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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回いろいろとつい考えてしまったのは、荒木村重(トータス松本さん)の、妻のだし(山谷花純さん)をはじめとした身内や城兵たち、つまり城主である自分に信頼を寄せていた者たちへの突然の裏切りでした。 常日頃から自分をぞんざいに扱い冷遇する相手とかビジネスの相手なら、こういうことを突然やっても「所詮はこんなものか」と思える部分もあるでしょう。でもそうじゃなく、常に自分を大事にしてくれて信頼しきっていたら、一番肝心なときに、残された者たちがどうなるか十分想像つくのに、一人だけ逃げていったのです。 この難局をどうするか、身内や家臣たちと事前に十分話し合い、「殿、お逃げください。」「殿さえ助かればお家の再興は…」みたいな展開なら、残された者たちも覚悟があったでしょう。それがまさか、いつの間にか一人消えてしまった村重。ドラマでは、わが身が可愛くて仕方がなかった人でしたね。 妻のだしは村重が逃げたと知ったときは悲しみと怒りで荒れ狂いましたが、最期、処刑される直前に夫として連れ添った村重との良い思い出を胸に命を終えました。でも村重に特別な情をもたない身内や家臣とその家族たちは、身勝手な主君を恨み、こんな形で死ぬことになる己の運命を情けなく思い、やるせなかったと想像しました。 そんなクズ男の話の後で、身も心も壊れそうな劣悪な土牢に閉じ込められた官兵衛(倉悠貴さん)がなんとか命を保てたのは、死が頭をよぎるたびに脳裏に竹中半兵衛が出てきて、幾度も半兵衛が自分を生へ引き止めてくれて意識が保てた、松寿丸の無事を聞いて生きる力がわいた、という流れはいいものだったと思います。 さて、まもなく本能寺の変ですね。この後で秀吉(池松壮亮さん)が一気に台頭してくるので、兄・秀吉をサポートする今作の主役である小一郎(仲野太賀さん)がどのような動きをするのか、楽しみであります。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正6年(1578)10月、摂津の有岡城(兵庫県伊丹市)城主荒木村重(トータス松本さん)が突然、織田方に反旗を翻して毛利方につく謀反を起こしました。旧知の間柄の小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)が村重を説得に向かうも、そのまま有岡城に幽閉されてしまいました。 官兵衛が幽閉されて1年の月日が流れた天正7年(1579)秋、若き城主・別所長治(下川恭平さん)の三木城(兵庫県三木市)を兵糧攻めにしてで取り囲んでいた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は、城の向かいの山に敷いた陣から連日、銅鑼や太鼓の鳴り物を盛大に鳴らし、空砲を放って威勢よく鬨の声をあげて、空腹にあえぐ別所方の士気を削いでいました。別所の兵の中には籠城に耐えきれずに乱心する者も出てきて、長治の叔父の別所賀相(田中美央さん)は毛利の援軍が来るまで待てと兵たちを鼓舞するのに必死でした。 そのころ羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は有岡城に籠城した荒木村重との戦いの中にありました。いっこうに有岡城が落とせないことに苛立つ総大将の織田信忠(小関裕太さん)に小一郎は、有岡城の兵の士気の高さから、どこからか兵糧が運び込まれているのでは?と進言。小一郎の読みどおり、織田方の中に有岡城に密かに兵糧を運び込む兵がいて、小一郎はその者たちを説得してやめさせ、織田方の兵の団結をさらに強固なものにしました。 もう食糧は届かないと知った村重は、なんとかしようと土牢に閉じ込めてある官兵衛のところに行きました。有岡城から脱出する策を考えよと村重は頭を下げますが、狭い土牢に1年以上閉じ込められている官兵衛は体も精神も病んでいて、そんな官兵衛の姿が恐ろしくなった村重は慌てて逃げ出していきました。 食糧の補給が途絶えた有岡城では、村重の妻・だし(山谷花純さん)が家臣たちのことを案じて、もう信長に頭を下げるしかないと夫の村重に進言していました。数日後、村重からの打診を受けて小一郎は使者として有岡城に入り、話し合いの席にはだしも同席していました。村重は神妙な顔をしてこれまでの謀反を詫び、官兵衛は自分が無事に生き延びられたら解き放つと小一郎に約束しました。 小一郎が帰るときにだしが呼び止めました。実は小一郎は村重を説得するために先にだしを調略してあって、だしも皆を救うためにはこれしかないと考えてのことでした。最後にだしは、夫・村重を必ず助けてほしいと懇願、小一郎はそんなだしに「松寿丸は生きていると官兵衛に伝えてほしい。」と頼み、有岡城を後にしました。しかしその村重はだしを置いて密かに有岡城を脱出してしまい、それを知っただしは半狂乱に。自分だけが助かる道を選んだ村重を深く恨みました。 城主・村重が逃げた有岡城では兵たちの士気はすっかり衰え、いとも簡単に落城しました。織田信長は見せしめとして残された村重の家臣たちを全員処刑、村重の一族に至っては京の六条河原で斬首となりました。検分に立ち会った小一郎と最期の視線を交わしただしは、空を舞うつがいの鳥たちにやはり憎みきれなかった村重への思いを寄せ、刑に処されました。 だしを始め荒木の多くの家臣や家族の命を救ってやれなかったことに小一郎が胸を痛めているとき、信忠に呼ばれたと言って兄・秀吉が陣にやって来ました。小一郎は兄に、だしを調略したときに万一、村重が逃亡したらと考えたこともあったが、それを自分の中で無理やり否定していた、こんな結末にはしたくなかったと涙ながらに語りました。そんな小一郎に秀吉は「傲慢じゃ。何もかも思ったとおりにはならぬ。お前がやらねば追い詰められた荒木勢との激しい戦になって、より多くの血が流れた。助けられなかった命と同じく救えた命があることを忘れてはならぬ。自分を責めるな。」と言葉をかけて慰めました。その後で、秀吉が実は信忠に呼ばれたのではなく、傷ついているであろう弟のために自分から出向いてきたことがわかり、小一郎は兄の優しさをありがたく感じていました。 秀吉と小一郎と家臣たちは信忠の前に並び、有岡城攻略への力添えの礼と、これで別所を降伏させられると報告しました。信忠は、三木城では一人残らず討ち取れ、有岡城のような城主を取り逃がすような失態は許さぬ、父上(信長)ならそう申すはずじゃ、と命じました。また多くの血を流すのか・・と秀吉と小一郎が思ったとき、後ろから声がして、杖をついた官兵衛が入ってきました。官兵衛は「恐れながら!」と信忠に進言します。 「三木城を力で落としてはならない。私は播磨に生まれ育ち別所がいかに播磨の国衆から慕われているかを知っている。播磨の国衆は常に別所と共にある。総攻めすれば別所の城も領土もたやすく手に入るが播磨の民の心は手に入らない。逆に血を流さずに三木城の者たちを助けてやれば、他の国衆たちも心を開いて織田家に忠誠を誓うだろう。それこそが真の播磨平定。」 官兵衛は信忠を見据え力強く進言しました。それでも信忠は父・信長の御気色を恐れて力攻めがよいと考えているので、官兵衛は信忠自身の考えを求め、そして地面に伏して「何とぞ寛大なお下知を!」と訴えました。同じ気持ちの秀吉も小一郎も他の家臣たちも官兵衛に倣い、信忠に対して一斉に土下座をしました。その姿を見た信忠は、もとより播磨攻めの総大将は秀吉だ、好きにいたせ、と静かに命じました。 皆が去った後、官兵衛は劣悪な土牢にいつ終わるともわからないまま幽閉されていた、あのときの思いを語りました。「死ぬことばかり考えていた。でもその度に竹中半兵衛が脳裏に浮かび、我等の味方になってほしいと引き止める。松寿丸が生きていることを聞かされて、まだ死ぬわけにはいかない、半兵衛に借りを返すと決めた。」そう言って官兵衛は秀吉と小一郎にひざまずき「これよりは黒田官兵衛に生まれ変わりお仕えしたい。半兵衛に代わって必ずやお二人をお守りいたす!どうか今一度、私を仲間にしてほしい!」と強く訴えました。秀吉と小一郎は官兵衛に近づき、官兵衛は官兵衛、お主はとっくの昔から仲間だと、心から官兵衛を受け入れました。 兵糧攻めにあって戦う力もない三木城に秀吉たちが乗り込み、別所賀相と話し合いをしました。秀吉は、今となっては籠城を主導してきた賀相らは助けることはできないが他の者たちは助けると約束する、だから降伏するよう伝えました。賀相がそれを断るともう一人の一門衆で織田方についていた別所重棟(忍成修吾さん)が諫めましたが、賀相はまだ戦う力のある者はいるという考えでした。そのとき城兵たちが刀を抜いて秀吉たちを囲みました。 しかしこの者たちは官兵衛がすでに調略してあり、その刃は賀相に向けられていました。そして小一郎が奥の間にいた城主の長治をつれてきたので、秀吉が挨拶と共に降伏勧告をしました。なおも徹底抗戦を主張する賀相に対し、長治は叔父でもある賀相の胸ぐらをつかみ、最後ぐらいは自分が決めると言って降伏を受け入れました。長治はもう一人の叔父の重棟に声をかけ、重棟は久しぶりに顔を見た長治が立派に成長したのを見て嬉しく思いました。天正8年(1580)1月、別所長治は切腹、それと引き換えに家臣たちを助けました。 三木城の仕置きが終わり、秀吉たちはようやく居城の長浜城(滋賀県長浜市)に帰ってこれました。秀吉は寧々(浜辺美波さん)と、小一郎は慶(吉岡里帆さん)とそれぞれの妻のもとに帰ってきて、とりわけ子が生まれたばかりの小一郎は早く子らに会いたくてたまりませんでした。しかし誰よりも互いの再会を喜んだのは、1年以上も地獄のような幽閉を味わった官兵衛と、人質としてその身が危ういところだった嫡男の松寿丸(森優理斗くん)でした。「これからは、ずっと一緒じゃ。」官兵衛は松寿丸を抱きしめ、秀吉らに一礼しました。親子の無事な再会を共に喜んだ秀吉は、新たな軍師となった官兵衛のためにその夜、宴を開きました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 24, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回はドラマ全体の中で私は、戦国の大河ドラマというよりはホームドラマ的な要素を強く感じて、若干物足りないと思いつつ、展開を見ていました。まあネットニュースで見る感想では、感動したという記事が多いようなので、世間的にはそうなのかなと思っています。 とはいえこのドラマ、時には考えさせられる場面もあります。例えば、毛利方に寝返った荒木村重(トータス松本さん)が説得にきた官兵衛(倉悠貴さん)と対峙した場面。村重が「お主はいつ寝返るんだ?顔を見たらわかる。わしはそうやって生き延びてきたから。」と迫りました。 自分はこう考えて、こうやって生きてきたから、相手も同じように考えて行動するだろう。このように思うのは、現代の我々でもよくあることです。人の思いは千差万別なのに、自分の考えることが絶対である人にはわからないのですよね。逆に小一郎(仲野太賀さん)と竹中半兵衛(菅田将暉さん)みたいに、互いに裏の裏を読みあうあれは、考えている間に熱が出そうですが。 ところで、半兵衛が長浜城に乗り込んで松寿丸を探し出すときに、妨害工作としてあちこちにしかけられていた罠というか障害物。あれを見たときに私は、2016年の大河ドラマ『真田丸』の第13回「決戦」にあった、第一次上田合戦のシーンを思い出してしまいました。あのときはドラマのセットであるがゆえに、上田城に仕掛けられた数々の罠がコンパクトに収まってしまい、上から見た状態が「風雲!上田城」などとも言われていました。あれももう10年前なのですね。でもこうして思い出したついでに、また『真田丸』も見たくなってきました。今、NHK-BSで月曜日に『八重の桜』を再放送しているので、次は『真田丸』をやってくれないかな。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正6年(1578)10月、毛利家外交僧・安国寺恵瓊(立川談春さん)によって摂津の有岡城(兵庫県伊丹市)城主・荒木村重は毛利方に寝返りました。毛利輝元(濱正悟さん)は軍議を開き、これから織田信長とどう対峙するのかを考えていました。備前岡山城主の宇喜多直家(緋田康人さん)は、自分が全軍を率いて織田を打ち破ると息巻いています。輝元は、この戦は播磨の国衆たちを救うものだがそこに大儀はあるのかと直家に問い、直家は織田は必ずこの毛利の所領に攻め入ってくる、と主張しました。輝元は、信長は力に任せて真の信を得ていない、だから多くの家臣に裏切られ愚の骨頂だ、という考えでした。 その荒木村重(トータス松本さん)のもとにはまず明智光秀(要 潤さん)が向かい、上様(信長)は今、弁明に参上すればなかったことにするとのことだ、と説得をしました。しかし村重は、信長が自分に寄せる信頼など薄氷のようなもの、だから冷たい水に落ちる前に差し伸べられた命綱をつかんだと説得には応じず、最後に光秀にも気をつけるよう言いました。 一方、書写山の円教寺(兵庫県姫路市)に陣を構えていた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は軍議を開き、謀反を起こした村重への対策を協議していました。小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)が村重とは旧知の間柄だから自分が説き伏せてくると名乗りをあげました。しかし軍師の竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)は、村重をこのまま討ち取って見せしめにするべき、今思いとどまらせたところで村重という男ははまた裏切る、と意見しました。このままこうしていても埒が明かぬと官兵衛が村重のところに向かおうとすると、半兵衛が「行ってはならん!」と大声で怒鳴って官兵衛を止めました。半兵衛は真剣に官兵衛のことを案じていたのですがその直後、官兵衛が倒れこんでしまい、皆が半兵衛への対応にバタバタしている間に官兵衛は勝手に陣を出てしまいました。 官兵衛は有岡城に到着して村重と話をしました。上様に話せば許してもらえると官兵衛が言っても村重はとてもそのようには思えず罠にはまるだけだと言い、さらに官兵衛にわしは折を見ながら手のひらを反して生きてきた、お主はいつ織田に手のひらを反すのだ?と迫りました。話にならないと悟った官兵衛が出ていこうとすると高山右近(市川知宏さん)が立ちふさがり、官兵衛は刀を構えた家臣たちにとり囲まれました。村重は、いざという時に人質として役に立つかもしれないから官兵衛を生かしておくよう、さらに官兵衛が我らに寝返ったと噂を広めるよう右近に命じました。 官兵衛が村重に寝返ったという噂は本当なのか?と秀吉たちが悩んでいたら、弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)が信長からの書状を持ってきました。書状には「人質としている官兵衛の息子・松寿丸を始末せよ。」とあり、秀吉はさらに悩みました。そのころ松寿丸(森優理斗くん)は秀吉の居城である長浜城(滋賀県長浜市)に預けられていて、秀吉の正妻の寧々(浜辺美波さん)が面倒をみていました。 秀吉も小一郎も、我が子を人質として出している官兵衛だからこうもたやすく裏切れるはずがない、と考えていました。そこへ病床から半兵衛が起きてきて、上様への対応は自分が引き受ける、自分にはさほど時間が残されていない、松寿丸は自分が助ける、と言いました。その策は、松寿丸と年恰好の近い病で亡くなった子を探し出し、その子の首を松寿丸として上様に差し出す、万一嘘がばれたら自分がすべてその責めを負う、というものでした。半兵衛に少しでも生きていてほしい小一郎は、今無理をしたら体に障ると引き止めましたが、秀吉は半兵衛に「頼む」と言い、半兵衛は長浜に向かいました。しかしその後で小一郎は、半兵衛は松寿丸を殺すつもりかもしれない、と思えるようになりました。兄の秀吉にそのことを訴えると、秀吉は実は半兵衛の意図を見抜いていて、その上で半兵衛を長浜に行かせたのでした。 そんなころ臨月を迎えた小一郎の妻の慶(吉岡里帆さん)のところには父の安藤守就(田中哲司さん)が来ていて、長らく会えなかった孫の与一郎(高木波瑠くん)の成長に目を細め、じじ様と呼ばれることに照れくささを感じていました。 そんなとき半兵衛が長浜に到着し、寧々が対応していました。寧々は、松寿丸は今それぞれの者に別れの挨拶をしているから待ってほしいとか、半兵衛に松寿丸を連れていく理由を訊ねたりして、まるで時間を引き延ばしているかのようでした。そこへ秀吉の姉・とも(宮澤エマさん)と妹・あさひ(倉沢杏菜さん)が「松寿丸がいなくなった!」と飛び込んできて、女たちの様子がなにかおかしいと感じた半兵衛は、小一郎が手を回しているのでは?と思いました。しかしそこは軍師の半兵衛です。自分の家来たちに数日前から長浜城の様子を見張らせていて、松寿丸はまだ城の中にいると判断しました。 寧々は松寿丸を絶対に渡さないと確固たる意志を見せますが、この城の造りがすべて頭に入っている半兵衛には通用せず、松寿丸は母のなか(坂井真紀さん)のところにいると推測してそちらに向かいました。その部屋にたどり着くまでにさまざまな妨害工作はしてあったけど、だんだん近づいてくる物音に松寿丸はおびえていました。すると反対側の扉が開いて小一郎が。最悪の事態を食い止めるため書写山から駆けつけたのでした。 城の中をどんどんと進んでいく半兵衛を寧々ら女たちが立ちふさがって止め、慶が「官兵衛が裏切った証はまだないのに、このようなまねは・・」と尋ねました。半兵衛は「時をかければ次々と同じように寝返る者たちが現れ織田は敗れる。寝返ればどうなるか、すぐにでも見せしめにしなければならないと上様は考えている。」と説明しました。 そんな状況の中、先ほど長浜に着いた小一郎が来ました。半兵衛は小一郎が後から来ることも想定内で、秀吉がどんな命令を出したのかを確認しました。小一郎は「兄の秀吉が口にできぬ思いをくみ取るのが弟であるわしの役目だ。共に同じ業を背負うと約束したから。」と言い、そして声を大にして「それはそなたとも同じだ!そなただけに責めを負わせることはしない。だから松寿丸を助けてほしい。」と半兵衛に求めました。 そのとき半兵衛の背後で母・なかが少年を連れて逃げ出そうとし、半兵衛はあれは替え玉だと考え、城の中を再び探しました。半兵衛が奥の奥にいた少年を見つけるとそれは小一郎と慶の子の与一郎で、自分の考えの裏の裏を読んだ小一郎に半兵衛は思わず苦笑いしました。しかし半兵衛の家臣たちが本物の松寿丸を探し出して連れてきてしまい万事休すーーと思ったら、慶が急に産気づいて倒れてしまいました。出産が始まるので、姉のともが男ども全員にすぐにこの部屋を片付けるよう、そしてこの部屋から出ていくよう命じました。 どれだけ時がたったのか、慶の夫である小一郎と父である安藤守就はただ赤子が無事に生まれるのを待っていました。そして元気な産声が響き、ともが部屋の中に入れてくれました。赤子は母のなかが抱いていて、小一郎は嬉しさや戸惑いや妻と赤子への愛おしさなどいろんな感情がわいてきて言葉が出ないまま、そっと慶の傍にいって慶の体を起こしました。「ありがとう。よう頑張った。」ーー万感の思いを込めてそう言って慶の体をいたわる小一郎。「これほど幸せな痛みはござりませぬ。私のほうこそ礼を。」ーーそう微笑んで小一郎を見つめる慶。母に促され赤子を抱いた小一郎は、これからは自分がこの子を守ってやるのだ、と心に誓いました。 そして小一郎は廊下で待つ半兵衛を呼び、赤子を抱いてやって欲しいと頼み、半兵衛は恐る恐る腕に抱えました。赤子を見つめる半兵衛は言葉もなく、静かに涙していました。それは書物を好み膨大な数の文字にふれて思考してきた軍略の天才・半兵衛にとって、経験したことのない感動でした。涙が止まらず自分の感情の整理がつかないままの半兵衛だけど、一つだけわかりました。「無垢な赤子を抱いた手で、子を殺めることなどできない」と。 半兵衛は小一郎に負けを宣言し、松寿丸は自分の城の菩提山城(岐阜県垂井町)にて密かに匿い、信長には替え玉の首を用意する、そして自分が亡き後のことは頼むと小一郎に言いました。心の底では自分も松寿丸を殺めたくなかった半兵衛だったのでやっとスッキリした気持ちになり、小一郎と心から笑い合えるようになりました。 後日、半兵衛は松寿丸の首だと言って偽の首を織田信長(小栗旬さん)に差し出し、首桶を見た信長も納得しました。信長は首を丁重に葬り供養するよう命じ、損な役目をよう引き受けてくれたと半兵衛に言葉をかけました。半兵衛は信長に、むしろ得をした心持ちだ、これまで戦った中で最も手ごわき相手であり最も面白き戦だった、と謎めいた返しをしました。そして半兵衛が「これでお別れでござりまする。天下一統のお役に立てず、申し訳ございませんでした。」と信長に挨拶すると、その意を理解したのか信長はかがんで半兵衛と目線を合わせ「大儀であった。」と静かに言葉を贈りました。 天正7年(1579)春、半兵衛は病で床に臥しながらも三木城(兵庫県三木市)を攻める秀吉の陣にいて、戦況を気にして力のない声で軍略を語り、戦場に出たいと言いだしました。もうこの世との別れが近いのだと感じた秀吉たちは、半兵衛の願いを叶えてやろうと即席の椅子で半兵衛を担いで、戦場が見える高台に連れていきました。 そのときは味方が押されていたけど、半兵衛が「風が変わる」とつぶやいたとき、宇喜多直家が織田方に寝返ったという報が入り、半兵衛はかすかにニヤリと笑いました。直家は自分の読みをはるかに上回る銭を差し出してきた織田に乗るのが面白そうだ、当主の輝元自身も裏切られる者が愚かだと言っていると、寝返りに後ろめたさはありませんでした。戦況は一気にひっくり返り、毛利軍が引いていきます。勝利を確信して喜び合う秀吉や小一郎たち。そんな彼らを見届けた半兵衛は、本当は自分もあの歓喜の輪の中にこれからもずっと一緒にいたかったのです。でも体中から力が抜けていき、桜吹雪の舞う中、一人静かに旅立っていきました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 17, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)が上月城を見捨てざるを得なかったショックから一時的な記憶喪失になり、秀吉を取り巻く皆があの手この手で秀吉を元に戻そうとする流れの中で、秀吉自身と皆の気持ちが交錯した感じでした。 でもやはり、秀吉の記憶がよみがえる強烈な鍵となったのは、弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)と母のなか(坂井真紀さん)という家族の絆でした。記憶を戻したくない秀吉が思い出してまた前に進もうと決意できたのは、いつも苦労を分かち合い、それを乗り越えた後で一緒に笑い合った弟の小一郎がいたからでした。そして兄をなんとかしなきゃ!とあせって気持ちが煮詰まる小一郎をあおるのではなく、最悪の場合は秀吉はまた百姓に戻ればええ、と気持ちにゆとりを持たせて考える幅を広げてくれた母・なかの存在は大きいと思います。 ただそんな家族愛の話を挟みつつ、史実的に先のことがつい気になってしまうキーワードがあれこれ出てきました。前回は小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)の嫡男・松寿丸の名が出てきて、今回は荒木村重(トータス松本さん)のセリフで「生き残るにはそれしかなかった」という言葉と、ラストで村重が謀反を起こしたという展開です。 今回の冒頭の上月城に対する秀吉の残酷な仕置きのことは、うまく話を作ったなあという感じでした。でも次回、村重の妻・だし(山谷花純さん)を始め有岡城の家臣やその妻子の身に起こることをどう描くのか。予告では竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)との別ればかりが出ていましたが、村重の謀反によって起こることのほうが私はつい気になってしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正5年(1577)、播磨に出陣した羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は播磨の国衆を次々と従わせ、12月には毛利領との境にあり毛利方の要衝である上月城(兵庫県佐用郡)を攻略。弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)も竹田城(兵庫県朝来市)を攻略して城代となっていました。しかし上月城落城後の秀吉の仕置きがあまりにもむごいという話を前野長康(渋谷謙人さん)から聞いた小一郎はすぐに兄・秀吉のもとに行き、事の真偽を確かめました。 秀吉に同行していた荒木村重(トータス松本さん)の話によれば、秀吉は上月城に対して降伏勧告を出していたが、城内の者は誰も応じず、秀吉たちが城に踏み込んだときには男だけでなく女も子供も、全員が自害していたということでした。皆すでに息絶えていて、秀吉は亡骸を丁重に葬るよう命じたけど、軍師の竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)が進言しました。「この者たちは我らが殺したことにしよう。兵どもの首は落とし、女子のむくろは納屋に押し込んで火をつける。子は串刺しにして毛利方との国境にさらす。せっかくの屍の山、我らに逆らったら皆こうなると見せしめにするのです。」 自分には考えの及ばないことでしたが、秀吉も納得して官兵衛の意見を取り入れました。秀吉は自分が鬼のふりをして少しでも西国攻めを早く終わらせることができるならそれでよいと考え、官兵衛はこれで戦わずして我らに寝返る敵も増える、と読んでいました。小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)は、苛烈な仕置きは逆に恨みを募らせ敵をまとまらせてしまうと考えましたが、半兵衛はいっそ敵が一つにまとまれば狙いも定めやすくなり策も練りやすくなると意見しました。 官兵衛は、毛利が全軍をあげて織田に攻めかかってきたら織田の軍勢とてやすやすと太刀打ちできないから侮ってはいけない!と強く主張しましたそんな官兵衛に半兵衛は尋ねました。戦巧者でそこまで毛利のことをわかってる官兵衛が、なぜ織田についたのかと。官兵衛は言葉を選んで、今の織田には勢いがありこれからの世をつくるのは織田だと見極めたと言いましたが、半兵衛はそれを「実に曖昧で、それこそが今の播磨の国衆の状態。半信半疑のまま皆どちらかにつかねばと織田を選んだ者がほとんど。その者たちの気が変わらぬうちに一刻も早く毛利を倒さねばならない。やっかいなのは明らかな敵ではなく、腹の底が見えない国衆だ。」と現状を分析していました。 果たして、半兵衛の悪い予見は現実のものとなりました。東播磨にある三木城(兵庫県三木市)城主の別所長治(下川恭平さん)が織田に反旗を翻し、家老の別所賀相(田中美央さん)が加古川城を攻めるため出陣しました。秀吉も直ちに三木城に出陣すると決めたのですが、そこへさらに毛利と宇喜多の軍勢が上月城に向かったとの報せが入りました。上月城は尼子勝久(渡邊蒼さん)に託してあり、勝久は秀吉の援軍が来るまでの辛抱だと兵たちを鼓舞していました。秀吉は上月城にへ、小一郎は三木城に向かうことを決めたものの、羽柴勢だけでは手に負えないと判断し、主君・織田信長にも援軍要請をしました。 秀吉は上月城を助けるために高倉山に陣を敷いたけど、三木城の攻略を優先する信長は上月城には援軍を送らぬとのこと。半兵衛も信長と同じ考えで、三木城が手薄になれば別所に横腹を突かれる、上月城は見捨てざるを得ないということでした。秀吉は毛利に国を滅ぼされた尼子勢が自分を頼ってきたときのことを思い出していました。食うや食わずで逃げ回っていた勝久と家臣たちは秀吉が用意した粥を口にしたとたん涙が出るほど有難くて嬉しくて、生き延びた実感がわいた勝久たちは今の喜びを歌にして秀吉に返しました。尼子家再興を誓った勝久と共に毛利を討とうと約束した秀吉は、どうしたらいいのかと涙しました。 半兵衛は官兵衛と囲碁で対戦しながら、今は織田方についているけどまだどこか定まらないの官兵衛の胸の内を考えていました。半兵衛はもし自分が官兵衛なら、織田でも毛利でもなく自分がのし上がる策をとると言い、官兵衛も心の底でかすかに残っている本心を突かれたのか、しばし言葉を失いました。でもちょうどそのとき大粒の雨が降り出し、官兵衛は雨に紛れて囲碁の勝負をうやむやにしてしまいました。「時をかければ思わぬことが起きて勝ち負けを覆すこともできる。時さえあれば…。わしはそなたが妬ましい。」半兵衛は力なくそう言うと、その場に倒れこんでしまいました。 上月城の勝久たちに思いをはせ雨に怒りをぶつける秀吉。そんな秀吉のもとに半兵衛が倒れたと報せが入り、蜂須賀正勝(高橋努さん)はもう撤退の潮時だと進言しました。秀吉は上月城に向かって深く一礼し、引き上げを命じました。上月城では最後の粥を皆ですすった後、城主・尼子勝久は切腹、家老の山中幸盛(廣瀬友祐さん)は安芸国へ護送中に敵の手にかかり討ち取られました。 上月城から退却した秀吉の軍は毛利と宇喜多の侵攻を食い止めるため、書写山の円教寺(兵庫県姫路市)に陣を構えました。勝久たちを救えなかったことが悔やまれて仕方がない秀吉は毎夜うなされ、ある夜足を滑らせて庭に落ちたときに頭を強く打ってそれまでの記憶をすっかりなくしてしまいました。弟の小一郎が三木城から駆けつけてきても、御仏の前でただ祈る秀吉は小一郎のこともわからないほど記憶をなくしていました。 元は僧侶だった宮部継潤(ドンペイさん)は、この世には人の理では解けぬこともあると言い「ここの柱に己の名を刻んで願掛けすればどんな願いも叶う。ただしそれと引き換えに書いた者の身には大きな災いが降りかかる。」と住職から聞いた柱にまつわる話をしました。官兵衛はそんなのは世迷言だと受け入れませんが、宮部はこの世には不思議な因縁もある、と考えていました。 それからは小一郎、蜂須賀、宮部らそれぞれが秀吉の記憶を取り戻そうと必死に過去の出来事を語りました。しかし秀吉の記憶はいっこうに戻らず、官兵衛はこのことを上様(信長)に報せ、小一郎が秀吉の代わりを務めるのがよいと強く小一郎に進言しました。しかし自分は兄ほどの器量はないと自覚する小一郎は官兵衛に、今の話は聞かなかったことにするとくぎを刺しました。 そのころ完成を目前に控えた安土城では城主・織田信長(小栗旬さん)が荒木村重を呼び出していました。完成したらさぞや素晴らしい城にと安土城を称える村重に信長は、「安土城ができあがった姿をお前にも見せたかった。残念じゃ。」と村重は完成を見ることがないと示唆しました。信長は刀を手に取り、村重の家臣が毛利と内通していると聞いたと言って近寄り、ことの真相を訊ねました。信長に疑われたら命はないので村重は必死に弁明しました。しかしそんな弁明が信長に通用するはずもなく、信長は村重が手土産で持参した饅頭が毒入りかもと、饅頭をすべて食べるよう命じたところ、村重はすべての饅頭を口に押し込みました。信長はようやく村重を許して帰しました。 村重が有岡城(兵庫県伊丹市)に戻ると、内通の件で調べていた中川清秀(すがおゆうじさん)と高山右近(市川知宏さん)が毛利輝元の使いだと言う外交僧の安国寺恵瓊(立川談春さん)を連れてきました。恵瓊が話を始めると村重は話を聞くことを拒否、そして村重はそのとき清秀と右近が毛利と通じていたようだと感づきました。ただ恵瓊は去り際に「織田信長という男は一度疑いをかけた者をやすやすと許すようなお方であろうか。誤解されればよいが。」と村重に暗示をかけていきました。 秀吉の記憶はなかなか戻らず、弟の小一郎に対してもいまだに他人と同じ接し方でした。そこで小一郎は母のなか(坂井真紀さん)を長浜から呼び寄せ、母の手料理で兄の記憶が戻ることを期待しました。なかは秀吉を幼名の藤吉郎と呼び、藤吉郎のために焼きみそと粥をこしらえました。しかし粥の椀を手に取ったとき秀吉は突如、上月城で自分が尼子の兵たちに粥をふるまったときのことを思い出し、彼らを助けてやれなかった負い目も思い出して「わしは何も思い出したくない!」と言って椀を放り投げて退席してしまいました。 母・なかは息子の秀吉の取り乱しようを見て、もうこのまま思い出さなくてもいいとさえ思いました。小一郎がそれでは家来たちが困るからそういうわけにはいかんと言うとなかは、お家のことは誰かにお任せして秀吉はまた百姓に戻ればいい、とまで言いました。 もう他に方法はないと考えた小一郎は、自分への災いを覚悟の上で本堂の柱に己の名を刻み始め「どうか兄者を元に戻してくだされ。」と願掛けを始めました。その姿を見た秀吉は「小一郎殿、そなたに災いが降りかかる。」と言って小一郎を柱から引き離しました。小一郎は「兄者にとっては忘れたままのほうがいいだろうけど、わしはそんなのは許さぬ。兄者が誘ったから今のわしはここにおるんじゃ!」と真剣に訴えました。 秀吉の心の中に二人で一緒にやってきた時間が流れました。そして小一郎が再び柱に名を刻み始めたとき、秀吉はたまらず「やめんか、小一郎!」と呼んで小一郎を引き離しました。そのとき小一郎は、兄は記憶を取り戻したのだとわかりました。そして秀吉は、実は母の顔を見たときから思い出していたと打ち明け、母・なかもそうだと思っていたと言いました。秀吉は、こんな情けない自分に戻りたくなかったから記憶がなくなったフリをした、でも自分にも忘れたくない思い出がたくさんある、小一郎のおかげで思い出した、と語りました。なかは、侍として大出世した息子だけど、言葉にしないだけで本当はたくさん傷ついていたことに思いをはせました。 小一郎は秀吉に「よかった」と安堵しながらも、兄の忘れたフリで振り回されたことに腹が立ち、思わず怒鳴りました。でもやはり兄にはこれからも苦しいことが山ほどあるだろうと思い、その災いを自分が半分引き受ける覚悟で柱に刻んだ名を残しておくことにしました。皆は、これでいつもの秀吉に戻った、いつもの兄弟に戻ったと安堵して喜び、息子たちの姿に母は静かに涙を流しました。 気持ちを立て直した秀吉は士気高く、三木城を落とすための軍議を開きました。ところがそのとき急使が来て、有岡城主・荒木村重が謀反を起こしたとの報を持ってきました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 10, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回では竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)に加え、これから羽柴筑前守秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)の強力な軍師となる小寺官兵衛尉孝高(後の黒田官兵衛;倉悠貴さん)との出会いがありました。 半兵衛と官兵衛、二人の知恵者の静かな戦いでした。先回りする知恵と行動で秀吉への忠誠をアピールする官兵衛。官兵衛の力量を認めながらも、自分とは正反対で快活で堂々とした官兵衛がちょっと面白くない半兵衛。そして同じくらい知恵が回る秀吉は二人のやり取りを興味深く眺め、両者がそれぞれに気分よく働けるよう言葉を添えていて、これがリーダーとなる人の姿なのかな、とも思いました。 そして兄・秀吉より竹田城の攻略を任された羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は、相変わらずというか、彼の基本は敵味方双方が無駄な血を流さないことでした。ただそのための方法がなかなか見つからなくて総大将としての命令が下せず、でもそれを同行した藤堂高虎(佳久創さん)や宮部継潤(ドンペイさん)や前野長康(渋谷謙人さん)がうまくフォローしていていました。そして戦いの後は敵兵にも情けをかけ、うまく事を成し遂げた最後は皆で笑い合っていました。こんな光景を見たら敵方の家臣たちも、これからは気持ちよくこちらに臣従しようと思えるでしょうね。 とはいえ、そういつも万事円満にはいかないのがこの時代です。ラストでは上月城で秀吉が敵方に対してこれまでにはなかったような苛烈な処断をしていて、小一郎は耳を疑いました。秀吉はなぜこんなことをしたのか。来週の展開に興味津々です。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正5年(1577)10月、羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は主君・織田信長(小栗旬さん)から毛利攻めの足掛かりとして播磨(現在の兵庫県南西部)への出陣を命じられました。しかし播磨は2年前から摂津(兵庫県伊丹市)有岡城主の荒木村重(トータス松本さん)がすでに調略を始めていて、地元の国衆を味方につけて毛利攻めの足場を固めていました。 出陣の話を聞いた福島正則(松崎優輝さん)と加藤清正(伊藤絃さん)は秀吉に同行を願い出ました。しかし今の播磨は赤松や別所らの大小さまざまな国衆が存在し、織田派と毛利派に分かれて対立していました。播磨に手を出すということはその先にいる毛利ともにらみ合うことで一筋縄ではいかない、と秀吉は二人を戒めました。 一方、弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)ですが、妻の慶(吉岡里帆さん)とようやく心が通い合うようになり、夜空を眺めながら出陣前の酒をたしなんでいました。慶は連れ子である与一郎を大事にしてくれる小一郎に礼を言い、小一郎もまた、先だっての起請文の件の礼を伝えました。憂いがなくなり、わだかまりが解けた後のおいしい酒に、慶と小一郎は互いに幸せを感じていました。 そのころ摂津の有岡城では、高槻城城主の高山右近(市川知宏さん)と茨木城城主の中川清秀(すがおゆうじさん)が城主の荒木村重を訪ね、播磨に秀吉が入ることに憤っていました。村重は、今は信長には逆らえないからと二人をなだめつつも、これまで播磨で築いてきた国衆とのつながりを活かして秀吉に貸しを作ってやろうと考えていました。 ほどなくして秀吉たちは播磨国の姫路城に入り、城代を務める小寺官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)が出迎えました。村重は官兵衛に、これからは自分に代わり播磨は秀吉が治めると紹介し、官兵衛は信長が最も信を寄せる家老の筆頭は秀吉であると噂を聞いている、と言いました。小一郎が噂の出所を官兵衛に訊ねると、官兵衛はそれは自分だ、噂となれば人を動かす力となる、実際その後で秀吉に従うと決めた国衆も多い、と答えました。 そして官兵衛は、これからも信長と秀吉の力となると宣言し、城代として座っていた座を秀吉に譲って勧めました。秀吉は遠慮しましたが官兵衛は、今よりこの城は秀吉に譲るときっぱりと言い、一同は驚きで顔を見合わせました。城代の官兵衛が勝手にそんなことをしていいのか?と小一郎が問うと官兵衛は、このことはすでに城主の小寺政職は承知している、政職は織田方につくよう自分が説き伏せた、政職だけでなく赤松や別所にも織田方につくよう説得したと、言いました。しかもその方法は、赤松と別所を互いに疑心暗鬼にさせて織田方につくよう仕向け、この両家が織田方についたことで周りの国衆たちも黙って従った、というものでした。 官兵衛の手際の良さと強引さに、それで大丈夫なのかと心配になった小一郎が訊ねると官兵衛は、今の播磨には真の国主はいない、少しくらい強引でも信長のような強い人にこの地を治めてほしい、と考えを伝えました。信長に心から仕える姿勢を見せる官兵衛に秀吉は大変満足していましたが、小一郎はこの話をどう思うかを竹中半兵衛尉重治(菅田将暉さん)に訊ねてみたところ、半兵衛は演技か本当か居眠りをしていました。 官兵衛は自分の策略を軽く扱われたと思ったのか半兵衛に対し、知略の師として名高いお方にはこれぐらいのことは当たり前で退屈かな?とやや挑発的に言いました。半兵衛は、全ての国衆に人質を出させてほしいと要求しました。たしかにそれなら上様(信長)へのなによりの臣従の証となると秀吉も賛同し、官兵衛にそれができるかを訊ねました。すると官兵衛は、まず初めに自分の嫡男の松寿丸を差し出すと言い、そうすれば皆も信じて従う、と答えました。半兵衛と官兵衛、これが二人の軍略家の出会いでした。 その数日後、織田への臣従を誓うために、秀吉のもとに播磨の国衆たちが出仕しました。ところが別所長治の名を呼んだところ、来たのは長治の叔父で一門衆の別所賀相(田中美央さん)でした。賀相は長治が不調だから代役で来たとのことでしたが、当の長治は東播磨にある三木城(兵庫県三木市)で元気に剣術の稽古をしていました。一門衆でもう一人の叔父の別所重棟(忍成修吾さん)は長治に、やはり秀吉に挨拶に行ったほうがいいと進言しました。長治自身は重棟の考えを尊重して織田につくと決めていました。だから今回は毛利寄りの賀相の顔を立てるために挨拶は行かなかった、という言い分でした。 一方、秀吉は播磨が統一されれば不要になるからと、三木城の12の支城を打ち壊すよう賀相に命じましたこれは三木城の守りの要なので賀相にはとうてい賛同できないもので、不快感が表情に出ていました。 播磨の平定が思いのほか順調に進み、秀吉はいささか拍子抜けしたようでしたが、小一郎はそんな兄を、荒木や官兵衛が労を重ねてくれたおかげだと戒めました。その官兵衛は謙遜しつつ、荒木では播磨を統一できなかった、秀吉を遣わした信長の采配は見事だ、と称えました。秀吉はこれで戻って上様から褒めてもらえるとご機嫌でしたが、半兵衛はそれは早計だと反論しました。半兵衛は、自分たちが気を緩めて退陣したら毛利はすぐにでも播磨に手を伸ばしてくると考え、官兵衛も同じ考えでした。半兵衛は、このままさらに西に進みまずは備前と播磨と美作の国境にある赤松政範が守る毛利方の上月城を落とすのが良いと進言し、秀吉も納得してすぐに出陣となりました。秀吉たちは上月城を目指して西播磨へ進軍を開始、その途中にある福原城に攻めかかっていました。軍議の場で半兵衛と官兵衛は意見が対立し、より味方の犠牲を出さないためにも、秀吉は今回は官兵衛の策を採用しました。しかし半兵衛は、自分の策の不備な点を官兵衛が指摘できるかどうかを試すために、わざと問題ありの策を出していました。秀吉もそれを見抜いていて、皆が出払って半兵衛と二人きりになったときに、少し不機嫌な半兵衛をなだめていました。ただ秀吉は、半兵衛がなにか生き急いでいるようにも感じたので、それを訊ねました。半兵衛は、自分は聖人君子にはなれない、戦が楽しくて仕方がないのだ、と笑っていました。 そのころ小一郎は、半兵衛がこの先の戦の財源として必要と考える生野銀山を手に入れるために、藤堂高虎(佳久創さん)と宮部継潤(ドンペイさん)と前野長康(渋谷謙人さん)と共に竹田城(兵庫県朝来市)に来て、城の向かいの山に陣を敷いていました。 互いに無駄な血を流さずになんとか城を明け渡すようもっていきたい小一郎ですが、やはり無理なことでした。悩む小一郎に、兄・秀吉と同じく面倒なことばかり言いだすと笑う高虎と宮部、そして前野は「総大将はお主だ。お主の思った通りにすればいい。我らはそれに従うのみ。」と小一郎を励ましました。 竹田城を向かいから眺めたとき小一郎は、あの城は水の手はどうしているのかと気になりました。井戸はすべて枯れているようだ、おそらく外から運びこんでいるのだろう、ならば城から出入りできぬようにすれば敵の水はすぐに底をつく、と宮部は進言しました。折を見て降伏を勧めれば互いに無駄な血を流さず、小一郎の狙い通りにいくだろうと考えました。小一郎はすぐに竹田城を強固に囲み、夜もかがり火を絶やさないよう命じました。 竹田城には水が手に入らなくなって7日もつかどうかになり、城主の太田垣輝延(中野英雄さん)は怒りと共に主君である自分を守るために半分の水を持ってくるよう、足りなければ上垣清重(松本実さん)ら側近たちも朝もやにまぎれて水に汲みに行くよう命じました。 しかし竹田城は連日、雲海に隠れることはありませんでした。朝もやは昼と夜の暑さの違いでできるーーもとは百姓で野良仕事をやってきた小一郎ならではの知恵でした。数日が過ぎていよいよ竹田城内に水がなくなり、頃合いを見計らった小一郎は城主の太田垣に降伏勧告をしました。しかし太田垣はそれに応じるはずもなく、援軍が来るまで徹底抗戦だと言い、水を持ってくるよう怒鳴っていました。 戦って双方の無駄な血を流したくなかった小一郎でしたが、降伏勧告は拒否され、しかも水枯れで城内の多数の兵たちは動けなくなっているので、もう総攻撃で片をつけるしかないのかと判断を迷っていました。するとそのときに別件を頼んでおいた高虎が「見つけた」と帰ってきたので、小一郎は決断しました。 かがり火をすべて消すよう命じると竹田城側もそれに気づき、夜が明けて朝もやがかかったときに上垣は兵たちを連れて水汲みに動きました。渇き地獄にあえいでいた兵たちは水場に着くやいなや、まず水を存分に飲みました。そして汲んだ水を城に持ち帰ると渇ききった城内の兵たちも水に飛びついてきたのですが、奥から太田垣が出てきて城主である自分より先に水を飲むなと命じました。兵が一歩下がり太田垣が水を飲もうとすると突然、太田垣の喉元に刀の切っ先がきて別の兵に羽交い絞めにされました。 刀を向けたのは水汲みの兵の恰好をした小一郎でした。小一郎は高虎に水汲み場を探すよう命じてあり、城内から兵たちが水を汲みにきたときに「お前たちを傷つけるつもりはない。」と織田方に降伏して協力するよう説得したのでした。それから城内に大量の水を運び入れ、すべての兵たちに水を飲ませてやりました。 やっと飲めた水を心からありがたく思い、まさに生き返った心地を喜ぶ兵たちを見て太田垣は、水を飲むな、こいつらを斬れ!、わしを助けよ!城主を守るのがお前らの役目だ!と大声で命じていました。しかし自分のことしか考えない城主に兵たちは誰も動かず、そして怒りが抑えきれなくなった小一郎は太田垣を素手で殴り「家臣の命をなんじゃと思っとるんじゃ!」と思わず怒鳴りました。ふだん温厚な小一郎の怒りに家臣の皆は驚き、でも殴って血が出てしまったことになにより小一郎自身が驚いていて、皆は笑いました。主と家臣が一緒に笑い合う、自分の周りにはなかった光景を太田垣は呆然と見ていました。「我らの負けでございます。」ーー上垣は太田垣に水を差し出して進言し、太田垣もようやく受け入れました。 こうして竹田城は無血開城となり、小一郎は竹田城の城代を任されることになりました。太田垣の身柄は山名が守る有子山城に送り届けた、竹田城の残った兵たちは羽柴に臣従したい旨を宮部から報告を受け、小一郎は一安心しました。地の利がある兵たちを味方につけ、この城の修繕は高虎が張りきって進めていて、あとは・・と考えていたら前野が生野銀山の件を報告にきました。しかし前野の表情は硬く、上月城のことで良くない話を耳にした、兄・秀吉は大勝利したが、城兵のみならず女・子供にいたるまで惨い仕打ちをしたらしい、とのことでした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
June 3, 2026
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