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今日の話題は、「南極への往復」です。 南極観測隊が南極に行く方法は、昔から少しづつ変わってきています。基本的には観測船で南極行くのですが、寄港地が変わったり越冬隊員と夏隊員(南極の夏の間だけ観測等を行う隊員)では帰国する方法が違います。 南極観測船(防衛庁では砕氷艦と呼ぶ)は、宗谷(海上保安庁)、ふじ(防衛庁)、しらせ(防衛庁)が運用してきた。初期の頃から往路は、東京港からでて西オーストラリアの寄港地フリーマントル港に停泊し、1週間かけて食料等の物資を補給して南極へ向かいました。最近では観測隊だけ成田から航空機でオーストラリアのパースまで行き、フリーマントル港で観測船に乗り込んでいます。 そして、揺れる暴風圏を抜けて、南極へ到着して上陸します。上陸するには、昔は雪上車で海氷をわたっていきましたが、最近では物資と共にヘリコプターで行くことが多くなりました。 復路は、初期は南アフリカを使用しておりました。政情が不安定になってからモーリシャス(アフリカの東の諸島)を使用するようになりました。越冬隊員は、なるべく早く帰国するために航空機でアフリカからヨーロッパ経由で日本に帰国していました。いっぽう、夏隊はそのまま観測船に乗って日本へ帰国していました。 15年前ほどから復路の寄港地はオーストラリアのシドニーへ行き、そこから。越冬隊・夏隊共に航空機で成田に戻ります。今や優雅な南極への船旅は無くなってしまいました。■PEN□
Sep 30, 2006
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今日の話題は、「南極新聞」です。 昭和基地には毎次隊が発行する南極新聞がある。ちなみに私が最初に越冬した第26次南極地域観測隊の新聞名は、「Theサザンクロス26」である。新聞は、新聞係を何人かで構成して代表者を社主と読んでいる。 社主は、記者を集めて新聞社(係)としている。新聞社の社主は、毎日記者に記事を集めさせて発行しなくてはならないから大変である。最近ではPCによりワープロは簡単にできるようになりましたが、昔はほぼすべて手書きです。個性が出て面白いのですが記者は「昭和基地のネタ」を集めるのに苦労します。ただでさえ情報の少ない社会ですから無理やりにでも書いちゃうわけです。よって、週刊誌かワイドショーみたいになってしまったりして記者によってはとてもユニークです。 記事の内容で一番受けるのは、「怪我で何針か縫った」とか「深夜に日本の家族に電話をかけていて眠ってしまって高い電話代を払った」とかそうネタが受けます。普通の記事は、お祭りごと、誕生日、ソフトボール大会などのイベントが多いようです。 いづれにしても隊毎、記者ごとに個性があって楽しい新聞記事です。南極新聞は貴重な資料として国会図書館にも収蔵されているようなことも聞きました。私の記事も未来永劫残っているのがちょっとはずかしいですね!■PEN□
Sep 29, 2006
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今日の話題は、「南極とブリザード」です。 南極は、台風並みの強い北東風がよくあります。この風をブリザードとか地吹雪と呼んでいます。日本語のほうが実感として印象に残っています。なぜなら、2~3メートルの高さまでの地面付近しか雪が舞わず上を見ながら歩くと日中は太陽、夜は星が見えることもしばしばあります。 よって、地吹雪といったほうが実感があります。でも通常はブリザード、訳して「ブリ」と観測隊は読んでいます。1週間に1度ぐらいはきますので、台風みたいに女性名詞の名前をつけて遊んでいました。昭和基地だけですが…。こんな楽しみ方も観測隊は見つけて長い越冬をすごごしています。 しかし、第4次南極観測隊では、このブリザードの中、犬にえさをやりに行った福島隊員は、遭難してしまいました。昔は、建物も少なく一度海氷の上に足を踏み入れるとまったく視界が無く、遭難してしまいます。 福島隊員は、数kmはなれた西オングル島で数年後発見されました。そのときはすでに白骨化しておりました。今でも毎年そこにお墓(福島ケルン)があり、お参りに行きます。自然は、今も昔も変わりませんが今は建物が多くめったに遭難することはなくなりました。■PEN□
Sep 28, 2006
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今日の話題は、「南極と音楽」です。 人にとって音楽は何処に行っても欠かせないものです。個人の趣味によってずいぶん違いますが音楽を愛する気持ちは同じです。昭和基地に越冬する隊員もそれぞれ好きな曲をテープやMDにしたりCDを持ち込んで聞いておりました。 中波やFMのラジオ局が無いので個人で持ち込んだテープを聞いていますが越冬の最初であきてしまいます。そうすると、今度はメディアの貸し借りをします。 でも、それがこうじると、そのうちにだれの持ち物かわからなくなってしまいます。観測棟には、以前の隊員が置いていったテープのライブラリもあります。ここは持ち出し禁止!となっているところもあります。 沿岸旅行に出かける時も音楽があるとハッピーです!なにせ、風邪の音以外はなにもしませんから!そう、南極って後で気がついたのですが、人がいないと音がないんです。雪上車や発電機があると何となく落ち着いたりもします。音や音楽って大切ですね!■PEN□
Sep 27, 2006
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今日の話題は、「南極と星」です。 南極は、空気中の水蒸気が凍って湿度が低くなります。湿度が低いということは、空気が澄んでいますので、遠くまで良く見えるということになります。 蜃気楼や太陽の変形などの空気のいたずらもありますが、基本的には、月や星もとても良く見えます。話はずれますが、乾燥しているので静電気が増えて建物や観測機に触ると「ビリッ」ときてしまいます。 静電気に悩まされながらも、星はとてもきれいでこころがあらわれます。満天には天の川(ミルキーウェイまたは銀河とも言う)が本当に川のように見えます。これでは、おりひめもひこぼしも川を渡れません。南十字星もはっきり見えます。こういった、すばらしい星空にオーロラがかかると何ともいえない神秘な世界になります。天の川とオーロラの交差する姿は、極地で無ければ味わえないかもしれません。 星は星でも、人口衛星の方も極地ですと極軌道衛星がひんぱんに通過しますので、人口衛星が星のように光って移動する姿も良く見えます。また、流れ星も良く見えます。越冬中、流れ星が出るたびにずいぶん願い事をしましたが、南極に置き忘れてきたような気がします(笑)。■PEN□
Sep 26, 2006
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今日の話題は、「南極と太陽」です。 南極で見る太陽はさまざまな変化をあらわしてくれます。それらの変化の中には次のような現象として私達隊員を驚かせてくれます。それらは、沈まぬ太陽、転がる太陽、グリーンフラッシュ、太陽の変形としてあらわれます。 沈まぬ太陽、転がる太陽は、白夜や極夜の時に見ることができます。沈まぬ太陽は白夜の時に字のごとく、太陽高度が一番下がっても地平線より下にならない状態を言います。転がる太陽は極夜があけ太陽が出始めたころ、地平線をはうように、または、転がるように見えることからそう呼ばれています。写真機を太陽に向け30分毎ぐらいに多重露光するとそれらの太陽を写真で見ることができます。 グリーンフラッシュは空気の屈折で起こる現象です。南極では、上空より地表の気温が低く空気の逆転層がしばしばできます。太陽光はこの空気の逆転層を通ってくるとき屈折します。そして、わずかな時間だけ太陽が緑色に見えることがあります。 太陽の変形は、縦方向につぶれたり、横方向につぶれて見えることがあります。気温が-30度を超えるような快晴の朝には、ダイヤモンドダスト(ごく小さな氷の結晶の降水)が起こります。昭和基地北東の南極大陸から出た太陽は、縦方向につぶれた(上下に長くなった)状態で見えることがあります。また、夕日が水平線に沈むころ太陽が横方向につぶれて(横に引き伸ばされた状態)、いつまでも水平線付近に残って見えることがあります。いずれも空気のいたずらによるものです。 ■PEN□
Sep 25, 2006
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今日の話題は、「南極と氷床」です。 氷床(ひょうしょう)という言葉は、あまり耳なれないかと思います。氷床とは南極大陸や北極のグリーンランドに積もった雪が氷となって大きなかたまりとなったものを言います。南極の氷床は、最高峰で約4000 mあります。平均すると約2400 mになります。 この氷床の中には、過去の地球上で発生した火山活動が火山灰層として記録されています。それによって、その氷の深さは何百年前のものであると言う事ができます。地層のように記録がされています。 深いとこでは、百何万年もの年代に達します。もし、南極大陸の氷が解けてなくなったとすると海の海抜は、今より約70 m上がるといわれています。また、南極大陸は、陸地ですが氷の重さで沈下しているといわれていて、もし氷床がなくなると地面が何十メートルも隆起するといわれています。 こんなことが起こったら人類に多大な影響がありますね。でも全部解けるまでに何千年か何万年かかかりますのでご心配なく! 追伸:氷床は、氷河となって最後に海に流れ出て氷山となります。この氷をオンザロックにすると氷の中から空気がはじけ飛んで、飲むときに南極の風景が浮かびます!■PEN□
Sep 18, 2006
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今日の話題は、「南極と本」です。 南極昭和基地には、初期から観測隊員が持ってきた本がまとめて置いてあります。図書館とは言えませんが、漫画、雑誌、単行本、学術書等がたくさんあります。 最初に読まれるのは、漫画です。連載のコミックがそろっており、読みがいがあります。部屋に持っていった人がいて途中の号を探すのにちょっぴり苦労します。漫画三国志は、なかなか良かったな! その次に良く読まれるのは雑誌です。当然1年以上たっていますが、なつかしい雑誌もあります。今は無人のみずほ基地に雑誌がありまったく紙の質が変化しておらず感動しました。付録の山口百恵の写真が妙に新鮮でした。 そして単行本、SFからミステリー、さまざまな本があります。観測隊員の趣味が伺えます。私は、石川達三にはまっていました。ちょっと古いかな…。好きな本を読み尽くすとしょうがなく難しい本へと移っていきます。論文読んでいる人はかなり少数派かと思います。 そうして越冬が終わる頃、次の観測隊が雑誌や漫画を沢山持ってきてくれるので、毎夜、雑誌三昧にもどります。■PEN□
Sep 17, 2006
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今日の話題は、「南極と地質」です。 南極観測隊は、冬のあける10月ごろから大陸沿岸に地学調査やペンギンアザラシなどの調査に出かけます。昭和基地から120 km離れたスカーレンという場所付近にガーネットサンドと呼ばれる砂があります。 ガーネットサンドは、宝石のガーネットの不純物の多い鉱物が砕けて砂になったものです。波打ちぎわの砂浜が赤い色に縞のように染まっていてきれいです。これをすくってきて赤い部分だけにすると友愛の砂ガーネットサンドが出来上がりです。 いっぽう、風が強い南極では、岩が侵食されてサッコン石と呼ばれる三角錐の石ができたり、岩にぶつかった砂により丸い穴が開いている岩もあります。それを蜂の巣岩といいます。そうした風化した岩もそうですが、露がんは切り立った絶壁状の岩山が多いです。氷河で削られることもありますのでそういったダイナミックな地形が見られます。 岩石を調べると、大陸移動説を証明する様に昭和基地の付近とインドのスリランカの岩石の成分が一致します。1万kmも離れているのに不思議ですね!■PEN□
Sep 16, 2006
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今日の話題は、「南極と地震」です。 南極には、エレバス山などの火山があります。火山があると言うことは、火山性の地震もあります。昭和基地では有感地震はほとんどありません。しかし、南極大陸以外の大陸プレートが動いて地震になった波は昭和基地まで届きます。 昭和基地は比較的地震が少ないことと、雑音になる震動が少ないことから、地球上のどこかで大きな地震があった時、昭和基地で観測することができます。こうして地球規模の地震観測を行っています。 いっぽう、昔は南極氷床の厚さを計測するため人工地震観測が行われていました。大陸のある地点に地震を起こすため爆薬を設置し、数キロ離れた点に数か所地震計を設置しておきます。そうすることによって直接伝わる地震の波と氷の下の基盤から反射してきた波を測定することにより、その差から反射点の氷の表面から基盤までの厚さを計測していました。 現在では、この人工地震観測に変わって、氷の厚さを測る道具として電波を用いたアイスレーダが活躍しています。このレーダ観測を南極で実施したのは筆者です。アイスレーダの話は、後日、日記にしたいと思います。エレバス山http://www-sci.edu.kagoshima-u.ac.jp/volc/erebus/gaiyou.htm■PEN□
Sep 15, 2006
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今日の話題は、「南極と殺人事件」です。 今日ちょっと嗜好を変えてSFっぽいお話でです。もし、船の上で殺人事件がおこったら船長に容疑者を拘束することができます。これが南極であったら誰が捕まえるのでしょうか?日本の基地ではどうなるのでしょうか?外国の基地ではどうするのでしょうか? 南極はどの国にも属していません、いわば船の上と同じ様な扱いです。この話題は総和基地で越冬中に結構盛り上がった事があります。 日本の昭和基地の場合、観測隊長は隊のまとめ役であって船の船長とは違い、法律で明確に犯罪者の取り扱いを決めていません。殺人事件があったら取り押さえてどこかにれるのでしょうか?それは誰に警察権がるのでしょうか?海上保安官が越冬する場合もありますのでその人が日本国の法律で容疑者を拘束するのでしょうか? 外国の基地はどうしているのでしょうか?アメリカの様に軍隊で行っている国は軍の取り決めに従って処置できるのでしょうか?私は、法理がわかりませんのでどなたか明確に示していただけると今までの疑問がスッキリするのですが…。書き込みお待ちしています。■PEN□
Sep 14, 2006
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今日の話題は、「南極と魚釣り」です。 南極には意外と知られてませんが海洋資源がたくさんあります。すなわちお魚がたくさんいると言うことです。 魚には、氷魚(通称昭和ギス、または、だぼハゼという)、ライギョダマシ(全長131cm、体重26kgの大きな魚を33次隊で採取)等が見られます。魚以外の海洋生物は、オキアミ、ウニやひもむし、ヒトデも沢山います。 さて、魚釣りのお話に移ります。私たち観測隊員は、娯楽の一環として魚釣りをします。海氷の上に行って10 cmの穴をあけて針に牛肉をつけて糸を垂らします。そうするとすぐにコチに似た「だぼハゼ」がつれます。調子がいいと1つの穴で数匹つれます。しばらくするとつれなくなるので穴を変えます。そうするとまたつれます。 釣れたお魚は、その場ではい!冷凍です。そして、昭和基地に戻ってだぼハゼは、刺身にしたり天ぷらにします。特に天ぷらは最高です!お酒のつまと話題にと釣りの娯楽は、隊員達をなごませてくれます。■PEN□
Sep 13, 2006
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今日の話題は、「南極と気象観測」です。 南極昭和基地の気象観測は、南極基地が数十基地しかないことから南極の気象情報は重要な役目を持っています。気温、気圧、風向、風速、日射量、オゾン量、高層気象などのデータを取っています。観測は、気象観測の隊員5名により3勤交代で24時間行われています。 気象観測の装置は、気象棟にあります。気象棟には、24時間誰かはいますので他の観測隊員が良く遊びに行きます。6月1日には、気象記念日があり電波の日とともにお祝いを行います。伝統的にこの日は、気象棟横のドリフト(雪の吹き溜まり)にかまくらを掘り中でお茶(お酒の場合もあり)をします。 また、隊員の誕生日には高層気象用のバルーン(直径3mぐらい)放球をさせてもらえます。風のある日は電柱や建物に引っ掛けて割らないように走りながらうまく放球します。自分で上げたバルーンから送られてくる高層気象情報がうまく取れているととてもうれしく感じます。 昭和基地は極地ですのでその特有の気象情報を絶え間なく取得するのは大変です。ちなみに気象観測隊員は富士山測候所(今はありません)や南鳥島(マーカス)勤務の人が多いのは南極観測隊員としても素質があるのでしょうかね!暑いとこやら寒いとこやらご苦労様です!■PEN□
Sep 12, 2006
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今日の話題は、「南極大学」です。 南極昭和基地では毎年観測隊が変わっても「南極大学」が開催されます。南極大学は、一般的な大学ではなく観測隊員の職務を他の隊員に知ってもらおうというのが趣旨です。 大学には、学長が選出され入学式に始まり、毎週一回程のペースで開催されます。終了時には、学長より卒業証明書が発行され閉校されます。 大学では、隊員毎に教壇に立ち、講義をします。隊員には、大学の教授、学生もいますが研究所や気象台の職員、民間の方もいますで、発表する内容は自由になっています。 よって、大学の講義内容には職務にかかわらず趣味も講義内容になります。得意な分野なら何でもいいわけです。海洋生物の話、趣味のギター、医者の学会発表などユニークな内容があります。今では、講義もパソコンを使って本格的になっています。ですから準備も大変で国内から情報を入手して発表しているそうです。 南極大学は、第11次隊頃から始まっています。南極観測初期の頃は娯楽が少なく南極大学は、コミュニケーションの一環として始まったようです。今は、ビデオやビリヤード等もありますので大学は伝統としてその意義が変わってきています。■PEN□
Sep 11, 2006
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今日の話題は、「南極と北極」です。 南極と北極は、極点付近が海か陸かの違いがあります。この違いは大きく、水と地面の温度は、水では暖めやすく冷めやすい、地面では温めにくく冷めにくいことにあります。すなわち、南極大陸の様に地面の上に雪が積もって氷になった所はなかなかその氷が解けないということになります。南極の氷は100万年以上経っていると言われています。いっぽうの北極では、海水の上にある氷は解けやすく1年でなくなってしまう可能性があります。 元々は南極点には大陸は無く大きな大陸の一部が南極大陸になったと考えられています。よって、ペンギンなどの一部の動物は南極大陸に取り残された結果、今の様な寒さに対応できる形になり残ったと考えられます。ペンギンは鳥なのに海のほうが得意なのは不思議ではありませんか? 南極と北極の共通点もあります。それは、オーロラです。オーロラは、地球磁場の緯度経度で南北で同じ地点にあれば、同じ形のオーロラが見えます。この地点を共役点といいます。そのため、最近、地球物理を研究している学者は、両極でオーロラ観測を行っています。 南極と北極は、違いもありますが共通するところもあります。ちなみに南極のほうが寒いのですが、北極近くのグリーンランドには、南極と同様に氷が大きく積もった氷床があります。同時に南北極で同じオーロラが見えるといいましたが、夏冬が逆となっておりますので肉眼で同時に確認する時期は限られていますのであしからず。■PEN□
Sep 8, 2006
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今日の話題は、「南極と服」です。 極寒の地、南極の服と言えばエスキモーの様な帽子のまわりに毛のついたダウンを着ている姿を想像すると思います。確かに真冬や内陸旅行をするときには風と寒さから守るためダウンを着ます。 昭和基地の真冬の外出着は、吸湿性のあるウール下着、キルト下着、ウールのシャツ、セーター、ダウンを着込みます。内陸旅行の時は、ダウンの帽子に毛皮の風よけをつけ、靴はD靴という厚みのある靴を履き、手袋は毛手袋の上に皮手の手袋をします。 風のあるときは、体感温度が風が1m/秒につき約1度下がるため風が服の中に入らないようにすると暖かいです。夏頃は、絹のスカーフ(マフラー)が薄くて軽くてとても暖かいです。日本でもおすすめです。 こうして、越冬隊員も冬を越えると毛穴が開くせいか、夏はTシャツで暮らしたりする人もいます。そして、3月に日本に帰ると、隊員達は次の夏にクーラーを買うのです!耐えられないのよ…。■PEN□
Sep 7, 2006
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今日の話題は、「南極とインスタントラーメン」です。 皆さんご存じですか?インスタントラーメンは、南極観測隊のために作られてと言っても過言ではありません。1959年(私の生まれた年)に南極観測隊の保存用の食料として開発されました。 南極観測隊でそのおいしさや保存能力が確認され、世の中に広まったのです。逆に言えば南極観測隊員は実験台だったのかもしれませんが、お湯を沸かせれば何処でも食べられるんですから便利ですよね! 内陸旅行の時にこの大事なインスタントラーメンを忘れた我が調査隊は、毎回食事を作るのが大変でした…。マヨネーズを内陸に持ち込んだ人がいますが、凍ると油と卵が分離するので毎日、はなみはなさず抱いて寝たそうです(話が横道にそれました)。 南極での食料の保存という観点で言いますと、南極は、自然の冷蔵庫です。食パンを外に1年間デポ(置いておくこと)しても、解凍して焼けば全く味は変わっていません。逆に缶ビールは、凍らせるとはれつしますし、6ヶ月もたつと「おり」がたまって美味しくありません。 20年前に越冬したとき、インスタントカップ焼きそばの数が少なくて、すごく食べたい衝動にかられました!「酒」の話で取り上げましたが、無いものは希少価値があって値段ではありません!食べたいものは食べたい!こんな話を書いているとお昼は無性にインスタントラーメンが食べたくなりますね!■PEN□
Sep 6, 2006
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今日の話題は、「南極と植物」です。 南極は、良くご存知のとおり氷の世界です。森林などはありません。気温が低いので、南極の環境下では植物が1年を通して生き抜く力が無いのか、水を吸収できないためか?やはり無理な様です。 その様な厳しい環境の中でもがんばって生きている植物はあります。それは、チイやコケの仲間たちです。南極とは言いましても大陸ですので地面があります。大陸の端の露岸地帯には、岩が風化してできた砂の吹き溜まりがあり、そこに、夏場に解けた氷の水が流れてコケ達が繁殖します。限られた場所だけですが昭和基地の近くでも見られます。 でもどうしてコケだけ南極に生息しているのでしょう?南極大陸の氷を調べるとその中には昔に地球のどこかで大きな火山活動があってその火山灰が空高く成層圏までのぼっていって南極大陸にふりそそぎあとを残しています。これと同様なことで、草木の花粉等が風に運ばれて南極大陸まで降り注がれています。そういった中の数種類が何とか環境に合わせて生き延びています。南極大陸の氷が解けたら森林ができることでしょう。 追伸:昭和基地では、観測隊の農協さんがきゅうり作ってますし、たんぽぽを夏の時期に外に植えて花が咲いたという例もありますので、人為的には色々植えれそうですね…。■PEN□
Sep 4, 2006
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今日のテーマは、「南極とごみ処理」です。 南極のごみ問題は、深刻な問題です。日本でもダイオキシンが出るのであまり小型の焼却炉でごみを燃やさなくなりました。昭和基地も昔は、生ごみ等は焼却したりしておりました。また、大型の雪上車や建物の解体したものなどの大型廃棄物も集積して山済みになっておりました。 1991年に開催された南極条約協議国会議において「環境保護に関する南極条約議定書」が採択されました。これにより、日本国でも対応する法令の整備が行われ、1997年5月に「南極地域の環境の保護に関する法律」ができました。 現在、大型廃棄物等の国内への持ち帰りはかなり進みました。昭和基地の焼却炉や汚水浄化設備の整備、化石燃料の節減のための風力発電や太陽光発電による自然エネルギーの利用、輸送物資のコンテナ化による梱包用廃材の削減など南極の環境に配慮した計画をたてて実行しています。 皆さんの家庭から出るごみと同じく、南極でも分別収集をしています。燃えるごみ、燃えないごみだけではなく、ビンは色分けし砕いて、空き缶は分別してつぶしています。基本的には、ほとんどのごみは、空いたドラム缶につめて南極観測船で日本へ持ち帰り処理しています。■PEN□
Sep 3, 2006
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今日のテーマは、「南極と隕石」です。 南極で発見された隕石は約17000個あります。隕石は南極大陸の氷の上で見つかっています。日本の南極観測隊によって大半の隕石が発見されました。したがって、現在、世界でもっとも多く隕石を持っている国は日本国です。 南極でこのようにたくさん隕石が見つかるかのは、南極氷床上のいろいろな場所に隕石が落下します。そして、南極の氷の中に沈み氷床の流れとともに海に向かって運ばれて多くは海の中に落ちてしまいます。 沿岸近くに運ばれた隕石は山脈などによって氷の流れがせき止められ氷の上へと押し出されます。そこを観測隊の地学の研究者が発見するのです。昭和基地に近くにはこういった隕石のたまり場があるのです。 南極で見つかった隕石は、大部分が、火星と木星の間にある小惑星から来たものと考えられていますが、中には月や火星からの隕石も見つかっています。■PEN□
Sep 1, 2006
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