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高橋弘希さんの「指の骨」を買書つんどく。「果たしてこれは戦争だろうか。我々は誰と戦うでもなく、一人、また一人と倒れ、朽ちていく。これは戦争なのだ、呟きながら歩いた。これも戦争なのだ。しかしいくら呟いてみても、その言葉は私に沁みてこなかった──。34歳の新鋭が戦争を描き、全選考委員絶賛で決まった新潮新人賞受賞作にして芥川賞候補作となった話題作。」(新潮社の紹介)
2015年01月31日
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音楽がそこにあるとはどういうことだろうと考えた。背後でドアが閉まる音を聞きながら、アザミは、今はヘッドホンをかぶっていないし、何も持っていないし、これからもそうだけど、自分はひょっとしたら、音楽を聴いたという記憶だけで生きていけるのではないかと思った。(津村記久子さん「ミュージック・ブレス・ユー!!」P217)というわけで、津村記久子さんの「ミュージック・ブレス・ユー!!」を読みました。面白いなあ。ユーモラスだし、しかも真摯だし、とても上質の、女子青春小説だと思います。また、主に津村さんの描く男女は、恋愛的なものよりも、友情的な交感が前面に出ているところもいい感じやね。
2015年01月30日
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ジョナサン・スウィフト「召使心得 他四篇」を買書つんどく。「偽占い師を告発した「ビカースタフ文 書」、アイルランドでの悪貨流通を阻止した「ドレイピア書簡」、驚くべき貧困解決法「慎ましき提案」、美しきシーリア様のおぞましき実態「淑女の化粧 室」、執事や女中のあるべき姿を説いた「召使心得」。『ガリヴァー旅行記』作者の面目躍如たる痛烈絶品、新訳セレクション。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月29日
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こんなことではいけないのに、と今年に入ってから、ともすればここ二年ぐらいで初めて思った。自分はできないということに逃げ込んでいる。それはもうできないことは厳然としてできないのだが、けれどこんなことまでできないですませていいのだろうか。どうしたらちゃんと伝えられるのだろうか。アザミはゆっくりと起き上って、じっとパソコンのモニタを凝視した。手を握らなければいけないし、肩を抱かなければいけないと思った。そしてもっとうまくものが言えるようにならなければいけないと思った。べつに全員にでなくてもいいけれど、とにかく自分が何かを言いたいと思った相手にはちゃんと言えるようにならなければいけない、と思った。(津村記久子さん「ミュージック・ブレス・ユー!!」P199)
2015年01月28日
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チユキは、とにかくまじめに補講に出てさえいれば進級はできるんでないの、と言うので、アザミはまじめであることを精一杯心がけているのだが、小テストの成績は芳しくない。学年でも十指に入る数学ダメの連中の補講に付き合ってくれている中年の女の先生は、アザミが自己採点した小テストの用紙を眺めながら、ほんとにどうしたもんかしらねえ、と溜め息をついた。標準語なのが余計に申し訳なかった。東京の人の手をわずらわせているわ、と思うのだった。彼女が東京の人かどうかは知らないけれど。(津村記久子さん「ミュージック・ブレス・ユー!!」P51)
2015年01月27日
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辻村深月さんの「ハケンアニメ!」を買書つんどく。「伝説の天才アニメ監督王子千晴が、9年ぶりに挑む『運命戦線リデルライト』。プロデューサー有科香屋子が渾身の願いを込めて口説いた作品だ。同じクールには、期待の新人監督・斎藤瞳と人気プロデューサー行城理が組む『サウンドバック 奏の石』もオンエアされる。ネットで話題のアニメーター、舞台探訪で観光の活性化を期待する公務員…。誰かの熱意が、各人の思惑が、次から次へと謎を呼び、新たな事件を起こす!anan連載小説、待望の書籍化。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月26日
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「古書が好きな人たちって、こんなことをするんだな、って思った・・・・・こんなに浅ましくて、ひどいことをするんだって。わたし、逆にほっとしたんだ。この人たちは知的でも上品でもなんでもない。これなら自分にもなれるって確信したよ」(三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖 6」(『晩年』)P284)というわけで、三上延さんの「ビブリア古書堂の事件手帖 6」を読みました。漱石や乱歩は好きなのですが、正直僕は、太宰治が苦手なので、「おいおい、また太宰かよ」なんてことになるんかなと思いきや、逆に興味が湧いてしまうから不思議です。これはとても良いことなのですが、そのおかげで、また「買書とつんどく」の無間地獄に落ちてしまうのが困りものです。でも、やっぱり、太宰は好きではないなあ、特に、『人間失格』は。ともあれ、「次か、その次の巻で『ビブリア』のシリーズは終わりです」、と「あとがき」に書いておられました。最後は、もう太宰はないでしょう。とすれば、さて、誰でしょう。「栞子」の母「千恵子」は、今回、「聖書」を読んでいたようですが、以前から追っている「本」とは、誰のものなのでしょうか?口火となった漱石でしょうか?また、バランスから言って、芥川龍之介あたりは、ありではないでしょうか?や!まさかの太宰やとして、『斜陽』ならまだしも、『人間失格』なんていややなあ。ところで、この巻でついに、「千恵子」の出生があきらかになりましたが、これについては、十分に伏線を張っておられたので、想定の範囲内としても、「大輔」くんの巻き込み方があざやかでした。
2015年01月25日
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三日の間に俺は太宰の『駈込み訴へ』を読んだ。(中略)栞子さんの話してくれたとおり、ユダがキリストを裏切る話だ。ほとんど改行もない、うねるような告白に胸がひりひりした。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。はい、旦那さま。私は嘘ばかり申し上げました。私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。おお、それにちがい無い。あの人が、ちっとも私に儲けさせてくれないと今夜見極めがついたから、そこは商人、素速く寝返りを打ったのだ。金。世の中は金だけだ。銀三十、なんと素晴らしい。この主人公は弱い人間だ。愛していると涙を流した後で、笑いながら金を受け取るのだろう。熱い友情を誓った後で、会いたくなくなったと笑っていうように。(三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖 6」(『駈込み訴へ』)P181)
2015年01月24日
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細見和之さんの「フランクフルト学派 ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」」を買書つんどく。「ホルクハイマー、アドルノ、ベンヤミン、フロム、マルクーゼ…。一九二三年に設立された社会研究所に結集した一群の思想家たちを「フランクフルト学派」とよぶ。彼らは反ユダヤ主義と対決し、マルクスとフロイトの思想を統合して独自の「批判理論」を構築した。その始まりからナチ台頭後のアメリカ亡命期、戦後ドイツにおける活躍を描き、第二世代ハーバーマスによる新たな展開、さらに多様な思想像の未来まで展望する。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月23日
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彼は胸の奥深くを探るように目を閉じた。「『セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも僕を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう』」一度もつかえずにすらすらと口にする。『走れメロス』の一節だということは俺にも分かった。昔読んだきりだというのは、やっぱり嘘だった。この五十年近く、繰り返し読んできたのだろう。待つ身が辛いのか、待たせる身がつらいのか――杉尾の父親はこの人と田中嘉雄について言っていたのだろう。(三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖 6」(『走れメロス』)P110)
2015年01月23日
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「彼が引用した一節には続きがあります。これです」新潮文庫の『晩年』を開いて俺に手渡す。はじめの方のページだ。叔母の言う。「お前はきりょうがわるいから、愛嬌だけでもよくなさい。お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。お前は嘘がうまいから、行いだけでもよくなさい」「・・・・・『お前は嘘がうまいから、行いだけでもよくなさい』」栞子さんは澄んだ声で続きを暗唱した。嘘をつくなと言わないあたりが印象に残る。あの男はどういうつもりで引用したんだろう。(三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖 6」(『走れメロス』)P51)
2015年01月22日
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花輪和一さんのコミック、「呪詛」を読みました。まあ、相変わらずの花輪ワールドです。「怒り、恨み、妬み、裏切り――決して拭うことができない人間の情念。生に執着し、隣人を憎み、欲にまみれた魂は救済されるのか? 怪談とも妄想ともつかない、果てしなく奇妙で眩いほどに神々しい珠玉の短篇集。」(角川の紹介)
2015年01月21日
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アンリ・トロワイヤ「仮面の商人」を買書つんどく。「巨匠が描く三部構成の物語。第一部は、新人作家ヴァランタンの視点で描かれる。社交界とマスコミ、そして有名無名の作家、批評家たちがうごめくパリの人間模様…もちろん上流夫人との恋愛も。しかし、十九世紀小説のような物語は、読者の予想を裏切る展開でいきなる幕を下ろす。そしてミステリの手法を取り入れた斬新な第二部が始まる。無名の作家は皮肉にも死後人気作家になっている。語り手は、甥のアドリアン。彼は叔父の評伝を書くために第一部の登場人物たちを訪ね歩き、天才作家の虚と実の間を揺れ動く。そして最後に、鮮烈な第三部が待ち受けている。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月20日
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この世のあとのあの世があればいいのにって思うのはそのためだ。マッコネル神父が言うには、あるそうだ。コーラに会いたい。(ジェームズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」P216)というわけで、ジェームズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を読みました。だけど、ほんとのところ、おれたちどこまで行けたんだろうか?それに、やっぱりわかんないや、なんでこうなっちゃったのかも・・・・・。二度目の、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」です。身勝手きわまりないけれど、なにか哀愁を感じる、印象深い作品です。しかし、ハードボイルドではないでしょう。「何度も警察のお世話になっている風来坊フランク。そんな彼がふらりと飛び込んだ道路脇の安食堂は、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻が経営していた。ひょんなことから、そこで働くことになった彼は、人妻といい仲になる。やがて二人は結託して亭主を殺害する完全犯罪を計画。一度は失敗するものの、二度目には見事に成功するが・・・・・。映画化7回、邦訳6回のベストセラーが新訳で。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月19日
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「あんたはあたしを裏切った」「おまえもおれを裏切った。そのことも忘れるなよ」「そこが最悪なところよ。あたしはあんたを裏切った。あたしたちはふたりとも相手を裏切った」「まあ、それでお相子ってわけだ、だろ?」「確かにそれでお相子よ。でも、今のあたしたちを見てよ。あたしたちは山の高いところにいた。あたしたちは高い高いところにいたのよ、フランク。あの夜、あそこであたしたちはすべてを手に入れた。自分があんな気持ちになるなんて、あたし、考えたこともなかった。あたしたちはキスをして、それを封印した。どんなことが起ころうと、それが永遠にあそこに残るように。あたしたちは世界中のどんなカップルにも手に入れられないものを手に入れたのよ。なのに、そこからすべり落ちてしまった。最初はあんた、次にあたしも。そう、確かにそれでお相子よ。あたしたちはふたりともすべり落ちて、今ここにいるのよ。もうあの高いところには行けない。あたしたちの美しい山は消えてなくなってしまったのよ」(ジェームズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」P158)
2015年01月18日
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「おまえの口ぶりじゃ、それでなんの問題もないみたいだけど」「問題があるかないかなんて誰にわかるの?あんたとあたし以外に?」「おまえとおれか」「そうよ、フランク。それがすべてじゃないの?あんたとあたしと道ゆきなんかじゃない。ほかの何物でもない。ただあんたとあたし。それがすべてよ」(ジェームズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」P30)
2015年01月16日
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わたしは、イノギさんの目の奥に見え隠れする暗さについて考えていた。それは、古びて乾きかけた水彩画の絵の具の色に似ていた。艶がなく、画用紙の上で水の中で、ゆっくりと拡散する黒だった。(津村記久子さん「君は永遠にそいつらより若い」P109)そういえば昨日はあの子の誕生日だった。あの子は十八になっていた。青年になりつつあるのだろうか。わたしはそのことに、暗い救いを覚えた。君を侵害する連中は年をとって弱っていくが、君は永遠にそいつらより若い、その調子だ、とわたしの悪辣なまでに無責任な部分が笑った。(津村記久子さん「君は永遠にそいつらより若い」P219)というわけで、津村記久子さんの「君は永遠にそいつらより若い」を読みました。児童虐待というか暴力というか、引いては死への暗い衝動というか、そういうものが、なにゆえにか存在して、それに対抗していくことがどういうことなのかを考えさせられます。作者は、全力を出し切っていると思うし、そのせいか、はたまた若気の至りか、物語も破たん寸前かと思うばかりのところではあるけれども、これまた若気の至りかで収めきっていると思います。とても良いです。そんでもって、後の作品を思うとき、デビュー作を超えることとはどういうことなのかを考えさせられる作品だと思います。「大学卒業を間近に控え、就職も決まり、単位もばっちり。ある意味、手持ちぶさたな日々を送る主人公ホリガイは、身長175センチ、22歳、処女。バイトと学校と下宿を行き来し、友人とぐだぐだした日常をすごしている。そして、ふとした拍子に、そんな日常の裏に潜む「暴力」と「哀しみ」が顔を見せる…。第21回太宰治賞受賞作にして、芥川賞作家の鮮烈なデビュー作。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月15日
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「この翔吾君てのは、ホミネがつかまった時にいっしょにおった子かな」そう言って吉崎君が首を傾げるので、何もきいていないのかと問うと、このことに関しては詳しくはきいていない、という答えが返ってきた。わたしは、下の階の窓際の不穏な様子を思い出して頭が重くなるのを感じた。ぼんやりとした既視感のもやが、正常な思考を妨げるように脳の隙間に入り込み始めた。それは、今まで見た事象へのものというよりは、わたしの妄想に対する既視感だった。(津村記久子さん「君は永遠にそいつらより若い」P200)
2015年01月14日
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イノギさんとのことを思い出しながら、私は更に掘った。彼女とどうやって出会ったのか、彼女とどのように関わったのかについて記憶を呼び起こすと、同時に他の何人もの人物が浮かび上がってきて、わたしは彼らといたことをゆかしく思った。河北がいなければアスミちゃんと出会うこともなく、吉崎君が河北ともめていなければ、わたしはアスミちゃんを部屋に連れ帰ることもなかった。アスミちゃんがいなければイノギさんに声をかけることもなかっただろうし、ヤスオカがうちにこなければ、イノギさんがあのことを切り出したかどうかわからない。穂峰君がまだ生きていれば、わたしは今ごろイノギさんといっしょにいたのかもしれない。少なくとも、疎遠になってしまうことはなかったのかもしれない。逆に会うこともなかったのかもしれない。(津村記久子さん「君は永遠にそいつらより若い」P4)
2015年01月13日
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絲山秋子さんの「離陸」を買書つんどく。「「女優を探してほしい」。突如訪ねて来た不気味な黒人イルベールの言葉により、“ぼく”の平凡な人生は大きく動き始める。イスラエル映画に、戦間期のパリに…時空と場所を超えて足跡を残す“女優”とは何者なのか?謎めいた追跡の旅。そして親しき者たちの死。“ぼく”はやがて寄る辺なき生の核心へと迫っていくー人生を襲う不意打ちの死と向き合った傑作長篇。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月12日
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マデリン・アシュビー「vN」を買書つんどく。「5歳のエイミーはフォン・ノイマン式自己複製ヒューマノイド「vN」の子ども。vNの母親の「複成」で、人間の父親と3人で暮らしている。しかし、彼女の日常は、卒園式の日に現れたvNの「お祖母ちゃん」、ポーシャの襲撃で一変した。エイミーが母親を助けようと、ポーシャに噛みついて呑み込んだ途端、彼女の身体は急成長し、大人になったのだ…。実はエイミーたちは、vNなら必ず備わっているはずの人間を傷つけないための安全機構が壊れていた。危険なvNとして、あるいは人間の支配からvNを解き放つ鍵として、エイミーは追われることになるが…。波乱万丈のジェットコースターSF。」(「BOOK」データベースより)
2015年01月11日
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上田岳弘さんの「太陽・惑星」を買書つんどく。「アフリカの赤ちゃん工場、新宿のデリヘル、パリの蚤の市、インドの湖畔。地球上の様々な出来事が交錯し、飽くなき欲望の果て不老不死を実現した人類が、考えうるすべての経験をし尽くしたとき、太陽による錬金術が完成した。三島賞選考会を沸かせた新潮新人賞受賞作「太陽」と、対をなす衝撃作「惑星」からなるデビュー小説集!」(「BOOK」データベースより)
2015年01月10日
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荒俣宏さん編集の「怪奇文学大山脈」を買書つんどく。国書刊行会も奇特な書店やけど、東京創元社もなかなかに・・・・・。「西洋怪奇小説の山脈は、無尽蔵の宝の山である――豊饒なる鉱脈に眠る傑作群の紹介と翻訳に尽力した、21世紀を代表する碩学・荒俣宏。その幻想怪奇にまつわる膨大な知識の集大成ともいうべき巨大アンソロジーをお届けする。飽くなき探求の果てに見出された、稀なる名作を全三巻に集成した。」「第一巻では、双子の兄を救うために人心を惑わす妖女と対決する弟の苦悩を描く、神話的な恐怖とロマンティシズムに満ちた中篇「人狼」(クレメンス・ハウスマン)、列車で遭った異形の強盗、仮面について物語る謎の美女との出会いから、二転三転する恐怖が展開する「仮面」(リチャード・マーシュ)など、本邦初訳作を中心とした14篇に、編者による詳細なまえがき・作品解説を付す。」「第二巻では、怪奇小説黄金期を代表する名手――H・R・ウエイクフィールド、J・D・ベリズフォードらの知られざる傑作ほか、異様な迫力に満ちた海洋怪談の力篇「甲板の男」(F・マリオン・クロフォード)、墓碑銘を捜す不気味な男と老いた堂守のやり取りを憂愁に満ちた筆致で描く「遅参の客」(ウォルター・デ・ラ・メア)などの18篇に、編者による詳細なまえがき・作品解説を付す。本邦初訳作多数。」「第三巻では、世紀末パリで生まれたグラン・ギニョルの中から、〈恐怖王〉と呼ばれたアンドレ・ド・ロルドやガストン・ルルーの戯曲のほか、パルプ・マガジンの時代を駆け抜けた知られざる作家たちの作品――ラヴクラフトとの交流で知られるE・ホフマン・プライスの「悪魔の娘」、三千に及ぶ作品を執筆したとされるロバート・レスリー・ベレムの「死を売る男」など、都市大衆を熱狂させた全21篇を収録。編者による詳細なまえがき・作品解説を付す。」(東京創元社の紹介)
2015年01月07日
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「来週からナガセさんとこのラインに新しい人が来るから、面倒みたってや」大卒の二十七歳で、四年の職務経験がある女性だとのことだった。ナガセは、その人がどうしてこの工場にやってくることになったのかについては考えないことにした。(津村記久子さん「ポトスライムの舟」P106)というわけで、津村記久子さんの「ポトスライムの舟」を読みました。残念ながら、ピンとこなかったです。「ポトスライムの舟」も、もういっこの「十二月の窓辺」も。女性総合職というのが一つのキーワードになっているようでもありますが、僕がそれに無知でありすぎて実感がわかない、ということが致命的なのかもしれない。「ポトスライムの舟」は、パワハラかなにかで退社せざるを得なかった女性総合職の、生活の空白を埋めていくような、その後のことが描かれているのですけど、明確なテーマやメッセージがあるわけではないのはいいとしても、描写自体に魅力が感じられませんでした。一方、「十二月の窓辺」は、すさまじいパワハラによって抑圧されている女性総合職のお話で、ギリギリのところで落ちてゆくのかゆかないのか、というもので、これは胃が痛かったです。いささか消化不良ではありますが、年末に読んだ、「エヴリシング・フロウズ」がとても良かったので、まあいっか。ところで、「ポトスライムの舟」と一緒に収録された「十二月の窓辺」について、津村さんご自身のインタビューでは、「使用後・使用前みたいな構成ですね」とおっしゃってました。
2015年01月06日
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すごく憎いときがあった。ツガワは眉をひそめてその声に耳を澄ました。それは闇からきこえてきたのだった。自分はその時、それに気付くことができなかった。自分の状況に手いっぱいで、これ以上の底はないと、そのことにばかり足をすくわれていた。今更のように、ツガワは悔やんだ、わたしは一人でしゃべってばかりだったと。彼女の言うことを、なにも聞けていなかったのだと。ツガワは額に手をやり、そのあまりの冷たさに息をつめた。(津村記久子さん「十二月の窓辺」(「ポトスライムの舟」所収)P184)
2015年01月04日
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「ビブリア古書堂の事件手帖6 栞子さんと巡るさだめ」を買書。「太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂の二人の前に、彼が再び現れる。今度は依頼者として。違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書きこみがあるらしい。本を追ううちに、二人は驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それには二人の祖父母が関わっていた。過去を再現するかのような奇妙な巡り合わせ。深い謎の先に待つのは偶然か必然か?」(「BOOK」データベースより)
2015年01月04日
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恵奈にポトスを差したコップを渡し、これに水を入れてきて、と言いかけて、目の前で雨が降っていることに気付き、これに雨を入れて、と言い直す。恵奈は黙って、コップを縁側の外側に差し出し、雨水を溜める。「もしもこの家を出ていく日が来たら」あぐらをかいたナガセは、若い葉と茎を無造作に切り取りながら言った。「わたしもおかんもお金ないから何も持たせたられへんけど、それを餞別として持って行き」せんべつ、などという言葉を理解できたのかできていないのか、恵奈は神妙な顔をしてうなずいた。(津村記久子さん「ポトスライムの舟」P63)
2015年01月03日
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あけましておめでとうございます!!本年もよろしくお願い申し上げます!!で、小野正嗣さんの「九年前の祈り 」を買書つんどく。「三十五になるさなえは、幼い息子の希敏をつれてこの海辺の小さな集落に戻ってきた。希敏の父、カナダ人のフレデリックは希敏が一歳になる頃、美しい顔立ちだけを息子に残し、母子の前から姿を消してしまったのだ。何かのスイッチが入ると引きちぎられたミミズのようにのたうちまわり大騒ぎする息子を持て余しながら、さなえが懐かしく思い出したのは、九年前の「みっちゃん姉」の言葉だった──。九年の時を経て重なり合う二人の女性の思い。痛みと優しさに満ちた〈母と子〉の物語。」(講談社の紹介)
2015年01月01日
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