さくさく堂のシナプスな存在
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インタビューを聞いていると、その「時代の言葉」とでも言うべきものに出会うことがあります。全然違う人生を歩んだ人たちが、そろって語る同じ言葉です。子ども時代に戦争を経験した人がその時代を語れば、「空襲」「配給」「灯火管制」あたりは戦争用語そのものという感じで出てきて当然なのですが、そういうものだけではなくて、例えば「スフ」とかね。スフについては以前ブログに書いたことがありますが、本当に定期的に出会う言葉です。旧制高等学校の話を聞くと、「ドッペった」「ぺった」という言葉に出会います。ドイツ語のdoppelから来ていて、英語ではダブル。追試験とか落第を指します。各地方にぽつんぽつんと点在した旧制高等学校でなぜ同じジャーゴンが使われているのか全くもって謎です。少し前まではこんなふうに時代に強烈な横糸があって、みんなが共通体験をしていました。そういう横糸が見えてくるのもインタビューの面白さの一つです。60年代安保というのも大きな時代の横糸があります。そこに出てくる「時代の言葉」は「樺美智子」。安保のデモの騒乱の中で亡くなった学生さんです。インタビューで話す方の中には直接関係した方もいらっしゃるし、報道を通して知った人もいらっしゃるけれど、とにかく何度となく耳にするお名前です。樺さんとか全学連そのものがテーマのインタビューはやったことがないんです。テーマに関係ないのに、ふと出てくるお名前です。いま官邸周辺では毎週金曜の晩に原発反対のデモが行なわれて、大きなうねりとなってきています。60年代安保のデモとの違いを考えたりします。話は変わりますが、内田樹さんが伊丹十三さんについての講演をなさって、その全文テープ起こしをブログに載せていらっしゃいます。これが80分の内容とのことですが、3万4000字ありまして、「嘘つけ!」という感じです。(笑)お手元に来て加筆修正する際に1万字くらい足していると思う。ここに戦中派の人たちに関する分析が出てきます。--------------------------大人たちは「軍国主義教育はすべて間違っていた。これまで君らが習ったことは嘘だった」と言う。でも、そんな言葉に軽々しく従うわけにはゆかない。軍国少 年であった少年期において自分が信じたことのうちには、本当に人間がそれを信じ抜くに足ることも、人間が生涯をかけて守り切るべきもの、そのために死んで もいいというようなものも、含まれていたはずだからです。それを戦後社会は「全否定せよ」と言う。誰もそれを守ってくれない。だったら、少年たちが自分で 自分の過去を守るしかない。そういうふうに考えたのが、戦中派の特徴だと僕は思います。その使命感は、先行世代にも後続世代とも共有されていない。この固有の世代的使命を感じていた集団に伊丹十三もまた属していた。--------------------------伊丹十三さんがそういうタイプだったのか、彼には詳しくないのでわかりませんが、この戦中派の軍国主義教育への密かな肯定感(と言ってよいのかどうか)というのも感じることがあります。漠然と感じていたものが文字になっていて、そうか、これも時代の横糸なのかと得心するところがありました。この肯定感は近代日本が忘れてしまった日本人の美徳に直結しているところもあって圧倒されますが、「そのとおりですね」と気軽に受け答えしにくいこともあって、結構やっかいです。(笑)自分は戦後の人間なのだと思い知らされる瞬間です。
2012年07月23日
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