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今日は、敦賀の義母の眼科の予約日で、今朝4時過ぎに、ダンナが敦賀に出かけた。私は今年退職した友だちと、ランチの約束をしていたけれど、金曜日は、4月から参加しているレッスンがあるので、お昼ご飯は、うちの家で一緒に食べることにして、株主優待のチケットがあるからと、スポーツクラブに誘った。4月から参加しているのは、「コアヒーリング」と「スタイリッシュパンプ」というレッスン。午後1時15分から始まる「コアヒーリング」は、直径20cm長さ1.5m位の、円柱型のストレッチポールを背骨の下に敷いて、全身の力を抜くことで、筋肉の疲労や緊張をほぐすメニュー。レッスンの前は、左右の体の曲がり方が違ったり、腰の下に両方から手が入るぐらい体が反っていたりするのに、終わった後は、全身がすっと伸びる感じで、腰の下も隙間がなくなっている。30分のメニューだけれど、体も心もほぐれる感じで、とても気持ちがいい。2時から始まる「スタイリッシュパンプ」は、バーベルを使って、音楽に合わせて筋力トレーニングするメニューで、今年の4月から、新しく始まった30分のスタジオレッスンだ。初日はできるかどうかわからなかったので、バーベルに何も重りをつけずに、棒だけ持って参加してみたら、あまり足に負担がかからないことがわかった。それで、続けて参加することにした。今は、左右に1.25kgの重りをつけているけれど、少しずつ重りを増やしていけるかなあとそれも楽しみ。今日は2つのレッスンが終わってから、ジムで少し筋トレをして、プールで歩いて、サウナとスパに入ってからシャワー。3時間半ほどスポーツクラブで過ごし、お茶してから5時ごろ帰ってきたら、もうダンナが敦賀から帰っていた。去年から始めた水曜日の「ZUMBA」は、楽しくて、今年も参加している。木曜日は、「アクアビクス」土曜日は、「アクアサーキット」とプールのメニュー、火曜日は、筋トレをして、プールで歩きながらおしゃべり。と、このところ、火曜日から土曜日まで、用事がない限りスポーツクラブ通い。ダンナは、ランニングマシンで走った後、筋トレして、サウナというのがいつものメニュー。行き帰りが一緒でも、スポーツクラブの中ではほぼ別行動。月2回の習字の日や、私が友だちとランチの約束のある日は、プールへ行くのも別行動だけれど、以前に比べて、すごく行く回数が増えている。って、これだけ運動していても、お菓子好きだから痩せてないけどねえ。
2013.04.26
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解説: 2011年の東日本大震災で被災した岩手県釜石市の遺体安置所を題材としたルポルタージュ「遺体 -震災、津波の果てに-」を基に、メディアが伝え切れない被災地の真実を描き出したヒューマン・ドラマ。葬儀関係の仕事をしていた主人公を中心に、遺体を家族のもとに帰そうと奮闘する遺体安置所の人々の姿を映し出す。メガホンを取るのは、『踊る大捜査線』シリーズの脚本や『誰も守ってくれない』などで知られる君塚良一。西田敏行が主演を務め、佐藤浩市や佐野史郎など日本を代表する名優たちが共演。東日本大震災の壮絶な様子と共に、遺体安置所の人々を通して日本人の死生観をも映し出す。あらすじ: 東日本大震災の発生直後。定年まで葬儀関係の仕事に就いていた相葉常夫(西田敏行)は、仕事柄遺体に接する機会が多かったことから、遺体安置所でボランティアとして働くことになる。一人一人の遺体に優しく話し掛ける相葉の姿を見て、膨大な遺体に当初は戸惑っていた市職員たちも、一人でも多く遺族のもとに帰してあげたいと奮闘し続ける。先週、ダンナと一緒に観に行ったのが、この映画。冒頭、フジテレビのロゴと、よくドラマで見かける監督の名前が出てきて、どうなのかなあと思ったけれど、とても真摯に作られた映画だなあと思った。 ニュースなどで、津波の様子や瓦礫の様子は出てきても、亡くなった人の姿は出てこなかった。この映画で取り上げるているのは、遺体安置所。津波も瓦礫もCGの映像も出てこない。でも、泥にまみれて、死後硬直で固まった遺体を見るのは怖い。遺体安置所で、何をしていいかわからず立ち尽くす市の職員たち。ボランティアで参加した相葉は、「ここにいるのは死体ではなく遺体なんです」と、土足では申し訳ないと、裸足になって、一人一人に優しく話しかけ、汚れをぬぐい、死後硬直した体をほぐしていく。「遺体に話しかけると、表情が変わるんです」と相葉は言うが、本当にそうなんだろう。職員たちが、徐々に自分のすべきことを見つけていくように、私自身も、怖くて目を背けたいと言う思いが薄れていった。今まで取り上げられなかったけれど、こういうことが現実にあったのだ。実際は、もっと悲惨で、もっと過酷な現場だったんだろう。最初はちょっと見るのに勇気がいるけれど、多くの人に、見てもらいたいなあと思う作品だ。
2013.04.22
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「新進シャンソン歌手新春シャンソンショー」「SMAPがんばりますっ!」と言う番組の中で、くさなぎ剛君が早口言葉の練習をしていたけれど、今日は、元同僚が習っているシャンソンの発表会。和歌山の市民会館であったので、ダンナと一緒に聴きに行ってきた。出演者には、年配の方も多いけれど、素敵なロングドレスを着て、高いヒールを履いて、皆さん姿勢もいいし、声量がある。衣装も胸元の開いた、フランス人形のような豪華なドレスで、日頃はつけないようなきらきら光るネックレスやブレスレット。声にも、肌にも張りがあって、シャンソンを歌うこと、そして人前で発表することって、とっても体にいいんだろうなあと思えた。「雨」「シェルブールの雨傘」「私の回転木馬」「雪が降る」など、懐かしい、聴いたことのある曲もあって、楽しかった。今日のシャンソンは、日本語に訳したものが多かったけれど、先月から行っている、フランス語講座で、エディット・ピアフの「 愛の賛歌」や、ダニエル・ビダルの「オーシャンゼリゼ」など、よくシャンソンを聞かせてくれる。テレビでフランス語は難しすぎるけれど、番組の中で、ナビゲーターの真飛聖さんが練習しているのは、「夢見るシャンソン人形」私も、いつか、フランス語で歌えるようになりたいな。
2013.04.21
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朝から地震のあった土曜日は、フランス語サークルの初日。初めてだから行かないとと思うけど、いろんなことが重なって、ちょっと気が重かった。前日から、今年一年生の次男坊が39度の熱を出して休んでいた。その日、私は、半年の一度の医大の検診の日で、終ったら、医大の近くに住むAさんと、ランチの約束をしていた。彼女と会うのは、去年の7月以来で、年末に今度は右足の股関節の手術をしていたので、とっても会いたかった。ダンナが孫を見てくれるというので、言葉に甘えて、4時ごろまで一緒に過ごし、急いで帰った。金曜日の夜は、今年PTAの役員が当たってる嫁は会合があり、ダンナと一緒に、9時過ぎまで孫たちと過ごした。土曜日は、長男は学童、三男は保育所へ。私がフランス語サークルで行けないので、ダンナが7時半に家を出て、午前中、次男坊を見ることにした。フランス語サークルは、10時から。9時半ごろ家を出て、サークルへ向かう車の中で、娘から電話がかかってきた。「お母さん今どこ? 駅で1時間以上待ってるねん。 車で、梅田まで送ってもらわれへんかなあ。」地震の点検で電車が運休し、まだ再開していないらしい。向かってるのは反対方向で、フランス語サークルが今日からと言うと、「それやったらいいわ」と娘は言ったけれど、とても気になった。フランス語が、とっても勉強したかったわけでもなく、市民講座の終わりに、隣の人から誘われて、人数が減ったら、金額が高くなるだろうし悪いなあ、というだけで入部を決めた。難しいからやめるという人もたくさんいたのに、ちゃんと断れないで、ずるずる来てしまった。10時から、サークルが始まった。参加者は全部で8人。自己紹介をすることになった。「ジュ マベール ○○○○.」(私は、○○○○です。)フランス語をすでに勉強しているような人も何人かいるみたい。先生が、教材をフランスから取り寄せて、買いたいという話をした。CDやDVDが付いた2冊組で6000円。日本語が全くない。最近記憶力も悪くなってるし、ついていけるのかなあ。韓国語も中途半端なのになあ。まだ娘は待っているのかなあと思うと、ますます気が重くなって、地震で送らないといけないことを理由に休んで、辞めた方が良かったのかなあとか思えてきた。始まって20分ぐらいたって、携帯がブルブル震えた。「電車に乗れたよ」と娘からのメールにホッ。やっと集中して勉強に取り組めるようになった。パソコンで、先生が教材のCDをかけながら説明する。教材の本は、挿絵などがとってもおしゃれ。日本語はないけれど、アルファベットの発音など、本当に入門から。挨拶、名前と仕事の紹介、そして数字を習った。数字は、1から69まで。CDを聞いて、どの数字を言ってるか当てたりした。数字は、次回(2週間後)までに覚えておいてくださいということ。心の中につっかえていたものが取れたら、だんだん楽しくなってきた。アン(1)、デュー(2)、トワ(3)、カトゥ(4)、サンク(5)、スィス(6)、セットゥ(7)、ウイッツ(8)、ヌフ(9)、ディス(10)1・2・3・ぐらいしか知らなかったけど、覚えなくっちゃ。サークルが終わってから、車の中で、フランス語のCDを聞きながら、帰りにマクドやたこ焼きの甲賀流に寄って孫の家に。お昼を食べたら、ダンナと交代して、ダンナはスポーツクラブに行った。夕方、長男だけ連れて家に戻って、日曜日、長男だけ夕方までうちで過ごした。月曜日は、まだ熱があったけれど、息子もヨメも休み。今日は熱が下がって、学校に行ったそうで、私たちも午後からスポーツクラブへ。スポーツクラブで、え?と思ったら、フランス語のサークルの中の一人。ご夫婦で参加されている奥さん。今まで気がつかなかった。リウマチで足の手術をしたそうで、手の指も変形していて大変そうだけれど、今は薬で痛みが抑えられているそうだ。一緒にフランスへ行きたいねえと話をした。フランス語サークルが、ちょっと楽しみになりそうな気がしてきた。
2013.04.16
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今朝、大きな揺れで目を覚ました。テレビでは、関空連絡橋の大きな揺れの映像が出たりしているけれど、物が落ちるということもなく、大丈夫です。昨日は、半年ぶりに医大の診察日。再診受付をしてから、まずレントゲン。左右両足首のレントゲンを、寝た状態で真横・甲の方に思い切り曲げる・甲を思い切り伸ばす、立った状態で正面から・立った状態で横から、と5枚ずつ。そして、診察。今日は、海外からの研修に来たのか、診察室に二人の見学者がいた。私の足首は、距骨と頸骨が繋がって足首の関節はないけれど、距骨の前や下の、普通は動かない関節がよく動く。二人の先生は、ワア~とびっくりしていた。主治医が、「ダンスとか旅行もしているんやろ」と聞くので、「はい」と言うと、ドイツ語で説明し、それにもワア~と驚いていた。最近、左足はまっすぐなのに、右足が曲がってきている。右足首も変形性関節症だけれど、まあ持ちそうやなあということ。痛かったら、ヒアルロン酸の注射などをしてもらうと良い、と言われたけれど、今のところそれほど痛くはない。メールでときどき固定術のことを聞かれるので、最近固定術した人の状況を聞いてみた。ここで、手術した人は、状態が良いらしく、ラグビーの選手として復帰した人もいるそうだ。「岡山から来た人が、あんたのことをゆうてたで」と、ブログを見て、手術を決めた人も何人かいるらしい。「この人、広報活動してくれているんですよ」とまた、ドイツ語で説明していた。「今度、埼玉からも来ると思いますよ」と、話しておいた。ということで、次回の診察は11月。
2013.04.13
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日曜日は、朝から義母の施設に寄り、帰りは湖東を通ることにした。琵琶湖の周りは桜の木が多く、琵琶湖に沿って走っていくと、こんな風景もところどころに。前日から、道の駅を見つけると、中に入って探し物。「道の駅 湖北水鳥ステーション」で、一袋だけ残っているのを、やっと見つけた。探し求めていたのは、わさびの花菜。滅多に店頭に出ないらしく、出てもすぐに売れてしまうらしい。数年前、金の像さんがブログに書かれていて、一回食べてみたいのに、大阪では売ってないと書いていたら、Takatobaabaさんが送ってくださった。金の像さんも、Takatobaabaさんも、最近ブログを更新していないけれど、どうしているかなあ。彦根城のそばに来ると、車が増えてきた。どこから入るのかなあと、車を走らせていたら、反対側に「たねや」の看板を見つけた。お昼は、たねやで食べたいなあと思っていたので、先に昼食をとることにした。アフタヌーンティーにしようかと思っていたのに、和食の方に間違えて名前を書いてしまった。でも、12時前で、それほど待たずにすんなり入れた。麦とろ膳を頼んだら、最初、お茶と一緒におまんじゅうが出た。そして、お料理がこれ。麦ご飯に山芋のとろろ。初めてだけど、とても美味しかった。麦ごはんは、おかわりOK。菜の花と人参のお浸しに、赤こんにゃく。大根などのサラダ、琵琶湖の小魚の佃煮、漬物、味噌汁とヘルシーな献立。そして、デザートの桜餅。やはり、和菓子が美味しくて、間違って入ったけれど満足できた。たねやに車を置かせてもらって、彦根城へ。天守閣から、琵琶湖方面の景色。お堀には、花見の遊覧船も出ていた。桜がきれいで堪能したけれど、彦根城への上り下りはとってもしんどかった。城への石段も、お城の中の階段も、段差が大きい。見物客は、70代か80代と思われる年配の人が多かったけれど、皆さん元気に石段を上り下りしているのに、私は、30cm以上の段差は、上るのも下りるのも難しい。でも、花の名所の彦根城に一度行くことができて良かった~と、今まで、海津大崎と彦根城が、日本の桜百選に入っていると思っていたけれど、今ネットで調べたら、彦根城ではなく長浜城。わあ残念、長浜城は横を素通りしてしまっていたわあ。
2013.04.10
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昨日、今日と敦賀に行ってきた。土日の風雨で、桜はもうおしまいかなと思ったけれど、海津大崎と彦根城は行きたいなあと、行きは湖西、帰りは湖東を通ることにした。昨日は、京都東から湖西道路をに入り、途中から、西の鯖街道(367号線)に入った。のどかな田園風景が広がって、気持ちのよい景色。しがなびに載っていた、永昌庵というお店で、ざるそばを食べて、お店の裏に回ったら、安曇川沿いにこんな素敵な景色。途中、川を渡ったので、橋の上から見るとこんな景色。道の駅「くつき新本陣」の横の川の土手から。途中から湖西道路(161号線)に戻って、マキノから北へちょっと入り、桜じゃないけど、行きたかったメタセコイアの並木道も通った。161号線に戻り、琵琶湖の北側にある海津大崎へ。人も車も多く、降りることはしなかったけれど、桜のトンネルをドライブ。琵琶湖の周りはずっと桜が植えられていた。海津大崎をぐるっと回って、365号線を北上し、敦賀に向かった。大阪の桜も敦賀の桜ももう終わったけれど、滋賀の桜はちょうど満開。気持ちのいい桜ドライブができた。(写真は、拡大します)
2013.04.09
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昨日は、次男坊の入学式。昨日の大阪は、暖かくてとてもいいお天気。パパも入学式が終わってから仕事に行ったそうで、ヨメが、桜の木の下で撮った写真や、教室での風景を、スマホでコラージュして送ってくれた。1年1組で、保育所の友達も一緒の組にたくさんいるのだそう。先生の名前を聞いたら、アニメに出てきそうなハイカラな名前。ママに聞いたら、とっても若い女の先生だそう。春休み中に、以前の同僚たちと会ったり、電話をかけたりしているけれど、教育現場は、すごく年齢層が若い。今年60の私の年が、教職員の最年長。私が勤めだしたのは1974年。70年代も、団塊の世代が大量に採用されて、職場は、50代が数人、あとは20代というような年齢構成だったけれど、採用されたのは、1976年頃まで。子どもの数も減ったので、それ以降は、ものすごく狭き門になってしまった。若い人が採用されだしたのは、早期退職勧奨などで、団塊の世代が、退職しだした2000年頃から。それで、今の学校の中は、私と同年代の50代が1人か2人、40代も1人か2人、30代が数人、あとは20代という年齢構成が多い。春休みに会った、現職で勤める友人は、今年1年担任だと言う。電話で話した、元同僚も1年担任で、学校を出てまだ日の浅い、若い先生と一緒だと言う。一緒に教材研究して、先生たちも育てていかないとけない。孫の担任は、若くて、1年生は初めてみたいだったけど、隣の組の先生は、年配のベテランの先生だった、とヨメが言っていたので、多分、孫の学校も同じような感じなんだろうなあ。小学校に行くことをすごく楽しみにしていた次男坊なので、先生のことも大好きになって、楽しい学校生活を送って欲しいなあ。
2013.04.06
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今日は、仕事が休みの息子と、上の孫二人の4人で、2度目のUSJへ。今にも雨が降りそうな曇り空で、この分なら人が少ないかな?と思ったけれど、やっぱり春休みで、人は多い。9時開園で、ついたのは10時前。最初に行ったバック・トゥ・ザ・フューチャー®・ザ・ライド は、待ち時間約45分。これは前回、孫たちも楽しかったらしい。次に向かったのが、前回メンテナンス中で休止だったジョーズ® 90分待ちだったので、並びながら、交互にトイレへ。でも、途中から思った以上に早く進みだして、列を外れていた息子をあわてて呼び戻した。ボートを運転するお兄さんは、とっても演技上手。ボートめがけて突進してくるジョーズに向かってライフルを撃つ。お昼は、USJ内のハンバーガーのお店で。USJは園内でお弁当が食べられなくて、レストランがどこも高いのが難点。次に行ったのは、前回行かなかったターミネーター 2:3-D® ここでも会場に入る前の説明をするお姉さんが芸達者。ここは、たくさん入場できるので、待ち時間は25分。最後に、前回も乗ったスペース・ファンタジー・ザ・ライド ここは約2時間待ちだけれど、クイズを出しあったり、じゃんけん遊びをしながら、あまり退屈せずに過ごせた。4つしか乗れなかったけれど、ここで4時半。孫たちも堪能したようで、ユニバーサルの出口を出て、駐車場に向かうところでパチリ。後ろに見える曲線は、よくCMしているハリウッド・ドリーム・ザ・ライド 後ろ向きに進んでとっても怖そう。息子は一人でも乗りたそうだったけれど、シングルでも、210分待ちで諦めた。春休みに孫たちと過ごしたのは、日曜日に、ヨメと娘と孫たちで大阪へ買い物に行ったのと2回。保育園を卒園した後も、3月末まで保育園に通っていた次男は、明日から、小学校の学童保育へ。あまりおじいちゃんおばあちゃんをあてにしないので、ヨメも孫たちもたくましい。
2013.04.02
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