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記号論を活用した小説の書き方の動画をアップロードしました。エンタメ小説の文章は文字通りの意味しかないのに対して、純文学の文章は象徴や比喩やダブルミーニングを使って多義的な意味があります。純文学を書きたい人は単に物語の起承転結を書くのではなく、単語レベルでの言葉の取捨選択が必要になります。文学賞の選考で新人作家が「書きすぎ」と怒られているときがしばしばありますが、なんで苦労してたくさん文章を書いたのに怒られるかというと、無駄を省いて短い文章で多くの意味を表現するほうが良い文章なので、書きたいことを全部書くよりも何を書かないが重要なのです。文章を短くして言葉の表現を追及すると、最終的な表現形式は小説でなく詩になります。私は言語芸術が好きというより物語が好きなので詩はほとんど読みませんが、言葉の感性を鍛えたい人は詩を読むとよいですよ。記号論について知りたい人はウンベルト・エコ『記号論入門─記号概念の歴史と分析─』を読むと分かりやすいかもしれません。象徴について知りたい人はツヴェタン・トドロフ『象徴表現と解釈』が面白いかもしれません。【中古】 記号論入門 記号概念の歴史と分析 教養諸学シリーズ3/ウンベルトエコ(著者),谷口伊兵衛(訳者) 【中古】afb象徴表現と解釈 (叢書・ウニベルシタス) [ ツヴェタン・トドロフ ]
2019.09.29
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教師の姉が貧乏な妹の家に居候する話。●あらすじ第一場ブランチ・デュボアがニューオーリンズに住む妹のステラを訪ねて、家主のユーニスに家に入れてもらい、ステラが貧乏暮らしをしていることを初めて知って衝撃をうける。ブランチは国語の教師だけれど過労で休暇をとっていて、精神的に不安定で一人になりたくないのでホテルに泊まらずにステラの家に滞在するつもりだったが、ステラはポーランド人の夫のスタンレーにはまだブランチのことを話していなかった。ブランチがベル・リーヴの屋敷を手放したことをステラに伝えて田舎から逃げたステラをなじると、スタンレーが帰ってくる。スタンレーがブランチに結婚しているか聞くと、ブランチは若い頃に結婚していたものの、相手の少年は死んでいた。第二場ステラは妊娠したことをブランチに内緒にするようにスタンレーに言う。スタンレーは妻の財産は自分の財産だと言い出して、屋敷を売った金を気にしてブランチのトランクをあさっていると、ブランチが風呂から出てきたので屋敷の書類を確認する。スタンレーはステラが妊娠しているとブランチに言う。第三場スタンレーがミッチたちとポーカーをしているところに外出していたステラとブランチが帰ってきて、ブランチは独身のミッチが気になって話し込んでラジオをかけてワルツを踊っていると、スタンレーが怒ってラジオを窓から捨てたのでステラが怒ると、スタンレーがステラを殴ったので、ステラは二階のユーニスの部屋に逃げる。落ち着いたらステラがスタンレーのところに戻る。第四場翌朝ステラはよくある事で気にしないとブランチに言うものの、ブランチはステラがきちがいと結婚しているのに気づいていないのでこの生活から抜け出さないといけないと諭すものの、ブランチは金を持っていないので出ていけなかった。第五場スタンレーはショーがローレルの町のフラミンゴーというホテルでブランチと会ったと言うのでブランチは不安になる。ブランチはミッチを手に入れたいとステラに言って、新聞の集金人の少年に色目を使っているとミッチが来る。第六場ブランチはミッチと会って話をして、ミッチは母親が病気なので身を固めたいと打ち明けて、ブランチは昔結婚した少年がダンスの後に拳銃を加えて自殺した話をする。第七場ブランチの27歳の誕生日にステラが誕生祝をしようとする。スタンレーはブランチのことを調べて、ブランチはフラミンゴーで嘘をついて男をとっかえひっかえしてホテルを追い出された嫌われ者の有名人で、休暇は嘘で17歳に手を出して学校を追い出されたのだとステラに教えて、ミッチにももう話したので来ないだろうと言う。第八場誕生祝にミッチは来なかった。スタンレーはおれは生まれも育ちもアメリカのアメリカ人だからポーラックと呼ぶなとブランチに忠告して、ローレル行きの切符を渡すと、ブランチはバスルームに籠って吐く。ステラがなぜそんなひどいことをするのかと聞くと、スタンレーはブランチが来るまではステラと楽しく過ごしていたのでブランチを追い出したかった。第九場ミッチは真実を知るためにブランチに会って、ブランチを嘘つきだという。ミッチはブランチとエッチをしたがるものの、結婚する気はないと言ったので、ブランチは火事だと叫んでミッチを追い払う。第十場ミッチが帰った後にブランチは飲んだくれて、好意を持っているダラスの富豪のシェップ・ハントレーからカリブ海周遊の誘いの電報が来たとスタンレーに言うものの、スタンレーはそれは嘘だと言い、ブランチが瓶を割ってスタンレーを威嚇すると、スタンレーはブランチをつかんでベッドに連れていく。第十一場数週間後に子供を産んだステラがブランチの荷造りをする。ブランチは精神を病んでシェップ・ハントレーから電話が来ると信じていて、医者に連れていかれる。男たちは気にせずにポーカーをしている。●感想内容の細部を忘れていたので11年ぶりに再読したのだけれど、大筋を知っていてもそれなりに面白かった。物語としては場面や登場人物が少ないのでその分機能的な構成をしていて、構成としてはよくできている。序盤はブランチ目線でステラとスタンレーの非常識さを描いて価値観の衝突を起こして物語の弾みにして、中盤はブランチとミッチの恋がうまく行きそうな展開にして持ち上げることで終盤との落差を大きくして、終盤は自称上品なブランチの嘘がばれて下品と見下されていたスタンレーと立場が逆転して、ステラとスタンレーこそが貧乏で下品でも現実に適応して子供を産んでたくましく生きているのだという価値観の逆転が起きている。オセロをパチパチひっくり返して形勢逆転して容赦なくとどめをさすようなテンポの良い感じがよい。第十場でスタンレーがブランチとエッチしたのかは書かれていないけれど、文脈からしてエッチしたのが精神崩壊のとどめになったのだろう。スタンレーがなぜブランチを嫌いなのかという動機も書いてあるし、第一場でブランチが分不相応な服を持っていることを暴いたり、第四場でブランチに金がないことを明らかにしたり、第五場でブランチの男癖の悪さを仄めかしたりしていて、実はブランチが嘘つきだったことをスタンレーが突き止めるのがご都合主義にならないような仕込みをしている。ステラとスタンレーが安定して生活しているところに異物のブランチを入れて悶着を起こして、ブランチを追放してまた生活が安定するという展開は構図としては単純だけれど、それでも面白いのはスタンレーが直情的でキャラ立ちしていて場面に始終緊張感があるからである。純情で紳士そうに見えたミッチも結婚はしないけどエッチだけはやりたがるというくずな本性が露呈していて、男たちにも見どころがある。ブランチの精神が参って休暇を取ったという嘘が最後に真実になるというあたりも逆転していてインパクトがあるオチだけれど、個人的には狂人オチは気に入らなくて、進退窮まったブランチが自分の嘘とどう折り合いをつけるかというところまで追及してほしかった。むかつく人が自業自得で自滅するというだけではよくあるスカッと系の低俗な展開で、ブランチの人間性が一面的になってしまう。以前は優しかったブランチがなぜ見栄っ張りで仕事をしないで男にたかる嘘つきに変わってしまったのかという点は謎のままで、結婚相手の少年が拳銃自殺したという点を中途半端に話に出さずにブランチの人格形成に絡めたほうがよい。場面のまとまりを維持するためにブランチの過去を掘り下げることができないのは劇というメディアとしての表現の限界なのかもしれないし、小説だったらもっと面白くなったかもしれない。私が読んだのは昭和31年発行の田島博訳の新潮文庫版で、あとがきにコロンビア大学の現代劇文学の教室で作者が何を言おうとしたのかの議論が書いてあって、優雅なものへのあこがれる悲しい欲求で俗悪な力に対して反抗しているのだという解釈と、美しさや華やかな過去への憧れを踏みにじって伸びていく生命力が人間を救うので病的な文化をあざけっているのだという解釈に分かれたそうで、訳者の田島は作者は何も言おうとしていなくて人物を描いて見せただけという見方をしている。★★★★☆欲望という名の電車改版 (新潮文庫) [ テネシー・ウィリアムズ ]
2019.09.26
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主人公の人数による小説の特徴の違いについて解説した動画をアップロードしました。二人組の主人公だと行動範囲が広がってお互いの死角をカバーできて物語を展開しやすくなるし、主人公がいない小説よりも物語を収束させやすいので、一人の主人公の小説しか書いたことがないという人は二人組の主人公の小説を試してみるとよいですよ。
2019.09.22
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予言、認識のずれ、登場人物の対立で物語を展開する方法を解説した動画をアップロードしました。このテクニックを覚えておけば、たいていの物語はそれなりに面白く展開できるようになるんじゃないかと思います。昔はノストラダムスの大予言というのが流行しましたが、予言というのは未確定の未来が確定する瞬間が近づいてきて、当事者としてその結末を確認できるところに面白さがあります。そのうちなんとなく人類は滅亡するという大雑把な予言だと時期がいつなのか不明なので、予言としては面白くないです。
2019.09.11
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内閣府の平成27年度版自殺対策白書によると2013年までの42年間の統計で18歳以下の子供の自殺が一番多いのは夏休み明けの9月1日、高校生だと次に多いのが始業式の4月11日だそうで、今年の夏も何人か自殺したのがニュースになっていた。平成27年の自殺の原因を見てみると、学生・生徒等の原因は学校問題、健康問題、家庭問題、その他、男女問題、という順になっていて、学校が一番の原因のようで、長い夏休み明けに学校に行くことのストレスが自殺の動機になっているようである。政府がどんな対策をしているのかというと、「児童生徒の自殺予防に資する教育の実施」として児童生徒が命の大切さを実感することができる教育の推進、情報モラル教育の推進等、有害情報対策の推進をやっているようである。しかしその対策では不十分だから自殺が起きるわけで、若い人が自殺するのは社会的損失だと思うので、子供の自殺について考えることにした。●中学は人生最悪の時期私は個人的には中学の三年間は人生最悪の時期だと思う。顔にはニキビができるし、顔がかわいい丸顔から面長なぶさいくになるし、ホルモンバランスが乱れてイライラするし、授業はつまらないし、教師は立場上偉そうにしているだけで人格は全く尊敬できないし、社会に不満がある割には自分で何かができるほどの知識も金もないし、自分で環境も選べない。私は中学の三年間は法律上仕方なく監獄にいるようなものだと割り切って我慢して、部活で筋トレするためだけに学校に行っていた。私は教科書を10分読めば1時間分の授業が理解できたので学校に行く意味はないと思っていたし、結局は田舎の公立学校の教師よりも私のほうが高学歴になった。部活の顧問の名前は憶えているけれど、教師の名前は憶えていない。中学の教師は私の人生に何の影響ももたらさなかったどうでもよい人たちだった。私はそこそこ格闘技ができる反抗的な人間なので、DQNヤンキーとやる気がない教師だらけの底辺公立中学校という劣悪な環境でも周りに潰されることはなかった。しかしいじめとか親の過干渉とかで学習性無力感で周囲からのストレスに反抗する気力がなくなった人は、学校の人間関係や勉強で親の期待に応えることが耐えられなくなって自殺してしまうのだろうと思う。じゃあ学校に行かなければ解決するかというと、そう簡単に解決するものでもないだろう。落ちこぼれたらこの先どうするんだと親にプレッシャーをかけられるので子供からは学校に行きたくないと言いづらい。それに自己嫌悪は学校に行かなくても始終付きまとうし、すぐに自分が好きになれるようになるわけでもないので、自分が自分であることが嫌いということに対しては逃げ場がない。子供がとれる選択肢が乏しいがゆえに、子供は思い詰めて自殺してしまう。●仲間意識と他者の尊重は両立しないのではないか警察や自衛隊の不祥事が典型的だけれど、下手に仲間意識を持つと仲間とみなした他人への敬意をなくして、同調圧力からいじめが起きたりする。学校だと体操で無駄にペアを組ませようとしたりクラス対抗で運動会をしたりするけれど、そんな一時的で中途半端な仲間意識をもったところでどうせ卒業したら進路がばらばらでもう会うこともないのだし、最初から他人としてよそよそしく接して距離を置くほうが礼儀作法が身について快適に過ごせるのではないかと思う。友達を作りたかったら休憩時間に勝手に友達を作ればよいし、授業で連帯を強制する必要はない。人間というのは基本的に自分の意思で一人で生きるもので、自分の責任でやれることを増やすのが大人になって自立するということである。教師は人間は一人では生きられないというけれど、そういうのは自立した個人同士の協力の話で、自立していない子供に対して他人への連帯を促すのは子供の自立につながらないのではないかと私は思う。同級生は無条件で仲よくしないといけないというのもおかしな話で、子供だって人間である以上は性格が合う人と合わない人が出てくる。嫌いな相手とは顔を合わせずに済むほうがお互いに幸福になれるし、無理やり仲間ごっこをさせられるなんてまっぴらである。他人が気に入らなかろうがそれはあなたには関係ないことだしあなたには他人に干渉する権利はないというのが個人主義の他人の尊重のやり方で、他人と同調することを強制してクラスの不和をなくそうとするのは他人の尊重ではなくて個人の権利を犠牲にした全体主義である。教師の仲良しごっこの理想を子供に押し付けて子供の逃げ場を潰してしまってはいけない。学校がいじめを内輪の問題として内々に処理しようとするのも仲間意識が変な方向に働いていて、他人を尊重したいのならいじめによる暴力や器物破損を犯罪としてとらえて警察が捜査するべきである。学校自体が子供の権利や人格を尊重していないから、いじめをする子供が学校では何をやってもよいのだと勘違いして増長するわけである。●子供にはメンターがいない親は子供を放置しているDQNやモンスターペアレントが多いし、教師は過労気味で生徒の面倒を見られないし、一人っ子が増えて頼りになる年上の兄弟やいとこもいなかったりするし、夜回り先生も疲れて活動を休止している。昔は一回り年上の芸能人やミュージシャンやスポーツ選手が憧れの人になって、ラジオや雑誌でハガキを出すとアドバイスがもらえることもあった。しかしいまでは芸能人が低年齢化して素行が悪かったり、スポーツ選手が世間知らずのDQNだったりするので模範になりにくい。子供に人気のYouTuberは社会経験が乏しいゲーマーかくだらないドッキリをやっているDQNで、人生相談にのってくれるわけでもない。というわけで、子供がこんな大人になりたいと憧れたり、人生の模範になって指導をしたりするようなメンターがいなくなった。なんかの経済誌に10代から70代まで各年代に1人メンターを持つとよいというようなアドバイスが載っていたような記憶があるけれど、年上で立派な人は見つけやすいけれどそういう人はだいたい多忙で個人的に知り合うのは難しい。大学の存在意義は中学や高校の教師よりも教養も人格も優れた大学教授のメンターを見つけやすいことにあるけれど、現在進行形で問題を抱えている中学生や高校生は大学に入って良いメンターに巡り合ってアドバイスをもらうまで待っていられないのである。●芸術やフィクションは何ができるのか幼児向けや小学校低学年向けならアンパンマンのように善悪の価値観を教えるフィクションがあるけれど、小学校高学年から高校生の思春期のティーンエージャーに向けて人生や社会の仕組みを教えるフィクションがあまりないように見える。漫画やポップミュージックは利益を出さないといけないので、マジョリティを相手にするのは仕方がない。となると必然的に友情はすばらしい、恋愛はすばらしいという青春を謳歌するようなリア充向けの内容になる。しかしそのすばらしい価値観から零れ落ちたぶさいくでコミュ障の人は何を頼ればよいのか。萌えアニメやオンラインゲームに没頭して現実逃避をすれば一時的には幸福になれるけれど、それが長期的な人間的成長につながるわけでもない。娯楽やサービスを一方的に消費するだけでは生きる力にならないので、何かしら生産につながる行為をするほうがよい。小説や美術や写真や歌は一人で創作と鑑賞ができて独学でもうまくなれるので、マジョリティになり損ねた異端児向けの芸術だと思う。芸術には適性があるので何がよいかは人によるけれど、小説は哲学的な思想を得られて視野が広がるという点で実用的だと思うし、専門的な道具がいらなくて図書館に行けば大量の本が読めて安上がりという点で始めやすい。親や教師よりも教養がある作家をメンター代わりにして人生の教訓を知ることができるし、嫌な経験を作品として昇華することで建設的に生きることができるし、創作では他人に迎合しないことや一人で考え込むことが孤独であることが長所になる。小説を発表するときは作者が表に出ずに済むのでぶさいくでも足が短くても気にしなくてよい。世間では短所と言われることが、創作においては短所でなくなってむしろ長所にもなりうる。芸術家は目指してなれるようなものではないので芸術家を目指すことは私は勧めないけれど、芸術の創作はやってみる価値があると思う。芸術の創作というのは自分にとって価値があると思う概念やイメージを作品として具現化したり、怒りや悲しみを外に押し出して昇華する作業である。自殺する人は自分は誰からも必要とされていないから価値がないのだという思考をするそうだけれど、芸術というのは価値の創造なので、未熟で下手だとしても自分で生きる価値を見つけることにつながる。他人から価値を与えてもらうのでなく、自分でこの世界の価値を見つけることに芸術の意義がある。芸術は社会に反抗する力にもなる。というわけで、学校に行くのが嫌で仕方がなくて学校に行くくらいなら死んだほうがましだと考えている子供がいたら、学校をさぼって教科書以外の本を読んだり創作したりして、学校以外に広い世界があって親や教師よりも立派な大人がいることを知るとよいし、たまたま同じ年に近所で生まれたという程度の浅いつながりしかないあほな同級生と無理やり仲良くしなくても一人で楽しく生きる方法があることを知るとよいと思う。
2019.09.07
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パスティーシュで小説を書く方法の動画をアップロードしました。写経みたいに文章を丸写しして文体のコツをつかもうとするやり方をする人もいるようですが、そんな精神論的なやり方よりも文学理論に基づいて分析するほうがどんな技術を使っているのか理解しやすいと思います。文体も内容も全部真似て続編を書くパスティーシュのやり方もありますが、それだと二次創作になってしまいます。二次創作は元ネタの登場人物や世界設定を使いまわせるので楽に創作できますが、楽なぶん自分で物語を作る能力が鍛えられません。というわけで文学修行をしたい人は全部真似るのではなく一部分だけ真似て、内容は別物にして自分のアイデアで創作するほうが小説を書く訓練になると思います。
2019.09.01
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