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そういえば、忘れないうちに書いておこうと思ったことがあった。先日のデートでW氏が私の写真を欲しいと言って、顔の写真だけでなく、胸だけのアップの写真と、なんと、陰部の写真まで撮ったのだ。まあ、顔が一緒に写っていなければいいかと思って、撮影するにまかせたのだが、「こんなもの撮ったって、触れないし、面白くないんじゃない?」と言っても、「会えないときは一人でこれを見て、カオルちゃんのことを思い出す」と言うのだ。この感覚がいまいち分からない。写真なんて、欲しいか???振り返れば、私自身は、中学生の頃までは好きな男の子の写真がすごく欲しくて、修学旅行などでカメラマンが撮ったたくさんの写真のなかで、自分が写っていなくても好きな男の子が写っている写真を注文したこともあった。だけど、それ以降、彼氏の写真を撮って眺めたり、ということはほとんどなかった。今の夫のことも、ほんとに大好きだったけれども、写真を撮って持ち歩くということはなく、それよりも直接会った方がよかった。でも、そういえば、付き合い始めた頃の夫も、私の陰部の写真を撮りたがっていた!!!こんなこと、今思い出した。記憶をたどれば、アメリカ人の元彼X氏も撮りたがっていたし、T氏にいたっては今でも写真を撮りたがっている。ただ、T氏に関しては、陰部というよりも、服を着たふつうの私の写真が欲しいらしい。いずれにしても、けっこう男の人たちは写真好きが多いのか…???こういうことやるから、浮気がばれるのだ。
2015.05.23
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ところで、2年前にある大学の教授に招かれて、その教授のゼミで講義をしたことがあった。その教授(これからは「K教授」と呼ぼう)は当時まだ48歳と若く、けっこうイケメン。私はそのとき初めてK教授に会ったが、講義の後の飲み会も楽しかったので、これから何か一緒に仕事ができるといいなと思いつつ、何もないまま2年が過ぎた。それが突然、昨日の朝、そのK教授の助手からメールが来て、今年度立ち上げた研究プロジェクトに参加してほしいという依頼があったのだった。完全にボランティアなので、趣味の世界なのだが、2つ返事でOKした。なぜかこういう話はいっぺんにはこない。いちどきにひとつずつ。昨年度にやっていた研究会はもう終わってしまったので、ちょっと寂しく思っていたところ、今回の話がきた。ありがたいことだ。
2015.05.22
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昨日の午後は有休をとり、都心のホテルでW氏との3回目の逢瀬だった。今回のホテルは比較的グレードの高いホテルだったのだが、部屋がワンランク上のダブルだった。しかも、なんと彼はシャンパンやチーズ、ビールなども全部買ってきてくれていて、何から何まで用意しておいてくれていた。部屋に入ってすぐに濃厚なキスをし、その後、シャワーも浴びずにそのままベッドでずーっと抱き合いながら、ときには少しはげしくなったり、ときには優しくなであったりあるいはお喋りばかりだったり、というような時間を4時間ぐらいも過ごした。W氏は、裸で抱き合いながらいちゃいちゃするのが好きなんだ、とちょっと恥ずかしそうに言っていたが、本当にそうなのだろう、いつまでも飽きずにキスしたり、ちょっと入れたり、そんなことをずっと繰り返していた。それなのに、そろそろおなかが空いたのか、「もうそろそろ(イキたい)」と言い、抑制するのを止めたとたん、本当にあっという間に彼は達した。その興奮の波が引いたかと思えば、急に日常に戻ったかのように、「じゃあ、お風呂をつくろうか」だの「ルームサービスをとろう、何にする?」だのてきぱき動き始めたのにはびっくりした。「余韻がないなあ」と私が笑うと「男はみんなこんなものだよ」と全然悪びれない。ルームサービスが来るまでの間にのんびりお風呂に入り、そして2時間ぐらい時間をかけながらたくさん頼んだ食事をたいらげた。楽しかったのだが、今回のデートでは気になることが2つあった。1つ目は、私の名前を2回も呼び間違えたのだ。しかも、私も知っている女性と。その女性のことは私はとてもよく知っており、W氏とその女性はとても仲が良いのも知っている。私の名前とその女性の名前は1字違いなので、言い間違えるというのもあるだろうが、2回も、しかもエッチの途中で間違えるというのは、いかがなものか。その女性は、どう考えてもW氏と浮気をするようなタイプではないので、まさかその女性と…などと彼女との関係を邪推することはないのだが、私に対する意識の浅さというか、私に対してそこまで思い入れはないんだな、と思った。2つ目に気になったことは、「そんなに好きじゃなくなったら、別れの区切りははっきりつける」とW氏が言っていたことだった。もうこれ以上会っていてもよくないな、と思うようになったら、自然消滅などではなく、「じゃあ、もうこれでおしまいにしよう」などとはっきり言う、ということだった。これまでに別れた女性たちとは、何人かは今でもさばさばした関係で友人としての付き合いがある、ということだったのだが、W氏にとっての私というのは、やっぱりエッチありきだよなーと再認識した。W氏と話していると、まだ彼は私に対して弱音を吐いたり、本音を話したりしていない、と感じる。映画の話や本の話、仕事の話などは随分するようになり、彼の価値観は分かるようになってきたものの、もっと心の奥にある、普通ならば他人に見せたくないような部分はまだ私には見せていない。見せるつもりもないかもしれない。昨日のデートでは、最初の4時間(つまり、彼がイクまでの間)は、性的な興奮によって私に対する執着が強まっていたためか、キスしている間も、ずっと私を見ていて、私がキスの合間に目を開けてみると、彼は必ず目を開けていたから「ずっと見てるの?」と笑ったら、「すごいかわいい、ほんとにかわいい」と何度も言っていたのだ。そういうのはとても嬉しいが、まるで、猫をかわいがるような可愛がり方のように思えてもしかしたら、私はわずか数カ月で飽きられるかな、と思ったのだった。とはいえ、話している合間に、「他の男とはエッチするなよ」と言ったりするあたりは、意外に独占欲もあるのかなーと思ったり、W氏が何を考えているのか、ほんとのところはよくわからなかった。今の私に、別に男がいるとは思いもよらないあたり、自分に自信がありそうだ。とにかく、3回目のデートはすごく密度が濃くて、こんなに長い時間エッチをしていたのは久しぶりで、今日の私はあちこち筋肉痛だわ、疲れが残って眠いわで、全然仕事にならなかった。決算が大変だというのに、疲れ過ぎて集中できず、今夜もこれからまだまだ残業。まいった。これからしばらくの間は、2週間に1度ぐらいの頻度で会うことになった。
2015.05.22
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最近、W氏からのメールは、わりとストレートに私を褒めたり好きだというようなことを言うものが多くなった。しかも、「カオルちゃんは目が深くて澄んでいる」とか、歯が浮くような褒め言葉も多くて、読んでいると恥ずかしくなってしまうものも多い。文章のやりとりばかりだと、だんだんこういうふうにエスカレートしていくのかな、と思っていたところ、昨夜、W氏からきたメールには、「これまで恋愛経験はあったけれども、こんなに恋文を臆面もなく 何通も送りつけたことはなかった。 何がいったい自分をこうさせるのだろうか?」と書いてあった。そんなこと言ったって、きっと毎回女性を好きになるたびに、こんなふうに言ってるんだろう、と眉唾で読んだけれども、この文章の書き方だと、私からの返事として、ロマンティックすぎるものよりもむしろひとつの分析結果のような客観的な考察を求めているように思えたので、恋文をめぐる経済学的な考察と、マーケティング的考察のふたつと、あとはちょっと甘い言葉を添えて回答した。すると、W氏はこの回答を気に入ったらしく、私と文通することで、厚い面の皮が少しずつはがれていくような感覚だ、と書いてきてくれた。会いたいときに会わず、それを我慢して文字だけでのやりとりをする、というのは意外にいいのかもしれない。それを書いた相手の感情を忖度し、自分がどう書いたら相手はどう思うのかをいろいろと想像し、ということをやっていると、まるで初恋のような気持ちになれるのだ。もしかしたら、直接会ってエッチするよりも、楽しいのかもしれないなあ…。
2015.05.17
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W氏と顔を合わせることなく、まるで昔の文通のようにメールのやりとりばかりでおよそ2週間が過ぎた。この間、私たちの話題は映画のこととか仕事のこととか、過去のこととか、家族のこととか、ほんとにいろいろなことを書きあった。そんなことをしているせいか、私はものすごく純情な恋愛をしている気分になっていた。それはW氏も同じだったのかもしれない。今日、久しぶりにW氏を受診した。飲んでいる薬がなくなったのだ。触診し、採血し、合間に手を握り合い、わずか15分ぐらいの診療で私は緊張していた。でも、ちょっと久しぶりに会ったW氏の笑顔は優しく、ああ、好きだなと思った。帰るとW氏からメールが来ていた。「少しでもお目にかかれてよかった。 でも、なんだか妙に気恥ずかしくて、カオルちゃんの顔を まともに見ることができなかった」この一言で、私はW氏に完全に落ちた…。
2015.05.11
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昨夜はT氏と会った。最近、T氏とのデートは2週間に1回ぐらいの頻度で落ち着いている。彼との関係はもう6年目に入ったので、あまり変わりようもなく安定している。突然「今日会える?」みたいに聞かれることもあるけれども、たいていは数日前に予定を決めて会う、という感じだ。そして会っていないときは、短いメッセージのやりとりだけなのだが、それは彼が認知症の父親の介護で家にいるときはほとんどメールなどできない状況だ、というのが主な理由ではある。そもそもT氏はあまりメールのやりとりなどは好きではない。そして私も、そういうのは楽でいいなと思っていたのだ。しかし、W氏と「付き合い」始めておよそ2か月。そして長いメールのやりとりを文通のように初めて1か月半、かなりお互いのことを知るようになった。彼はものすごく家族を大事にしている。これまでに様々な国を旅行しているが、タイ料理は嫌い。文芸の月刊誌を愛読している。SNSは嫌い。だけど、まだ2回しかデートしていないのだ。付き合い始めの一番盛り上がるべきときなのに。こんなペースで、続くんだろうか?会いたいと思える時期なんて、そう長く続くもんじゃない。せっかく会いたいと思えるのなら、その時期にその欲求を貪ったほうがいいんじゃないか、というのが私の持論なのだが、W氏はどうやらそうではないのかもしれない。T氏との付き合い始めのときなんて、彼は毎日会いに来た。そして一週間に3日もエッチをし、1回のエッチで彼は最低でも2回、最大で5回もイッた。そんな精力の強い彼でさえ、付き合いが長くなれば、2週間に1度、それも1度のエッチで1回しかいかないようになるのだから(時折2回することもあるが)、W氏なんて、このままだったらどうなっちゃうんだか。それに、彼は5年後には71歳だ。もうおじいちゃんじゃないか。X氏といい、W氏といい、どうして私は高齢者に分類されてしまうぐらいの年齢の人まで恋愛対象になっているのか、と時折考えるのだが、やっぱり私にとって、恋愛に年齢という枠は全くないようなのだ。若い人だって、全然かまわないのだが、若い人は考え方が浅くて、自意識が強すぎる人が多いので、付き合うのに疲れて、全然魅力的でないのだ。先日、仕事を通じて、20代半ばのものすごく美しい青年と知り合った。まるでヨーロッパのどこかの国の人とのハーフかと思うような風貌だった。その後、彼から連絡があり、私が手掛けた仕事について話を聞きたいので会ってほしい、ということだったので、10日後ぐらいにいっしょに食事をすることにした。彼なんて、ほんとにハンサムでスタイルもよく、官能小説だったら間違いなく、彼とのロマンスがエピソードになるだろう。W氏とではなく。それでも私は、その美しい青年よりも、老人性色素斑が浮き出て、髪の毛の薄いW氏の方がずっと好きなのだ。一方、夫とは結婚16年だが、結婚後1度もエッチをしないままここまできてしまい、それでも私は夫を心から愛し、今でもとても仲が良い。X氏やT氏と関係を持つ前、もしほかに誰かと不倫したならば、夫に対する愛情は変わるのだろうかと思ったこともあったが、夫に対する愛情に限っては、X氏がいようとT氏がいようとW氏がいようと、全く揺らぐことがなく、絶対的に変わらない。しかし、X氏に対しては、T氏との関係が始まるときには、もう愛が薄れていた。そして、T氏に対しては、W氏との関係が始まった今も、変わらず愛している。そんなわけで、今、私の心の中では、夫とT氏とW氏がそれぞれ独立して存在するようになった。いつまでこんな状態が続くのかはわからないが、今後、この均衡がどう崩れていくのかをじっくり見つめていきたいと思う。
2015.05.09
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W氏とメールのやりとりを始めて1か月と少しが過ぎた。GWに入ってからは、私が実家の近所の風景を写真に撮って送ったり、それに対してW氏も近くの植物園で撮ったという写真を送ってくれたり、そんなやりとりも増えた。相変わらず彼はたまたま読んだ詩で、いいと思ったものを送ってくれたり、それに対して私は自分が読んだ漫画の話をしたり、というようにそれぞれの関心で共有したいものを書いている。あんまりにもメールのやりとりばかりで、しかもそのメールでは敬語が使われていて、まるで昔の文通のようなものだから、もうこれだけでおなかいっぱいになってきた。
2015.05.05
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人出がものすごいとわかっていたので、このGWは実家(電車で30分ぐらい)に2泊3日で帰省する以外はまったく予定なしだった。ちょっと久しぶりに両親とゆっくり時間を過ごしたが、脳梗塞のために言語障害が残った父は、一時期かなり回復したが、ここにきて少し言葉が出なくなってきたようだった。それでも、父の口から出る言葉はポジティブな単語が多く、また、言葉にしなくとも、母がかなり父のことを分かってあげている、と父が思えているようで、言葉がうまく話せないことがそんなに大きなストレスになっているわけではないようだった。そのかげには母の大きな努力があった。母は自分は全く関心のない野球のことを毎日新聞を読んで知識を頭に入れ、父が何を言いたいのかを先回りして全部言えるほどになっていた。父は、「あれが…あれが…」と言っただけで、母は、「西武の誰それのことね」と言ってあげるので、父は全くストレスがないのだ。このことには随分学ばされた。人は普通に言語が話せても、意思疎通がなかなかうまくいかず、自分を理解してもらえていないと思えば、ものすごくストレスを感じる。それが、父は言葉にしなくとも、母にはすべて理解してもらえていると思えるようになったからこそ、今、全くストレスがないのだ。ケアとは何か、ということを、今回の帰省で根本から考えさせられた気がする。
2015.05.05
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