リュンポリス
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ギリシアから帰ってきて、遂に夢のようだった夏休みも終わりか~と溜息を吐いたところで、ふと映画館に貼ってあるポスターを見ると、そこにはスパイダーマンとワンダーウーマンの姿が・・・!ギリシア滞在中に待望の『スパイダーマン:ホームカミング』が公開されていたことを思い出し、更に世界中で『ワンダーウーマン』旋風が吹き荒れてると聞き、早速両作品を観に行ってきました!やっぱり、ヒーロー映画は現代社会の癒しですね!笑 どちらの作品も観ていて非常に楽しむことができました!※ネタバレ注意!■スパイダーマン:ホームカミング『キャプテン・アメリカ:シビル・ウォー』でマーベル・シネマティック・ユニバースに華々しくデビューした気鋭の新人スパイダーマンの単独映画が遂に公開です!今までサム・ライミ版、アメイジング版と活躍してきたスパイダーマンですが、マーベル版ではそれらと一味違い、より未熟な存在として描かれていました。デビュー戦がVSキャプテン・アメリカなだけあって、ピーターは自分に絶対なる自信を持ち、最初からアイアンマンと肩を並べてアベンジャーズのミッションを遂行できると有頂天に。そんな彼を見透かすように、トニーはピーターに何の指令も出しませんし、スーツも「補助輪モード」で能力を大幅に制限します。子供扱いにモヤモヤするピーター。最初、トニーがあまりにもピーターに無関心すぎると思いましたが、後々考えてみると、この時トニーは、かつての自分とピーターを重ね合わせていたのではないでしょうか。ピーターが船で失態を演じた時、危うく数百人の犠牲者が出るところだったこともあり、トニーはピーターにスパイダーマンスーツ没収を宣言します。その時、ピーターは「スーツ無しじゃ何もできない!」と悲鳴を上げますが、この状態はまさに『アイアンマン3』以前のトニー・スタークそのものです。トニーもかつてはアイアンマンスーツ無しじゃ何もできないという葛藤に苛まれており、チタウリという地球外の強大な存在を認知した後は、アイアンマンスーツが無くては発作が起きてしまうほどでした。そのスーツ依存症からの脱却が『アイアンマン3』で描かれており、最終的にトニーはスーツではなく自分こそがアイアンマンであると宣言するわけですが、このようにスーツや「スパイダーマンとしての能力」に頼り切っていたのがピーターなんですね。だからこそ、スーツを取り上げられる際にあんなにも狼狽えたわけです。「大いなる力には大いなる責任が伴う」という名台詞に当てはめれば、ピーターはあの時まだ大いなる力に見合った責任感を持っていなかったのです。終盤、好きな女性であるリズよりもバルチャーの悪事を止めることを優先し、お手製のスーツで挑んだことは、まさに「大いなる責任」の芽生えでした。ここで、個の幸福のため公を犠牲にするバルチャーと、公の幸福のため個を犠牲にするスパイダーマンが、対照的に描かれています。この戦いを通して立派なヒーローに成長したピーターは、自らの役目を自覚し、地球規模のアベンジャーズよりも、街に根差した「親愛なる隣人」を選びます。名声よりも自分の目的・役割を優先したのです。自分の能力に酔っていた序盤のピーターと比べると、とても成長したことが窺えます。スパイダーマンは『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』へ参戦が決定していますが、成長したピーターがどのような戦いをするのか、今から楽しみです!■ワンダーウーマン『バットマン vs スーパーマン:ジャスティスの誕生』での登場以来、DC・エクステンデッド・ユニバースきってのエースとなった感のあるワンダーウーマン。今作はそんなワンダーウーマンの誕生秘話が描かれています。彼女は世界から隔絶された孤島セミスキラに住まうアマゾン族の一人で、軍神アレスから世界を守るという使命に燃えた純粋なる乙女でした。「アマゾン族」や「アレス」といったキーワードから察せられる通り、世界観はギリシア神話をベースとしています。DC・エクステンデッド・ユニバースで神聖なる種族として描かれているアマゾン族は、実際のギリシア神話では「野蛮人」「外敵」の象徴的存在で、ギリシアの英雄たち(ヘラクレス、テセウス、アキレウス、ベレロポンテスなど)と幾度となく戦っては敗れています。この映画でダイアナの宿敵だったアレスも、実はアマゾン族を生み出した先祖であり、崇拝対象でもありました。アマゾン族が「善」であるという構図は古代ギリシアではなかなか見られないので、この映画はある意味新鮮でしたね。ダイアナがロンドンに初めて足を踏み入れ、現代の慣習が分からず非常識な行動を取ってしまう様は、『マイティ・ソー』のプロットを彷彿とさせます。しかし、今作のそれは、当時の男性中心社会に最強美女が殴り込むとあって、ソーの時よりも強調されています。戦場においても、何もできない男性兵士を尻目に豪快に突き進んで戦況を一変させてしまうという、今までの男性ヒーロー像をぶっ壊してしまうほどの活躍ぶりです。これを昨今の女性進出の機運として捉えることも可能でしょうか、私は英雄を導く軍神アテナ的存在として理解しました。終盤、ダイアナはゼウスの娘であることを告げられ、軍神アレスと対峙しますが、その際にダイアナはアレスに対して"brother"と呼びかけています。もうね、アレスに対して"brother"と呼びかける女神といったらアテナぐらいしかいませんよ!ダイアナは女神アルテミスの英語名であり、アルテミスもアレスと腹違いの兄弟ではありますが、やっぱりアレスとの関係性で言えば、アテナの方がしっくり来ますね。要するに、ダイアナは女神アテナを象徴していると思うのです。アテナはアレスと同様に戦争を司る神格ですが、アレスが破壊や殺戮といった闇の側面を表すのに対し、アテナは栄光や名誉といった光の側面を映し出しています。ダイアナは純粋無垢ですが、戦争を止めるために「戦う」ことしかできませんし、平和にするために「殺す」ことしかできません。戦場の兵士たちを導き、「世界のため」という光の側面を見据えながらも、結局やっていることは「戦争」なんですよね。目的は違えど、その様はまさに軍神です。光の中に身を置きながらも、結局は戦い続ける。敵が「永遠に戦いは終わらぬ」と劇中で言っていましたが、まさにその通りで、自らが軍神と化し、ペロポネソス戦争のような永久の戦いへと身を投じていくのでしょう。『キャプテン・アメリカ:シビル・ウォー』でヴィジョンが語っていたように、「力が力を呼ぶ」のですから。
2017.09.01
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