全24件 (24件中 1-24件目)
1

今日は朝からお天気が良かったので、デジカメを持ってニコちゃんとお散歩。うちの家の周りは坂が多いので、足の状態が良くないと言われて2か月ぶりぐらいだ。今日は、20分ぐらいだだったけど、家の近所でも今まで気付いていなかったことがいっぱいあった。家のそばに大きな池があるのだが、見ていたらいっぱい鳥がいるのだ。 こんなおしどり夫婦がいた。 こんなサギも。ところで、昨日書いたサギのいっぱい留まっている木。今日も横を通ったので、信号待ちで撮ってみたが、あの鈴なりに見える角度からは撮られなかった。でも拡大してよく見ると、びっくりするぐらいの数のサギが留まっているのだが。それもほとんどがつがいで、2羽ずつ仲良く並んでいる。一本の木に、何匹巣を作っているんだろう。もう少し、そばで見てみたいなあと思っている。最近すごく野鳥が増えて、なぜか不思議で仕方がない。
2007.06.30
コメント(8)
![]()
息子にデジタルカメラを頼んでおいたら、昨日買ってきてくれた。SONYにしようか、CASIOにしようか迷ったけれど、やっぱりピンクがいいわ、と選んだのがこれ。小型軽量、720万画素で手ぶれ防止、液晶画面も大きくて、その上可愛い。1GBのSDカードもついでに買ってきてもらった。初めてデジカメは10年近く前。リコーのDC4は4個の充電電池を入れて、メディアは4MBのスマートメディア。それをフラッシュパスというフロッピーディスクに入れて使っていた。一番きれいな画質で撮ったら、12枚しか撮られなかった。それから、OLMPUSのCAMEDIAシリーズは、学校にも入り、子どもたちにも使い方を教え、自分自身も長い間愛用した。そして、今家にあるのが娘のSONYサイバーショット。でもだんだん古くなって、持ち歩くには重くなってきた。携帯のカメラの性能も良くなってきて、最近は携帯専門。仕事も辞めたしもう買わなくてもいいやと思っていたけど、ブログにのせている写真の色が悪いなあと感じていた。先日、一本の木に大きな白サギが鈴なりに留まっているのを見た。水辺でもない通行量の多い道ばたの木なのに、これは何?と思うくらいの量。格好のブログネタと思って、路肩に車を停めて携帯で撮ったけれど、ズームがないと木に何がいるのかよくわからない。やっぱり残念で、欲しくなった。外を歩いてもいいとOKが出たし、これからはデジカメを持ってお散歩するのが楽しみだ。
2007.06.29
コメント(12)
グレープの「女郎花」のことを、ばあばさんが教えてくださったのですぐに注文した。十年以上ずっと探していたのに見つけられなかった。あれだけ探してなかったのに、どうしてだろうと思って、「女郎花」の入っているアルバム「せせらぎ」の発売日を見たら2005年の2月。私が必死になって探したのは、そうだ、さだまさしのコンサートに行った後だったんだなあと思って、調べたら、さだまさしのコンサートのことを友だちにメールで送っていた。2003年の7月28日のことだ。コンサートの模様をレポしているので、ちょっとのせておこう。オープニングは「北の国からのテーマ」続いて「案山子」ここで挨拶。会場は立ち見や補助席も出すほどの超満員。初めてのお客さんはと拍手で聞くと大部分。さださんは、以前と同じ話が出来ると会場をわかせます。この会場へ来るのは3回目。コンサートも今回で3167?回目だそうです。さださんのコンサートは長いです。知らない曲ばかりじゃつまらないから、これぞさだまさしという曲を6曲は歌います。(会場ここで拍手)でもそのうちの2曲を今歌いました。(笑)20数年前はアイドルだったんです。そのころは若い女性が多くって、今は・・・(客席は熟年の方が多いです)でも、たくさん来てくれている方がいいと。でグレープのころの曲を3曲。精霊流しがヒットしたのは22歳の時。と言ったところで拍手が起こるのですが、この曲はまだまだしません。よく聞く曲だったけど「縁切り寺」以外は曲名が出てこない。グレープ時代にはやったのが「精霊流し」「無縁坂」「縁切り寺」明るい曲もあるのに、暗いイメージが浸透してしまって、グレープの先が見えてしまったと。こんなに長く活動しているさださんだけど、他の人とよく間違われる。「神田川いいよねえ」とか、この前行った飲み屋さんではママがうちの旦那がさださんが好きでいつもカラオケで歌っているんです。とその曲を聴いてみると「青葉城恋歌」バイオリンが流れ大きな拍手(私も精霊流しかな?と思っていたのですが)それは、「神田川」のイントロ。(みんな引っかかりました。笑)そこで「関白宣言」最期のラ・ラ・ラ・ラ・ラーラララララ、ラ・ラ・ララララのところは客席も一緒に合唱。どんどん速く何度も繰り返す。それに併せて、速くなるマリンバがすごい。そして奏者の紹介。ピアノを演奏している方は、森山直太郎の「さくら」を伴奏している人でもあります。最近お父さんの権威が無くなってきていると言う話題。その原因は、テレビの普及と、給料の銀行振り込みだと言います。さださんは、男女平等もいいけど、女性には女性の特性があるのではと。ことばだけでも、お父さんをたてて欲しいと。ことばの乱れも指摘していました。さださんは、言霊を大切にしたいと。さださんは長崎出身。最近、長崎は暗い話題が多いです。12歳の少年の事件。心の暗い闇と言うことばをマスコミは使うけど、心の闇は誰でも持っている。会話が一番大切だとさださんは言います。そして「逆・関白宣言」、そして27時間テレビの話などが続きます。まだまだ続きますが、以下省略。特に心に残った歌は、「償い」去年、ある事件で裁判官がこの曲を取り上げて話題になりました。曲は、交通事故で人を死なせてしまった人が、その奥さんに償っても償いきれない思いを歌ったものですが、泣けてきました。
2007.06.28
コメント(4)
昨日は、月1回の退職メンバーの会。6人のうち5人が集まった。昨日は、和歌山県の野半の里で温泉につかり、和食のお昼を食べた。その後、日陰でデザートのさくらんぼを食べながらおしゃべり。一人が、信州に行ってさくらんぼ狩りをしてきたということで、保冷剤で冷やしたタッバいっぱいのさくらんぼを出してくれた。「スーパーで500円ぐらい出してもちょっとしかないよね」とか言いながら、高価なさとにしきをぱくぱく。さくらんぼは、4mぐらいの木の上になるそうで、脚立に乗ってとったそうだ。二つ付いたさくらんぼらしい形のものをよって採ったそうで、そんなところも摘みたての感じがする。私が、日曜日、ダンナともんじゃ焼きを食べて、その後カラオケに行ったことを言うと、「え~、二人で~?」とか、「マイクを持ったら、3人以上は聞いて欲しいわ」とか言いながら、来月はそのコースにしようと決まった。二人で、カラオケにいくのって珍しいかな?うちの家はたまに行くんだけど。受付で、「歌が多い方がいいですか、本人がでてくる方がいいですか」と聞かれたので、本人がでてくる方をお願いした。ダンナは、本人映像なんてお構いなしで予約をしたが、私は若い頃のジュリーが見たくてまず1曲。「時の過ぎゆくままに」の頃の沢田研二は、本当にきれい。その頃特にファンでもなかったのに、長い間封印されていると新鮮だ。その後続けて2曲。続いてテレサ・テンを3曲。バックに昔の香港の映像が映り、二十数年前に行った時の香港が思い出されて懐かしい。ダンナは、石原裕次郎をいっぱい歌ったが、懐かしい映画の場面がいっぱい出てきた。数年前にカラオケでよく歌ったSMAPの歌は、今はもう歌えないものが多いのに、昔の歌って、今まで歌ったことが無くても歌えるのが不思議だ。ところで、カラオケに行くといつもないか探す曲がある。グレープの「女郎花」(おみなえし)という曲で、CDでも探しているんだけど見つからない。30年ぐらい前、グレープのテープの中に入っていた曲で、その中には、他に「無縁坂」や「精霊流し」「朝刊」なんかが一緒に入っていた。 夾竹桃の花は、赤い花。私の心は銀の鈴。と言う出だしで、子どもが小さい頃もよく聞いて家族で歌って、すごく好きな曲だったのに、テープがへろへろになってつぶれてしまい、私たちの中では幻の曲になってしまった。「朝刊」などはカラオケにもあるんだけど、「女郎花」は見たことがない。CDがあれば欲しいなあと思って、探すんだけど見つけられない。名曲だと思うんだけど、放送禁止用語が入っているのかなあ。
2007.06.27
コメント(12)
今日は、N医大の診察の日。足首から下の骨粗鬆症は、随分改善されたらしく、レントゲン写真の映像もだいぶ濃くなっていた。一時期の危険な状態を脱したようで、外を歩くのも気をつけながらして良いと言うことだ。足首から下の骨が強くなってきているので、そろそろビスを加えたいと言う。もう1本か2本入れたら、強くなるだろうと言う。私も、それで、痛みが無くなるのならお願いしたい。先に入れていた2本のビスのゆるみも出ているようなので、抜いて入れ直さなければならないかもしれない。以前、ビスを入れようかと言った時は、3日ぐらいの入院と言っていたが、やっぱり1週間ぐらいかかるそうで、ギブスもはめるらしい。でも、1週間たったら、自分で歩きながら退院して、2か月ぐらいで強くなるだろうということ。8月のお盆は、ダンナの実家に行きたいので、お盆過ぎにお願いした。
2007.06.25
コメント(10)
新しいもんじゃ焼きの店が出来ているから、ダンナが行ってみたいという。私がもんじゃ焼きを食べたのは3回目。1回目は、ずっと以前に東京へ行った時、巣鴨で食べて、大阪のお好み焼きのひっくり返すのを失敗した時みたいやなぁとか、最後の残って鉄板の端に捨てる焦げた部分を食べてるみたいとか友だちと酷評、印象はあまり良くなかった。2回目は、数年前、お好み焼きの専門店で頼んだが、その時もあまり美味しいと思わなかった。今日行ったのは、もんじゃ焼きの専門店。ダンナが、明太子もちチーズを食べたいというので、同じものに。若いお兄ちゃんが、目の前で作ってくれる。細かいするめとキャベツ、もち、明太子、紅生姜などを、大きなてこを二つ使ってトントンと手際よくみじん切りにしながら炒めて、鉄板に大きく輪を作り、その中にたぽたぽの小麦粉の出汁を入れていき、少しずつ混ぜていく。最後にとろけるチーズをのせてできあがり。これは試食用ですが、のせても美味しいですよと、ふわふわの赤ちゃん用のおせんべいみたいなのも数枚くれた。美味しいんじゃないの~。お好み焼きの失敗作というのは撤回。オムレツを卵焼きの失敗作というのと同じだわ。お焦げの部分も香ばしく、このお店は、また行くな。
2007.06.24
コメント(12)
今まで睡眠誘導剤を飲んでもなかなか寝られなかったのに、このところ効き目が早くて飲んだらすぐ眠くなる。今日は夕飯の後、他の薬と一緒に飲んだら、9時ごろから眠くて眠くて、それで、こんな時間に起きだしてしまった。昨日はハングルの日だった。途中で雨が降ってきて、チャンマ カッタヨ。梅雨 みたいですね。と先生が言うので、韓国にも梅雨があるのか聞くと、ハングギ チャンマヌン イルボンボダ イチュウチョンド ヌリョヨ。韓国の 梅雨は 日本より 2週ほど 遅いです。と教えてくれた。ついでに、先日在中一世さんが中国では旧暦のこどもの日で、端午の節句と言って粽を食べると書かれていたので、韓国にもあるか聞くと、5月5日の子どもの日はあるけれど、そういう風習はないとのこと。粽ってなんですか?と聞かれた。日本の文化は、中国から朝鮮半島を通って伝わってきているからあるのかなと思った。と言う話から、今日は韓国の歴史の話をした。韓国の歴史は紀元前のコソド(古朝鮮)から始まる。コソド(古朝鮮)→三国時代・コグリョ(高句麗)・シルラ(新羅)・ペクチェ(百済)→トンイルシルラ(統一新羅)→コウリョ(高麗)→チョソン(朝鮮)→シクミンチ化(日本の植民地化1910~1945)→テハンミングク(大韓民国)1910年の日韓併合までは、日本と韓国は元来友好的で、古朝鮮の頃からまだ縄文時代だった日本に青銅器の文化が伝わった。百済からたくさんの渡来人がきて、奈良の大仏を作る技術や登り窯なども伝わり、そこから日本の文化が広がっていった。室町時代から江戸時代も朝鮮通信使として友好的な交流が続いてきた。韓国では、小学校の低学年から日本との歴史を教えるそうだ。46年間植民地化にあったことも、悲しい歴史として、それは韓国の人たちが弱かったから、だからみんなで力を合わせて二度とこういうことがないようにしなければならないと教えられているそうだ。どうして、日本ではちゃんと韓国との歴史を教えないんでしょうねえと先生は言う。私が学校で受けた教育からは、韓国・朝鮮との関係が欠落していた。中学校の時、中国の歴史は、殷・周・秦・前漢・新・後漢・三国・西晋・東晋・南北朝・隋・唐・五大・北宋・南宋・元・民・新・中華民国・中華人民共和国(あ~今でも言える)と暗記させられたのに、お隣の朝鮮の歴史は覚えなかった。私が朝鮮のことをよく知るようになったのは、17年前に勤務する市が変わってからだ。その学校には、在日二世、三世の子どもが何人かいて、土曜日の午後を利用して(まだ土曜日は休みでなかった)その子どもたちを集めて、自分たちの民族のことを学習する教室が開かれていた。簡単な言葉や歌を覚えたり、民話を読んだり、料理を一緒に作ったり、楽器を演奏したり。ユンノリ(双六)やチェギチャギ(足で羽をける遊び)を作ったり、遊んだり。私は、今まで全く知らなかったのが恥ずかしいのと興味があるのとで、自由参加だったがよく参加させてもらった。ハングルを習いたいと思ったのはその頃から。日本と韓国、やっぱり昔はずっと交流していただけあって共通の文化が多く、親しみやすい。ネットなどの誹謗中傷の書き込みを見ると悲しくなるのだが、同じアジアの民族として手を繋いで行かないといけないのになあと思う。
2007.06.22
コメント(10)
ベッドを買ったのに続き、玄関に低い木のステップ台を買って置いたら、すごく玄関に上がるのが楽になった。退院した時玄関に丸い木の椅子を置いて、上がる時手を付いている。今に痛みも引くだろうと頑張って来たが、ステップ台一つでこうも楽になるのかと驚いた。先日実家に寄ったら、市の福祉担当の人が来ていた。うちの母親は5年程前に、人工股関節を入れているが、定期的にその様子を見に来ているようだ。たまたま行った私を見て、「お母さんより歩くのが大変そうじゃないですか」と話を聞いてくれた。手術直後、家の中に手すりなどが付けられるのか市役所で聞いた時は、介護認定が取れるかどうか病院で聞いてみてと言われ、私は人工関節を入れてないので介護保険を使うのは無理と言うことでそのままになっていたが、障害者手帳を持っていたら6万円まで1割負担で生活サポート設備をしてもらえるのだという。その人が早速手配してくれて、昨日業者が家の中にどんな設備があったらいいか調べに来た。私の玄関の上がり方などを見て、これぐらいの手すりがあった方がいいですね。と印を付けていく。洗濯物を干すためにテラスに降りるのも、足が痛くなってから、ひっくり返したコンテナやブロックで、小さな段を付けてパイプ椅子を横に置いている。それも長さを測っていった。テラスから上がるのも手すりが必要ですねと印を付けて、トイレにも手すりの場所の印を付ていった。後日、見積もりを出してくれて、それを市役所に持って行き、許可が出たら工事してくれるという。6万円までは1割負担で、それを越えたら実費と言うが、カタログを見ると値段が高く、6万円でとうてい収まりそうにない。障害者の介護用品の値段の高さって異常。私が3000円ぐらいで買った玄関のステップ台でも1万円以上するし、先日私がベッドと一緒に買った病院で使っていたようなサイドテーブル、私は12000円で買ったけれど、レンタルで月2500円。一割負担だから、本人は安そうな気がするけれど、後の9割は税金から出ているんでしょう?ちょっとおかしくない?
2007.06.21
コメント(10)
一昨日書いた、次のマークは何でしょうという問題、実は何年か前まで6年生の線対称の学習の導入に使っていた。マークを一つずつ見せていく。1・2の対称図形ではわかる子どもはほぼ皆無。3の対象の図形でもまだまだ少ない。4の対称図形を見せたぐらいから、「あ!」という声が上がり出す。5の対称図形では、わかった子は言いたくて仕方がない。ゆびで空に書く子も出てきて、6ぐらいを発表させる。そして、自分でも書いてみようと、方眼用紙に7の対称図形を書いてみる。直線ばかりなので、子どもたちも書きやすい。そこで、こういうふうにまん中で折った時に重なる図形が線対称な図形で、まん中で折った線を対称軸であることを教える。確実に学級全体が盛り上がる導入で、線対称のことをよく理解してくれて、その後の授業もとてもしやすかった。でも、今は小学校では、この学習はしない。中学1年に移行されたからだ。2002年の教育課程の大幅な改革で、それまで小学校で学習してきたものがたくさん削られた。3年生から6年生まで、年間100時間以上も総合的な学習が入ってきたから、削られたものが多く、小数のかけ算でも小数第1位までと、内容自体も薄っぺらい。円周率は、3.14と教えなくても3でもよい。教科書の中は、計算機を使ってもよいというマークもいっぱいだ。学力低下が言われているが、教科書だけで学習しているとそういう学習しかできないのだ。でも、そういう学習を進めてきたのは文部省、文部科学省ではなかったのか?今、学力低下が学校現場の責任のように言われているが、2002年、学校現場は面食らった。教育3法案で、文部科学省が地方の教育委員会に指示する力を強めると言うが、文部科学省の言う通りにやってきて、低学力がおこっているんじゃないのか。そこへ来て、授業時間をもっと増やすとか、免許の更新とか、学校選択制とか、それでいていうことを聞かなかったら給料も減らされそうだし、現場があっぷあっぷしそうなことばかり。学校の先生って、管理で押さえ込むと、面白い授業を考える余裕も無くなると思うんだけど。
2007.06.20
コメント(4)

白浜から帰ってきた。足の不自由な3人で行った旅行だが、本当に身体にやさしい旅行で大満足。今回泊まったのは、古賀の井ベイホテル。難波から無料送迎バス付きで、14800円。前回より4000円高いが、建物が新しく高台にあって眺めがいい。 部屋は広めの洋室で、ツインのベッドに、エキストラベッドを入れてもらったが、そのエキストラベッドもセミダブルサイズで広く、とても寝やすかった。朝食はバイキングだが、夕食は和洋食のちょっとリッチなコース。動かなくていいので、ワインをボトルで頼んで、ゆったりとおしゃべりしながら、2時間ぐらいかけて食事した。そして、なんと行っても特筆すべきは、バリヤフリーの貸し切り風呂「ぽかぽかの湯」。ホント、サイコ~。貸し切り風呂のあったのは、古賀の井ベイホテルではなくて、前回泊まったホテル古賀の井。5時前にホテルについて、5時半頃のバスを頼んだ。バスは、車いすをそのまま乗せられるタイプ。 ホテル古賀の井は、階段の横には必ずスロープが付いていて、全館バリヤフリー。そのままお風呂の階まで行くと、ぽかぽか風呂の脱衣場に直接入れるエレベーターが付いていた。 お風呂の中も、お風呂の中用の車いすに乗り換えたら、洗い場からスロープを伝って、だんだん浴槽の中に入れるようになっている。 車いすのSさんが、入りやすいのはもちろんのこと、手すりが多いので私も大助かり。たくさん人がいると、石けんの泡で滑りそうで怖かったりするのだが、3人だけで本当にのんびり。外にも露天風呂があって、段差がないので入ることが出来た。 ちょうど霧雨程度の雨が降っていたが、外のお風呂の温度が高めで気持ちがいい。前回泊まった時、全然こんなお風呂があることに気付かなかったが、HPでもほとんど宣伝されていない。素晴らしい施設なのに、もったいないなあと思った。3人だけなので、鍵をかけたら気兼ねなく、荷物の心配もすることなく、貸し切りの1時間、本当に贅沢な時間を過ごさせてもらった。病院にも、こんなお風呂があったらいいのにねえ、と入りにくかった病院のお風呂にちょっと不満も漏らしながら、バリヤフリーのぽかぽかバスで、ベイホテルまで戻ってきた。本当にこの小旅行、私にとってはとっても楽。うちの家からJRの最寄り駅までは徒歩3分ほどで、直通でJR難波まで行ける。駅のあるなんばOCATは、地下2階のホームから、バスの出る1階、レストラン街の5階までみんなエレベーターで行ける。昨日のお昼は、インド料理のお店でナンとカレーのランチ。3人で、チキンとエビと野菜と3種類のカレーを頼んで3種類の味を楽しんだ。今日のお昼は、パスタランチと、パエリアランチと、ハンバーグランチ、これも3種類味わった。Sさんは再手術を控えているし、私も完全じゃないけれど、入院中「良くなったら旅行がしたいね」と言ってたのが実現したのが嬉しい。幸せを感じる二日間だった。前回の算数の問題の答え 「ひとりぼっちのMr.8」112×89=9968「次の記号は、なーに」 問題を作った杉山亮さんご自身がコメントを書いてくださって、ダンナに自慢しました。2問目のヒントも書いてくださっています。
2007.06.19
コメント(10)

昨日の朝日新聞に載っていた、オーサー・ビジット2007の記事の中から、こんな問題があって、ダンナと解いていた。オーサー・ビジットは、ユニークな本の作者たちの出前授業だが、これは、2時間目の杉山亮さんの授業。「怪盗ショコラ」などの作者だ。「いい算数の問題は、優れたミステリーと同じ。合理的に考えれば解ける。子どもたちが、”解いてみたい”と思うような算数の問題、授業が増えるといいですね」と杉山さんは言う。私が授業を作るのが好きだったのも、こんな子どもたちがワクワクする問題を考えるのが好きと言うことからで、私がクイズマニアだってことが関係しているのかもしれない。でも、算数だけに限らず、いろいろな教科で子どもたちが興味を持ってくれるきっかけってあるけれど・・・もう一つ、私が考えた問題、この記号の次に来る記号は何でしょう。 二つの問題の解答は、また明日帰ってきてから。
2007.06.18
コメント(10)
先日、ご近所さんとホテル古賀の井へいって、出かけられる自信がついた。明日のメンバーは、N医大の手術仲間3人。私が足首で、二人が股関節。一人は車いすで、二人は杖をついている。そんな3人で、難波OCATから送迎バスにのって、今度は、古賀の井ベイホテル。古賀の井ベイは、ベッドの部屋で、高台にあるので眺めがいいそうだ。完全バリアフリー対応のお風呂への送迎もしてくれるという。送迎バスも、車いす持ち込み可能。Sさんは、月末から、再入院、再手術が控えている。再手術したら、当分動けそうにないし、今のうちに楽しんでおこうと・・・みんな治ったら旅行しようねといってたけど、今回は湯治です。
2007.06.17
コメント(6)

姉の版画の先生が、自分史を書いたそうで読ませてもらった。 今、84才になるお祖父ちゃんの自分史だ。冒頭の文「おじいちゃんが戦争で死ななかったから、私が、今、ここで生きているのね。」その時、小学校4年生であった孫が,ポツリと言いました。ジーンと感じるものがありました。”私の命が、この孫の体の中に生きている”戦艦大和に乗りながら紙一重、私が生きていたから子供が産まれた。そして、この孫がつぶやいた。「おじいちゃんが 死ななかったから、私が今、ここで生きているのね。」ごくあたりまえのことが、私にとっては一生忘れることの出来ないありがたい言葉になりました。その戦争で死ななかったお話を、これから始めます。平和のありがたさ、生きていること、生かさしてもらっていることに、感謝してこのお話を進めます。 その人は、昭和19年、招集され戦艦大和に配属されたが、10月にフィリピン沖の空海戦でアメリカ艦隊と戦っている際に怪我をした。翌年3月、怪我を治すために大和を降り、呉の海軍病院にいる間に、大和は沖縄沖で3000人の将兵と共に海に沈んだ。また、8月6日、、呉にいて、広島に原爆が投下されたのも身近に見たという経験の持ち主で、自分の体験を元に、戦前、戦中、戦後の様子を書き、戦争のむなしさや平和のありがたさを、わかりやすく語っている。戦争の訓練は厳しいが、大和の中では、”死なばもろとも、船板一枚下地獄”と船が沈む時はみな一緒という意識が強く、とても人間関係が温かかったことや、どんなときも「今が最高」という人生観で前向きに取り組んできたことを、美しい版画を交えながら力強くつづっている。戦争を経験した人がだんだん減ってきて、ちょっと不穏な空気。家族や孫だけのための本と言うには惜しい作品で、書籍化すればいいのになあと思った。何年か前から、退職したら両親の記録を残したい夢がある。母親の記憶が鮮明なうちに、退職して、少し時間もある。私も少しずつ、進めていくことにしよう。
2007.06.16
コメント(8)

昨日は、体調が悪くベッドで寝てばかり。胃やお腹の調子も悪いし、足も痛い。左の足首が痛いだけじゃなくて、今度は右足の付け根が痛くなってきて、変な格好で歩くので腰も痛い。痛いところを自分でマッサージしようと思っても、指も痛い。私の指は、ヘバーディング結節といって指の第一関節の軟骨がすり減って、指の先だけが曲がっているが、その箇所がどんどん増えてきている。それで、テーピングをいっぱいして、ハングルの予習をする気力もなく午前中は横になっていた。午後からのハングルも、昨日は集中できず、先生が教材をした後、今韓国でヒットしている歌謡曲を教えてくれたりしてくれたが、申し訳ないけど、一緒に楽しく歌う気力は無かった。それで、夕方いつものクリニックへ。腰からお尻の筋肉、足のふくらはぎなどをマッサージしてもらって気持ちがいい。昨日は先生にも診察してもらった。ヘバーディング結節が増えてきているのは、杖をついている指に力が入っているからだろうということ。付け根が痛いのは、股関節が悪いのではなく、右足に負担がかかっている筋肉痛。胃の痛いのは、痛み止めのロキソニンの副作用といろいろ気になることを説明してくれる。指の付け根や腰、お尻、太股、いろいろなところに痛み止めの注射をしてもらった。指にいっぱいガーゼを付けているので、夕食を作れそうになく、すぐに食べられるものでも買って帰ろうと、近所のスーパーに行ったらお店の前の車で、こんなものを焼いて売っていた。 大きさは、今川焼き(回転焼き)の大きさ。生地は、たこ焼きの生地でお好み焼きより柔らかめ。中には、キャベツ・たこ・天かす・紅生姜、今川焼きの鉄板を使って、お好み焼きとたこ焼きのドッキングしたものという感じ。1個110円、5個500円。5個入りを頼んだら、1個ずつ紙袋にきれいに包んでパックに詰めていた。こんなのは初めてで、試作品かな?帰ってきて、あつあつを食べたら、ソースとかぬってない分、味はちょっと薄め。生地にはちょっと味付けしてあったけど、キャベツはちょっと生っぽいので先にちょっと味付けしておくか、たこ焼きみたいにネギの方がいいかも。商売として成り立つには、もう少し工夫が必要だろうなあ。昨夜はよく寝た。7、8時間の睡眠は、短時間睡眠が常習の私にとっては驚異的。今朝は、ウソみたいに元気です。
2007.06.16
コメント(8)

今日の午前中、ベッドを配達してくれた。高さもちょうどよくって、快適。 ここでインターネットをしようかなと思って、接続しようとしたら、無線LANが反応しなくて断念。それで、PCはLANケーブルを繋いだ元の位置に戻して、これを書いたら、ベッドでハングルの勉強をするつもり。ベッドカバーは、母が作ったパッチワーク。うちの母親は、20年来パッチワークが趣味で、こんな大作がたくさんある。私は針仕事が全くダメだけれど、ちょっとずつ母の作品をお披露目しようかな。ところで、昨日娘の友だちから中国みやげをもらった。 老酒と、月餅と甘栗。「お父さん、甘栗好きやから頼んであげたよ」と娘が言うが、ダンナは中国産の甘栗は食べないと言う。在中一世さんのブログを読んでいると、心配なこともいっぱいでてくるんだけど、何も気にしないで食べていいのかな。在中一世さん、おみやげは大丈夫ですか?
2007.06.14
コメント(8)

今日は、下の孫の予防接種の日で、上の孫を見るために息子の家に行っていた。留守中に届くんじゃないかなと気になっていたら、戻ってみるとやっぱり不在通知。家にいますからすぐ届けてくださいとお願いして、届けてもらったのがこれ。 先日、お気に入りのtakatobaabaさんのブログが、30000アクセスになるのを記念して、30000ヒットとその前後賞に伊豆の特産の「金目鯛の味噌漬けとアジの干物セット」をプレゼントという企画をしていた。ラッキーなことに私は30001番目にアクセス。早速ばあばさんが送って下さった。アジの干物も、きれいに包装紙に包まれていたんだけど、開けて撮影。金目鯛のみそ漬けには、「おみそは付けたまま弱火で焼いてください。食べ頃は6月14日過ぎが美味しく頂けます。」と注意書きがあったけど、美味しそうなので、明日まで待ちきれず、早速一切れ焼いてみた。 おいし~い。みそ漬けって、割とぱさぱさした感じのものが多いけど、身がぷりっとして柔らかく、味がしっかりとしみこんでいる。このジューシーさは、きっとお刺身にできるくらい新鮮な金目鯛を漬けたんだろうなあ。味噌も美味しくて、ご飯がすすむ。ばあばさん、ありがとー。たくさん入っていたので、食べ頃にまたいただきま~す。
2007.06.13
コメント(10)
退職の手続きをする時、年金の試算を頼んでおいた。就職してから33年間、私には、年金の加入漏れということはいうことはないと思うが、7年後の61才からもらえる年金があまりにも少ない。とても、それだけで生活できる金額ではない。2年前の夏まで、私は定年まで働こうと思っていた。元気だったら、それ以降も再任用制度を利用して働けるかなと思っていた。ダンナとは5才違いで、ダンナが2年後に定年退職しても、うちの老後は安泰だなと思っていたのに、思っても見なかった事態になってしまった。こうなったら、ダンナの退職後は、退職金を削って細々と食いつなぎ、できるだけ二人で長生きすることだ。二人とも65才を過ぎたら、何とか生活できそうだ。厳しい状況だよなあ。先日は、恐ろしい金額の住民税の請求が来ていた。なんか江戸時代の「農民は生かすな殺すな」という言葉や、元池田首相の「貧乏人は麦飯を食え」という言葉を思い出してしまった。
2007.06.12
コメント(12)
パソコンに向かっていて30分ぐらいすると、足がむくんでくるように感じて、机の下の本の上に左足を乗せている。1時間以上向かっていると、太股のあたりも痛くなってきて、「ああ、危険危険、横にならんと・・」と思って一時中断、ソファに横になる。ブログなんか書いている途中だと、続きは明日となって、○日の日記と投稿日時が合わないことがしょっちゅうだ。ハングルの勉強は、食卓のテーブルでしているが、そちらの方もテーブルの向かいの椅子に足を乗せて。変な格好でしているので、最近は腰が痛くて長続きしない。木曜日、これから何回私は誕生日を迎えられるのだろうと思った。ソファーで横になりながら、もう我慢するのはやめよう。もっと自分の楽なように生きなくっちゃ、と思うと無性にベッドが欲しくなった。去年退院した時、ベッドが必要かなと思ったけど、2階へお尻から上がって、お布団で寝ることができたので、居間にベッドを置くのをやめた。起きあがるのはいつも大変で、松葉杖の立てかけてある部屋の入り口まで這っていって、柱を持って立ち上がり松葉杖をついていた。階段の上り下りもダンナに松葉杖を持って一緒についてもらわないとできなかった。日常の家事をこなすことがリハビリと、たまにソファーに横になるぐらいで、痛いのも我慢してきた。正直、日常の痛みは手術前よりひどく、でも頑張って動かしていたら筋肉も付いてきて、痛みもやがて無くなるのだろうと思っていたし、職場へ復帰する為にもベッドになんか寝てられないと思っていた。でも、3月に、血行が悪くて骨粗鬆症になりかけているから、できるだけ横になるようにと言われ、運動も制限された。床に寝ころんでストレッチをすることが多くなったが、やっぱり立ち上がるのが大変だった。先日、股関節を手術したAさんのお宅でお昼をいただいた時、ダイニングにベッドが置いてあって座らせてもらったらすごく楽で、やっぱり欲しいなあと思った。金曜日に、息子とヨメにソファーを和室に運んでもらったら、居間にソファーも無いのはとっても不便で、一日も早くベッドが欲しい。昨日プールの後、母親とショッピングセンターに見に行って、良さそうなのを見つけた。でも、届けてくれるのは1週間後と言う。もっと早く届けてくれるところはないかと、夕方、ダンナと一緒にまた2店舗で探したが気に入ったのが無く、やっぱり昼間見つけたものを注文することにした。なるべく早く届けて欲しいとお願いしたら、木曜日の午前中に届けてくれることになった。高さが少し高めで、リクライニングで、足元も少し上がるベッド。病院みたいに、ベッドの下にローラーの付いた足を差し込むサイドテーブルも注文した。
2007.06.10
コメント(6)

娘が昨日、買ってきてくれたケーキ。 29才の時、30才になるのを心待ちにしていた。30台って大人の女性のイメージだった。39才の時、40才になるのも嬉しかった。40台の女性って落ち着いてる感じがした。50才になった日、40台と50台の響きに愕然とした。もう私は若くないと思った。そして昨日、私は54才になった。今までになく、命のありがたさを感じて、これからの人生を楽しみながら大事に生きていこうと思った。私の誕生日が6月7日で、ダンナが6月8日。ヨメの誕生日も6月で、その前後に家族と一緒に食事したりプレゼントをもらったり、毎年楽しいけれどもあまり記憶に残っていない。けれど、ある年のことだけは鮮明に覚えている。6年前の2001年6月7日。午前0時を回ってすぐぐらいにお風呂に入った。1回目シャンプーをして、もう一度しようと思ったらポンプの中に液がない。買い置きのエッセンシャルシャンプーの徳用袋を取って、ポンプに入れ替えることにした。でも、シャンプーをした後の手はツルツル滑って、なかなか袋を切られない。そこで、歯で切ろうと、シャンプーの袋を加えた瞬間、わ~~~~~~ウソ!前歯が一本ポロンと落ちた。一瞬、あの高いお金を出したさし歯が取れたんだと思った。あわてて髪を洗い流してから、洗面所で見たら、さし歯ではなくてその隣の虫歯にもなってないと思ってた自分の歯。え~こんなことあるの?と思いながらも、きれいに根本から取れて、元の場所に挿したら、何とか見栄えはつく。「誕生日になったとたんに最悪や。」と思いながら、次の日には出張があるし、今日中に歯医者に行かんと・・・と思いながら寝た。「こんな挿しただけの歯、寝ている間に間違って飲んでしまへんやろか。」と思って、あまりよく眠られなかった。仕事には、マスクを付けて行った。子どもや他の先生たちに「どうしたん?」といっぱい聞かれ、歯の調子が・・・と何とか理由を付けながらも、しゃべっている途中で落ちそうになってくる歯を舌の先で押さえながら、自分自身笑えてきてしかたがなかった。職場の帰りに歯医者に寄って、次の日出張があるからと、急遽仮歯を作ってもらって一安心。次の日は、大阪の天満で内田洋行の主催する、情報関係の出張に行っていた。2002年から教育課程が変わることもあって、大盛況で、文部省の人が説明にも来ていた。新しい情報機器やソフトの展示会もいっぱいあって、一緒に行っていた友人と見学している時、くしゃみを一つ、あれ~~~入れたばかりの仮歯が飛んだ。あわてて、拾ってはめたものの、いつはずれるか気が気じゃない。途中、お昼の休憩があり、一緒に行ってた友人と誕生日だから美味しいものを食べようと言ってたのに、柔らかそうなものをと全く食べることを楽しむ気分じゃなかった。昼食の後、講義を一つ聴いて、休憩になったとたん会場内がざわざわし始めた。何か異様な雰囲気で、顔つきが変わり帰る人も何人かいる。何ごと?と思っていると、休憩のコーナーでテレビの映像が映し出された。ヘリコプターからの映像に映っているのは、小学校の運動場に集められる子どもたち。教育大学付属池田で起こった殺人事件だった。私自身も、あまりの衝撃に歯の心配なんか吹っ飛んでしまった。あれから後、学校現場では危機管理が強まった。文部省が、「開かれた学校」を提唱し、「地域の方でも誰でもどんどん学校に入って来てください」と言っていたが、今は玄関に警備員がおかれ、許可を得ないと入れない。避難訓練は、地震や火事の時だったが、それに加えて不審者が来た時の対処や避難の仕方も毎年訓練するようになった。8人の子どもを殺した犯人は、もう死刑が執行されたが、多くの遺族や同じところにいた子どもたちの心に今も大きな傷が残っていることだろう。
2007.06.07
コメント(10)
一緒に大学の英会話講座に通っているTさんからメールが入った。Tさんは、いつも先生の話をICレコーダーに取って、英語の得意なダンナさんに聞かせたりしているそうだが、前回、次は各自にスピーチをしてもらうと言ってたそうだ。ええ~、趣味や集めているもののことを誰かスピーチしてくださいと言ってると思ってた。その英会話教室には、何回も通っている人がいて、その人たちでしてくれるんだろうなと思っていた。準備しないと・・・と言うことで、英会話の予習。私は、とても安易な方法を使う。インターネットの、英会話翻訳サイトを使って、日本語の文を書き、英語に翻訳する。難しくて、なんて読むかもわからない単語が出てきたら、日本語を変えて再翻訳。去年の4月から、家の近くの韓国語教室で勉強していること。その教室は、マンツーマンで値段が安いけれど、この英会話教室よりは高いこと。(大学の英会話は18回5000円、ここをオーバーに表現しないと)9月に、ハングル検定を受けたいと思っていること。今まで韓国には5回行って、3年前は娘とチュンチョンまで汽車で行って、チュンチョンは、「冬のソナタ」の撮影スポットだということ。私は、韓国料理が好きで、足がもう少し良くなったら、また行きたいこと。I have been studying Hangul since last April. It learns it from South Korean's man in the Korean room near the house. It is cheap in man-to-man there. However, though it is much higher than this English-language classroom. I want to receive the Hangul authorization in September this year. It has been to South Korea five times. It went by rail to Cheung Chong when going with the daughter three years ago. Cheung Chong is a movie set of the sonata of winter. I like Korean food. The foot wants to improve and to go. 今翻訳してみると微妙に違うけれど、こんな感じの文を、ノートに書いた。英会話のクラスは、毎回最初先生が話をしたあと、4人ぐらいのグループに分かれ、課題について話をしあう。前回は、好きな音、嫌いな音、好きな言葉、なりたかった職業などで、前々回は、小さい頃の幸せな思い出や、学生時代の思い出など。何が、課題になるかわからないので、私は毎回ヤマを張って、インターネット翻訳を使って文を考えていく。今までヤマが当たったことはほとんどないけれど、ノートには、私の家族のことや、ハングルのこと、足の病気のこと、この前の白浜旅行のことなどの文が並んでいる。先生の話は、半分もわからないのに、英語がすごく身近になっていってる気がするんだけど、私の勉強方法って間違ってるかなあ。
2007.06.06
コメント(8)

昨日病院の帰り、なんかむしゃくしゃしていた。腹が立つのに、文句言えないし、と言うより先生も一生懸命考えてくれているのはわかるし、今ビスを入れても、今より良くなると言う保障もないのもわかる。でも、車を運転しながら、左足の先がだんだん熱くなって痺れて痛くなってきて、いつまでも続くこの状態に情けなくなってきて、ああちょっと休めないと・・・と高速の途中のサービスエリアに入った。トイレに行って帰ってくると、若い二人のカップルが、携帯片手に見上げている。そこにあったのが、この燕の巣。巣の中には、あかちゃん燕が3羽、口を大きく開けている。親燕が、私たちの近くまで飛んできては、ぱっと上に上がり、威嚇しているのだろうか。ちょっとほほえましく、気分が治った。携帯の写真ではっきりしないのが残念だな。
2007.06.05
コメント(12)
今日は、N医大の診察の日。病院へ着いて、レントゲンを5枚撮って診察。骨粗鬆症の方はましになってきたどうだが、まだ骨が痩せている。足首の関節の繋いだところは、きれいに繋がっているけれど、骨のでき方が充分でないそうだ。痛いのは、繋いだ部分より下の、かかとの骨や、甲の骨。今まで足首で動かしていた関節を、他の隙間が代用しているが、今まで動かしていなかったところを動かさないといけないのと、骨粗鬆症になりかけているので骨が痩せて負担が大きいらしい。「ビスを入れた方がいいんかなあ。でも、きれいに付いているし、もう少し様子を見たいなあ。」と、先生が言う。私は、ちょっと腹が立ってきて、「正直、手術前より痛いんです。何とかして欲しい」と言った。「手術して、7か月たってるんやから、そう思うのももっともやなあ。でも、もうちょっとだけ待ってくれるか。」と先生。「まあ、仕事も辞めたし、のんびり待つことはできるんですけどね。」と私も言って、先月と同じパターンで、またもうしばらく辛抱しないといけない。去年の1月から7月ぐらいまで、私は12kg痩せた。初めは、手術する予定はなく、食事制限とトレーニングで体重を落としたら歩けるようになるかもしれないと取り組んだことだが、先生は、それが極端に骨を痩せさせてしまったかもしれないと言う。今丈夫な骨ができて欲しいので、食事制限のダイエットはせんといてと言われる。運動もいろいろ制限されているので、体重が徐々に微妙に戻っていってるのが悲しい。今日は、Sさんも同じ診察日。Sさんは、やはり骨ができず、再度入院して、骨の移植手術を受けることになった。お昼は、病院の近くのAさんが迎えに来てくれて、今日は彼女の家で、パスタをご馳走になった。近いうちに、3人でちょっと旅行をするつもり。
2007.06.04
コメント(10)
今日買った週刊文春の表紙が、あまりにもうちのニコに似ている。ニコは、家族の中ではものすごく従順で、ひっくり返したらそのままになっているような子だ。おしっこをシートの上にすると、得意になって私のそばへすり寄ってきて、くーんとノドを鳴らして、ジャーキーをねだる。でも、ちょっとお漏らししたり、しかられると思うとたちまちこの顔。上目遣いで、申し訳なさそうにする。そんなニコを、今日はいつもの獣医さんに連れて行ってきた。先日takatobaabaさんのブログで見て、行き忘れていたことに気が付いたフィラリアの薬と予防接種。フィラリア予防検査 1500円血液検査 3900円予防接種 8000円フィラリアの薬 1200円×7か月 8400円 税 1090円 合計 22890円小型犬の分、ばあばさんのところよりはちょっと安いかな。ただ、ちょっと気になることが。ニコの左上のおっぱいの横に小豆粒ぐらいのしこりがある。半年前ぐらいから気になって時々さわってみるが、大きくはなっていない。筋肉にはひっついていないでつまめるが、痛くないらしく強くつまんでも嫌がらない。癌かなあ。お医者さんは、切開して組織をとって、悪性か良性か調べたら?と言う。費用は1泊2日で3・4万かかるそうだ。しかし、切って手術するということにちょっと躊躇がある。実は、ニコにはブジュというダンナさんがいて、2004年の5月に、5才で亡くなっている。その具合の悪くなったきっかけが、その前の年にした去勢手術。ブジュは片方が停留睾丸で、お腹を切ったのだが、何度も何度も傷口が開く。その治療薬の副作用からか体調を悪くした。亡くなる3か月前ぐらいからは、すぐ食べ物を吐いて血便が出る。最初は1週間に1度くらいだったが、どんどん間隔が短くなり最後の方は1週間に2・3回、点滴をしてもらうような日々。そのたびに1万数千円。治療費が毎月恐ろしいほどかかるが、連れて行かなければ死にそうだし、本当に困った。原因や病名がわからず、何軒もお医者さんを変えて、もう駄目だと言われてから、最後に連れて行った今の獣医さんが、肝性脳症で、肝臓をこわしていることを見つけてくれた。駄目だと言われてから約2週間、治ってきたかに見えたが、やはり駄目だった。そんなこともあって、あまり大きさが変わらないので、切らないでしばらく様子を見ていたいと思うのだが、癌は早期発見早期治療というし・・・今日、病院で診たら、犬の保険があるという。今入っておいて、後日手術をするというのは、犬でも告知違反かな?
2007.06.03
コメント(12)
ブログを始めて一年が過ぎた。始めたのは去年の5月30日。その時の私は、今のような状況を想像すらできなかった。この1年はまさに私の運命のターニングポイント。私の人生が180度変わってしまった。人生には何度かターニングポイントがあって、私の場合は、進路を決めて進学した時。就職した時。結婚した時。勤務する市を変わった時がそうだったが、常に自分の意志で、進むべき道を選択してきた。でも、今回は私の意志は4月復帰でそれに向けて頑張ってきたのに、思い通りに行かない、なんで、なんで、と思いながらも、自分の身体を第一に考えて、運命に逆らわずにきた結果、仕事を辞めることになってしまった。足は依然痛い。寝ていても痛い時もあるし、起きた時や椅子から立ち上がった時は特に痛い。周りのものを持ちながら、やっと立ち上がって、そうっとそうっと歩くような感じで、突然の電話や玄関チャイムが鳴ると、一瞬どうしようと思う。月曜にN医大の診察があるが、またビスを入れるのか、再手術になるのか、先が見えない。2週間ほど前、プールで突然、(手術なんかせんといたら良かった)という思いがあふれ出して、泣けてきて泣けてきて、あわててクロールをしながらおもいっきり泣いた。そんな時もたまにはあるのだが、退職を決めてから、何か不思議な気がしている。何か大きなものに動かされているような、これが偶然ではないような感じがしてしかたがない。何か大きなものに、私の生きるステージを一つ引き上げられたような変な感じがする時があるのだ。学校の教員でいる限り、私は私の周りの小さな社会で精一杯頑張っていただろう。でも、仕事を辞めた今、私は別の仕事ができる。仕事を辞める決意をしてから、姉と話していてひょんなことから生まれた夢。一つのことからアイデアは広がり、どんどん膨らんでいく。学校を辞めた私にしかできないこと。絶対社会のためになるだろうと思うこと。その夢を、実現させるために、ステージが変わったのではないかと思う時がある。運命が大きく変わった一年だったけれど、まだまだ進化途中。1年前、突っ走ってきた仕事を休むことになって、立ち止まって周りを見回して見ようと「ここらでちょっと途中下車」という名前を付けた。けれど今、途中下車して、別の電車に乗ろうとしている。いつも応援有り難うございます。そして、これからも見守っていてください。
2007.06.02
コメント(12)
全24件 (24件中 1-24件目)
1
![]()

