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2017.01.04
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カテゴリ: 教養書

精神を病んだフランチェスコ・ペトラルカは彼を救うために現れた真理そのものである女神がつれてきた教父アウグスティヌスと会話して、幸不幸や死などの人間のみじめさ、高慢、妬み、情欲などの魂の病気、愛と名誉欲についての会話を反芻するために本にして「わが秘密」と名づけた話。

●要約
第一巻 人間のみじめさと救いフランチェスコ:幸福を求めながらも意に反してみじめになる。死について省察しても苦悩や恐怖しかない。後で後悔するけど現在を楽しむ人も、現在と未来に楽しみがない人も、どちらも死ぬのなら前者のほうが幸福ではないか?
アウグスティヌス:現世で心の平静をたもつにはいつも自己のみじめさを思って死について省察するとよい。意に反してみじめになることはなく、様々な願望を根絶した後に最高の幸福への熱望が残る。理性を捨てた人は理性がある人よりも転落したときに傷つく。

第二巻 魂の病気
フランチェスコ:老後の対策のために金儲けをするのはだめか?欠乏を感じない程度でよい。欝で全部いやになり、いつも将来が心配で、他人のために生きるのはみじめなので、せめて老後を楽に生きたい。
アウグスティヌス:君は短期間の老後を心配して死を忘れている。皇帝でさえ欠乏を感じるし、自分自身のために生きている人は少なく、幸福に見える人も他人のために生きて苦労している。不可能なことを望むのはやめて自分の運命と和解しろ。

第三巻 愛と名誉欲
フランチェスコ:卑猥な女を愛するのと美女の魂の美徳を敬愛するのは違う。人間的な名誉がほしい。
アウグスティヌス:君は愛と名誉に縛られているせいで生と死について思索できずに破滅する。滅びるものに魂を従属させて、女に誘惑されて現在の自分以上になる可能性を捨てて、他人の噂である名誉に幸福の頂点を置くのは愚か。情念を再燃させないように場所を代えて、過去を思い出すのをやめて、仕事に打ち込め。名誉に値しない名誉のために本を書くことは二の次にして死の省察をしろ。

●感想
死や徳についての哲学の話だけれど、対話形式でアウグスティヌスから真理を聞くという形になっているので哲学書の割には比較的読みやすい。アウグスティヌスのツッコミ具合が容赦なく、ペトラルカを全否定して駄目出ししていくのでほのかにユーモラスで面白い。ペトラルカは生計のために聖職につきながらも、人妻に恋して愛人に私生児を生ませて詩で名声を求めたという堕落っぷりで、自己批判と救済のためにこの本を書いて、公表するつもりはなかったようである。この本でアウグスティヌスが全体的に強調しているのは死についての省察で、要するにいつ死ぬかわからないということを忘れずに、無駄なことに時間を使わないでやるべきことをやれと促しているわけである。ペトラルカ自身にとってはこの本が救いになったのだろうけれど、神が死んだ時代に生きている現代人にとっては救いにはならないかもしれない。
人間は自分が死すべきものだと忘れているという点では、病気や戦争で早死にしていた中世人よりも、医療が進歩して食料が捨てるほどあって長寿化した現代人のほうが一層当てはまるだろう。日本人は長寿化して65歳の定年を過ぎても平均寿命の80歳くらいまでの生活のめどを立てないといけなくなり、さらには年金があてにならないせいで大勢の人が孤独死を恐れて老後の資金を稼ぐためにやっきになり、大金を持ったら持ったで詐欺に狙われたり遺産相続争いが起きたりして気苦労が多くなる。ペトラルカが生きた中世と同様の問題を現代人も抱えているにもかかわらず、資本主義の中で社会的に成功しなければ人生に価値はないと刷り込まれて育ち、目先の勉強や仕事に忙殺されて大局をじっくり考える時間がなく、忙しく日々をすごして人生が充実していくほど死についての省察から遠ざかっていくという逆説的な状況に陥っている。
死について省察する時間がないということが日本の自殺率の高さにつながっているんじゃないかと私は思う。マズローの欲求段階における生理的欲求や安全欲求などの低次元の欲求はたいていの日本人ならば満たしているはずで、貧乏な私でさえ飢え死にするほどの危機はいまのところ感じない。となると承認や自己実現欲求の問題である。就職活動に失敗したから自殺するとか、好きな人にふられたから自殺するとか、投資で損したから自殺するとか、会社を辞めて肩書きがなくなったら誰も相手をしてくれなくなったので自殺するとか、そういう自殺をする人は死についての省察とみじめさの耐性が足りないのかもしれない。金も愛も名誉もないみじめな状況で死ぬまで何十年も生きるくらいなら手っ取り早く死を選ぶわけである。しかしそもそもひとりの人間が所有できるのは自分の肉体と精神のみで、それ以外のものは法律上の所有権があろうが自分ではない存在にすぎない。愛とか名誉とか自分の思い通りにならないものを人生の目標にしたところで、無駄に心が乱されることになるだろう。
しかしアウグスティヌスがいう滅びるべきものに魂を従属させるのが愚かしいという点では、愚かしいには違いないけれども万物は滅びるし死後の世界も輪廻転生もないのだから、何に魂を従属させたところで結局は愚かしいということになる。五億年後には太陽が爆発して地球も人類も滅びて、宇宙もエントロピーが増大してなんやかんやで滅びるわけで、現代人が直接人類の終わりを目の当たりにすることはないだろうけれど、個人の死のずっと先には種族としての死が待っている。人間は動物としての生存本能や種の保存の本能は残っていても、理性は人類が滅びることを知ってしまっているし、子孫を残したところで絶滅までの期間がちょっと延びるにすぎない。死に行く世界に死に行く存在として生まれて、神も救いもなく死ぬために生きなければならないという理不尽さに理性がどう決着をつけるのかというのが実存主義のテーマだけれど、これに万人が納得するような答えはないので、自分が納得できるような答えを自分で見つけるしかない。愚かさを受け入れた上で金儲けやら名誉やら愛やらに束の間の幸せを見出して満足して死ぬか、スポーツで自分の限界に挑んで満足して死ぬか、真理探しの学問や芸術をやって満足して死ぬか、旅行や登山をして世界を見て満足して死ぬか、神や宇宙人やらの人知を超えた存在になんとかしてくれと祈って満足して死ぬか、なんであれ自分は死ぬべき存在であるという運命と折り合いをつけなければならない。
欠乏を感じないことが不可能であれば、足りないものは想像力で補えばよいではないか。というわけで芸術の出番である。なんで現代の日本の小説や映画やアニメはつまらないかというと、マーケティング優先で売れる要素を詰め込んで作られていて、人間の死やみじめさに向き合っていないから琴線に触れないのだ。フィクションのキャラクターたちは人生のみじめさに苦悶することもなく、老いて死ぬこともなく、萌え美少女やらかわいいモンスターやらと一緒に日常を謳歌していて、読者や視聴者にみじめな人生を生きる勇気を与えるというよりも現実逃避するための道具になっている。これでは現実の死に向き合うためには役に立たない。一方でヒット作品となったエヴァンゲリオンやまどかマギカやカイジは主人公が死に向き合って苦悶している。死やみじめさへの対処は人間にとって普遍性があるテーマであるだけに、みじめな人々に生きる勇気をもたらすのだ。みじめな愚か者のてんてこ舞いも傍から見ると面白いもので、それゆえに愛憎を描いたラブロマンスやミステリでさえ娯楽になりうる。他人の愚かさを笑えるなら、自分の愚かでみじめなな人生も楽しく生きて、みじめさや死と折り合いをつけることができるようになるんじゃなかろうか。
あるいは我々が数十年の短い生涯の中で死との折り合いのつけ方に答えを出せなくても、今後の人類が数千年間考え続ければ、何かしら人類の終着点のような答えがあるのかもしれない。あるいは数十万年後には犬やカラスが進化して人間以外の知的動物が現れて、人間とは違う答えを出すかもしれない。あるいは将来クローン技術やら記憶のコピー技術が開発されて不老不死になって、死について考えること自体がなくなる時代がくるのかもしれない。あるいは痴呆症になって理性の機能を停止して何も考えないまま死ぬのが死についての直接的な答えをさけたまま死を感受するというのがうまいやり方なのかもしれない。あるいは人類が理性を捨ててサルに退化して何も考えずにウホウホ言いながら本能のままに生きて、みじめさを自覚しないまま死ぬようになるのかもしれない。

★★★☆☆
わが秘密 [ フランチェスコ・ペトラルカ ]






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最終更新日  2017.01.04 21:15:19
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