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あまり長く登場させないと、ブログ仲間の皆さんの間で死亡説が流れるため・・・(笑) ここらでわが家の御家老を登場させ、皆さんに近況報告しておきます。 最近の御家老は、ほとんど家の中で過ごしております。 廊下でもどこでも、おかまいなしに横たわっておられるので、歩き難いです。(笑) 毛足が長いため、昔から夏は大の苦手。 そこで、勝手にエアコンを操作する術を覚えて、地球に優しくないエアコン生活。 老犬ゆえに、近頃は足腰が弱り、散歩も気まぐれになって、暑い日や雨の日は無気力になります。 したがって、散歩も拒否。 畳の部屋に入りたいのでしょうが、入ると母に叱られるため、ギリギリのところで我慢しています。(笑)年々、運動量が減るのに食欲は変らず、ご覧の通り立ち姿でも下腹が床に触れるほどのメタボ犬に成り下がってしまいました。(苦笑)相変らず、食べ物へのこだわりと頑固さは健在。 さて、満15歳と7ヶ月の老犬のメタボ対策はどうすれば良いのか? この夏も健康に乗り切る事ができるのでしょうか・・・
2009年06月30日
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(紫陽花の花)あぢさゐの 八重咲くごと弥(や)つ代にを いませ我が背子 見つつ偲ばむ (橘諸兄)紫陽花の花が八重に咲くように、御代八代も何代も健勝でいらしてください、そして花を眺めるたびにあなたを思い出します。(通釈より)この歌は、天平勝宝7年(755)五月、丹比国人の邸に招かれた際に庭の紫陽花を見て、国人の長寿を祝って詠んだ歌です。 紫陽花を詠んだ歌は、万葉集に二首あるのみです。当時、紫陽花といえばガクアジサイが主流でしたが、国人の庭園には当事としては珍しい八重咲きの紫陽花が植えられていたのでしょう。 一首の歌から、そんな貴族のセレブな暮らしを垣間見ることができます。中世日本史を彩る有力諸氏を指して、"源平藤橘"などといいますが、中でも橘氏の姓は、藤原不比等の妻の県犬養三千代に与えられたことにはじまります。 三千代は、敏達天皇の曾孫の美努王と結婚して葛城王と佐為王を産みますが、のちに離婚して藤原不比等と結婚し、安宿媛(あすかべひめ)を産んでいます。 藤原氏の黄金時代は、安宿媛がのちに聖武天皇の皇后(光明皇后)となったあたりからはじまるのでした。三千代は軽皇子(文武天皇)の乳母を務めていましたが、皇子の実母の阿部皇女に気に入られ、皇女が元明天皇として即位した時に橘の姓を賜ります。 三千代は天平5年(733)に病没。 その死後子供の葛城王、佐為王は帝に願い出て橘の姓を継ぐことになり、二人は天平8年(738)に臣籍に下って橘諸兄、橘佐為となりました。橘諸兄は、天平10年(738)から15年まで右大臣に登り詰め、その後、疱瘡の流行により、権勢を振るっていた藤原氏の相次ぐ病没によって左大臣となりますが、藤原仲麻呂の台頭によって引退し、翌年薨去します。橘諸兄の妻は多比能といい、一説には不比等の娘ともいわれていますが、定かではありません。 二人の間に産まれたのが橘宿禰奈良麻呂(たちばなのすくねならまろ)で、のちに仲麻呂の政権に危機感を募らせ、奈良時代の政争史の中でも有名な橘奈良麻呂の乱を企てて刑死します。橘奈良麻呂の乱を乗り切り、光明皇后の信任を得て一時代を築いた仲麻呂も、道鏡排除を企てて乱を起こし、最後には非業の死を遂げるのでした。"もしも"という言葉は歴史にはタブーですが、もしも、疱瘡の流行がなければ、諸兄が政界の中枢に登り詰めることもなく、奈良時代はまた異なる時代になっていたでしょう。 諸兄、奈良麻呂親子にとっても、その方が平和で幸福な日々を送れたのかも知れませんね・・・
2009年06月26日
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(マタタビ)山地の緑いっぱいを歩いていると、緑の中に花とは少し違った雰囲気で、白いハンカチのようなものを目にします。 近づいて行くと、葉そのものが白いのだと判り、今度は不思議に思う人も多いことでしょう。ちょうど梅雨の時期に、森の中で白く変色した葉を見かけたら、それは木天蓼の葉です。 木天蓼? それ何? なんて思いますよね。(笑) ニャンコが好きな『マタタビ』のことです。木天蓼と書いて"またたび"とも、漢字通りに"もくてんりょう"とも呼ばれます。木天蓼は、つる性の植物で、他の木に乗りかかるようにして伸び、6月から7月に2センチほどの白い花を咲かせます。 普段はまったく気がつかない地味な植物ですが、花の時期になると、先に近い葉が白くなって花粉を運んでくれる虫のたちの目印になるようです。果実は熟すと美味しく、薬用酒として果実が使われたりします。 猫にマタタビといわれるように、ネコ科の動物は臭い成分のマタタビラクトンや塩基性のアクチニジンに恍惚を感じます。 マタタビ以外にもイヌハッカには、同様の効果があります。当然、トラやライオン、ヒョウにも効果がありますので、『トラにマタタビ』を、是非一度試してわだつみ判官にご一報ください。(笑)『マタタビ』科属:マタタビ科 マタタビ属 ツル性落葉木学名:Actinidia polygama 開花期:6月~7月別名:モクテンリョウ原産:日本在来種 北海道、本州、四国、九州の山地 朝鮮半島、千島 InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の歴史と文化に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月22日
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元部下の友人の案内で、吾北まで出かけて手に入れたのは、厚さ65ミリ、幅600ミリ、長さが1600ミリの立派な銀杏(イチョウ)と、これよりも少し小さ目の檜(ヒノキ)の無垢板です。銀杏の樹は野生の古木で、吾北の風雨に耐えて生きて来た風格が感じられます。 銀杏の無垢板は、実と同じような臭いがあるのが珠に傷。 なので、研磨して白木のままでは使えません。 処理をして着色し、表面をコーティングしてから使います。檜はご存知の通り、鎮静効果のあるヒノキチオールという芳香成分で知られる香りのよい木ですから、研磨して白木のよさを生かします。古くから、日本人の暮らしに欠かせない木。 そんな、木の文化は豊かな自然があってこそ育まれたもの。 吾北の豊かな自然に触れて、あらためてそう感じました。直ぐにも家具の製作に取り掛かりたいところですが、多忙なため来週までお預け。 それに、この大きな材木を収納しておくにも、蔵のスペースを確保しなければならないので、しばらくこうして、ドライブのお供は材木です。(笑) InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の豊かな文化に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月21日
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(吾北の山村風景)土曜日は、雨の止み間を狙っての長距離ドライブ。 高知の知人を訪ねました。 知人に案内を依頼したのは高知の吾北地方でした。吾北とは、高知県北部の土佐郡にあった古くは本川村と呼ばれた山村で、2004年(平成16)に伊野町、吾北村と合併し、現在はひらがな地名で"いの町"となっています。 旧村域は、吉野川源流域を占め、北部の愛媛県境には石鎚山脈が走り、県下最高峰の瓶ヶ森(1896メートル)石鎚国定公園区域を含みます。古くから平家の隠れ里といわれた地方ですが、平地に乏しい山村で、まさにそんな片鱗を窺わせる地形でした。 おもな産業は林業で、杉や檜の用材生産が中心の村で、ワサビ、シイタケ栽培も行われているようです。仁淀川から、川筋に沿って北上する国道194号線は、寒風山トンネルで愛媛県西条へも抜ける道路ですが、雨の山道は過酷な道中でした。吾北では、土佐杉と雑木の無垢の厚板を購入しました。 近々、この材料を使って、素朴な自然の風合いを生かしたテレビ用のローボードを作りますのでお楽しみに。 クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の歴史と風土に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月21日
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(紀伊水道)『シーマン・シップ・・・』 これが海軍中佐だった祖父の口癖だったそうです。『シーマン・シップ』という海で活動する男たちが交わす言葉があります。 単なる合い言葉のようなものではなく、技能や行動、考え方、心得をも表すもので、様々な意味が込められています。技能航海をするために必要な基本的技能で、運用術とか航海術といったもの。資質と心がけ慣海性、海上生活の順応性、心構え、精神的及び身体的の適応性などといった人格的なもの。国際性外国とのかかわりが多い船乗りは、領海で、公海上で、あるいは外国の港で、国の代表となり得るのです。(外国へ行った場合、船舶のクルーは国家の代表といった性格をも帯びており、船の動向、クルーの態度、動作が相応しいものでなければならない。)シーマンシ・シップとは、海に生きる船乗り同士では、たとえ敵であっても、溺れる者は救うというような、いわば、海というものを通じて結ばれている一種の精神的共同体という考え方です。古くは、日本海軍の伝統精神を表す言葉の一つとして、そして今では海上自衛隊にも受け継がれている精神です。『スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ(海軍)船乗り』この言葉には、船乗り(士官)として身につけるべきシーマン・シップのすべての要素が織込まれています。『スマート』敏捷・機敏、スピーディー、身のこなしが美しく洗練されている、さっそうとしている、無駄がない、明晰、ユーモアーがある。『目先が利く』臨機応変、視野が広い、機転、進歩的、集中力、先見の明がある。『几帳面』清潔、整理整頓がされている、責任感が、自己犠牲、協同精神に富む、時間を守る、他人に迷惑をかけない、物心の用意がいつもできている。『負けじ魂』苦難に耐える、闘争精神に富む、努力を惜しまない、気力がある。実際、レース中のヨットで先行している艇が事故でマストが折れ、浸水するなどしていれば それを見つけた後続艇は 競技の順位を投げ捨ててでも、救助にあたるという事がしばしばあります。また、実際にあった話では、火災を起こした貨物船に 小型漁船が集まってきて積荷を持ち去りました。一見、海賊行為のように思いますが、実は港には火災を起こした貨物船の積荷がちゃんと陸揚げされ、整然と積み上げられ、船主に届けられていました。船主は、お礼をしたいと申し出たが 漁師たちは"お互い様だ"と礼を受け取らなかったといいます。板子一枚、下は地獄・・・生命の揺り篭ともいわれる海ですが、ひとたび嵐ともなれば牙を剥き、命を呑み込む海。 そんな、厳しい大自然の中で培われ、海に生きる男たちの精神がシーマン・シップです。さてさて、18日の報道で4月末にインド洋のセーシェル島を出航後、連絡が途絶えていたヨット冒険家の米子昭男さん(62)が、タイのプーケット島に無事到着していたことが分かったとのことです。 米子さんによれば、セーシェル出航後にインド洋上で無風帯に入り、エンジントラブルも発生したため予定が遅れてしまったそうで、一部の米紙の報道では、米子さんが乗ったヨットは、別のヨットと一緒にセーシェル沖で海賊被害に遭った恐れがあると報じられていたため、心配されていました。 これからも無事の航海を祈ります。 クリックしてくださると喜んだりします。日本の歴史と文化に触れる旅をしよう! そしてこの国のありようを見直そう!
2009年06月19日
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先頃、東京の某ブランドでは、ダイヤモンドをタダでプレゼントという企画がありましたが、説明不足などでブーイング。 慌てて、日本法人の社長が謝罪するといった、救いようのないバカな企画倒れとなってしまいましたね。(失笑)所詮、普段はお高くとまっているブランド店に、"庶民感情"は汲み取れないということでしょうね。百年に一度のとも言われる不景気の真っ只中。 誰もが財布の紐を固くして、発泡酒が売り上げを伸ばす世の中です。 消費低迷に喘ぐブランド店や貴金属業界は、必死に打開策を考えようとしているようですが今回はいかがでしょう・・・ビールが恋しくなる季節を前に、純金のビールジョッキが銀座にお目見え。貴金属店のGINZA TANAKAが制作したもので、使用した純金は約850グラム。 価格は、なんと約500万円です。別に、ビールの味が変わる訳ではありません。 ましてや、このビールジョッキで飲むのが、缶コーヒーより安い発泡酒だったら、なんか哀しすぎますよね。(笑) InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の歴史と文化に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月18日
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(蓮の花)祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす驕れる者も久しからず ただ春の世の夢の如し猛き者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ人間というものは、少しばかり運があると調子に乗ってしまうものです。 わだつみ判官も例外ではありません。 株の売却益を素直に回収して、少しは消費という形で世間様に還元すればよいものを、ついつい欲を出して、次から次へと新しい投資先に回しては運用益を出していたのですがが、週末から続落。(汗)成功は永遠ではなく、人生で勝ち続ける事など有り得ないことです。(笑)損はまったくありませんが、強欲になった分、かなり利益は圧縮されました。 これも天の戒めでしょうか・・・ 人間、欲の出しすぎはダメって事なのですね。 布施の心って大切です。(笑)
2009年06月17日
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(住吉大社) 昨日のつづきです・・・そんな事があって十日が過ぎようとしていました。 毎日、仕事に精を出す女房のおさんを尻目に、治兵衛自身はどうにも仕事が手につかず、コタツに寝転がってその日その日を送っていました。 そんな折、治兵衛の叔母と孫右衛門が、小春の身請け話の噂を聞いて、治兵衛のところにやって来ました。 ここ十日ほど、治兵衛は何処にも出かけておらず、恐らく、その身請け話は伊丹の太兵衛だと合点し、治兵衛とおさんは叔母にそう伝えます。 叔母の方も、治兵衛とおさん言葉を信じたいのは山々でしたが、念のため、治兵衛には熊野権現の烏が刷られた起請文を書かせて帰って行きました。 しかし、一旦は諦めたものの、心の底では小春を忘れられるハズもありません。 叔母と孫右衛門が帰ったあと、治兵衛はコタツに潜って、一人泣き伏してしまいます。 女房のおさんは、そんな治兵衛の心を知って情けなく思いつつ、願いを聞き入れ、治兵衛を突き放してくれた小春との義理を考えて、伊丹の太兵衛に小春の身請けを勧めました。 こうして、おさんは商売用の銀四百匁と子供や自分の着物を質に入れてまで、小春の支度金を準備しようとしていたのでした。しかし、間が悪い事が起きるもので、おさんの父、五左衛門がやって来ます。 五左衛門は、普段から治兵衛の無責任と放蕩振りを快く思っておらず、いくら直筆の起請文があっても治兵衛への不信感を拭うことはありませんでした。 父としておさんを不憫に思い、治兵衛への怒りをあらわにして、五左衛門は無理矢理におさんを連れ帰り、離縁させてしまいます。 こうして、治兵衛が立ち直ってくれる事をひたすら願ったおさんの献身も、すべて無駄に終わってしまいました。我が身から出た錆びとはいえ、小春への想いも断ち切れず、頼りにした女房のおさんにも去られた治兵衛は悲嘆に暮れ、益々思い詰めてしまいます。 絶望し、すべてを失った治兵衛の行く先は、小春のいる曽根崎新地以外にはありませんでした。一度は別れたはず・・・ けれども治兵衛とは元々は恋仲・・・ 小春は、こうして逢いに来た治兵衛を口では咎めつつ、よくよく訳を聞けば、無碍に突き放すこともできず、いっそ、こんな世の中とはおさらばして、一緒に死んで欲しいと乞う治兵衛に、小春は心を動かされてしまいます。そして、小春とあらかじめ示し合わせておいた治兵衛は、人目を忍んで、小春とともに蜆川から幾つかの橋渡り、網島の大長寺の境内に辿り着きました。 青い三日月が照るわずかな明かりの中で、二人は声を押し殺しながら、この世での最期を惜しんで情交を交わします。そして、うっすらと空が白みはじめる頃、覚悟を決めた二人は、向かい合って俗世との縁を絶つために髪を切り、治兵衛は小春をグッと抱き寄せて、手にした脇差で小春の喉を一突きしました。 息絶えた小春の着物の乱れを整えると、治兵衛自身は、尽くしてくれた女房のおさんへの義理立てのためか、一人紐で首を吊って果てました・・・< あとがき >この物語は、享保年間に実際に大阪で起きた、紙屋治兵衛と遊女小春の心中事件を描いた近松門左衛門の『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれごたつ)』を下地に、わだつみ判官が一部を脚色してあらすじを現代語でまとめてみました。近松が描く、いわゆる世話物の中でもとくに秀作といえる作品で、歌舞伎では、近松半二によって改作され『心中紙屋治兵衛』が安永7年(1778)に上演されて以来、『時雨の炬燵』や現在の『河庄』として今も伝えられ上演されています。近松作品を読むたびに、江戸時代の人の情の深さや、純粋さ、そして江戸文学の完成度の高さを感じます。 感情表現の豊かな近松門左衛門は、シェイクスピアを遥かに凌ぐ作家だと思います。 InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の歴史と文化に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月16日
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(中ノ島公会堂)いつの時代も、男というものは愚かな生き物で、少しばかり商いも繁盛すると途端に遊びに興じたりします。 紙屋の治兵衛も、女房と二人の子がありながら、ここ三年ほどは曽根崎新地へ足繁く通うようになり、紀伊国屋の遊女の小春とすっかり馴染みの間柄になっていました。 客と遊女とはいえ、三年もの月日を重ね、情を交わせば、なかなか切れない仲となるものです。 このままでは治兵衛も小春も身を滅ぼしてしまうと、遊郭の主人までが気を揉んで、あれこれと理由をつけては二人の仲を裂こうとしました。無理に裂こうとすればするほど、男と女は惹き合ったりするものです。 治兵衛と小春も、仲を裂かれ離、れ離れにされるようなら、その時は一緒に死のうと起請文を交わし、心中の誓いをしたのでした。ある日、新地の河庄で、武家の客と同伴した小春でしたが、侍が小春と話をしようとしても、小春の方は心ここにあらずという感じで、口を開けば死ぬだの何だのと、物騒な事ばかりを言い出します。 そんな小春を不審に思った、侍は小春に訳を聞きました。 すると小春は、馴染み客の治兵衛と心中の約束を交わしたものの、死にたくないと心境を打ち明け、侍に自分の馴染みになって治兵衛を諦めさせて欲しいと頼みます。 そして、小春が開いていた窓を閉めようとしたその時、格子の間からいきなり脇差が差し込まれます。治兵衛の仕業でした。 治兵衛は、小春と心中しようと脇差を持ち、店の者たちの監視の目を潜り抜けて河庄にやって来て、たまたま二人の会話の一部始終を聞いてしまい、逆上して血迷ってしまったのでした。侍は、咄嗟に治兵衛の手首をねじり、格子にくくり付けます。 間の悪いことに、治兵衛の恋敵の伊丹の太兵衛が河庄に来て、小春に想いを寄せる太兵衛は、ここぞとばかりに治兵衛の醜態を嘲笑いました。 すると、侍は、今度は治兵衛を庇って、太兵衛を一喝して追い払いました。 実は、この時誰もが武家の客だと思い込んでいたのは、侍をよそおった治兵衛の実兄で、粉屋の孫右衛門だったのです。 孫右衛門は、商売が傾くほど小春に入れ揚げている治兵衛に怒り、遊郭通いをやめさせるために小春に逢うためにやって来たのでした。 事の次第を知り、落ち着きを取り戻した治兵衛は、兄の孫右衛門の前で小春とはきっぱり別れると約束し、小春から起請文も取り戻します。 しかし、その中には治兵衛の妻から小春に宛てた手紙も添えられていたことから、小春の心変わりの真相を悟った孫右衛門は、密かに遊女小春の治兵衛を想う真心と、義理堅さを有難く思うのでした・・・明日につづきますわだつみ判官 現代解釈 近松門左衛門『お初天神 月夜の逢う瀬』 判官バージョン『女殺油地獄』上の巻(判官バージョン)『女殺油地獄』下の巻(判官バージョン)
2009年06月15日
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真白く淡き七竃(ナナカマド)の花七竃(ナナカマド)の花咲くを見て、初夏の到来を知り七竃の花咲くを見て、鱧(ハモ)の旬なりたるを知り七竃の花咲くを見て、我が身の至らなさを知り七竃の花咲くを見て、いにしえの月日を思い巡らせ七竃の花咲くを見て、今年も命あるを知る真白く淡き七竃の花、我が守護花 (わだつみ判官 愚詩)
2009年06月13日
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一部のニュース報道でも伝えられたと通り、太閤秀吉の死の真相に有力説が登場しています。これまで、肺炎や梅毒など、秀吉の死の真相は様々に伝えられていますが、諸説入り乱れる中で、今回、脳神経外科医で作家の若林利光氏は、かっけだと推論して日本病跡学会で発表するそうです。秀吉に接見した宣教師が、イエズス会に宛てた報告書には、死を目前にした秀吉が下痢を患って痩せ衰え、狂乱状態に陥ったとする記述があり、また別の文献でも、失禁の記述があることから、若林はいずれもかっけの症状に合致すると推論しました。また、かっけで死亡したとされる十四代将軍 家茂(いえもち)と比較しても、秀吉の症状が酷似していることから、医師としても若林氏は新説に自信を深めているそうです。かっけは、ビタミンB1不足で起きる疾病症状で、足のしびれや浮腫みが典型的な症状で、下痢や失禁、精神錯乱、心不全なども引き起こします。 また、白米中心の食生活だと症状を引き起こし易く、昔の日本では富裕層に多く見られたようです。さてさて、近畿も露入りとなり今日などは一時強い雨が降りましたが、降っているのは雨だけで、今のところ、オタマジャクシは降っていません。 例年より少し遅れてしまいましたが、今年も庭の片隅では、七竈(ナナカマド)の花が、本格的に咲きはじめています。 InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!日本の歴史と文化に触れる旅に出よう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月10日
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当たり前のことですが、自分の気持ちは自分が一番リアルに知っているものであって、例え家族であっても、100%心を汲むことはできません。 自分の人生は自分だけのものです。 例え心を通わす無二の友であっても、代われるものではありません。自分の幸せを測る物差しはありません。 幸せの基準もありません。 自分の歓びも、やり甲斐も、幸せも、すべて自分の器で感じるもので、自分なりの物差しは自分でつくるものです。チャンスは、五感を研ぎ澄ませて引き寄せるもの。 運は、成功の積み重ねで磨くもの。そして、納得のいく人生は、やはり自分自身のすべてをぶつけて、総力で勝ち取るものです。テキサス州フォートワースで開かれた第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクールで盲目のピアニスト、辻井伸行さんが優勝しました。 コンクールでの日本人の優勝は初めてのことです。障害を克服しての快挙。 二十歳の彼の心の目には、優勝の歓びはどのように映っていたでしょう・・・ 心から祝福します。 InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!歴史と文化に触れる旅をしよう! この国のありようをもう一度見つめ直そう!
2009年06月08日
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冤罪、それは国が個人に害を及ぼす最大の過ち。 冤罪事件ほど、残酷に人格を否定し、一人の人間の人権と人生を踏みにじり、取り返しのつかない傷を負わせるものはありません。冤罪は、覚えなき罪で裁かれた者にとっては人生の時間を失うことになり、被害者と被害者の遺族にとっては、無念を晴らす機会を永久に奪われることになります。 足利の少女殺人事件でも、初動捜査が適正に行われていれば、このような悲劇は起こらなかったのです。 失われた一人の人間の人生を、一体どのようにすれば、あがないきれるというのでしょうか・・・法で定めた時効が成立した今、本当の罪人を見つけ出し、裁くことはもうできません。 この問題で、一体誰にどんな救いがあるというのでしょう・・・ この事件にまつわる問題では、加害者は殺人を犯した実際の犯人だけではありません。冤罪事件ともなれば、被害者も加害者も複数となります。 第一の被害者は、事件で命を奪われた人。 第二の被害者は、冤罪で裁かれた人。 そして、加害者は真犯人と、無実の人間を裁き、人生を奪った国家です。『人生を返して・・・』と、訴える足利事件の第二の被害者の言葉は悲痛でした。犯罪捜査、裁く司法と、国の治安と法を担う、大勢の専門家集団が手掛けた結果で起きた冤罪。 今もなお、法執行機関が組織ぐるみで隠し体質を維持し、責任を逃れようとする政府。 そんな状況にありながら裁判員制度が実施されます。 子殺し。 多発する性犯罪。 凶悪犯罪の検挙率が低迷する警察機構。 罪の確定に素人が参加する曖昧な司法制度。 福祉も救済もない国家姿勢。 二度苦痛を味わう被害者の家族。 これが先進国のあり方なのでしょうか・・・ このような問題を正し、根本的に未来のあり方を見つめ直し、日本を再生しなければいけない時期です。 生きることが難しい豊かな国を目指すのか、貧しくとも安心して暮らせる国を目指すのか・・・ 決めるのは国民です。 少なくとも、間違いに対して、間違いだと指摘する勇気だけは持ち続けたいと思います。
2009年06月05日
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南近畿の初夏の海岸には、堂々として存在感のある浜独活が似合います。浜独活(ハマウド)は、学名にjaponicaを冠するセリ科の多年草で、暖地の海岸の石灰岩の上や砂地に自生する日本固有種の海岸性植物です。 自生している場所にもよりますが、セリ科の中でもとくに大型で、高さも1~2メートルにまでなり、条件が整えば2.5メートルを超すものもあります。 オニウドの別名が相応しく思えるほど茎は太く、直立して暗紫色の筋が多いのが特徴です。 背丈も高ければ葉もビッグザイス。 しかも、肉厚で光沢があり長い柄があります。 5月下旬頃からは写真のように白色の花を密生させて咲きます。 独活(ウド)はウコギ科の多年草で、北海道から九州の山地に自生し、若芽は食用になりますが、暖地の海岸に自生する浜独活(ハマウド)の方は食用にはなりませんが、根は薬用として重宝されています。民間薬としては、高血圧の予防に使われ、乾燥葉に熱湯を注ぐか、1日量20~30グラムを煎じて、お茶として飲みます。 柔らかい新芽や若葉には、強壮、強精作用があり、食欲の増進や、疲労回復にも用いられます。 浜独活には、ゲルマニウム(植物性有機ゲルマニウム)、ビタミンB12、葉緑素(クロロフィル)、ビタミン、ミネラル類が豊富に含まれます。 とくに、ビタミンEの数百倍の抗酸化があるゲルマニウムを100グラム/460ppm含有し、抗癌物質インターフェロンの産生と、癌細胞を殺す白血球の産生を促し、老化防止と癌予防に効果があります。『ハマウド』科属:セリ科 シシウド属 多年草学名:Angelica japonica 開花期:5月~6月別名:オニウド原産:日本固有種 関東以西の本州、四国、九州、沖縄 InとOutに、クリックしてくださるととっても嬉しいです!豊かな自然に触れる旅をしよう! そしてこの国のよさを見つめ直そう!
2009年06月04日
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インターネットで、フォードのキャンペーンCMを見てたら、なんだかツボにハマって笑えました。『自分らしさを貫くのが難しい時代、夢見ることをあきらめない人へ』と、この掴みのリードコピーは、個性的なクルマを求めるユーザー向けで実に素晴らしい! 『フォードでは、フォードSUVを新車でご成約、ご登録いただいた方を対象に、購入サポート・キャンペーンを実施します。 車齢13年超の愛車からお乗換えの場合は25万円、車齢13年未満の愛車からお乗換え、又は新規ご購入の場合には10万円をサポート。さらに低金利2.9%も実施中です』と、ボディーコピーもココまでは良かったのですが・・・最後の締めのコピーで・・・『さあ、今こそ退屈な日々を刺激的な毎日に』・・・ 今のフォードの危機感を想像させる妙なテンションに。(笑)そして、一番笑ったのがキャンペーンのキャッチコピーです。こんな時代だからこそ、胸騒ぎのするクルマを。フォードからのオファーです。あまりの自虐的コピーに、かなり笑いました。 確かに、判官好みのスパルタンなルックスで、試乗したフィーリングもイイ感じでした。 でも、フォードさんにいくらオファーされても、500万円以上出して、"胸騒ぎ"するクルマには乗りたくありません。(爆)わだつみ判官は、クライスラーで充分。 どなたか、"胸騒ぎ"ができるフォードのクルマを買ってあげてください。 日本フォードHP http://www.ford.co.jp/servlet/ContentServer?pagename=DFY/JP クリックしてくださると、とっても嬉しいです!
2009年06月03日
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ブラジルから、パリへ向かうエールフランス航空447便のエアバスA330型旅客機(乗員乗客合わせて228人)が、大西洋上で消息を絶ち、すでにブラジル空軍が捜索を開始ししているというニュースがありましたね。エールフランス航空のエアバス機は、現地時間31日午後7時(日本時間1日午前7時)頃、リオデジャネイロを離陸。 日本時間の午後3時頃、管制塔のレーダーから機影が消えた。何百人もが乗る旅客機は、一見、大きくて発見し易いように思えますが、空から、海に墜落した航空機を短時間で捜索するのは至難の業といっていいほど難しいものなんです。少しでも早く、そして一人でも多くの生存者が見つかるといいですね。
2009年06月01日
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心地よい初夏の日差しを受けて、新緑の堤の斜面や野原に映える、一際爽やかな紫の花を見つけることができます。夏に枯れる草と書いて、『かこそう』と読みます。 夏枯草という名は靫草(ウツボグサ)の別名で、6月~7月いかけて紫色の唇形の花をつけ、真夏に花穂のみが枯れたように褐色に変わり結実します。 このため、漢方名として中国でも夏枯草(カコソウ)と呼ばれます。 花のあとの枯れた穂は、腎臓炎、膀胱炎など、消炎性の利尿薬として用いられます。花穂は、褐色になりはじめる8月初旬に花穂を採取し、干して乾燥させます。 これが生薬となり、トリテルペンのウルソール酸、その配糖体プルネリン、塩化カリウム、タンニンなどを多く含有しています。靫草の群れて咲く姿は、6月には全国で見ることができます。 日当たりがよく、やや湿り気のある野原や路傍、畦や丘陵地などに見られる多年草です。 茎の断面が四角形なのが特徴です。 『ウツボグサ』科名:シソ科/属名:ウツボグサ属 多年草学名:Prunella vulgaris subsp.asiatica 開花期:6月~7月別名:カゴソウ、カコソウ原産:日本在来種 日本全国、東アジアの寒帯、温帯に分布
2009年06月01日
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