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富谷市が自走式の都市型ロープウエーの導入を検討している話題が、きのうも報道された。市長が南相馬市の実験線を試乗したからだ。ところで、今は、全国にも少ない「駅なし」「鉄道なし」の市だが、かつては駅があった。富谷駅が大和町小野地区に、また、志戸田駅が、富谷市志戸田(国道4号高田橋の南)にあった。後者が現在の富谷市域にあった駅である。富谷駅の痕跡を探訪しようと、二年前に撮った写真があった。最初の写真は、大和町小野地区ののどかな道。パークタウンや東京エレクトロンあたりから新しい道が北に伸びていくが、宮床地区に入らずに右折すると、竹林川に沿った町道に出る。フェンスにしっかり汽車のイラスト。この画像だと右手に、かつて仙台鉄道が走っていたはずだ。次の写真は、軌道跡と思われる(自分の見解ですが)、路盤のあと。最後の写真は、前の地点から西成田宮床線(山下橋より少し東側、富谷寄り)に戻って歩いている眺望。路線跡ではないかと私見です。■関連する過去の記事 新生富谷市はなぜ「駅なし鉄道なし」なのか(2016年10月10日) 駅なし市 いまむかし(09年11月7日)■フリーページをご覧ください 近現代の仙台・宮城(鉄道敷設史含む)(ページの下の方に、鉄道敷設史があります。)
2026.06.02
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先日、石巻に行った際に石巻日日新聞を読んだ。温故知新聞というコーナーがあって、過去の記事を紹介しているのだ。(2026年5月27日石巻日日新聞)昭和の石巻/英吉作「羅漢像」を寄贈 高橋英吉が昭和13年に桂の板に彫ったレリーフ「羅漢像」が19日、石巻市に寄贈された。 贈ったのは同市中央で理髪業を営む磯田義男さん(80)。かつて英吉の実家の水産加工会社に勤めていた兄が、「潮音」の文展表彰式で着用する礼装を英吉に貸したお礼でもらった作品の一つという。当時、東京に住んでいた磯田さんは、戦災にあい「天平人形」などを焼失したが、防空壕に持ち込んだ羅漢像だけが無事だった。 市役所を訪れ、青木市長に作品を手渡した磯田さんは「自分の家のタンスにしまっておいてはもったいない。市に寄付して、大勢の人に見てほしい」と作品が市の宝となることを願った。(昭和56年5月20日)(写真があり、「羅漢像」を青木市長に送る磯田さん)磯田さんの兄が大切にしたこの羅漢像は、どこにあるのだろう。平成になって石巻文化センターに収蔵されたとしたら、津波で被害を受けたのだろうか。石巻博物館収蔵品データベースでは、羅漢像が2つあるが、材質がそれぞれ檜、欅とある。記事には桂の板とあるので、違うのかもしれない。■関連する過去の記事 高橋英吉の名作(2012年11月27日) 高橋英吉と幸子さんの父娘展(10年3月12日) 悲劇の天才彫刻家 高橋英吉(10年1月24日)
2026.06.01
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