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今夜9時BSプレミアムで1月30日放送予定の「ニュー・シネマ・パラダイス」の制作秘話が監督:ジョゼッペ・トルナトーレを招いて放送されるそうです。第2次世界大戦後のシチリア島を舞台にした、映画が全盛だったころの話で、懐かしい名画の映像も次々に出てくる、私の大好きな映画の話です。ジョゼベ・トルナトーレ監督はあの映画の脚本&監督をしたときにはまだ29歳だったそうですから、まだ50代半ばくらい?時間があったらぜひ見たいのですが・・・キャスト 出演:フィリップ・ノワレ ジャック・ペラン ストーリー) 第2次大戦後のイタリアのシチリア島を舞台にした映画が大衆の最大の娯楽であった時代の物語です。 映画好きな小学生のサルバトーレ(愛称トト)はいくらしかられても映画館の映写室に潜り込んで、映画技師のアルフレードに映写技術を教えてもらう。 あるひ、島で1つしかない映画館が火事で焼けてアルフレードは大やけどを負うのです。気を失ったアルフレードを救ったのは小さなサルバトーレでしたが、アルフレードは失明してしまったのでした。 新しい映画館ニューシネマパラダイスが完成しても島にはほかに映写技師がいなくて、小学生のサルバドーレが映写をすることになった。時が過ぎ娯楽の主役が映画からテレビと変わって行く中でもサルバドーレは映画を映し続けていました。そして、年の差を越えてアルフレードとの友情は続いていたのです。 青年になったサルバドーレが恋した相手はお金持ちの娘のエレナでした。2人の恋はサルバドーレの軍隊入隊ですれ違ってしまい、 失恋の痛手で島を出るサルバドーレにアルフレードは島には帰ってくるなと言いわたす。 30年後、映画監督として成功したサルバドーレがアルフレードの葬式で島に戻った時、廃館になっていた映画館が壊さることに・・・そしてサルバドーレはエレナと再会する。 2人を引き裂いたのはアルフレードだったのか? 感想サルバドーレを演じる子役の可愛らしさ、と懐かしい映画やポスター。戦後、映画は大衆の最大の娯楽だった。あの頃に制作された映画は素晴らしかった。その映画を子供の頃から見てきた青年が映画の作り手になった。青年の才能を見込んだ父親変わりの男が恋を諦めさせて旅立たせた。 映画好きにはたまらなく懐かしく心を打たれる作品です。
2015.01.28
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戦前のカナダ・バンクーバーで活躍した日系人の野球チーム「ASAHI」の実話を映画化したもの。平和の大切さを改めて実感しました。監督 石井裕也キャスト 妻夫木聡 亀梨和也 高畑充希 佐藤浩一ストーリー2003年にカナダで野球殿堂入りをした日系移民の野球チーム「バンクーバー朝日」は、1900年代初頭、新天地を夢見てカナダへと渡った日本人移民たちの希望の星でした。過酷な肉体労働や貧困、差別という厳しい現実に直面していた日本人移民たち。バンクーバーの日本人街に誕生した野球チーム「ASAHI」は、体格で上回る白人チーム相手に負け続けて万年リーグ最下位でした。そんなASAHIのキャプテンのレジー笠原はバントと盗塁を多用するプレーで点を取ることを思いついたのです。その大胆な戦法は「頭脳野球」と呼ばれ、ひたむきに戦いに挑む彼らの姿が、日系移民たちに勇気や希望をもたらしたのです。同時に、そのフェアプレー精神は白人社会からも賞賛され、日系人以外の人気も勝ち取っていったのでしたが・・・・日本の真珠湾攻撃、太平洋戦争参戦をきっかけに日系人たちは財産没収され強制収容所へと時代の流れに翻弄されて・・・・感想懸命に頑張っている人々が戦争や時代に翻弄される理不尽。戦後70年、私は自分が戦争のない平和な日本で暮せた幸運に感謝しました。私たちの可愛い子孫にこの平和を持続させてあげたいと心から願います。日曜日のせいか、映画館は賑わっていて、私たちの席の近くに小学4年生の男の子がポップコーンをほおばりながら1人で観ていました。私が今までで一番映画が楽しくてしょうがなかった時代は小学生の高学年のときだったことを思い出しました。
2015.01.25
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「おばあさんの妖精」のイメージでイラストの絵から抜け出した少女のようなままで年を重ねた雰囲気の田村セツコさんの「老後をひとりで暮す知恵」の本です。昨日の「すてきな・・・」と一緒に送っていただいたイラストレーター田村セツコさんのエッセイはご自分の生活を書いておられます。19歳から77歳の今までずっと現役イラストレーターとして活躍されながら、69歳から6年間もお母様と妹さんの2人を自宅でご自分で介護されていた生活も「ものごとをむずかしく考えないで生きる」姿勢で少しも暗くなく、介護の知恵がつまった内容です。朝に作ったサラダやオムレツを、仕事をしながら昼までかかって食べる食の細さ(子供の時から)で、40kgあるかないかの華奢なからだで、介護をしながら仕事をして・・・めげずに明るく優しくおちゃめに過ごすバイタリティー田村さんが書いているように「おばあさんは魔法使い」なのです。仕事と2人の介護を両立させるなんて70歳過ぎた男性ならできるでしょうか?魔法使いのおじいさんてきいたことないですね(笑)(おばあさんたちは結構両立させています)田村さんの長い間の活躍は才能+努力のたまものなのです。若い時から気が付いたことはメモをしてとっておいて仕事の発想に役立てる。おしゃれして原宿を闊歩しながら、若い人たちのファッションを観察したり、自分のファッションに対する目を観察する。時にはじろじろ批判的な目で見られて馬鹿にするような視線を感じて落ち込むこともあるけれど、「冷たい目に学んで、もっと研究しよう」と前向きに考える。「老後はリラックスして、楽しいイメージで暮す」【楽天ブックスならいつでも送料無料】おちゃめな老後 [ 田村セツ子 ]
2015.01.24
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女性初のイラストレーターとして60年代から「りぼん」「なかよし」の表紙を飾った田村セツコさんから「すてきなおばあさんのスタイルブック」をいただいた。去年、あるイベントのパーティでお会いした時に「占い」をして差し上げたことへのお礼とのこと。田村セツコさんは私たちの年代では憧れの存在なのです。「赤毛のアン」「足長おじさん」「星の王子さま」などの表紙や挿絵はステキで夢があって可愛いのです。エッセイ本を出したことは知りませんでした。私の占いでも、鋭い感性と器用さを持ち独創的でユニークな表現力に恵まれた方なので芸術家と生きる選択をされたのは宿命どおりなのです。イラストレーターとしても素晴らしいけれどエッセイストとしても素晴らしい表現力のある方なのですね。もくじをみると「おばあさんは魔法使い」もことば通りにたいていのおばあさんは魔法使いになれる気がします。「おばあさん(里子さん)のくらし」も本当にステキな暮らし方。「ステキな工夫」もいろんな生活の知恵が詰まっています。この本を読んで、銀製品の手入れの仕方が書いてあったので試してみると・・・本当にピカピカになりました(人生の知恵袋のおばあさんは魔法つかいです)宇野千代さんもエッセイで書いているように「60歳から才能の花が開く」のは本当それまで積み上げてきた蓄積が才能の花を開かせるのです。【新品】【2500円以上購入で送料無料】【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】すてきなおばあさんのスタイルブック 田村セツコ/著
2015.01.23
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「年をとったら三キンが大事よ」と友人に教えられました。キンとは「近所・筋肉・お金」の三キンのことだそうです。まだフルタイムで働いているのに、「仕事を退職したら町内の人たちとの関係を大事にする」と言って、町内活動に積極的になった主人から、町内会の新年会に誘われました。(役員と年長者が多い会)のイメージでしたが、思った以上に楽しい会でした。中でも今年の新企画のビンゴ大会の景品がスバラシイものだったのです。参加者全員の景品の袋に市販の日常品他にステキな巾着袋が入っていました。町内の90歳を超えた方が手作りしてプレゼントしてくださったとのこと。(ご本人は出席されていませんでしたが) きっと大事な着物だった生地で、しっかり裏地もつけて、ミシン糸も絹糸でも縫い目も細かくてまっすぐの、市販されている巾着以上のステキな袋。私も母の遺品を整理していて、捨てきれなかった着物が沢山あるのです。今の生活では着る機会のない着物ですが、母が大切にしていたものなので処分できずにいるのです。私が手先が器用だったら、こんな風に再利用できたら、着物も喜ぶだろうなと思いながら、ほっこり温かい気持ちになりました。
2015.01.21
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占い師としても「自分らしく輝いて生きる道を前進」して行きたいのですが・・・共働きで頑張る娘たちの育児支援を何にも優先しなければいけないと思っていたところ1月に入って孫たちが次々と風邪をひいて忙しい日々なのです。今日、土曜日は娘たちもお休みでラジオの収録に出かけたところ「インフルエンザと診断されたので行けません」とラジオの相棒から直前のメールあり。日曜日放送の分なので、今日は1人3役で収録してきました。地元のFM浦和《REDS WAVE 78.3FM》の番組を受けもって9年。ラジオの台本を書いてみたいと市民スタッフとして参加してから、声のプロの相棒を得て、台本・番組出演などをしているうちに、相棒たちが変わる中で、いつのまにかメインDJを務めることになって、 「☆対象リスナーは中高年 。☆選曲は60~70年代で良い。 ☆上手くしゃべるよりも内容のある話をしてほしい」と 6年前に30分番組から1時間番組に代わる時の局の方から注文がありました。 6年前から相棒を務めてくれている女性は声優や司会として活躍しているしゃべりのプロで、機械操作も大得意なたよりになる相棒なのですが、去年から急に忙しくなって、最近は1人で構成、しゃべりの1人2役を担当する日が増えてきたのですが、今日はミキサーも頼んでいなかったので、1人3役で収録しました。ミキサーは苦手なので、1人3役でやらなくてはいけなくなったら、続けられるかしらと不安になってきています。日々台本書きに追われていると、家族からも「いつまで続けるの?」と言われるのです。占い師として自分を占うと中心星は胸にある「司禄星」で家庭を守る星ですが、社会に向けては「龍高星」と「鳳閣星」、創造力と表現力なのです。東と南の星は自分を輝かせる星。するとやはり「ラジオのパーソナリティー」かもしれません。1人3役はきついのですが、 「生きることは自分の可能性にチャレンジすること」と前向きにこれからも頑張ろうと自分にエール家族も大事だけれど、自分が輝くのが一番全国インターネットラジオ「サイマルラジオ・REDS WAVE 78.3FM」日曜日午前11時~11時55分まで「今、あなたに伝えたい」出演中http://redswave.com/
2015.01.17
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人見知りではなく作者見知り(?)なのか、読書は作者で選んでしまう私にとって百田さんの作品は、今までは読みごたえがあったのですが、この作品を読み終えた感想は(幼児虐待の後遺症や多重人格など・・・心が痛む話で疲れた)の思いです。1人の人間には多面性があるかもしれないけれど・・・多重人格者を肯定する気にはなれない。「プリズム→光の屈折?」ストーリーは不妊治療中のミセス聡子がある富豪の家の小学生の家庭教師になって、その家の家族らしい男の秘密に興味を持っていく。まず、主人公の聡子に魅力を感じない。恋愛サスペンスのタイトルなのに、愛をも感じられない。今まで、素晴らしい男の生き方を描いて楽しませてくれた百田氏は女性や恋愛を描くこと苦手なのかもしれないと思ってしまった。生きることにも食べることに追われない現代は「精神と心」がクローズアップされるのか?「幼児虐待も多重人格者」も直視しなければいけない時代なのか?【楽天ブックスならいつでも送料無料】プリズム [ 百田尚樹 ]
2015.01.14
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栃木県と福島県の県境のトンネルを抜けるとすぐに新白河。駅付近はまだ雪が積もっていませんでしたが、国道289号線を甲子温泉方面に向かうとすぐに雪景色が広がりました。娘ファミリー&私たち夫婦&長女の姑舅の計12人で2泊3日の旅に行ってきました。 5歳児2人+1歳児2人+4組の夫婦で総勢12名。 雪があることを想定して新幹線とレンタカー8人乗り2台の旅でした。雪を見ると5歳児たちは歓声をあげて喜んで、宿に着くとすぐに宿の外で雪と戯れていました。そして、夜は「カラオケルーム」で5歳児たちが知っている歌を熱唱。1歳児(春には2歳)たちは歌に合わせて踊り(?)まくって楽しそう。頃合いをみて部屋に連れて行って寝せようとしたら、興奮気味なのでトランプやなぞなぞをして(♪疲れをしらない子供のように♪)子供たちをやっと寝せたママたちは疲れてそのまま寝てしまいました・・・男性たちや親夫婦たちは「マージャン」。次の日は若夫婦たちはすぐ近くのマウントジーンズスキー場に出かけたのですが、夏なら車で20~30分の近さなのに、福島側からだと積雪とアイスバンだったために、遠回りして那須側から行ったら昼近くになってしまって連休中日だったこともあり大混雑。5歳児はソリ遊びできたけれど1歳児たちは人の多さにビックリしてママにしがみつきっぱなしだったとか。帰ってきて「やっぱり下の子たちは預かってもらって行けばよかった」と嘆いていました。「幼児期は宿の外で雪遊びとソリ遊びで十分よ」とのアドバイスも聞かずにスキー場に出かけたのに・・・親夫婦は温泉に入ったり、街に出かけたりマージャンしたりとのんびりできました。3日目の朝は吹雪でした。チェックアウトまで、女たちは1時間のカラオケのあとトランプと楽しむ子供たちに付き合って。男性たちは雪に埋もれた車の除雪をしたりして、新甲子温泉の宿を出ると10分ほどで、そこはもう雪のない世界。ランチに白河ラーメン&ギョーザを食べてレンタカーを返して新幹線に乗ると約1時間で家に帰って来てしまいます。 主人が計画した今年最初の旅行は「至福の家族旅行」旅行間際まで誰かが風邪をひいたり熱をだしたりしていたのに、12人全員が元気で2泊3日の旅を楽しめたことに(ホッ)1月11日朝、12日目はさらに雪に埋もれた車
2015.01.12
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普段の蕎麦つゆも年越し蕎麦も我が家の蕎麦は温かいかけ汁です。かけ汁は大根を千切りにして、とりのもも肉を小さく切って炒めてだし汁を注ぎ、醤油と味醂とつゆの素を合わせたものを汁との割合を5・5対1の割合で味付る。母からの伝承のつゆですが、母は味醂を使わない人で、たっぷりの鰹節でとった汁で大根と鶏肉をさっと煮た後醤油と酒と砂糖で味付していたのですが、私は母の味が出せなかったので、味醂やつゆの素を使ってしまいます。娘が「年越し蕎麦って蕎麦屋さんに頼んだり、それももり蕎麦を食べたりする家もあるんだね」と驚いていたことがありました。その娘も子供が生まれてからは、自分で作る時は大根と鶏肉を使った温かいかけ蕎麦を作るようです。中華そばは茹でた中華めんにゆで豚を作った汁とチャシューの味付けをしたたれに野菜をたっぷり入れてチャシューを沢山のせていただきます。(今、日経新聞に王貞治氏の私の履歴書が連載されていますが、王さんのご実家の中華料理屋さんもチャシューを作ったたれで中華そばのたれを作ったと書いてあったので我が意を得たり)料理上手な母に料理を習おうとしなかった私ですが、食べていた味の伝承を自分流に手作りしているのですが、結婚前に料理に興味を示さなかった娘たちも、料理は自分で手作りすることだけは受け継いでくれているようです。母の料理の腕を生涯越えられそうもない私と違って、長女は新しい調理器具を使って、素材にもこだわって、いつの間にか私を越しているようです。時代がどんなに変わっても「幸せを実感するのは家族で美味しいものを食べる時」ですね。
2015.01.08
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お節料理が得意でない私のお節料理は今年も出来栄えがいまいちでしたが、3日目の今日はほとんどが食べつくされました。幼児4人と大人6人総勢10人の正月の食卓はもう大変です。私が用意したものは(1)昆布巻(2)筑前煮(3)菊花大根の甘酢(4)黒豆の甘煮(5)煮豚(6)蕎麦つゆを手作りして、他に鮭半身・カマボコなど用意。例年は余ってしまうので少なめに用意したところ、他県に住む長女と子供たちが連泊しているため、すっかり食べつくされてしまいました。お節料理に自信を無くした私に対して、長女夫婦が作って来た豚バラ肉の美味しかったこと暮れに埼玉県の日高市にあるサイボクハムの直売所に出かけて買って来た豚バラ肉を煮たそうです。http://www.saiboku.co.jp/その煮物も大量にあったのですがそれもきれいに平らげて、同居の次女作ったローストビーフも大人気。(娘たちの料理の方が私のお節よりもはるかに人気がありました)朝食やランチにはおもちも蕎麦を用意して買いおいたものもかなり消費。1歳児たちの食欲も5歳児たちに負けてはいなくて、みかん3kg一箱プラス1ネット、いちご2パック、風月堂他の福袋のお菓子もきれいに食べつくしてさきほど長女ファミリーが帰って行きました。4年前に亡くなった母は料理の名人でした。田舎の正月は家族だけでなく来客も多いのに、少しも大変そうな顔をしないで沢山の料理を用意していたものでした。父が亡くなって私と同居してからも毎年お節料理は母が作ってくれました。母の料理を習う気がないまま倒れられてから・・味だけを頼りに私が作っていましたが、やはり母の味は出せずに、今年は「魔がさして、インターネットのお節料理」を参考に手順も味付けもしたら・・・やはり我が家のお節料理ではなくなってしまいました
2015.01.03
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明けましておめでとうございます。朝6時過ぎに近所の大宮氷川神社(武蔵一ノ宮)に初詣に行ってきました。参道も駐車場も早朝からもう参拝客でいっぱいでしたが、8時過ぎに行くともう行列ですから、自由に参拝できる早朝初詣は毎年恒例です。 新しい年はどんな年になるのでしょうか? 乙未は60干支の32番目の干支です。 草花と乾いた土、草花を生き生き育てるためには土を潤す水(勉強)が必要な年。まだ、準備段階の未完成な年。 いろんな諸問題の解決には協調と和合が必要で、まだその準備の年。陰の木星(乙)と土星(未)の年は外国よりも国内の諸問題に力が必要のようです。政治もですが、国内の災害が気になります。復権した自民党も国内外の諸問題山積みですが、経済はもちろん平和と災害復興に力を入れてほしいと願います。人間の還暦は「過去の経験を元に反省点はリフォームして生き方を変える時」なのですが、60年前の乙未年には「日米原子力協定調印で原子力時代の幕開け」がありました。4年前の原発事故を反省して見直してほしいと心から願っています。防衛問題、基地問題、日ソ問題、左派野党保守の和合は60年前もありました。一国民としては「平和で原発にたよらない災害を克服できる日本であってくれれば、多少のことは克服していきます」の思いです。氷川神社に願ったこと1)家族の健康と無事。2)FM浦和番組担当して9年目を継続。3)算命学は鑑定よりもカルチャーに力を入れる。4)日本が特に大宮地区が災害に遭いませんように。因みに、本日引いたおみくじは「大吉」でした
2015.01.01
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