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5月20日日経朝刊には戦後の昭和に大きな影響を与えた方々の名前が載っていた。江副氏と中内氏は「私の履歴書の鳳蘭」で彼女のボーイフレンドとして。瀬島龍三氏は1面のコラム「春秋」で。リクルートの創業者の江副氏は情報の紙面化、情報誌化をした人。中内功氏はスーパーマーケットで流通の流れを変えた人。そして、瀬島龍三氏は戦後の日本の流通(商社)や政治に大きな影響力を持った人。「春秋」では「食糧と油、日本の場合、それなしでは生きられない」「二十一世紀も二十二世紀もかわらない」「常に生存のための基本に立ち戻れ」と瀬島氏の言葉を書いてありました。「不毛地帯」のモデルとされ、終戦後ソ連(ロシア)の捕虜となって過酷な収監と尋問の中でも日本人としての誇り持って屈しなかった瀬島氏。伊藤忠を商社として日本有数の会社にした経済人としての手腕も有名です。ソ連での収監と尋問の過酷な時代があったことを考えるとその精神力と体力の強靭さに驚かされます。江副氏も東大生時代に学生の就職のため情報を集め情報誌を作ることを思いついたり、建設会社や不動産会社任せの不動産価格の情報を紙面化し情報雑誌にした功績。一代で学生経営者になった方だから、マンションデベロッパーのリクルートコスモスを起業してその株を欲しいという有力政治家や経営者にばらまいてしまったことで、有罪になり刑務所生活と過酷な取り調べを受けることになって、経営者として表舞台から消えなければいけなかったことなど。日本の戦後を創造した方たちの過酷な試練を思うと政治とは?司法とは?かんがえてしまう。そして、ネット社会、AI社会、少子化と、地方の過疎化、そして世界大戦を知る人がいなくなった現在でも、「国民に食糧と油を供給する使命」を政治家や経営者たちはどう舵取りをしてくれるのだろうと不安になる。瀬島龍三氏がモデルとされる不毛地帯(一) (新潮文庫 新潮文庫) [ 山崎 豊子 ] 起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男 [ 大西 康之 ]日本の企業家6 中内功 理想に燃えた流通革命の先導者【電子書籍】[ 石井淳蔵 ]
2026.05.21
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14日のNHK「トリセツショー」で入浴効果について解説していました。〇血行促進〇疲労回復〇筋肉緩和〇体温上昇などなど実体験と数値で解説していました。納得です日本人が世界有数の長寿国になったのは健康保険制度もあるでしょうが、私はかねがね入浴習慣にあるのでは?と思っていました。神経痛を発症している身としても入浴して血行良くして体を温まることの大切さを痛感します。昨日の番組では「自宅のお風呂に入るだけでも」と言っていましたが、温泉だとより効果が高いと確信します。♨ ♨温泉も旅行気分でなく自宅のお風呂に入るように日常化出来たら効果大でしょうと思います。故郷の新潟や、両親の故郷の会津の親戚たちを見ても長寿と温泉の結びつきを強く感じます。90歳半ばになっても元気で畑で野菜を作って送ってくれる母の友人は朝から畑に行って、AM11時過ぎの町内バスで温泉に行ってランチを食べて温泉に入る生活が長生きの秘訣だと言います。多少体の調子が悪かったり痛かったりしても温泉に入ると良くなるし、ランチを温泉の食堂で食べると具がたっぷりだから余ったら持ち帰って夕食に使えるし、一人暮らしだから自宅のお風呂をたく面倒がないから楽できるそうです。会津に住んでいた働き者の伯父(99歳まで元気だった)は雪が降ると伯母と近所の温泉に湯治♨に行っていました。冬は湯治をするとしていた人たちは長生きだった気がします。以前(12年前)の「致知」で「生涯現役」で取り上げられた友人のお父様は冬は鳴子に湯治♨に出かけていました。94歳現役だったのは12年前でそれから3年後に老衰でなくなりましたが、家で倒れて家族が救急車呼んだら、救急車に乗らずに翌日自分で病院に行って心臓が弱っているからと入院することになって1週間後に亡くなりましたが、最後まで元気だったようです。孫たちもお風呂が大好きなので、汗かいて帰ってくるとシャワーだけでなくお風呂に入ります。疲れが取れるようです。昨夜の「トリセツショー」ではシャワー効果も語っていました。ひらめきやアイデアにシャワーが良いそうです。山中教授も「IP細胞のひらめきはシャワーを浴びている時」だったそうです。
2026.05.17
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10年目の庭に旦那様は前年の2倍以上に野菜を育てている。昨日は玉葱を収穫した。苗の種類のせいか今年のは小粒。(でも、とても甘い)今日はそこに次は里芋を植えるための土作りをしている。今、花が咲いているじゃが芋は6月に収穫するとのこと。今年の旦那様は本当に丁寧に野菜造りをしている。わからないことはすぐにAIに教えを乞って、実行している。ミニトマトや胡瓜や茄子、シシトウも植えっぱなしでなく、虫を見付けて除去したり。カラス除けに網の囲いを作った。朝顔植えようと思っていた場所に、カボチャも植えた。 花を植えた私の作業時間は午前も午後も短いのに、旦那様の作業時間は始めると長い。脊柱管狭窄症の私だからなのか?身弱(天印星6)のせいなのか、根気とマメさは旦那様に到底かなわない、身強(天禄星11)だから」なのか?
2026.05.12
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昨年末勤めていた会社を希望退職した同居の娘の最近の行動力に驚いています。大学卒業してから25年間会社勤めをした会社員生活から解放されたせいかもしれません。書道や藍染め空手を習い息子の学校のPTA役員を引き受けて、カーブスには私の2倍以上通っている。そして、元会社の同僚、学生時代の友人、息子の友達の母親ともしょっちゅう会食している。そのうえ、彼女と私と主人とで一昨年立ち上げた合同会社の事業の収益拡大のために動いている。娘は日干が丙で中央が調舒星。子供のころから学生時代はのんびりした性格だと思っていた。勉強も部活もアルバイトものんびりマイペースで過ごしていた。25年の社会人生活で鍛えられたのか会社を退社してからは我が娘ながら「実にたくましい48歳」と思ってしまう。今年は天中殺明けで年運に貫策星で天将星が回っているせい大運も鳳閣星と天将星が回っている。貫策星が調舒星だけでなく鳳閣星も活性化させたのか 木生火25年も社会人として頑張ってきたご褒美だものやりたかったことを楽しんでと思う。そして、鍛えられたスキルを自分の会社で成果として発揮してほしい。
2026.05.09
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コロナ時代以降は元気なかった旦那様の最近の元気ぶりを算命学でを検証してみました。旦那様は禄存星×3(中央・北・東)南に車騎星、西に貫策星。誰にでもサービス精神満点の人でした。その旦那様がこの数年、外出嫌い、大勢集まる場所は苦手になっていたのです。コロナで趣味のヨットでの航海が漁港や港が寄港できなくなったこと。その間に相模湾に停泊させていたヨットが嵐で破壊、そして仲間の死。ゴルフも行く機会が減って、そのうち行かなくなって・・・町内会の役員も懇願されても引き受けない・・・そんな旦那様が最近は元に戻ったようで昨年11月に神経痛と診断された私が温泉に行きたいと旦那様に同行してもらっていたのですが、最近は旦那様が良い温泉を探して予約約してくれるのです。毎日朝晩公園を散歩しても今までは花の名前に興味なかったのに、スマホを新しく変えたら花の名前のアプリをいれたり、AIアプリいれたり。咲いている花の名前をスマホで調べたりしています。もともと、歩く道の枝など危険物は必ず脇にどかす人ですが・・・算命学で思考してもなかなかわからなかったのですが、最近高尾学館から届いた「算命学界26」を読んで思い当たりました。年運の調舒星の相生効果が禄存星を活気づかせたのかもと。なにしろ旦那様は禄存星が3つもあるのです。相生効果は自然の流れなので意識しなくても禄存星を稼働させます。そして、去年の12月で会社を退職した次女(中央が調舒星)に頼られたせいかも。次女の提案で旦那様と私と3人で一昨年立ち上げた会社。私が一人でコツコツやっていた時は興味をしめさなかったのに、次女が頑張って会社の収益をあげようとしてネットに弱い私以上に父親を頼り始めたら、俄然やる気になったようです。誰かに頼られると断れない禄存星。その禄存星が刺激されたのか最近は学制時代の仲間や同郷の友との会合を企画実行。町内や市のことにも積極的に動いている。「算命学界26号」P40~43.十大主星の相生が内面の覚悟を意味する。 木火土金水の陰陽合わせた流れで、木の陽(貫策星)が火の陰(調舒星)を相生。調舒星が土の陽(禄存星)を相生する。年運の調舒星と次女の調舒星が旦那様の禄存星を相生したのかもしれません。
2026.05.06
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今年の旦那様はちょっとエネルギッシュ。去年の2倍以上の野菜造りを楽しんでいる。じゃが芋と玉葱はずっと作ってきたのですが、今年はプラス6種類以上。トマト・サヤエンドウ・胡瓜・茄子・カボチャ・ネギ。今年に入ってから、どういうわけかエネルギッシュになって、人に会うのも、旅行に行くのも、そして庭造りも積極的になった野菜の苗や土も遠くのホームセンターまで出かけていく。AIに聞くとなんでも教えてくれると言って、AIを師匠に庭造りを楽しんでいる。
2026.05.03
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今回の東北旅行で木の力を強く感じました。青森ヒバで造った日本一長い木の橋「鶴の舞橋」は長さが300m巾3m。150年以上のヒバの丸太3000本。板材3000枚。津軽富士湖にかかる本当に美しい橋です。青森県の田舎にひっそりとつくられたような大建築ですが、吉永小百合さんの大人の休日クラブの広告の背景になったことで評判になったようで、津軽富士湖公園は満開の桜と併せて観光客でにぎわっていました。ヒノキではないあすなろ科のヒバ(ヒノキアスナロと名付けたのは牧野富太郎氏)。寒さ厳しい北国に強い木として育つヒバは油も木くずも無駄なく利用されているようです。890年も経つ中尊寺もヒバで造られているようです。鶴の舞橋(30年目の修繕工事が100m完成したようです)100mごとにステージがあります。 アスナロ科の名木といえば佐渡のアテビを思い出します。何年か前、東京で建築業で成功した主人の友人が佐渡の故郷に豪邸を建てたというので訪ねて行ったのですが、宮大工さんにアテビを使って建ててもらった素晴らしい家でした。写真は入り口だけですが・・4月20日~22日の旅では岩手山~岩木山を旅をして、こぶしや桜、そして白樺、りんご、杉など木々に癒されたたびでしたが、21日からの岩手山林火災のニュースに心が痛みます。早く鎮火してほしいと願います。20日は岩手山の麓のスキー場ホテルに泊まったのです。地震にも遭いました。
2026.04.28
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東北桜紀行の3日目4月22日は青森県でした。岩木山麓のホテルを出発して迎えのバスで鶴の舞橋に行きました。大きな湖にヒバの木で作った300mの美しい姿の橋(鶴が羽を広げた仕様)。橋の姿の美しさは「大人の休日クラブ」の広告で吉永小百合さんの背景になったことで注目されたようです(流石!永遠のマドンナ)。そして、その日は湖の周りに咲く桜の木々が満開でした。岩手県秋田県と桜の名所を旅してやっと青森県で満開の桜を見ることができました。長い木の橋(ながいきの橋)を渡って湖周囲を散策して迎えのバスに・・ツアーって本当に親切だなとつくづく思いました津軽鉄道で芦野公園駅の桜も満開でした。ここでも、鉄道駅周辺の満開の桜を堪能したあと迎えのバスあり、このツアーの最終の桜名所は弘前城・弘前公園でしたが、ソメイヨシノは散っていました。しだれ桜は満開で弘前城に映えて美しかったので、この桜紀行は満足しなければと思うほどでした。弘前市は公園内だけでなく町中の桜の木の手入れが行き届いていて、満開の時にまた来ようと心から思いました。リンゴの木と桜の木と岩木山と洋館と弘前は美しい街ですね。ヒバの木はヒノキ科ではなくあすなろ科の青森のほこる名木です。檜の北限は福島県ですが、雪の多い能登ではあて、佐渡ではアテビとよばれるあすなろ科の木が、檜ではないけれど檜にも勝るとも劣らない雪国の名木なのです。(明日はヒノキになろうと思わなくてもあてもあてびもヒバも名木です)芦野公園駅の桜トンネル
2026.04.27
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キャリアチェンジ犬のせいか本当に聞きわけのよい犬でした。東北旅行に出かける前に愛犬のラブラドールの頭を撫でて「旅行から帰るまで死なないでね」と言ったせいか帰宅を待って2日目の早朝に逝ってしまいました。散歩が出来なくなって2か月、食欲がなくなって2か月弱、固形物を食べなくなって1週間。門から玄関までの階段が上がれなくなって、門近くの自転車置き場に犬小屋を置いて1か月。自分の力でのワン(排尿)ツー(排便)ができなくなって3日目。自分の意思で食べものを拒否したり歩くことを拒否したり、従順なラブラドールが自分の意思で行動するようになって2か月。キャリアチェンジ犬として我が家に来て10年と9か月。盲導犬として訓練された犬らしく無駄吠えしない行儀のよい利口な犬でした。苦しがる様子も見せず、死期が近づいていることを家族に感じさせながら、雨の降った昨日の夜、家族のみんなで体や頭を撫でて、「おやすみ」と声をかけて、きょう早朝に冷たくなった愛犬をみつけました。安らかな寝顔でした。最後まで見事な死にざまを家族に見せてくれたことに感謝。 今年の冬2月8日、雪の降った日、孫たちと公園に行ったのです。散歩に行かなくなっても私と主人が散歩から戻るのを門前で待っていてくれました。
2026.04.24
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岩手~秋田~青森への2泊3日の桜紀行の旅から戻って日常の雑用に追われています。北上川沿いの桜も北上展勝地の桜はもう葉桜でしたが、小岩井農場の1本桜は満開でした。4月18日に終了したNHKBSの旧朝ドラの再放送「どんど晴れ」でよく映し出されていた1本桜でしたが、盛岡市街の桜でなく小岩井農場の桜だったのですね。1泊目の宿泊宿の岩手山麓の雫石高倉温泉には夕方4時前に着きました。早々に温泉に入って部屋でくつろいでいたところ地震(M7.7)が起きました。かなりの大揺れでしたが(震度5弱くらいかな)、部屋も大食堂も平常通りだったのですが、エレベーターが止まったのです。食堂に行くときにロービー階で大勢が荷物を前に置いたままソファーに座っていました。夜9時近く、もう一度温泉に入ろうと思ったのですがエレベーターは停止したままだったので階段で降りたのですが、下から大きな荷物を抱えて階段を登ってくる集団に会いました。ほとんどが高齢者で、杖をついている人もいましたが、皆さん一生懸命登っていました。荷物を宿のスタッフが部屋まで運んでくるタイプのホテルではなかったとしても、脚の不自由な人や高齢者の荷物くらいは宿側で運んであげるべきと思ってしまいました。他にも部屋へのスタッフのサービスはなかったのです。(手洗いの水がでなかったのでフロントに電話しても応答なく、大災害の中の小事なので宿にも言いませんでした)温泉の湯質は良くて、水道水もおいしく、部屋からは間近に岩手山が一望できました。何時、エレベーターが動いたかはわかりませんが、早朝の大浴場に行くときには動いていました。私は3階の部屋だったのですが、9階まであるホテルで当日は満員だったはず。阪急交通社のお得な旅行でしたが、ホテルは悪くなかったのですが、スタッフサービスは役割以外は無。テレビではずっと津波注意報を出していて避難命令がでていました。「三陸沖地震」は巨大地震の前触れの予想もずっと出ていました。どうか大きな地震がきませんように小岩井農場の1本桜(岩手山)
2026.04.23
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そんな川柳が注目されたのはもう10年以上も前のことです。15日の日経夕刊に2025年の孤独死が2万2222人もいたと書いてありました。前年よりも366人増えて、男性が8割、65歳以上が7割との記事。男性が1万7620人、女性4598人。生別不詳4人。連れ合いを亡くした人や子供がいても死ぬときは一人だったのかもしれないけれど、死後8日以上経過して発見された人は「生前、社会的に孤立していたと推測される」との記事。孤独死をさせるなのあとは親の義務だけではなく、社会の義務なのでしょうか? 先日、お花見と温泉の2泊3日の女子会旅行(湯治とおしゃべり目的)の時の話題も身近な人の未婚の増加でした。「あなた占い師なんだからお仲人業を立ち上げたらよいのに」と最年長のIさんが私に言った。「私は、他人(ひと)への世話できる性格でもないし(天印星)、説得力もなから無理よ。Iさんこそ世話好きだからお仲人業ピッタリよ。相性占いで協力するわ」と私。 それにしても私たちの身近にも「結婚しない人」が多い。旅の同行者4人とも子たちが結婚して孫がいるのですが、その中のひとりMさんは3人の子供の2人が未婚。2人とも50歳前後。Mさんのお嬢さんや息子さんの結婚させるためのお見合いだって難しい。まして、姪や甥や友人の娘や息子、そして近所にもお一人様が多すぎる。そして、気になるお一人様にも良い結婚相手だって見つけられそうもない。それでも気にかかる友人の姪ごさん。友人の病気の妹さんに頼まれて姪御さんをお見合いさせようと思ったIさんだが、甥(彼女の兄)から「伯母さんお節介しないでください」と文句を言われたそう。だが、妹とその夫が相次いでなくなり、40前のその兄も突然死してしまった。姪からその兄の葬式の相談されたあと、本当に一人ぼっちになった姪ごさんを気にかけながらも、最近はあまり連絡とっていないとのこと。もう、たぶん40代半ばのはず。結婚させたい身近な身内にも結婚を奨められないのだから、「仲人業なんてとても無理ね」ということではなしはおわり・・・・
2026.04.17
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火星の強い我が家族にとって、丙午の今年は年・月・日の律音がいます。後天運の律音は分岐点で道が分かれる、変化する時です。年の律音は還暦の年で仕事や社会とのかかわりが変化する年で、今までならサラリーマンの退職の年。我が家族の丙午年に生まれたのは娘婿ですが、前倒しなのか去年夏に別会社に出向し地方に単身赴任中。そして丙午月に生まれた私は月の律音。月は家系や自分自身の変化で、家族と離れる引っ越す家を出る年。家族関係に変化を望まない私は用心に用心を重ねて現状維持をと願っています。月の律音は12年ごとにあるようで、12年前の誕生日に怪我をしました。午が重なる午月は位相法の自刑になるので丙午でなくいても怪我したりトラブルに会ったりしやすい月。今年の午月は旅行や外出を控えて静かに暮らそうと思っています。日の律音、丙午日に生まれたのは娘婿の母親(89歳)です。丙午日に生まれると晩年の十二大従星が天将星で身強でしっかりした方なのですが、去年、転んだ友人を助けた(35kgの方なのに大きな友人を抱え歩いて)ことで体調悪くしてしまい、夫を一昨年なくして1人暮らししていましたが、先週とうとう介護施設入居になりました。 日の律音は影響力大(50%)、改革や転換の力が大きいのです。過去からの脱却、大きく飛躍するチャンス、分岐点、違う生き方する。それが現実になったようで、今年の6月は要注意と思ってしまいました。位相法は現実になる可能性大の占技で、年と月は25%日は50%の影響力。位相法の出方は条件によって変わりますから、吉とでるか凶とでるか?条件が何もなければ変化なし。
2026.04.16
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中島千波画伯の桜の絵が2点(版画のリトグラフではない)もあって、それだけでも見入ってしまいました。千年以上の古木は「淡墨の桜」なのでしょう。臥龍桜、樹齢淡墨桜。大広間の前壁いっぱいに描かれた日本の花々(作者?)、エスカレーター上の裸体の女性(作者?)、そして、彫刻のような菊化石、硯の石と説明された巨大な石。「館内の案内」に参加して観覧した名画や美術品に圧倒されました。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館2006年1位」の下呂温泉・水明館は、建物も温泉も調度品も立派なのに、気軽に女子会旅行で行くことができたなんて感激です。温泉の質も日本三大温泉だけあって肌がすべすべになる良い湯でした。温泉の説明にはアルカリ性単純温泉と源泉は55度で加水して42度に調整とかいてありましたが、少しヌルヌルした良い湯加減でした。今、BSの朝のテレビで何年前かの「どんど晴れ」という老舗ホテルの物語を放送中ですが、老舗旅館の女将さんってすごいなと思ってしまいました。お客の送迎を素敵な着物を着て何時間も正面入り口で立ってされているのに(流石)と思ってしまいました。「長いコロナの流行で大変だったのでしょうが、乗り越える体力があったのでしょうね。美術品も役に立ったのでは」女将さんに見送られて昼過ぎに帰途につきながら、そんな感想を言いあいました。中島千波画伯の桜
2026.04.13
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プロが選ぶホテル旅館100選で2026年第1位に選ばれた水明館に2泊3日の旅をしてきました。高級ホテルのイメージが強かった「水明館」が阪急交通社のツアーでお手ごろだったのです。同行者はいつもの元同僚たちで幹事は天将星2つのOさん。Oさんの企画はいつもは観光巡りがビッシリなのですが、今回は腰痛・膝痛・神経痛のメンバーのために、「ゆっくり湯治ツアー」温泉2泊ツアー。下呂温泉は日本3大温泉の一つだそうです。有馬温泉・草津温泉・そして下呂温泉。水明館は2度目で1回目は「大人の休日クラブのワンランク上ツアー」だったのです。名画や調度品が驚くほど素晴らしくて流石にワンランク上ホテルと思ったものでいたが、阪急交通社のツアーはリズナブルでビックリ部屋も2人でバストイレ付和洋室で洋室には数人で座れるソファー付き。4人で(1人不参加)2部屋なのでゆったりですが、おしゃべりタイムは1部屋に集まって。初日はチェックイン後お茶してすぐ館内ツアーに参加。まるで美術館のような豪華な絵画や調度品や贅を尽くした館内にため息温泉は大浴場が3か所で肌がしっとりする湯質でした。おしゃべりするのもゆったりソファーだと疲れなくてらくです。ただ、和室で眠るときに隣室からおしゃべりする声が聞こえたので、壁が薄そうで、4人で深夜までおしゃべりしていたから洋室のお隣の方に迷惑だったかもしれないと反省中島千波作
2026.04.10
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箱根の「岡田美術館」の展示品に圧倒されました。新聞で4月から休館するニュースを見て3月30日に行ったのですが、まずは建物正面の全面が「風神雷神」なのです。俵屋宗達の絵ではなく福井江太郎作「風刻」の壁絵なのです。館内はスマホ・カメラ・タブレット持ち込み禁止(ロッカーに入れる)古代の埴輪や道具、江戸時代他の襖絵、2000~1000~年前から江戸時代の陶磁器。若冲の絵・北斎・広重ほかの浮世絵。横山大観や上村松園他の近代画。もうその作品、そして展示の素晴らしさに圧倒されて、そして疲れて、5階は仏教関係と聞いて見学しなかったのですが、岡田美術館に興味を持ったのは歌麿や北斎の絵のコレクション。その「歌麿の深川の雪」を観なかったことに気づいたのは出館後でしたでも、4月から2ヶ月の休館とのことですから再来館は6月以降になります。(でも、歌麿の浮世絵コーナー気が付かなかった)
2026.04.04
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「肌がすべすべになる名湯」は昔のままでした。箱根の仙石原温泉の萬岳楼(ばんがくろう)に2泊3日の旅をしてきました。49年ぶりに訪れた萬岳楼は以前と変わらぬ天然温泉100%の源泉かけ流しの名湯でした。この冬に神経痛と言われて何か所も温泉に出かけたのですが、又来たいと思う温泉がなかったのです。「今まで一番良い湯だと思ったのは49年前に行った萬岳楼だよ」と温泉湯治に付き合ってくれる主人が言ったので49年ぶりに行ってみました。正面の古さも、離れに上がる階段の古さも昔と変わらないような気がしたのですが、離れの部屋には源泉かけ流し露天内風呂が24時間入れるようになっていて快適でした。そして寝室の他に掘り炬燵の8畳の和室があり部屋食です。3月30日に小田原からレンタカーを借りて湯本経由で行ったら道路が大渋滞で、その日は「岡田美術館」だけを観て宿へ。 正面の入り口やロビーはもう覚えていませんでしたが、離れへの鉄の階段は昔と同じように思えます。そして、部屋付きの露天風呂は源泉かけ流しで、入らないのがもったいない気がしてしまうほどでした。温泉好きでもない主人が寝る前に4回ほど朝2回も入浴。1泊目の中居さんは日本語上手いネパール人の可愛い女性で料理も美味しかった。 次女がお腹にいた49年前、暑さとつわりの辛さで、新潟まで帰省ができずにこの宿に来たのでした。人気の箱根温泉でも、まじかでも予約がとれた宿でした。乳白色の温泉は素朴な木枠(檜)でした。強羅に着いた途端どういうわけかつわりもおさまって宿の料理を美味しく食べれたのを思い出しました。 翌日次女が春期講習終えた高校生の息子と4月から中学生になる息子を連れて合流。朝から生憎の雨で強羅駅まで車で迎えに行って「ガラスの森美術館」へ。ガラス細工大好きな孫は「体験工房」でグラスつくりに参加。私と主人は見学に疲れたので「カフェデラックスうかい」でお茶して待っていました。 1時間おきに歌手がカンツォーネやボサノバを歌ってくれてたのしめました。31日の箱根は大雨だったので孫を待ってそのまま宿へ。もう一つの離れの部屋も炬燵好きな孫たちは大満足で、部屋についている露天内風呂を気にいったようです。乳白色の源泉はアトピー皮膚炎が悩みの孫も「肌がすべすべして気持ち良い」と大満足していました。夕食前に入り、みんなで麻雀した後からも入ったようです。24時間入れる源泉100%のかけ流し露天内風呂レジャー設備無し全室9個の湯治温泉宿に孫も来ると言ったら、主人はレンタカー借りて麻雀道具を家から持参しました。今回の旅行は31日と1日とも雨に降られたので、1日も近くの強羅公園の手作り体験だけで帰って来たけれど、「岡田美術館もポーラ美術館も」是非案内したいところです。主人は夫婦だけよりも孫が一緒に旅行してくれる間はサービス精神発揮してくれるのでまた家族で来れたら良いのにと思います。湯本付近の混雑に懲りて帰途は芦ノ湖(見学なし)近くから有料道路のタウンパークで小田原へ。 桜トンネル中を混雑無しで3~40分ほどで小田原に着きました。「ここの温泉の湯質気に入ったからまた来よう。来るときはタウンパーク使えばすぐに来れるよ」と主人。神経痛改善につきあってもらっていた私は文句なしで賛同です。
2026.04.02
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13歳目前ですっかり老いてしまった我が家のラブラドールに以前の散歩仲間がお見舞いしてくれた。チョコレート色ラブラドール14歳と9歳の2匹を飼っている方が庭で寝そべっていた愛犬に声をかけてくれた。最近はシッポ振らなくなった我が家の愛犬が大いにシッポを振って歓迎している。 以前は(4歳くらい)は散歩で出会うと2歳年上の犬にお腹を見せて愛嬌振りまいていていた我が家の愛犬。弱っている様子を察したのか、2匹とも優しく接してくれている。「大型犬の14歳って長生きですね」と言ったら「獣医さんは人間なら100歳と言われました」という。我が家の12歳11カ月(30kg)の愛犬はもう散歩もできなくなった。(1週間前までの散歩で2回ほど途中でへたり込んだ愛犬を主人が抱いて帰宅)それなのに14歳のラブラドールはちゃんと歩いているラブラドールにしては少し小型で30kgはないから脚に負担がかからなかったのかもしれない。3匹でしばらく戯れていてから2匹が離れて行くと少し寂しそうにみていた。ドライフードも缶詰もチュールなどドックフードを食べなくなって、最近は豚ロース薄切りのしゃぶしゃぶなら食べる。(13歳の誕生日まで生きてくれるかな?)桜の花見の季節で、桜の名所の大宮公園そばの我が家には連日花見客が来訪する。庭に寝そべっている愛犬を撫でたり声をかけたりしてくれるのを歓待している様子を見せる。(ラブラドールは本当に人間好き)家に入っても2階にはもちろん、1階の居間にも来なくなった。夕方の散歩(ほんのわずか)のあと、玄関の犬舎かウッドデッキの犬舎に自分の意思で選んで入る。つい2か月まえは飼い主に従順だった愛犬は動くのも食べるのも自分の意思がないと動かない。もう長くはないと覚悟する。朝起きると「生きているかな」と顔を見に行く。「もう90歳くらいのおばばちゃんですから自分の足で動けるなら偉いですよ」と、獣医さんが言っていた。
2026.03.29
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24日はニ所帯住宅で同居の次女の次男の卒業式。その前日の朝、次女がいきなり「明日の卒業式には着物で出席したいのだけど」といいだした。「どの着物ででるの?半襟や足袋だって揃えないといけないから間に合わないわよ」と私。「おばあちゃんがママの着物を染め直して私の寸法に合わせて仕立ててくれた着物があったはずだから、その着物を着たいの。足袋や半襟はアマゾンで頼むと今日中に届くからなんとかなる」たしかに、私の部屋にあるタンスの引き出しに、私の振袖を濃い紫色に染め直した着物が、しつけしたままにありました。和室にその着物や襦袢を干して、合う帯や小物を探したがしっくりしない。どの帯も小物も色や形がその着物に合わないのを見てあきらめてくれると思ったのですが「気にしない」という。昼頃に帰宅した孫に見せたら「ママ、ちょっと派手じゃないの。もうちょっと地味なのにして」と困り顔で答えたのに、「誰もママのことなど注目しないから気にしないで」と、息子の困り顔も気にしな次女。「男の子って本当に優しいわね。あなたは、高校生の頃は『パパが学校に来るならおじさんぽい洋服で来ないでね』と言ってブランド物のスーツを新調させたよね」と、言ってみたのですが、「そうだったったけど、男の子は優しいのよ」と、平然と着る気満々の様子。あきらめた私も、一緒に着物のしつけをとって着付けを練習したりしたけれど、私も帯結びには自信がない。時々、着物を着ている近所の方に事情を話して手つだってもらう約束を取り付ける。次の朝、時間ギリギリに着つけができて、結局は主人が娘婿と娘を校門前に車で送った。 小6の孫は6年前の入学の時はコロナで入学式はなかった。そのせいか、火曜日なのに卒業式には夫婦で参加が多かったようだ。今、高1(4月から高2)の同級生たちに不登校生が多かったが、小6の同級生たちは不登校があまりいないとのこと。 昨年末に会社の希望退職に応募して退職して自由時間が増えてから行動力抜群になった次女。習いものや仕事のオファー、退職した会社からの様々な誘いなど在職中よりも忙しそうな様子だけれど、「通勤しなくなって運動不足になったから」と言って私の通う「カーブス」に入会して、私は週に2回、次女は毎日(日祭休)通う。息子たちが習う空手や書道や藍染も一緒に習いに行き、藍染はインストラクターコースまで受講している。次女は今年2月4日から辰巳天中殺が明けて、年運で貫索星と天将星が回っている。彼岸に墓参りしたあと、亡き母が彼女のために仕立て直した着物を思い出したらしい。着物タンスを開けたら、母が私や孫のために用意した着物が何枚かでてきた。「おばあちゃんの気持ちを無駄にしないように、この着物をみんな着るわ」と言い出す 「中学の入学式にこの着物、書道展の受付にこの着物、希望退職者のパーティーにはこの着物」と次々に選んでいる娘に「着付けも準備も後始末も疲れるから自分で着れるようになってよ」と私。自分が体力がなくなってきているせいか娘の体力と逞しさに辟易エネルギー溢れる娘に年内に私の仕事を引き継いで代表者を交代しようとつくづく思う。次女の「伴星」は「車騎星」だけど、このエネルギーは車騎星のものなのかそして大運には天将星(鳳閣星)があるからなのか
2026.03.28
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「伴星」はご先祖様から「業」を解消するために贈られた星。算命学の陽占命式の左上が空欄になっているのですが、その空欄に入るのが「伴星」です。出し方は年干と干合する干と日干とで出る「十大主星」。本人の誕生から死まで、生涯を通じて本人を支え影響する十大主星。本人の命と運をコントロールしている星。本人の生き方と「業」を解消する星。「伴星」を知るには算命学を知っている人に教えてもらうか、先祖供養(墓参りなど)をして先祖におしえてもらうか3月23日は彼岸7日目で土星に神様が下りてくる日なのだそうです。7という周期は太陽系惑星の地球にいかされている生物には大きな意味があるようです。「業」とは?先祖がいて今の自分が存在するのは誰でもわかっていることですが、ご先祖様がどんな風に生きたかはわからない。でも、自分に命を引き継いでくれている。自分は親・祖父母・先祖が融合してできているから「業」も受け継いでいる。その「業」を解消するために贈られた「伴星」「伴星」の中でも「龍高星・調じょ星・車騎星」の十大主星は3大奇星のようです。龍高星を伴星に持つ私は⇒常に変化を求めて、流動的に生きて、豊富なアイデアで人を啓発していかなければならないようです
2026.03.23
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高尾学館発行の「算命学界19号2025/3」の「高尾義政宗家の講義録」P3~18では「お彼岸に墓参りするとお金に困らなくなる」と言うタイトルでした。宇宙学や仏教の観点からその理由が書いてあります。①宇宙のしくみからのお彼岸の原理(古代人が地球と宇宙の動きを観察してわかった)②月・太陽・木星・火星・水星・金星・土星と黄道との関係から導き出した。③お彼岸は天界と人間界がつながる。④先祖のお墓は地にあって天と地を結んでくれる。⑤先祖供養すると先祖が守ってくれて運がぶれない。17ページにも書かれた宇宙と彼岸の関係はなかなかまとめられないのですが、①~⑤に要約してみました。この記事を読んでから「彼岸には家族で墓参りをする」習慣をよけいに大事にするようになりました。今日も二所帯で住む次女ファミリーと私の両親の墓参りをしてきました。「金運」とはあまり縁が薄かった私自身の人生を思い返してみても納得できます。私の両親は末っ子同士で私が子供の頃は家には仏壇もなく、両親の先祖の墓も遠くにあったので家族ではあまりお墓参りをしませんでした。そのせいか、父は外でお酒を飲むタイプの散財家で、母が家計を支えるために内職をしていました。夫婦喧嘩は母がコツコツ貯めたお金を父が湯水のように浪費してしまうの繰り返し。上京して一人暮らしした私は両親の夫婦喧嘩に巻き込まれなくなってホッとしたものでした。主人が大学卒業してすぐに結婚した私たち夫婦も、もちろん経済的なゆとりはありません。思い返すと、父が亡くなってから、母が我が家に同居して、我が家に仏壇が設置されて、家から3キロ離れた市営霊園に父のお墓を作ってから、たしかに、少しづつ貯金ができました。母が元気で家族の食事を作ってくれたから私はおもいきり仕事ができるようになり、主人も役職について収入が増え、二人の娘たちを私立の高校大学を卒業させられました。母が亡くなって父と同じ墓に入り、次女と2所帯住宅で生活するようになって、お彼岸やお盆には家族で墓参りしています。主人が退職して10年近くなっても、去年の12月には次女も退職しても、2所帯住宅のせいか経済的な困窮はありません。家族で墓参りに行き、墓の周囲をみんなできれいにして、墓に手を合わせて、父と母に娘や孫に命をつないでいることを見てもらい、「みんな元気ですごしているから安心して」と報告する。そうすることが、先祖がいて自分たちがいることを孫たちに伝えられる。「家族の行事をする習慣が情を育て心が安定し生涯運命がブレない」高尾義政宗家の教えです。
2026.03.20
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「致知」の表紙に「人間学を学ぶ月刊誌」とかいてある。私は代理店をしている会社の創業者に「人間学」を学んだことが「算命学」を学ぶきっかけになった。最近「致知」を購読しているから、かって学んだ「人間学」を思い出している。「人間学の先天的個性」の分類と「算命学の十二大従星」の理論とがよく似ている。人間学で学んだ先天的個性を算命学で検証してみる。人間学では仕事や行動性向や目指す目標など価値観を3分類しているのです。十二大従星では天印星・天南星・天堂星・天庫星は人間学では人志向。使命感や信頼など形のない財産に価値を感じる人志向と違って、形のある財産・お金や不動産などに価値観を感じるのが城志向。算命学では天貴星・天将星・天胡星・天報星。そして、地位や名誉や権威や権力に価値観を感じるのが大物志向。算命学では天恍星・天禄星・天極星・天馳星。学校・仕事・会社・結婚・など選択するときの意思決定の条件の分類方法。 そして、言葉(指図・命令・意思)がスムーズに伝達する相手は大物志向⇒人志向⇒城志向⇒大物志向・・・・の方向。人間学は経営者や管理者が社員や部下を快く効率よく働いてもらうための学問なのでしょう。教育や子育てにも利用できます。母親が人志向で父親が城志向で子供が大物志向なら、「勉強しないと良い学校とか有名な学校に行けないよ」という言葉は父親のほうが素直に聞いてもらえる。人志向の経営者が有能な城志向の社員を働く気にさせるには給料やインセンティブを上げる方法。大物志向の社長が人志向の社員を働く気にさせるのは「信頼しているよ」「頼りにしているよ」との言葉や態度。算命学では一人が初年(25%)・中年(25%)・晩年(50%)と3つの十二大従星を持つ。私の場合は天貴星(城志向)と天極星(大物志向)と天印星(人志向)あるから、自分自身の価値観も3つ全部を持っていると感じます。そして、晩年の十二大従星が天印星(50%)だから人志向の価値観が選択基準になっていると自覚します。
2026.03.16
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二所帯住宅が2月中旬に完成して、あの日の午前中に外構工事が完成した。少し前に新築の家に娘一家と引っ越ししていたが、家にいたのは私と1歳5か月の孫だけだった。外構工事を終えた工事の人が「外構は完成しました。夕方までには社長が請求書届けにくるはずです」いと、言って帰って行ってから、しばらくしてからだった。2011年3月11日14時46分18秒、未曾有のあの東日本大地震が起きた。震源地は宮城県沖、マグネチュウド9,震度は震源地に近くは6以上、さいたま市でも5。 あれだけの揺れでも目を覚まさない孫を抱いて玄関の扉を開けて玄関でいたら、外出中の娘が自転車でかえってきた。家の中はキャスター付き引き出しが動いたり、棚から重いトロフィーが落ちたりしただけだった。 テレビをつけてみて驚いた。東北の海岸線を襲った大津波の映像は想像を絶した そして、福島第一原子力発電所の事故には体の震えが止まらなかった(新潟地震体験者の私にとっても生まれて初めて感じた地球の恐ろしさだった)まだ産休中だった娘が外出先からすぐに帰宅できてホッとした。東京に勤めていた主人は地下鉄(東西線4)が動くのを待って地下鉄とJRを乗り継いで翌日帰宅。(会社では非常用備えをしていたから寝具も食品も不自由はなかったそうだ)大手町に勤めていた娘婿は歩いて翌朝帰宅(新築の家が無事でホッとしていた)。(新築の家は娘婿と娘がローン組んで建てた家だった)原発事故のことが気になったのか、外資系の彼の会社が心配したこともあって、(小さな子がいる人は関西よりも南に行ったほうが良いと)娘夫婦と孫は2日後には会社が用意してくれた大阪のホテルに行った(3日後には帰宅)。武蔵小杉のタワマン住まいの長女は、横浜の職場でいて、同僚とカーシアーして何とか帰路につき、1歳8か月の孫の保育園に迎えに行って、マンションに着いたときにちょうど明かりが灯った。ホッとしたけれど、エレベーターは使えず、孫を連れて40階以上の自宅まで階段で登ったようだ。都心のマスコミに勤める娘婿は仕事が一段落して自宅に帰った時は地下鉄も動いていてマンションのエレベーターも動いていた。そのあとのことはあまり記憶にない。電気や電車など様々な不自由なことはあったが、あの大津波にあった人々、原発事故で地震や津波で被害が合わなかった人々まで避難しなければいけなかった原発近辺の人々の大変さを思うと、埼玉に住む我が家族の不自由なんて気にしていられない。ただ、原発事故のせいで故郷にすめなくなった福島の人々の苦労を思うとつらくなる。15年経ってもその傷跡は消えていない。私の両親は会津出身で津波や原発の被害は少なかったけれど、あの後、会津地方を襲った豪雨災害の影響が大きかった。(只見線の復旧は遅くて、福島県というだけで農産物の売れ行きが悪くなった)原発事故は福島県に対する風評被害をもたらし長引かせている。あの時、原発事故を起こした東電の上層部の方たちは海外に行っていたり国内を旅行中だったり、時の政治家も迅速に的確に原発事故の対処できなかった。福島第一原発の設計上のミスの責任や対処のまずさの責任が未だ不明のままのような気がする。地震や津波は自然災害の恐ろしさだけれど、福島の原発事故は人災で、海や大地や人々を汚染したことは何年たっても無かったことにならない。 戦争知らない団塊世代の私。東日本大災害は80年近い生涯の中でも最大最悪の大災害です。忘れてはならない2011年3月11日のあの大災害。
2026.03.11
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4月には13歳になる我が家の愛犬が2月9日の朝の散歩の途中に何度か転んでから食欲もなくなり元気がなくなったので10日にかかりつけの動物病院に連れて行った。先代獣医に変わって一人で立ち働いている2代目先生は「背骨は年齢にしては問題ないですが、80歳過ぎのお婆ちゃん犬だから歩けるだけましですよ」と言って痛み止めの飲み薬を処方してくれた。でも、それからは食欲は衰えるし歩く速度は遅いしと、老化を早めていくばかりでした。近くで開催している「梅祭り&全国陶器市」を見学に東京から来た友人を案内して出かけた梅林で愛犬の散歩仲間に偶然に会った。(最近は愛犬散歩を主人に任せっぱなしだった)その方の犬は同じラブラドールで同じ年ごろだったので、「元気で散歩できてうらやましい。我が家の愛犬はこの頃弱ってしまって」とおしゃべりしたら、彼女の愛犬も脚が弱ってしまったので、「足の関節が弱くなるラブラドールに効く注射をしてから歩けるようになった」と教えてくれ、その動物病院と注射液がニュー・リブレラという名の注射とまで教えてくれた(ラインで名前をしっかりと書いて)。3月4日水曜日に教えてもらった病院に行って担当医を指名したのですが、その病院は獣医さんが13人もいる大きな病院で教えてもらった担当医師は人気があるらしくて午前中の診察終了間際に別の担当医が見てくれた。さっそく、彼女からのラインをみせて同じ注射をお願いしたのですが、その薬は在庫がなくて注文しておくから届いたら来てほしいと言われて6日金曜日に行ってきました。効果がでるまで少し時間がかかると言われたけれど、帰宅後から元気が出て夕方の散歩はしっかりと歩いて、食欲も戻ったようにしっかり食べてくれました。 最近は朝の散歩距離は短くなって夕方の散歩は主人任せで、めったに会わなかったのに、あの日の偶然の再会で本当に良い情報を教えてもらえたことに感謝。獣医さんが13人もいる大きな動物病院でも常備していない注射液。診て下さった若い獣医さんに薬の名前が書いてある紹介者のラインを見せて同じ薬を使ってもらうことができました。そして、その後は足取りも軽くなり、食欲も出て来た我が家の愛犬。「もうすぐ13歳の大型犬は人間で言うと80~90歳のお婆ちゃんですよ。歩けるだけ偉いですよ」とここでも言われて、(あとどのくらい生きてくれるかな?)なんて思いながら、居間の隅で横になっている愛犬を撫でています。
2026.03.08
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致知Aprilの表紙のタイトルの言葉である。ノーベル賞受賞された大村智教授、東洋思想家の田口佳史氏、杏林製薬元社長の平井敬二氏の対談のテーマも「感謝が人生を開く」でした。90歳(今年7月に91歳)の大村智先生は卒寿を迎えても世のため故郷のため人のために前向きな生き方をされている。「よき人、良き言葉との出会いが人生を導いて来た」大村先生は北里研究所の助教授時代にアメリカの大学で研究することを薦められた。ティシュラー先生のいるウエスレーヤン大学で客員研究教授として赴任。帰国を促してきた北里研究所のため(貧弱な研究資金の)企業と協力研究して、売り上げに応じてロイヤルティをもらう契約をした。〇帰国後の大村先生の活躍はその高額なロイヤルティ収入によるのでしょうが、〇アメリカ科学界におけるティシュラー先生のおかげで豊かな人脈を創れ国際的感覚を持てた。〇特許を一時金でうけとるのでなくロイヤルティで受け取るのは画期的方法⇒「大村メソッド」今回の対談を読んで「チャンスに対しての選択眼は勉強して掴む深い洞察力。そして出会った人との縁を大切にして、次の目標のためにどうすべきかを思考する。そして選択する」大村氏の言葉「自分を今日まで導いてくれた祖母やティシュラー先生他の沢山の方々に感謝しています」「感謝すると謙虚になれる。感謝することによって成長する」
2026.03.07
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今年の梅の花は例年以上に見事です(2月14日~3月8日)。21日土曜日から「全国・大陶器市」が開催されたせいで大盛況です。愛犬との毎朝の散歩コースなのですが、この冬は私も膝痛で愛犬も後ろ左脚が弱ったので、最近は梅園まで行かなかったのですが、一昨日は梅が満開でした。陶器市に出かけた時に久しぶりに寄ったら、例年にない華麗さにビックリキッチンカーも例年より増えていました。今年の梅まつりが大盛況なのは、梅の花の見事さだけでなく、この場所が埼玉県の企画では第一公園の競輪場をこの場所に移設すると発表があったかもしれません。梅の花の花期は長いから、この梅園は12月から3月まで毎年楽しませてくれるのです。競輪場になったらどこに移設されるのか 織部焼・京焼・有田焼・伊万里焼・九谷焼他の店舗が並ぶ全国陶器市、毎年少しだけ購入していますが、今年は価格は去年よりも高い。中でも大人気は毎年出店する「鳴門ワカメの店」。土日は相変わらずの長蛇の列だったので、この冬は膝痛で30~60分も並ぶ気が起きなかったら、主人に並んでもらって10袋購入。例年、陶器市の時期に20袋くらいは買って、冷蔵庫に無くなると鳴門の店主に電話注文して購入するほどの美味しています。友人にもフアンが多くて、県南や東京や千葉の友人も開催中に来るというので、その時にまた追加購入予定です。昨日、娘の友人が陶器市の大混雑ぶりに驚いて、我が家でおしゃべりして、夕方行ってみたら鳴門ワカメも並ばないで買えたとのことでした。それにしても、陶器の値上げは凄い。デパート並み価格です。並んで買った鳴門ワカメ
2026.02.23
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「愛を伝える日のバレンタインデーって良いな」と、もう60年以上も思っている。高校時代にクラスメートから「女性から愛を告白できる日」と聞いた。友のボーイフレンドへのラブレターを見せてもらったことも刺激になって、ラブレターを書いてみたくなったが、そのころは好きな男の子もいなかった。思いついて父親に感謝の言葉を添えてチョコレートを渡した。(輸入制の美味しい板チョコだった)2月14日は父の誕生日で、生きていたら昨日で108歳。タバコとお酒(外酒)が好きで母とは喧嘩ばかりしていた父。父の誕生日がこの日でなかったらきっと渡さなかったと思う。(母のグチを聞かされていたから、私も父には批判的だった) 私が結婚して、流産2回もしてなかなか孫ができなかった時、長女を身ごもった時に父はお酒を断った。医者に止められたからか、願掛けたからか。長女が生まれて次女が生まれても父はお酒を断ったままだった。娘たちにはこれっきり優しいお祖父ちゃんだった。 算命学を勉強してわかった人生の合の力。午年生まれで寅月生まれの父は誕生日に午と寅の半会がある。激戦地からなんとか生還できて母と結婚出来てすぐに私が生まれたらしい。私は6月(午月)の戌の日生まれ(寅午戌の三合会局)。そして戌と午の半会のある私は2月(寅月)に娘2人を産んだ(寅午戌の三合会局)。父にとっては自分の誕生日の月に孫が生まれたことが嬉しかったようだ。曾孫をみせてあげられなかったけれど女1人男3人の曾孫がいる。仏壇にチョコレートを乗せて「曾孫には男の子3人もいるのだよ」と仏壇の写真に呼びかける。 主人と孫2人と娘婿の4人にも愛の言葉を添えてチョコレートを贈った。小6の孫は私の愛のメッセージを机に貼ってくれた家族にも愛を伝えられる日「バレンタインデーとチョコレート」そのな日があって良かった。
2026.02.15
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大型犬は小型中型犬に比べて寿命が短いようです。今年の4月には13歳になる我が家の愛犬ラブラドールレトリバーの老化速度が最近は速い。この冬は飼い主の私が神経痛で朝の散歩を主人に任せっぱなしにしたら、主人は私の2倍の距離を散歩する。帰宅して朝食を終えると、昼頃までひたすら眠る。夕方の散歩は30分ほどだが、夕食後はまた横になりっぱなし。(歳をとったな)とよく思う。昨日の朝の散歩で何回も転んだと言って主人が連れて帰ってきた。後ろ左脚が弱くなっているようなので、動物病院に連れていった。「もうすぐ13歳の大型犬は人間で言うと80歳くらいのお婆さんですよ。毎朝夕1~2kmも散歩できるなんて偉い」(レントゲン見ながら)「年齢の割には背骨はしっかりしていますが、このくらいの歳になると歩けなくなるのも仕方がないけど、筋肉が衰えるともっと大変だから、歩けるうちは歩かせた方が良いですよ。当院では神経など細かいところまで診れないから、もっと細かく診てほしいなら専門医院紹介しますよ」と言われて戻ってきました。(今朝も、短い距離ならちゃんと歩けたし、後ろ足が立たなくなったらキャリアカーみたいなのをネットで探せばよい。私よりも先に歩けなくなりそうだな)なんて、ひたすら寝ていて、目を開けると私を見つめてくる老犬と見つめあいながら思う。 一昨日は雪の中、孫たちと公園に遊びに行っていたのに日中はリビングの隅で寝てばかり
2026.02.10
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「禄存星は愛と財の引力の星」ですが、愛されたいから稼ぐ、そして、愛されたいから使う星とも言われて、「回転財」の星なので、稼がないと愛情表現やお金を使う力も弱まるのかもしれません。禄存星を中央(胸)に東に北に持つ我が旦那様がその特徴を発揮できないのは年金生活になったせいかも?とも思うのです。・・・(コロナ以降すっかりテレビが友達になってしまった旦那様を憂いて)そんな旦那様が最近は禄存星3個の力を発揮してくれています。まず、私が個人でしていた仕事を「合同会社」にして、現金出納帳からインボイスの申告をしていたのですが、会計を「マネーフォワード」でするようにしたら、難しすぎて理系の旦那様に頼ってしまいました。経理なんて全くやったことがないのに、頼まれると、きちんとやらないと気が済まない旦那様は最後の細かい数字が合うまでやるのです。(晩年が天印星の私はやってくれる人には丸投げしてしまう)合同会社の出資者の一人でもあるしと、多少の収益から今年は旦那様への報酬を引き上げました。そして、この冬は私が神経痛になってしまい、何かと頼ってしまったので、頼られると面倒見てしまう禄存星が活性化したようです。 主精が乙の旦那様。乙から生まれる禄存星は→愛情が自己をとりまく環境で変化する受け身の愛情。主体がじぶんではなく相手側にあり、表し方が変化します。現実的で、助け合い的、他人の面倒をみる優しさ。と「算命学界20」に書かれていたのですが、まさにピッタリです。「禄存星は愛と財の引力の星」コロナ以降は趣味のゴルフもすることなく、ヨットで航海もしなくなって、お金も使かわなくなったのですが、元々が「回転財」の星なので、働いた意識と少々の収入ですっかり使う力も復活。最近は家族旅行も夫婦旅行も以前のように夫唱婦随で企画してくれています。3月の家族旅行や4月の夫婦旅行まで予約してくれました。それも、私が建てるよりもずっと贅沢な企画です。あまりの変貌ぶりに、戸惑いながらもホッと・・・・
2026.02.08
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2月4日立春、旧暦の元旦で丙午年のスタート日です。60干支の43番目の干支で丙午(ひのえうま)の年です。 丙(ひのえ)→陽の火で太陽、明るい、暖かい、公平、何かを育てるの意味を持ちます。明るく暖かい情熱もてる五行です。熱くなりすぎないように水は守護神です。水は知識や勉強の意味もあります。午も陽の火星で時間を表す十二支、午の刻で正午の意味を持ちます。昔から丙午の年は大自然も人の心も熱くなりすぎることが懸念されるようです。今年は北日本や日本海側では大雪なのに表日本、特に関東は乾燥度が高くて、丙年は火事に気をつけないといけない年といわれていますが、各地で火事が相次いでいます。人災で起きる火事には本当に気をつけたいものです。 「丙午に生まれた女性は、気性が強く、情熱があり過ぎて、夫に従わず、寿命さえも縮める」と言われ、「丙午に女が生まれたら嫁の貰い手がない」との迷信?のせいか、「江戸時代、好きな男に逢いたいから放火した八百屋お七」のせいか?60年ごとの丙午の年は出生率がかなり下がるようです。身内に午年午月午の日生まれが多い我が家では位相法の自刑の年なので怪我やトラブルには気をつけなければいけないのですが、」丙午年、丙午月 丙午日生まれが3人(1人は娘婿の母)で律音(りっちん)。律音は人生の大きな転換期です。東(60歳)は還暦で仕事や社会や親との関りの転換期。中央(月)は自立、移転、転職、自分自身の転換期。西(日)は固定観念からの脱出、転換、改革、飛躍のチャンス。東の還暦は誰もが意識する年ですが、月と日の律音も転換期です。午未天中殺の人は本日から2028年の2月3日まで2年間が年の天中殺です。我が家では誰もいないのですが、今、大活躍されてる方たちに多いから気になります。友人たちにも多いので気になります。
2026.02.04
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乙巳年の大晦日、丙午の新年を迎える行事の「節分」恵方巻を食べても「豆まき」しない家が増えたでしょうか?新しい年の初めの立春前日の節気の変わる日を節分として、古来から1年に巣くった邪鬼を払って新しい年の福を呼び込むために、家々や神社では「鬼は外、福は内」と豆まきをする行事が伝承されてきたはず。でも、豆では大きな収益が見込まれないせいか、商店では最近は恵方巻に力をいれていますね。ヒイラギの枝にイワシの頭を刺して家の門に掲げるなどして邪気払いをする習慣を残すところもあるようですが、「鬼は外 福は内」と大声出して豆をまく。江戸時代には庶民でも新春を迎える行事として定着していた、節分の豆まき。そんな単純な伝統習慣は「豆まき」はお金もかからない。家族で伝統行事をするだけでも家族安泰になるはず。 「明日からの丙午年がどうぞ良い年になりますように」の願いを込めて、我が家では殻付きピーナツで「鬼は外 福は内」と家族で巻きます。
2026.02.03
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日経新聞の今月号の「私の履歴書」の書き手はキャノン会長兼社長の御手洗富士夫氏(90歳)でした。昨日の朝刊に、新社長に小川一登(67歳)就任の記事が載っていて、「私の履歴書」の紙面にも2002年から「経営塾」を創設して後継者を育てて来たことを力説していた。2002年からキャノンの社長を務めて、何回も社長を退いて会長になっても、また社長に復帰されていた御手洗氏。経営塾に力を入れて後継者を育てながらもなかなか引退できないようです。本日の最終回の記事には2002年に奥様を亡くしたこと、その後は長男が身の回りの世話をしてくれたことが(長男が結婚するまで)かいてあった。経済界やキャノンを率いる重職の陰ではご苦労されていたのを知った。でも、最期の章は「もうしばらくはキャノンのために努力したい。前進する限り、新しい楽しみがみつかると信じるからである」で完。御手洗氏も90歳、絶対に、確実に心身に老いが来ているはずと思う。算命学で観ると、辰巳天中殺(一代運)御手洗氏は晩年の十二大従星が天胡星で南と北の十大主星が調舒星。天将星も石門星もない、中央の十大主星は玉堂星(勉強・学問)。以前、師から、天胡星と調舒星の組み合わせは不安で生涯働いてしまうと聞いたことがある。(算命学のテキストには書いていない?)もう少しで天中殺は終わりますが、4度目の社長就任はないでしょうねと思う。
2026.01.31
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2011年に民主党党首として内閣総理大臣になった野田佳彦氏。算命学の授業で「6種天中殺の役割についての講義」で師が「午未天中殺の役割は末代運。野田総理は午未天中殺だから、民主党政権は終わるかもしれませんよ」と話しておられたのを思い出す。たしかに、その後は自民党政権の復活だったはず。そして、民主党から立憲民主党党首へと変わった。そして、今回の選挙に臨む前に、立憲民主党でなく「中道改革連合」に変更。立憲民主党をも終わらせたことになる? 政治にはあまり詳しくない私も民主党政権の時は経済が停滞していて株価も低かったのを記憶している。野田氏は早稲田大学の政経学部卒で松下政経塾出身、30代半ばからずっと何回も選挙で当選して衆議員議員をされている。弁がたつ政治家として民主党や立憲民主党のリーダーとして活躍はされていたのでしょう。でも、民主党から立憲民主党ならまだ覚えられるけど「中道改革連合」なんて???? 算命学でみると辰巳天中殺の高市総理大臣はもうすぐ天中殺が明けて、8日に国民の信を問う選挙を決断。立憲民主党率いる野田佳彦氏は午未天中殺にはいってからの選挙となる。末代運と言われる午未天中殺は目上にも恵まれ、社会的評価が高い人が多い。組織をまとめるリーダーに祭り上げられること多く、まとめあげる能力は、すべてのことを整理して家系や組織を締めくくる役割も担う。野田氏の「中道改革連合」の立ち上げに2011年の午未天中殺の講義内容を思い出す。
2026.01.26
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冬型の気候が続いていて、新潟県出身の私も主人も故郷の人たちの雪との戦いを思うと胸が痛い。親戚や知り合いたちは高齢者が多いから大変だろうなと心配している。 そんな時に主人の同郷(佐渡)の友達と20年ぶりくらいに再会した。湯河原に旅した時、途中駅の小田原に住む旧友と食事を楽しんだ。学生時代の主人の友人Kさんと彼の奥さんと同じく同郷の都内に住むYさんの5人で。場所は小田原城隣接の「清閉亭」で国の文化財に指定されている建物らしい。食事の前に店の人が「清閉亭」の由来を詳しすぎるほど詳しく語ってくれた。黒田官兵衛の子孫の黒田長茂侯爵が日露戦争の勝利の褒美としてもらった別邸跡とのこと。明治の政界や軍人たちのあまりの裕福さには庶民感覚では承服できない気がする。湯河原から東京にかけての風光明媚な地は時の権力者たちが別宅や別荘として所有していたと言う。もちろん、都内の中心地にも大邸宅を所有。戊辰戦争で憂き目にあった会津出身の両親を持つ私には納得できない思いで説明を聞いた。 同じ新潟県出身と言っても佐渡は頭脳明晰な人が多く、高学歴の人が多い。大学卒業後すぐに結婚した主人だったので、独身の同郷の友人たちは我が家で集うことが多かった。中でも、理系は向かないと途中で東大の文系に入りなおしたKさんは、近所に住んでいて学生だったこともあり毎週のように我が家に来ていた。クイズ番組にでるほど博学だったので私は「百科事典」のような人と思っていた。KさんYさんだけでなく主人の同郷の人たちは都会でも活躍できたせいか、郷里を離れてしまっている。ローンを組んで自宅を購入して、子供たちも大学を卒業させた。有名人も成功者にもなれずに庶民的に生きている。 故郷の佐渡では小学校も統合されて廃校になった学校も多い。高校も統合されても各学校が定員割れしていると言う。過疎化が進んでしまった故郷の実家の後始末や墓じまいのことが話題になった。みんな佐渡が大好きだけど、年々帰省しなくなっている。日本海側大雪のニュースの中で晴れた日が続く首都圏での日々になれて佐渡に戻る気にはなれない。「三国峠あたりの山々を崩して、その土で新潟と佐渡を地続きにするって言った総理大臣がいたよな」「田中角栄さんが日本列島改造論を掲げたよな」「大きな改革をやろうとすると、足をすくう人がいるんだよ」懐かしい昔の思い出の他に、そんな話をしながら、楽しいランチタイムは過ぎて行った。学生運動で東大入試がなかった時代でも学生運動とは縁のなかった仲間たち。 後期高齢者になっても地方出身者の友人に富豪にはなった話は聞かない。持ち家と年金と多少の収入で暮らしている。Kさんは観光者の通訳として働いていると言う。Yさんは今は暇だからトレーダーしていると言う。我が旦那様は一昨年設立した「我が合同会社」の面倒な手続きをしてくれている。日露戦争の勝利で大富豪になった黒田家別邸のランチ会。明治の大富豪たちも別荘や大邸宅の維持が困難になっている現代。戦後生まれでベビーブームの中で、地方から上京して首都圏で普通の暮らしができている、それなりに頑張って来た私たちの平和な老後に満足する。日本の平和が続きますように、孫たちに徴兵制度などありませんようにと願う。
2026.01.22
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なかなか神経痛が完治していないので先週は湯河原温泉に出かけました。宿は阪急交通社のツアーで客室風呂も大浴場も自家源泉使用と宣伝していた「大滝ホテル」。以前、湯河原温泉に出かけた時に案内してくれたガイドさんが湯河原温泉は「日露戦争の傷病者を治癒した怪我や病気に効く温泉」と言っていたのを思い出して、傷だけでなく神経痛にも効果があるかなと思って出かけました。♨ ♨でも、14日水曜日は県境の藤木川沿いにある温泉街はみな定休日だったので、指定の踊り子で着いたものの、ランチ場所も見つからなくて、チェックイン前のホテルに荷物を置かしてもらって、ホテルすぐそばの不動滝入り口の茶屋で甘酒と蕎麦を食べました。そして、ホテルのチェックインを待って部屋風呂に湯を貯めてみると小さなユニットバスに注ぐお湯は90度近い源泉でした。塩素も入っていない源泉を水で薄めるのはもったいなかったのですが、薄めて適温にして入浴したらとても良い湯でした。夕食前に入った大浴場の方もかけ流し源泉で露天も最高でした。部屋風呂が良い湯のせいか大浴場は空いていて1人で入れて大満足しました。食事も食堂のテーブル席で熱燗付和食膳。バイキングでなくほっとしました。 翌日は小田原で友人とランチの約束があったから温泉街の変貌はわからなかったのですが・・・3日目16日の金曜日は宿のチェックアウトから阪急交通社指定の踊り子号の時間まで温泉街を散策したのですが、以前はいろんなところにあった施設がほとんど閉鎖していてビックリ渓流沿いの散策道だけはそのままでしたが、小梅堂も万葉会館の中にあった食事処もお土産屋もなくなっていたのです。去年の夏の洪水でいろんな施設が閉鎖してしまったとのことでした。仕方がないので湯河原駅に行ったら駅前のお土産屋の2階のレストランは休業中。そして、その隣の居酒屋さんの入り口には「火曜日で閉店」とクローズの張り紙。少し歩いてデニーズでランチして阪急指定の踊り子時間まで時間をつぶしましたが、東京近郊で湯質の良い温泉街のあまりの変貌にビックリしました。そして、湯河原駅に行ったら乗る予定の「踊り子」の到着時間の表示がないのです駅員さんに聞いたら、朝からの山手線内停電の影響でかなり遅れがでているとのこと。待つのがいやなのですぐに来た上野東京ラインで帰途に就いたのですが、山手線京浜東北線が早朝から昼過ぎまで動かなかったなんて、首都圏の利用者は大変だったことでしょう。上野東京ラインも品川駅からはかなり混雑していたから、踊り子利用だったら、東京駅での乗り換えで座れなかったかもしれません。最近はめったに電車を利用しなくなっていますが、たまに利用すると遅延に遭遇します(進歩しているはずなのに、なにが原因なのでしょう)。
2026.01.18
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2月4日丙午年の立春。辰巳天中殺から午未天中殺の2年になります。日干支が干支NO21~30の人は午未天中殺(末代運)。末代運の午未天中殺の晩年の十二大従星は天庫星と天馳星と天報星。この3種の十二大従星はスピリットステージが入庫、魂、胎児と身弱星です。目上に恵まれ自分を輝かせる成功者や有名人が多い午未天中殺。晩年は目下をリードしたり、口出ししたり、管理したりせずに自由にさせる。学者星の天庫星ですがスポーツ選手の晩年十二大従星に天庫星(一途・凝り性)が多いのです。天庫星のスピリットステージは死んで墓に入るステージ。墓に入る前にこの世で自分は何をなしたか、何を残せたか?を問うのでしょうか?一つのことを掘り下げて追及する、目標に一途に頑張って結果を出す。天庫星は墓と財を守る役割から財産家の長男長女にこの星を持つ人が多いのですが、午未天中殺の天庫星の場合は末代運。自分は先祖や親や先祖が残した財を守っても子供は自由にさせ、そして財の継承者がいない場合は寺や神社や世のために財を使う傾向があります。私の午未天中殺の友人、自宅でお姑さんを99歳まで介護し見送り、美術家だった先祖が残した美術品や財産をどう守っていくか悩んでいる。午未天中殺で晩年が天庫星の人は目上を大切にして子供に負担をかけないように考えるのだなと思うのです。親や師匠や目上に恵まれて、何事にもこだわりと集中力がある午未天中殺の人、スポーツ界、経済界や芸術家での成功者が多い晩年運が天庫星の人。スポーツ宮里藍 天庫星 天禄星 天庫星(己) 松坂大輔 天恍星 天貴星 天庫星 (己) 大谷翔平 天南星 天報星 天庫星(壬)ダルビッシュ有 天胡星 天貴星 天庫星(壬)栗山英雄 天庫星 天堂星 天庫星(己)松田丈志 天馳星 天禄星 天庫星(己)大里桃子 天極星 天恍星 天庫星 (己)小悦さくら 天胡星 天庫星 天庫星 (壬)ザギトワ 天将星 天禄星 天庫星(丙)文化人大村智 天報星 天南星 天庫星(己)村岡花子 天将星 天禄星 天庫星(己)阿刀田高 天印星 天庫星 天庫星 (己)高田明(ジャパネット) 天将星 天南星 天庫星(壬)
2026.01.13
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算命学の占技に位相法というのがあって、現実になる率が多い占技です。合の時は運気が良いことが多く、散の時はトラブルが多いのですが、合は半会や支合、散は対冲・害・刑・破。午年の今年は午年、午月、午の日生まれが多い我が家族(私も)散の自刑の年で怪我やトラブル、葛藤の多い年になりそうです。正月に家族が集まった時に、それぞれの年運を書いたものを渡すのですが、今年は渡しませんでした。私自身、神経痛で体力不足だったこともあり、午と丑が多い我が家族に刑や害の占いをしたくなかったのです。 なにしろ家族10人中午年3人午月4人ですから。長女の旦那様が午年の還暦(年の律音)と月の自刑、私は月の律音、次女と婿が午年の自刑の年。次女の旦那様は午月で自刑。孫娘も午月で自刑。そして、丑年や丑月や丑の日が多いので、午と丑は害。害は位相法で秘かな進行・病気や浮気や前進力不足の運気。ただ、算命学で時間があって神がいないとされる午未天中殺は誰もいないのです(ほっ)家族や身近な人たち、運気を改良する方法を伝えることを第一にしたいと思う年頭ですが、意識して気にしこだわり過ぎると、かえって良くないかなとも思うのですが、立春までには「今年の運気」を送ることにしようと思っています。(用心してやり過ごすことを期待) 位相法(現実現象になる占技)後天運の律音(りっちん)同じ干支の時。年(60歳)⇒丙午年生まれ、社会と自分や今の環境から転換期。新しい目標へのスタート。月⇒丙月生まれ、現在置かれている立場からの変化。日⇒丙日生まれ、過去の固定観念からの転換や改革。後天運の対冲、(反対方向の力)子年年⇒子年生まれ、前進力を阻まれる。細分化、変化。月⇒子(12月)生まれ、心の変化や迷いがある。立場の変化。用心深くなる。日⇒子日生まれ、家族、財産、身内に問題が起こりやすい。後天運の害 裏切り隠し事年⇒丑年生まれ、仕事や目上に前進力を阻まれる。裏切られるの意味があるので共同事業に気をつける。月⇒丑(1月)生まれ、疑い深くなり心が不安定になる。秘かに進行する病気に気をつけて。日⇒丑日生まれ、家族の裏切りや病気など身内に問題が起こりやすい。自身の健康に気をつけて。後天運の刑 トラブル、喧嘩や事故、怪我年⇒午年生まれ、自刑の年。仕事や同僚や目上とトラブルになりやすい。喧嘩や争いには強い。月⇒午(6月)生まれ、自刑の時。怪我や事故に気をつけて。日⇒午日生まれ、家族内のトラブルが起きやすく、イライラして家族仲が悪くなりやすい。 我が家族の今年は刑や害に気をつけなければいけない年になりそうです。(神経痛も前倒しの刑の現象かもしれません)
2026.01.09
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去年の1月13日のブログに書いた「高尾学館の開運手帳の私の今年の運」、には「何らかの目的を夢見るとその年の終わりに必ず実現する」と書いてありました。去年はせっかくの夢実現の年なのに「自分の夢」がわからなかったのですが、今年の2月3日までの運と考えればまだ間に合います。「世代交代。家事も仕事も娘にバトンタッチ」最近は体力と知力の衰えを感じて、なんとなく思っていたことが実現しそうです。ニ所帯住宅で同居の次女が昨年12月31日で会社を退職しました。そして一昨年彼女の提案で立ち上げた会社(今は代表者は私)を引き継いでくれると言ってくれます。でも、現状は今までの勤めていた時の収入を得るためには、彼女自身が仕事を創設する必要があるので、現実に代表を渡すのは来年の2月4日と計画しています。 今年の「高尾学館の開運手帳の私の今年の運」には「心にゆとりが出る年でのんびりした現象が出る。しかし人の和が広がる年」と、書いてありました。私は命式から見ても月が律音と刑(丙午月生まれ)なので、体力や知力を考えて世代交代の年のようです。そして鳳閣星が回る年ですから、のんびりと好きなことをして、友人と会食やおしゃべりを楽しみ、新しい出会いがある年になるようです。「来るを拒まず」とも書いてありました。律音(りっちん)⇒人生が2分されてスタートの時期。年の律音(60歳の還暦)⇒社会や親、目上との関りを見つめなおす時。仕事の変化、新しい目標に向かってスタート。月の律音(丙午月生まれ)⇒自分自身を見直す。家族関係の新たなスタート。日の律音(丙午日生まれ)⇒固定観念を捨て、大きく飛躍するチャンス。家族との関係を見直し再スタート。「夢の実現」も巳年の終わりごろになって(そう言えば)と思うのんきな私。今年も、来年の今頃に(生き方変わったなあれっ月の律音の年だった)と思うのかもしれません。
2026.01.04
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明けましておめでとうございます。2026年は60干支の43番目の干支で丙午(ひのえうま)の年です(和暦の新年は2月4日)。 丙(ひのえ)→陽の火で太陽、明るい、暖かい、公平、何かを育てるの意味を持ちます。明るく暖かい情熱もてる五行です。熱くなりすぎないように水は守護神です。水は知識や勉強の意味もあります。(水は色にすると黒⇒黒板・学生服など勉強は黒)午も陽の火星の十二支。時間を表す十二支の中で太陽がまじかの正午の意味を持ちます。昔から丙午(ひのえうま)の年は大自然も人の心も熱くなりすぎることが懸念されるようです。「丙午に生まれた女性は、気性が強く、情熱があり過ぎて、夫に従わず、寿命さえも縮める」(迷信)と言われ、「丙午に女が生まれたら嫁の貰い手がない」との迷信?のせいか、「江戸時代、好きな男に逢いたいから放火した八百屋お七」のせいか?60年ごとの丙午の年は出生率がかなり下がるようです。(運が強い、情熱ある女性は今の時代は良い妻にもなるはずですから、今年は出生率がさがりませんように)陽の年(丙も陽、午も陽)は海外の出来事に影響を受ける年で、国内では他国の争いに巻き込まれない独立独歩で平和を守る必要のある年。気になるのは、隣国の中国が「文化大革命」から60年ということです。あの、中国の歴史的にも大きな出来事「文化大革命」が否定されずに今の中国の繁栄の土台とされていることです。そして、あの革命を起こしたエネルギーがどうぞ日本にぶつけられないように祈るだけです。 日本の国旗は「日の丸」太陽(丙)そのものです。世界に日本らしさ、日本の文化や、知識を世界に発揮できる年、平和を願い、明るく前向きな姿勢を世界に示せる年にしたいものです。 午年の今年仕事の運気が良い人は、寅年と戌年に生まれた人(半会)、未酉年の人(支合)。寅の日や戌の日に生まれた人は家族が広がる年、結婚や出産、孫の誕生など期待大。寅月(2月)や戌月(10月)に生まれた人は自分が成長でき自信を持てる年(自信過剰になるかも)、未月(7月)に生まれた日は自分の思うことができる年。生命力あふれ、情熱もてるこの年に運気の良い人は大いに前進して欲しいものです。仕事運が思うようにいかない人は子年の人(対中)。丑年の人は前進力が弱くなります(害)。午年午月生まれはトラブルや怪我に気をつけてください(刑)。午未天中殺の人は(生まれた日の干支が21~30)は神が不在の年で要注意の年です。辰巳天中殺の人(生まれた日が31~40)の人は2月3日で天中殺が終わりますが、4月5月までは用心が必要です。天中殺の時は初詣や神社の参拝、先祖供養はきちんとして、良い生活習慣を守ることで、天中殺現象が弱まります。知識欲が高まり勉強が身に着く自己充電の時でもあります。天中殺は自分の環境のパイプが途切れてはみ出しやすい時です。上手く切り抜けて、自己充電して、良い運気の時期に備えてほしいものです。 日本が平和であれば多少の障害があっても夢の実現や運命の改良はできるはずです。2026年、日本の平和が続きますように。世界が平和になりますように。皆様にとりましても良い年になりますように。
2026.01.01
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あの世の星のスピリットステージを持つ天馳星の不思議パワー神経の回転とスピードが普通の人の3倍と言われる「天馳星」所有者は、エネルギーは1(天将星の12分の1)。忙しさも年齢も時間も気にしないせいか好きなことに集中し過ぎるせいか、体力を過信して忙しく動いてしまうのか、体に無理をしてしまうのかもしれません。でも、くたびれたと思うと吹っ切りが見事で、取り組んでいたことも途中でもポーンと切ることができるのです。それでも、身弱で精力的に多忙なスケジュールを組むせいか病気や怪我が多いのですが、それでも、あの世の星のせいか生きる力も超越しているようにも思えるのです。日干支が干支NO21~30の午未天中殺の人が持つ十二大従星は天報星・天庫星・天馳星ですが、天馳星を持つ人には有名人が多いです。直感力、瞬発力が求められるスポーツ界で活躍する人はもちろん、目上(親や師や上司)に恵まれる午未天中殺の人はどの分野でも活躍しています。忙しさを気にせずいくつもの仕事の掛け持ちもでき土壇場にも強いので活躍する人が多いのでしょう。テニス・フィギャースケート・ゴルフ・野球選手など多いです。瞬発力、直感力などあの世の星のせいか、土壇場に強いのも神業です。あの世の星の天馳星は病気や怪我さえ克服して活躍できる力を持つように感じてしまいます。癌や難病と闘病しなが活躍する有名人も多いのです。米沢冨美子さん→(禄・印・馳→18)20代で癌発病し生涯癌と戦いながら、主婦として母として数学者・慶応大教授やエッセイストとして活躍。池江りか子さん→白血病を克服してオリンピック出場。樹木希林さん→「全身癌」と言いながら命ある限り女優として活躍。宇野千代さん→たしか70代で癌(?)を克服して著作業や着物デザイナーとして活躍され、97歳で「私死なない気がする」と書いておられた。病気になっても才能発揮させて長寿な方が多いように思われます。午未天中殺で晩年の十二大従星が天馳星の人名 初年 中年 晩年(日干) スポーツ選手 村上宗隆 天報星 天庫星 天馳星(庚) 今永昇太 天馳星 天報星 天馳星(庚)甲斐卓也 天報星 天庫星 天馳星(乙) 岡崎慎司 天馳星 天印星 天馳星(庚)石川遼 天南星 天将星 天馳星(庚)イチロー 天印星 天南星 天馳星(辛)大阪なおみ 天印星 天南星 天馳星(辛)紀平梨花 天恍星 天南星 天馳星(庚)文化人米沢冨美子 天禄星 天印星 天馳星(甲)平尾昌晃 天堂星 天胡星 天馳星(乙)宮部みゆき 天胡星 天胡星 天馳星(乙)内田康夫 天堂星 天胡星 天馳星(庚)宇野千代 天将星 天胡星 天馳星(庚)北川悦史子 天印星 天貴星 天馳星(辛)
2025.12.28
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私の周囲には午未天中殺の人が多いのです。十二大従星は主精(心)や主星(性格)の特徴を鮮明にします。末代運の午未天中殺は天庫星(入庫)か天馳星(魂)か天報星(胎児)のどれかです。午未天中殺で晩年の十二大従星が天報星の人は生まれた日が干支24丁亥か干支NO30の癸巳の人が晩年が天報星。スタートは胎児のスピリットステージを持つ天報星、晩年に持った場合はて動物占いなら狼。胎児の時代は人間の一生のうち一番細胞分裂が激しく、日々人間として誕生するために成長する。急成長、変化が激しい、器用で、母親の用水の中で急成長するためか、邪魔もライバルもない中での急成長で自信家が多いような気がします。天報星はそんなイメージです。狼というとパワーがありそうですが、身弱星で3(最大の天将星の4分の1)です。特徴は変化に富んだ波乱多き人生で仕事や住まい、趣味も変わりやすくて、心も体も忙しい。若い時から一つに打ち込んできた人は、そのことで教える立場や成功者になっていて、講演や、教えることで全国を飛び回ったり、そう言う忙しさならこの星の特性を生かしたことになるのです。器用で直感力あり、あらゆる才能開花の可能性を秘めた多才な才能を持つ人。変化(住所、職業、人生、家族)が多いのも特徴です。変化に強く、喜びと悲しみが紙一重、出発と終結。どんな境遇からも光明を見つけ出す力、開拓力。友人の午未天中殺で晩年が天報星の人は身弱星であるのに、年をとっても新しい趣味やボランティアにも活躍する気力溢れる人です。よく旅行したり出かけたり移動が多いです。住居まで変えた人もいます。やはり特徴は変化でしょうか。師や親や目上に恵まれて才能開花できる人が多いせいか有名人にも多いのです。スポーツや芸能界など午未天中殺で天報星を晩年に持つ有名人↓ 名 初年 中年 晩年(動物占い) スポーツ 浅田真央 天馳星 天胡星 天報星 白井健三 天禄星 天極星 天報星戸塚優斗 天報星 天胡星 天報星加藤凌平 天胡星 天胡星 天報星本田圭佑 天貴星 天将星 天報星文化・経済黒澤明 天印星 天胡星 天報星堀江貴文 天禄星 天堂星 天報星赤塚不二夫 天将星 天胡星 天報星井上陽水 天馳星 天恍星 天報星俳優・タレント西田敏行 天報星 天印星 天報星尾崎豊 天将星 天報星 天報星内藤剛志 天堂星 天禄星 天報星
2025.12.25
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12年ごとに繰り返す人生のアップダウン。算命学は天中殺占いとして注目されました。誰もが感じる人生の浮き沈み、年の天中殺は12年周期の2年間が天の恩恵を受けられない2年間。空間を表す十干と時間を表す十二支の差の2と言う時間が不自然融合の時間帯との考え。算命学は自分の天中殺を知ってその時間をダメージ少なくうまくやり過ごことで運の流れを良くできると考えます。辰巳天中殺の人は来年の2月3日で年の天中殺期間が明けるのですが、午未天中殺の人の天中殺は2026年2月4日~2028年2月3日までです。6種天中殺が示すのは運気だけでなく役割も示します。午未天中殺の人は末代運で締めくくる役割と後始末をする役割。午未天中殺の人は生まれた日(日干)が干支NO21~30の人。そしてこの日干生まれは午未天中殺で晩年の十二大従星は天馳星(1)か天庫星(5)か天報(3))です(エネルギー)。午未天中殺の家系(社会)の中の役割は末代運。エネルギーはどれも身弱星(1・3・5)なのに、体力が必要なスポーツ選手や成功した有名人にも多いのです。午未天中殺の人は目上(親や祖父母・上役・師)に恵まれ恩恵を受けて現世で才能を開花するラッキー運があります。午未天中殺の人は干と支が相剋している場合が多いのです(例外は干支NO23丙戌と26の己丑)。晩年の十二大従星。干支NO23丙戊NO26己丑NO29生まれの人は天庫星(5)で墓守の使命を持つので末代運と言われても家系を守る使命なのです。干支NO24丁亥とNO25戊子とNO30癸巳生まれの人は天報星(3)で身弱なのに晩年もエネルギシュで隠居などしていない人も多いのです。干支NO21甲申No22乙酉NO27庚寅NO28辛卯の人は天馳星(1)。動物占いならペガサス。スピリットステージはあの世・魂。あの世には時間がない、魂に過去も未来もいらないせいか、時間の概念が薄いようです。「先のことは考えない、今のこの瞬間を充実させて生きる」だから超人的活躍する人が多いのかもしれません。天馳星の人は午未天中殺が多いのです。午未天中殺は親や目上に恵まれ、目上を大切にする。力のある目上や良い親や師に恵まれコツコツ努力しひきたてられ才能開花できる。でも、子や目下(部下や後輩)への伝達や指導にこだわらず束縛を嫌う。スポーツ界や芸能界などで活躍している方たちに多い天中殺です。私の友人たちにも多いのです。先日、忘年会で会った友人たち(5人中3人が午未天中殺)に「来年は天中殺だから気をつけて無理しないでね」と言うと「もう、前倒しで天中殺に入っているみたいよ」と言う。そう、先日会った時はみな故障を抱えていました。でも、良い医者に巡り合えたり、身内の愛情に支えられた理り。天中殺は自分をとりまく枠がなくなり、神の恩恵が受けられない時。アクシデントがあった時に、医者が休みだったり、誰もいなくて助けを呼べなかったりとか、間が悪く対処に困るとか。天中殺は悪いことばかりでなく私利私欲を捨てて自己充電をするとよいのです。勉強は頭がさえるて普段より理解力が増すとか。先祖供養や、神社へのお布施、社会奉仕などは良し。内面を充実させて流れに身をゆだねることで良い流れに出会えることに繋がります。生活習慣を守って無茶をしないで受け身で生きると良いとされています。
2025.12.19
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東川口駅近くの「リストランテ谷澤」は広い敷地を持つ地主さんの古民家を改装したレストランでした(柱がビックリするくらい太い)。 1階はソバ屋で2階がイタリアンレストラン。いつもの元同僚5人はこの冬は4人が身体の故障を抱えて集まりました。1人だけ元気な幹事のOさんが腰を圧迫骨折したAさんの自宅まで迎えに行き、近くの東川口駅まで他3人を迎えに来てくれて、予約していた「リストランテ谷澤」に到着。店の駐車場も広いのですが、隣接する有料駐車場も広いのです。そして、庭に電車の車両があって、リハビリ施設、デイサービス施設、パン屋、そして、なんと介護付きマンションまでが敷地内にあるのです。ランチ後は介護付きマンションの説明を聞いたり見せてもらったりしました。 近くに住むAさんも知らなかったようです。「お蕎麦屋さんは知っていたけど1回しか来てなかったし、こんなにいろんな施設が隣接しているなんてビックリだわ」幹事のOさんは遠くに住んでいるのにリサーチ力抜群。そして、今回も故障持ちメンバーに至れりつくせりしてくれました(脱帽)。(そろそろ介護施設見学が必要なメンバーかな?)前菜だけでお腹いっぱいになりました。
2025.12.13
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丙午(ひのえうま)の年は出生数が減ると言われますが?何故?丙午の年に生まれた女性を妻に相応しくないと思われるようです。強い運気を持つ丙午を女性が持つと、夫に従わないで「かかあ天下」になると言う危惧からなのでしょうか?江戸時代の放火の罪で処刑された「八百屋お七」が丙午年に生まれて「好きな男に逢いたい」思いを押さえられない情が強すぎる女と思われたことからなのでしょうか?なぜか丙午年には出生率が下がると言われています。「運が強い」のは悪いことではないと思うのですが、今の時代では歓迎されても良いのではと思います。算命学ではその年を干支の意味する内容から動向を予測します。60干支で占うので、干支NO43の丙午の年1966年(昭和41年)に何があったか?同じ干支の年を参考にします。干支NO43の丙は陽の火で太陽を意味し、午も陽の火で太陽が間上に来るとき正午。自然界の陽と時間の陽が重なる、強い陽を意味します。60年前の1966年(昭和41年)丙午の年にあったこと。★世界・5月中国で文化大革命が起きる。☆宇宙開発・ソ連が月探査機を打ち上げる。ソ連が金星探索機を金星に衝突させる。 アメリカでアポロ計画のロケット発射。ジェミニ8合と11号(有人)打ち上げ。☆日本・総人口が1億人突破。成田空港建設案。労組スト、学生スト拡大。★火事・川崎市で金井ビル火災。群馬で菊富士ホテル火災。★事故・全日空機羽田沖に墜落(133人死亡)。カナダ太平洋航空が東京国際空港で着陸失敗(64名死亡)。 英国機が富士山上空で空中分解(124人死亡)。☆エンタメ・ウルトラマン放送開始。笑点放送開始。☆6月ビートルズ日本公演・8月サンフランシスコでラストコンサート。 60年前の丙午年は宇宙開発やテレビ界など活気が出てきてエネルギーを感じます。でも、宇宙への開発は伸びたのに、航空機事故が多かったのですね。中国では文化大革命が起きて知識人たちが追い払われて(拘束も)、あの文化大革命から60年での今の経済大国の中国。不思議なことです(思想を統一するのに知識人は邪魔だったか?)。2026年(丙午の年)強いエネルギー持つ中国の動向が気になります。60年前と同じことが起きるかどうかはわかりませんが、強い運気の時。2月4日には高市総理大臣も天中殺(辰巳天中殺)が明けます。平和で経済的には強い日本の舵取りをお願いします。
2025.12.11
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左脚(膝)に痛みを感じてから3週間、やっと鍼灸治療を受けられました。まだ、痛みは残っています。何回通えば治るのかな?4年ほど前に朝起きたら全身に強い痛みがあってトイレにも壁伝いにやっと行けた状態の時に、整形外科では痛みがとれなくて、鍼灸医院で治療して痛みがとれたことを思い出したのです。***2021年6月10日のブログ↓1日目は(予約取れたのが4日後)針治療だけで2時間近くかかって激痛から解放されてましたが、痛みは残って靴下の着脱時に痛み。2回目(3日後)は針治療の他に灸治療プラスして3時間以上で70%ほど痛みから解放された。3回目(3日後)では針灸治療で1時間半で90%痛みから解放されました。4回目(今日)は針灸治療で1時間半で日常生活に不自由しないほど改善。●お腹が冷えて血流が悪くなっていました。○血流を良くしましたが、お腹を冷やさないように腹巻してください。●庭仕事は腰に負担がかかりますから当分は控えてください。●冷たいものや生野菜サラダは摂らないように。(針灸治療って凄い)ですね。10日で痛みから解放されるなんて感激***4年前は夏(梅雨時期)だったので10日で4回も予約は取れたのですが、寒い冬の時期のせいか、2回目の予約は8日後です。4年前よりは左脚だけが痛いだけのせいか、あの時のような劇的な痛みからの解放感はないのですが、でも、あと2~3回通えばよくなる気がします。1時間半の治療は鍼治療だけでした(お腹に湯たんぽ当てて)、治療後、座骨と←左膝にホカロンを貼ってくれて、「体が硬くなっていますね。身体を冷やさないようにしてください」と言われて、今朝も坐骨付近と左膝にホカロンを貼りました。○最近、血圧が高くなって気になっていたのですが、すっかり元通りになりました。「左脚特に左膝が痛くて整形外科の先生に神経痛と言われた」と、犬の散歩で出会う80代の方や、近所の80代の方に話すと、「私も以前は膝が痛くて整形外科に通ってヒアルロン注射6回うってもらって治したわ」「私も70代の頃から膝に注射してもらったり、水を抜いてもらったりしてるわ」と、元気で闊歩している人たちも言うのです。整形外科はどこも治療に通う人たちでいっぱいなのは、長く通う人がおおいのですね。治療しながら、皆さんお元気に散歩や運動しておられる。来週はいつものメンバーでの忘年会がある。先月の旅行で5人中4人が体に故障を抱えたので、観劇や美術鑑賞をせずに、ランチだけの忘年会をしようと幹事が計画してくれた。駅歩7分のレストラン、(あの駅はエスカレーターかエレベーターがあったかしら?)今春までは元気な70代と思っていたのに、確実に老いていることを実感する。(でも、脚の痛みが治癒すれば元気になれるはずとも、)
2025.12.06
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3泊4日の温泉旅行では治らなかった左脚の痛み(神経痛との診断)。湯治と言っても健康体の主人と出かけたので、2日目は雨の中、修善寺を散策したり、3日目は三島の源兵衛川の遊歩道を散策し、鰻の桜屋でランチを食べたりした旅行でした。でも、1日に3回も入浴したのですが、自宅へ帰ってから3日後にはもう、脚(膝)が痛くなってしまいました。昨日、インフルとコロナの予防接種をしていただいたかかりつけの内科の先生に「脚が痛くて整形外科の先生に神経痛と言われたのですが、どうやって治したらよいのでしょうか?温泉や針灸は効くのでしょうか?」と尋ねたら、「急に寒くなったからね。冷えが良くないのですよ。暖めて血行よくして、痛い時はシップや痛み止め使って痛みを押さえるくらいですね」とのこと。先生がいなくなってから看護婦さんが「鍼灸や温泉は効く人と効かない人がいますよ」と教えてくれた。 そうだ、以前、もっと強い痛みに襲われた時に、鍼灸が効いたから、きっと私には針灸が効くのかもしれないと、さっそく針灸クリニックに予約を入れました。(経路整体も効果あったけど、治療が痛かったから、まずは針灸で)
2025.12.03
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素晴らしい富士山に見とれた3泊4日の大仁(おおひと)ホテルの旅行でした。神経痛と診断されて(良くなるかな)と出かけた湯治のための旅でしたが、3泊4日では神経痛はやはり完治は無理のようです。でも、4日間ホテルの部屋から見える富士山の美しさに見入っていました。西武グループの元会長(堤義明)がここからの富士山の眺めを気に入ってた建てたホテル。長嶋茂雄氏も富士山の眺めを気に入って常宿にしていたホテル。今は伊東園グループのホテルとしてお手頃価格で泊まれるホテル。宿泊したホテルの和室からは1日中富士山が見えて感激しました。26日到着し部屋に入った時はあまりの絶景にビックリしました。ロビーやレストランや浴場からも見ることができたけど、5階の部屋から見える富士山は太陽が沈んでもシルエットが美しくて最高でした。 27日の朝も朝日に輝く素晴らしい姿(でも、この日は午前中から夜中まで雨)28日は朝方までの雨で、チリ一つない快晴だったせいかより美しく輝いていました。目では近くに見える富士山を写真を撮るとはるか遠くに小さく写るだけで、スマホのカメラではその、見事な佇まいを表現できません。(葛飾北斎の気持ちがわかった気になれるほど)(絵が描けたらと思わずにいられない美しさなのに) 5階の和室からの富士山逗子に住んでいた時は海岸の葉山寄りで海越しに見えた富士山。大仁から見える富士山はもっと間近に裾野までしっかり見えて姿が美しいのです。(少しの影はパラグライダーのようです)
2025.11.30
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神経痛の治療は?と考えた時に思いついたのは「湯治治療」でした。以前、母が自転車で転んで太腿を剥離骨折して歩けなくなった時に、奥会津に住む親戚の近所にあった「早戸温泉の鶴の湯」で湯治治療したことを思い出しました。(3週間で歩けるようになりました)あの頃は従妹が温泉の管理をしていたのですが、あれから、「早戸温泉・鶴の湯」もすっかり変わったし、交通の便が悪くて、自分では気軽に湯治に行けなくなりました。 それに、会津はこれからが冬真っ盛りで雪が降ったり熊がでたりするかもしれないと思い、友人が話していた「伊藤園の大仁ホテル」に3泊4日で行くことにしました。今回の症状は何年か前に朝起きたら体中が痛くて歩けずトイレにいくのがやっとの症状のに比べて、軽くて、整形外科に行ったら「脊柱管狭窄症の症状はあるけど、腰や足の骨には問題なし」なので、湯治治療はどうかと思ったのです。1人で温泉宿に泊まるには抵抗があって、友人を誘ったのですが、友人の方は重傷で当分は動かない方が良いと医者に言われたとのことで、主人を誘って伊豆の大仁ホテルに行くことにしました。 友人の話では長嶋茂雄氏がシーズンオフに常宿にして身体回復やトレーニングしていた温泉と言うことで、伊藤園グループだから宿泊費はとてもお安い。すぐに行きたかったのですが、主人と私のスケジュール調整して、予約しようとしたら、人気の温泉らしく、希望の部屋は満室なのです。とりあえず痛みがあるうちにと、空いている部屋を予約しました。「高台の上にあるから近所にレストランやお土産屋などないわよ」「レンタカー借りたら三島や沼津や西伊豆観光できるわよ」と友人からはアドバイスがあったので、主人に「レンタカー借りようか」と言ったら「神経痛を治す目的で行くなら観光はしなくて良いだろう」と言うのです。でも、痛みが薄らいだ今なら、山の上の湯治温泉で3泊4日も退屈しそうと思うのです。のんびり好き(鳳閣星)だけど、退屈が苦手(龍高星)な私に湯治治療はできるかどうか?感想は後日・・・ 故郷の新潟や会津の人々は冬は湯治を楽しむ人が多かった気がします。新潟や会津には体に優しい名湯が多くて、雪に閉ざされる冬は春~秋までの重労働した体を回復させるために近くの湯治温泉に行く(自炊)。今も、93歳でこの秋も新米を送ってくれた新潟県に住む母の友人は、朝は畑や田んぼに行って農作業して帰って来て朝ごはん食べて、11時頃に家の近くに来る無料送迎バスで、「赤湯温泉に行って温泉入って食堂で昼ごはん食べて、半分しか食べられないから余ったものを持ち帰って夕食に食べるから夕食もラクだし、風呂は焚いたり洗ったりしなくて済むし、足腰が痛いのだって遠くの整形外科行くより温泉の方が治るし、面倒がないよ」と言うのです(93歳の一人暮らし)。
2025.11.24
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「70代は神様から与えられた特別な時間」と林真理子さんのaudible書籍のタイトルです。いつも仲良く旅行など一緒に出掛けている元職場の同僚5人の平均年齢は76歳。離職してから26年経っても1年に何度も会ってお茶やランチしたりと仲良くしてきている。子供を社会に送り出して、親を看取って5人全員そろって旅行他のことに参加できるようになったのは70代。先週はそのメンバーで那須旅行した。1泊2日のあまり無理のない旅だったのに、その後、4人が足腰に不調を訴えた。 80歳のA子さんは旅行の少し前に転んで(ひっくり返って)、硬膜下血腫は無事だったけど、腰が痛いと言いながら旅行には参加してくれた。「頭を打ってこぶができて、病院でCT検査したら、硬膜下血腫は無事だったけど、腰が痛いからMRI検査を予約したの」と言っていたが、旅行に参加し帰宅した夜に腰が痛くて眠れなかったと言っていて、MRIの検査結果は「腰椎圧迫骨折していると診断されて、コルセットすることになった」とラインがあった。仲間の中で1番若いE子さんは去年ガンが見つかったけど、治療しながらも元気で参加してくれたのですが、帰宅後、股関節が痛くなって整形外科で診察してもらった「脊柱管狭窄症」としんだんされたとしょげていたのに、その週末、「霧島温泉の妙見石原壮に来ています。素晴らしい旅館だから今度みんなで来ましょう」と、ラインあり。「娘と一緒の旅でキャンセルすると何万円もキャンセル料払わなくてはいけないから、無理してきたけど、素晴らしくて痛みなど吹き飛んだわ」脊柱管狭窄症の私も、寒さのせいか脚が痛くなって、整形外科に行ったら「神経痛です。脊柱管狭窄症の影響でしょう」との診断。膝痛をヒアルロン酸注射で治療中のK子さんはもちろん病院に行き注射。「みんな脚いたくなったのはあの往復640mあった大吊橋がゆれたせいかしら」 在職中からも、よく一緒に旅行していた仲間たち。子育てや親の介護やいろいろあったけど、今が一番自由と言って年に2回は一緒に旅行し、映画やランチも楽しんでいた。旅行後に5人中4人が脚・膝・腰痛を訴えるなんてショック(齢のせいかなと思う)加齢かなと沈む気持ちになったけど、それぞれ、次の計画を思いつくのは(やっぱり、前向きな私たちだを)「鹿児島旅行して素晴らしい宿見つけたから今度みんなで行こう」と提案するE子さん。私とA子さんは「湯治に行こうよ。2人じゃ寂しいからみんなで行ったら麻雀出来るわね」と宿を探し始めた。いろんなことを担ってちょっと自由な今がある。腰や脚や膝や股関節が痛くても人生は楽しめる。林真理子さんは80代については辛らつなことを言っている。「80代になるとたいていはボケるか死ぬ」と・・・残り少なくなった70代を大いに楽しまなくては 林真理子さんの本のタイトル(audible original)「80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間」
2025.11.21
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24日まで「武蔵一宮氷川神社プロジェクションマッピング時結びの杜」開催中。先日、娘ファミリーが出かけたのですが、土曜日で混雑していて神社内に入るのに参道をゆっくり1時間くらいかかったけれど、進み方は遅くはなかったそうです。「でも、凄かった」と映像を見せてくれましたが、なかなか大掛かりで幻想的な映像です。交通便の良さは日本有数の「大宮駅」ですが、観光客はが少ないのです。鉄道博物館と盆栽美術館、そして、桜と梅の名所の大宮公園くらい。でも、鉄道で来るにも、車で来るにもとても便利なのが大宮です。氷川神社や近くの公園内の運動施設は第2公園が無料駐車場として利用できるメリットあり、大宮駅からは1~3km。「自結びの杜」氷川神社のイベントはライトアップとファンタジックな映像が7分ほどあってそれはファンタジックで素晴らしい様子。10分ほどで入場者の入れ替えがあるので進みは速いようです。 ↑2025年11月 市報さいたま 大宮区版
2025.11.18
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気丈でおしゃれでプライドの高い友人は今年の3月に80歳になった。そして、4月の初めにいつものメンバーで浜松にお花見旅行したあと、「旅行のあと、膝関節が痛くなって病院に行ったら膝に水が溜まっていて、注射器で水を抜いてもらったわ」と言っていた。その後も時々整形外科通いしていた。そのメンバーで、6月に「和田秀樹先生の《80の壁」」の講演会に行った時、「80歳の壁はぜったいあるのよ。先生自身トイレが近くて講演途中でトイレに行かれたでしょ。同窓会の集まりでは、忘れている人や、歩けない人も増えたから実感するわ」と話していた。そして、先日のいつものメンバーでの「那須の旅行」では、旅行の1週間前に転んで(ひっくり返って)、「頭を打ってこぶができて、病院でCT検査したら、硬膜下血腫は無事だったけど、腰が痛いからMRI検査を予約したの」と言いながら旅行には参加してくれたが、帰宅後腰が痛くて夜眠れなかったと言っていたら、「MRI検査で腰椎圧迫骨折していると診断されて、コルセットすることになった」とラインがあった。80歳まで、誰よりも元気で旅行や行事の出席率は5人中最高だったのに・・・3月生まれだから、同級会(彼女は都内の有名高校)では80歳になるのが一番遅くて、一番元気で、同窓会を忘れていた友や、出かける自信がないと言う友を家近くに迎えに行くほど元気だったのに・・・ 会社を退職してから半世紀経っても年に2回は一緒に旅行で来た仲間。73歳から80歳の仲間の誰よりもげんきだった友が、「みんなと旅行できるのはこの旅が最後になるかもしれない」と言っていた・・・(加齢には勝てないのかな)6月の講演会で和田秀樹先生がおっしゃっていた「若さの秘訣は脳を若々しく保つこと」人は感情から老化する→我慢をやめて快体験を増やす。前頭葉の老化を予防する方法→使い続けることが大切。生涯現役という健康法→心にいいことをする習慣。昨日、93歳の母の友人(新潟)がお米を送ってくれた。10kg以上あるダンボールを私は持てなかった。夜お礼の電話をすると(日中は通じなかった)、「あんな重いダンボールを荷造りするのもたいへんだったでしょう」と、私が言うと「あのくらいたいしたことないよ」との返事。「昼頃電話したらいなかったけど、出かけていたの」と聞いたら「町の温泉に行っていた。そこで弁当買うと食べきれないから、夜の分まであるし、お風呂洗わないで済むし、バスは無料なんだよ」と言う。80歳の壁も90歳の壁も乗り越えた93歳の一人暮らし。毎朝畑に行くことと、温泉が元気の秘訣と言う。
2025.11.14
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