2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1
キムタクがT&CのCMで言っているように、世の中に開いているヤツと閉じているヤツという2種類の人間がいるとしたら、今の私は閉じているヤツ。明日で3月も終わりだというのに、気持ちは晴れない。ザ・ドリフターズのDVDを買っても、行列のできる糖朝のスイーツを食べても、桜が満開の千鳥ヶ淵にお花見に行くことになっても、それはあまり変わらない。大切な人が悩んでいたり困っている時、誰もがみんな助けたいと思うだろう。今の私はどう?助けてあげられてる?彼はいつも多くを語らない。そんな彼をどう助けていいのかわからない私。もっと色々話してほしいし、そんな私の気持ちも話せるようになりたい。彼の新しい出発が、どうかいいスタートをきれますように。今の私に出来ることはそう願うだけだった。
2004/03/30
コメント(5)
突然ケチャップが飛び散ったせいで、冷蔵庫の中の掃除をしなければいけなくなった。キレイになるのは気持ちいい。でも、最後に冷凍庫の霜取りでつまづずいた。あまりに進まない霜取りに空想は膨らむばかり。霜のつかない冷蔵庫、『霜ツカネーゼ』。霜がラクラク取れる、『霜取りホイホイ』。霜が二度とはらない『霜よさらば』とかがあったら…そういえば、主婦が考え出すアイディア商品は、こういう日常のささいな出来事から生まれるらしい。主婦みたいな生活をしているから、こんな事を考えるのかも。片付けていると、あの生チョコがでてきた。もうそろそろ捨てようっと。
2004/03/25
コメント(2)
彼の転職が正式に決まった。色々考えた末に出した結論だった。これからの人生でステップアップするためにも、今の環境を変えてリフレッシュするためにも、彼には必要な選択だったと思う。私に出来ることは、そんな彼を理解し助けていくこと。生活を共にし、彼の負担を取り除いていくことだと思っていた。2ヶ月ほど前に仕事を辞め、彼の転職の決断にあわせこれから先の自分の生き方を決めるつもりでいた私。いつの間にか、自分の人生を生きるより、彼との人生を生きることを考えていた私。でも、彼はまだそのタイミングではないと判断したらしく、私たちは、まだしばらくお互いの人生を歩くことにした。考えてみれば、私にはやりたいことがたくさんあった。だから、東京へも来た。念願の出版社に就職し、雑誌を立ち上げ、それを定着させ存続させるために、走り回っていた日々があった。色々な事情があってその夢の続きは断念したけれど、別の夢をみつけたっていいかなと思えるようになった。彼でいっぱいになってしまっていた自分は、キライじゃないけどあまり好きじゃなかった。少し時間をかけて、もっと自分を好きになろう。もっともっと、そう思った。
2004/03/22
コメント(0)
聞くのも聞かれるのも、何だか恥ずかしい着メロ。聞いた瞬間、その人のセンスというか好みが分かって、関係ないのに照れてしまう。聞かれても照れくさいのは同じなので、今まで備え付けの『リリリリーン』しか使ったことがなかった。でも、ちょっとおもしろいのをみつけた。あの「間違いない!」の長井秀和の着信ボイス。電話がかかってくれば「電話だ。間違いない!」メールが届けば「メールだ。間違いない!」私の頭の中は、すっかり春だ。
2004/03/19
コメント(3)
彼と付き合って初めてのバレンタインデー、私は築地で働いていたので、仕事帰りに銀座の松屋へ行き、甘いものはあまりすきじゃないけどケーキなら食べるかなと言っていた彼のために、キャンティでケーキを買った。彼はもちろん食べたが、「生チョコくらい作れよな。」と言った。なぜか作るという発想が全くなかった私は、「あぁそうか、この人は作って欲しいと思う人なんだな。」あれ?チョコ食べるんだ と思いながらも、素直にそう受け止めた。次の年のバレンタインデー、私は新宿で働いていたので、仕事の合間に伊勢丹へ行き、ミクニで生チョコを買った。休みならともかく、その日は平日だったため作るのは間に合わない。何より、その頃はとても忙しくて、買いにいくのもやっとだった。その状況は、彼も分かってくれてると思っていたので、私はとにかく伊勢丹がすごく混んでいて大変だったエピソードを話した。私の中では、OLで混みあった伊勢丹で必死に並び、人気の高いチョコを買ったことで満足だったのだが、忘れていたことがひとつあった。そうだ、彼はブランドには全く興味が無い。これが、どこで買ったどんなチョコだなんて、どうでもいい人だった。そういえば!それからしばらく、彼のうちの冷蔵庫の中でミクニの小さな生チョコは眠り続けた。「生チョコなのに」と少し思った。そして、今年。手作り、生チョコ、この二つをキーワードに私はチョコを作る決意をする。しかし、彼が生チョコは生だから早く食べないといけないと言っていたことを思い出す。そして、去年買った生チョコはもしや食べてもらえなかったのでは?と疑っていた私は、彼とバレンタインデー当日会えることを確認した後、いそいそと準備を始めた。そして、彼がわたしのうちにやって来た。しかし、作り始めたのが遅かったため、彼は完成を待たずに寝てしまう。翌日、ラッピングをし、カードを添えた生チョコを渡す。彼は、後で食べるから、取りあえず冷蔵庫に入れておいてと言った。取りあえず入れておいたまま、気がつけばホワイトデーになった。早く食べないといけない生チョコは、もう1ヶ月以上も私のうちの冷蔵庫で眠っている。賞味期限があきらかに過ぎた生チョコの、行く末を案じた。
2004/03/16
コメント(5)

波もなく風もない、穏やかな日曜の午後。少しのサーファーと、少しの犬と散歩をするひとたち。江ノ島がすぐそこに見える海岸には、夏になるとたくさんの海の家が立ち並び、砂浜では、ビキニの女の子たちがはしゃぐ。照りつける日差しが眩しい季節はまだしばらく先だけど、こんな静かな時間もいい。砂浜に足を取られる感覚が懐かしくて、しばらく一人で歩いてみた。
2004/03/15
コメント(2)
古本屋でヤンソンを見つけた。あまりの懐かしさに、思わず手にとってみた。ヤンソン、正しくは「YOUNG SONG」。アイドル雑誌『明星』の付録。歌とギターとピアノのヒット曲マガジンだそうだ。よく見ると、表紙にそう書いてある。私が小学生の頃、世はアイドル全盛期。『明星』は、そんなアイドルたちの写真やインタビューが掲載されていて、それまでコミック誌の『りぼん』を読んでいた私にとっては、『明星』はちょっと大人に感じられる雑誌だった。明星を買っていた目的。シブガキ隊が好きだったということもあったけれど、やっぱりこのヤンソン。ザ・ベストテンや、トップテン、夜のヒットスタジオという歌番組を一生懸命見て、ホントに一生懸命歌を覚えていた 。音楽に目覚めた頃だった。1984年6月のヤンソンの表紙はチェッカーズ。この頃の私達は10歳。まだCDもMDも無い時代、ヤンソン片手にテレビで歌を覚える日々。とても懐かしい、古き良き時代。
2004/03/11
コメント(0)

アラモアナ・パークの恋人たち でも、よく見りゃ日本人。 アラモアナ・センターでみつけた、かわいいクマのカート。
2004/03/08
コメント(2)
ある新聞で、ユーミンの苗場コンサートに関する記事を目にした。毎年冬の苗場で開かれるコンサートも、今年で24回目。ユーミン世代ではない私も、そのコンサートの事は耳にした事があった。忙しくて駆けつける事が出来なかったその記者は、ネットで配信されたものを見たそうだ。昨年暮れに発売された、様々なアーティストへの提供楽曲が中心の「Yuming Compositions:FACES」や、立て続けに、荒井由美時代の音源を集めたCD集「Yumi Arai 1972-1976」も発売されたせいか、初期の曲が目立ったことからコンサートにも時代が反映されていると語り、その手軽さや利便性はもちろん、リクエストコーナーでシンガポールに単身赴任中のサラリーマンが電話参加していたことをうけて、その周辺のビジネスチャンスにも関心を示していた。そして、こう締めくくる。「1990年前後のいわゆるスキーバブルを経験した層にとって苗場は特別な場所。関越道を月夜野インターで下りるのが何となく誇らしかったこと、コブ一つに一人が立ち往生する大斜面の混雑、キャスターバッグでごった返したプリンスホテルのチェックアウトの渋滞に閉口したこと。 断片的な記憶が一人ひとりのほの甘い『苗場ストーリー』に結実している。」その言葉に胸が切なくなった。8歳年上の私の彼も、その世代だからだ。彼の過ごした青春の中に、ユーミンの音楽や苗場でのスキーはあっても、私にはない。そして当たり前だが、その中に私はいない。彼がその頃の話を楽しそうにすると、決まって私はさみしくなった。そんな私の気持ちも知らず、今日も彼はユーミンの曲を口ずさむ。全く違う青春を歩いた二人が、今、同じ時間を過ごしている。それぞれの思い出を語る時間が、二人の思い出を語る時間に変わる頃、私達は何を聴いているのだろう。
2004/03/07
コメント(0)
全力で日焼けをしていた20代。気がつけば30代目前。そして、いつの間にか増えていたシミとホクロ・・・近所の皮膚科でレーザー治療をしてるので、ちょこっと行ってみた。シールの麻酔薬をぺたぺたと顔に貼り、まずは事前準備。レーザーは、ちくちくするけどあっという間に終了。帰りは、テープを顔に貼られたままてくてくと帰ってきた。日焼けもそろそろ卒業かと思うとちょっとさみしいが、美白を誓う29歳の春だった。
2004/03/05
コメント(0)
夕方、ハワイから帰ってきた。最寄駅の改札を出た後、スーツケースを引いたまま向かった先は、近所の富士そば。肉うどんに七味唐辛子をたっぷりかけて、温泉たまごのトロトロした食感を楽しみながら食べること5分。おいしいものって世の中にはいっぱいあるけど、富士そばもなかなかと思いながら店を出た。東京は、まだ寒い。スーツケースを引きながら、あったまった体が冷めない様、早足で帰った。
2004/03/03
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1