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最近、スマホアプリゲームの『遊戯王デュエルリンクス』をプレイしています。『遊戯王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』の記事でも書いた通り、私は幼い頃は大の遊戯王ファンでしたので、懐かしさも手伝ってこのゲームにハマってしまいました。課金は一切せず、ちょっとした空き時間や、古典ギリシア語学習の息抜き、就寝前などにまったりデュエルしています。『遊戯王デュエルリンクス』のルールは、基本的にはOCG(Official Card Game)のルールと一緒ですが、少し異なる点もあります。それらを以下にまとめてみました。・初期ライフポイントが4000(OCGでは8000)・デッキ枚数が20~30枚(OCGでは40~60枚)・初期手札が4枚(OCGでは5枚)・EXデッキは5枚まで(OCGでは15枚)・各カードゾーンにそれぞれ最大3枚しか置けない。(OCGでは各5枚)・バトルフェイズ後にメインフェイズ2が無い。・ペンデュラムゾーンが無い。このように、OCGのルールをベースにしながらも、スマホで手軽かつ手短にデュエルできるように改変したものとなっています。各カードゾーンが最大3枚なので、結構こじんまりした戦いとなりますが、ちょっとした空き時間にプレイすることを考えればなかなか良いルールかもしれませんね。ペンデュラムゾーンに関しては、個人的には無くてよかったと思います。私の頭の中ではシンクロ召喚で止まってますから。笑これらの変更点から分かるように、『遊戯王デュエルリンクス』はOCGとは一線を画した環境になっています。実際、デュエルリンクス内に登場するカードはOCG黎明期のカードが多く、攻撃力1700の星4モンスターがエースとして活躍するほど、OCGの現環境からは遠く離れています。上級モンスターを先にアドバンス召喚すればそのままゴリ押しで勝つこともしばしば。「上級モンスターが切り札になる」という意味では、原作に即している環境と言えるかもしれません。もちろん、レベルが上がるにつれて魔法&罠カードも増えますが、除去カードはそこまで充実していないので、上級モンスターが依然として勝敗の鍵を握っています。ブルーアイズを先に出された時の絶望感と言ったらありません・・・笑OCGの最先端を突っ走っている人からすると、低次元のデュエルに見えてもおかしくありません。しかし、このようなデュエルリンクス独自の環境だからこそ、OCGを過去に引退した私のようなプレイヤーであっても楽しめるゲームになったのだと思います。しかもこのゲーム、なかなかクオリティが高く、デュエル中のキャラクターはフルボイス(雑魚キャラですらボイスが入ってます)で、各キャラクターの切り札(ブルーアイズやブラックマジシャン)を召喚するとムービーが流れるという演出もあります。ブルーアイズの召喚ムービーを見ていると、あの頃のワクワク感が蘇ります。私は基本的に海馬でプレイしているので、ブルーアイズの攻撃宣言時に海馬が「滅びのバァァァストストリィィィィィィム!!!」と叫ぶのがめっちゃ楽しいです!笑 このデュエル中の掛け合いが癖になりますね、ほんと。笑現在、私はステージレベル20で、オンライン対戦ではゴールドランク1になっています。主力デッキは海馬のブルーアイズ&鳥獣族デッキで、海馬のスキルでフィールド魔法「山」を展開してから、高火力の鳥獣族モンスター(といっても攻撃力1500とかそこらです)を召喚してフィールドの優位性を保ちつつ、「ジャッジ・マン」や「ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン」のアドバンス召喚を狙う、といった戦略です。これでゴールドランクまで引き上げましたが、唯一の欠点は鳥獣族エースである「スカイ・ハンター」が入っていないこと。何回パックを開けても当たらないんですよねぇ・・・笑 そのため、相手に「スカイ・ハンター」を出された時は、「ワンダー・バルーン」や装備魔法で対処しています。このままのデッキでは、ゴールドのランク戦はキツいので、今後はステージレベルやキャラクターのレベルを上げ、レアカードの拡充に努めたいと思います。近々FF15が発売されるので、プレイ時間は減りそうですが。笑
2016.11.27
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世界最古の倫理学とも言われている『ニコマコス倫理学』を読み終えました。この本は『政治学』と並んでアリストテレスの代表作のひとつに数えられており、彼の後期の思想が多分に含まれているため、アリストテレスの真骨頂が凝縮されています。この書籍を読めば、アリストテレスがなぜ「万学の祖」と呼ばれるほどの存在になったかが分かるでしょう。『ニコマコス倫理学』と聞くと、非常に仰々しいタイトルのために「凄い難しそう・・・」という印象が最初に来るんですが、実際取り扱ってるテーマは現代人の私たちにも馴染み深いものです。それは、「幸福とは何か。いかにして幸福になれるか」です。アリストテレス自身、この本を理論的なものとしてではなく、実践的なものとして位置付けている(生活の中で読者に実践することを勧めている)ので、言わば世界最古の自己啓発本とも言うことができます。世界最古の、世界で最も権威のある哲学者による、2000年以上も人類に読み継がれ、ダンテやマルクスなど名立たる知識人たちに賞賛されてきた自己啓発本と聞けば、ギリシャに興味のない方であっても、「ちょっと読んでみたい」と思えてくるのではないでしょうか。紀元前の書物ではありますが、現代とは全く隔絶された哲学書、というわけではないのです。「幸福」だとか「いかにして幸福になれるか」というのは、非常に多義的なものです。現代においては、「リア充」という言葉が示すように、家族や友人、恋人の存在など、「幸福」を外部に求めるのが一般的かもしれません。アリストテレスもそれを否定しておらず、欠乏しない程度には恋人が必要であるし、真の友情(利用するためではなく、その人の性格や人となりのために付き合っていること)であるならば友人は必要不可欠と語っています。哲学者や神学者は得てして性欲を敵にするのが好きなので、アリストテレスがそれを肯定していたことはちょっと意外でした。これはやはり、人々の生活に即した「実践的な」哲学書を想定していたからでしょうね。とはいえ、過剰に性欲を追い求めることは「放埓」であり、「肉体以外の快楽(知的快楽など)を楽しむ能力のない無能」として糾弾していますが。笑恋人や友人の存在は「幸福」のために多少必要ではありますが、それらが「幸福」を能動的に生み出すものだとは語っておらず、あくまで補助的な役割です。「友人が多いから幸せ!異性にモテモテだから幸せ!」なんてことは書いてありません。しかもアリストテレスは「一羽の燕、ある一日が春をもたらすのではないように、一日で幸福な人になれるわけではない」とも語っています。では、一体何が「幸福」のために一番必要なのでしょうか。それは「活動」です。ただの活動ではなく、知的卓越性や倫理的卓越性に即した活動です。要するに、知性に基づく活動(思索や学問、芸術やスポーツ)や、善き倫理(勇敢さや節制などの、中庸的倫理)に支えられた活動です。自分に合った、やっていて非常に面白いと心の底から思える活動を存分に行い、人と接する時は善く努め、善くあることそれ自体が快適だと思えること。これがアリストテレスにおける「幸福」の定義(多少簡略化しましたが)です。快楽や富、名誉などはあくまで二次的な存在で、「活動」を存分に楽しめる「状態」になることこそが、人間にとっての「幸福」なのです。なぜ「活動」を「幸福」と定義したのか。そんな疑問を抱いた方は、『ニコマコス倫理学』を是非読んでみましょう!アリストテレスの偉大なる知性で明確に分析&定義されており、非常に説得力がありますよ!一読すれば、なぜ時空を超えてこの本が今に伝わっているかが理解できるはずです。マケドニア国王ピリッポス2世が手紙で「アリストテレスと同時代に我が息子(アレクサンドロス大王)が生まれて本当に良かった!」と語っていたようですが、私もアリストテレスの時代に生まれ、リュケイオンで共に逍遥したかったなぁ・・・なんて。笑さて、お次もこのままアリストテレス探求!と行きたかったのですが、現在私の好奇心が祝勝歌の方に向かっているので、次は祝勝歌で有名な詩人ピンダロスの作品を読みたいと思います。祝勝歌では神話の題材が豊富に扱われているので、今から楽しみです!
2016.11.12
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