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Google Mapに、竹島が韓国語でアドレス付いてるとか、自分の命を盾に、役所で応対してくれた人から金を毟り取った奴がいるとか、・・・嫌な事や、気に入らない描写ばかりしていたら、気分まで滅入って来るので、今日は前向きな事を書こうか、と思いました。そこで、最近見た映画、『パットン大戦車軍団』(古古古!!!)と、『ワルキューレ』(古!)について書いている途中、下書き保存ボタンを押しましたら、・・・書いたものが消えました。・・・一体、何処に行っちまったっていうんだい・・・orzで、・・・二度も書く気にはなれませんで・・・(長々書いちゃうし)。・・・どちらの映画も傑作でした。どちらも第二次世界大戦当時の話。片方は、自らをハンニバルの生まれ変わりと標榜する戦争好き、政争に疎く、口が悪く、だけど、ヨーロッパ戦線では、ドイツに対し活躍して敗戦をもたらした、優秀な陸軍老大将、片方は、先の見えない独裁と凄惨な殺戮を犯したドイツの将来を深く憂い、ヒトラーを暗殺するべく策を弄して失敗、銃殺されたドイツの陸軍若手大佐の話です。機会があれば、観てみて下さい。***さて、もう一つ、はまっているのが、中野京子の本。中野氏は、『怖い 絵』シリーズで有名です。美術絵画を、歴史や伝説、神話、時に人生訓を交え、紐解きながら解説してくれる、その知識、文才たるや素晴らしい。 ・・・面白い本を書く人です。 早稲田大学の講師でいらっしゃるそうですが、講義は学生が引きもきらぬのではないでしょうか。私もつい引き込まれ、夢中になって彼女の本を五冊買い込みました。・・・ただ、私はこういう講義をしてくれる方を、他にも知っています。学生の時の恩師です。(私は『英米文化概論』として拝聴しましたが、英米文化と言う枠など、無かったです。)学生の時、その教授の講義の虜となり、その方が教鞭を執る講義は、余すところ無く取りました。(無理を言って、ゼミに潜り込んだ事もありました)その知識量は、当時尽きせぬ泉に思え、本当に、・・・尊敬していました。あの方にお会い出来たというだけでも、学生時代を過ごさせて貰った親の恩を忘れられないと言うもの。最後にお会いした時は(大分前ですが)、赤いちゃんちゃんこを着られる齢になられていて、本を書きたい、と言われていたんですが・・・先んじられてしまった、のでしょうか。中野氏に絶対絶対負けないものを上梓できる、と、私は踏んでいるのですがね・・・Matsumotoせんせーい、今、何してらっしゃいますかー!!私、本を待ってますからーーー!!
2012.03.17
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気が付いたら、3・11を通過していました。いや、『気が付いたら』と言っても、忘れはしません、忘れることは無かった。口を開けば、「あれからもう一年なんだね」と、言い合い、テレビを点ければ、あの当時と、未だほぼ変わらない被災地の現状を、僅かでも伝えてくれましたから。去年誓ったことそのままに、私も及ばずながら応援します。だから、当日も『ああ、一年前の今日・・・』と感慨を持っていたのですが、集中して仕事をしているうちに、意識の端に置かれてしまったようです。これは、私が同時に二つの事をする事の出来ない不器用の所為でしょうか・・・。こんな事では、今も不自由な暮らしを余儀なくされている方たちに、申し訳ない。勿論、生活する上で、四六時中考えている訳にはいかないかもしれない、にしても、この日だけは、心底、喪に服する気持ちを持ちたかった。都合良く『被災』を持ち出す訳ではありませんが、自分が大震災に直面して感じたことを、あの方たちは現在進行形で感じている。そのことを忘れてはいけない、いけないはずなのに・・・。どこの何で読んだか、何処かの男性が、震災と、それを受けた被災者の事を、世間が忘れつつあると。・・・こんな非道は無いと。嘆いておられたのを思い出します。その男性は、数多くの痛ましいご遺体の様子を、テレビなどで映すべきでは無かったか、と問うていました。あの光景を見、悲しみを心に刻み込めば、容易に忘れるような事は出来ないはずだと。その様子を直に目にして、深く心を痛めたからこそ、そういう事が言えるのでしょう。・・・しかし、実際には難しい。テレビで家々が流されるところを見て、PTSDになられる方もいる。ご遺体を映すと言う行為は、死者の尊厳を踏み躙る行為にならないか、という問題もある・・・。その通りです。しかし、時として、物言わぬひとの姿は、何よりも人の心を抉り、決して忘れさせない、事も・・・ある。私には、その男性の提案を是か非か断じることは出来ませんが、一日を終えた時、思い出したのは、その話でした。勿論全国、いや、全世界的に色々な追悼イベントがあって、それはそれで良い事です。関われないものは、己の頼りない良心に縋るのみですから・・・、全国民が喪章を付け、家々やスーパー、果ては電車まで、経済活動度外視で弔旗を付けて喪に服す、・・・他力を頼り、そんな日があっても、と思うだけです。
2012.03.15
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突然、「あそこが、事件のあったマンションですか?」と、問われた。この辺りで「事件」と言えば、最近の「あの事件」しかないだろう。「・・・知りません」言い捨てて、その人から離れた。そんなことを問う理由など知らない。野次馬はどこにでも居るものだ。周りの迷惑にならない限り、文句を言われる筋合いはない。だが、親が子を殺すという悲惨な事件の現場を、遠くからとはいえ見てやろうなどと、どうして思えるのだろう。マンションの立地、建物の価値を見て、住人の人となりを測ってやろうという事か。そこから何が見えるというのだろう、何が知れるというのだろう。マスコミの言う『心の闇』か?『ゆとり』の生んだ弊害か?嗤いたいのか?嘲りたいのか?嘆きたいのか?***駅の階段を降りていて、下の階に降りた途端、足を捻った。降りきったと思った階段は、まだ一段残っていて、目測を誤って、膝を床面にしたたかに打った。痛みと衝撃とで一瞬動きが止まり、手を床に付いて、徐に顔を上げると、足を捻った時、バランスを失った私の手が、身体に当たった女性が、私の目を覗き込んだ。「だいじょうぶですか?」不慮とはいえ、階段を降りる途中、他人の身体に当たった事の非礼を詫びると、にっこり笑って手を差し出された。一人で立てなくは無かったが、思わずその手を借りて、私は立ち上がった。改札前の混雑に紛れ、女性は直ぐに見えなくなった。不思議と恥ずかしさは覚えなかった。ただ、「すみません」と言ったが、「ありがとう」と言えなかったことを後悔した。他人との係わり合いとは不思議なもので、それがマイナスであれ、プラスであれ、どういったものでも、心に某かの波紋を広げる。今日は一日中足を引き摺っていたし、両膝には大きな青タンが出来たけど、心が波打つような言葉を聞く位なら、ずっとずっと階段で転ぶ方が良い。
2012.03.07
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青鷺にガン飛ばされました。・・・野生はやっぱ迫力あるわ・・・。・・・三白眼がたまりません。我が家の野生?児。^^;
2012.03.06
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ある日、いつものように「いらっしゃいませー」などと言いながら仕事をしていると、「七宝樹」という植物を手に持って、堂々と店を出て行かれる方を見た。その方は私に会釈をしたが、「七宝樹」は、袋も無ければ紙も巻いていない。私は即座に精算の有無を気にして、レジに飛んでいった。『ああ、さっきの・・・大丈夫ですよ』レジに居た子は笑いながら言った。『何もしなくていい、って言うから、そのままお渡ししたんです。(精算済み)シール、(私が)見えなかったんですね。 「七宝樹」、とても気に入ってたみたいでしたよ』・・・良かった。(↑安易な考えを持った自分を恥じるべき。 でも、こんな世の中だからね。)私は、かの人が店を出て行く時の、はにかむ様な会釈を寄越した顔を思い出していた。・・・嬉しかったんだろうな。多肉植物を袋なんぞに入れて、傷が付くことを恐れたか、胸の前にセットされた手に、大事そうに持たれた茶色い鉢、あの人はあの後、揺れる「七宝樹」と共に、街を歩くのだ。想像すると、可愛くすら思えるではないか。出典を知らないから、自信はないが、この「七宝樹」は、名前から、縁起がいいとされているのを見たことがある。綺麗に紫に染まる葉を見て、厭だと言う人は多分いないだろう。あの人のところで大きくなればいい、大きくなって、殖やされて、大事にされて広がってゆく・・・いいな。***現在閉めっ切りの我が家は、光量不足で植物の死屍累々・・・。一週間前までは、徒長しながらも1,2メートルほど伸びていたバラが、遂に力尽きた。数年前捨てバルブを貰って植え付け、やっと蕾を付けたシンビジュームは、花を咲かせる気を失ってしまった。ああ、無情・・・。;; テンション駄々下がり・・・。・・・りっちゃんも太陽が恋しいよなぁ・・・。
2012.03.05
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