PR
キーワードサーチ
コメント新着
文化人類学的に世界中の国や民族のトイレと文化についてのうんちくを書いた本。
●面白かったところのまとめ
・文化人類学は文化相対論で、文化水準が高いか低いかではなく、それぞれの民族の生活様式やものの考え方は環境に適応した歴史観で形成されたもので、文化の形が異なっているだけだと考える。その対極はエスノセントリズムで、自分たちの民族と文化を中心に他の民族と文化を評価して下位にランクづける考え方。
・シボレテ(ためし言葉)は元来ヘブライ語で水の流れという意味だったが、イスラエルでは特定の集団の習慣や服装を指す言葉になり、古代イスラエルの一族であるエフライム人が敵対関係でシをうまく発音できないギレアデ人を見破るためし言葉として使ったので、合言葉として使われるようになった。
・アイヌは大小便を嫌っていて、山の中に男女別のトイレを作って土を掘って用を足して埋めた。明治時代に日本政府がアイヌを農民化しようとしたとき、アイヌは和人が田んぼに下肥をまくのを不潔だと言って聞き入れなかった。
・糞は汚くて邪鬼も嫌うとして魔よけになって、お丸が転じて麿や子供の○○丸の語源になったという説があり、刺激的な臭いのする楠や樟もクソに由来する可能性がある。1333年に千早城に立てこもった楠木正成が大佛家時率いる幕府軍に煮立った糞尿を浴びせて戦果をあげた。
・文明国が衛生的で未開民族が不衛生というのは間違い。自然の浄化力が保たれていれば体に泥がつくことは衛生的に問題ないし、風呂に入る必要がない。狩猟採集民族はキャンプを移す移動生活をしていて、去った後のゴミは動物に食べられたり太陽の紫外線によって雑菌が死滅して自然に浄化する。しかし人が一か所に集結して都市生活を営むようになると自然では処理しきれない量のゴミがたまって雑菌や病原菌が増殖するので、文化的な進歩と言うより悪化した生活環境への対応として上下水道などの施設が整備された。ローマ、アテネ、大坂、江戸などの都市で浴場が整備されたのは偶然ではない。
・人間以外の哺乳類は自然脱肛で肛門周辺を出したり引っ込めたりできるので肛門の周りに糞がつかないが、人間は二足歩行して尻の筋肉が発達したせいで糞を拭かなければならなくなった。粗食が多かった農民の糞はコロコロしてほとんど拭かないで済んでヘラや縄や藁などでかすを落とすだけでよかったが、素材を調理・加工する技術が発達して繊維質の少ない食品や製粉で作る製品が多くなると糞がべちょべちょしてお尻が汚くなるので紙を使うか水で洗浄しないといけなくなった。奈良時代にはチュウギが使われるようになり、平安末期から落とし紙を使う習慣が始まった。
・アラブ圏には豚に人糞を食べさせる豚便所があり、アラブ人は人糞を食う豚は汚らわしいとして豚肉を食べようとしない。しかし中近東のキリスト教徒は豚肉を食べるので、アラブ人が豚肉を食べないことの説明にならない。沖縄、韓国、中国にも豚便所がある。
・糞の化石の糞石から落とし主が食べたものや健康状態が分析できる。日本最古のトイレのうちの一つが福井県の鳥浜貝塚にあり、4000-6000年前に川床に杭を打ち込んだ桟橋のような施設があったと推測される。
・平城京や藤原宮には細長い溝にまたがって水で流す水洗トイレがあったと推測される。庶民は空地や道端で糞をしていたようで錦小路は糞小路と呼ばれていた。京都は長年下肥をしたおかげで独特の京野菜が育ったものの、戦後にGHQが寄生虫防止に下肥を禁止して化学肥料が使われるようになってから京野菜の味が変わった。
・中世ヨーロッパでは修道院や城にしかトイレはなく、庶民はおまるに用を足して道に捨てていた。12-13世紀のパリでは道路の中央の浅い溝に水が流れていてそこに汚物を流した。イギリスではフランス語が公用語だったのでフランス語に由来するgardy loo(水に気をつけろ)と叫んで窓から汚物を捨てていたが、1371年にロンドンでは汚物を窓から捨てると罰金が科せられる法律が制定された。都市に糞尿があふれていたので14世紀のロンドンでペストが発生して一日に7000人が死んだ。19世紀にコレラが流行したことをきっかけにして都市部の下水道が整備されて、1855年にはロンドンの下水道が開設されて汚水がテムズ川に流されるようになった。1775年にイギリス人のカミングズがU字型の排水管をつけた水洗便器を開発して、1884年にジェニングズが木の便座をつけたジェニングズ式水洗便器を開発して、ウォータークローゼット(WC)が定着する。
・江戸時代には茶屋が公衆トイレの役割を果たして客の糞尿を農家に売った。長屋の家主(雇われ管理人)は便所の糞尿を農民に売った代金が給金より高く、店子に汲み取り農家が持ってきた野菜を分けた。
・イヌイットは糞尿をフル活用して、尿を毛皮の処理やアイボリーの加工に使ったり、傷口に尿を塗って尿酸の殺菌作用で化膿を防いだり、尿は参加すると脂肪を溶解するアンモニア化合物ができるので石鹸代わりにしてアザラシやクジラの脂をおとすのに尿を使ったり、蒸し風呂で尿で体を洗ったりする。
●感想
研究書と言うよりうんちくを書いた軽い読み物で、著者が自分で現地調査した情報だけでなく他の資料の引用もあるので内容がどれだけ正確なのかは不明だけれど、日本やイヌイットのトイレについては割と詳しく書いてある。今は上下水道が整備されているから都市が不衛生だというのは実感しにくいけれど、関東大震災後の避難所にトイレがなくて糞尿があふれて赤痢や腸チフスが発生したり、東日本大震災で新浦安のマンションのトイレが使えなくなってウンコナガレネーゼと呼ばれたりしたように、都市は災害が起きてインフラが破壊された時に深刻なトイレ問題が起きる。人が集まるイベントでもしばしばトイレで問題が起きていて、FIが開催された富士スピードウェイは帰りのバスに乗るために数時間待たないといけないほど行列ができて、仮設トイレが不足してうんこがあふれたり、バス停にトイレがなくて野グソする人が出てきたり、バスの中で漏らす人がいて地獄とさえ言われた。日本のウォシュレットが外国人に評判だとはいえ、インフラとしてのトイレはあまり整備されていなくて公衆トイレの場所もわかりにくいので、政治家や企業はトイレについて真剣に考えたほうがよいと思う。
さてフィクションとトイレについて考えることにする。フィクションでトイレが出てくるのはだいたいポルノ、ホラー、ミステリ、学園もので、一人のはずの空間に何者かが闖入してくるというパターンや、いじめが起きたり不良がたむろしたりするパターンでトイレが舞台に使われる。下ネタやギャグ漫画以外ではうんこが物語に出てくることはあまりない。
トイレが主題のフィクションで一番有名な話がトイレの花子さんで、いまだに学校の七不思議のテンプレとして残っている。なぜトイレが怖いのかと言うと、トイレは狭くて窓が小さくて薄暗い空間なうえに、個室の中から外の様子が確認できなくて、排便中は無防備になるのですぐには逃げられないところに原因がある。ホラーだとたいていトイレにびっくりさせる仕掛けがある。『ザ・グリード』というパニックホラー映画だと客船がモンスターに襲われてトイレに逃げ込んだらトイレの穴からモンスターが出てきて食べられてしまうという演出があるし、『宇宙戦争』だと女の子が小便しようとして父親から離れて川岸に行ったら川上から大量の死体が流れてくるという演出がある。しかし演出を間違うとギャグになってしまう危険もあって、たとえばリングの貞子が井戸でなく便器からうんこまみれになって出てきたら、怖いというより汚いから近寄ってほしくない話になってしまう。それに狭くて無防備で一人になる場所なら風呂でもいいわけで、風呂のほうがお色気シーンとして使い勝手がいいぶんトイレの上位互換になる。
歴史小説やファンタジーだと、トイレやうんこをどうしているのかという点が書かれていないのでリアリティがなくなる。中世風のファンタジーをリアルに考えると貴族や英雄が不潔な生活をしているという夢のない話になってしまうので、トイレについては書かれていないのだろう。ドラゴンクエストなんかは民家にトイレがないけれど、たぶん勇者が調べている壺がおまるとして使われている。ポケットモンスターのモンスターボールの中は快適な環境だそうだけれどトイレがあるという設定ではないので、たぶんポケモンたちは狭いボールの中でうんこまみれになっている。そう考えるとシュールである。『SCUM』という囚人がサバイバルするゲームだと物を食べるだけでなくうんこもするシステムだけれど、リアルだからと言って面白くなるわけでもないので、結局トイレやうんこはフィクションでリアルに描写するほどの価値がなくて、演出でちょろっと使われる程度で十分なのかもしれない。
★★★☆☆
『小林秀雄全集第三巻 私小説論』 2024.02.25
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』 2021.12.09
シンシア・ソールツマン『ゴッホ「医師ガ… 2021.06.19