「松ノ枝の記」はわたしが彼の小説を翻訳したら違う内容になったので彼も私の翻訳を翻訳する間柄になり、彼の自伝的小説「Branches of the Pine」を翻訳した「松ノ枝の記」を書くと、彼の傑作だという5作目が届かず、自称松ノ枝の姉という人物と会ってなんやかやして5作目を手に入れる話。 わたしの一人称。「わたしは彼の翻訳者であり、彼は私の翻訳者である。」という文章から始まるものの、彼が何者なのか、わたしが何者なのかがまったく言及されないまま話が進み、いつの、どこの、誰の話なのかがはっきりせず、外面描写も内面描写もなく、物語に具体性がない。この不親切で情報不足で独りよがりな語り手に付き合っても面白いどころかストレスしか感じないので途中で本を捨てたくなる。エレモテリウムが何なのかはどうでもいいからまず登場人物についてちゃんと説明しろっつーの、読者はエスパーじゃねーっつーの、という愚痴が読み進めるにつれて増えていき、結局松ノ枝家がなんだろうが興味を持てないまま流し読みした。