2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全45件 (45件中 1-45件目)
1

我が家の御家老は、1992年11月5日生まれの13歳です。 写真を撮られると怒るので、以前のものでお許しを・・・御家老の父君は、アイルランド生まれのヒツジを追っていた毛足の長い雑種の黒い犬で、飼い主のアイルランド人のホプキンス氏の来日に、ノコノコとついてきた「エリオット」(1988~2004年)という名のワンコです。 母君は、我が家の近所の、○井さんの家の「マカ」(1991~2003年)という名の柴犬。悪賢いところは父犬に、頑固一徹なところは母犬に似た、飼い主にとっては非常に都合の悪いワンコです。御家老の両親は、すでに他界して居ないのですが、我が家で問題を起こして危険を察知すると、必ず生家にトンズラして、ほとぼりが冷めるまで2、3日は帰って来ません。「お手!」などと命令すればヨコを向いて知らん振り、留守番は拒否。 綺麗なお姉さんに撫でてもらうのが好きで、近所では可愛がられ、愛想が良いと評判の犬ですが、家では「お手!」と命令すればヨコを向いて知らん顔、留守番は拒否、肩を揉ませ、相手をしなければ不機嫌になり、一度機嫌を損ねると一週間は呼んでも無視をするワンコです。(ご機嫌損ねるとこうなります)夏になると、暑いといっては家に上がり込み、勝手にエアコンのリモコンを押して涼しい顔して寝ております。冬は冬で、ファンヒーターの点け方を覚え、自分で点けてご満悦。 夜、「外に出なさい!」なんていうと、批難の目で私を睨んだします。 (気に入らないと暴れたりもします。)御家老の好物は、奈良みむろのモナカ、ブリの照り焼き、秋刀魚のみりん干し、薫玉、牛すじ煮込み、焼きビーフンなどで、水道水は飲まず、ワンコの水は南アル○スの天然水、ドッグフードには見向きもしないワンコです。唯一の取り柄は、新聞配達の人には吠えず、同じ人でも集金のときには鬼のように吠える、貧乏な我が家の事情を良く理解できるワンコです。 とにかく、集金の来訪者はものの見事に吠えられるので、気の毒で良いのやら悪いのやら・・・ そういえば積み立て預金の集金をする信金のお兄さんには吠えません。(不思議!)クリックしてくださると、間違いなく嬉しいです!たった一杯の珈琲に、疲れた心を癒される時もあります。
2005年11月30日
コメント(50)

親しくしている写真屋さんの店長に、Nikonのデジタル一眼をデモと称して2日ほど貸してもらいました。 まったく高級なカメラは不慣れでしたが、普段意識してもなかなかお目にかかれない綺麗な夕陽。 そんな時に限って、素晴らしい夕景と出会うのです。思わず構えてシャッターを切りましたが、「アレ?」残念なことに、この目で見た赤い夕陽とは少し違う色になっています。 もう一枚と思ったら、今度はバッテリーがカラに・・・(欲求不満!)でもこのカメラ、慣れると凄いかも? ちょっぴり欲しくなっちゃった!夕景を見ながらの珈琲、少しいつもよりほろ苦い味がしました。クリックしてくださると、とっても嬉しいです!たった一杯の珈琲に、心を癒される時もあります。南近畿の海と山と空の豊かな自然、初冬の澄んだ空気と美しい夕陽に出会う旅。
2005年11月29日
コメント(36)

旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる (松尾芭蕉)今朝は、一時激しい雨になりました。こうして季節は、一雨毎に冬を引き寄せて来るようです。 農道を歩けば、ついこの間まで青々と茂っていた草も、茶に褐色にと色を変え、枯れた草の侘びしい佇まいに、少し目がとまります。秋の日に、揚々と茂った栴檀草その葉も茎も、今は枯れ果て、それはまるで、花の骸(むくろ)と化す枯れ色は暖かい色でもあり、寂しげな色でもあり、枯れ色は秋の残照、これからくる冬の色都より、遙かに南のこの地には、厳冬の頃となっても雪が降るでもなく、銀世界になるでもなく、冬はただ、凍てつくのみの茫漠たる褐色の世界枯れ色、それは春を待つ眠りの色クリックしてくださると、とっても嬉しいです!たった一杯の珈琲に、心を癒される時もあります。南近畿の温暖な風土に生きる野草たち、そんな花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月28日
コメント(28)

温暖なこの地でも、秋桜の季節は終わろうとしています。 昨年の秋と冬は、まったく自然など楽しむ余裕もなく、荒ぶる山の神が残した爪痕を、来る日も来る日も朝から晩まで復旧に追われていました。 あれから1年、ようやく災害時に痛めた足首も癒えて普通に歩けるようにもなりましたが、初夏の頃はまだ、杖が必要な状態でした。未だに思い出すのは10年前のあの阪神淡路大震災です。 当時、阪急神戸線の沿線にあった私の自宅周辺は、何棟もの真新しい分譲マンションが倒壊し、1,000人以上の人が亡くなっています。 私の自宅マンションは、倒壊こそ免れましたが使用不能となり、生活基盤が根底から崩れて大きな負債を抱えました。 何より苦痛だったのは、親友一家を含めて大事な友人たちを失ったこと。 それでも、人間というのはタフなもので、8年もの時間は必要でしたが、今から2年前には不良債権化していたマンション問題も片づき、手枷足枷の状態からも解放されて身軽になりました。地震では散々な目に遭い、不遇には慣れっこになっていたのか、 去年の災害は確かに悲惨な状況下で3ヶ月を過ごしましたが、10年前を思えば、意外と気丈に乗り切ることができ、自分の責任と役割は果たせたのではないかと思います。 そんなこともあり、今年は久しぶりに自然に触れる気持ちになることができました。 今まで目をむけるゆとりもなかった秋桜も、今年はゆっくりと楽しむことができました。 そんな秋桜も、そろそろ花が終わろうとしているようです。 陽に照らされて、風に揺れる秋桜は美しく優雅で、とても癒されました。 秋桜よありがとう!今日はあいにくの曇り空でしたが、少し早起きをして六甲に行き、気になりながらも足を向けることができなかった親友一家の墓にも参ってきました。 これまでは、自分自身のことは後回しで、無我夢中で歳月を費やしてきましたが、そろそろ自分のことを考えても罰は当たらないかなと、そう思えるようにもなりました。 友よありがとう!クリックしてくださると、とっても嬉しいです!南近畿の温暖な風土に生きる野草たち、そんな花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月27日
コメント(43)

この花の名も、漢字で書くととても読めませんね。 鬼野罌粟(オニノゲシ)は、明治のはじめ頃にヨーロッパから日本に渡来した帰化植物で、春から秋にかけて長く咲き、今では日本各地の耕地や道端などでごく普通に見られる植物です。 花も野罌粟(ノゲシ)によく似ていますが、鬼野罌粟は更にひとまわりほど大きく、棘が武骨に見えることからこの和名がつけられています。 鬼野罌粟の種は、秋の間に発芽して冬季をロゼットで過ごします。ちなみに植物学でいうロゼットとは、短い茎から葉が重なり合って出て、地面に接して円座形になった状態のものをいい、おもに多年草が発芽して越冬する形態を指します。この鬼野罌粟は、花が終わったあとにできる、タンポポよりも緊密で猫毛のようにきめの細かい綿帽子が、たまらなく可愛いのです。「オニノゲシ」:キク科 ノゲシ属 1年草学名:Sonchus asper (L.) Hill 開花期4月~10月英名:Spiny sowthistle,Prickly Sow-thistle 原産:ヨーロッパクリックしてくださると、とっても嬉しいです!寒い夜には、温かい蕎麦が一番のご馳走ですね!悪代官おすすめの、300年の伝統を誇る出石蕎麦の詰め合わせ。南近畿の温暖な風土に生きる野草たち、そんな花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月27日
コメント(10)

我が家に出入りする住職は、いつも高級ブランドしか身につけないと豪語して、お洒落で通っている人であります。 一方、私はというともっぱらカジュアル派で、普段からワークシャツにチノパンで通しているから良いのですが、今日の昼下がり、その高級志向の住職と市内のユニクロで偶然にバッタリ!私は笑顔で、「和尚、こんにちは、はははぁ~ ご家族で買い物ですかぁ?」というと、住職の方は、「いやぁ、私は見てるだけで∇※T○~」、「息子が、フリースが欲しいというものですからねぇ~」」とアセリ気味のしどろもどろで本人が"フリーズ"。(笑)でも、持ってる買い物カゴは、”大人の男物”ばかりであったのを私は見逃さず、しっかりとこの目で見てしまったのでありました。 住職の額には玉のような汗が吹き出して「き・き、今日は暑うございますなぁ~ お代官!」と、手で汗を拭いつつ住職はおっしゃるが、確かに店内は暖房がよく効いているけれど、おぬしのその汗は、決して暑さのせいだけではあるまい・・・(^_-)ニヤリ!浄土宗の教えは、お釈迦(しゃか)さまがお説きになった「無量寿経」、「観無量寿経」、「阿弥陀経」の浄土三部経をよりどころにし、法然上人を宗祖と仰ぐ宗派。 南無阿弥陀仏と唱えれば必ず仏の救済を受けて平穏な日々送れるとはいうから、まぁ”武士の情け”ってことで、些細な見栄は見逃してあげよう。 来週の法事よろしくネ!(^-^)クリックしてくださると、とっても嬉しいです!
2005年11月26日
コメント(35)

まず、前菜は「生活バトン」なるものからです。面白そうなので、二胡奏者のmomo7775さんから無理矢理受け取ってきました。^.^;「生活バトン」Q1.朝目覚めてまずする クセ は?朝はまず、必ずラジオとテレビをつけて、ニュースキャスターにツッコミ入れたりします。そのあと、鏡で顔の運動と笑顔チェック。(悪人顔矯正プログラム?)そして、真冬でも窓を全開!Q2.彼氏or彼女 または 夫or妻の前で おなら してしまったら?妻子はおりませんからオナラし放題であります。 やりすぎると、たまに具も出る。(下品過ぎ!)Q3.一番気になってる クセ は?風呂でツイ寝てしまうこと。(いつかきっと、自宅で溺死?)「なんでやねん」とすぐツッコミを入れること。(関西人の鏡?)Q4.会社を休み 言い訳 はいつも?今はないですが、若い頃には身内の誰かに死んでもらいました。Q5.本当はやってはいけない クセ は?仕事の電話中でも、無意識に鼻の穴にボールペン突っ込んで喋っていること。(奇人?)(※OLに見られて、死ぬほど笑われたことがあります。)カメラをを見かけると持物で顔を隠したり、物陰に寄って隠れたりすること。(追われてるのか?)Q6.一番セクシーだと思う クセ は?夏場、風呂上がりに真っ裸で庭で涼むこと。(軽く変態?)それとも、その目を見たら、誰もが石になるという目つきの悪ぅ~い流し目(魔物かお前?)Q7.夜寝るときの クセ は?寝てる間に乾燥すると嫌なので、鼻の中にメンソレータムを塗って寝ます。(快感!)それと、枕の下に魔除け用に短刀を忍ばせて寝ます。Q8.バトンを渡す5人。バトンお好きな方、こんなんどうどす?(人にまわす気ゼロ?T.T)一言、コレって、生活バトンというよりも、クセばとん?(仏の座)さて、それではいよいよ本題へ・・・今日の野花は仏の座です。 おそらく半円形をした葉が、仏様の座る蓮華座に似ているためにこの名前がつけられたのでしょう。 春の七草に数えられるホトケノザはこの草ではなく、正しくはコオニタビラコというキク科の黄色いタンポポのような花で、まったく別のものなのです。 この花の草丈は10~30センチ程度で、対生して葉が段々につくため、別名を三界草(サンガイグサ)とも呼ばれています。長さ15ミリほどのピンクの可愛らしい花です。 一般的に春の花と解釈されていますが、西日本の温暖地では晩秋の頃にもこうして咲いているのです。 機会があれば休耕田や日当たりの良い道端を探してみてください。三界とは、の三千大千世界の略で、仏が住む世界以外の心をもつものが存在する欲界、色界、無色界の三つの世界を指す仏教用語です。「ホトケノザ」: シソ科 オドリコソウ属 1・2年草 学名:Lamium amplexicaule L英名:Henbit Dead-nettle原産:日本在来種 北海道を除く日本全国、アジア、ヨーロッパ※この花は、日本から北米にも帰化している花です。人気blogクリックしてくださると幸せです!南紀の豊かな自然に生きる野花たち、心癒される野花と出会う旅はコチラから・・・
2005年11月26日
コメント(30)

小売業やサービス業の繁盛にとって、商品以上に大切なことはお客様への”おもてなしの心”です。いつも、立ち寄らせて頂いているまるぴよ5051さん のブログで、ちょっと心温まる楽しいおもてなしの心をみつけました。皆さんも経験があると思いますが、よく街の小売店のお店に入ると、お姉さんの”デジタル音声”の「イラッシャイマセ!」。 そのあと、奥から店主や店員さんがやって来て接客をしてくれますが、何か味気ない印象があります。 まるぴよさんの日記に紹介された、宮沢賢治の羅須地人協会に掛けられた黒板の賢治自筆「下ノ畑ニ居リマス」のメッセージに、素朴な真心を感じるユーモラスな”おもてなし”の心を発見! どことなく心懐かしい雰囲気というか、手作りの良さというか、主人の人柄を感じられて、ほのぼのとした気分になりました。(^-^) まるぴよ5051さんの日記を、是非覗いてみてください。 なんだかとっても嬉しくなりますヨ。(^-^)街角の商店主さんやサービス業の皆さんにも、何かのヒントになるのでは・・・?クリックしてくださると、とっても嬉しいです!
2005年11月25日
コメント(24)

凍てたる夜も明け、靄(かすみ)立つ谷間に一時の暖有り静かなる湖面にうつりし、里山の木々の色づき朱(あか)に黄にゆらゆらと朧(おぼろ)なりて、初冬の風もまた心地良し遙かなる熱砂の地にて奉ずる友よ、息災にて桜咲く祖国に帰還せられたしそう願いつつ、静かに珈琲を飲むクリックしてくださると、とっても嬉しいです!たった一杯の珈琲に、心を癒される時もあります。南近畿の温暖な風土に生きる野草たち、そんな花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月25日
コメント(29)

明治6年、松江豊寿(まつえとよひさ)は旧会津藩士の長男として生まれます。 会津藩は、戊辰戦争の敗北よって朝敵の汚名を着せられ、松江の父は斗南に流刑となっていました。 そのため、松江は幼少の頃から闘いの敗者とはいかに悲惨なものであるかを思い知りながら育ちます。 会津に生まれ、敗者の痛みを知る松江自身だからこそ、後に思いやりと寛容の心でドイツ兵捕虜たちに人として接することが出来たのではないかとも思うのです。 松江は、やがて軍人を志して陸軍士官学校に入学。 その後中佐の時に徳島の板東俘虜収容所所長となります。大正3年、第1次世界大戦が勃発。 日英同盟に基づいて連合国として参戦した日本は青島を攻略します。 この頃の日本は、1907年戦時捕虜を人道的に取り扱うことを定めた「陸戦の法規慣例に関する条約」に批准しており、それに基づいて明治37年に制定されていた「俘虜取扱規則」を大正3年に改正したばかりで、国際条約に定められた俘虜情報局の歴代長官には、陸軍省の人事局長を、捕虜収容所の管理は陸軍省の軍務局が管轄するなど、国として紳士的に捕虜問題に取り組む体制を完備していました。この大戦によって、日本はドイツ軍捕虜4,698名を国内の12カ所の収容所に収容しますが、設備が乏しく、また狭過ぎることから、すぐに収容所は6カ所に統合されました。 四国でも松山、徳島、丸亀の3カ所の収容所が統合されて、約1,000名の捕虜を収容することとなり、大正6年徳島の板東に「板東俘虜収容所」が新たな施設として開設されました。新所長には、徳島俘虜収容所長の松江豊寿中佐が任命されます。 松江所長の俘虜収容所の運営方針は実に柔軟なものであったといえます。 当時の部下への口癖は、「武士の情け」でした。「彼らも祖国のために戦い、刀折れ矢つきて俘虜となったのだから」と繰り返し部下の所員たちに語ったといわれています。 所員たちには、捕虜に対して常に寛容の心をもって接する気持ちを持たせ続けた道徳心には賞賛に値しますが、同時に捕虜への殴打など、問題を一切起させなかった指揮官としての指導力も評価するべきだと思います。この板東俘虜収容所では、捕虜たちの所外への遠足、水泳、などのスポーツ活動や、住民との様々な交流を含む文化活動、捕虜たちの優れた技術を生かす地場産業への指導などが頻繁に行われ、地域住民との交流も親密でした。 ほかの収容所でも同様の運営が行われていましたが、板東での収容所の運営は卓越しており、大正7年には第1回の捕虜展覧会を開催して大成功を収めます。 この成功は、ほかの収容所にも後に応用され活動の模範ともなっています。また、この徳島では、板東の捕虜たちによる日本初のベートーベンの第九が演奏されというのも有名な逸話で、板東での収容所生活から、第2次大戦後にドイツで出版された書籍では、「模範収容所」と評価されているといいます。元捕虜たちに偲ばれる捕虜収容所の生活、これは所長松江豊寿中佐の捕虜たちへの思いやりあってのことではないでしょうか。大正9年4月収容所は閉鎖され、松江は島根県浜田の歩兵第21連隊長(大佐)を2年間務めたあと、陸軍少将へ昇進となり予備役に編入されます。 その頃、郷里の会津若松市民からの要望に応えて、大正11年11月、会津若松の市長に就任して市政に励み、引退後には飯盛山の白虎隊墓地広場の拡張に尽力し、昭和31年5月、83歳で故郷に永眠しました。近年、英米軍のイラク兵捕虜の取り扱いについては、目を覆いたくなるような人種差別や非人道的な蛮行が目立ち、大きな波紋を投げかけています。 平成16年、日本でも「捕虜等の取り扱い法」が成立したことも、こうした国際的な問題が背景にあるからです。上の写真は、庭の山茶花(サザンカ)です。 山茶花の花言葉は赤花が「謙虚」、白花が「愛嬌」だそうです。山茶花は、ツバキ科の常緑中低木花木ですが、椿(ツバキ)との違いは花びらがはらはらと散って行くことです。椿の学名には日本を指す(Japonica)が、山茶花には学名にサザンカ(sasanqua)と記されている通り、ともに日本の誇らしい冬花です。「サザンカ」:ツバキ科学名:Camellia sasanqua原産:日本各地人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月24日
コメント(36)
![]()
昨夜のニュースを見て、哀しみと怒りを禁じ得ません。 昨日午後3時頃、広島市安芸区内の空地で、女児が入った段ボール箱が置かれているのが発見されました。 報道によると、女児は同区内に家族で引っ越して間もない御一家の長女で、小学校1年生。 発見時はまだ温かかったものの、心肺停止状態だったといいます。この国の未来を担うべき、子供たちの命を奪い、平和な家族の幸せを踏みにじるこのような卑劣極まる犯罪が増えつつある日本は、単にモラル低下では住まされない情況で、私には病んでいるとしか思えません。私の方に、最近子供たちに護身術を教えて欲しいというオファーも入りますが、お母さんたちなら可能でも、子供の力では暴漢を撃退することは難しいものです。むしろ私は、子供たちが自主的に危険を見抜く方法と、チャンスを作って逃げ切る方法や、生き残る術を身につけるべきだと今少し考えているところです。 本質的には、子供たちが街の公園や空き地、野や山や海岸を駆けて、伸び伸びと遊ぶことが出来た、かつての秩序ある日本を取り戻さなくてはいけません。心身の異常とか人権とか、犯罪者の権利を保護し、極刑を免れる現在の法律は、被害者を二度殺し、遺族を二度傷つけます。 60年前、命を捨ててこの国を守った先人の魂を汚すような犯罪です。 かつては、死よりも恥を恐れた「恥を知る」というこの国の誇らしい精神文化、戦後の馬鹿な知識人のためにすっかり失われた人としての美徳。 腹立たしい卑劣な事件に嫌悪を覚えるばかりです。子供を持つお母さんあちのために、簡単な護身術の本を紹介しておきますので、参考になさってください。大切な家族のために「スポーツオンチのための知的護身法」役立つ良い本です。私たちは、我が国の先人が築き上げてきた思想や信仰を失ってはいけません。 人は皆、弱いものです。 気迷うとき、心騒ぐとき、行き詰まりを感じたとき、道を切り開くための何らかの思し召しか導きなど、魂の救いが必要なこともあります。 そんなとき、正しく身につけた思想や信仰心がもたらす道徳観は、窮地や人生の節目節目で、迷う自分の心に手を差し延べてくれます。 信念と道徳観がもたらす強さと慈悲の心の先には、確かな未来が開かれるものだと私は思うのです。歪んだ欲望の犠牲となった子供たちの魂に、庭のこの花を捧げます・・・冬の花の少ない時期に、パンジーと共に庭を華やかにしてくれる優しい黄色の花です。 日本庭園よりも、イングリッシュ・ガーデン、スパニッシュガーデンが似合う花は、我が家の愛猫「お福」の墓標として裏庭に植えました。「ユリオプスデージー」:キク科 多年草学名:Euryops pectinatus 開花期:10月~翌5月中旬原産:南アフリカ共和国人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月23日
コメント(40)

先日、南近畿からクルマで片道4時間の強行軍で、ようやくありついた絶品の出石そば。旨い出石の皿そばを堪能したあと、そば湯を楽しみながらテーブルの横をふと見ると、観光地にお決まりのお客さんの落書きノートを発見。 興味本位でペラペラめくって眺めていると、んッ? 「なんじゃぁ~こりぁ~!」と、思わず松田優作に変身。だって、出石そばの専門店でノートに書かれてたのがこれだもの・・・別に、人の嗜好だからいいんだけどねェ~ 「出石に来たらそばでしょ!」 アンタ、それなら御堂筋のファミレスでもええやん・・・(>_
2005年11月23日
コメント(24)

それは、もう随分昔のことになります。 当時私は、尼崎市の私鉄沿線にある古い木造のアパートに暮らしていました。 内壁は粗末な合板で、四畳半一間の部屋には西側に半間くらいの小さな窓が一つ。 マッチで火をつける小さなコンロがあるだけで、流し場とトイレは1階と2階に共同で一つあるのみの、絵に描いたようなぼろアパートでした。 同じアパートの住人は、みんな同年代の気さくな地方出身者で、学生や見習いの板前や町工場の工員でした。 私は、すぐに住人たちと仲良く付き合うようになり、誘い誘われてはお互いの部屋を行き来して、色んなことを語り合ったりして本当に楽しい時代でした。ある冬の寒い夜のことででした。 夜も11時を過ぎると人通りも殆どなく、この辺りは所々に薄暗い街灯があるだけで暗く寂しい夜道となります。 私は隣人の佐賀出身の学生と銭湯を出て、二人でバカ話をしながらアパートに戻る途中、向こうの方から大人と子供らしい人影が向こうから近づいてくるのが見えます。 連れの学生が急に会話を止めて「なんか変やぁ・・・」と、私にいいました。「そうやなぁ~ ちょっとおかしいなぁ」確かに、どこか様子が変でした。 暗く遠目でも判るぐらいに、母親と思われる女性が小さな女の子の手をひいて歩いているのですが、見るからに歩く様子がおかしいのでした。 連れは更に、「見てほら、足、片方履いとらんぞぉ」。 私は、「旦那にでも殴られて逃げてんのと違うかぁ~」と彼にいいながら近づく親子を見ると、若い母親はグレーのカーディガンに濃紺のスカートで、右足だけサンダルを履いて子供の手を握った左側の足は裸足のようで、歩くたびに子供の方に体が傾くのでした。 女の子は3歳くらいで、ピンクのセーターに赤いスカート姿のようですが、どうやら両足とも裸足のようです。 私は「やっぱりおかしい!」と、彼にいいました。ちょうど3メートルくらいに近づき、街灯に照らされた親子の姿に違和感を覚え、二人とも我が目を疑いました。 母親は目も虚ろで血の気がなく、身につけた衣服が汚れて肘の部分が破れています。 女の子はやはり裸足でセーターは大きく破れて汚れていました。 それに、親子は私たちが見えていないようにフラフラと歩いて来るのです。すれ違ったとき、はじめて子供が私達の方を振り返りましたが、その顔は灰色で悲しげな目で、生きているような顔ではありませんでした。 私たちは、親子の異様さにすっかり動揺してしまい声も出ませんでしたが、もう一度親子の方へ振り向いた途端、親子の姿は見えなくなってしまいました。 その場所は、工場のコンクリートの長い塀が両側に続くだけで、入ることができる路地や曲がり道のないところでした・・・二人は、そのままアパートへ歩いて帰る気持ちになれず、急ぎ足で角を曲がってすぐの所にある馴染みの喫茶店に入りました。 「二人ともどないしたん?」と聞くマスターに、さっき見た親子の話をすると、先客の一人が私たちにいいました。「さっきな、この先の踏切で親子の飛び込みあったんや・・・ ワシ、見てしもうたんやぁ・・・」その客はタクシーの運転手で、夕方その親子を駅まで乗せたそうでした。 母親は僅かな小銭しか持っておらず、タクシー代も全額払えなかったそうで、運転手は気の毒に思い「ワンメーターだけやし、もうエエよ。」と、料金を受け取らなかったそうです。 乗務が終わってこの店に来る途中、踏切で人身事故の現場を通りかかり、偶然に親子の変わり果てた姿を見てしまったそうでした。服装も格好も私たち二人が見た通りの親子でした。 それに、私たちが見た親子が歩いてきた方向には、小さな踏切があるのでした。 マスターと運転手がいうには、つい1時間くらい前のことだったそうです。クリックしてくださると幸せになります。
2005年11月22日
コメント(55)

本から得られるもの、それは自分に不可欠な情報であったり、大切な知識であったり、何かの手本であったり感動であったり、娯楽であったり、ときには自分の人生への戒めであったりもします。私が住む過疎の町には、本屋も雑誌を売る店もありません。 したがって、私が読む本は隣町にある小さな書店で注文してすべて取り寄せをするため、2~4週間あるいはもっと時間がかかることもあります。 ちょうど4週間前に注文していた本が、今日ようやく届いたので読んでいるところです。せいやんせいやんこと、田中せいやさんの「見習い天使」。 いつかどこかで、誰もが経験したことがあるような思い出と重ね合わせることができる108のショートストーリー。 実は、私が楽天ブログをはじめてから、このブログを通じて出会ったあじゅ子さんの日記から出版を知った本で、あじゅ子さんはこの本の挿絵を担当されたというので2倍の楽しみ方をさせて頂きました。 著者の田中せいやさんご自身も、せいやんせいやんさんとして楽天でブログをされている人だというのも驚きです。まだ読んでいる最中ですが「見習い天使」は、とても読みやすい本ですね。 著者の田中せいやさんの、決して飾らない等身大の優しい感性が光る、ハート・ウォーミングなお話しの数々です。 折しも食欲の秋、皆さんも心にこんなデザートはいかがでしょう・・・(中庭の菊)出版といえば、私がよくお邪魔して楽しませて頂いている小川のジョージさんも、つい最近「日本人の精神風土の起源」という本を出版されました。 本当に喜ばしく素晴らしいことで、私もさっそく注文して到着が大変待ち遠しい一冊です。田舎者の私には、こうして本を出版されるということは、とても凄いことだと感じています。 また同時に、こんな立派な人がたくさんいらっしゃる同じ場所で、こんなくだらないことばかり書いていている自分が、正直なところちょっと恥ずかしく、なんだかとても申し訳ないような気持ちになりました。^.^;クリックしてくださると、間違いなく嬉しくなります!欲しい本が見つかる喜び!
2005年11月21日
コメント(23)

我が家の前栽(前庭)に、今年も出撃の椿が花を咲かせようとしています。この椿は、海軍中佐だった父方の祖父が昭和16年の秋、出撃を前にして庭に植えた椿です。私が幼い頃、祖父は痛む脚をさすりながら、傍らに座る私に遠い南の海の話や、近代の洋上戦では航空戦術がいかに勝敗を左右するかなどについてもいつも詳しく語ってくれました。 戦前の祖父はビリヤードとダンスが得意でアメリカにも数年滞在していました。 そして、母方の祖父同様に英米との戦争には反対の立場をとりながらも、運命とは皮肉なもので、昭和16年12月8日 真珠湾攻撃で開戦の口火を切ることになったのです。多くの戦友を失い、自らもミッドウェイで負傷して、無念の帰還を余儀なくされた祖父。 晩年の祖父は、いったいどんな思いでこの庭の椿を眺めていたのでしょう。 カメラと日本画と尺八が趣味で、戦前には離れで、好きな野花の絵を描いていた祖父でしたが、帰還後は昭和43年に他界するまで、一度も絵筆は握りませんでした。 多くの仲間を失い、自分だけが残った無念だったのでしょうか・・・「俺は死に損ねて恥ずかしいなぁ・・・ 大事なものを命がけで守ってこそ男や! それは家族でも国でも、何でもエエ・・・」それが祖父の口癖でした。 祖父は出撃を前にして、恥じなく立派に死ねるようにと願って、この椿を植えたそうです。 そんな祖父が残した恩賜の短剣が、今となっては私の大切な宝物です。「ツバキ」:ツバキ科 ツバキ属 常緑中低木花木学名:Camellia japonica 花期:11月~4月山茶花(サザンカ)と似ていますが、散り際が異なります。散るときに花びらが一枚ずつはらはらと散る山茶花に対して、椿は花全体がボトリと落ちます。 武士などは首が落ちるのを連想して嫌ったという逸話と、その一方で椿の散り際の見事さを讃えたという異なる逸話が残されています。学名にJaponica(日本)を冠する花クリックしてくださると、とっても嬉しいです!
2005年11月21日
コメント(33)

秋草の いづれはあれど露霜に 痩せし野菊の 花をあはれむ(伊藤左千夫)野路菊(ノジギク)の花言葉は「忘れられぬ人」。 野路菊は、本州西部から四国、九州北部にかけて分布する野菊で、もともと生息範囲が狭いため、絶滅が危惧されている非常に貴重な野生菊です。 葉の裏には灰白色の毛が密生しており、花つきが良いのが特徴で、枝分かれして直径3~4センチほどのふくよかで丸みのある可愛い花を多くつけます。 また、この野路菊は浦菊(ウラギク)や野紺菊(ノコンギク)と並んで我が国の栽培菊の原種の一つで、兵庫県では県の花にも指定されています。 ちょうど中秋の名月のあとに咲きはじめ、この辺りでは年の瀬まで花を見ることができます。 咲きはじめの花は純白で、萎む頃には紫に色づきます。ものいわず 香り誘うやしずしずと 凍てたる畦に 花は野路菊(悪代官愚歌)「ノジギク」:キク科 キク属 多年草学名:Chrysanthemum japonense (Makino) Nakai 開花期:10月~12月原産:日本固有種 本州西部、四国、九州(絶滅危惧種)クリックしてくださると、とっても幸せです!近畿の温暖な自然に生きる野花たち、そんな花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月20日
コメント(22)

濡らした蓆(ムシロ)を、細めの孟宗竹に幾重にもしっかりと巻いて、麻縄できつく縛ります。 それを庭に持ち出して50センチほどの深さの穴に立てて埋め戻し、土を踏みしめてしっかりと固定します。歩幅、およそ二歩分下がり、抜刀して大きく振りかぶって踏み出し、鋭角に一気に腰を入れて剣を振り下ろします。サクッ!と、いう感触と同時に、斬ったムシロが転がる瞬間、一切の邪念のない至福の時間。秋の夜長、静かな満月の夜にはお勧め・・・(ニヤリ!)人気blogクリックしてくださると幸せです!稽古にな欠かせないものだから、品質には特にこだわりを!
2005年11月19日
コメント(18)

今日はちょっとお遊びです。55,555アクセス記念といえば大袈裟ですが、たまには自分をさらけ出そうかとも思いまして、いつも訪ねるたびに私を楽しませてくれる「たももも。さん」のブログから、勝手に強奪して受け取りました。◆ルール◆ ※経験した事ある物には○、無い物には×を付けるってことで。入院/○骨折/○ 献血/○ しばらく吸ってない(アホ!)失神/○ 熊野の山の中で酸欠に陥って。結婚/○離婚/○ 恥ずかしながら・・・風俗/× しゃぶしゃぶ/○エスカルゴ/○ 正直食い難いです!万引き/×補導/× 女を殴る/× 男を殴る/◎ なんでココだけ◎なんでしょ?^.^;就職/○退職/○ 転職/○アルバイト/○ 過去には、国の内外でボディガードというボッタクリの美味しいバイトも。海外旅行/○ 70余りの国と地域へ、全部仕事絡みで・・・ギター/× ピアノ/× バイオリン/× メガネ/○ 寄る年波には勝てず、遂に老眼鏡。(T.T) コンタクト/×オペラ鑑賞/○ ミラノ駐在の頃にスカラ座で「マダムバタフライ」を。テレビ出演/× 放送禁止になりそうなほど、端正な悪人顔なもので・・・パチンコ/○競馬/○ ラグビー/○ 当時はフルバックを担当。ライヴ出演/× 合コン/○ 友の引き立て役で、ただの太鼓持ちと化す。北海道/△ 上空は飛んだ。沖縄/△ 上空は飛んだ。四国/○ 2週に1回程度行きます。大阪/○ 市内に住んでたし、職場があったし、クライアントもいるしぃ~。名古屋/○仙台/×漫画喫茶/×ネットカフェ/○油絵/○ でも、何を描いても日本画っぽくなります。(T.T)エスカレーターを逆走/○フルマラソン/× 自動車の運転/○ A級ライセンス。バイク運転/○ ILove!10kg以上減量/○ 南米のジャングルで熱病で死にかけた時。エステ/×交通事故/○ 今年の10月と12月に相次いで側面衝突を喰らいました。電車とホームの隙間に落ちる/× お年玉をあげる/○ドストエフスキー/○ 罪と罰くらいなら・・・大江健三郎/× ゲーテ/× 一万円以上拾う/×一万円以上落とす/○ ロエベの財布と一緒に10万ほど。徹夜で並ぶ/× 金髪/× ピアス/×50万円以上の買い物/○ローン/○両国国技館/× 日本武道館/× 日清パワーステーション/× 横浜アリーナ/× ラヴレターをもらう/× 貰ったと思ったら、「○○君に渡して」だって!手術/○ 麻酔なしで、背中から銃弾を出しました。選挙の投票/○イヌネコを飼う/○ 一目惚れ/○ したことはあっても、されることは絶対にない(妙な自信!)幽体離脱/×前世の記憶/× もし、あれば病院送りでしょ?ヨガ/○ OSの再インストール/× ヴォイスチャット/○ 先生に殴られる/○ 小学校の頃はしょっちゅう。^.^;廊下に立たされる/○ これまた小学校の頃はしょっちゅう。^.^;徒競走で一位/○ 負けず嫌いだったもので・・・リレーの選手/○ メルヴィル/×妊婦に席をゆずる/○ 他人の子どもをしかる/○ 躾けは、地域ぐるみでやりましょう!20過ぎてしらふで転ぶ/○コスプレ/×ジャケ買い/×同棲/× ストリート誌に載る/× 2メートル以上の高さから落ちる/○ものもらい/○学級委員長/○ちばあきお/× ちばてつや/× 岡崎京子/× 岡崎由紀なら知っている。(古~)南Q太/× 誰なの?恋人が外国人/○治験/× へそピアス/× 刺青/× ナンパ/× 逆ナンパ/× 蒙古斑/○ たぶんあったと・・・出産/× コミケ/× 飛行機/○ 宙返りは絶対病みつきになる(意味不明!)ディズニーランド/×一人暮らし/○ 得意技の一つ。スキー/×スノボ/× サーフィン/○フジロック/× 1度は挑戦したいですね。異性に告白/○同性から告白される/× そこまで人生捨ててない!中退/×留年/× 浪人/×喫煙/○ そろそろ止め時?禁煙/○ 最長3年。酔って記憶をなくす/○ シラフでも都合の悪いことは忘れる。(キッパリ!)出待ち/× 飲酒運転/× 公文式/× 荻野式なら知ってます。(不謹慎!)進研ゼミ/× 結婚式に出席/○葬式に出席/○ 無二の親友も最愛の恋人も見送りました。親が死ぬ/× 喪主/× 保証人/○幽霊を見る/○UFOを見る/○ 軽く奇人扱いに・・・(T.T)先生を殴る/× 親を殴る/× 犯罪者を捕まえる/○ 好機に乗じてボコボコに・・・ケーキを焼く/× 歌舞伎/○三島由紀夫/○ 「憂国」、「金閣寺」は読むべし!尾崎豊/○ とりあえずCDを1枚。ビートルズ/○ 青春ですねぇ~怪我痕/◎ 銃創と数カ所に刀傷有り。スピリタス/×サイト運営/×キセル/×読経/○ 読経と、写経は時々。食中毒/○ 無言電話/○ 自分の携帯に。(謎の行動)ピンポンダッシュ/○ 上司への仕返しに・・・決闘/○ 何か?踊り食い/○ 中華のエビは面倒くさい!同人誌/× ドラクエ/○ガンダム/×航空機操縦/○まぁ、人生色々ありますよね。 これって、妙にスッキリします。(自己満足)人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月19日
コメント(27)

まずはじめに・・・・ 本日、55,555アクセスを達成! 55,555人目のご訪問はko7さんでした。 ko7さん、本当にありがとうございます。古くは但馬の国衙(こくが)が置かれていた出石は、新羅国か渡来した天之日矛(あめのひぼこ)が宝物として持参した「出石小刀」に由来する地名だと伝えられています。室町時代に入ると、山名時氏がこの但馬を治め、その子時義の時代には山名一族は全盛を誇り、一時は全国66国中11国を治めて天下に六分の一殿とも称されるまでになりましたが、明徳の乱で一族に内乱が起こり、所領は3国になってしまいます。 それでも、山名宗全の時代には応仁の乱で西軍の大将を務めるまでに勢いを取り戻しますが、天正8年(1580)秀吉軍により山名氏は滅ぼされます。(出石城跡)その後、但馬は羽柴秀吉の弟の家臣 木下昌利、青木甚兵衛、前野長康と代わり、小出氏によって100年統治される間に、現在の城下町の基礎が形勢されました。 跡継ぎのなかった小出氏の断絶後には、武蔵国岩槻より松平忠徳が移封されます。 さらにそれを継いだのが宝永3年(1706)に信州上田から国替えになった仙石政明で、以後廃藩置県まで仙石氏は出石藩主として続きます。出石特産の出石蕎麦は、仙石氏が信州から蕎麦職人を連れてきたのがはじまりとされています。 また、出石の伝統工芸の「出石焼」も、この江戸時代中期頃にはじめられたそうです。クリックしてくださると、間違いなく嬉しくなります!悪代官の特選グルメ、300年の伝統を誇る出石そばは、絶品ですゾ~! 但馬の歴史と絶品グルメに出会う旅、思い出に残る初冬の北近畿への旅はいかが?
2005年11月18日
コメント(32)

出石蕎麦を堪能してお腹も満たされたところで、そろそろ散布でもしながら、但馬国(たじまのくに)の神話のお話しでもしようと思います。(出石城前の風景)「天之日矛(あめのひぼこ)」は、天日槍(あめのひぼこ)とも書きます。 出石神社の由来記によれば、天之日矛が当時入江に過ぎなかった但馬の地を瀬戸の岩戸を干拓して耕地にしたと記されています。 天之日矛は、朝鮮半島から我が国にやって来た渡来人たちが信仰した神様だと考えられています。 古事記の伝承では、天之日矛は新羅(しらぎ)国の王子として生まれたそうで、4~5世紀頃に日本に渡来した人物だといわれています。 天之日矛は、ある日出会った一人の若者から、新羅国の沼のほとりで眠る美女が、突然虹の光を浴びて産み落としたという赤い美しい玉を譲られます。 天之日矛は、その玉を持ち帰って飾っていたところ、玉は美しい乙女 阿加留比売(あかるひめ)の姿となるのでした。 天之日矛はその阿加留比売を妻とするのでしたが、仲の良い幸せな日々はそう長く続かず、やがて妻に不満をいい、妻はたいそう嘆き悲しんで天之日矛のもとを去ってしまうのでした。乙女は、難波に辿り着いて比売詐曽(ひめこそ)神社の祭神になったと伝えられています。 阿加留比売は、関西では四天王寺ワッソのヒロインとして登場するお姫様として有名です。 突然に日本を訪れ、九州から瀬戸内海地域を転々として最後には大阪の鶴橋で祀られる女神となったのでした。 阿加留比売は、難波に来るまで各地を転々としたせいか、西日本の各地には阿加留比売を祭る神社が今でも数多く残されています。一方、天之日矛も八種の神宝を携えて阿加留比売のあとを追って日本へ渡ろうとするのですが、海路の途中で渡りの神に邪魔をされてしまい、結局敦賀を経て「多遅摩(但馬)」に上陸して出石に辿り着きます。 やがて、但馬国の「俣尾(またお)」の娘、「前津見(まえつみ)」を妻に娶り、この地で製鉄をはじめた天之日矛は、当時の新羅の優れた技術を伝えて近畿地方北部の但馬の地に、新しい文化を築きあげていくのでした。表現は若干異なるのですが、天之日矛とその一族の記述は日本書紀や播磨風土記などにも登場し、神話の時代に不思議と神秘に満ちた古代史を彩るなど、当時鉄をはじめとする金属の技術をもち、近畿地方北部に相当な勢力をもつ集団のトップであったことが容易に推察できます。ただ、いずれの記述にも、阿加留比売(あかるひめ)とその後どうなったかについてはまったく伝えられていませんが、私は妙にそれが気になるのでした・・・。クリックしてくださると、とっても幸せになります。悪代官おすすめの、300年の伝統を誇る出石蕎麦。出石の歴史と絶品のそばに出会う旅、思い出に残る初冬の北近畿への旅はいかが?
2005年11月18日
コメント(27)

片道4時間、かなり疲れて出石の城下町に到着。 予想通り出石城周辺は平日にも関わらず、冷たい雨の降る中でしたが、かなりの観光客で賑わっておりました。出石の町の佇まいは、但馬の小京都と呼ばれるほどの風情のある町並みが、かつての城下町の雰囲気を醸し出しています。 まずは空腹を満たすべく、車を駐車場に入れて目的の蕎麦屋へ向かいました。 前回、ここを訪れたのは一昨年、の夏でその時は「勘兵衛」の皿蕎麦を賞味。 今回は「刀屋」という店で蕎麦を食することに。出石蕎麦の一品目は、やはり出石の二八特有の歯応えの良い「皿蕎麦」です。出石蕎麦の一番は、やはり歯応えの良い皿蕎麦です。 とき玉子に山芋を加えて、ネギとつゆを合わせます。 まずは一口。 玉子と山芋を加えたつゆが、コシの強い蕎麦に絡んで喉越しの良さが堪りません!続いて注文したのが、冷えた体に嬉しい「ニシン蕎麦」。 こちらは上質の土佐の鰹節でとった出汁に雑味がまったく無く、すっきりと風味豊かで絶品の味! 肉厚の自家製ニシンもこれまた何とも旨い。こうして、ひと心地ついたところで、最後はお決まりの蕎麦湯でフィニッシュと相成りました。 2品ともに、誠に美味しゅうございました。m( _ _ )mいよいよ、いにしえの出石5万8千石の城下町散策につづきます・・・あなたが、クリックしてくださると幸せです!絶品の味、出石そば但馬の小京都、5万8千石の城下町。 心に残る蕎麦処出石町の旅はコチラから・・・
2005年11月17日
コメント(55)

「米屋の因業オヤジ」と「永田町の改革マニア」が、金閣寺で内緒話に花を咲かせているちょうどその頃、悪代官は神戸から三木市、西脇を抜けて国道175号線をひたすら走り、一路、出石を目指していたのでありました。出発時、神戸西区は晴れ時々曇りの空模様。 しかし、「社(やしろ)」という宿場町に差し掛かる頃には空模様も怪しくなり、丹波篠山付近に到達した頃にはとうとう雨になってしまいました。あいにくの雨となり、道中天候が良ければ、この辺りで素晴らしい紅葉の景色を撮影できたのでしょうが、それもままならず少し残念です。豊岡市付近になると、気温がぐっと下がったのを肌で感じ、熱い珈琲が急に恋しくなりました。 豊岡市のあちこちには、昨年の水害の被害の痕跡が、未だに生々しく残されていました。こうして、国道175号線で社を抜け、国道427号線を経て丹波を越え、県道10号線の険しい峠道に入っていよいよ出石へ。 こうして、神戸市垂水から運転すること3時間、いよいよ丹波の森街道へ差し掛かると山が間近に迫り紅葉の景色が目に飛び込んでくるのでした。 ここまで来れば、道中は残り1時間程度と思われ、途中何度か車を停めて景色を楽しんだのでした。それは、悪代官が出石蕎麦を口にする1時間前のことです。つづく・・・あなたが、クリックしてくださると幸せです!但馬の小京都、城下町出石。 思い出に残る、出石蕎麦を味わう旅はコチラから・・・
2005年11月17日
コメント(8)

兵庫県北部の、静かな山あいの「但馬の小京都」と呼ばれる出石蕎麦で名高い5万8千石の城下町出石。 出石蕎麦の歴史は、宝永3年(1706)信州上田から国替えとなり、城主となった仙石氏によって出石に伝えられたのがはじまりだといわれ、300年の伝統を誇っています。目指す首級は出石蕎麦! 蕎麦の挽きは、蕎麦殻を丁寧に取り除いた抜き実を、じっくりと石臼で挽き込んだきめ細かな蕎麦粉。熟練の蕎麦打ち職人による独特の渋みと甘み、コクのバランスを重視した出石の二八蕎麦仕立て。加えて手強いのは、土佐沖で一本釣りされた鰹の削り節でとった出汁のスッキリとしていながらも香ばしい風味の蕎麦つゆで、それをこともあろうか惜しげもなく茹でたての蕎麦と合わせるとか・・・(恐ろしや!)さらに、その出石蕎麦を地元特産工芸品の「出石焼」の器に盛りつけて出すとは実にアッパレな覚悟! こうなれば、こちらも不退転の決意を以て、手強き出石蕎麦を見事ツルっと退治してくれよう。 mac417殿、西の守りは悪代官におまかせあれ。それでは皆様、行って参ります。|あなたが、クリックしてくださると幸せです!但馬の小京都、5万8千石の城下町で、思い出に残る蕎麦を味わう旅はコチラから・・・
2005年11月16日
コメント(25)

野に咲くアザミよ、なぜそんなに私を悩ませる。レンズを向けるたびにお前は色を変え、時には咲く花の形までも変化させて、自分の素性を隠す。本当のお前の名前を知りたくても、住民票もないアザミよ・・・そんなお前に惚れて、身を滅ぼした学者は多い。そろそろ、この秋咲きのアザミの花の季節も終わろうとしています。 先日も撮影した場所で、この秋一番の美しいアザミの花を撮ることができました。 アザミの花ほど、世界中の植物学者の悩ませる花は他に例がありません。 アザミの分布は、亜熱帯の海岸から寒帯の高山地域までという、非常に広大な分布範囲を持ち、しかも同一地域でも、気象条件や生育環境に応じて形態的変異をするのです。じつをいうと、植物分類学という学問の上で日本の野に咲くアザミは、約80種あるといわれていますが、まだ20種ほどの種類が分類されないままで残っているほど、アザミの種の特定というのは大変困難で手をつけにくい分野なのです。また、アザミは全世界で約300種あると考えられていますが。 研究者がとくに注目している点は、なんとそのうちの約3分の1に近くの約80種類が日本に集中していることです。 しかも、その中で他のアジア地域にも分布する種類はタカアザミ、チシマアザミ、ヤナギアザミ、シマアザミ、カラノアザミのわずかに5種を数えるのみで、それ以外のすべては日本の固有種ということになります。 秋の山野を彩る草花として、アザミは古くから日本人に親しまれていますが、その豊富な種類数から考えても、日本は世界のアザミ研究の「鍵」となるといっても決して過言ではありません。そんなアザミも、多く山野草と同様に開発による生育地の減少、環境汚染、温暖化などの気候変化により、減少の一途を辿っています。 また、近年問題視されている家庭園芸種の不始末による外来植物の野生化も、日本固有種の植物たちにとって残された生育地がさらにダメージを受け、新たな脅威となりつつあるということも、ここにあえて追記しておきます。クリックしてくださると、とっても嬉しいです!近畿の温暖な風土に生きる野草たち、そんな野生の花たちに出会う旅はコチラから・・・
2005年11月15日
コメント(42)

熊野の森にはちょうど今、木漏れ日の中に石蕗(ツワブキ)が美しく咲いています。湯の峯は、日本最古の温泉として名高く、93℃もの高温で温泉が自噴しており、ボーリングが行われていない特異な温泉として地質学上も価値ある温泉の一つです。 また薬効の高い湯の峯は、熊野詣の湯治場として、古くから人々に利用され、小栗判官の蘇生の地として民話も残されています。中辺路から、本宮、新宮を経て、那智へと続く道からは少し外れたところにありますが、熊野九十九王子の一つに数えられる「湯の峯王子」が祀られています。 毎年4月13日、熊野本宮大社の例大祭で行われる湯登り神事は、和歌山県指定の無形文化財に指定されており、熊野本宮の宮司、神官総代、稚児の一行が、祭装束で湯の峯の湯で身を清め、湯の峯王子で「稚児のやはぎ舞」を奉納、帰路には熊野古道の大日越をして「月見が丘神社」でも同様の神事をして、本宮大社へ戻る儀式が執り行われるのです。高野箒初春の 初子の今日の玉箒(たまばはき) 手にとるからにゆらぐ玉の緒 (大伴家持)万葉集にも読まれた今日の花は高野箒(コウヤボウキ)、各地で数を減らして保護留意Eに指定されている花です。 秋になると、枝先に白いほうきのような花が咲き、高野山では古くからこの枝を箒の材料に利用したことから、この名がつけられました。 「コウヤボウキ」:キク科 コウヤボウキ属 小低木花木学名:Pertya scandens (Thunb.) Schultz-Bip. 9月~10月別名:タマババキ原産:日本在来種、関東以西クリックしてくださると凄く幸せです!豊かな自然に育まれた歴史に触れる紀州の旅、今回紹介した晩秋の熊野路へはコチラから・・・
2005年11月14日
コメント(26)

熊野には小栗判官と遊女照手の伝説が残っています。 この伝説は、後に「小栗判官と照手姫」という芝居や物語の題材に取り上げられますが、どうやら元々は常陸の国の巫女が足利氏に滅ぼされた小栗氏の霊を慰めるため、史実に熊野詣でを重ねて作ったフィクションの英雄伝だったようです。それが物語化されて、今日まで語り伝えられているのではないかと考えられています。その昔、常陸の国に小栗氏一族がいました。 上杉禅秀の蜂起に際して、小栗氏は上杉に味方して闘いますが、力およばず足利持氏に敗れます。 「鎌倉大草子」によれば、小栗満重とその子助重(後の小栗判官)は、一族が集う三河の国に脱出を謀りますが、相模の国に潜伏中に賊に毒を盛られるのでした。その絶体絶命のピンチのときに救いの手を差し延べたのが遊女の照手(てるて)でした。 照手の手引きによって、助重は無事に藤沢に逃れて遊行上人にかくまわれます。 その後、助重の病は重くなりましたが、遊行上人や遊女照手など、多くの衆の情けを受けて熊野に詣で、湯の峰の薬湯に浸ってすっかり回復し、小栗15代当主となったと伝えられています。熊野の小栗判官伝説は、私が幼い頃に縁側で塩梅を頬張りながら何度も聞いた、お気に入りのお話しでした。晩秋の枯野に色づく野茨の実春から初夏にかけて可愛い一重の花を咲かせた野茨(ノイバラ)も、初秋には実が膨らみはじめますが、晩秋ともなれば真っ赤に熟して美しい色になります。 野茨(ノイバラ)とも野薔薇(ノバラ)とも呼ばれますが同じ物で、一般栽培種の先祖ですが、分類学上は同種でバラ科 バラ属です。「ノイバラ」:バラ科 バラ属学名:Rosa multifora Thunb 開花期:5月~6月別名:ノバラ原産:在来種 人気blogクリックしてくださると幸せです!今回紹介した、幽玄な大自然を満喫し、心を洗う晩秋の熊野の旅はこちらから・・・
2005年11月13日
コメント(28)

ふと考えてみれば・・・1,000日間ブログを続けるとすると、1年が太陽暦では365日なのでほぼ3年弱。それも更新の度に、何枚かの秀逸な風景の写真とエッセイとなると、それはもう神業に近い・・・しっぽ@shippoさんのブログが、今まさに1,000日目の記念日を迎えようとしています。しっぽさん、心からご祝辞を申し上げます。蓼の秋早苗蓼私にとって、蓼の花は一際思い入れのある秋花です。任務に殉じた亡き友が眠る奥能勢の墓所に、仲間たちと一緒に幾種類かの蓼と野菊を植えて20年。 そんな、秋野を彩った蓼たちの季節もそろそろ終わりです。白花桜蓼人が誰一人として目もくれぬ野花たちが、毎年季節になれば何気なく咲いていること。 そんな、一見当たり前のように繰り返される季節の巡りこそが、すべての生き物の環境が正常に保たれている証であって、人が健やかに生られる、唯一無二の環境なのだと私は思います。凡篤蓼凡篤蓼(ボントクタデ)は、薄紅色の小さな花をまばらにつけ、柳蓼に少し似ていますが、辛味はありません。茎の色は元々褐色ですが、冷気で茎も葉も一層紅色に色づき、秋の風情を見せてくれる蓼です。「ボントクタデ」:タデ科 イヌタデ属学名:Polygonum pubescens Blume.Persicaria pubescens (Blume) Hara原産:在来種 本州、四国、九州、沖縄、中国、東南アジアクリックしてくださると、とっても嬉しいです!
2005年11月12日
コメント(15)

熊野詣の魅力熊野は、都から見ると辺境の地だったといまます。 それは、決して平坦ではなく、総延長距離600キロメートルにもおよぶ長く険しい道程。 それにも関わらず、当時の人はなぜ熊野に詣でたのでしょう。 かつて、都人には地の果てとも称された熊野三山が、人々の信仰を集めていた理由は、「熊野権現」が神仏一体で浄不浄も問わず、貧富も男女の分け隔てもなく、人を受け入れたことだともいわれているようです。古来、熊野詣は修験者にとっては苦行で、その激しく厳しい修行の果てに、悟りと法力を得たといわれています。同時に、熊野地方の自然は、連なる峰々と深い谷、切り立つ絶壁という起伏に富んだ地形で、山野の景観と熊野灘の美しい海岸線を有しております。 また気候も温暖で、四季の彩りも美しく、清流と温泉が湧き出す地でもあるため、熊野の地を訪れた人々は、ここに極楽浄土の楽園のイメージを重ね合わせたのかも知れません。脈々と続いた信仰の歴史の中で、熊野は精霊たちの民話や、甦りと再生の伝説を数多く生みだしてきました。 人は、この地に再生を夢見て旅したのかもしれません。追記 <訂正と謝罪>昨日の日記で、蓼にまつわる万葉の歌を教えて頂いたお二人の方のお名前を紹介しましたが、お一人のお名前を誤って記述しておりました。 Tomatoccoさんには深くお詫び申し上げます。m(_ _)m人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月12日
コメント(12)

日本を表す言葉に「大和(ヤマト)」という言葉があります。 この「ヤマト」の語源が、「神の民」を意味する古代中近東のアラム語に由来するもので、正確にはヤマトゥとかヤゥマトと発音するという面白い仮説があるそうですが、果たして本当なのでしょうかねぇ?もし本当だとするならば、バベルの塔の伝説に登場する世界に散り散りになった民の一部が、日本人ということになるのでしょうか? 私の理解力を超える壮大なドラマ! やはりこれは、独り言にしておきましょう・・・さっきゴミ出しに行ったらズブ濡れになりました。 田舎ですから街灯はないし、ゴミ集積所まで数百メートルも離れているので雨の日はちょっと辛いです。・・・^.^;あつかましいお願いですが、ポチっとしてやってください!
2005年11月11日
コメント(22)

私は、数あるタデ科植物の中でも、この白花桜蓼(シロバナサクラタデ)が、もっとも美しいのではないかと思っています。白花桜蓼は土質の柔らかい湿地を好む植物で、地下に細長い匍匐茎(ほふくけい)を持つ多年草です。 雌雄は異株で、サクラタデに似ていますが、サクラタデに比較してやや大きく、花の色も白いことや花柱と雄蕊が花被より長いことなどで容易に区別することができます。我が宿の 穂蓼(ほだて)古幹(ふるから)摘み生(おほ)し 実になるまでに君をし待たむ 上の歌は、くれない御前さんとtomatoccoさんに教えていただいた蓼を詠んだ歌です。 白花桜蓼は、近年繁殖地の減少や環境悪化によって、各地で極めて絶滅が危惧されている種類の蓼で、とくに東京では絶滅危惧A種に指定されており、見つけることは非常に困難なのが現状です。当地でも、私が知る繁殖地は僅か10平方メートルに満たない本当に小さな湿地のみで、ここ以外ではもうほとんど姿を見ることもできません。「シロバナサクラタデ」:タデ科 タデ属 多年草 学名:Polygonum japonicum Meisn. 開花期:8月~10月英名:Japanese knotweedクリックしてくださると、とっても嬉しいです!!
2005年11月11日
コメント(19)

華岡清洲(はなおかせいしゅう)という人は、紀乃国 上那賀郡 名手庄 西野山村(現在の和歌山県那賀郡那賀町)の出身で、大阪で南蛮医学を学んだ父親から医学を学び、23歳で京に登り、吉益南涯に師事して漢方を、都で名だたる名医であった大和見立のもとでは、オランダの流外科術を学んだのちに父親の直道の診療所を継ぎます。清洲は、「麻沸散(まふつさん)」という薬草を用いて外科治療に役立てていた中国三国時代の医師「華陀」の言い伝えに出会い強い興味を持ちましたが、当時は麻沸散の成分はまったく明かではなく、それを解明するため、清洲は日々熊野の山野を歩いては薬草を採取し、麻沸散の研究に心血を注いだといいます。数々の動物実験繰り返したのち、研究を支えた実母と妻加恵での実験、そして自分での実験の結果、清洲は遂に経口全身麻酔薬の「通仙散(つうせんさん)」の開発に成功したのでした。そして、文化2年(1805)10月、大和国五條村の藍屋勘という60歳の老女に対して世界で初めてとなる全身麻酔による乳癌摘出の手術に成し遂げたのでした。 その後も、清洲は乳癌手術だけでも153例、そのほか舌癌、膀胱結石、脱疽など、数多くの外科手術を麻酔によって手懸けています。花岡清洲は、生涯西野山村を出ることなく、村で診療を続けましたが、麻酔術は杉田玄白の一門にも伝えられ、江戸でも手術が行われたようです。 また清洲のもとには教えを乞う医師が集い、門弟は千人を越えたともいわれており、数多くの名医を輩出したそうです。<通仙散>チョウセンアサガオ(曼荼羅華)を主成分に、トリカブト、セリ科のセンキュウ、セリ科のトウキ、ビャクシなどの10種類あまりの薬草を配合したもので、曼荼羅華(まんだらげ)の花や種、葉、根に含まれているアトロピン、スコポラミン様物質、およびアルカロイドによる副交感神経麻痺(遮断)作用なので、理論的に彼の方向性は正しいのです。<トウキの鎮痛作用>トウキの熱水抽出物は、今日のマウス実験でも鎮痛作用を認めた物質です。 とくにその成分であるfalcarindiolは、アミノピリンよりも強い鎮痛作用を示します。人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月10日
コメント(24)

今まで、滅多に風邪などひくことはなかったのですが、加齢による衰えなのか、体力も落ちてきているのでしょう。思えば、昨年秋の水害で足首を痛めて以来、めっきり運動量も減りました。 昨日、MRI検査のために病院に行った際、風邪をお土産に頂戴したようで、遂に発熱して床についております。 御家老も風邪をひいたようで、今日は離れに籠もって「涅槃」状態です。何年振りでしょうか・・・ そんなこんなで、不覚をとっております。道を想う (4)悟りの道<涅槃(ねはん)>古代インド語では、ニルバーナといい、「吹き消すこと」を意味しています。 つまり、燃えさかる煩悩の火を吹き消して煩悩から解放され、迷いも苦しみのない悟りの境地を表しており、無為、無漏、到彼岸なども同じ意味の穏やかな心の状態を指すものです。 また、非常に静寂で安らかな状態であることから「涅槃寂浄(ねはんじゃくじょう)」ともいわれます。本来の涅槃が持つ意味はこの通りですが、後年の部派佛教の頃、有余涅槃(肉体がある悟りの境地)と無余涅槃(肉体もない死後の世界)に区別する考え方が出てきたようです。 その為、涅槃がお釈迦様など聖者の死を意味するようにもなったといわれます。 さらに、大乗佛教では自性清浄涅槃と無住処涅槃を説き、禅では人間もまた、本来自身が仏性を持っているということが自性清浄涅槃であり、生死即涅槃という考えが無住処涅槃であると説いています。もっとも、私も御家老も煩悩一切から解き放たれることはないでしょうが・・・(苦笑)クリックしてくださると、とっても幸せです!
2005年11月09日
コメント(23)

佐保すぎて 寧楽の手向けにおく幣は 妹を目離れず相見しめとそ (長屋王)歌姫街道万葉の面影を今に残すいにしえの道。 高の原の東を、南北に抜ける道が歌姫街道です。 たびたび万葉の舞台にもなり、平安以降も都から宮廷女官や歌人たちが初瀬詣でに行き交い、華やかな宮廷文学に関わった道です。 古くは平安京の朱雀大路から山背国(やましろのくに)へと出る国境の峠道でちょうどこの辺りには歌姫神社が佇んでいます。 壬申の乱では、大友皇子の率いる軍勢が飛鳥へと進軍した道だともいわれています。 初瀬詣とは新義真言宗豊山(ぶざん)派総本山 西国三十三か所第八番札所「長谷寺」参詣の俗称です。歌姫神社とは正式には、添御縣坐神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)といい、かつて菅原道真公も詣でたといわれている神社で、天武天皇の孫の長屋王が詠んだ歌が残されています。クリックしてくださると、とっても幸せです!※真ん中の画像は、裏庭に咲いたエンゼルトランペットです。 今年は随分遅く咲きました。
2005年11月09日
コメント(18)

あれから4日、買い換えて4日目の新しい携帯電話は、まだ中身は空っぽのケイタイさんです。 私の新しい携帯機種はprosolid(P213i)。 何故かというと、この機種はイマドキ珍しくカメラ付きじゃない古風なところが良いからなのであります。(苦笑)なんとでもおっしゃい! 私は古い人間ですから・・・文字が大きくてオヤジ向きなのは○! まだ、慣れていないので使い勝手がちょい解らないです。ところで、携帯電話の取説って、どうしてあんなに難解なのでしょう?今日は午前中、行きつけの病院でMRIの撮影です。 医師の話によると、なんでも先月撮ったレントゲンで右肺にどうやら腫瘍があるらしく、それがお気に召さないらしいのです。 まぁ、人生何があっても、今更騒ぎ立てることもなく我が道を行くのみ。(^-^)最近みなさんのところに、あんまりお邪魔出来ずに心苦しい次第です。 ゴメンナサイm(_ _)mとりあえず、晴れるといいですね。クリックしてくださると元気になります!
2005年11月08日
コメント(32)

道は、人や車が行き交う道路だけではありません。 地球誕生から46億年の生命の進化の課程もまた、一つの道なのです。進化の道化石や遺伝子の研究によると、人にもっとも近い動物がアフリカのチンパンジーだといわれています。 しかし、これまで発見されていた化石では類人猿とは異なる原始の特徴を備えたサンブルピテクス(950万年前)の上顎の一部があるのみで、進化の過程を裏付ける化石資料が乏しく、謎のベールに包まれた部分が多いものでした。11月4日の新聞によると、今回、これらの進化の道の空白を埋める化石が発掘されたとか。見つかったのは、1,000万年前の右下顎の骨と歯で、島根大学のチームが今年2月にケニア中部のナカリで見つけたもので、ゴリラが祖先から分岐する直前にあたる時代のもので、先のサンブルピテクスのような特異点はなく、人やチンパンジー、ゴリラの共通の祖先である可能性が極めて高いといわれています。映像はイシミカワの実です。 これがタデ科の植物なんて信じられますか?秋の路傍の草むらで、怪しく艶やかなターコイズブルーが異質な感じですよね。 こうした野に生きる草花もまた、長い進化の道を歩んできたのです。道に想う、まだまだ不定期に続きます。「イシミカワ」:タデ科 タデ属学名:Polygonum perfoliatum L 開花期:7月~10月原産:日本在来種漢字では、杠板帰、石見川、石膠と表記するそうです。クリックしてくださると幸せです!
2005年11月07日
コメント(29)

文明の発展の要素として、『道』が果たす役割や極めて重要なものです。 かつて、日本の文明の発達に欠かせなかったいにしえの道を辿って、歴史を振り返るのも面白いものだと思います。 今日は雨模様の日曜日ですから、ブログでバーチャルな歴史散歩をしてみましょう。日本の古都奈良に今も残る大和の道は、山之辺の道をはじめ竹内街道、太子道、都祁山の道など、いくつかの古道があります。大和の道 「山之辺の道」奈良盆地の東の山裾を縫うように、南は三輪から奈良へと通じる古道が山之辺の道です。大和平野には、南北にまっすぐ走る官道として、上ツ道(かみつみち)、中ツ道(なかつみち)、下ツ道(しもつみち)の3つの道が7世紀の初め頃には造られていましたが、「日本書紀」によると崇神天皇陵の場所の記述を「山之辺の道の勾の岡の上の稜」と記していることなどから、おそらくは日本最古の官道であろうといわれています。山之辺の道は、上ツ道のさらに東に位置する道で、山をなぞるように曲折しながら途中の集落を結んでおり、古くから人々の生活の道でもあったようです。 現在、道の全貌についてははっきり判断ができませんが、海石榴市(つばいち)辺りから三輪山、景行陵、崇神陵、石上神宮を経て、奈良へと北上する道で、総延長は約26キロ程度だと考えられます。沿道には、今も古い神社や寺、古墳や万葉歌碑など多くの旧跡が残る山之辺の道は、訪れる人に歴史を感じさせてくれます。 秋の装いが美しい三輪山麓を背に、コスモスが咲く山之辺の道を歩いてみませんか。「道に想う」は不定期に続きます・・・人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月06日
コメント(29)

1992年11月5日の早朝、近隣の農家の6人兄弟の末っ子として生まれた御家老。 そうです! 今日、11月5日は、我が家の老犬御家老の十三歳の誕生日なのであります。グルメな御家老は、早朝からソワソワなされておりました。 昨夜、実は私が御家老に約束していたのは、好物の「牛すじ煮込み」を作ることだったのです。 午後から、国産黒毛和牛の「牛すじ」と有機栽培本作り「こんにゃく」買い出しに行って参りました。 下ごしらえののち、白味噌と八丁味噌を2対1の割合で混ぜた味噌に日本酒少々、砂糖、みりんを用いて煮込むこと1時間。 夕刻、御家老は待ちかねていい匂いがする食堂辺りをウロウロしています。悪代官:「え~、城代家老様におかれましてはご機嫌麗しく・・・」御家老:「おぉおぉ 大儀であったのう。」悪代官:「御家老、本日はお誕生日誠におめでとうございます! それで、お幾つにおなりで」御家老:「そんなことは良いから、 例のモノを早う持って参れェ。」悪代官:「ははぁ! こちらでございます。」 (※ちなみに御家老はネギ抜きを食しております。)というわけで、何はともあれ、本日は終始ご機嫌の御家老でございました。m(_ _)m手料理がお気に召せばクリックしてやってください!
2005年11月05日
コメント(31)

「蓼(たで)食う虫も好き好き」という言葉があります。 これは、蓼という辛みの成分を多量に含んだ植物でも好む虫があるという意味です。 このことわざに登場する蓼とは、タデ科の柳蓼(ヤナギタデ)類のことを指しますが、この柳蓼の赤い幼葉は、刺身のツマとして添えられるので皆さんもご存知でしょう。 早苗蓼(サナエタデ)です。タデ科に属する植物は、北半球の温帯を中心に40属1000種分布しており、そのうち日本にはソバ属、ギシギシ属、タデ属の3属64種が認められています。注意)映像は上から虎杖(イタドリ)、 早苗蓼(サナエタデ)「イタドリ」:タデ科 タデ属 多年草学名:Polygonum cuspidatum Sieb. et Zucc. 開花期:7月~10月英名:Japanese Knotweed原産:在来種 全国、アジア春の若芽は皮をむいてサラダのように生食できます。「サナエタデ」:タデ科 タデ属 1年草 開花期:5月~10月学名:Polygonum scabra Moench.Persicaria scabra (Moench.) Mold. Persicaria lapathifolia原産:在来種 全国※サナエタデの茎はよく分岐し、葉の長さは4~10センチ程度の披針形で、花序は長さ1~5センチで、淡紅色から白色のものもあります。人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月05日
コメント(31)

北西の風が吹き、冷え冷えとした明け方、マウンテンパーカーを着て丘に登りました。海を見下ろす丘の上には、細葉浜藜(ホソバハマアカザ)が真っ赤な秋化粧をして、寒そうに身を縮めています。 人は、花壇の花を鑑賞するのに対して、野に生えるものたちには雑草という言葉で区別しています。 けれども、季節を彩り里に四季を知らせるのは、こんな野の植物たちなのです。いにしえの日本人が自然に触れて培った美意識、いつまでも大切にしたいですね。野暮用で出掛けて参りますので、のちほどご皆さんのところへ訪問させていただきます。m( _ _ )m「ホソバハマアカザ」:アカザ科 ハマアカザ属 在来種 全国 学名:Atriplex gmelinii CA Meyer. 開花期8月~10月原産:日本在来種(全国)クリックしてくださると、とっても幸せです!
2005年11月04日
コメント(28)

石蕗(つわぶき)の撮影に夢中になっていて、どうやら携帯を落としたらしいのです。(本人は記憶無し!)おそらくあの辺りかなと、唯一見当がつく場所は、海に切り立った50mくらいの絶壁で、ちょうど石蕗の写真を撮っていたときなのでしょう。 結局、ドコモはドコナノ?と叫んでも、答えてはくれませんでした。きっと今頃、私の携帯電話はお魚とモシモシしていることでしょう。5年間、苦楽を共にした携帯電話さん、見捨ててご免なさい。 5年分の人脈も海の藻屑?中には、これを機会に悪縁が断ち切れる人も若干はいるけれど・・・念のため急遽休止手続きをして、即日にショップで機種変更したけれど、新しい携帯の中身は空っぽです。日頃、何かと便利な分だけ、携帯電話を紛失するとメモ帳や様々な記録も失うことになるので、とっても不自由ですね・・・こちらから皆さんに連絡を取ろうにも、番号を記憶しているのは2件だけで、今日からたくさんの人と音信不通になります。 きっと、死んだと噂されるかも知れませんが、私はこうしてなんとか生きています。そういうわけで、ちょっと凹んでいます。「ツワブキ(石蕗)」:キク科 ツワブキ属 多年草学名:Farfugium japonicum (L.) Kitam.Ligularia tussilaginea Makino 開花期10月~12月英名: Leopard Plant原産:日本在来種 本州、四国、九州、沖縄※海岸の岩の上などによくみられる石蕗の花の直径は5センチ程度、葉の大きさは4~15センチの腎心形で、光沢があります。ポチっとしてくださると幸せです!
2005年11月04日
コメント(30)

秋の天気の良い日、散歩の途中で落葉樹の雑木が多い林の中に入ると、クヌギやクリの樹など、落葉樹切り株にカワラタケの密生を見ることができます。 カワラタケは、木材を分解して自然に帰す役割を担う木材腐朽菌(白色腐朽菌)の一種で、霊芝やサルノコシカケなどと近種のキノコです。 1個あたりの大きさは約5センチ、厚さ2~3mm程度のキノコで、切り株や倒木の表面に瓦を葺いたように群生することからこの名前がつけられています。 [ 画像の無断使用厳禁 ]カワラタケは、良質な漢方薬の素材となるキノコで漢方では雲芝(うんし)と呼ばれ、古くから珍重されてきた薬です。 多くのキノコ全般に共通することですが、キノコには身体の生理活性を高める多糖類が含まれており、強い抗腫瘍活性によって種々の癌や腫瘍に対して有効性が確認されています。多糖体には抗腫瘍効果、ステロイド類には制ガン作用、食物繊維、老廃物や発ガン物質の排泄作用、多糖蛋白複合体などには血糖降下作用、血圧安定作用(高血圧・低血圧)、不飽和脂肪酸には血圧降下、コレステロール減少、動脈硬化の改善などの機能があります。近年、雑誌広告やインターネット市場でキノコ由来の健康食品が販売されていますが、どれを見ても数万円という価格で販売されています。 しかし、原料面から見ても製造コスト面から見ても、キノコ由来の製品がそれほど高い価格設定をしなければならない理由はどこにも見あたらず、市場に流通される大半の製品は、消費者から多額の利益を得ようとしているに過ぎないというのは、人間として非常に哀しいものですね。(※キノコ食品のコストは、原料と製造行程を含めて、安価な物では数百円、特殊な原料や特殊な加工方法でも3,000円程度のコストで製造が可能です。)また、一部のブランド化したキノコ名を挙げて”特化”した機能であるかのように標榜しているのも目立ちますが、キノコ類特有の免疫賦活作用には、何ら大きな差異は存在しません!「カワラタケ」:多孔菌科 カワラタケ属学名:Coriolus versicolorもしくはTrametes versicolor木材白色腐朽菌※雑木林を歩けば、目にすることができます。人気blogクリックしてくださると幸せです!
2005年11月03日
コメント(29)

「道」とは、辞書によれば人や動物、車などが往来する通路、ある地点と地点をつないで長く連なった帯状のものとあります。 同じく、目的とする所へ至る経路、道のり、距離、道程などとも書かれています。 また、「道」とは、ある関係を成り立たせている理(ことわり)や世間のならい、(仏教・儒教などの)教えや教義、ある専門的分野、方面、方法や手段、手順。 あるいは、人のふみ行うべき道筋や人としてのあり方や生き方であるとも説かれています。「道」、現実に自分の前に連なる道から、目には見えない自分の道まで・・・いずれにしても、この世に生まれて歩き出したときから、人の前にはたくさんの「道」が存在するのですね。明日は、もう少し道について書いてみようと思います。m(_ _)m今日の道端の花は雛桔梗(ヒナギキョウ)です。キキョウ科のヒナギキョウ属の花は、日本ではただ1種この花だけです。 とても小さく愛らしい花で、茎は針のように細長く、根元の葉は長さ2~4センチの倒披針形、長さ10~15の茎の上に一輪だけ小さな花をつけ、希に白花も見られます。 本来の開花時期は5月~8月なのですが、今年はなぜか遅くまで咲いています。 ちなみに、阪神大震災の前年にも11月に咲いていました。「ヒナギキョウ」:キキョウ科 ヒナギキョウ属学名:Wahlenbergia marginata (Thunb.) A.DC. 開花期原産:日本在来種(関東以西)、中国、台湾クリックしてくださると、最高に幸せになります!
2005年11月03日
コメント(17)

11月2日、今日は私のブログ記念日です。私は、今年5月2日に楽天に登録して、このブログを書きはじめました。 早いもので、今日で延べ185日、6ヶ月の記念日であります。それで、その記念すべき50,000人目のお客様は、12:44:34にお越しいただいた「65.54.*.*さん」です。(誰?)現在に至るまで、こうして続けさせて頂けるのも皆様の温かいご声援の賜物であると感じており、日々ご訪問頂き、コメントを下さったすべての皆様には心から感謝申し上げます。m( _ _ )m【イメージバトン】「たかちほさきさん」からイメージバトンがやってきました。なんでも、このバトンは前の人が出した「キーワード」をもとに答え、次の人には自分のイメージを、あらたな「キーワード」としてバトンを繋ぐそうです。イマイチ趣旨が呑み込めていませんが、とりあえず・・・<イメージ・バトン>1 バトンを回してきた人の「キーワード」たかちほさきさんからのキーワードは「デート」でした。(デートってか?^.^;)2 その人が回してきたキーワードから連想するものをひとつ挙る。 「デート」といえば、「グルメ」でしょ!(きっぱり!)春は筍の錦水亭、夏は祇園で鱧料理、秋は近江で牛鍋、冬は下関でフグ尽くし。 これに温泉と地酒がつけば文句無しです!3 最後にバトンを回して来た人に一言。私へのお題が「デート」とは、ちとキツいっす!〔≡_≡;〕 4 次にバトンを回す人3人を挙げます。とりあえず、こんなのお好きな方いかが? よろしくお願いします。(やはりバトン潰し?)---どうか受取ってやってください。 私からのキーワードは--- 「グルメ」です。<イメージバトンの過去の流れ>海→ブルー→サッカー日本代表チーム→ドイツ→ソーセージ→バーベキュー→カニ→白砂→砂丘→海→太陽→ひまわり→種→スイカ→うめぼし→和歌山→みかん→ あたしんち→猿山→赤ちゃん→フレンチブルドッグ→おばあちゃん→ボーリング→ハイタッチ→アメリカ→カジノ→ドラクエ→スライム→キング→トランプ→マギー審司→ジュエリーマキ→後藤真希ちゃん→モーニング娘→テレビ東京→ 旅→駅弁→牛タン→カルビ→脂肪→カプサイシン→カタカナ→ひらがな→日本→アンジャッシュ→おぎやはぎ→メガネっこ→のび太くん →夢→寝坊→二日酔い→ウコン→サプリメント→美容→ヨガ→マドンナ→注射→ワクチン→ラクチン→温泉旅行→会席料理→日本酒→芸者さん→ジャパニース→ジャニーズ→光GENJI→短パン→ぴちっぴちっ→Gパン→普段着→Tシャツ→無芸大食→自分→ぐーたら→なまけもの(動物)→木の上→秘密基地→早期発見→遺伝→空豆→小学校→スケート→田舎→高校生→純愛→映画→デート→グルメ人気blog、クリックしてくださると幸せです!
2005年11月02日
コメント(41)

日本書紀に記され、古代の奈良盆地を南北に縦断していたといわれる3本の幹線道のうち、これまで発見されていなかった上ツ道の遺構が確認されたと報じられていました。 遺構は固く締まった盛り土で、市道脇の水田から発見され、付近から6世紀末から7世紀初頭の土器が出ており、盛り土の上部からは708年鋳造の和同開珎や8世紀頃の土器片も同時に見つかっています。かつてこの道は、「上ツ道」、「中ツ道」、「下ツ道」と呼ばれた3本の道で、飛鳥京へ各地の貢ぎ物を運んだ物流の道であり、国家体制維持のための軍用道であり、遠く中国、朝鮮へと続く外交と交易の道でもありました。 この3本の道の存在は、日本書紀にはの「壬申の乱」の記述で初めてに登場する道の名です。 今回発見された遺構は、卑弥呼の墓の説もある箸墓(はしはか)古墳の北東隅近くにあたる場所で、日本書紀によれば、大海人(おおあまの)皇子と大友皇子が帝位を争った壬申の乱(672年)での戦いが、この付近の上ツ道であったと記されているため、この記述の信憑性もより高くなりました。昨夜、急に気温が下がったため、不覚にも風邪をひいてしまったようです。 ただいま、微熱で頭がボーっとしております。 明日あたりはきっと、「鬼の霍乱」などと囁かれていることでしょう・・・今年、我が家の庭に咲かなかったホトトギスが、株分けをした友人の家の庭では立派に花をつけました。あ~鼻水が・・・(>_
2005年11月01日
コメント(28)

山野に咲くアザミの仲間には、春や夏だけではなく、秋に咲く種類もあるのです。 「吉野薊(ヨシノアザミ)」は、本州では西日本と近畿、そして四国だけに生息する希少なアザミの種類です。 吉野薊は数が激減している上に生息地が限られている花ですから、当然見つけるのにも大変苦労します。吉野薊の名称は地名ではなく、発見者の吉野善介に由来する名前です。同じ秋咲きで、関東に生育するナンブアザミやタイアザミと区別する上での特徴は、総苞がやや細長くて釣鐘型をしており、花もやや小さく、代わりに花数が多くつきます。「ヨシノアザミ」:キク科 アザミ属 多年草学名:Cirsium nipponicum (Maxim.) Makino. var. yoshino (Nakai.)Kitam 開花期:8月~11月原産:近畿地方、中国地方、四国3県クリックしてくださると、とっても幸せです!
2005年11月01日
コメント(31)
全45件 (45件中 1-45件目)
1


