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2017.02.20
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カテゴリ: 教養書

関東大震災の被害状況について書いた本。

●まとめ
大正4年11月に群発地震が起きたとき、地震学教室の今村明恒は過去の江戸の大地震の統計から100年周期説を主張して、50年以内に大地震が必ず起きて、石油ランプの普及や水道管の破壊で大火災が起きて10-20万人の死者がでると警告するものの、今村の上司で第一人者の大森房吉は庶民の動揺を抑えようとして、東京が震災をこうむるのは数百年に一度で今村説は根拠がないと批難して、学会では今村は法螺吹きだと批難されて、二人は対立したまま地震研究を続ける。
大正12年(1923年)9月1日に大地震が起き、震源地に近い相模湾周辺の小田原や横浜は被害が甚大で、家屋が倒壊して鉄道が脱線する。東京府は神奈川県や房総半島よりは地震は弱かったものの、地盤が弱い地域や下町で家屋が全半壊し、東京初の高層建築物の十二階(凌雲閣)も倒れる。今村の警告は的中して東京市内15区すべてで発生した火災が避難民の荷物や家財に引火しながら延焼して火災旋風が起き、旧陸軍被服廠跡の広大な空き地に避難した推定4万人のうち3万8千人が死亡した(関東大震災の全東京市の死者の55%強)。浅草の吉原公園の池に逃げた400人以上の花魁たちは溺死する。隅田川の永代橋は両側から火が迫って人々が窒息死したり川に飛び込んで溺死したりして、隅田川は死体に覆われる。避難民が運び出した荷物が延焼の原因になり、警察官が避難民の反感をかいながらも荷物を捨てさせた場所では延焼を免れ、浅草観音も避難民の荷物の運びいれを防いで境内の池を放水して延焼を防ぎ、神田区和泉町や佐久間町は消防署の助力なしで住民が協力して神田川の水をバケツリレーしたり防火線をしいたりして延焼を防いだ。家屋を失った130万人が公園や学校に避難するものの混乱が起きる。横浜市は東京を上回る家屋倒壊で全市の総面積の80%が焼失した。
地震で新聞が発行できず、情報を得る手段がない中で人々は錯乱して大津波や富士山爆発の流言が拡大し、各新聞社も流言を事実のように報道し始める。刑務所の囚人が集団脱走したという流言が信じ込まれた中で、横浜市で発生した朝鮮人が放火しているという流言に尾ひれがついて東京に伝わり、武装した自警団が暴走して朝鮮人を尋問して殺害し始める。地元の警察は朝鮮人の放火事件は起きていなかったという事実を確認して流言を止めようとするものの、市民からの通報があまりに多くて政府が事実として扱ってしまったので、全国規模に流言が広がって朝鮮人が殺害される。政府は流言を掲載した新聞を発行禁止にして流言を止めるものの、警察と軍が流言に乗じて社会主義者を殺害していたことが明るみに出て非難される。
死体が多すぎて火葬場での処理能力を超えていて、車が燃えて腐乱死体を移送する能力もなく、人手も足りなかったので、死体の集積をやめてその場で焼却するものの火力が足りず、新発明の重油火葬装置を使って焼却する。死体処理が終わっても避難所に便所がないせいで糞尿があふれて、近隣の県から汲取り器具をもらって処理するものの、赤痢や腸チフスなどの伝染病が流行する。バラック街は衛生状態が悪く、食料や貴金属の略奪や婦女誘拐がおき、無料配給の噂を聞いた群集が暴徒化する。品薄で物価が上昇して、政府は民衆が商人や資産家に暴動を起こさないように暴利を得ている卸売商を検挙して物価を安定させる。
大森は脳腫瘍で衰弱しつつもシドニーから帰国して誤りを認めて今村を幹事に推挙して死に、大地震を予言した今村は英雄扱いされた。

●感想
大災害を警告した学者が冷遇されるという災害映画のテンプレのような展開で始まり、データや手記や著者の意見を交えつつ関東大震災の被害と後処理について書いていく形式。この本に書かれた情報の信憑性がどれくらいあるのかはわからないものの、生存者の手記が生々しいので下手な小説よりも読み応えがある。
さて現代にこういう本を読む意義がどこにあるかというと、過去を教訓にするために読むわけである。ここで見落としてはいけないのが339ページで今村が「日本の各地方で大震災の来襲する恐れのない地域は絶対にない」と大阪方面に大地震の襲来の可能性をほのめかしている点で、いわば阪神・淡路大震災も予見しているともいえる。『関東大震災』は1973年が初版のようだけれど、この本を読んでいれば1995年の阪神・淡路大震災に備えることもできたかもしれない。しかし関西方面では大地震は起きないとのんきに構えていたようで、阪神・淡路大震災では水道施設が壊滅して消火活動が遅れていて、大地震が起きて被害が顕在化するまでろくに対策をとってこなかったがゆえに大被害につながったともいえるし、あまり過去の教訓が活かされていなかったようである。自然災害が起きるのはしょうがないとして、過去の失敗を教訓にすれば人災の部分は減らせるだろうに、結局は自分が被害にあうまでは他人事として興味を持たない人が多いのだろう。東日本大震災で首都の東京でも危険を実体験したおかげで地震後の対処についてはだいぶ啓蒙活動が進んでいるし、首都直下型地震や南海トラフ地震が起きても割と冷静に行動できるんじゃないかと思う。
関東大震災というと地震後の流言で朝鮮人が殺されたことで知られているので、流言について考えることにした。流言は根拠のないうわさで、デマは政治的な目的で意図的に流すうわさで、厳密に言うと違う意味らしい。大正時代の日本人は一部の金持ち以外は高等教育を受けていないし、総辞職を繰り返す政府や併合して間もない朝鮮人が信用されていない時期だったので、災害時にパニックになって流言を信じて自警団が過剰な防衛行動をとったのは悪条件がいくつも重なったせいだろう。じゃあ現代人は高等教育を受けたから流言は広まらないかというとそうでもなくて、現代でも不幸の手紙だとかチェーンメールだとかノストラダムスの予言だとかリツイートだとかで怪しい情報が拡散しているし、熊本地震でライオンが逃げたと偽情報を拡散した愉快犯が逮捕されたりしている。
なんで現代でもなおデマが拡散したり、偽ニュースが信じられるかというと、刺激的だからじゃないかと私は思う。刺激的というのはつまり情報によって脳が刺激されて恐怖や怒りや同情や好奇心や共感といった感情を引き起こすということで、事実か否かではなく、刺激があるか否かという基準で判断している人の間でデマが広がるのだろう。事実か否かというのは知識と論理的思考能力を持ってないと判断できない一方で、刺激があるか否かというのは感情で誰でも瞬時に判断できる。そして怒りや恐怖というのは生存本能に関わる強い感情なので、感情的になったぶんだけ理性的な判断力を失って、真偽不明な情報を信じ込んで、よかれと思って他の人に全力でデマを伝えてしまうわけである。
この種の刺激は取り扱いに注意が必要で、エンターテイメント作品としてパッケージして日常から隔離すれば恐怖でも怒りでも人を楽しませることができる反面、日常生活に無分別にたれながされると危ない。テレビの討論番組ではデータに基づいて淡々と議論するよりも感情的に口論するほうが話題になるし、事件や事故の犠牲者の数が少ないよりも多いほうが注目されるけれど、報道が事実を元にせずにセンセーショナルな刺激を優先して情報発信してしまうと報道機関としての役割から逸脱する。幽霊や占いはエンタメとしてテレビで特集するぶんには楽しめる反面、実生活で除霊をやったり幸運を呼ぶ壷を売ったりするとオカルト商法として被害がでる。上岡龍太郎が『探偵!ナイトスクープ』で幽霊を調査したディレクターに対して激怒したけれど、この種の刺激の危険性を知っていたからこそ証拠もなく恐怖心を煽る心霊ごっこに怒ったのだろう。朝日新聞の従軍慰安婦報道に関する壮大なデマも事実に基づかないまま被害者が可哀想だという感情をあおってどんどん被害を水増ししていって感情的な人たちが事実確認をしないまま信じ込むことになった。大正時代にデマを信じて朝鮮人を殺していた人も、現代にデマを信じて反日運動をしている左翼も構図は同じで、刺激的な偽の情報で感情的になって不毛な騒ぎを起こしているわけである。事実に基づいて冷静に行動していれば問題解決はむしろ早かっただろうに、感情的になったがゆえに問題を無駄に長引かせてこじらせて深刻化させることになる。
報道機関でさえ正確に事実を伝えるとは限らないどころか平気で捏造や偏向報道をするし、悪意を持った人が流言を言いふらすこと自体を止めることはできないし、無数の情報が飛び交う中では専門家でもない人がいちいち自分で真偽を確認して回ることもできない。政府や大学の権威がある機関から直ちに影響はないから安全だの危険だから避難しろだのと矛盾する情報が出てくることもある。そうなるとデマに踊らされないための自衛手段としては、真偽不明な情報はすべて疑って判断を保留して、自分が理解しておらず確認もしていないことをむやみに信じず、科学的に検証可能な方法で事実を確認して、最低限デマを広める行為に加担しないのが大事だろう。自分がデマに踊らされて間違った行動をしたときに、情報源が間違っていたのが悪いというのは責任転嫁の言い訳にしかならないし、情報源を確かめないまま行動したのは自分の責任である。たとえば四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件では、老人からキャッシュカードを強盗しようとした女が「泥棒」といったことを信じて買い物客と警察官が無実の老人を取り押さえてその後に老人は死亡したけれど、これも根拠のない情報に基づいて軽率な行動をしたことは非難されてしかるべきだろう。2ちゃんねるとかのキチママ遭遇体験談を読んだことがある人なら被害者ぶる人が必ずしも被害者とは限らないことを知っているし、客や警察官は感情的に正義感をふりかざして老人を犯人扱いして取り押さえる前にいったん善悪の判断を保留して、最初から冷静に監視カメラで状況を確認して犯人の女と老人の双方から事情聴取をしていれば犯人の女を逃がすことも老人を死なせることもなかった。正義感がある阿呆はカルト宗教や極右や極左と似たようなもんで、自分が正しいと信じて自己満足のヒロイズムに浸って他人のことを考えずに間違った行動をするので始末に終えない。私は阿呆ではあるものの正義感はないし、間違った行動をするよりは何も行動しないほうがまだましだと思っている。行動に移す前にまず考えるべきことがあるし、自分が思慮不足な阿呆であることを弁えて慎重に行動していれば、感情任せに阿呆なことをしでかして他人に迷惑をかけずに済む。
しかし自分がデマにだまされなかったとしても、周りの人が皆デマを信じていたらどうすればよいのかは対応に困る。感情的な相手に感情的に対処すれば力ずくで解決することになるし、感情的な相手に理性的に対処して主張の根拠を尋ねても相手には理性がなくなっているので話が通じないだろうし、さらには陰謀論を主張する相手には科学的に信用できそうなデータを見せても情報の捏造を疑われたら効果がない。平時でさえデマを信じて騒ぐ人が大勢いるのに、非常時にデマを信じて殺気立った人たちを押さえ込むとなると警察や軍が武力制圧するしかない。イスラム国の兵士がジハードで敵を殺して死ぬと天国で処女と結婚できるという根拠のないデマを信じて嬉々として殺人しているのを説得しようがないようなもんである。となると、個人でできる対処法としてはデマを信じ込んでいる人を説得するのをやめて巻き込まれないように逃げるくらいしか対処法を思いつかない。じゃあどこに逃げるかというと、逃げ場がない。現在の人間の阿呆な知能ではこの世界についてよくわからないがゆえに、世界の解釈をめぐってキリスト教だのイスラム教だの資本主義だの社会主義だのを争って右往左往しているという段階から何千年も抜け出せないわけで、右に逃げても左に逃げても逃げた先には別のデマを信じている阿呆の群れがいるので、人間社会にいる限りつねにデマに悩まされることになる。そういう点ではひきこもって社会に参加しないのは正常な行動なのかもしれない。あるいは多数派に所属して嘘まみれの社会に適応してデマでも占いでもエセ科学でもなんでも処世術に利用するのが賢い阿呆の生き方なのかもしれない。同じ阿呆なら踊らにゃ損なのだろうか、あるいは不運と踊っちまうのだろうか、よくわからない。ううむ。

★★★★☆

関東大震災 【電子書籍】[ 吉村 昭 ]






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最終更新日  2017.02.20 09:28:06
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