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重症です。毎日だら~んと過ごしてしまって何もやる気がおきません。家の中、かなり散らかってしまっていてこれじゃぁ旦那の事、もう何も文句言えません・・・・・インドから戻ってきて1週間とちょっとが経ってしまいました。帰ってきた当時は静かに街を歩ける事やおいしい日本食を食べれる事や、寝る前に足の裏の砂や埃を払わなくても良い事や、トイレが綺麗な事や、シャワーがずっと熱いままでいる事や、日本語のテレビが見れる事や、空気が綺麗なことなど等・・・・・いろ~んな事が嬉しかったのですが、道を歩いていてだーーーーれも声をかけてこない事や、車のクラクションが聞こえてこない事や、空気が無臭なことや、毎日がおんなじ事の繰り返しな事など等が段々とつまらなくなってきてしまい、あのハチャメチャさが妙に懐かしい今日この頃です。失業保険の給付が手違いであと一ヶ月先に伸びてしまったのであと一ヶ月間は無職でいなくてはいけません。ああ、また旅に出たいなぁ・・・・・さすがにもう旦那は仕事休めないだろうなぁ。一人旅したいなんてもう言い出せないよなぁ・・・・後一ヶ月間、何しよう・・・・
Oct 31, 2004
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アーユルベーダですっかり体の調子がよくなった私は今まで受け付けなくなってしまっていたインド料理をアグラでバカ食いしてしまった。その中の何かに当たってしまったのか・・・・・アグラからデリーに向かう飛行機の中では吐き気を抑えるのに必死。デリーの空港に着いた途端、トイレで滝のように吐いてしまった。インドの空港のトイレには必ずおばちゃんが常駐していてトイレのドアを開けてくれたり、水道の水をひねってくれたりするのだが、私が肩で息をしながらゲーゲー吐いているのに手を差し出して物乞いをしてきたときには胸糞が悪くなった。具合が悪いと人にやさしくなれないね。一睨みして思いっきり軽蔑のまなざしをおばちゃんに向けちゃった。その後、タクシーでデリー市外に向かうときも、ドライバーの相手をする元気など全く無し。バックパックを枕に後ろのシートにごろりと横になってドライバーの話は全く無視。ホテルの予約は? ホテルは予約しないと取るの難しいかもよ!「・・・・・・」無視!おじちゃんは私と会話をするのはあきらめてきちんと私の指定したニューデリー駅で降ろしてくれた。タクシーを降りると街の中はさまざまな匂いのパレード。通りを歩きながら私は吐く寸前だった。あの、下水の匂い、牛の糞の匂い、カレーの匂い、病人にはとてもつらい。適当に一軒のホテルに入りチェックインをする。普段はチップをねだられるから荷物は絶対にポーターに持たせないのに今回は全部持ってもらう。その上薬局に行って薬を買ってきてもらうようお願いした。薬代も併せてチップとしては破格の50ルピーを渡したら月光仮面のようにすっ飛んでいった。薬を飲んで朝までぐっすり寝たら翌日はかなり体調はよくなっていた。昨晩のポーターは私の下僕のように今日は何か必要ないかとブンブンまとわり付いてくるけれど・・・・・インドで丸一日過ごす最後の日。買い物したい気持ちを今までぐっと抑えてきたので最後のデリーでははじけるつもり!具合が悪いなんて言ってられない。早速朝からおみやげ物屋さんの並ぶメインバザールへと繰り出す。まず最初はインドの民族衣装のパンジャビドレス。これは上下分かれたパジャマのような形の洋服で、色とりどりの刺繍がとても綺麗。インドの若者は皆このドレスを着ていた。紫にオレンジや黄色に蛍光の黄緑などビビッドカラーを着ている人が多く、華やかでとても美しかった。何軒ものお店を行ったりきたりして、終いにはインド人にも嫌がられるしつこさで何度も試着してようやく選んだ。私が3時間くらい居座ってようやく決めたときはお店のお兄ちゃんは本当にホッとした顔をしていた。その後は洋服屋を片っ端から覗く。私はアジアのおみやげ物屋さんに売っているコットンのちょっとヒッピーチックな洋服が大好き!!!綿のシャツは一枚250円。何枚かまとめて買うからマケてよ!と値段交渉しながらお土産用に何枚も購入する。その次はサンダルウッドの石鹸を買いに行く。サンダルウッドは残念ながらあと一個しか残っていなかったので代わりに蓮の香りの石鹸とカーマスートラと名づけられた怪しげな石鹸を大量に購入。ビーワックス(蜜蝋)も石鹸くらいの大きさの塊で150円くらいで売っていたので2つほど購入。これだけの量のビーワックスを日本で買ったらものすごい値段になると思う。これでリップバームやデオドラントを作ろーっと!!そのほかアーユルベーダの歯磨き粉なんかもお土産に買ってみる。お、目と目の間につけるビンディーと呼ばれるシールがたくさん売っている。ラインストーンが付いていたりで結構可愛いの。日本でそんなもん貼っていたら怪しいかしら???でも、面白いのでお土産に20個ほど購入。ちなみにお値段は15円程。最後に我が家のリビングルーム用にパッチワークの壁掛けを購入。細かい刺繍がしてあったり、石やミラーが縫い付けてあったりとかなり手が込んでいる。これで我が家の殺風景なリビングもちょっとはカラフルになるかな。その他サンダルやアクセサリー、バッグなどもとても安く、可愛いものがたくさんあったのだけど、また具合が悪くなってきてしまったのでここで買い物は終わり。買い残したものも、行き逃したところもまだまだたくさんあるので、いつかまたこのハチャメチャな国に戻ってリベンジしたいぞ。インドを旅行した人はインドが大っ嫌いになるか大好きになるかぱっくりと二つに分かれる。インドに行く前に何人からこの言葉を聞いただろう。私はどっちなんだろう??ってワクワクする反面、ちょっと緊張して旅立ったっけ。。。で、私はどっちなのか??と問われたらよく分からない。とても興味深い国であることには間違いは無いのだけれど旅を終えたばかりの今の私はインドにエネルギーをすべて吸い取られてしまったような感じだ。次から次へと頭の中にいろいろなものがインプットされ、そのエネルギーはすべてその瞬間に吸い取られていってしまう。頭の中はたくさんの宿題を目の前に途方にくれている夏休み終了を目前に控えた20何年前のあの頃の私のよう。今はまだ頭がゴチャゴチャしすぎていてもう一度インドに戻りたい~♪とかもう2度と行きたくない!!とか考える余裕も無い感じ。某ガイドブック“孤独な惑星”にこんな一文がある。この国を旅して受けるインスピレーションの強さは他に類を見ない。好むと好まざるとにかかわらず、インドは旅人の全身全霊を揺さぶる。自国に戻る飛行機の搭乗口でただ旅を終えた嬉しさを噛み締める旅人は少なくない。しかし後々になってからあの国を再び訪れたいと渇望する自分に気づく人もまた多いのである。2004年9月23日~2004年10月22日=訪 問 場 所=・ボンベイ・マルガオ・ゴカルナ・オームビーチ・マンガロール・メディケリ・カッカベ(ハニーバレーエステート)・マイソール・バンディープル国立公園・バンガロール・デリー・ヴァラナシ・カジュラホ・アグラ ~~~ インド旅行記 完 ~~~~
Oct 21, 2004
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何だかんだ言いながら結構面白い街だったカジュラホに別れを告げアグラに出発。飛行機は案の定遅れた挙句に反対方向のヴァラナシ行きの飛行機とコンバインになってしまい何故か私を乗せた飛行機は再びヴァラナシの空港に到着。私はインド訛りの解読がかなり難しいアナウンスを聞いてなーんとなく嫌な予感はしていたのだが、隣に座ったあまり英語が得意じゃなさそうなスイス人の老夫婦は窓の外にヴァラナシ空港が見えたときに声にならない叫びを発していた。思わず一言。“Welcome to India!!"3人で爆笑した。笑わずにはいられるかってーの!!飛行機が遅れてしまったせいでアグラに到着したときは真っ暗。今はもう手馴れた手順でいつものようにプリペイドのタクシーバウチャーを買ってタクシーに乗り込む。今回はカジュラホで出会った日本人のカップルとアグラのゲストハウスで待ち合わせをしていたのでそこまで向かってもらう。今回向かうそのゲストハウスはタージマハールから歩いて3分ほどの距離にある。そのゲストハウスがあるタージガンジ地区は真っ白なタージマハールが大気汚染で汚れてしまわないように車は乗り入れ禁止になっている。一番近い所で降りてそこから歩いていくつもりだったが難点はドライバーが降ろしてくれる場所が本当に私の行きたい場所なのかどうか、初めての地では分からないという点だ。今回ドライバーが降ろしてくれたのは一軒のホテルの前。タクシーが止まると同時にホテルから男性が駆け寄ってきた。「Welcome to our Hotel !」・・・・・・ってなんでやねん!!!!私は東京っ子だけど、思わず関西弁がでそうになるよ。。。「あのさー、私はシャンティロッジに行きたいって言ったよね???」大げさにため息をついてみても、カタカタと貧乏ゆすりをしてみても、露骨に嫌な顔をしてみてもこいつは全くめげる様子を見せない。「部屋見るだけみてみない?見るだけでいいから・・・」ぐああああああ!!!!何でこの人たちは普通に一発で話が進まないのだ!私は今日友達とホテルで待ち合わせをしているって言っただろぉぉぉ!!!!「ここにチェックインした後そこに乗せてってあげるからさ。 あ、もちろんその分のタクシーはフリーよ!フリー!!」ああ、もうこの人と温和に話をしていても埒が明かない。「タージガンジ地区の入り口まで私を連れて行かないんだったら タクシーのバウチャーはアナタにはあげません!! 私はここから歩いていきます。じゃぁ!」さすがにあたふたと追いかけてきたタクシードライバー。なんと禁止地区のタージガンジに車を乗りつけホテルの目の前まで乗せてくれた。その後ホテルをチェックインするまでじーっと私の横を動かない彼。悪いけど、あんたにはチップあげないよ。しばらくは往生際悪く私の周りをうろうろしていたけれど私が無視し続けたらシュンとした顔で去っていった。ちょっとかわいそうになったけど、あんたがきちんと連れてこないのが悪いんだからね。カジュラホで出会った若者達に合わせて今回のホテルは120ルピー(300円位)。さすがに若者バックパッカーであふれていた。部屋に入ってベッドに横になり天井に回るファンを見つめる。水シャワーしか出ない、エアコンなんてもちろん無い、毛布も無い、隣の音丸聞こえ、薄汚れた壁。鍵をカチャリと閉め、バックパックを床に置き、ベッドにゴロリと身を投げ出し、回るファンを見つめる。安宿にチェックインをした時の毎回の儀式のように何故かいつも同じ行動になってしまう。そして、ああこの街の宿も無事に決まった・・・とホッとするこの感覚が私は結構好きだったりする。アグラといえばタージマハール。インドといえばタージマハール!王様が愛する妻のために作ったお墓である。門をくぐりその姿を目の前で見た瞬間、あまりの美しさに息が止まってしまう。ポストカードや雑誌で見慣れていたせいであまり感動しなかった、なんてコメントを旅中あちこちから聞いていたのだが、私は素直に感動したよ。その日は晴天だったのであの真っ白な大理石に太陽の光が反射してまぶしくて目がつぶれそうだ。タージマハールの中には奥様が眠っているであろう棺が置かれていた。ちなみにこれを作った王様は自分のお墓用にタージマハールの目の前にある川の対岸にタージマハールと全く同じ形の黒大理石の建物を作らせようとしたそうなのだが、それがかなわぬうちに亡くなってしまったそうだ。もしそれが完成していたら、隣同士の真っ白な建物と真っ黒な建物がそれはそれは綺麗だっただろうな。こんなインドを象徴する建物、タージマハールであるが、この建物はインドの人口の大半を占めるヒンドゥーのものではなくイスラムの建物だ。偶像を崇拝しないイスラム教のこの建物は大理石に綺麗な模様が彫ってあるだけのとてもシンプルで私好みの建物だった。ちなみに、ヒンドゥーがお墓を持たない宗教で本当に良かったと思う。この異常なほど人口が増え続けているインドでお墓という文化が一般的に広まっていたら、人々はお墓の上に寝なくてはならなくなってしまうだろう。お墓の問題は、小さな島国日本でも人事ではないよね。タージマハールの敷地の中はそれはそれは綺麗で心も和むのだが、一歩外へ出るとここアグラはインドの中でもっともゴミ汚染がひどい地区の一つと言われている。山積みにされたゴミの上で何匹もの豚や牛が餌を探して食べている。街のど真ん中でプラスティックやペットボトルを含むゴミが火で焼かれ、そのすぐ真横を人々が暮らしている。街は燃やされたゴミの煙や、車、リキシャから出される排気ガスで息をするのも嫌になるくらいひどい大気汚染だ。インドでも日本と同じようにあと何年かしたらアトピーや喘息、アレルギーなんかが蔓延するかもしれない。そうなる前にこのひどい環境問題、どうにかならないものだろうか。。。。ちなみに私達、今回のこの旅に水のフィルターを持っていった。これはもともとアウトドア用品でキャンプに行った時に川の水をろ過して飲み水を作るものなのだが、これがインドで大活躍だった。ホテルの水道の水をろ過し、飲み水としていつも持ち歩いていたけれど、臭みも無くておいしいお水だった。お金の節約になるのはもちろん、観光客から一日何本も出される水のペットボトルの削減にも大いに役に立ったと思う。インドだけではなく、東南アジアでもこの旅行者のペットボトルの問題はここ最近結構深刻だ。以前訪れたタイの美しい島の裏側にはペットボトルが山積みにされている場所があり、それらのペットボトルは燃やされるのだそうだ。アウトドアショップで1万円位でこのフィルターは購入できます。旅好きの方はもちろん、そうでない人も災害の時なんかに意外と役に立つかも・・・・・
Oct 19, 2004
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インドに来たら絶対にアーユルベーダ体験をするぞ!と心に決めてきたのに、アーユルベーダの文字すら見なかった今までの道中。街と呼ぶにはあまりにも小さすぎるこのカジュラホ村でアーユルベーダの看板を発見!!!日本語ペラペラインド人、Dさんに聞いてみたらここはいんちき臭い場所ではなくてきちんとした所だとの事。早速中に入ってみるとあのごま油を額にどろーっと垂らすシロダーラのツボがベッドからぶら下がっている。きゃー♪♪♪これがやりたかったのよぉぉぉ♪♪「シロダーラ?」と聞くと良く知ってるねぇと嬉しそうなおっちゃん。オイルを決めたいからちょっと親指を見せてと言われ指圧の心の浪越さんのように親指を2本、おっちゃんに突き立てる。おっちゃん、クイっと親指を2本後ろに反らせるとふむふむと何かを紙に書き込んだ。なんと彼はこれだけで血液型が分かるのだと後で知った。ちなみに私が楽しみにしていたシロダーラ、おっちゃんいわく私の今の体調には必要ないらしい。「シロダーラを楽しみにしてきたの~!やりたい~~!!」とちょっぴり駄々をこねてみたのだがNO!と突っぱねられた。まぁ、その方が信用できそうだけれど、あのおでこがヌメっとする感覚、味わってみたかったなぁ。残念。オイルが決まりマッサージ開始。オイルはミントのようなさっぱりとした良い香り。ここは特に着替えは用意していなく、自分の下着姿でマッサージを受けた。本当は素っ裸になるのが良いんだろうけれど、まだこのおっちゃんを100%信用していなかったので下着は取らなかった。まず、魔女の部屋においてありそうな怪しげなろうそくに火をつけて私の周りでくるくると回す。そのろうそくは青臭いハーブのような香りがする。おっちゃんは目をつぶって何かを祈っている。次に奥さんとおっちゃんの二人で私の両手を上げてオイルで腋の下から腕をマッサージ。クスクス・・・ちょっとくすぐったい。その後足のマッサージ。きわどい場所までマッサージの手は伸びる。足の付け根に手がすべってくると、思わずズルっと大切な所まで指がすっぽり入っちゃうんじゃないかと思わず力が入る。この頃には奥さんは部屋を出て行っちゃっていたので最初はこのまま犯されたらどうしようなんてビクビクしていたのだが(笑)途中から開き直って気持ちよさに(性的にじゃないですよ!)身をゆだねることにした。子宮のあたりをマッサージするときなんて下着を半分ぐいっと下ろされ毛は半分以上見えていただろう。うつぶせになってマッサージを受けていたときは下着はTバック状態になっていてお尻は丸出し状態。足の指から腿の付け根までオイルを滑らせながらのマッサージをされているとき、たまにおっちゃんの指は私のお尻の穴に当たっていたような気がする。。。しかし、マッサージが終わったあとのおっちゃんの丁寧な対応、話し方を見てもそれはわざとではなくそういうものなんだと思うけれど・・・・1時間20分程度のマッサージは終わり、体も髪の毛もオイルでギトギト。このオイルは今日一日洗っちゃだめだという。洗っちゃだめどころか一体何を着てホテルに帰れば良いのさ!ノープロブレム! オイル イズ グッド フォーユーを繰り返しているおっちゃん。まさか裸で帰るわけにもいかないので着てきたお気に入りのアウトドア用のパンツとTシャツをオイルの上に着る。ホテルに着いたら案の定うっすらオイルのシミが付いていたよ。くすん、このパンツ高かったのに・・・・・ちなみに下着はオイルでギトギト。日本のエステなんかではこういう点はきちんとしているんだろうけれどインドでアーユルベーダをするときはぼろぼろの下着、洋服を着ていったほうが良いかもしれません。その日はオイルギトギトのまま素っ裸で眠り、次の朝あまりの目覚めの良さにびっくりした。体中エネルギーがみなぎっている感じだ。実はそれまで1週間以上食欲がなく、背中と胃がシクシクと痛む毎日が続いていたのだがそれがすっかりと治っていた。シャワーでオイルを落としたら顔も髪の毛もピカピカだ!!きゃーん♪アーユルベーダ万歳!!!あまりにも感動したので、1日間をおいてもう一度マッサージを受けることにした。再びクリニックを訪ねるとおっちゃん、私の顔を見て一言。「お酒飲んだ???」実はその前の日、インドに来て初めてお酒を口にしちょっと寝不足だったのだ。おっちゃん、やっぱりただものじゃないぞー・・・今日はオイルを変えるねといいまたマッサージが始まった。今度のオイルはちょっとバニラのような香がした。 なんと2度目のマッサージが終わった後は奥さんが食事を用意してくれていたよー!!さっぱりした味付けの野菜をたくさん使った料理、おいしかったー♪この気持ちの良いマッサージの値段は1200ルピー。日本円で約3000円位。日本のアーユルベーダの値段に比べたらかなりお得だけれどインドの貨幣価値に慣れた人だったらこの値段は結構贅沢だ。この小さな村で日本人がアーユルベーダの診療所に1人で入っていったのは結構目立ったらしくホテルに帰るといろんな人から感想や値段を聞かれた。私がペラペラと得意げにしゃべっちゃったのがいけないんだけどその直後私の周りは自称マッサージ師でいっぱいになった。なんとホテルのマネージャーまで「実は君がチェックインした時には言っていなかったけど このホテルではアーユルベーダもやっていてね、 値段はなんと400ルピーなんだ!お得だろう!!」だって・・・・そして私が行って来たケララマッサージのことをあそこは高すぎるから私のところで受けたほうがいい、とボロクソ。まったくここの人達の単細胞さには呆れるを通り越して面白くなってきた。私がマッサージを受けた後に現れた自称マッサージ師は5人以上。本当、突っ込みどころ満載なインド人。日本語ペラペラのDさんでさえ、私が「親指だけで血液型が分かるんだよー!すごいよねー」と興奮して話していたら面白くなさそうな顔して「ちょっと親指見せて! ふーむ・・・君は好奇心が旺盛で 誰がなんと言おうと自分の道を 突き進みたい性格だね?」・・・っておい!!!!!手相じゃないんだから・・・このマッサージが終わった後、おっちゃんといろいろ話していたらこのまま帰らずに残ってここでアーユルベーダを学べば良いのに・・・と薦められました。くー・・・私がもしあと10年若かったら、そして独り者だったら確実に帰りの航空券を捨ててここに残っていただろうなぁ・・・このおっちゃんはお父さんがアーユルベーダの専門家で子供の頃からずっと勉強しているそうだ。薬の調合は難しいけれど、マッサージから教えてあげるよ!なんて言ってくれて、本当に良い人だった。もし、インドで本格的にアーユルベーダを学びたい方、良かったらこのおっちゃん、紹介しますよー!!最短で20日あればマッサージなら一通り教えられるそうです。 *** KERALA Massage *** hotelyadavlodge@rediffmail.com Tel:07686-272630 or 011-31068683 or 0483-3103806
Oct 18, 2004
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ここに来る前、カジュラホに行くんだー!と言うと必ずニヤリとされた。「アナタエッチネー」ここカジュラホはカーマスートラのエロティックな彫刻が刻まれているお寺で有名な村なのです。早速その有名なお寺を見学しに行くことにしました。男女が絡み合っている彫刻、中には足をぐいっと宙にあげて男性のものを口に含んでいる姿など等過激なものもありますが、エロティックと言うよりはどれも神秘的という言葉のほうがしっくりきます。美しい・・・・・昔、偶像崇拝に反対するイスラム教の侵略者達によってインドのヒンドゥーの像は次々と破壊されたのだそうですがここカジュラホはかなりヘンピな場所にあるため破壊からは逃れたそうです。こんなに美しい彫刻が1000年も昔に作られたなんて信じられない。あまりの美しさに炎天下の暑さも忘れ、ぽけっと座り込んで何時間もお寺の前で過ごしてしまいました。ちなみにカーマスートラとはヒンドゥーの性典で日本の四十八手など目じゃない八十六体位が描かれているそうです。“孤独な惑星”によるとこの教えでは基本的本能を満足させることが悟りを開く手段だとされているのだと言う。精神的修行(ヨガ)と同じくらいこの肉体的快楽は必要なものとされていたらしい。修行と性を切り離してしまう仏教とは正反対なのね。街に戻ると相変わらず物売りたちはうるさい。この人たちは本当にめげないねー・・・ある意味尊敬するよ、そのしつこさ。あまりのしつこさにホテルから外に出るのが嫌になってくる。しかしその物売りの中で唯一まともな男性がいた。日本語がペラペラでローソン(笑)という名前のお店をやっているという。日本語が妙にうまい人は普段はあまり信用しないのだがその人からは物を売りつけようというエネルギーというかみなぎるセコさというか、そういうものは全く感じられなかった。ただ、日本が好きで日本人と話がしたいというので夕食を一緒に食べることにした。途中二人の日本人も加わり、4人での日本語の夕食はとても楽しかった。この日本語ペラペラのインド人Dさんは今まで3度日本に行った事があり、その3度ともここカジュラホで出会った日本人達の家にお世話になっているのだという。彼とはその後ここカジュラホで3日ほど仲良く付き合わせてもらったけれど、商売っ気を見せることなく逆にチャイを何杯もご馳走になっちゃったりしてとてもいい付き合いをさせてもらった。ここカジュラホで日本語を勉強して、日本にいつか行ってみたいと野心を燃やしている若者達にたくさん会ったが(本当にたくさん!!)その誰もが自分の野心をむき出しにしすぎてこっちの気持ちを全然考えてくれない人たちばかりだった。初めて入ったレストランでいきなり来月に日本に行くからメールアドレスを教えて欲しいと言われ、空港に迎えに来いと言って来てみたり・・・・・おい!私は客だぞ!!そのお願いをする前にまず人はコミュニケーションってものを取るのが先なんじゃないのかい???その点、上記のDさんはとても賢いなーって思った。私もいつか彼が日本に来たら喜んで家に泊めてあげたいと思う。あせっちゃいけないねー。長い目で見て最後に得をする。人に与えれば最後は自分に返ってくる。カジュラホでDさんに学びました。
Oct 17, 2004
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とうとうヴァラナシを去る日が来た。なんだかんだ言いながらこの地は本当に興味深い所だった。まさにインド体験!という場所だった。いろいろな意味でも。パッキングを終えてロビーでお茶を飲んでいたらアジア人の男の子が二人、ホテルの人とPCの事で話をしていた。どうやらホテルのPCの調子がおかしいらしい。「私はシステムエンジニアですからちょっとPCをいじらせてもらってもいいですか?」ホテルの人に言っている。ホテルのPCは日本語対応になっていないから日本人じゃないのかなぁ・・・などと考えながら思い切って声をかけてみることにした。「Are you Jananese?」「あ・・・・ハイ・・・・」うっふふふーん♪コンピューターに詳しい日本人を探していたのだよ~♪♪デジカメで撮った写真をUSBポートのメモリースティックに移動して持って帰れば写真がたくさん撮れるから・・・と旦那に教えてもらっていたのだが、それがなかなかうまく出来なくて困っていた。(そのおかげで楽天の日記はたくさんアップできたけど)「すみませーん、ちょっと教えてもらってもいいですか?」とカメラとスティックを渡すと快く手伝ってくれた。今まで出会った旅行者とは違って地に足が着いていると言うか大人というか、何だかもっと話をしてみたい感じの人達だったのでPCのこと以外もいろいろと話しかけちゃった。二人とも英語がすごく堪能で(私よりも全然上手)東京でSEをしていて、今までも旅行にいろいろ行ったことあってハンサム!(←ここポイント)、で、多分20代前半か半ばくらい。お互いにあと2、3時間でヴァラナシを出発してしまうことが分かりもっと話をしていたいのに残念。思わず「日本に帰ったらうちに遊びに来ない?」とメールアドレスを聞き出してしまいました。これ、私が独身だったら寂しい女が若い子狩ってるみたいだけど結婚していると逆ナンって感じにもならず向こうも「いいっすねー」なんて言いながらすんなりアドレス教えてくれた。一人旅の醍醐味は友達がたくさん出来ることだ。しかも旅先で出会う人は私と同じ旅行好き。日本に帰ったらホームパーティ企画しよ!ふふ、楽しみ♪最後の最後にステキな出会いがあったヴァラナシに別れを告げ飛行機は次の地、カジュラホに到着。空港を出た途端にタクシードライバーに囲まれる。その中に妙に日本語の達者な男がいた。私がリキシャをアレンジするとなんとその男も乗り込んできた。こういう人は大抵は最初はナイスに世間話なんかをしてくる。しかし、街が近づいてくると自分のコミッションがもらえるホテルに連れて行こうと必死マンに変身!私はもう違うホテルに行こうと決めていたので断っているのにこの人本当にしつこい。「分かりました。私は無理やりは嫌いです。 でも一つだけお願い。私の勧めるホテル、 見るだけで良いから一緒に来てもらえませんか?」このセリフ、目的地に着くまで10回以上聞いただろうか。お兄さん、日本語勉強しているなら一度辞書で無理やりの意味調べたほうが良いよ。こういう人にかかわるとろくな事が無い。「いいからホテルスーリヤに行け!」私は半ギレでドライバーに英語で言うと、彼は困ったように後ろを振り返りながらホテルスーリヤに車を止めた。部屋を見て満足したのでリキシャのお金を払いに外に行くとまだその男はいた。「見るだけで良いから・・・・」まだ言ってる。彼は完璧に無視することに決めた。私はしつこい人は嫌いだ。「なぜ?インド人嫌い?インド人嫌いな日本人オオイネ・・・」荷物を置いてもう暗くなったカジュラホの街を散策してみることにした。ホテルを出た途端にウワッと人に囲まれる。「どこからきたの?名前は?友達!」最初はこの会話から始まってしばらくすると、私の店に来ない?になる。無視すると上記のインド人嫌い?になる。ああ、面倒くさい。カジュラホの物売りはヴァラナシのそれよりもしつこくてハエみたいだ。★★★大体1週間遅れで旅行記を書いてますが、昨日(10月23日)日本に帰国しちゃいました。空港でトイレに行ってチップをねだってくる人がいないことに感動。トイレットペーパーがあることに感動。空港をすんなり出れることに感動。コンビニでアタリメを買ってそのおいしさに感動。車の運転の静かさに感動。東京の空気の綺麗さに感動(これは皮肉だよね。インドの空気は本当に汚い)もう~、日本って国は本当にすばらしい!!!インド、もうちょっといたかったけれど、日本に帰ってきた今は日本の便利さを堪能しています。そして、旦那抜きで旅行をしていた2週間の間に私の気持ちに大きな変化がありました旦那と私は付き合い始めてから3ヶ月で一緒に暮らし始めてしまったので、結婚した今も正直その時からの延長という気持ちしかなく、いまいち彼が私の家族なんだっていう感覚が乏しかったのです。家族構成は?と聞かれると結婚して2年も経つのに未だに父と母と弟と・・・なんて答えてしまう始末・・・・それがこの2週間の間に彼は私の夫で私の家族なんだっていう気持ちが本当に強くなったの。インド人が出会ってすぐに家族構成を聞いてくる人が多いこと、夫がいるって言ったほうが物事がスムーズに行くことのほうが多いことなどもあったけれど一人でインドを旅行するって楽しいけれど心細い気持ちになることも一日に何度も。長期の旅行を終えて、自分の家族の元に戻る、自分の家に帰る、ということがこんなに嬉しく感じたのは生まれて初めてです。(もちろん親元に帰ったとき嬉しくなかったわけではないのですが、旅を続けていたかった気持ちのほうがいつも強かった)ああ、私には今家族がいるんだなぁ。多分これから先よっぽどの理由が無い限り、このインド旅行を最後に一人旅はもうしないかな・・・・しかーーーーーし!!!家の中が汚い~~~~~~!!!!!!私の帰ってくる朝から必死で掃除を始めたそうですが、私が帰ってくる昼までには間に合わなかったようだ。これで掃除を少し始めてたって君、今までどんなところに暮らしていたんだよ・・・・・掃除、洗濯、食器洗いをする暇は全く無かったくせに亀の水槽にはいろんなデコレーションがしてあり、何故か大きなトマトのパスタソースの瓶がソースの中身入りで水槽の中に入っていた。「あ、これ? サミーの新しいおもちゃ。 あ、中身?大丈夫、大丈夫。きちんと蓋してあるから。 うん、もちろん後で食べるよ。一緒に食べようね。」そんな暇があったら掃除をしてください・・・・・しかしなぜに亀にトマトソース????
Oct 16, 2004
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ヴァラナシの悲劇で私を救ってくれた救世主カップルとヴァラナシからオートリキシャで30分位のところにあるサルナートというところに出かけた。ここはブッダガヤで悟りを開いたブッダさんが初めて説法をした所で仏教徒にとってはかなり重要な所です。この場所には日本寺、タイ寺、ネパール寺、チベット寺などさまざまな国の仏教のお寺があります。日本寺に行ったときは思わずほっとした気分になった。私はやっぱり日本人なんだー。インドでは全く通用しない日本のわびさび、それを久しぶりに見たような気がした。一通りお寺を見終えてからミニZOOという動物園に行ってみる事に。ここは今までの動物園経験の中でもっともしょぼい動物園でした。いくつかの檻の中にはインドで普通に生活していても見ることの出来る鳥が何種類か・・・後はサインにはワニが中にいると書かれているただの池。鹿が芝生に何匹か・・・・とはいえ、ヴァラナシの喧騒と排気ガスから逃れたかった私達は芝生の上に敷き物を敷き、街で買ってきたランチを食べてピクニックをした。久しぶりに嗅いだ自然の香り、あー落ち着くよ。このカップルとはピクニックをしながらいろんな話をした。特にインドに来て何を考えさせられたか、どう感じてるかという話題は尽きなかった。環境の事、経済の事、貧富の事、どれもそう単純な問題ではないのだ。貧しい子どもを見るたびにインドの発展を願うが、もし地球上の発展途上国がすべて発展してしまったら環境的に地球はどうなってしまうだろう??昔のインドは料理はバナナの葉の上に出され、チャイは素焼きのカップに売られていた。こっちの人は列車の窓からゴミをポイポイと捨てるが、昔はそれらのゴミはすべて土に返るものばかりだった。市場に売られる色とりどりの野菜たち。これらにはかなり強い農薬が使われているという。1960年にグリーンレボリューションと称してアメリカから農薬がインドにわたった。その農薬のおかげでインドは飢えをしのぐことが出来るようになったのだという。日本にある自分の着ない洋服をインドに送ってあげたい。そう強く思ったが、それはインドで洋服商を営んでいる人の仕事を脅かすことになるという。経済って何なんだろう。政治って・・・・・?豊かな国に生まれたことを感謝しつつ、目の前で起きていることが消化できずにジレンマでいっぱいになる。そんな気持ちを3人で吐き出すように語り合った。彼らとは夕方前に次は日本かオーストラリアで再会しようと約束しお別れ。ああ、いい出会いだった。まだ夜がふけるまでは時間があるのでまた川沿いを歩いた。火葬場のガートで足が止まる。積み上げられた薪の上にはきれいな赤い布に包まれた人の姿が。薪に火がつけられゆっくりとその体は火に包まれていく。隣にいた人が「これが人としての最後の姿だよ」と言う。その人がいくつなのか、男か女かもわからないが、火葬に立ち会ったのも何かの縁と静かに手を合わせた。頭皮が燃え、真っ白な頭蓋骨が見えた。その後、足を包んでいた布が燃え、5本指が見える。それを見て、ああ今燃えているのは人なんだと思う。日本では火葬に立ち会う習慣など無いのでどうしても目の前で燃えているのが人だとは信じられない。2時間近くそこに座っていただろうか。さっきまで人の姿をしていたその人は跡形も無くなった。ヒンドゥー教にはお墓は無いらしい。その灰は聖なる川、ガンガーに流され自然に返っていく。その横では子供たちが無邪気にクリケットをして大騒ぎし、ヤギがお供えの花をむしゃむしゃ食べている。火葬はここの人にとってはいつもの風景なのだ。その後、日が沈みガートにプジャーと呼ばれる神に祈りをささげる儀式を見に行く。この間少女が売りつけて来たキャンドル型の花に火がともされガンガーに流されていく。対岸に集まったいくつものろうそくはそれはそれは綺麗だった。日本の灯篭流しに近いかな。ガートに座ってそれらの儀式を見ていたら10歳位の子供が話し掛けてきた。利口そうな顔をして見なりもきちんとした子供だ。きっと覚えたての英語を使いたくて仕方が無いらしい。一生懸命“んー、あれは英語で何て言うんだっけ?”なんてヒンディー語で言いながらの会話はすごくかわいかった。好奇心むき出しで会話が楽しくて楽しくて仕方ないって感じだったので (私も英語を習いたての時こんな感じだったなー)たくさんいろんな質問をしてあげた。途中、その子がお米をあげたようなお菓子を買ってきて一緒に食べようと分けてくれた。私はまだ前日のトラウマから完全には抜けていない。私が躊躇していると周りにいた人たちにもお菓子を配り「ほら、大丈夫だよ!これは安全だよ!」なんて言ってくる。結局ほんの一口だけ恐る恐る口にし、「ごめん、口に合わない」と言って食べなかった。人を疑いながら旅したくないが、インドという国はピュアすぎても危ない国なのだ。神聖な儀式が行われているその目の前で人を信じることのできない私、悲しかった。。。。。。
Oct 15, 2004
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泣いて、笑って、怒ってだったヴァラナシ一日目を終えヴァラナシ二日目。私の泊まっている宿ではフリーのヨガレッスンがあるというので朝サンライズと共に起きる。屋上にあがってみると目の前には真ん丸のでっかい太陽が・・・ヤバイです、この景色。ガンジス川からお盆のようなお日様が昇ってくる姿は本当に神様が宿っているのかも・・・と思わざるをえない程の神秘的な景色。その景色の中、朝日に向かってのヨガはがんばって瞑想状態に持っていかなくてもとっても静かな気持ちになれました。さて、本日は残りの予定を決めるために飛行機の日程を調べに旅行会社へ向かう予定。インドに来てサイクルリキシャ(自転車型の人力車)にまだ乗っていなかったのでトライしてみることに。サイクルリキシャの客引きもここでは蝿のようにしつこいので英語の話せないおじいさんを選んだ。この競争の激しいヴァラナシで生き残れなさそうな風貌のじいちゃん。しかし、リキシャに乗ってからものすごく後悔した。考えても見てほしい。インドの灼熱の太陽の下、自分のおじいちゃんのような男性が私を後ろに乗せて細い体で汗びっしょりになって自転車をこいでいるのだ。道が少し上り坂になった時は細い足をプルプル震わせながら必死に自転車をゆっくりとこいでいる。日本だったらもうとっくにリタイアしてもいい年なのに・・・・頭皮まで汗でピカピカになったその後ろ姿を見ていたら涙が後から後から出てきて止まらなくなってしまった。白人の女の子がサイクルリキシャの後ろで号泣している姿をデリーで見かけた時は騙されちゃったのかなーなんて思っていたけれどこれは泣かずにはいられないよ・・・・結局トラベルエージェンシーまでの約20分号泣しっぱなし。片道20ルピーの約束だったのに50ルピー渡してしまった。お金を渡した時おじいちゃんキョトンとしていた。何も気づかないフリしてしまっちゃえばいいのに・・・・トラベルエージェンシーではちょうどいい日程で残りの旅の航空券を買うことが出来た。電車やバスの旅も嫌いじゃないけれど、日程も少ないので残りは全部エアで回ることにした。航空券を買い終えて外に出るとなんとリキシャじいちゃん外で待っていた。その間1時間以上あったと思う。私がカモになると思ったか、50も渡したからお礼のつもりで待っていてくれたのか・・・・・・で、結局帰り道もやっぱり号泣。でも、「今日お金を間違えて100も払ったアホな日本人がいてねー 儲かったからこれで今日はおいしいものでも食べようよ」なーんて会話が家族と交わされるといいなぁなどと思いながら帰り道も50渡したらおじいちゃん、何度も何度も手を合わせて私が見えなくなるまでずっと立ち止まっていた。じいちゃんがんばれ!!!昼からはボートに乗ってみることにした。ボートも年を取った人を選んだのに何と息子を連れてきた。息子はなんとピチピチのブリーフ一枚というすごい格好。パカッと大股開きでボートをこぐブリーフ姿の少年。目線に困って思わずサングラスをかけてしまった。少年の年は17歳だという。ボートから見る沐浴場はまた違った雰囲気があった。真剣な顔をして祈っている人が本当に多い。若い人の姿も結構見掛ける。インド人の信仰心の高さは本当に感心する。ボートは不浄の地といわれる反対側にたどり着いた。沐浴場のある岸とはまったく異なってこちら川は見事に何もない。こっちにも街を作ればヴァラナシの街があんなにごちゃごちゃすることもないのに、なんて信仰心の無い私は思ってしまう。ヴァラナシの街は迷路のように細い道がくねくねしてすぐに道に迷ってしまう。ボートを降りて写真を撮ろうとカメラを構えると少年がカメラを覗き込んでくる。その時に何と股間を私に押し付けてくるのだ。最初は気づかないフリをしていたけれど3度、4度とやってくる。ちらりと目線を下に移すとピチピチのブリーフの下はしっかりと反応していた!!!!!!!!!ぎゃー!でかいっ!!!「もっと奥の方に行こうよ」少年は誘ってくる。ここが川の反対側じゃなかったらお金を投げつけてさっさと去るところだが、向こう岸まできちんと送り届けてもらわねばならない。少年を怒らせてガンジス川の反対に置き去りなんてシャレにならん。にぎやかなヴァラナシの街とは違って人の姿が全く無い対岸。何とか騙し騙し変える方向に持っていって無事にボートに戻ってくれた時はほっと胸をなでおろした。インドという国は宗教上、性に対して非常に厳しいそうだ。婚前交渉などもっての他で(都会では甘くなってきているそうだが)結婚前に彼女を作ることも難しいんだと宿の男の子が教えてくれた。17歳、そういう欲求がピークの時期なんだろうなぁ。外国人なら行きずりでさせてくれるからと外国人ばかりをねらったプレイボーイもたくさんいるとのこと。帰りのボートでは旦那の話をしまくったよ。私がいかに旦那を愛しているか・・・などね。全く、この街は聖と俗が入り交じっている本当に興味深い所だよ・・・
Oct 14, 2004
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同じコンパートメントのインド人家族、同じ戦地を戦った日本人の女の子と一緒にこの電車に乗ったら必ず一人は荷物を盗まれる人を見掛けると言われている悪名高いヴァラナシ行きの列車を楽しく終える事が出来た。ヴァラナシ駅を降りたのはもうサンセットも間近の夕方。今日は暖かいシャワーを浴びて良いベッドでぐっすりと眠りたいと列車で会った日本人の女の子、Iちゃんは言うのでお金をシェアしてダブルの部屋を取ることにした。ダブルルームで650ルピー(約1500円位)。Iちゃんは「今日くらい贅沢しても良いですよねー」なんて嬉しそう。南ではこの倍の値段のホテルに毎日泊まっていたなんてちょっと言えない雰囲気・・・・次の日彼女は一泊200円位の宿を捜して移ると言う。私は同じホテルのシングルルームに移ることにした。さて、ヴァラナシといえば有名なガンジス川。ヒンドゥー教の聖地でこの地で死ぬことを望んで死期が近づいた老人たちがこの地を目指して旅をしてくると言われるほどこの地はヒンドゥー教徒にとって大切な場所だそうだ。私はどうせ汚いただのドブ川のような川なんだろうぐらいにしか思っていなかったのだが、朝ガンジス川沿いを散歩したらなんとも言えない神々しさをその地から感じた。朝、皆真剣な顔で水に浸かり沐浴をしている。きれいにデコレーションされたカラフルな花で出来たお供え物を川に流している人、お経を唱えている人、川の中で祈っている人などさまざまな光景だ。朝の涼しい時間のガンジス川ほとりは話に聞いていた悪名高いヴァラナシの雰囲気はなく、とても清らかな気持ちにさせてくれる場所だった。一旦宿に戻り朝食を食べた後、昼のガンジス川を見に再び川へと繰り出す。ダシャーシュワメードガートという一番賑やかなガート(階段状の沐浴場)をめざし川沿いを歩く。朝の神々しい雰囲気とはうって変わって物売りたちに囲まれる。ヴァラナシの物売りは結構しつこい。「マダーム、ボート?ガンジャ?ハシシ?ポストカード?」うるさーい!!!!“No”と言っても10m位はずーっと付いてくる。こっちも必然的に怒ったような口調で 「No!!!」と強く言わざるを得ない。自分の父親よりも年上のおじいさんのような人にそんな口調をするのは少しためらわれるのだが、そうでもしないと離れてくれないのだ。ようやく目的のダシャーシュワメードガートへ到着した。お供えの花を売っている人、マッサージをする人、眉間にビンディーといわれる赤いマークをつけてくれる人等などさまざまな商売が繰り広げられている。階段状の沐浴場に腰掛けてそれらの光景を静かに眺めていたいところなのだが、静かにさせてくれないのが観光地のインドだ。座っていたら川に流すお供えの花を売っている10歳位の子供が近づいてきた。「お花どう?お供え・・・」最初は“No”と言っていたのだが、亡くなった自分の家族や友達を思って川に流すと供養が出来るとか何とか言っている。実は私供養したい人が一人いて、日本で今度写経にでも行こうと思っていた。お花は一つ5ルピー(13円位)だというので一つ買ってあげることにした。一つで良いって言っているのに彼女は3つも火をつけてしまったが安いしまぁいいか・・・川に流れていく火のついた花に手を合わせて祈りをささげる。商売をし終えた彼女は金をくれと言っているがこの可愛らしい女の子とちょっと話がしたくなった。まぁまぁ、お金はちゃんと払うからと彼女を隣に座らせて話を始めた。「学校には行っているのか」と聞くとちょっと怒ったような顔になり不機嫌になった。気の強い生意気そうな女の子だけど所詮子供なんだよなー。頭をなでると一瞬心を許しそうな顔をするが、周りを気にしてまた唇をキリリと引き締める。こんな幼い子供に学校も行かせないで仕事をさせるなんて・・・インドの政府に怒りを覚えそうになる。近くのチャイ屋さんで一緒にチャイを飲もうと彼女を誘い並んでチャイを飲んだ。インド人も何人かワラワラと寄ってきてそのチャイ屋さんは宴会場のようになってしまった。彼女にお花のお金を20ルピー払うと彼女はお礼にガムをくれた。心を開いてくれたようで嬉しくてにっこり笑ってお別れをする。そのチャイ屋さんにその後20分位いただろうか・・・突然全身の血がガーンと下がるような感覚になった。頭がボーっとする。睡眠薬? さっきのガム? チャイ???予備知識本で見た睡眠薬強盗の記事が頭をぐるぐるとよぎる。とっさにガムを吐き出し、一緒にチャイを飲んでいたインド人を罵倒する。「私に何をしたのよ!!!!」パスポートも全財産も航空券も皆このウエストポーチの中だ・・・頭の中がパニックになってくる。早く宿に帰らなきゃ・・・・宿からはこの炎天下の中結構歩いてきた。リキシャ??でもリキシャの上で眠ってしまったら???ボーっとした頭で混乱しながらいろいろ考えていると「Are you OK??」 と白人のカップルが声をかけてきてくれた。いきさつを説明し、眠ってしまっても危ないことが無いようにしばらく側に一緒にいてほしいとお願いすると快く引き受けてくれ彼の持っているお水やジュースを飲ませてくれる。やけに喉が渇く。喉が張り付きそうなほどカラッカラだ。頭はボヤンボヤンするもののそれ以上何も起こらないところを見ると大麻入りのガムかチャイを口にしてしまったようだ。一緒にいてくれたイギリス人の男性とオーストラリア人の女性のカップルは本当に良い人で泣きじゃくる私をパニックにならないようにいろいろ話し掛けてくれ、ホテルまで送ってくれた。ホテルのレストランでも一緒に食事をし明後日一緒にお寺を観光する約束までするほど仲良くなることも出来た。お花売りの彼女の仕業だったのか、日本語が妙にうまいチャイ屋の男の仕業だったのかはたまた何か他の所から何かを口にしてしまったのかはわからないがあんなに恐い思いをしたにもかかわらずまだインドを嫌いになれない自分もいる。(このイギリス人の男性はお花屋の彼女のお礼の気持ち だったんじゃないの?なんてジョークで言っていたけれど 笑)この事があって、日本や仏教、お寺にとても興味のある本当に素敵なカップルに出会えたことも確かだ。インドの子供たち、たくましく育ってほしいな。人を傷付けるってことはどういう事なのか、泣いている私を見て何かを感じてくれただろうか?インドの政府、もう少しこの貧困層の子供たちの事を真剣に考えてほしい。学校は義務教育だが、生活費を稼ぐ事の方が貧しい人たちにとっては勉学より大切だ。この純粋でパワフルな国。嫌な思いをたくさんしてもやっぱり興味深い面白い国だ。でも、これからヴァラナシ、インドに行く人、見知らぬ人からの食べ物は本当に気をつけてね!!
Oct 13, 2004
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夜8時30分発の夜行列車。前に南で乗った列車よりもかなり値段が安い列車なので今回は引き締めて乗らなきゃ・・・なんて思いながらデリー駅へと向かう。電光掲示板でプラットホームのナンバーを確かめるべく掲示板を見上げるとそこにはなんと“遅延”の文字が・・・8時30分の列車は11時50分になってしまっていた・・・こんな時ってインターネットって本当に便利よね。早速ネットカフェに寄って時間をつぶしたよ。もちろん日記のアップもね!11時20分頃に駅に戻るホームにはあふれんばかりの人だった。気をつけて歩かないとホームから落ちてしまいそう。外国人は私の見る限り一人もいなく、あの独特の目線が一斉に私に注がれる。電気も少なく真っ暗なホームにあふれんばかりの人。真っ黒な顔は闇に紛れてあのギロリとでかい目だけが浮かんでみえる。恐いよー・・・・ホームではさらに40分位待ちやっと電車はホームに到着。すると今までのんびりと座ったり横になっていたインド人たちは一斉に電車のドアへと走る。ものすごい量の大きな荷物を持っている人も少なくないので小さな電車のドア付近はパニック状態になっている。秩序なんて言葉はきっとヒンディー語にはないだろう。あの混雑ぶりはそんな感じだった。・・・とここで事件が起きた。私はこの混雑が終わってからゆっくりと列車に乗り込もうと後ろの方でのんびりと構えていたらなんと列車が走り出したのだ。「%$!@/?#*?!!」焦ったのは言うまでもない。急いで降ろしていたバックパックを背負い、修羅と化しているそのドアへ頭から突進した。降りようとしている人、列車にばかでかい箱を持って乗り込もうとしている人、その中へドアの手すりをしっかりと握って頭を突っ込む。降りようとしている人がグイグイ押してくるので手がちぎれそうだ。私が負けずに必死に戦っていたら見知らぬおじさんが私の手を引っ張ってくれた。「ぎょえー・・・痛い・・・」しかしこの手を放すわけにはいかない。必死に引っ張ってくれているおじさんに応えるように体をぐいっと列車に滑り込ませる。はぁ・・・・何とか列車に乗り込むことができた。あまりの出来事にボーゼンと立っているその横で修羅場はまだ続いている。列車を止めようと私のシートのすぐ横の非常ベルの紐を必死に引っ張っているおじさんもいる。しかし、かなりすごい形相で必死に引っ張っているもそのベルはなぜか鳴らない・・・(苦笑)この時期はホリディ直前だったのでたくさんの荷物を持って帰省する人がたくさんいること、列車にただ荷物を運び込むためだけに乗り込んだ人もたくさんいた事を後になって聞かされた。結局皆降りれたのかしら???一つのベッドに2、3人座っている人たちも少なくなかった。自分のベッドを探し出し、バックパックを乗せて3段ベッドの一番上へと登る。やっぱり前の列車はかなり良いクラスだったんだー。シーツも枕も何もないただの狭いベッド。でも、あの喧騒から逃れた今はここはかなり心地よい私だけの空間だ。バックパックをチェーンの鍵でしっかりベッドにくくりつけまだ続いているどたばた劇をベッドの上から観察していたら反対側の入り口からヨレヨレになったアジア人の女の子が歩いてきた。なんと私のベッドの隣だ!しかも日本人だった!!!その子もしばらくボーゼンとした後荷物を乗せ、ベッドに座ってほっとした後にようやく口を開いた。「すごかったですねー・・・」なんだか共に同じ戦争で戦った戦友のような気持ち。細くてとてもかわいらしいその女の子はまだ大学生だそうだ。若いのにたくましいなぁ。しばらくお互いの旅の話なんかを交わした後、だんだんと瞼は重くなり、バックパックを枕にゆっくりと夢の世界へと入っていった。
Oct 12, 2004
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無事に着くことが出来たデリーでの宿。旅行者達が集まるストリート。メインバザールからは歩いて5分ほどの所だが、一本裏に入ると旅行者の姿がパッタリとなくなる。ホテルの周りにはインド人の姿しか見えない。ホテルを出てメインバザールに出てみると旅行者の姿がちらほらと・・・・お土産屋さんやリキシャの客引きもたくさんいるけれど思っていたよりしつこくないみたい。“No”とハッキリと言うと結構みんな素直に引いてくれる。なーんだインド人、悪い奴じゃないじゃん!・・・と前から物売りに囲まれながら歩いている日本人発見。物売りを交わす唯一の方法は毅然とした態度なんだなーとその日本人を見てて思った。日本人の物腰はやっぱりソフトで優しい・・・というか悪く言えば優柔不断かなー・・・私は旦那と一緒にいたからかいつのまにかハッキリと物を言う女にになってしまったようだ。そのせいかこの通りを歩いているとなぜか“アンニョンハセヨー”と声をかけられる方が“こんにちわ”と言われるより多い気がする・・・・・通りを抜けてデリー駅に行き電車の値段と時間を調べることにした。私が行きたい街の一つ、ヴァラナシがその日の夜のちょうどいい時間に出発することを発見したのでその場で切符を買うことにした。15時間の寝台車がたったの750円だよー!!ヴァラナシは最初飛行機で行こうとしていたのでちとうれしい。さて、夜までどうやって時間をつぶそうか・・・・外はあいにく雨が降ってきた。インドの都会の雨は最悪だ。道はゴミだらけだし、舗装されていないし、牛の糞はあちこちに落ちているしで気を付けて歩かないと足がドロドロになってしまう。ホテルに戻るもテレビも無いし、何もすることがないのでホテルの前の階段に座って人々をウォッチングすることにした。屋台で熱いチャイと野菜の天ぷらのようなスナック、パコラを買って階段に腰掛ける。こっちの人はたくましいなぁ。雨なのに裸足で歩いているよ。子供たちも走り回って遊んでいるし、リキシャドライバーも必死に自転車をこいでいる。人々はこんな場所の階段に座り込んでいるへんてこりんなアジア人が珍しいらしく、遠巻きでじっと見つめたり、話し掛けてきたりする。子供たちの写真を撮ったらまたまた子供に囲まれてしまった。インドの子供は無邪気で本当にかわいい。ホテルの目の前には手動の小さな観覧車がおいてある。私の横に座ってじっと私を見つめていたじいさんは実はこの観覧車のオーナーだった。子供たちがコインを片手におじいさんの所に走ってくる。するとおじいさんは子供を観覧車に乗せて手でグルグル観覧車を回すのだ。おじいさんが何かヒンディー語で掛け声をかけると子供たちは嬉しそうに“いえーい!”と掛け声を返す。ここには遊園地もテレビゲームもあまり普及していないけれど人々は皆エネルギーにあふれていてとてもいい顔をしている。インドの町並みを見ていると日本もほんの少し前まではきっとこんな感じだったんだろうなって思う。このインドの子供たちの笑顔が日本や韓国、台湾のように受験戦争で消えちゃう日がいつの日かやってくるのだろうか・・・
Oct 11, 2004
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旦那と二人で過ごす最後の時間。飛行機の窓からデリーの街の灯かりが見えてきたときは思わず涙が出そうになっちゃいました。たった2週間なのに・・・しかももう2年も一緒に住んでいるのにねー。過剰な愛情表現をしないインド人なので(ボンベイで何の気無しにほっぺにキスしてきたうちの旦那。 その後道ゆく人みんな振り返って私達の顔を見に来た!!)軽くハグをしてデリーで私は途中下車。さーて、ここから一人旅だ。バックパックのベルトをぎゅっと腰で締めて気合を入れて空港を出た。とりあえず“孤独な惑星”に乗っている観光客の街、パハルガンジ行きのタクシーのバウチャーを買う。タクシーの運転手はとても明るい人で話もがんがんはずむ。彼、自分の彼女との身の上話なんかを私にしてきて「女ってのは罪作りな生き物だよ。でも、人生楽しまなきゃねーん」なんていいながら鼻歌歌っている。面白いおっちゃんだなーなんて思いながらいるととある場所で車は停まった。「パハルガンジ?」って聞くとそうだと言う。車を降りた所にはトラベルエージェンシーが・・・「宿決めてないんだったらここで決めていけば?」なんて薦めてくれるタクシードライバー。もう夜もかなり遅かったので、そうだねーなんて言いながら何も考えずにオフィスに入った。英語が上手なインド人と何処かのハーフのような風貌のスタッフ。これからの旅行は所々飛行機も使おうと思っていたので情報収集しようと飛行機の値段何かを聞くと、今はフェスティバルのシーズンだから飛行機はおろか今日の宿も取れないかもしれないという。これからの旅を自分の進めるツアーに参加するならばこの日の宿はただにしてあげるという。帰りの日まで着いたこの日に予定を決めるなんて冗談じゃない!とりあえずツアーはいいから宿の情報をくれ!!と言うも向こうもかなりしつこくてなかなか引かない。・・・とそこで予備知識本の記述を思い出した。タクシーのドライバーにトラベルエージェンシーに連れて行かれて法外な値段の宿に泊まらされたり、ツアーを組まされたり・・・たらー・・・・(汗)私ったら南ですっかり平和ぼけしちゃっていたようだ。あんなにいろんな本を読んできたのに。良く考えたら今私がパハルガンジにいるのかどうかも分からない。つい、ドライバーにすっかり心を許し確かめもしないで車を降りてしまった。 バカ、バカ、私・・・・いいから宿に電話をしろというとしぶしぶどこかに電話をした。最初にヒンドゥーでごちゃごちゃ言ってから電話を私に渡す。私が今夜の宿を取りたいと電話口に言うと「今はフェスティバルだから1週間先まで空きは無いよ」という。その口調はこの怪しいハーフインド人にそっくり。こいつが本当に私の行きたいホテルに電話をしてくれたのかも怪しいところだ。(よくホテルに電話するフリをして グルの仲間に電話をして騙す手口が使われるらしい。)電話を切ると「ほれみたことか」と言わんばかりの顔で得意げに私を見ている。ここでの救いは私が言葉が通じることだ。「もういい!!私は自分でリキシャをひろって一人で探す!」とキレて彼にはき捨てると、「待て、待て、予算はいくらだ。」と聞いてくる。予算は400だと伝えると彼はどこかに電話をして簡単に宿は取れた。・・・ったくどこがフェスティバルで2万円以下のホテルはインポッシブル!だよ・・・・私がぎゃんぎゃんやりあっていると何とさっきの身の上話タクシードライバーは私を待っていた。そしてそのホテルに行ってみると部屋はなかなかでそのトラベルエージェンシーから手数料を取られることもなかった。(もっとも、手数料は払わないからねときつく言っておいたのだが)ホテルは私の希望のパハルガンジから歩いて5分くらいの所だし実は私、騙されたというよりラッキーだった????
Oct 10, 2004
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インドのシリコンバレー。バンガロールはこんな風に形容される街のようです。インドのソフトウェア産業は今急速に伸びていてその拠点となっているのがここバンガロールです。人々も街もウェスタナイズされていてとてもおしゃれな雰囲気。肩を出してタンクトップを着て髪を下ろしている女性を見た時はびっくりしてしまいました。サリーをまとい髪を一つにまとめている姿を見なれてしまった私はなんだかその姿が妙になまめかしくてドキドキ。おしゃれなブティックやCD屋さん、スーパーマーケットにデパートなんかもありました。今までコンビニ一つ見かけなかった私達はなんだかお上りさん気分。うちの旦那はコンピューター関係の本が安いので毎日興奮しながら本を買っていました。私はちょっとインド料理にこのところ飽きて来ていたのでインド料理以外のものが食べられることに大喜び!!!まずはもちろん日本食!天ぷら定食が450ルピーもしたけれど(通常のインドの定食は約40ルピー)久々の日本食は涙が出るほどおいしかった。ここは日本人の駐在さんの溜まり場になっているようでおじさん達がビールを飲みながらNHKのニュースを見てました。次の日のお昼は旦那のリクエストでピザハット。インドのピザはちょっと生地が油っこくて私はあまり好きじゃなかったなぁ。ピザは小さなフライパンのようなものに入って出てくるのが面白かった。その日のディナーは韓国料理。ビビンパ定食、涙が出そうなほどおいしいーーー!!・・・なんて食べ物の事ばかり書いていますが、ここバンガロールの中心地は何かインドっぽくないのよねー・・・六本木の飲み屋街にいるような感じ。ま、旅の真ん中にこういう息抜きもいいよね。あ、もちろんインターネットは高速でここぞとばかりにインターネットも楽しみましたよ。さて、旦那はこの地でインド旅行最後です。デリー経由、成田行きの飛行機に乗って私はデリーで下車です。これからは一人旅、緊張するような、楽しみなような・・・・・
Oct 8, 2004
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マイソールを後にしバンディープル国立公園という所に行くことにしました。マイソールからは約80km。今回もいろいろ宿に電話をしたのですが全然つながりません。前回のチベット居住区の事があったので今回は直接行っちゃうことにしました。まず公園内のバンガローをトライしてみたのですが、空きなし。“孤独な惑星”に書いてあったもう一つのバンガローに行ってみたらなんと2ヶ月前に改装して今は一人US$50のプランだそうです。旦那は前の晩私がお金のことでキレたもんだから上目遣いに「どうする・・・??」と聞いてきます。私も疲れていたのと、彼の稼いでいるお金にケチをつけたくなかったのとでそこに決めました。二人で100ドル。結構な出費ですが内容は申し分ないものでした。パッケージには3食ビュッフェと朝晩2回のサファリツアーが含まれています。部屋も今までで一番きれいな部屋で出来れば長期で泊まりたいくらい。よく考えればこれで一人50ドルは安いのかもしれません。この宿はお金持ちのインド人に結構人気があるようで、若い夫婦、家族連れ、若もの達のグループが他に来ていましたが外国人は私たちだけ。このグループでジープに乗ってサファリに出かけます。森の中を進んでいくと早速鹿の群れ。その後大きなイノシシ、パイソン、鷲、猿などを見ました。途中寄った展望台から見た景色はもう絶景!!!これが大人数のツアーじゃなかったら確実に旦那と私、そこに1時間以上は座っていたはず。そして帰りに野生の象の群れを見ました。この時期に象が見れるのは結構ラッキーなことらしい。ラッキー続きで野生のトラを期待していたのですがこれは残念ながら見ることは出来ませんでした・・・・トレッキングから戻ったらキャンプファイヤーが用意してありました。皆で火を囲みながらお酒を飲んでいます。私はチャイを飲みながらインド人の若者の踊りを楽しんでいました。彼らはこれから私たちが行くバンガロール出身のようでインド人にしては珍しくおしゃれです。私たちが近づくと今までヒンディー語だったのに急に会話が英語になっちゃったりして必死に格好つけているのがなんだかかわいい!夜のパーティは若者たちに任せて、そろそろご老体の私たちは明日のトレッキングに備えて寝ることにしました。そして次の日。朝6時に出発するトレッキングへの参加者は何と私達二人だけでした(笑)他の人と一緒のトレッキングは自分のペースで歩けなくて苦手なのでうれしい!ゆっくりゆっくり小さな山を登り、低い山なので30分位で頂上につきました。その頂上から見た景色、ヤバいです。綺麗すぎる。すーっと自然に瞑想状態に入っていってしまうくらいスピリチュアルな雰囲気がある場所でした。帰り道トラの足跡を見ましたが、結局トラは見れずじまい。ここは一泊だけにして、私たち夫婦最後の目的地バンガロールへ向かいます。ここは私の意見を通してバスで移動することにしました。
Oct 5, 2004
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山の上の小さな街、メディケリとお別れして今度は大都市マイソールです。移動は当然のことながらタクシー。本当にこの元ヒッピーのおっさんの旅のスタイルはすっかりと変わっちゃったようです。今までのタクシーの移動で大体の相場はつかめてきたのでこれからは私が値段交渉することにしました。今までは彼が勝手にチャーターしてきたので全部言い値で乗ってきたのですがケチな私が交渉するとなるとそうはいきません(笑)ちょっとあと200ルピーまけなさいよ!!なーんて言いながら半分この交渉楽しんでたりして・・・いつもの半分くらいの値段で交渉成立したよ。やっぱりお財布は男に任せちゃいかんねー。マイソールまでの道のりの途中でチベット人居住区に寄りました。本当はここに一泊したかったんだけど、“孤独な惑星”に載っているいくつかの電話番号全部つながらないのよ。あまり記述もなくてそんな辺ぴなところに行っちゃって宿が見付からなかったら恐いのでタクシーの運転手に1時間だけ居住区で自由時間を作ってくれることも交渉の中に入れた。実際に行ってみたら結構たくさんゲストハウスがあったのでやっぱり来ちゃえば良かったねーなんて二人で話した。チベットの方たちは日本人そっくりなので近くにいてなんだかほっとする。チベットのお寺はカラフルでとても綺麗でした。さて、車はマイソールに着きました。舗装された道路とか大きな建物とかがすごく久しぶりな感じ。私はタクシーの中で待っていて旦那がいつものようにホテルを決める。実はホテルの部屋に入ってからこの旅行始まって初めてけんかしちゃいました。だって段々とホテルの値段があがってくるんだもん!!私の中では最高でも1000ルピー前後がマックスだったんだけど今回のホテルは1500ルピー(3800円くらい??)。日本の価値観で考えると大した値段じゃないんだけど、私はすぐ現地の物価に頭がスイッチしてしまうので1500って何事だよー!!となってしまいました。しかも私は一ヶ月旅行の予定なのでこんな調子でタクシーだホテルだってお金を使っていたらインドがいくら安くたってお金がもたない!!しかしその後彼がものすごくシュンとしてしまったのでとりあえず残り少ない彼との時間は彼の好きなようにさせることにしました。彼の言い分、 「だって次いつインドに来られるか分からないんだから 思いっきり楽しみたいし時間も短縮したい。」っていうのも分からないでもないし・・・・朝、目が覚めても旦那はまだ寝ているので窓からの景色を楽しんでいたらとうとう見ちゃいました!!ホテルの前は芝生や木が生えたちょっとした広場になっているのですが、(公園と呼ぶには汚すぎる!!)一人のおっさん周りをきょろきょろ見回してするっとズボンをおろししゃがみました。そう!朝のお勤めです(笑)終わった後は近くの小川で器用にばしゃばしゃと水をかけて何事もなかったようにするっとズボンをあげました。その後しばらく見ていたら3人の男性がお勤めに来ました。この小川の水、屋台の食器洗いにも使われているという噂。それが原因か分かりませんが私、急にお腹の調子が悪くなってしまいました。下痢もしていないし、吐き気も無いのですが胃がキリキリ痛むのです。腎臓か肝臓か分からないけれど背中もすごく痛みます。我慢できない痛みではないのでとりあえずお水をたくさん飲んでゆっくり過ごすことにしましたがこれを境にインド料理が受け付けなくなってしまいました。幸い大きな街なのでインド料理はお休みして焼きそばやサンドイッチを食べました。マイソールはサンダルウッド(白檀)が有名な街です。リキシャに乗ってサンダルウッドのオイル工場に行くことにしました。工場の中に入ると昔おばあちゃん家で嗅いだ懐かしい白檀の香り。オイルを製造している部屋はサンダルウッドオイルの強い香りがしています。出来立てのオイルを早速手首につけてくれました。すごく良い香り!!私が今まで嗅いできたオイルってもしかしたらあまり質が良いものじゃなかったのかもしれない!残念ながら工場に併設しているオイルのお店は閉まっていてこの新鮮なオイルを購入することは出来ませんでした。街で売っているオイルはなんかインチキ臭い不純物が入ったような匂いがするので買うのはやめました。この街は他に特にこれといったものも無いので一泊だけしてバンディープル国立公園というところに行くことにしました。もちろんタクシーは私の交渉で・・・・・
Oct 1, 2004
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