラウン管とは異なる原理で薄型を実現し、迫力のある大画面で映像を楽しむことができる。従来のブラウン管では電子ビームを飛ばすためテレビの奥行きに十分なスペースが必要だが、プラズマテレビでは2枚のガラス基板に加工を施すだけなので、薄型にすることが可能となった。また、構造が単純で大型化が簡単なため、32インチ~60インチといった大型画面の製品が一般家庭向けに投入されている。その一方で、ガラス基板への微細加工が難しく、30インチ以下の製品は出ていない。現在、液晶テレビとともに、一般家庭向けの薄型テレビとして人気が上昇している。液晶テレビと比べて消費電力は大きいが、画面が明るく視野角が広いという特徴がある。プラズマ・ディスプレー・パネル(PDP)の国内生産で1、2位の松下電器産業と日立製作所がプラズマテレビ技術で提携するという。サムスン電子やLG電子などの急成長企業との競争に立ち向かう。以上mag2:無料版「時事用語のABC」2005年 2月 7日発行第1033号(38,860部)より。 =========================== Webマーケティング・バックナンバー スパイウェア対策法案、クッキーを禁止せず著者: Zachary Rodgers オリジナル版を読む プリンター用 記事を転送▼2005年2月4日付の記事■海外internet.com発の記事スパイウェア取り締まり対策法案『H.R.29』(通称『SPY ACT』) には、Web サイト上のサードパーティの広告を邪魔する意図は全くないと、同法案を米下院に提出した議員の広報担当者が述べた。これは、同法案提案者の1人、Mary Bono 下院議員 (共和党、カリフォルニア州選出) の広報担当、Kimberly Pencille 氏の発言だ。同氏によると、H.R.29 にあるクッキー関連条項の解釈をめぐって業界に混乱が生じたことから、下院の委員会で検討を行ない、何らかの形で明確化する可能性があるという。 Pencille 氏は、法案修正があっても必ずしもクッキーの使用が取り締まり対象外になると限らないが、クッキー関連条項については「曖昧さを排した表現にする」可能性、あるいは完全に削除する可能性さえあると述べた。 多くオンライン広告代理店は、H.R.29 の条文がいささか曖昧であるため、オンライン広告を支える一部技術の制限を意味するのではないかと、懸念を表明している。原案の表現を見ると、特にオンライン行動に基づく広告配信が取り締まり対象になるとも読めるからだ。 Pastille 氏によると、禁止対象については、ユーザーが気づかないままそのパソコンにデータを処理させるソフトウェアだけに絞る。(以上Japan internet.com news 2/7日付)より。===========================「オレは我家で ヨソ様さ」 サラリーマンの嘆き、百句 ---------------------------------------------------- 第一生命が毎年募集している恒例の「サラリーマン川柳」の入選作百句が7日発表された。リストラや会社での競争に疲れたせいか、夫婦の話題を取り上げた句が多かった。もっとも、サラリーマンのお父さんには相変わらずの「逆風」が吹き付ける。安住の場よ、いずこ――。 「ペと言えば 母はヨンジュン 父加トちゃん」「ヨン様かあ オレは我家で ヨソ様さ」と「ヨン様」に夢中の妻を嘆く一方、夫は「父踊る マツケンサンバは 千鳥足」とサンバで憂さ晴らし。 自宅へ帰ろうと電話をしても「オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る」と「振り込め詐欺」と同じ扱いを受け、家での食事を期待しても「飯あるか!! 少しあるわよ 猫の分」。 外で遊ぼうにも定率減税縮小などで懐は厳しく、「明細の 税の欄だけ 濃く見えて」「税改正 それをやるなら 税返せ」。さらに「所得税 所得増えずに なぜ増える」と、嘆き節はとどまるところを知らない。 第一生命は百句のうち、一般からの投票で選んだ上位十句を5月上旬に発表する予定。投票はインターネットや同社の営業職員が配る専用の投票用紙で受け付ける。 (02/07 19:32) asahi.comより。
2005年02月07日
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*昨日駆除したばかりなのに、試しにスキャンしてみたら我が家にはもう既に6匹の座敷ワラシちゃんが住みついていたからまた駆除した。 こういうことを、webを始めたばかりの私のような者までが、半永久的に、日々の作業の一環として遂行して行かなくてはならないのだろうか? 聞くところによると、ウインドウズには元々スパイウエアが侵入出来る経路が用意されているということで、その経路をブロックしてもまだどこからかワラシちゃんは入って来るというのだから、結局我々に出来ることと言ったら、他人に知られたくない個人情報はPCには入れて置かないということくらいではないかと思う。私自身は自分のPCにはヤバイことは入れていないつもりだが、私の情報が誰にいつどんな形で使われるかわからない状況はあんまり歓迎出来ない。 というか、私生活を覗かれるのが好きな人はあまりいないだろうと思う。 仕事で常時オンライン化している企業なんか、そんな呑気なことも言ってられないから、もうがむしゃらに、必死で企業機密を防衛するしかないのでしょうね。そして誰かが困ればそれは即ち他の誰かのビジネスチャンスに直結して行くわけであります。 これを自作自演することを『マッチ=ポンプ』と言います。例えば消防士がマッチで放火してポンプで消火に向かえばこれになりますし、また性質の悪い住宅リフォーム屋が石を投げて屋根瓦を割ってから徐にその家へ営業に伺うようなこともこれに該当します。似たような事件ありますよね。 話を個人情報に戻すと、銀行預金でもそうです。某銀行では有料で『掌紋(しょうもん=手の平の模様のこと)カード』を作ることが出来るのですが、そういうことでもしない限りは、極端に言えばいつ自分の口座がすっからかんになっても文句は言えないのです。実際そういう事件も既に起きているのですから。 街を歩けば監視カメラ、銀行行けば監視カメラ、コンビニ行っても監視カメラ、家に帰ってパソコンに触ればワラシちゃんがお待ちかねで、「今日はこのオヤジ、どこへ行ってどんなアホなことをやらかすんだろう?」とその一部始終を逐一監視して、そうして得た情報は私の知らないどこかへ送ってしまうのだから困ったことである。「賢いやっちゃ!敵ながら天晴れ」とワラシちゃんを誉めてやりたいところだが、それを仕掛けているのは薄暗い情念を内に秘めてその辺を歩いているフツーの業界関係者なのである。 監視されるのがどうしても嫌なら外出は一切止めるか、あるいはいっそのことどこか大海の遥か彼方の無人島にでも行ってしまうしかないかも知れないが、そんな場合でも私だったらパソコン1台は手元に置いておきたい。 もちろんその場合、web環境が抜群に優れていなければならないことは言うまでもない。 ===以下は『教えてGoo』からの転載ですぅ。w{~\~}w===質 問 No.1091339 質問:Ad-Awareについて 質問者:spspsp Ad-Aware SE Personal.Build 1.05を使用しています。そこで質問させて貰います。毎回同じ重要なオブジェクトが発見されるのですが、どうして何でしょうか?発見されているオブジェクトは・・・【ペンダ】Tracking Cokies【タイプ】IEcache Entry【カテゴリ】Data Miner 【オブジェクト】Cookiemy ??????@ad1.gaiaxcom/cgi-bin/と出ます^^;因みに、スパイブラスターとスパイボートとノートンセキュリティーも使用してます。何かのウイルスに感染していたり、削除しても強制的に現れるスパイウエアが侵入している恐れはありますか?宜しくお願いします。 xxx-xxx-xxxxx 15:50 困り度2:困ってます 回答件数:2件 この質問に対する回答は締め切られました 最新から表示 | 回答順に表示 回答No.2 Tracking Cookieはスパイウェアの一種として分類されてますが…危険度としてはそれ程大きいものじゃありません。強いて言えば…特定のグループ内のサイトの中でどこに何回行ったかとかが追跡調査される、程度のものです。その程度といえばそうですが…それでも何か覗かれてたり監視されてるようでヤダ、と考えられることが多く、対策ソフトでの削除に執心したり、発見されるとやたら不安になったり…という感じです。さて…問題になってるクッキーはブラウザの設定で受け取らないようにすれば以降検出されることはありません。IE6の場合はインターネットオプションから『プライバシー』の『詳細設定』でファースト・サードの両方で『ダイアログを表示する』に設定すれば該当ページの初回閲覧時に受け入れるかどうかを訊いてくるので、そこでad.gaiax.comのクッキーを拒否しておけば、今後Ad-Awareで検知されることはないと思います。ただし、gaiax.comはコミュニティサイトでして、もしそこに登録してて各機能をお使いなら、gaiaxのクッキーを受け入れる必要があります。もしかしたらad.gaiax.comのものだけ拒否し、あとのクッキーは受け入れるようにすれば大丈夫かも知れないですが…駄目かも知れません。その場合は、二つに一つです。gaiaxの利用をやめるか、このTracking Cookieに目をつぶるか、どちらかになります。後者を選択の場合、検出された項目を右クリックして『無視リスト』に入れてください。以降検出の対象から外れます。
2005年02月06日
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東大生の平均(120) ビートたけし (135) 所ジョージ (140)中田ヒデ (121) シャロンストーン(200) マドンナ (140) 大前研一 (216) ジョージブッシュ (91) 山下清 (68)IQ値です。120を超えると天才だそうです。シャロンストーンは自己申告とのこと。(1/26「明日使える!プチ雑学」より。)====================================●「岡村」様よりさて、ハッブル定数についてですが、以前は h=1.0 だとか h=0.5 だとか観測によって色々ありましたが、現在ではh = 0.72 +- 0.07といった値が使われています。特にWMAPからのデーターはh = 0.71 + 0.04 - 0.03 となっておりほぼ確定したと言って良いと思います。また宇宙年齢もt = 13 +- 1.5 Gyearが標準的に使われておりWMAPの結果からはt = 13.7 +- 0.2 Gyearとなっております。この値も以前に比べて格段に精度が上がり信頼できる数字になっていると思います。観測論的宇宙論は最近目覚ましく進歩しており、特にWMAPの結果は我々に多くのことを与えてくれました。一度調べてみることをお勧めします。(Fujikenの「ちょっとサイエンス」2/1より。)==================================== 今日は60匹ものスパイウエアを発見して、オラ腰抜かしてひっくり返ってまっただよって感じです。cf:http://www2.wisnet.ne.jp/~takk/sl/column/takk/38.html===========================●今日のキーワードは「特定外来生物」です。――――――――――――――――――――――――環境省は、特定外来生物の指定リストにブラックバスの代表種「オオクチバス」を入れる方針を決めた。パブリックコメントを経て、6月までに正式決定する。――――――――――――――――――――――――§特定外来生物【とくてい・がいらい・せいぶつ】生態系を破壊するおそれがあると認定された外来生物本来の生息地に存在する生物を保護するため、その生態系を破壊するおそれのある外来種について、2004年に成立した特定外来生物被害防止法に基づき環境大臣が指定する。特定外来生物として指定されると、国と地方自治体で駆除を進めるほか、国の許可を受けない輸入や移動、飼育、栽培その他の取り扱いが禁止される。違反した場合、個人は3年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人は1億円以下の罰金が科される。環境省は、特定外来生物の指定リストにブラックバスの代表種「オオクチバス」を入れる方針を決めた。一般からの意見募集を経て、6月の法施行までに正式決定する。(「時事用語」2/4より。)以上引用は全て《mag2》からでした。
2005年02月05日
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MIという先生がいた。 以前1/17付の日記で書いたNTという私たちの兄貴分だった若い教師の更に兄貴分的な存在で、私生活では彼にいろいろな教義(?)を授けて指導し、私たち生徒には他の人では真似の出来ない独特のスタイルで現代国語を教えていた。 NTとは全く逆に、私生活で私たちの相手をすることは皆無だったが、本業の授業は抜群に面白く、教科書に沿うとは言っても自分が興味ない箇所は「読んでおくように」の一言で軽く流し、自分が語りたいものがあるページは情熱を傾けて2時間でも3時間でも続ける先生だった。 そして何より彼は、学生時代は太宰治のところに出入りしていたという経歴の持ち主で、女生徒らがタイミング良くせがむと徐に太宰の思い出を語り始め、ついにはその1時限全てを太宰の思い出に費やしてしまうという人だったらしい。 「らしい」というのは私自身は太宰の話は聞かずに終ってしまったのである。 今思っても残念至極であるが、代わりに彼の十八番の落語は聞いた。 落語と言っても彼の場合仕草は伴わなかったから、恐らくテープかレコードで独学で学んだのではないかと思う。両手を後ろ手に組んで、ゆっくり歩きながら自らに言い聞かせるかのように、とくとくと語るのだった。 演題は三遊亭円朝の『鰍沢(かじかざわ)』である。 私自身は主として、円朝の生まれ変わりを自認していた故六代目三遊亭円生でこの落語を聞いているが、先生が誰の噺をテキストにしていたかはわからない。今思い起こしても違和感はないから同系列の『鰍沢』だとは思うが。 この噺は元は『三題噺』といって、客から三つの御題を貰い、即興でその三つを織り込んだ落語を作って演じるという趣向噺だったわけであるが、あまりにも物語の出来がいいというので、現在に至るまで色々な落語家が演じ続けている。 三つの御題が何であったか、手元に資料がないので自信はないが、多分『身延山(ほうろんせきのごふう?)』と『熊の膏薬』、そして『たまご酒』の三つだったのではないかと思う。 そしてこれには更におまけのサービスがあって、演じたのが材木屋の寄り合い(?)の場であったため、『お材木(お題目)で助かった』という見事なオチで下げている。 先生は時代考証などを挟み、ときには腕時計に目をやりながら噺を進めて、最後はオチを言ったところで終業のチャイムが鳴るという、これまた見事な『名人芸』で噺を締め、一礼して教室を去った。 私たちが卒業したずっと後の話になるが、先生は御子息を日本で屈指のヴァイオリニストのところへ弟子入りさせたとのことである。しかしこの話は本題からは逸れる。 スタイルも風貌も良い上洞察力も鋭く、文学青年がそのまま中年になってしまったかのような人物で、女生徒から人気があった先生である。
2005年02月04日
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昔ピアニストの中村紘子が「日本は東京にしか文化がないような国だから」と放言して、心ある人たちの失笑を誘った。あんなこと言って、当時彼女がCM出演していたカレールウ(?)の売り上げに響かないだろうかと、私は余計な心配をしたものである。カレーは「文化のない」地方でも当然食べて貰わないといけない筈だから。 あの頃東京や大阪に本格的なオペラハウスがあったかどうか、私は知らないが彼女はもっと単純に、例えば「日本ではオペラハウスが東京にしかないでしょ?」と言っておけば無難だったのである。 口や頭が回らないのは困るけれども回り過ぎるのもまた考えもので、ややもすると自らの墓穴を掘りかねない。 一方、アフリカはカラハリ砂漠の裸族は裸でいることが文化だから、ヨーロッパの婦人会(?)あたりが古着類を集めて彼らに贈ったりするのは文字通り「小さな親切、大きなお世話」だと言う人たちもいた。尤もカラハリの人たちも文明化の恩恵に授かりたいのなら当然何がしかの代償は払わなければならないし、実際そのように歴史は進んで来た。 今では中村さんのようなあんなプリミティヴな失言をする「文化人」はいないだろうとは思うが、しかし東京への一極集中はというと、これはますますもって盛んだと言うしかないようである。 例えばこんなに関西弁がメディアを席捲しているというのに、関西の芸人は相変わらず東京で認知されないと全国区にはなれないし、あれ程独立心の強い名古屋の人たちのみならず、西の雄たる大阪の人たちまでもが東京を意識し、東京の方を向いて生活しているように、私には思われる。====================================だからさ、、スパイウェアが心配なら“Ad-Aware”入れなよ。。windowsなら動くよん。公式サイト:http://www.lavasoft.de/わかり辛かったら窓の社:http://www.forest.impress.co.jp/lib/inet/security/antiadspy/adawarese.htmlここからダウンロードできる。面白いように出てくるよん(笑) ーーコピペから何からこの2ヶ月間本当に、私はwebを通じて初歩の知識を得て来たわけだが、この人にも毎度お世話になっていて、別に私はスパイウエア恐怖症に陥っているわけじゃあないのだけれど、でもやっぱりある日突然webが出来なくなっても困るから、上記のラヴァソフトとかいうサイトへ行ってみたら、さあ大変、全部英語じゃないか!(笑) こういう場合私は実に強気で、ろくすっぽ読めもしないくせして「実行、実行、次へ、次へ」とクリックして行ったら何かが始まってしまって、随分待たされたけれど、結局今んとこ私のPCは大丈夫だと(?)自分で勝手に判断してこの日記を打っている次第である。「天の下、新しきこと何も無し」ではないと思う私でした。
2005年02月03日
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「読みましたで、読みましたで。もうええ加減で止めときなはれ。あんなん、単なるアメリカかぶれのアッパラパーや、ていのいい荒らしやん?そもそもセンセがあんなもんのとこ行って書き込みなんてして来るのがあかへんのやで。あんなん相手では折角の先生の御高説も体を為さへんわな、わしもゲスト出演しとるやん?あかんで、勝手にわしの発言脚色してまって(笑)ま、おかげさんでわしまであっちこっち行かされて忙しかったわ」「で、何か感想は?」「せやな、だいたいあの人は先生の文章が読めてへんわな」「・・・いいけど俺はいつから先生になったんだよ?」「そらあんた、あんなもん相手に大真面目に論争してはんねんやさかい立派な大先生や」「大先生にしてはちょっと冴えというものが無かった・・・」「プッ!流石大先生、よおわかってはるわ、けど論争いうのんは相手あってのこっちゃさかいな、あんなん相手ではセンセの長所も短所もうまいこと発揮でけんわな、公平に言って」「別に短所なんて発揮したくないよ」「ええやん、もののついでいうこともあんねんて?」「地獄で会ったら言っとくってったら、地獄は観念の所産だから云々と来やがった」(笑)「はいはい、あれもいっちゃんおもろかった口やな」「下手なジョークもわからない。馬鹿につける薬はないって本当だなって思ったよ、謙虚さが無い、皆無だ」「アホいうたらアホやで、あの人は。政治セレモニーに過ぎん選挙のTV見てお泣きになる人やさかいな、あんさんシーア派かいなって訊いたらなあかん、同じ泣くならもっと他の場面で泣かんならん、どれだけの老人子供が殺された?」「そう、捕虜になったが為に他ならぬ日本人からバッシングまで受けた人もいた。あの高遠さんが流した涙とは大分隔たりがあると思う」「そんなこともあったな。自己責任やいうてな」「何を殊更って感じだったけどね」=========================== どういう経緯で届けられたのか知らないが、今日はNYから抱腹絶倒のメルマが来て嬉しかった。いや、アメリカへ行くとみんなああいうアホになるのか、それともああいうアホしかアメリカへ行かないのかと疑いかけたところだったから、余計救われた感じがしたのかも知れない。この人は、少なくとも相手を「カッペ」呼ばわりして喜ぶような人ではないだろう。下卑た笑いしか笑えない人は不幸だと思う。Date: Wed, 2 Feb 2005 09:42:01 +0900 From: "melma00036916弘恵ベイリー" aluchu@aol.comTo: miwatya@ybb.ne.jp Subject: [Harlem日記 02/01/2005] 双子出産の実況中継!ではその一部を以下引用します。 *****双子出産の実況中継!*****デニス(長男)のときもブラックの助産婦さんだったけど、今回は太めで中年のブラックの助産婦さんだった。お腹につけてる胎動とお腹の張りをチェックするゴムの聴診器みたいなのが、モニターにグラフになって出てくるのだけど、それがグングン上がったときに、いきみが始まり、それと同時にいきむ。10からカウントしてくれて、息を吸いながら助産婦さんが胸から上の上半身を起こしてくれて、「じゃー息をとめてプシュプッシュプッシュ」ドクターも一緒に「プッシュプッシュ」と声をかけてくれる。なぜかドクターの助手に新人の若くて小柄な白人女性のドクターがいて、彼女が一緒に「はいはい、そこまで出てきてますよ~プッシュプッシュ」と声をかけてくれるのだった。しかし、声だけならいいけど、ドクター・モスクワッが子宮口に手を入れてグルグルと中をチェックするのに。それが、また痛いのなんのって、ベイビーが出てくるより痛いくらい。男の人にもわかるように痛みを伝えると、ゲンコツを尻の穴に入れられるって感じかな。新人女医までもが、モスクワッに「ここのところをチェックしてごらん」などとアドバイスをうけながらグリグリと子宮口をチェック。痛いからやめてくれ~~~!と叫びそうになったが、NYUの女医を育てるためだとがまんがまん。少しでもフェミニズムに私も貢献してるのかしら。などと思ってる余裕ははっきりいってなかったけど、痛すぎて声もあげられなかったってのが事実。何度となく、ドクター二人に手を入れられながら、痛みをこらえ。さらに、いきみも続ける。助産婦さんが、何度となく上半身を抱えてくれて、いきむうちにウンチのようなものが下から出てくる気配。あれ?頭みたいなのがアソコに・・・。一人目の頭が出てきていたのだった。「はい、もう一度このまま、いきんで!」新人女医が声をあげる。ズルズルっとした感覚がすぎた後、モスクワッがビィービィーと泣く白くて小さなエイリアンみたいな塊を私の胸の上に「ハイ!女の子ですよ」と置いた。きっ、きったねぇ~~~っ!キレイにしてから抱かせてくれよぉ~。とも思ったけど、産んだ直後に見るとがんばった甲斐があったなぁと感動。それにしても、白いネトネトブヨブヨしたものに覆われてて見るからに汚いし、エイリアン。「じゃーもう一人!がんばりましょう」と、またしても一からやり直し?10からカウントダウンして、いきむ。二回目だからか、いきみも調子よく、ウンチの出る感覚がもうそこまで。赤ちゃんの頭がはさまってる感覚がくると、ドクターが吸引の器械を使ってたのかスポッと赤ちゃんの頭から外れる音がした。「もっとプッシュして、プッシュプッシュ」とドクターや助産婦さんらが言う。そして一人目と同じくズルズルっとした感覚がすぎた後、二人目が出てきた。またしてもモスクワッがビィービィーと泣く白くて小さなエイリアンみたいな塊を私の胸の上に「ハイ!女の子ですよ」と置いた。うげげっ、どっちも見かけが同じじゃん?一人目はクリスマスの12時18分、そして二人目は12時32分に出てきた。しかも二人とも6パウンド以上あって健康。キレイに拭いてもらって洋服を着てきた二人は、かわいかった。でも、ベイビーAは、ちょっと目が腫れぼったくてブスかも・・・。どうしようと悩んでいたのだが、少しずつ時間がたって人間らしくなるうちに、かわいくなったぞ。今回は、助産婦さんに援助してもらって、いきむ方法が私にあっていたのかデニスを産んだときよりも楽だった。ベイビーが小さかったのもあるのだろうけど、私がエクソシストのような唸り声をあげることもなく、分娩を終えることができた。
2005年02月02日
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列島がシベリア寒気団に覆われてしまった。 朝ボンネットに雪が積もっている車を見て、ああ北の方から来たんだなと思ったが違った。大阪市内で雪が降ったのである。今日は寒風が強かった。 雀たちは丸々と太って、割と元気そうだった。 名古屋にいた頃だが、台風一過の或る秋の朝自転車で銀杏並木を進んで行ったら、木々の根元にはここかしこと夥しい数の小さな雀が、目を閉じ指をギュッと握って落ちていた。 同じく名古屋で、カラスが舗道上で首無しの鳩を突ついているのを目撃したこともある。カラスは私が近づいて行くと、「オラ知らねえよ」と言わんばかりの演技をして首無し鳩から少しだけ離れた。========================================================================(以下は2/1付朝日新聞文化欄『反時代的密語ーープラトンの憂鬱ーー』梅原 猛からの引用です)(・・・前略) たとえば小泉首相が、戦争を二度と起こしてはいけないという気持ちで、あの無謀な戦争を始めた東条英機首相が祀られている靖国神社を参拝するというのはまったくの論理矛盾である。戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝すべきなのは広島・長崎の原爆で亡くなった霊などに対してであり、靖国を参拝するならば、「もう一度英米と戦います」といって参拝するのが論理的一貫性をもつ行為であろう。また首相の「自衛隊が活動しているところは非戦闘地域だ」という言葉は、イラク駐留の自衛隊の安全をいかに図るかというまじめな議論を抹殺する暴言といわねばならない。しかし私のみるところ、このような非論理的な言論を公言するのは小泉首相のみではなく、現在日本で人気のある政治家の多くは小泉首相と五十歩百歩なのである。(・・・後略) コピペが可能なら全文引用したいところだが、私はタイピングが遅いのでそれは諦めるしかない。 私自身は虚勢と開き直りの小泉さんは嫌いだから、せいぜい「ポチのポチにはなりたくない」とうそぶいているだけだが、あの不人気だった森首相の派閥会長だった彼に80%もの支持を与えたこの国の人たちに対しては、クレヨンしんちゃんの口調を真似て「好きにすれば~ぁ」と言ってやりたい気もある。 寄ってたかって小泉ブームを演出したメディアの責任も当然極めて重い。 そして例えば彼の絶頂期に、彼が繰り出す面白くもない駄洒落にゲハゲハ笑いこけて迎合した番記者たちこそ「ポチのポチ」の名に相応しいとも思う。私たちの国は未だ発展途上なのだ。
2005年02月01日
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