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2024.04.01
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最近は大谷翔平の通訳の水原一平が大谷の金を使って巨額の違法賭博をしていたことが話題になっているので、徒然なるままにギャンブルについて考えることにした。

●ギャンブル(賭博)とは何か

ギャンブルは金銭や品物を賭けて勝負を争う遊戯で、参加料が有料、勝敗の結果が偶然、勝敗の結果に応じて収益が変わるという条件を満たすものをいう。賭博は厳密に言うと、勝負事の結果に参加者が関与できない賭事と、勝負事の結果に参加者が関与できる博戯に分かれている。
日本だと競馬、競輪、競艇、オートレースが公営競技になっていて、それ以外の賭博は賭博罪で処罰される。宝くじも当せん金付証票法で定められた都道府県と都市だけが発売できて、個人や会社が発売すると違法である。

●ギャンブルで勝つために必要な要素

・運
宝くじやBIGのようにギャンブルの参加者がどういう能力を持っていようが完全で運で当たりが決まる賭事は、参加者は労力を使わずに実力以上の大金を得る可能性があるので少額で気軽に参加しやすい。しかし当たらない確率の方が高いので、パチプロと違って宝くじだけで生計を立てるくじプロみたいな人はいない。

・判断力
競馬だと実力がある一番人気が必ず勝つとは限らなくて馬の機嫌が悪いとかの運の要素もあるし、単勝だと当てても配当が低いので、連番のどの組み合わせに賭けたら儲かるかというリスクとリターンの判断力が必要になる。totoはBIGと違って賭ける人が勝つチームを選べるので、サッカーのどのチームが強いとかどのチームの戦術とは相性が悪いとかの知識も必要になるけれど、主力選手がけがやファールをして退場するとかの運の部分は予想しきれない。FXも不確定な未来を予測して金をかけて参加者同士でゼロサムゲームをしているという点ではギャンブルで、金融政策や外国の選挙の影響等の知識が必要になるけれど、戦争や災害とかの予想できない突発的な事態で相場が大きく動く運の部分もある。ポーカーや麻雀のように参加者同士で競うゲームは配られる手に運の要素があるし、そこから相手の手を推測してどう自分の手を展開していくか、勝負するか勝負を降りるかという判断力が必要になる。1回限りの勝負なら運の要素が大きいけれど、ゲームを何度も繰り返す場合は状況に応じて適切な判断ができる人が総合的に勝つようになるので、ギャンブルで生計を立てるプロのギャンブラーが出てくる。

・技術
パチスロは台の良し悪しの判断力に加えて、目押しするためにはリール配列を覚える記憶力や動体視力や素早くボタンを押す身体能力が必要になる。その技術をもっと生産的なことに使えばいいのに。

●ギャンブルの問題

・ギャンブル依存症になる
ギャンブルをする人が320万人いるうちの3%くらいがギャンブル依存症になるそうで、大阪のカジノ誘致などでギャンブルする人が増えるほど依存症になる人も増えていく。ギャンブル依存症になると家族や職場の金を盗んだりして周囲にも迷惑をかけるようになる。ギャンブル依存症や麻薬中毒や性犯罪のように、快楽に関する依存症は脳の報酬系や価値判断に異常をきたしていて治療で認知や行動を変えさせるのに時間がかかるし、治療中に快楽の欲求に負けて再犯しやすいので社会復帰が難しくなる。
水原一平はギャンブル依存症だと告白したけれど、年収数千万円あって通訳としては高収入なので違法なギャンブルをやってまで金を儲ける必然性がないし、堅実に不動産や投資信託に投資して老後はSNSで大谷の思い出話とかをしておけば一生食いはぐれることはなかっだだろう。いくら高収入だろうが欲を自制できなくて高額ベットをしたら破滅するところにギャンブル依存症の危険性がある。
ギャンブルはホストクラブの売掛金の問題と似ていて、たとえ合法であっても少なからず不幸になる客を生み出して依存して犯罪までする客の金で儲けている事業は行政が放置せずに健全化のために規制するか改善していくべきで、例えば公営競技をクレジットカードを持っていないと賭けられないシステムにして、カード会社の与信情報を使って最大でも与信枠内までしか賭けられないようにしたら自制できずに持ち金を全部ブッ込む人を減らせるかもしれない。パチンコやパチスロは業界共通のIDカードを作って全店舗合計で週に最大〇時間までしか遊べないように規制したら一年中開店から閉店まで入り浸るギャンブル依存症の人を減らせるかもしれない。

・働かなくなる
ギャンブルで労せずに大金を得られるようになると、低賃金でこき使われてまじめに働くのが馬鹿らしくなって働かなくなる。そうすると仕事で得られるはずだった知識や技術が身につかなくなるので、金がなくなってから働こうとしても就職先がなかったり、社会全体の生産能力が落ちたりする。

・収入以上に借金をする
ギャンブルをしていると借金をしても一発当てれば取り返せるという甘い考えになって、いったん金銭感覚が狂うと歯止めが効かなくなって、収入からこつこつ借金を返済しようとせずにギャンブルで勝って返済しようとして返済のめどが立たない無計画な借金が増えていってしまう。ギャンブルのために借金をした場合は免責不許可事由として自己破産が認められないので、借金で生活が破綻しても多重債務から抜け出しにくくなる。

・生活保護受給者の社会復帰の妨げになる
生活保護をもらったとたんにパチンコや競馬に全部使って負けて家賃を払えなくなる人もいるし、勝ったら勝ったで収入を申請しないと生活保護の不正受給になりうるし、公金で無職のギャンブラーの生活を支援するのも倫理的にどうなのという話になるし、ギャンブルが原因で生活が破綻して生活保護を受けている人はまずギャンブル依存症を治さない限り社会復帰できなくなる。

・治安の悪化
借金で首が回らなくなった人が闇金に手を出して返済を急かされて目先の金欲しさに強盗をする場合がある。強盗したところで全額返済できるわけではないし前科がついたら就職先がなくなってますます返済が難しくなるのに、返済に追われてテンパっている人には合理的な判断ができなくなって犯罪をやってしまう。家族の金を盗んだり、会社の金を横領したりする場合もある。
パチンコ店で暴れて台を壊したり店に放火したりする人もいる。負けるのが嫌ならパチンコをやらなきゃいいじゃんと思うのだけれど、ギャンブル依存症になっている人はギャンブルに固執して勝てないことでストレスをためて暴発するようである。パチンコ店の駐車場の車に子供を放置して熱中症で死なせる事件もたびたび起きている。
外国だとサッカーやボクシングがギャングの賭けの対象になっていて、大金を賭けた試合でミスをして負けた選手が損したギャングに殺されたり、ギャングに脅されたり買収されたりして八百長を指示されたりして、スポーツの健全性も脅かされている。例えば1994年にワールドカップでコロンビア代表のエスコバルがオウンゴールして負けた原因を作って射殺されたけれど、これは賭けで損したギャングの指示でヒットマンに殺害されたと見られている。

・反社会的勢力の資金源になる
いくら法律で公営競技以外の賭博を禁止したところで、賭場はたいした設備がなくてもすぐに開けるので反社会的勢力の資金源になりやすい。ビルやバーの一室が闇カジノに使われたり、店舗がなくても競馬や野球賭博のノミ行為も行われたりする。オンラインカジノも資金源になる。日本人が外国のオンラインカジノで賭けるのは違法だと警視庁のサイトで言っていて年間で59-127人程度が検挙されているけれど、オンラインカジノは違法でなくてグレーゾーンだというサイトがたくさんあって、たぶんカジノ運営側が違法でないかのように誘導しているのだろう。
カジノはマネーロンダリングにも利用されて、犯罪で手に入れた出所を明かせない金でもカジノでチップに変えてそのチップを預けておけば銀行代わりに裏金をプールしていつでも現金化できるようになるし、どのゲームでいくら勝ち負けしたかという明細も出ないので金の追跡が困難になる。

●なぜギャンブルにはまるのか

・大儲けしたときの快楽が忘れられない
ギャンブルは胴元が必ず儲かる仕組みになっているとはいえ、負けた客が二度とギャンブルをやらなくなるのではすぐに客がいなくなってビジネスにならない。そこで胴元は負けた客でもそれなりに楽しめて勝った時にはさらに興奮が増すような仕組みをとりいれる。例えばパチンコは台がぴかぴか光ったり、漫画やアニメをテーマにしてリーチ時に特別な演出が出て焦らしたり、大音量で音楽を流したりして客を楽しませるようにしている。そんでコツコツと負けを重ねてたまに大当たりして儲けるとドーパミンがどぱどぱ出て、トータルでは損をしていても大儲けした時の成功体験が記憶に強く残って、その快楽がまた欲しくなってギャンブルにはまるようになる。普通に仕事をして節約して貯金額を増やすのでは成功体験によるドーパミンの快楽は得られないので、ギャンブルにはまる人は金が増えるかどうかよりも快楽を求めているといえる。

・興奮が欲しい
欧米人にはアドレナリンジャンキーと呼ばれるスリルを楽しみたくて仕方がないタイプの人がいる。例えばビルの屋上でパルクールしたり、電車の屋根に上ってトレインサーフィンしたりして、金銭的リターンがないにもかかわらず危険を追求してたびたび死んでいる。そういう人がいたからこそ古代の人類がリスクを冒して旅をして山や海を越えて世界中に生息域を広げてきたのだけれど、現代ではあまり必要がない能力になっている。そういう人は退屈な日常生活では満足できないので、ギャンブルで大損して破産するかもしれないというスリルを楽しむようになる。成功した時のドーパミンの快楽が欲しい人とは違うタイプである。

・運を言い訳にできる
スポーツのように完全な実力を競うゲームと違って、ギャンブルは運の要素が大きい。そうすると負けたときに運が悪かったという言い訳ができる。合理的に考えればギャンブルで損する人はギャンブルに向いていないし続けたところで損を増やすだろうからやめたほうがいいのに、ギャンブルで取り返せると考える自信過剰な人が多いようである。たぶん何度か大勝ちした経験があるので、運よく勝てたとは思わずに実力で勝ったと勘違いしているのだろう。勝った時は実力、負けたときは運のせいにできて、自分に都合がよい解釈ができるわけである。

・すぐに負けを取り返せる可能性がある
ギャンブルは競馬の大穴やスロットのジャックポットのように、ごく稀な大当たりで大金が手に入る場合がある。なまじ負けを取り返せる希望があるせいで負けたときが辞め時にならなくて、負けた分を次で取り返そうとしてさらに負けが込んで掛け金が大きくなっていく悪循環になる。
株の投資の場合は大きな利益を出すには数か月から数年の時間がかかるし、休日は取引できないので、投資家は損をしたら素直に損切りして再エントリーの機を見たりして冷静に判断する時間があるので投資依存症みたいなものにはならない。ギャンブルでは負けを次の勝負ですぐに取り返せる可能性があって冷静になる期間がないので興奮状態のままブッ込むことが依存する原因になっていると思う。

・サンクコストを捨てられない
パチンコやスロットだと打ち始めてすぐ当たりがでるわけではないので、もうちょっと打てば当たるかもしれない、いまやめたらその台への投資が無駄になって次に打つ人に当たりが出てしまうかもしれないという心理が働いて辞め時が難しくなって長時間プレイする原因になる。

●健全なギャンブルの楽しみ方

・借金をせずに余剰金を使う
ギャンブルだけでなく投資にも言えることだけれど、基本的に生活に必要な命金には手を付けてはいけないし、返済のめどがない借金をしてはいけない。ギャンブルが主な収入源として生活の中心になってしまったらそれはもはや健全とは言えないので、たとえ一時的に勝って儲かったとしても普通に仕事をして安定した収入源は維持するべきである。そんで生活に余裕があったら一定額の余剰金を使ってギャンブルをして、勝ったとしても全額をギャンブルに使わずに一定額を次回の余剰金分としてプールしておいて、負けて余剰金がなくなったらあきらめてそこで終わりにして、また余剰金がたまってからギャンブルをやればいい。それなら生活に影響が出ることはない。

・金を賭けずにギャンブルに似たことをする
ゲームセンターのコイン落としはジャックポットがあったりして仕組み自体はギャンブルと似ているけれど、金でなくてコインを使っているのでゲームとして楽しめる。パチンコやパチスロやカジノのアプリのように金を賭けずにただのゲームとして遊べるアプリもある。

・金を賭けずに「一時の娯楽に供する物」を賭ける
「一時の娯楽に供する物」とは関係者が即時に娯楽のために費消するもののことで、食べ物やたばこなどを賭けても賭博罪にはならない。例えば​ 弁護士ドットコムニュース ​の記事ではテレビの企画の「ゴチになります!」で金額当てゲームで負けた人が全員分の飲食代を払うのは賭博罪にならないと解説している。

・他人のギャンブルを眺める
YouTubeではパチンコやパチスロや競馬の動画が無数にある。ギャンブル依存症を治したい人は自分で金をかけずに他人が金を賭けて一喜一憂する様子を見て代償行為として満足しているのだろう。他人の不幸は蜜の味とかメシウマとかいうけれど、ギャンブルで大損して泣きわめいている自業自得の人は同情せずに安心してニヤニヤ眺められる。

●我々は皆ギャンブラーである

金銭を賭けた賭博をやらない人でも、不確定な未来に対して時間(ある期間の労力や学習にかかる費用)を賭けて勝負して成果を得ようとしているという点では我々は皆ギャンブラーである。例えば高校生がいい大学に行っていい会社に就職しようとして同学年の人と学力を競うのは賭博よりは運の要素が少なくて実力通りの結果になる確実性が高いけれど、それでも運が悪くて勉強したところが試験に出なくて数点の差で不合格になったり、大学を卒業するときに運が悪くて不景気で就職に失敗したり、病気や災害や戦争が受験と重なって勉強どころでなくなったりする人は少なからずいる。
人間関係でも無数にいる人の中からいい人と出会えるかどうかは運だし、出会ったところでうまく付き合えるかどうかはある程度時間をかけて話を聞いてみないとわからないし、自分より容姿や性格や財産が勝っている恋敵に横取りされることもある。別れる時にプレゼントやデート代を返せと言ってサンクコストを回収しようとするみみっちい人や執着してストーカーする犯罪者になってはいけなくて、賭けに負けたらあきらめて引くべきである。
リスクを取らないで平凡に慎ましく生きるのは別に悪いことではない。しかしリスクに無自覚でリスクマネジメントができなかったり、リスクを過剰に恐れて子供の可能性の芽を摘んだりするのはよくない。しばしば親が子供が芸能人やミュージシャンや小説家や漫画家を目指すことに反対したりするけれど、たいてい成功するのは親の反対を押し切ってリスクを取った人たちである。金を賭けるのと違って夢に破れたからといって生活ができなくなるわけでもないのだから、運否天賦でえいやっと夢に賭けてみればいい。どういう家庭に生まれてどういう遺伝子を持っているかも運だし、どう生きるにせよ自分の思い通りになる人生なんてないのだし、非生産的なギャンブルで一喜一憂するよりも限られた人生のうちの数年の時間を何か生産的なことに賭けるほうがよっぽど楽しいと思うし、たとえうまくいかなかったとしても真剣に取り組んでいたら何かしらの能力は身につくので次の挑戦につながるものである。





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最終更新日  2024.04.01 20:44:07
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