PR
カレンダー
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
クロムエル伝 上巻 カーライル原著 畔上謙造訳述
(以下「クロムウェル」とする)
序説
第1章 衒学(学問・知識をひけらかす)者の愚
英国民がその第17世紀の歴史を真に理解することは容易に出来ないと思われる。まことに我々は17世紀及びその前の世紀において英国人を導いた精神より遙かに隔たってしまった。実に我らは遠くさまよってしまった。どうにかして元にかえらなければならない。17世紀の精神は現代の紛々とした思想とはまるで違う。これは最後の「神の治世」、最後の確信、最後の真実であって、その後は「悪魔の治世」。偽善横行、形式がはびこる世である。ああ我々の真面目に考えるべきことではないか。ああ出でよ。当時の清教徒の歴史!!
ある文士が言う。
「17世紀の事業は有史以来最上のヒロイズムであるが、人間の愚かさはその真相を滅茶苦茶にしてしまった。一つは当時の精神が分らないため、一つは記録の整っていないため、現代人にはこのヒロイズムが理解されない。その当時の記録は混雑を極めたままになっていて未だに整頓されない。物好きな人がひねくってみるくらいである。
これら古い記録は、とにかく元来はようやく真面目に編集されたものであったが、人間の愚かなる改訂をしばしば経て、今日はモウロウを極めてしまった。真面目な目的には何の役にも立たない有様で、むしろ無い方がよいくらいである。」
文士はなお言う。
「我々は自国の偉人を皆こんなことにしてしまうのである。わけの分からない所へ追い込んでしまうのである。誠に結構な天国である!混沌とした国、端から端まで真っ暗な国、中に住む者は衒学者、世俗の好事家、妖怪、バケモノの類いである。クロムウェル及びその清教徒の時代はこの中にあって、我々からは見えない。」
「衒学者にはこれで面白かろうが、まじめに、熱心に祖先の面影をうかがおうとするわれらには困ったものであるーああ衒学者諸君、くだらぬ懐疑説や哲学などは引っ込めて、その代わりにかの沢山の記録を整理しておいたならば、人々のためになったろうに」と。
まことにそうである。さて今日われわれが17世紀を理解し得ぬ原因はどこにあるのか、それは昔の人の心にあったキリスト教的信念が今の人にないからである。今あるのは真の信念ではなくそのニセモノである。偽信である。偽信などならば、いっそ無いほうが遥かによいのである。宇宙、人生の神聖は消えてしまった。勿論昔のままの信仰は口より口に伝えられているが、厳粛なる神命とはされずして、ただ表面(うわべ)を飾る装飾物にされている。今日のキリスト教というものはすべてこれである。それ故、真の信仰から出た17世紀の歴史の解らぬのは当然である。
かの文士はなお言う。
「印刷術も知らない国民が、歌謡や記念碑などによって立派に昔の事件を伝えたことがある。少なくとも昔の義勇事がそのまま遺って、理解されて今人の刺激になっている。その形は死んでも精神は立派に遺っている。今でも輝いている。歌になり詩になる。ちょうど英国民とは反対である。さらば人間の記録というものはかえって事件を暗中に葬るものであろうか。」
「ギリシャ国民には活きたイリアッド(ホーマーの)があるのに、我々にあるクロムウェルに関する記録は死んでいる。何たる大なる相違ぞ。我々の印刷物は沈黙以上の力を持っているとみえて、立派な事件を殺してしまう、神聖なる英雄の事業を暗中に葬りさる大天才-これは英国民の特色といえる。」
「まことに、英国の過去の歴史は暗澹たる迷宮であって、これによって見れば英国民は一つも勇敢なことをなしたことのない国民である。人間が書いた歴史ではなく、夜鬼の書いた歴史のようである。英国民といえば決して他国民に劣らぬ、いな有史以来最勇敢の国民であろうーけれども惜しいことに「言葉の痴呆」<叙述の拙劣>もまた第一等である。詩人シルレルは言った。
痴呆には神様も適(かな)わない
と、困ったものである」と。
けれども歴史というものはたいていこんなものである。これ痴呆のためのみでない、また運命のしからしめる処である。元来、人間の歴史は迷宮である、混沌である、ちょうど大きな藪のようなもので、今の青い葉の下に無数の草木が枯死しておって、常に新陳代謝する、つまり完全な歴史はないのである。これは有り得べからざるものである。
過去の世紀はすべて朽ち去った、歴史家に眼識あり精神あれば。歴史も完全なのである。現在は過去の蓄積である。真の歴史学(衒学者と真史家との別)は、今、葉を出し、花を開いている樹と、もう枯れてしまった樹とを識別することである。忘るべきものは忘れ去り、覚えるべきものは覚えることである。これがうまくゆき、国民の精神が立派で真摯であれば真歴史出で、然れざれば偽の歴史が出る、詩人僧侶が無益の議論や形式に走る今日、衒学者に至ってはますます甚だしい、歴史の迷宮年一年に暗黒を増し、高貴なるヒロイズムは衒学者の手に委ねられて、遂に暗中に葬られるのか。
しかしわたしの云うべきことはこうであった。
-ピューリタニズム(清教主義)は19世紀のものでなく、17世紀のものである。それゆえ、今の人にわからぬのである。かつては天の命として貴まれ読まれた文書も、今の人にとっては不可解の謎の語である。現代人はそれを読むに堪えぬのである。清教主義は全く不明になってしまった。その熱烈なる説教、祈祷、文章も力を失ってしまった。ああ人間の言説も、永遠の真理に触れずんばすべて消え去る。人界の事、何物か然らざらん。この世の紛々たる流俗のごとき、たちまち消え去るものである。
清教徒の時代は消え去ったのみならず、全くわたしたちの心に反響を起こさぬ、その精神は不朽であるべきはずであるのに消え失せてしまった。
かの文士の語をなお記そう。言う。
「たしかに17世紀の事件はヒロイズム(義勇事)であってその精神は永久の真である。実に我が英国の土地に英雄があったのである。その英雄は、神の正義がこの世を支配せること、神の味方として戦うは善にして、悪魔の味方になるは悪なることを知っていた。清教主義は人間の最貴最高なるヒロイズムであった。ただ不幸にして衒学者諸君には解らぬのである。天来の光輝も彼らにとっては無意味なのである。彼らは天来の光明には堪えぬのである。ああ偉いかな衒学者諸君!」
かくてかの文士は、過去の事件の真相が次第に消え去って混沌暗黒の中に没し去るを悲しんでいる。
しかり、過去のヒロイズムを復活するはなかなか容易のことではない。気短かの我が友(かの文士)がだいぶん沮喪しているのももっともである。
しかしまあ、この辺でほとんど望みのない仕事に従事している我が友と別れよう。どうかもっと忍耐深くして予期以上の成功を収めんことを祈る。さてそこで今度は自分の小さい計画に移ろう。
クロムウェル伝 畔上賢造訳述(大正2年発… 2026.05.04
クロムウェル伝 畔上賢造訳述(大正2年発… 2026.05.04
クロムウェル伝 畔上賢造訳述(大正2年発… 2026.05.04