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山の上の小さな街、メディケリからさらに約35kmの森の中にこの素敵なバンガロー、ハニー・バレー・エステートはあります。近くのバス停まで車で行き、そこからは4WDのジープしか入れません。バス停まで宿のおじさんが迎えに来てくれそこからはジープでガタガタ道を登って行きます。宿までの途中はコーヒー農園。コーヒーの実って初めて見ました。今はまだ緑の実だったのですが、これが赤くなったら焙煎してコーヒー豆ができるそうです(帰ったら写真載せますね)。試しに緑の豆をかじってみましたが、コーヒーの味は全くしませんでした。カフェインは煎ってから出てくるものなのかしら??青臭い植物の味でした。コーヒーの木の他には胡椒の木とカルダモンの木がありました。胡椒はポトスのような植物で他の木に巻き付くように生えています。胡椒の実をかじってみたらこちらは立派に胡椒の味がしました。フレッシュな胡椒はスパイシーですごくおいしい。一方カルダモンは観葉植物のような葉っぱの低木の下の方に地に這うように這えていました。こちらもかじってみたらカルダモンの良い香り。口の中がフレッシュになりましたよ。宿に着いたら早速お昼ご飯。ここはレストラン等は常設されていなくバンガローの女将さん(サリーを着ている女将さんっていうのも変だけど・・・)が作ってくれる食事だけを食べます。バンガローの周りにある畑で採れた新鮮な野菜を使って作られたインドの家庭料理はそれはそれはおいしいものでした。この日は移動で疲れていたこともありあたりを少し散策しただけですぐに寝ちゃいました。そして次の日、何と旦那が熱を出してしまいました。私が彼と出会ってから初めて具合が悪くなった旦那を見ました (この人も人間だったのね・・・・)私の風邪が移ってしまったのです。私の方はすっかりと良くなってしまったので、残念だけど旦那をおいて一人で短いトレッキングに行く事にしました。バンガローのおじさん手作りの英語のガイドを借りて出発したのですが、私の英語の理解力が無いのか、インド人の英語に慣れていないからか、途中で書いてあることの意味が全く分からなくなってしまったのでそこからはガイド無しで進むことにしました。一人で山道を進むのは生まれて初めてです。ちょっと恐いけれど冒険のようでワクワクしてきます。ここコダグ丘陵は迷路のようで迷ってしまうので注意と“孤独な惑星”にも書いてあったので進んでいる道の景色を目に焼き付けながら進みます。今まではこういうのは旦那に任せっきりだったんだなーって今回一人で山道を歩いて初めて気付きました。道が二股に分かれた時は帰り道に違う道に進んでしまわないように帰り道に方向から見た道を毎回目に焼き付けていきます。二股に道が分かれた時はどちらの道を選ぶか・・・・以前に読んだ本、聖なる予言では心を澄ませじーっと見つめると一方の道がキラキラ輝いて見えるなーんて書いてあったのでじーっと見つめていたら何と黄色の蝶々が導いてくれました!そしてその方向に進んでいくと奇麗な滝が!!偶然と言ってしまえばそれまでですが、なんだか嬉しくなっちゃいました。次の日は旦那の具合も良くなってきたので今度は一緒にデイハイク。二人だと気持ちに余裕が出てくるのでもっと周りの景色を楽しむ事ができました。この森にはいろんな虫がすごくたくさんいるの!ダンゴ虫なんて親指二本位の太さで、触って丸めてみたら駄菓子屋さんで売っている大玉の飴玉みたいな大きさになった!ムカデはもっとすごくてこちらも親指程の太さで長さは何と20cm位ありました。真っ黒の動体で足は赤いの!何十本もの赤い足がザワザワ動いている姿はかなり無気味!夜には蛍もたくさん飛んでいたよ。蛍って水の奇麗なところにしかいないんだよね。そういえばシャワーを浴びていて肌がつるつるするような気がする。歯を磨いている時もね、水を口に含むと昔おばあちゃん家で飲んだ井戸水と同じ匂いがするの。あの土臭いというか鉄臭いというか井戸水独特の匂い。懐かしいなぁ。その他、野生の猪、インコの群れ、ものすごい種類の奇麗な蝶々、蛍光色の黄緑色のバッタ、キツツキ等など東京では見られないようなたくさんの生き物を見れて面白かった。そうそう、星もすごく奇麗なの。夜二人で外に出て寝転がってずーっと星を見ていた。流れ星もたくさん見たよ。泊まっている客は私達だけだったのでとても静かで平和な夜でした。次の日は週末という事もあって西洋人、インド人とたくさんの宿泊客が来ました。何とナマステカフェであった子連れのオーストリア人夫婦もやってきました。同じインドを旅しているのでそんなにすごいことでは無いけれど、オームビーチもハニー・バレーも結構マイナーな所なのです。やっぱり同じような人種は同じような場所に行きたがるのかしら。この場所は私達二人ともとても気に入って3日間ステイしました。次の行き先は久々の都会、マイソールです。
Sep 29, 2004
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ゴカルナからの旅はローカルのインド人も使う普通の列車の旅です。約6時間近くの列車の旅のお値段は一人90ルピー(約200円)。椅子も大きくそんなに不快な旅では無かったですよ。またまたあのじーっとまっすぐな視線をアチコチから感じたけれど。向かいの席には仕事帰りでケララ州に戻るという二人組みのおじさん。外国人の私たちを見て興奮して鼻血を出さんばかりにいろいろ話し掛けてくるのですが、インド訛りの英語は私はもちろん旦那にもちと難しい・・・・「わっと ゆあら ふぁざる まざる どおぅーいんぐぅー」彼が私の両親の仕事は?と聞いているんだと分かるまで10分近くかかりました・・・・彼らは私たちと出会ったことが本当に嬉しいらしく“I'm so proud of you” (あなた達を誇りに思います)を繰り返しています。「このまま一緒にケララに行こう!うちに泊まってもいいから!」としつこくしつこく誘われました。なーんだビスケットいらないじゃん(笑)ケララは時間があったら行きたいと思っていたので、もしケララに行くことがあったら連絡するね、とやんわりお断りして列車の終点マンガロールという駅で降りました。この日は夜遅くなったのでマンガロールで一泊。この街は特筆するような事はあまり無いのですが、私たちが泊まったホテル・マンガロール・インターナショナルのレストランが最高にすばらしかった!!私が頼んだオクラのカレー、私が今まで食べたインド料理の中で一番おいしいものでした。旦那が頼んだほうれん草のカレーも絶品!!!これらの料理を食べる為だけにまたここを訪れても良いくらい。そしてこの旅行で初めてハイスピードのインターネットを見つけた!早速旦那に彼のサーバーを通して日本語が閲覧できるようにしてもらい、久々のメールに楽天!!気が付いたら3時間もすごしていました・・・・私がネットサーフィンをしている間、彼はまたもやタクシーをチャーターしてきました!!この人はお金があるとなくなるまで使い果たすタイプ・・・・はぁ・・・・マンガロールから山の上にある街、メディケリまでは約6時間。途中農業をしている人たちをたくさん見かけました。板に乗りながら2頭の牛に引かれて田んぼを耕しているおじいさん。田んぼにじゃぶじゃぶ入って稲を植えているお姉さん。全部手作業で大変そうだけれどのどかだなぁ。草原ではゆったりと草を食んでいる牛達がたくさんいました。そう、牛というのはこうでなきゃ!牛に自分の仲間である牛を餌として食べさせたりするからへんてこりんな病気になるんじゃない!!元々牛肉ってすごく高いものだったよね、昔は。これから先ビーフを食べるならこんな風に自然に育てられたものを食べたい。あ、でもインドの牛はHoly cow(神聖な牛)だから誰も食べないか・・・・ちなみに余談ですが、英語で良く"Oh my god" のような意味で使われるこの "Holy cow" がこのインドの牛さんから来ているとはつい最近まで知りませんでした。その割には目をひん剥いて良く“ほぉーりぃ かぁーう!!”なんて粋がって使っていたんだけど・・・ははは(笑)またまた余談ですがこのホーリーカウにはもう一つ意味があって政治などで誰も手をつけたがらないようなコントロバーシャルな問題という意味もあるそうです。日本の首相、小泉さんは拉致問題、経済改革、ハンセン病などホーリーカウにきちんと立ち向かった政治かなのかもしれませんね。話は戻り、目的地のメディケリに到着。次の日の朝に旦那と近くの山の中にある村を散策してみました。街の中心地から少し離れているこの村。こじんまりとしていてすごく良い感じです。家の奥からこそっと覗いている人たち。「ナマステー!」と挨拶すると恥ずかしそうに返事をしながら手を合わせてくれます。写真を撮るととても嬉しそう。撮った写真を見せて上げるととても嬉しそうな笑顔を見せてくれました。とある一件の家がとても素敵だったので写真を撮っても良いか聞いてみると何と家に招待してくれました。片言の英語でいろいろコミュニケーションをとりながらコーヒーをごちそうしてくれました。家の中はゴージャスとは言えないけれどとても清潔であちこちに神様の写真が飾ってありその前には奇麗な花が飾ってありました。30分近くそのおうちで休ませてもらいました。家を出るときは私達が見えなくなるまで手を振ってくれました。心が奇麗な人たちだった。朝のお散歩を終え、昼からはメディケリから約35km離れたカッカベという街の近くにあるバンガローに移動します。本当はこのバンガローからトレッキングをスタートしようと思っていたのですが、何と私も旦那も風邪をひいてしまいました。おまけに私は生理まで始まってしまった・・・・・・・・ということで幸か不幸かビスケット作戦は中止です。ホッとしたような、ちょっと残念なような・・・・・ハニー・バレー・エステートという名前の家族で営んでいるこのバンガローは森の中にあるとっても素敵な所でした。次回はこのバンガローでの出来事を書こうと思います。★★★インドでの滞在日記は過去の出来事を順番にアップしていますが現実の世界では旅行を初めてから約2週間が過ぎ、旦那は明日日本へと帰ってしまいます・・・・くすん。明日の夜からは北インド、一人旅の始まりです。楽しみなような、恐いようななんとも言えない気持ち。ああ、どうなることやら・・・・
Sep 28, 2004
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タクシードライバーとの約6時間の旅を終えてゴア州のすぐ下のカルナータカ州にあるゴカルナに到着しました。ここゴカルナはヒンドゥー教徒にとってもっとも神聖な場所の一つで多くのヒンドゥー教巡礼者を見かけます。質素な服と持ち物だけを持ち巡礼してまわるサドゥー達は何かを悟ったような静かな表情をしています。私たちはこの小さな街、ゴカルナを抜けてオームビーチ(Om Beach)という小さなビーチを目指します。このタクシードライバーはゴカルナまでは客を連れてきた事はあるけれど、オームビーチは初めてだそうです。舗装されていない山道をゴトゴトと走りオームビーチの近くまでやってきたのですが途中で車が入っていけないような道になってしまいました。「ここから先は徒歩か街に戻るかしてくれ。」彼はそんな辺ぴなところに行ったって泊まる所なんて無いと思うよとも言っています。私はエアコン無しの長時間の炎天下ドライブで少々脱水症状気味。徒歩で行って宿が無かったら歩いてまた街まで戻らなくてはなりません。今日は街まで戻って情報を仕入れてからまたビーチに来ようよと旦那に提案したのですが彼は渋い顔をしています。「OK, I'm always with you....」腹を括ってタクシードライバーとはここでお別れすることにしました。バックパックを担ぎ、サンダルからトレッキングシューズに履き替え、帽子をかぶり山を下りはじめます。暑い・・・・汗がダラダラとたれてきます。20分位歩いたら海が見えてきました。ああ、今すぐ飛び込みたい。海に向かってゼェゼェ歩いていると金髪、ロン毛のいかにもヒッピー風の白人とすれ違いました。お!これは下に宿があるということか???山を下り終えたらすぐ横の木の影にカフェがありました。その名も“ナマステカフェ” いかにもだなぁー・・・汗だらだらの私たちはとりあえずカフェに座りお茶を飲むことにしました。チャイをすすりながらあたりを見回してみます。あんなに見かけなかった旅行者達はこんな所に集まっていました。どの顔もいかにもヒッピーという風貌ばかり。1歳位の子供を連れたヨーロッパの若夫婦もいました。インドに子供を連れてくるなんてすごい勇気だ!!!・・・と、怪しい匂いが漂ってきた・・・。振り替えると若者、巻いてます、巻いてます(笑)ガンジャの匂いがあちらこちらから・・・実は私、この匂い嫌いじゃなかったりします。下手なお香よりはよっぽどいい匂い!! なんちゃって、ははは!えせヤッピーなんて言ったけれどうちの旦那、やっぱりこういう鼻は効くんだなぁー・・・ ※誤解の無いように・・・一言!うちの旦那は吸いませんよ。 このナマステカフェには宿もあり一泊100ルピー(250円)。近くにいたブリティッシュの若い女の子に聞くとここの他に後2件宿がありこのナマステカフェが一番設備が整っているそうです。ここが一番???ここが一番ワイルドなんじゃなくて???部屋は蚊帳付きダブルベッドがあるだけ。トイレもシャワーも共同で外にあります。安宿は慣れているので部屋もトイレも別に問題は無かったのですがこのナマステカフェが一番栄えているということはここオームビーチはまだまだ開発されていない場所のようです。ヒッピー達で有名だったゴア、他にもフルムーンパーティで有名なタイのコ・パンガン、オーストラリアのバイロンベイなんかも多分最初はこんな感じだったんだろうなぁ。旅好きな人はなるべく文明に犯されていない自然の奇麗な場所に行きたがる。そうこうしていくうちに口コミでうわさが広がり、地元の人がその場所を商売の場所にしちゃうんだ・・・あたりを見回すと本当に白人ばかり。地元のインド人も皆シャイでおとなしい人たちばかり。日本人らしき人も一人見かけたけれど、あまり人を寄せ付けたくない雰囲気を醸し出していたので話し掛けるのはやめておいた。この人もやっぱりロン毛だったよ。ここ、ゴカルナもオームビーチも本当に静かで良い所なので他の場所のようにトランスパーティガンガン!お土産物屋さんだらけ・・・という風にならないで欲しいなぁ。・・・といいつつここでこんな風に日記を書いている私もその片棒を担いじゃっているのかなー・・・皆さん、ここは神聖な場所なので地元の人のリスペクトを大切にしながら旅行しましょうね!!あ、ちなみに某ガイドブック“孤独な惑星 日本語版”にはほんの少しここゴカルナの記述がありますよ。そんなことを思いながらお茶を飲んでいると陽気な浅黒い肌の男性が入ってきた。お茶を飲んでいる人々に“Hi!”と上手な英語でフレンドリーに話している。あの人は何人なんだ???と思いながら彼を観察していると旦那が彼と以前会ったことがあると言う。「Excuse me! 君、8年前のダラムサラで行われたカーラチャクラにいなかった??」「Oh yeah! なんで知ってるの???」Oh my god.....旅をしているとこういうことがよくある。世界中を旅して世界はどんどん広くなっているのに、同じ興味を持つもの同士同じような考えを持っているのか、偶然にまたどこかで出会っちゃったりなんていうことが結構しょっちゅうあるのだ。私も旅で出会った人と他の国でばったり・・・なんてこと、数回ある。ちなみにカーラチャクラとはチベット密教の聖典の一つで、彼はそこでチベットのダライラマ法王と会った。その怪しげな彼もだんだんと旦那のことを思い出してきたようで「あの時一緒にいたSとMは元気??」なんて話している。ちなみにこの彼、スリランカ出身で20年前からインドに住んでいるそうだ。彼は今はゴカルナの街で本屋を開いており、旅行者にヨガも教えているという。私も早速彼のヨガのレッスンを次の日の朝受けた。彼のレッスンはビギナー向けなので私にはちょっと物足りなかったけれど朝海に向かってするヨガは気持ちよかったよ。朝早く一人でした海岸の散歩もとても気持ちの良いものだった。海岸に座っているとフレンドリーな3本足の犬が私の横に遊びに来た。波の落としか聞こえない、人も一人も歩いていないこの美しい海岸で犬と一緒に過ごす時間はなんとも平和で静かな時間でした。次の日は街に繰り出してみることにした。ヒッピーらしき外国人の姿もチラホラと見かけるがやっぱりアジア人は私とナマステカフェにいたもう一人の彼だけ。旅行者が来るからか、物乞いの子供たちも何人かいた。彼らだって本当はこんなことやりたくないだろうにな・・・・お金をあげてしまうのは彼らのハングリー精神を無くしてしまうだろうから何もあげなかったけれど、何ともいえない複雑な気持ちはいつまでも残った・・・・西洋人向けのお土産やさんもこの街で初めて見た。絞り染めのコットンの洋服。私アジアのこういう服、だーい好き!!本当は一週間以上いたかったけれど、時間の無い私達は結局ここオームビーチには二日間滞在した。ゴカルナからは列車に乗って次の街はトレッキングが最高のメディケリです!
Sep 27, 2004
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ボンベイを旅立つ日。朝7時の列車でマルガオという街まで向かいます。朝7時の列車は朝7時台に出発するかも・・・というのがインドなんだよというのは旦那の弁。実際に列車が来たのは7時30分、出発したのは7時57分でした。おー、確かにかろうじて7時台だ・・・・!!11時間と長い旅なので今回は2等の寝台車にしました。私たち、もう昔のように体力無いしぃー・・・寝台車は4つのベッドで1つのコンパートメントとなっており私たちの他には品の良いインド人老夫婦が一緒でした。白髪でサリーをまとっているおばあさまが美しい。ベッドの横には小さな窓が一つ。曇っていて景色があまり見えません。外からも水をかけて拭いてみたんだけど汚れは取れない・・・(涙)旅に出たらバスや列車からの景色を3度の食事より楽しみにしている私。諦めきれずにドアの所に行ってみることに。アジアの列車はドアが開けっぱなしになっていることが多くこの列車も例外ではありませんでした。ドアの脇には列車に乗り込む時ように両側に手すりがついてます。その手すりにつかまりドアからほんの少しだけ顔を出して風を感じてみます。列車は結構スピードが出ているので落ちないように気をつけながらそっと顔を出します。ボンベイを出てすぐに田舎町へと景色は変わりむっとするような湿気に混じって緑の香りが漂ってきます。南インドってこんなに緑が多いんだ・・・・やしの木に、田んぼに、草原に、森に、山にと美しい景色はこれでもかというくらい目の前に広がります。時折現れる家々では人々の暮らしが垣間見えます。川で洗濯している人(桃太郎みたい!笑)、牛をのんびりと追っている人、追いかけっこをしている子供たち。あまりにのどかで、あまりにも美しくて思わず涙が浮かんできてしまいました。「なんて美しいんだろう」この言葉が何度心に浮かんだか分かりません。そんな風に静かに暮している人達にとって列車の通過は一日の大きなイベントなのかもしれません。線路脇に立っていたり、家の庭に出て列車の通過を待っている人達が結構いました。そんな列車のドアに外国人の私が立っているとそれは彼らにとって一大事のようです。「うぉぉぉーーー!!」私を指差して追いかけてくる人、両手を挙げて手を振る人、クルクル回る人、“んんーー、ちゅばぁっ”っとここまで聞こえるくらいの音を出して投げキッスをしてくる人等など。それらのどの人々もすごく美しい笑顔をしているのです。こっちも思わずうれしくて満面の笑顔で手を振るととても満足したようにどの人もにっこり笑ってうなずいてくれます。ほんの一瞬のすれ違い。きっとこれから先一生出会うことも無いであろう人々との暖かいふれあい。また泣きそうになる。年を取ると涙もろくなるって本当ね(笑)笑顔は人をこんなにも幸せにするんだなって心から思った。私もいつも唇を持ち上げている人間になろう・・・ある駅ではそこで列車を降りた男性に一緒に来いと誘われました。そこはなーーーんにも無いただの山と森だけが目の前に広がる場所。彼はしばらく手招きをしていましたが、私が何度か首を振ると最後には諦めて線路をひょいっと超えて丘を下りていきました。列車は駅にしばらく止まっているようなのでその男性の帰り道をじっと見守ります。目の前の大きな川は靴を脱いで、持っているかばんをぽんっと頭に乗せてじゃぶじゃぶと渡っていきました。川を渡り終えると「どうだ、見たか!」と言わんばかりに私のいる列車を振り返ります。私が手を上げると満足そうにうなずいてまた丘をずんずんと登っていきます。彼はあっという間にその目の前の丘のてっぺんまで登っていきました。頂上に着くと彼はまた振り返ります。私は「まだ見てるよ!」と彼に手を振り返します。彼はまた満足そうにうなずいて歩きはじめます。・・・と発車の汽笛が鳴りました。彼はその音を聞いて振り返って丘の上でジャンプしています。私も今度は両手で大きく手を振りました。列車は走りだし、彼の姿も見えなくなった。彼はどんな家で暮らし、どんな生活をしているのだろう・・・私の長い人生のほんの一瞬に彼が入ってきて、彼の長い人生にほんの少し私がお邪魔して・・・・人生はこんな出会いの繰り返しなんだけれど、ここがインドだからか、彼がとてもやさしい目をしていたからか、彼の姿が見えなくなったときなんだかちょっぴり切なくなった。列車は案の定2時間ほど遅れてマルガオに到着。結局インドにしては結構な値段を払って寝台車にしたにもかかわらず13時間近くほとんどの時間をドアですごした私。私ってやっぱり安上がりな女・・・・夜も遅くなったのでこの日は目的地のゴカルナには向わずマルガオで一泊することに。うちの旦那の提案でこの日も結構良いホテルに泊まりました。やつがヒッピーだったのはもう遠い昔の話なのかも・・・「あなたはもう今はヤッピーになってしまったんだね。」と言ったら「ヤッピーはこんな小さな村には来ないよ」と言っていた。ごもっとも・・・・このホテルにはインドには珍しいダブルベッドのモダンな部屋でした。マルガオの街はこじんまりしたとても小さな街で朝の市場がとてもにぎわっていました。いろとりどりの野菜にスパイス、お菓子、サリーなどいろいろなものが売っています。カメラを向けると「おおっ!」と人々がワラワラと寄ってきます。みんな快く写真を取らせてくれるので嬉しい。うちの旦那は今回ビデオ担当なのですが、ビデオはもっと珍しいらしく大勢の人達に囲まれてしまっています。ビデオのスクリーンを彼らの方に向けながら撮影すると、スクリーンに自分が映っていることがびっくりするらしくみんな鏡を見るときのように陶酔したり、子供たちは変な顔をしてみたりしています。これらはきっと面白い映像になっているだろうなぁ。ところで、インドに到着してから私たち、一人も外国人を見ていません。南インドはマイナーなのか、今はシーズンじゃないのか、金髪の彼とのっぺりした私のコンビはどこに行っても結構目立つようです。じーーーっとまっすぐ見つめてくる視線をあちこちからビシバシ感じるのですが、やっぱりここにも物乞いも物売りもいません。あの予備知識本の記述は何だったのだろう???それとも私が一人になる北インドでそれは待ち構えているのかな?普段日本ではうちの旦那に向けられる外国人を見る視線が今回は私にも注がれるのでなんだか嬉しくて得意げに背中をしゃんっと伸ばして歩いちゃったりしていました(笑)一通り街を探索した後、我が家のえせヤッピーはなんとタクシーとドライバーをチャーターしてきました。マルガオからゴカルナまで2500ルピア。日本円で約7000円近く。ちょっと高いけれど、今回2週間しか時間が無い彼は少しでも移動時間を少なくしたいらしいのでゴカルナまでの移動はタクシーになりました。途中、きれいな景色でストップして写真を撮ったり、列車も止まらない小さな街でランチをとったりと車でしか味わえないような時間を楽しみながらの道中をたっぷりと楽しみました。次こそヒッピーの街ゴカルナだ!!!
Sep 25, 2004
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お久しぶりです。旦那が自分のサイトをアップするのに毎日インターネットカフェに来ているのですが、日本語を使用できたのは今回が初めて(感動!!)ようやくこうして日記をアップすることができました。では、私達がどんな旅行をしているのかちょっとずつアップしていきますね!★★★昼12時に日本を出発したエアインディア307便はデリーを経由して夕方9時近くにボンベイに到着した。日本を出発したときの秋風とはうってかわって湿気を含んだムッとした空気が顔をなでる。長時間のフライトで疲れているのでその日は空港でホテルを予約することにする。2400ルピアと結構高いホテル。今回の旅で一番高いホテルになるだろう。タクシーも空港で手配する。タクシーは前払いでバウチャーを購入した方がトラブルがないと予備知識として読んでおいた旅行記やガイドブックに書いてあった。予備知識と言えば、インドの空港は降り立った瞬間にリキシャの運転手やタクシーの運転手、物乞いに囲まれて大変な思いをすると書いてあった。すべてを手配し終え、肩に力を入れて緊張しながら空港を出る。しかし、物乞いどころか人の姿もあまり見えない。旦那がタクシーの運転手にタクシーのバウチャーを空港で渡してしまった。これまた予備知識本ではタクシーのバウチャーは絶対に現地に着くまでは渡してはならない!!と書いてあった。バウチャーなんてもらってないと言われて代金を二重に取られる被害が多発しているのだそうだ。「バウチャー奪い返してよ!!」私が旦那に言うも、旦那は例のごとく「everything is gonna be ok」 だ・・・・・そんなこんなのやり取りをしているとタクシーのドアを開け少年がお金をねだってきた。まだあどけない顔をしている少年だ。もう4度目の渡印の旦那はシッシッと犬でも追い払うように手で彼を追い払ってドアを閉めて鍵を閉める。外では少年がコンコンと車の窓を叩いている。私はあの外国についた瞬間の緊張と興奮と困惑の入り交じったざわざわした気持ちでその光景を見ていた。肩に入った力はまだ抜けない。タクシーが出発した。初めてみるインドの街。おおお!女性が皆サリーを着ている!!篭を頭に乗せて歩いている人もいるよー!いろとりどりのカラフルなサリーを纏った女性は皆エキゾチックでとてもきれい。道端でしゃがんでご飯を食べている人、道端で寝ている人、買い物をしている人、いろいろな生活がある。ボンベイは今何かのお祭りのようであちこちにあの象の神様の像がある。きれいにデコレーションされていて人々が拝みに来ているようだ。お供えのお花はネックレスのように糸でつなげられていていい香りを放っている。タクシーが信号待ちしている間に少女が売りに来た。あの香りはジャスミンだったかな...1時間位走ってタクシーは目的地コラバへと到着した。タクシーに乗っている間ずっと緊張していた代金は二重に請求されることもなくタクシーのじいちゃんは黙って去ってしまった。こういう時ってすごくいやな気持ちにさせられる。疑って本当にごめんなさい・・・・本日の宿、HOTEL HARBOUR VIEW はその名の通りハーバーに面していて窓からはインド門が見える。値段の割には部屋がたいしたことなくてがっかりしたが、ボンベイは宿代が他の地域に比べて高いらしい。ちなみに空港からここまでのタクシー代は380ルピア。約900円??荷物を解いて外を歩いてみることにした。ベジタリアンレストランに入りカレーとラッシーを注文。おいしい!!値段は二人で約600円。★★★翌日夜明けとともに目が覚める。旦那はいつものごとく起きてこないので(この人は夜型、私は朝型人間)一人で散歩に出ることにした。道端に1歳にもなっていないであろう子供が寝ていてぎょっとした。始めは死んでいるのかと思ったがあちこちにストリートで寝ている人達の姿が・・・・・まぁ、この暑さなら凍え死ぬこともないでしょう。皆熟睡しているようだったので睡眠を邪魔しないようにそっと歩く。インドの街はいろいろな匂いが入り交じっている。下水の匂い、スパイスの匂い、お花の匂い、糞尿の匂い ETC.旦那を起こし、街を探索することにした。ボンベイは大都会だ。大きなビルとバラックの掘っ建て小屋が入り交じっている。人々もビジネスマンも入ればホームレスもいてそのコントラストが興味深い。市場や屋台を冷かしながら、サモサやパコラなどスナックを食べる。大体一つ15円から30円位。どれもこれもスパイスが効いていてすごく美味しい!!汗をだらだらかきながらそれらを頬張って歩く。幸せ・・・・・ビクトリアステーションという大きな駅を見つけたのでそこで次の目的地“ゴカルナ”の時間と値段を調べる。次の日にちょうど良い列車があったのでチケットを購入した。朝7時初の13時間の列車の旅。次の目的地はヒッピーの街ゴカルナだ!!
Sep 23, 2004
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やっぱり体が熱っぽい。私、旅に行く前か向こうについてから必ず熱出すの。具合が悪くならなかった旅を数えたほうが少ないくらい。それでも現地に着いたら楽しい気持ちの方が勝っちゃってはしゃいじゃうんだけどね。子供が遠足に行く前に熱出すのと一緒だよね。頭がボーっとしているので少し休みながらこれからパッキングアンド洗濯、掃除です。次にアップするのは現地からかなー?それとも日本に帰国してからかな???旦那も自分のウェブサイトを管理しなきゃならないので多分ちょこちょこネットカフェに行くことになるでしょう。(その場所にPCがあればだけれど・・・・)では一ヶ月の旅、楽しんでまいります。
Sep 22, 2004
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お騒がせしていましたインドのビザ、旦那、私共々取得できました♪ ホッ・・・・これで夫婦そろって楽しく旅行できそうです。良かった。インド出発まであと2日となりましたが、今回旦那と一緒に過ごす南インド2週間の予定はすべて彼に任せて私は一切リサーチ等していませんでした。昨日、何気なく南インドの予定を聞いてみるとなんと彼はトレッキングを予定しているという。彼は今までネパールやインド、インドネシアでトレッキングトリップをしたことがあるのですが、全部行き当たりばったりの旅。山に住んでいる人々の村を訪ねると大抵そこに泊めてもらえるという。 「コツはビスケットや砂糖なんかを持っていって 彼らにプレゼントすればいいんだ! 皆言い人たちばっかりだからすぐ泊めてくれるんだよ!」ちなみにこの人、インドネシアのジャングルをトレッキングしている最中、原住民の人にいきなり矢を向けられたことがあります。その時もビスケットを手渡したら許してくれたそうな・・・ビスケット、意外と威力あり???まさか、今回の旅もそんなトレッキングを予定しているんじゃないよね??と聞いたら 「why not?」だそうです・・・・・ちょっぴり心配性の私はもし誰も住んでなかったら?もし誰も泊めてくれなかったら?もし怖い人に襲われたら???等とワンワン騒いでみたのですがいつものごとく「Everything is gonna be OK」の返事が返ってきました。最初カシミールの近くのレーという、どのガイドブックを見ても危険と書いてある場所に行きたいという彼をどうにかこうにか説得して止めたので今回は彼の言うことを聞いてあげることになるんだろうな・・・確かに現地の人々の本当の姿が見られる面白そうな旅になりそうですが、不安もちょっぴりの私です。あ、後でビスケット買いに行かなきゃ!!!
Sep 20, 2004
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SF好きのうちの旦那はやっぱりこの映画を見たがった。アイロボット。旦那によるとこのストーリには原作があるらしい。ずいぶん昔の話だそうだ。かなり大まかなストーリーはロボットたちの反乱。ロボットが人間の暮らしになくてはならなくなってしまった未来の世界。メイド代わりに一家に一台になりつつあるロボットたちが独自に進化していき反乱を起こす。この説明だけだとにっくきロボットと人間たちの戦いって感じだし、私も映画を見るまではそんなストーリーなんだろうなって思ってた。ところが主人公のロボット、サミー君にどんどん感情移入してっちゃうのよね。うちの亀と同じ名前だったっていうのも理由の一つかもしれない。ロボットが聞く。“who am I ?” あれ?“what am I ?”だったかな?とにかくこのせりふにぐっと来てしまった観客は少なくないはずだ。今の世の中人間の犠牲になっている物は数知れず。動物に植物に自然に・・・・・いや、even人間たちも・・・・人が今のように肉食であり続けるには莫大な農場と膨大な量の穀物が必要だって知っていましたか?牛の餌となるこれらの穀物は第三世界への援助から削られ、これらの穀物を作るために第三世界の人々の労働が必要になり第三世界の人々は我々発展国に住む人たちの食肉のために過酷な労働を強いられ、その真横では同国の人々は餓えて亡くなっていく。この映画を見てなんとなくそんなことを考えさせられました。人間の利便をこのまま追及していったらいつかものすごく大きなしっぺ返しを食らうよっていう間接的なメッセージ。マトリックス、デイアフタートゥもローなどなど、最近こういったメッセージ性の高い映画が続々と公表されているなぁ。100円ショップで使い捨てのものをどんどん買い求めどんどんごみが増えていくこの世に憤りを隠せないその裏で本当に危機を感じている人もいるんだって知ることができてなんだか心強い。ちなみにこの映画、グラフィックもすばらしかったよ。
Sep 19, 2004
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デイビットリンチ監督の映画、“ストレートストーリー”のビデオを見ました。この映画、すごく良いです。私のお気に入りの映画ベスト10入りしてしまいました。主人公のじいさんの演技がもう~すばらしく、彼のあの目で訴えかける演技に最初から号泣していました。ざっとあらすじを説明すると、娘と二人で静かに暮らしているじいさんの元に10年も前に喧嘩別れしたお兄さんが病気で倒れたとの連絡が入る。じいさんは腰も悪く、目もあまりよく見えない。自分ももういつ死ぬか分からないこの状態。10年間口も聞かなかった兄に自分の力で会いに行こうとなんと芝刈り機に乗って旅に出る。ゆっくり、ゆっくりと畑に伸びる一本道を進む旅。途中、途中でいろいろな出会いがある。妊娠が発覚し、家出してしまった少女。じいさんと森で火をたきながら過ごした一晩で家族の大切さを知る。通勤途中に鹿を轢いてしまった女性。パニックになりながらわめいている女性の姿と謙虚で物静かで深く物事を洞察しているじいさんのコントラストが面白かった。夜のシーンでその鹿を火にくべて食べ、翌日じいさんの愛車に鹿の角がついていた、あのシーンがすごく好きだったなぁ。また、同じく戦争を経験したじいさんと出会い、涙を浮かべながら戦争について語り酒を飲むシーン。涙が止まらなかった。あのじいさんの目。あれはまさしく私が目指している人間像だ。いろいろなものを見、経験してきた人が持つ謙虚な目。昔を振り返る時良く思うことがある。私ってば無知だったあの頃が一番イケイケだったよなー・・・と。世界で一番自分がすごくて偉い!と本気で思いそうな勢いだった。段々年を重ね、いろいろなものを見聞きする度にこの世にはたくさんの思慮深い賢者達がたくさんいることを知り、そのたびに自分はどんどん謙虚になっていった。いや、ならざるをえなかったといった方が正しいかな。だって格好悪いじゃんか、偉そうに知ったかぶりするのって。ここに遊びに来てくれている皆さんにもいろいろ勉強させていただいて、ひっじょーに感謝です。興味深い日記を読ませていただいていつも“へぇ~、ほう~”といろいろ学ばさせていただいています(あれ?日本語正しい??)まだまだ好奇心がうずうずとうずく私は、まだ出会っていない賢者を求めて、映画に出てきた旅好きなじいさんと同じように当分旅は止められそうにありません。
Sep 17, 2004
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月曜日。旦那のインドのビザの再申請に行く日。・・・・が昨晩、冷や汗タラリ。大変なことを思い出してしまった。なんと友人の娘、サラを日曜日の夜から月曜の夕方までベビーシッターをする約束を前々からしてあったのだ。どちらの約束も覚えていたのに、この二つの予定が頭の中でつながっていなかった私。がちょ~ん・・・・( ̄□ ̄;)!!こうなったらサラをインド大使館に連れて行くしかナイ・・・ママがいなくて寂しがるサラを“動物園に行ってキリンさんを見よう♪”と言って誘い出し二人で電車に乗る。着いた先が動物園じゃないと、着いた時に泣くのは目に見えていたのでまず最初に用事を済ませてから動物園に行こうねー!と動物園のところを強調し、騙し騙し大使館に向かう。途中歩くのにも、電車にも飽きたサラは何度も“動物園に行きたいよ~”と泣きそうになる。この子は泣いたら声が半端じゃなく大きく、泣き止ませるのに時間がかかるので、ここで泣かれてしまってはビザの申請に受付を午前中の2時間しか空けていない大使館には絶対行けなくなる。ビザの申請には小さなオフィスでビザを待つ大人数の中でかなり長時間待たされるのだ。そこで“今から動物園の会社に行って動物園に入る切符を買わないと動物園に入れないんだよ~”と、大使館が動物園の切符売り場だと嘘をついた。何とかそれで納得してくれたようでその後は“キリンさんをまず最初に見ようね~”となるべく気持ちをポジティブな方に持って行かせる様にしたり、彼女の持っていたウサギのぬいぐるみで待っている間人形劇を披露したりして何とかビザの手続きが終わるまで飽きさせずに時間をつぶすことができた。そして今日家に帰って旦那に“大変だったんだよ~、今日”とその話を始めたら“子供はお前が思っているほどアホじゃない、嘘は見抜いているもんなんだ”とか、いろいろクリティサイズを始めた。クリティサイズって日本語でなんだっけ???皮肉?批判????とにかく、奴はこういうとき非常に冷静でシニカルに私のしたことを分析する。ムカムカムカムカ・・・・・・心の奥からあのザワザワがやって来そうになった。・・・とその時、最近お邪魔した誰かの日記か掲示板で書かれていたフレーズが急に頭の中に浮かんだ。“物事を乗り切るには ま、いっか・・・の気持ちが非常に大事”たしかこんな感じの意味合いのことだったと思う。誰の文章でしたっけ???ちゃとさんだったかな????頭の中では誰のためにビザを申請に行っていると思っているんだ。誰のためにこんなに時間に余裕がなく、今日しか時間がないと思っているんだお前に同じことが出来るのか!!!!こんな考えがグルグルグルグル・・・・・そんな考えを打ち消すように今度はま、いっか。ま、いっか。ま、いっか・・・・∞ を繰り返す。おお!本当に ま、いっか と思えてきたから感動だ!それでもまだ旦那に微笑み返す余裕は無く、目の上に腕を乗せて眠いフリをした。確かにそれから結構時間がたった今、そんなことは取るにも足らない事だと思えてきている。話は戻って、二人はようやく動物園に向かう。大使館のある九段下から上野までは電車に又後二回乗らなくてはならない。“えええぇぇ・・・また電車ぁ~~ (半べそ)”ぐずりそうなサラを “まず最初はキリンさんを見てー、その次は熊さんね! で、その次は何を見るかサラが決めていいよーっ!!” ”じゃぁねー、サラはウサギさんが見たいーっ!!”動物ネタで引っ張り、引っ張り動物園までやっとの思いでたどり着いたら、再び がちょ~~~~ん・・・・・休館日だった・・・・(号泣)“サラ、動物園休みだった・・・・・”唖然としながら力の入らない声でサラに言うとサラの顔はどんどん曇っていく・・・あそこのアイスクリーム屋さんに連れて行ってアイスでごまかすか・・・あ、鳩がたくさんいるから鳩にえさをばら撒いて気をそらすか・・・・一瞬のうちにいろいろ考えたけれど、前述で旦那の事を書いたものの実は私も大使館で嘘をついてからずっと「こういう時は子供に嘘をついて良かったのだろうか・・・・」頭の中で考えていたのだ。悲しそうな顔をして立っている小さなサラ。次の瞬間、私は上野公園の前で3歳の娘の前にひざを突きサラに心から何度も謝った。「サラ、ごめんね・・・nekomushiは本当に馬鹿だったね~。 ちゃんと動物園に行く前にリンリンして休みですか?って 聞けばよかったね~。nekomushiの事今だけはぶってもいいよ」と言ってハイどうぞ と彼女の胸の前に頭をグイッと突き出した。子供相手だけれど本心からそう思った。1,2,3,4,5・・・・・秒沈黙が続く。私が顔を上げるとサラは複雑な顔をして、でも微笑みながら“nekomushiちゃんもういいよ。サラはぶたないよ”うううう・・・・号泣しそうになってしまった。サラ、ありがとうううう。そして本当にごめんよ~~。二人とも気を取り直して大きな広場に行って鳩に餌をあげることにした。さっき食べた残りのメロンパンをサラに渡して投げてごらんと促す。すると何十羽、いや何百羽かもしれない・・・・ヒッチコックのように大群の鳩がやってきた。鳩だけならまだしも上野公園はそういえばカラスの宝庫だった。気がついたら何十匹ものカラスにも囲まれていた。カラスって近くで見ると真っ黒だし、クチバシはでかいし妙に怖い。サラはそんなことに気がつかずに一心不乱に鳩に餌をあげて喜んでいる。“怖いよ、怖いよ、怖いよ~~~~”サラの手前、平常心をがんばって保つものの心の中は恐怖でいっぱい。・・・・といきなり一匹の鳩がビーチサンダルをはいていて素足の私の足の指をクチバシで突っついた。 んぎゃぁ~~~~!!! 私の悲鳴が鳴り響き、次の瞬間サラを置き去りにしてダッシュしてしまった。しばらく走ってからハッとして振り返るとボーゼンとした顔で固まっているサラ。私と目が合った瞬間にこちらも ぎゃ~~~~! と泣き出した。またまたダッシュでサラの元に戻り抱き上げて逃げる私。近くの公園に逃げ込みそこでまたまたサラに謝りどうにか泣き止ませた。その後はその公園で同い年位のお友達を見つけて子供同士4人で仲良く遊んでくれたので私もちょっとリラックスした時間を持てた。しかし、公園にカラスが来るたびに恐怖に顔を引きつらせて私のところに走ってくるサラ。お友達に“カラスは怖くないよー、大丈夫だよー”と言われても“嫌なのっ!!怖いのっ!!!”と大きな声で反論をして私のところに駆けてくるサラ・・・・ああ、こんなにちっちゃな3歳の女の子に私は暗いトラウマを作ってしまったのかもしれない・・・・重ね重ね、御免よ、サラ・・・・・
Sep 13, 2004
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先日申し込んだオーガニックの宅配野菜第一号が昨日届いた!中身はトマト、ジャガイモ、小松菜、インゲン、空芯菜、とうもろこし、みょうが、しいたけ、オクラ、キャベツだった。早速空芯菜の炒め物を作ってみる。くぅぅ~、おいしい♪タイ料理、中華料理のお店に行くと必ず頼むほど空芯菜の炒め物は私の大好物なのだけれど、このオーガニックの空芯菜は今までレストランで食べたものよりも味が濃い気がした。普段、葉ものの野菜はあまり好きではない旦那もパクパクと食べていた!!!そして本日は友人を家に招いてインディアンフードパーティを開いたので早速ジャガイモを使ってサモサ、インゲン、トマト、オクラを使ってベジカレーを作った。これらのお料理も皆さんに大好評でした♪★★★さて、私達夫婦がお肉を食べなくなって早2ヶ月。マイクロバイオティックの本を読んでお米も玄米に変えました。お砂糖もなるべく摂らないように努力し、甘みが欲しくなったらフルーツを食べるようにしていました。外食のときは失礼にならないようにお肉を食べたこともありましたし、ケーキを食べちゃったなどの例外ももちろんあったけれど、基本的な私達の食生活は以前とはがらりと変わりました。そして約2ヶ月が経った今、自分の体の変化に正直かなりびっくりしています。まず、精神的にかなり楽になりました。ネガティブな心の揺れが以前に比べて少なくなり、良い意味で心が鈍感になったような気がします。旦那と会話をしていて“あ~、以前だったらこのやり取りで絶対に私、怒っていたよなぁ”って客観的に自分を見ている自分に気がつくことが最近多々あります。そしてボーっとする時間がますます増えました(笑)朝ベランダに出てボーっとしながら新鮮な空気を吸う。これが私の日課になりました。頭を空っぽにするのは心にものすごく良い作用を与えると思う。頭の中が悩みや考え事でいっぱいのときは、ボーっとすることさえ難しいんだよね。あれこれいろいろ考えちゃって・・・・・ネガティブな感情に鈍感になった分、体はとても敏感になったような気がします。外食でお肉を口にしたときには後から必ず胸の奥のほうでザワザワとした感覚がしてきます。疲れているときにものすごい濃いコーヒーをグイっと飲んでカフェインが体に行き渡ってザワザワしてくるあの感じ。あ、そうそうコーヒーを飲みすぎたときも必ずこの感覚がやってきます。コーヒーもいつか止めたいと思っていますが、いきなりは難しいので徐々に・・・・そういう時ってうわぁ~って大きな声を出してみたくなるの。試しにヴォイスヒーリングの時を思い出して部屋でああああ~~~~♪♪ってやってみたらザワザワがちょっとすっきりした。この間はベッドに入ってからそのザワザワが来ちゃって興奮して寝付けなくなった。マイクロバイオティックの本に運動をする人はお肉を食べると良いなどと書いてあったのですが分かるような気がしました。ベッドの中でジョギングしたい衝動にずっと駆られていましたから・・・・以前はこの感覚が出てきた時に旦那に喧嘩を吹っかけていたような気がします。どこかに発散してしまわないとどうにも収まらないこの感情。そしてザワザワがイライラの感情に変わっていき、その私の発散を正面から受けていた彼・・・・今冷静に考えると申し訳ない気持ちでいっぱいです。ザワザワのコントロールの仕方、なぜ、いつ、この感覚が来るのかが分かった今、腕立て伏せ、ヨガなどで気持ちの切り替えができるようになりました。私の周りにはお肉を食べていてもとても優しく穏やかな人もたくさんいますし、この世の中にはイヌイットや高地に住んでいる人など肉食にならざるを得ない人などもいるので一概に玄米菜食がすべての人に良いとは言えないのですが、少なくとも私に限ってはスキップしたくなるくらい嬉しい方向に変わるという効果がありました。あー、このまま事故にあって死んじゃったら良いのに・・・なんて物騒なことを考えたことも実は1度や2度じゃなかった私。食べ物が人間性を作るって本当なのかもしれませんね。あ、ちなみにあんなにお肉が大好きだった私でしたが、徐々にその欲求は自然と少なくなっていっています。たまーに妙に餃子が食べたくなるときはあるけれど・・・
Sep 11, 2004
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今日、九段下にあるインド大使館にビザの申請に行ってきた。大使館は千鳥ヶ淵の横にあり、天気の良い今日はとてもよい散歩になりました。大使館の中に一歩入ると突然日本じゃない空間に迷い込んだような錯覚に陥る。建物も置いてある備品もなんていうか、とってもレトロな雰囲気をかもし出していて昔のフィルムで撮影された映画を観ているみたいな光景。ううう、嫌いじゃないぞ、この雰囲気。今からすでに旅モードに入ってきた。旦那情報によるとビザの申請は委任状があれば代理人申請も出来るとの事。彼は仕事で平日は申請に行けないので私が代わりに行く事にしたのは良いのだが、彼のパスポートにはページが1枚も残っていなかった。パスポートのページ追加をしろーー!!!といつものごとく言い続けて2週間。ようやく重たい腰を上げて申請し大使館から戻ってきたのが先週。その後、委任状を書いてね♪とかわいくお願いし続けてさらに1週間。あまりにも腰を上げないので少し眉毛を吊り上げてちょっとだけドスの聞いた声で「委任状を書け!」と脅したのが昨日。さすがにいい加減ビビったのかその場で委任状を書いて本日ようやく申請と相成りました。・・・・・が!!!!!代理人申請に委任状は必要なく、申請書の署名欄に署名が必要との事。しかも日本に滞在して5年未満の外国人は申請に 最低でも!1週間はかかるとの事。加えて日本人は同日発行で1200円のビザがうちの旦那は12500円かかるという・・・・・涙今日は金曜日。大使館は土日は休み。13日に申請して1週間後に発行してくれれば20日にはビザが手に入る。そして私達の出発日は23日・・・・・何かあったら怖いから1ヶ月前位に申請した入って言う私に「don't worry」と「everything is gonna be ok」を繰り返した奴は誰だ。もう、愚痴は言わないって決めたのに・・・くすん。昨日、なんとなく何かが見えてきそう!なんて偉そうな日記を書いたからきっと空の上から試されているんだ、私は・・・ちきしょー!負けないぞっ。「いっつもいっつも直前にあせるのは嫌なのよー!!!」ってヒステリーに怒鳴りつけた今までの私だったけれど今日はがんばって冷静を勤めよう。で、いつものごとくきっとビザは間に合って 「ホラね、言ったとおりでしょ。 人生はあせっちゃダメなんだよ」とか言われるんだろうな・・・・
Sep 10, 2004
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私の大、大、大好きな映画、龍村仁監督の地球交響曲の第5番がいよいよ公開されたとの事で早速有楽町の東京国際フォーラムまで見に行ってきました。地球交響曲、またの名がガイアシンフォニーと呼ばれるこの映画、大々的に劇場で上映されるわけではないので聞いたこと無いっていう人も多いだろう。(興味のある方は私のブックマークに この映画のオフィシャルページが入ってます。 どうぞ訪ねてみてください。)逆に見たことあるよ!という人はきっと私と同じアンテナを持っている人だと思う。お友達になりましょう!!!さて、このガイアシンフォニーという映画、第一番の撮影(今から10年以上も前)が終わったときは撮影に携わった会社の運営は火の車。上映する費用も残ってないという状態で撮影は終えられた。六本木のとある会場でかろうじて一度だけ上映が出来るチャンスを得、この地球交響曲第一番は日の目を見ることになる。その最初で最後になるかもしれない上映が終わったとき、会場は観客の感動でいっぱいになり、その中の観客の一人がどうしてもこの映画を自分の故郷の人たちに見せたいので上映をさせて欲しいと監督に名乗りでる。そしてその人が中心となり上映会が行われ、その会場で映画を観たまた別の観客が自分も上映したいと名乗りでる。そうして口コミでこの映画が人々に伝わっていき、地球交響曲は個人の自主上映という形で全国に広がっていく。今もこの映画は自主上映をしたいという人たちにフィルム一本いくらという形で貸し出され上映されている。前置きが長くなりましたがnekomushi、今回の第5番を観てやられました・・・・・顔面にドカンとパンチを食らって映画を観終わって家に帰ってきた今も脳震盪でフラフラしているような感じです。今回のこの第5番、今までの地球交響曲第1番から第4番までの集大成といったような内容でしたが、私の自分探しの旅が始まってからの集大成のような内容でもありました。地球交響曲という存在を私が知ったのは今から約5年前。うちの旦那と出会うほんの少し前でした。たまたまふらりと寄った一軒の本屋さんで手に取った龍村仁監督の本、“地球(ガイア)のささやき”を読んで感銘を受けた私はインターネットで上映場所と上映日を調べ、1から3までを3日連続で一気に観ました。その後、興奮冷めやらぬ私はその映画関係の本を次々と読み漁り、その中の一冊、ダライラマの本をきっかけに今の旦那と話すきっかけを得る。地球交響曲を知り、旦那と知り合ったその頃から私の内側で何かが少しづつ変化していき、時に悩み、苦しみ、悲しみ、憤り、考え、感じ、感動し、5年の月日を得てあともう少しで何かを感じ取れそうなそんな予感がしていた今、この第5番の映画は私のゴールまでまた後押ししてくれたようなそんな感じを与えてくれました。今回の映画の大まかなコンセプトは苦しみを得た後の新しい世界。第2番に出演したチベットのダライ・ラマ法王は映画の中で今世界で起こっているこの現状を子供たちにどう伝えたらよいのか分からないと質問したお母さんにその悲惨なニュースを知ることによって子供たちに慈悲の心を育てることが出来る。それが他社を思いやる心の栄養になると語った。第4番に出演した沖縄の版画家、名嘉睦稔は悲しみを知らないと悲しみの心情になる人のことを想像することが出来ない。自分の中でそれをコントロールする力や制御する力も人間という生き物が獲得した野生の力だと語る。また、野生チンパンジー研究家のジェーングドールはこの長く暗いトンネルの先にこそ本当の平和があるといい、元宇宙飛行士でアポロ9号で月に渡ったラッセル・シュワイカートは困難に挑戦し続けることにこそ希望があると言う。映画の中で私が大昔に書いた日記、神様の許可は取ったのかなの中に出てくる沖縄のホテルが出てきた。また別の日記、宇宙の果てで書いた人類一人一人の細胞的なつながりと似たような内容も出てきた。ついこの間自然分娩についてネットでいろいろ調べていて、自分に子供が出来たら絶対に読みたいと思っていた本、私と旦那の思い出の場所広島、大量に生産されたキャベツを処分しなくてはいけない農家の人の葛藤を苦しい思いでテレビから見ていたあの時の感情をトマトと話せるおじさん野澤先生の場面で代弁してくれたこの映画のコンセプトの創始者ジェームス・ラヴロック学者。少しづつ、少しづつ私の周りで何かがつながっていっている。たくさん迷って、不安になったこともあったけれどやっぱり自分の向かっている方向は間違っていないとこの映画は教えてくれたような気がします。映画が始まる前にロビーで待っていたら、この映画を製作した龍村仁監督がフラリと私の目の前に現れた。目の優しい、でもいろいろな事を見てきた上で謙虚になれる人だけが持っている柔らかい物腰とまなざしを持った男性でした。声をかけたかったんだけど、あまりにも突然のことで喉の奥が張り付いてしまったような感じになってしまい、息をするのがやっとの状態でただただ初恋の人を追うように見つめるだけでしたが、この偶然のステキな出会いは何だか空からステキなプレゼントをもらったような、これからの明るい人生を暗示しているような、そんなステキな気分を私にくれました。映画を見ている間はあまりにも感銘しすぎて号泣のしっぱなし。見終わった今は私の心は涙ともにキレイに現れたような感じです。このところ、私の周りには私の変わりたいという心に反映してくれているかのように優しく繊細な心を持った人たちが集まり始めています。ほんの少し前、ネガティブな心の塊だった頃は、ネガティブな人たちが同じように私の周りに集まってきていたような気がしますが、今私にもう必要なくなった出会いは自然に終わろうとしているような気がします。何かを気付くことが出来るまでじっくりと時間をかけて心を休めようと誓った私の心のバケーション。ようやく終わりが近づいてきているのかな・・・・今度はこの偶然のようなたくさんの出来事に私が参加する番。そんな気持ちでいっぱいです。さて、次は一体何が起こるのだろうか・・・・まだ完璧な人間とは程遠い発展途上の私ですが、謙虚に、静かに、冷静に私に起こる出来事を見つめながらその時を待とうと思っています。PS: 映画を見ていない人は なんのことやらさっぱりですよね、ゴメンナサイ。 今回のこの日記はかなり独りよがりな 私の覚書だと思って読んでください。
Sep 9, 2004
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フワフワの泡で包んで汚れを落とす。今巷では洗顔ネットなるものがたくさん売られていますが、この間八百屋さんで買ったオクラが入っていた緑色のネットを使ってみたらフワッフワの泡が簡単に出来た!!ふふ、こんな風に上手に廃物利用できた時って地球に貢献したようですごく嬉しい♪そういえば、小学生のとき流しの石鹸はオレンジ色のみかんの網に入っていたっけ・・・・小学校の廊下にあった銀色の流しで皆で並んで雑巾を洗ったことが久しぶりに頭に浮かんできた。
Sep 8, 2004
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旦那が自分のウェブサイトのサーバーを一つ追加しました。私はコンピューターのことは全くわからないのですが、今までよりも処理能力が断然早くなるとのこと。月々の出費はちょっとしたアパートの家賃並みになってしまいました・・・「これは未来への投資なんだよ、Honey~♪」と旦那は言っています。彼の将来の夢、秘書としては暖かく見守ってあげたいのですが胸のうちはもうドキドキです。ああ、きちんとプロフィットを出してくれますように・・・今月で失業保険の給付も終わることだし、インドから帰ってきたら就職活動かな、こりゃ・・・・私が母になるときは一体いつになるやら・・・★★★★新しく買った洗濯機。温水機能も、乾燥のアイロン機能もとっても便利なんだけど難点が一つ、粉の石鹸が使えない・・・・・洗濯石鹸は合成洗剤に比べて溶けにくいので今まで使っていた洗濯機の時は一度溶かしてから洗濯物を入れていたのですが今度のはドラム式なのでそれが出来ない。なので液体の洗濯石鹸を新たに購入しました。今まで使っていた洗濯石鹸、かなりまだ量が残っていたので食器洗いに使う事にしました。原料の97%が石鹸成分なのできっと食器に使っても安全でしょう・・・ところで、巷にはいろんな洗剤が出回っていますが中身はどんな風に違うんでしょうねぇ。便器を洗う洗剤も、食器を洗う洗剤も洗うものはおんなじ陶器なのに中身は違うのかしら???ま、便器用の洗剤で食器はなんとなく洗う気はしないよね。ちなみに我が家は家の掃除もトイレ掃除もすべて洗濯用の粉石けんで済ませています。★★★★旦那の靴を買いに大きな靴専門店に行って来ました。彼の足は日本のサイズで30cm。普通の靴屋さんでは彼のサイズは扱っていないのです。関東近辺に大きな靴を扱う店は私の知っている限り3件。なかなかデザインがいいのが置いてないんだよねぇ・・・奴はかなりピッキーなので靴の購入はかなり大変。素材が、とかデザインが・・・などとブツブツ言いながらも今回は彼のお気に入りブランド“ティンバーランド”の靴が見つかった・・・良かった。日本の靴屋さん、もっと大きなサイズも置いてほしいなぁ。インド用にサンダルを書いたいんだけど、もう夏も終わってしまってどこにも置いていないのよー(涙)
Sep 5, 2004
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字幕を追っかけるのが疲れちゃうからあんまり洋画を見るのが好きじゃなかった私が最近ビデオを見まくっている。今回借りた映画は“アメリカン・ビューティ”。最近映画を見ていろいろ考えさせられまくってます・・・この映画は妙に見終わった後に後を引く映画だった。何だか人事とは思えなかった。舞台はきっとアメリカで良く見られる家庭風景なんだろうけどどの家庭もきっと昔はこうじゃなかったよねって言いたくなるくらい完璧に家庭崩壊している訳じゃない。少しづつ、少しづつお互いの歯車が狂っていって気持ち悪い不協和音になっていっちゃったって感じ。登場人物の誰が良くて誰が悪いとは私は思えず、すべての人間に人間らしさを感じて、すべての人間に自分を見たような気がしました。時間をかけて人間関係を築いていく中で少しづつ失われていくお互いへのリスペクト。一家の主人とは、主婦とは、学生とは、女とは、男とは・・・・etc.etc.そんな暗黙の了解の人生におけるルールに縛られてしまっている人々。自分を正直に出せないという絶望感。失うものへの恐れ。一歩ひいて見ていると「ここで正直にこんな風に言っちゃえばいいのに・・・」「こんな風に振舞えばすべてがうまくいくのに・・・」なんて思えるんだけど、実際の生活では私も同じようなことをいつもいつも繰り返している。何でいつも余計な一言が口をついて出てしまうんだろう。。何でいつも素直になれないんだろう。。。ああ、人間関係って傍から見ているとすごくシンプルなのに自分のこととなるとどうしてこんなにややこしいんだろう。私達夫婦はお金が無くて今までたくさん喧嘩してきたけれどもし、結婚した当初からお金があって何の不自由もなく暮らしていくことが出来ていたら私もきっとあのケビン・スペイシーの奥さんのような女性になっちゃっていたような気がする・・・・・リスペクト、本当に大事だよなぁ・・・・・
Sep 3, 2004
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ニコラス・ケイジ主演の映画、アダプテーションをビデオで見ました。ニコラス・ケイジは今回「マルコビッチの穴」の脚本家、チャーリー・カウフマン(実在の人物)役と、チャーリーの双子の弟のドナルド・カウフマン(架空の人物)役。で、この映画「アダプテーション」の脚本家はニコラス・ケイジ演じる“チャーリー・カウフマン”・・・あー、頭がゴチャゴチャしてくる・・・(×_×;) 「マルコビッチの穴」のような奇妙奇天烈な映画は嫌いではないのでこのビデオも思わず手が伸びた。あ、ちなみに「マルコビッチの穴」に出演の人形使いの役の彼、うちの旦那が髪が長くてやせていた頃に結構似てる。そういえば、何人かの人にニコラス・ケイジに似ているって言われたこともあったなぁ・・・・・ニコラス・ケイジはなーんとなく・・・ね。そう、彼結構馬顔かも・・・話はそれましたが、双子の片割れチャーリー(実在の方)がスランプに陥りながらも脚本を書いていくところからストーリーは始まる。「アダプテーション」のストーリーの中でもチャーリーは「マルコビッチの穴」の脚本家なのだが(あー、ややこしい)映画の中のチャーリーはとても悲観的なキャラクター。僕はハゲで、デブで、才能も無くて、女にももてなくて・・・女性関係も奥手で、愛する女性を誘いたいのに心とは裏腹のセリフが口をつく。「明日の仕事のためにもう寝なくちゃいけないから・・・」誘われるのを待っていた女性の悲しそうな顔。スランプに陥って、不眠症になって、こんなセリフを吐きながら苦しんでいる姿がとても切なかった。僕はどうせ・・・・・チャーリーがこんなセリフを吐くたびに映画を見ている私も苦しくなる。ああ、チャーリーと自分がとてもダブる。一方双子の片割れドナルド(架空の方)はチャーリーと全くおんなじ姿なのにとっても楽天家の役。ジョークを交えながら女を口説き、脚本を書いては売れ、人生とっても楽しそう。ハゲでデブでチャーリーとまーーーったくおんなじ姿なのにね。何かこれって人生を楽しく生きるためのヒントのようでとっても興味深かった。そう、人生なんて自分に起こった出来事をどう解釈するかで楽しくもつらくも悲しくも変わるのだと思う。デブでハゲでも楽しく生きようと思ったら人生楽しいし、デブでハゲで、イジイジイジ・・・・とやっていたらイジイジした人生しかやってこないんだよなー・・・・ああ、ここ数年私ったらなんとイジイジしていたことか・・・映画の最後にチャーリー(イジイジ)がドナルド(楽天家)に「昔、お前が大好きだったサラを口説いていたのを 窓から見ていた。」「お前はすごく幸せそうだった。 サラもすごく楽しそうだった。」「でも、サラはお前がいなくなった途端、 友達とお前のことを馬鹿にしていた。」「その時俺は自分を馬鹿にされたようですごく惨めだった」って告げた。ドナルドはその時、「知ってたよ、サラが話しているのが俺にも聞こえた。」「でも、自分がサラを愛するのは誰にも止められない。 サラが自分を馬鹿にするのはサラの都合。 自分がサラを好きなのは自分の都合」正確な言葉は忘れちゃったけど、こんなことを言ったんだよね。ああ、もうがっつーん!と来たね。これは私が旦那に常日頃私が言われている言葉。相手の世界に巻き込まれるな、自分の世界は自分だけで作れ、って・・・・最近、ちょっとずつ見え始めているような気がする。人生を楽しくする秘訣。まだまだ私ったら弱いから他人のちょっとした言葉、態度、目つきで相変わらずチャーリーになってしまう。でも、やっぱりどこの誰も私の人生をつらくする権利なんてないし、私自身も自分の人生を惨めにするなんてもったいなさすぎる。人間同士の関わりって考えの違う者同志だから誤解が生まれるかもしれないけどさ、一度しかない人生、やっぱりつまらなくするのはもったいない。たまに、めんどくせーなー、人間って・・・って思っちゃうけどやっぱりHAPPYに生きてみよ・・・・誰かに馬鹿にされたっていいじゃん。それは馬鹿にする人の都合なんだから。嫌われたっていいじゃん。それは嫌う人の作った世界。私の世界を創造するアーティストは私しかいないのさ~~!あ、また映画のストーリーからかけ離れた映画評になっちゃったね・・・・(笑)
Sep 2, 2004
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