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すでに亡い副社長が出てきた。かつて在籍した会社である。しかしそのメンバーは見たこともない人が多い。私はその会社を辞めることになっている。そんな時、会社の経営危機が伝えられる。うまく行ってないのはわかっているが、そこまでとは思っていなかった。経営はこのままではもたない、本業の他に副業をおこなうことにした、社員には犠牲を強いることになるだろうと副社長はコメントを発表する。すでに退社を決めていた私は少し揺らぐ。こんなときに辞めるのはなんだか目覚めが悪いと感じているらしい。私は実年齢に近い。シングルである。10歳くらい年下の女性とゆるりとつきあっている。実際に会ったことのある女性だ。大柄、人にはさばさばした性格といわれている人だ。ほんとうのところはよくわからない。彼女は「あのさ、つきあってくださいって言われてるのよ」と言う。のんびりとした調子だ。その男は知っている。彼女よりさらに10歳くらい年下になる。ガタイが大きい。俳優の坂口憲二に似ている。身長は180センチ以上ある。私が見てもほれぼれする。性格も人に愛されそうだ、ていうか、親しいほどではないが私自身、好感をもっていた。それはそうだな、と思う。私はもう歳だ。つきあっていると言えばつきあっているが、ふつうに考えて私とつきあってなんになるだろう、彼女だって私に比べればいっぱしの人間だ。会社の副業が発表される。菓子販売だという。見たこともない人が会議室にいて、菓子が並べられている。名前はよくわからないけれど、台湾土産のような、空港の売店によく置かれているような菓子である。見たこともない人が説明している。この菓子は大切な人に贈られるというものではなく、会社の同僚に義理で買って帰るようなものです。そのつもりで営業してください。見るからに安物のその菓子を、その世界にしろうとの私たちがどのように売ることができるというのだろう。社員はざわめいている。私としても失望は隠しきれない。彼女に交際を求めたという青年と私はなにか仕事上の話をしている。この男は私が彼女と付き合っているのをしっているのだろうか、と思う。会話が途切れるとなにやら落ち着かない。自分はびくびくしている。そのことが情けない。ここにいる青年はどうみてもいい男だ。なんだかかなわない。そんなふうに思えてくる。
2008年06月26日
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1番ファースト 片山2番サード モーガン3番センター 山崎4番セカンド 西山5番ショート 荒川6番レフト 永井7番DH 山内8番ライト 新井9番キャッチャー 栗原というのがそのチームのレギュラー布陣である。自慢ではないが、40試合を経過した時点でチーム打率は.424である。投手陣はいちいち名前を挙げないけれど、7人の甲乙付けがたい先発陣がいる。防御率は0.30(だったな、確か)。抑えに2人の投手がいるのだけれど、ほとんど登板する機会がないのが嬉しい悩みだ。ちなみにチームは破竹の40連勝でひとつも負けていない。ひとつも負けていないことはすごいプレッシャーになっているに違いないのだが、なんとかここまでやってきたのである。思い入れのある選手は何人もいる。例えばいまでは6番に回った永井である。このチームが弱小球団としてスタートしたときからのレギュラーで、かつては不動の4番打者だった。本塁打こそ少なかったが、4割を越える通算打率を誇る。しかし今では4割を越えることはない。引退の2文字も見えてきたベテランである。控え選手にはベテランが多い。長い間1番バッターとして活躍した天野、サードの名手服部、DH小川…そういえば昔、ロバート・クーバーという人の「ユニヴァーサル野球協会」という小説があった。訳者は越川芳明さんではなかったか。
2008年06月25日
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チャドクガに刺された。刺すというのは正確ではないか、チャドクガさんの無数の毛には毒が付着していて、それに触れると皮膚炎になります。て、チャドクガさんの「毒」は誰に対しての毒なんだろう。そもそも「毒」とはなんだろう。だけど明らかに種を守ろうとする意志があるよね、意志というか、そうしようとする遺伝子。ものの本では、成虫も毒を持っていて、それを産んだ卵に擦りつけるらしい。すごい。だから例えば椿の葉の裏側にチャドクガの卵を見つけたからといって、むやみに触れてはならない。こういうこともある。私の知り合いはとある展示館で仕事をしていた。窓を開け放っていたのだが、窓の外の植物に大量発生したチャドクガさんの毒が風に運ばれて、大いにかぶれてしまった。そんなばかなと思うけれど、皮膚科の先生が断言したし、同僚が何人かやられたのだから間違いないらしい。そう、誰に対しての毒か、だった。まさか人間が最大の天敵ということはないだろう。そうとも言えないか。鳥さん? 鳥さんもやっぱり皮膚炎になるのだろうか。足で器用に掻いたりするだろうか。それとも身体が小さいから、アレルギー反応で高熱を出し、ショック死しちゃったりするだろうか。なんと世界は知らないことに満ちているだろう、てそういう話ではないか。
2008年06月16日
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朝霧がでる。山あいに住む人より、蛍が飛び交いはじめたと便りが届く。そうして都会に住む人からは、知人が亡くなったとの知らせがはいる。40歳を少し越えたばかり。都会に住む人は、その人の子供はたしかいくつくらいだったとか、通夜のことや、香典について話している。まあ、もうずいぶんと会っていないからね、だから哀しむ資格なんてないのかもしれないしね、資格ってへんか、はははは蛍が飛び交う。それから闇夜を信号が飛び交う。いくつものメールが行き交う。昔昔知り合った人たちと、しだいに会うことも少なくなる。(だけど去年の春だったか、飲み会で会ったよね、あまり話すこともなかったけど)ある時期をともに過ごし、それからそれぞれがそれぞれの選択をする。選択をしたのだったか、流されていったのか。(都合のいい感傷だけどな、自分の中の何か少し、なくなっちまった気がしないか)(光がひとつふっと消えていくみたいなさ)どこかでひとつ光が失われる。だけど、どこかでひとつあらわれるんだよ、またひとつ、またひとつゆらりゆらり
2008年06月10日
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ほんとによく雨が降る。どうして警察に連絡しないの? とたくさんの人が思っているに違いないラスト・フレンズである。脚本・演出もなかなかにていねいだし、演じている人たちも見事なものだ。だからこの物語はすでに自動推進力をもっている。物語が勝手に動いていくような力を持つことはそれほど簡単ではない。だからこそせっかくの力を邪魔をしてはいけないと思う、しらけちゃうよ。人はきっと熱くなったり冷静になったりして生きていくものだ。計算もする。想像もする。それでもうまくいかなかったりするのであって、やみくもに突進するばかりではこちらに響いてこない。最後まで見るのでよろしくお願いします。誰に?
2008年06月06日
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ここのところ、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」(長いし)についてぼんやり考えている。「ALWAYS 三丁目の夕日」(長い)を見たときには、単純にこいつは好きじゃないなあ、と思った。箱庭のように提示された「昭和」は、これまでに消費されてきた「郷愁の昭和」をただひたすらなぞっているように思われた。なんだか広告代理店がマーケティングしたような「昭和」じゃん、というような。「ALWAYS 続・三丁目の夕日」は、「ALWAYS 三丁目の夕日」よりもずっと精巧なつくりである。「ALWAYS 三丁目の夕日」が持っていた箱庭的閉塞感がずいぶんと薄らいでいる。箱庭は箱庭なんだけれど、それは外側の世界と繋がっているんだよ、といった工夫がいくつかなされている。その他にも一作目で鼻についたマーケティング臭は注意深く隠されているように感じた。それでまあ、そういった計算高さが逆にきっとひっかかっているんだと思う。1000人いれば1000の歴史がある。だから、昭和34年ならこんなことがあったはずなのに、といった批判は恐らく的はずれだ。例えば昭和34年なら「皇太子のご成婚」やら「ミッチーブーム(正田美智子さん(当時)ですね)」に触れていないのはおかしい、といったところで、きっとあまり意味はない。だが一方で、この映画で語られなかった「昭和34年」について思いを馳せるのはありだ。取り上げられたものよりも、取り上げられなかったこと、それは何故だろうと考えてみること。これでもかと「感動的」なエピソードを盛り込んで、物語はぐんぐんと進む。演じる者も演出も脚本もなかなかの手練れである。そうなれば人を泣かすことなどきっと難しくない。実際に泣かされもしたしね(笑)。だがこうも一直線に「感動させる」ことの先にはなにがあるのだろう。感動させるために計算し尽くす、冷徹な情熱のようなもの、その中核にあるのは大きな空洞のようにも思えるのだ、とかさ。
2008年06月04日
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クレーンゲーム、俗称UFOキャッチャーの達人がいる、と前に書いたけれど、その手際をはじめて目の前で見た。400円で3つの物体を受取口に落とした。そうか、つまみ上げるのではなくて、山となっている物体のその場の秩序を乱すことで穴に落とすのである。つまりどうやって世界の秩序を変えるか、という構想のゲームなのですね。最初はひとつを所望したのである。しかしそれがあまりに鮮やかだったのでもうひとつお願いした。あ、それなら最初に言ってくれたらよかったのに、つまり彼はひとつ落とすためにクレーンを下ろしたのであって、ふたつ落とすのなら、別の方法を選択したらしい。そのため不本意ながら次の1回は、その場の秩序を変えるためだけにクレーンを操作しなければならなかったのである。ごめんなさい。○×○○最後の1回はまあ、余興のようなものらしい。というわけで、手元にはこれどうしよう、という物体が3つ残った。もう、苦しいよ、というくらい、焼き肉だった。仕上げは冷麺である。1年に1度くらいしか会わないのだけれど、私たちはどーでもいい話をする。古くからの友人というのはそういうものだ。とるに足らない近況の、そんな話の間のようなもので、たがいの調子を推し量っていたりするのだろう。まあ、ちょっとは祈っていたりもして。嵐のファンクラブ、というのでしょうか、それに入っているという友人Aから聞いてくるように言われていたので聞きました。松本潤、まじめな青年らしいです。それから長澤まさみもゴーマンなことないらしいですよ、素直な娘さんだということです、素直な娘さんて、なんかすごいなこのフレーズ。
2008年06月04日
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