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2026.05.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類

テレビの娯楽番組では、豹柄のぼってりしたお
ばはん
達をして、
さも大阪の代表であるかのように定番化していま

すが、とんでもない誤りです。

私は京生まれの大阪



育ちですから、京都と同等ほどの愛着を大阪にも
持っているのです。


「ええ天気になって、ほんまによろしおますなあ」
となり、
「ええ天気になって、よかったなあ」へと変遷。

香村菊雄さんの、大阪慕情「船場ものがたり」と
いう名
著には船場言葉の主なものに抑揚の符合までつけ
て説明してあったり、
船場慕情として風景や習俗などにも及んいるので
興味深い読物となっています。



 商業地としての大阪の町の最初の発祥が船場で
あり、
秀吉公によって計画的に市街が造成建設された上
に、伏見、堺などから

エリート商人を移住させことによって、当初は
格式高い船場の言葉が自然的にできました。


豊臣滅亡後、徳川幕府は、政治の都江戸に対して、
経済の都として大阪を重視し、

徳川家に怨念を持つ大阪人への懐柔策として

大阪復興の為の善政を施しました。



江戸幕府以前は歴史ある京の言葉が日本の標準語
であったと推察され、

皇居や公家へのご用達商人でもあった伏見商人の
言葉に、その他の地域から来た商人達も習ったも
のと思われます。


明治・大正時代の船場の言葉には御所の女房言葉
の名残があったようです。


「お日直りやして、とうないよろしござりやすな
あ」とか、
更に「ええお天気になりやして、ほんまによろし
ごわんなぁ」と変遷、


香村菊雄さんの、大阪慕情『 船場ものがたり
という名著には
船場言葉の主なものに抑揚の符合までつけて説明
してあったり、
船場慕情として風景や習俗などにも及んでいるの
で興味深い読物となっています。







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Last updated  2026.05.12 08:33:15
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