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今、会社で仕事をしながらこれを書いている。今日、本当だったら花火大会に行くはずだった。運よく招待チケットも手に入って、海岸沿いで見る花火をすごくすごく楽しみにしていた。彼との間に出来てしまった隙間。出来てしまったというより、見て見ないふりをしていた隙間。心の中に色んな不安や疑問を残したまま行く気持ちにはなれなかった。分かり合えないまま、同じ時間を過ごすことが無意味に思えた。どんなに花火がキレイでも、それを見てキレイだと思えるだろうか?線香花火がポトリと落ちるように、心の中で涙がこぼれた気がした。
2004/07/30
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彼と会おうと思っていた日曜日のこと。急に用事が出来たと言われ暇になってしまったアタシは、ロッタちゃんがある朝起きて、ママが着なさいというセーターはチクチクして大嫌いなのに、それでも着なさいと言われて、一大決心で隣のベルイおばさんのところに家出することにしちゃったのと同じくらいの勢いで、ぷりぷりしながら青い自転車に乗って家を飛び出した。(かなり意味不明)しばらくは調子よく走っていたが、途中からお尻がかなり痛くなり、でも意地で走り続けた。夏真っ盛りだというのにどこへも出掛けてなかったアタシは、海を目指した。とにかくまっすぐ行けば鵠沼海岸にたどり着くはず・・・そう思いながら、自転車をキコキコこいだ。そう言えば、鵠沼海岸でビーチバレーの大会をやっているってテレビで言ってたっけ。アタシは、強風で砂がコンタクトに入るのにもめげず、イケメンを探した。だが、大会はすでに終了していた。結局帰ることにしたアタシは、道路に停車していたレゲエ調の車で売っていた、トロピカルジュース(180円)を買った。ジュースを飲みながら自転車をこいでいると、向こうから暴走族がやってきた。よく見ると、ヘルメットに「押忍」と書いてあった。わらえた。結果として、青い自転車は折りたたみなので長距離向きではないことが分かった。でも、また行こう。
2004/07/26
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ノラ・ジョーンズのCDを買った。何だか、とてもせつない曲。タイトルが胸にささる。いつものどから出そうになって、こらえてきた言葉。自分なりに考えて、聞くべきタイミングをずっと見計らっていて、ずっと言えなかった言葉。聞くのが怖いけど、一番知りたい答え。あなたにとって、私は何ですか?
2004/07/20
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ちょっと、気になる映画がある。『おばあちゃんの家』だ。ストーリーは・・・サンウは母親と2人でソウルに暮らす7歳の少年。夏のある日、サンウは失業中の母が新しい仕事を見つけるまでの間、今まで会ったこともない田舎のおばあちゃんの家へ預けられることになる。だが都会暮らしに慣れてしまっているサンウにとって、田舎の生活はあまりにも退屈だった。その上、おばあちゃんは話すことも読み書きも出来ないため、サンウは彼女をバカにし、何かと不満をぶちまける始末。それでもおばあちゃんは、サンウを叱ることはなく彼の願いを叶えてあげようと懸命だった。サンウはそんなおばあちゃんに、徐々に心を開き始めるのだが…。 ざっとこんなカンジらしい。で、お年寄りを大事にしないなんてとちょっと許せないんだけど、小さい頃ってなかなかそれがわからなかったりもする。でもでも、そうやって一緒に過ごしていくうちにきっと気付くんだろうなぁと思うと、私もおばあちゃんにとても会いたくなった。うちのおばあちゃんは、とても強い人だ。気丈で、言いたいことをいい、説教もする。でもそこには愛があって、すごく暖かい。苦労して生き抜いてきたからこそ持てる、強さと優しさだと思う。最近は体が弱ってきているみたいで、いつまで元気でいられるか分からない。でも、今年の夏は2年ぶりにおばあちゃんに会える。おばあちゃんの家で。
2004/07/16
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7月3日、友達から一通のメールが届いた。S君が亡くなったという知らせだった。S君は幼なじみで、小学校、中学校の同級生だった。そして、彼は筋ジストロフィーという難病だった。筋ジストロフィーとは、筋肉の栄養障害により体、上下肢などを動かすという動作、例えば歩くことなどができなくなる病気であり、(ジストロフィーとは異栄養という意味)、四肢脱力などの症状が進行性であること、遺伝子異常による病気であること、筋肉の組織には変性と再生という病的変化が起こっているということらしいのだが、筋肉の力がなぜ弱くなるかは解っていないので、予防以外に効果的な治療法がないそうだ。小学生くらいまでは何とか歩いていたS君も、中学校へ進学する頃には、車椅子の生活を余儀なくされた。体が弱く、自由に動けない彼を、同級生や周りの人たちは一生懸命助けてあげていた。同じクラスだった私も、出来ることはなるべく手伝うことにようにし、少しだけど、彼のうちに遊びに行ったりもした。でも、高校へ進学し新しい生活が始まると、私の中で彼の存在は段々と薄れ、彼の事を話題にする事も、足を運ぶこともなくなってしまった。時々思い出すことはあったが、忙しさを理由に会いには行かなかった。会うのが怖かった。そして30歳になった今年、彼は亡くなった。気にかけながらも何も出来なかった。いや、何もしなかったという方が正しい。もし神様がこの世にいるのなら、どうか彼が天国では歩けるようにして下さい。そして思いっきり、走れるように。30年分の彼の思いを込めて・・・
2004/07/09
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