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2026.07.11
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カテゴリ: カテゴリ未分類

1878年、パリ万国博覧会で紹介された浮世
絵など
の日本美術が
大反響を呼び、パリはジャポニズムに沸き
返って
いました。

著名な画家がわれ先に浮世絵を手に入れ、自分の
画法に
取り入れていく中、

37歳の貧乏画家・モネに手を差し伸べたのは、
万博の
通訳・林忠正で、

かねてモネの色彩感覚と光のあしらいに注目して
いた彼
はモネの絵と浮世絵と物々交換しました。

モネはこの結果浮世絵からヒントを得、「連作」
とい
う手法で
新しい芸術を開花させ、印象派の主軸に。

当時の日本には西洋画など殆どなく、同郷の事業
家・大
原孫三郎を説得した

岡山の洋画家・児島虎次郎はモネの
睡蓮を手に入
れました。


しかし一番巨大な「睡蓮」は譲って貰えなかった
が、日
本の若い絵描き達の為と

熱心に口説いてやっと代表作を大原美術館に飾る
ことが
できました。

今や日本には23点もあり、10分の1を超える
数にな
っています。

加賀正太郎が保養の為に建てた「大山崎山荘」の美術館
にもアサヒビール所有の絵が数枚ありますね。

(参考図書・『迷宮美術館』NHK制作チーム)





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Last updated  2026.07.11 09:19:48
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Re:貧乏画家・モネに手をさしのべたのは?(07/11)  
こんばんは

貧乏画家・モネに手をさしのべた林忠正のお話、興味深いですね
日本美術との交流が印象派の芸術に影響を与えたんですね
お二人の交流が芸術の歴史に残る素敵なエピソードですね

今日も一日お疲れさまでした

(2026.07.11 17:46:31)

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