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バレエのレッスンを受けるようになって、筋肉ひとつひとつを意識するようになりました。最初は言われてもちっとも実感できなかった「内腿を使う」ということが、ちょっとずつ判り始めてます。筋肉がこうつながっているから、こっちに引っ張り上げて、という先生の言葉も、ようやく感じながら動かしている今日このごろ。「そうはいっても、その前にいっぱいいっぱい」だったのをちょっとだけ脱却して、「だからこのとき軸側の腕の脇に引き上げるようにするのか」と毎回発見です。体を引き上げるって、本当に難しい。引き上げながら保ちつつ優雅に動くって、至難の業です。習いたてのときに、思わぬところで体の引き上げを実感したことがあります。甲の幅があっていない(狭い)靴で歩いていたら、ヒールが高い分前に前に足が入っていってしまい、指の付け根はうっ血するし、痛い分体重をかけられずに、ひざに負担がかかった歩き方をして耐えてました。ものすごく痛くて、いっそのこと脱いじゃおうか、と思いました。そこでふと、重心を上に上げたらどうかと思いついて、上に上にと意識して歩いたら、足にかかる体重が明らかに半減したのです。そのまま痛みは感じながらも、無事30分の道のり(途中電車)をすたすた歩いて帰れました。恐るべし、引き上げの効力。ちなみに「内腿」がどこだか、最初はよくわかってませんでした。「内腿を締め上げて」下から上に筋肉のつながりを感じて「ターンアウト」を意識すると、自然に「お尻をしまう」状態になって、つられて股関節が外に開く方向に行くんですね。少し腰が反ってることで、骨盤が前傾してるというのも、バレエの先生から指摘されたのが初めてではなく、そういえば整体の先生にも言われてたっけ。でも自分は反ってると自覚してなかったのです。だから言うこと聞いてなかった。(先生ごめんなさい)それで骨盤をたてるように、恥骨を下に向けて・・といくら思っててもすぐ忘れてしまうので、必ずプレパレーションのときにそこを直すようにしてます。上体が引き上がってないと、股関節が詰まる(体重が乗ってしまってる)ので、そこを開いて上半身と下半身を切り離して・・と動き始める前に確認することがいっぱい。でも考えすぎて顔が固まってると、先生に「みんな、顔がコワイ」と言ってマネされてしまいます。う。確かにそんな顔してた。この前代行で来てた先生が、なんとも幸せそうな顔で踊る人で、舞台で踊ることを意識した教え方が勉強になりました。やっぱり舞台では表情なしではあり得ませんからね・・・。そんなこともあって、先日届いた光藍社さんのチラシでルジがインタビューで語っていた言葉が真理を突いていると思いました。(以下、チラシより抜粋にて引用)「幻影の場のルジマトフさんはとても素敵です。舞台の上でどのような心理状況で踊っていらっしゃるのでしょうか」、という問いに対して、「よく訊ねられますが、うまく答えられません。」普通、ここでソロルの心情のひとつでも語るところかな、と思うのですが、それに続く答えは、「舞台の上で私はただ音楽を聴くのです。そうすると身体は自然に動きます。どう動かないといけないなど、舞台上では考えることはできません。」ルジらしい、真面目で一途な答え。音楽に導かれるように、自然に身体が動く。そこに内面もついてくる。そうすることが自然な流れをつくり、音と一体になり、えもいわれぬ美しさを生むのだと思う。それこそが観るものを物語の世界へ引き込んでいくのだと。回転のバランセでワンテンポ遅れて回ってた(でも途中で挽回のしようがない)自分とは大違いです。早く軸をしっかりして、せめて自分だけでも物語の世界に浸れるようになりたい。日々、精進です。
2009年08月30日
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憧れのヴァイオリンのレッスンを始めて、気がつくともう10ヶ月近く。少しずつだけど、最初の頃に比べればだんだんと成長してると思われ。週1回のレッスンは30分だけなので、あっという間に終わってしまうけど、先生が注意してくれたことを思い出して気をつけるようにしています。家で思いっきりヴァイオリンを弾けないのが難点だけど、やっぱり少しでも復習しておかないと、カラダはすぐに忘れてしまうのよね~。ヴァイオリンって、名器と言われるものはそれこそ目の玉が飛び出るくらい高価なものですが、庶民でもかろうじて手の届く範囲の、それでもきちんと選んでもらったものを分割払いで購入して(←庶民だから)、あと3回払えば正真正銘自分のものになります。幸いなのは、ピアノを長くやっていたお陰で、楽譜が読めることかな。目で追えるのと追えないのでは、「あたふた」加減が随分違うでしょうから・・。最近では、先生がピアノで伴奏を入れたり、一緒にヴァイオリンで合わせて弾いてくれたりして、そうなると必死です。まだまだ同じように優雅に弾けないけど、音がブレンドされたときの気持ちよさを、ちょっとだけ味わっています。ヴァイオリンン同士で同じ旋律を弾いてピッタリ調和すると、響きが深く透明になるのが、もう最高。共鳴して筒が広がって伸びていく感じ。これでもうちょっと上手くなってアンサンブルでもやったら、やみつきになるんだと思う。オーケストラで演奏してる人達は、この気持ちよさがたまらないんだろうな~。自分がピアノでヴァイオリンとコラボしてみたい気もします。そうそう。先日五嶋龍くんのリサイタルに行ってきました。龍くんを生で聴くのはこれで2度目。曲目:ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調op.24「春」バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調BWV1003ミルシュタインのパガニーニアーナサン=サーンスのヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ニ長調op.75アンコール:パガニーニ:「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」による変奏曲 op.9サン=サーンス:序奏とロンドカプリオーソ op.28前半のベートーヴェンとバッハは、後半より好みだった。「春」、いいよな~。曲として好き。龍くんの音もすごく鳴ってた。素直に音を操ってる感じがして、力みやこれ見よがしなところがないのもよかった。ただ、隣の席の人が目に余るメーワクな挙動不審男だったので、どーーーしても曲に集中できなくて、すごく困りました。続くバッハが終わるまで、ひたすら我慢してたけど、とてもこのままの席で第二部を聴くのは無理だ~と思ったので、主催者の方にお願いして席を変えてもらいました。ほんと、ホッとしました。変えていただいた席が、1階中央やや前方で、大変良席でした。ちなみにバッハは、こんなんだったかな?と思いつつも曲に集中できなかったので、家に帰ってから、テツラフさんのCDで聴き直しました。まぁ、テツラフさんのバッハは別格ではないかと。好きなんですよ、この人のバッハ。なんか龍くんとは違う曲に聞こえました。どっちが優れてるとかじゃなくて、龍くんのバッハもよかったと思います。多分。集中させて欲しかった。あぁ、なんてもったいないことを。後半は龍くんの顔もばっちり見えるしで、特等席だったのですが、ワタクシ的には、ミルシュタインもサン=サーンスも、あまり好みじゃありませんでした。曲が、というよりは、彼のスタイルが、と言ったほうがいいでしょうか。力強く熱演すればするほど、同じトーンに聴こえてしまって。サン=サーンスはマイケル・ドゥセクのピアノが素晴らしいのが浮き彫りになって、ずっと彼の指のタッチに魅入っていました。心の中で、「マイケル、ブラボ~!!」と叫びながら。ピアノの音、やっぱり好きです。アンコールのパガニーニ、左手だけのピチカート超速弾きが凄いのはわかるけど、「どぉよ?」的な視線で会場中を見回すのが、どうも私的に苦手。自尊心の強さはあったほうがいいけど、ひけらかしてるように見えるのは好きじゃないのだよ。あ。でも、今年リリースされたCD、ヴィヴァルディの四季は好きでよく聴いてます。特に「夏」が好きなの~。送料無料!!【CD】五嶋龍 ヴィヴァルディ:協奏曲集《四季》他/五嶋龍 ゴトウ リュウちなみにこのCDに今回のアンコール曲、パガニーニの《ゴッド・セイヴ・ザ・キング》も収録されてます。いい曲ですよね~。夏のはじめに若草が香ってるみたいで。CDだと何故か素直に聴けます。何だかんだ言って、また機会があったら、成長を確かめに?聴きに行ってしまうと思います。ははは。自分も成長せねば。
2009年08月27日
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今日届いた光藍社さんのDMを開けると、冬公演のチラシに片ひざを立て、両腕を天に差出しわずかに上向く横向きのソロル。(もちろんルジ)美しいんだ~~、これが。幻のように儚いものをそっと感じているように、静かにまぶたを閉じているだけなのに。ルジの吐息とともに、なにかに導かれてしまいそう。(うっとり)光藍社さんとは思えないほど控えめなコピーのお陰で、舞台の闇にくっきりとルジの美しさが際立っている。この美しさを形容する言葉が見つからないけど、言葉にする前に、その姿がすべてを語ってるんだもん。余韻に酔いしれる余白を開けたかったのか、光藍社さんも、文字で埋め尽くす必要性を感じなかったのかもね。たとえ一枚の写真でも、その造形は奥行きとか陰影とか深みを見せてくれて、そこには他のどんな飾りもいらないし、ただ、しみじみと魅入るのがいいんだよね。こんなに素敵な写真をチラシに使ってくれて、光藍社さん、ありがとうございます。公演の記念に、ルジマトフ・カレンダーとかルジマトフ人形とか、グッズ販売してくれないだろうか・・・。
2009年08月26日
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