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スペイン財政への懸念からスペインの国債価格が下落、国債利回りが「危険水準」とされる7%台を超えて、7.2%台に上昇、欧州連合がスペインへの支援を正式に決定したものの、予断をゆるさない状況かわりはない。 スペイン国内も緊縮財政に反対するデモが、7・19にスペイン全土で展開され、たいへんな状況となっています。 そんな中、旅行という話。 スペインへいって、お金を落として、景気を良くしましょう! というわけではありませんが、見どころを上げてみました。完全、がっちり、文字だけです。******************************************1.バレンシア 地中海性機構のため温暖なバレンシア一帯は、コスタ・デル・アサアル(オレンジの花の海岸)と呼ばれ、マドリッドから一番近いビーチとして親しまれている。 工業とともに農業も盛んで、有名なバレンシアオレンジはもちろん、スペインきっての米どころであるアルブフェラ湖周辺には、日本のような水田地帯が拡がる。 スペイン料理で有名なパエリアも、バレンシア地方で生まれた料理だ。・火祭り(3月)・トマト祭り(8月の最終水曜日)〇カテドラル モスク跡に13C半ばに建設、14C末に完成。ゴシック様式やバロック、新古典様式が混在。イエスキリストが最後の晩餐で使ったと言われる聖杯が飾られている。〇国立陶磁器博物館 バレンシアの3大陶器パテルナ、マニセス、アルコラをはじめ、スペイン全土から集められた陶器を所蔵。チュゲラ様式のファサード2.バルセロナ 986年 バルセロナ伯国として独立を宣言。 イスラム教がイベリア半島の大半を支配していた9世紀、カタルーニャはフランク王国の版図に組み入れられ、その後バルセロナ伯国として独立。これが、現在のカタルーニャの起源。 その後、中世ヨーロッパの影響と、イスラムの進んだ文化を取り込みにより、約4世紀に渡る黄金時代を迎えた。 しかし、その後のスペイン統一により衰退。 1714年 スペイン継承戦争の敗北を機に、自治権を失う。 再び発展が始まったのは、19C半ばのこと。カタルーニャ、ルネッサンスの時代。モデルニスモ運動、ガウディをはじめ建築家たちの作品が街並みに彩りを与えた。 1977年 フランコの死後、自治権を獲得。カタルーニャ語を公用語として復活。・人口 160万人・サルダーナ 土曜夕方、日曜昼下がりに見られる民族舞踊。〇カテドラル 13~15Cに建設。中央の祭壇の地下には、マルセロナの守護聖女サンタ・エウラリアが眠る。モンセラットの黒いマリア像が人気ある。〇サンタ・マリア・ダル・マル教会 カタルーニャ・ゴシック様式の教会。〇ピカソ美術館 9才から「青の時代」までの作品がおもに展示。「ピカソ以前のピカソ」〇バルセロナ・ダリ美術館 バルセロナでは唯一、ダリの作品をまとめて鑑賞できる美術館。700点ほど。〇レイアール広場 ガウディの若い頃の作品であるガス灯がある。周辺は治安が悪いので、特に夜は広場や路地に近づかないこと〇カタルーニャ音楽堂 20C初頭のバルセロナで、ガウディ以上に名声を博した天才建築家、ドメニク・イ・モンタネールの最高傑作。〇ミロ美術館 バルセロナ生まれのミロ。自由なフォルムと明るい色彩の抽象絵画や彫刻で知られる現代絵画の巨匠。〇サグラダ・ファミリア聖堂 1882年 着工。ガウディが完成させたのは「生誕のファサード」とその4本の鐘楼・自然、写実主義が徹底された。西側の「受難のファサード」は、ガウディの死後に建設。完成されると18本の塔がそびえる予定。〇グエル公園 実業家グエルはバルセロナ市街を見下ろす山手に、60戸の宅地を造成し、イギリス風田園都市を創ろうと構想したが、資金面などの問題で中断され、その後、公園として生まれ変わった。芸術的な価値だけでなく、未来都市としての住みよい環境への配慮が施されている。〇カサ・ミラ 徹底的に直線を排除し、ゆがんだ曲線を主調として、テーマは山。〇カサ・バトリョ この住宅のテーマは海。外壁に埋め込まれた色とりどりのガラスモザイクは、海面に光が乱反射しているかのように輝く。〇カサ・ビセンス ガウディ建築の処女作。1883年~1885年。ネオ・アラハンブラ様式(アラハンブラ宮殿の模倣)とネオ・ムデハル様式の影響を受けている。〇グエル邸 ガウディ初期の傑作。地下は馬小屋、1階は馬車庫。2階は中央サロンを中心としたパブリックスペース、3階は寝室、4階は使用人の部屋と厨房。〇カサ・カルベ 典型的な都市建築。ファサード、1階の階段やエレベーターホールはネオ・バロック様式。ガウディ建築の中ではもっともおとなしめの作品。〇モデルニスモ 1890年代のバルセロナを風靡した芸術運動。彼らの唱えた近代化とは、技術の革新がもたらしつつある産業の機械化から生まれた<物質主義>に反対し、<自然界の力>を人間の想像に取り入れようと主張したアールヌーボー運動のスペイン版とも言える。ピカソ、ミロ、ダリは、やがて芸術の都パリに出て、より前衛的なフォービズム(野獣派)やシュールレアリズム(超現実主義)運動の旗手に成長していった。3.マドリッド 海抜655mのメセタ(高原)に位置する。 9C後半にムハマンド1世によってイスラム征服地の北を守る砦として建設。 11C後半には、カスティーリャ王国のアルフォンソ6世によりキリスト教徒の手に奪回された。 1561年にフェリペ2世はこの地に宮廷を移し、マドリッドは全世界に広大な領地をもつハプスブルグ朝スペイン帝国の中心となった。〇プラド美術館 18Cスペインを代表する建築家、ファン・デ・ビリャヌエバによる新古典主義様式の建物。エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤの3大巨匠は必見。〇ソフィア王妃芸術センター おもに20Cの現代アートを所蔵。ピカソ、ダリ、ミロ、タビエスをはじめとする現代美術の巨匠の作品が展示。ピカソの「ゲルニカ」が展示。1937年がドイツ軍機ユンカースによる爆撃。人口6000人のうち598人死亡、1500余人の負傷者。〇スペイン広場 中央にはセルバンテス像が、ドンキホーテとサンチョ・パンサ像を見下すように立っている。〇デスカルサス・レアレス修道院 カルロス5世の娘フアナの命により、16Cに創立された女子修道院。特に17Cのフレスコ画で飾られた大階段は見事。〇サン・イシドロ教会 聖サンフランシスコ・ザビエルを祀るスペイン初のイエズス教会として、17C初めに建設。18C後半にイエズス会が追放されたあとは、聖イシドロを祀る教会となり、1885年から1993年までマドリッドの大聖堂として使われた。聖イシドロは、12Cの農民であり、数多くの奇跡をもたらし、死後は雨乞いの神・治癒の神として祀られた。祭壇に置かれている棺の中には、腐敗していない聖イシドロの遺骸が納められている。〇エルカルナシオン修道院 1611年にフェリペ3世の妃マルガリータ・デ・アウストリアが創建。17Cマドリッド派絵画のコレクションは見事。また特に注目すべきは3Cの殉教者、聖パンタレオンの血。この凝血は年に一度液化するといわれており、毎年7月27日に起きる奇跡を見るため人々が集まる。〇王宮 1734年、ブルボン王朝第一代の国王フェリペ5世が、フランス・イタリア風の王宮建設を命じ、1764年にイタリアの建築家シュバラからサッケティ、サバティーニなどに受け継がれ完成。150m四方の建物の中に、2700もの部屋。 アルマス広場にある王室薬剤局も注目。昔の医薬研究室の様子や調剤道具がみられて興味深い。〇マヨール広場 フェリペ3世が、1619年に完成させた。4階建ての建物の四方に囲まれた風格ある広場。中央に立っているのはフェリペ3世の騎馬増。************************************************
2012年07月22日
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内閣府にて「エネルギー・環境政策に関する選択肢」に対するご意見の募集をしています。 期間は7/2-8/12。意見のあるかたは、どんどんとご意見を提出したほうがよいと思います。私は、「原子力依存ゼロシナリオ」で意見を出しました!2030年における原子力発電の割合は、0%にすべきだと思います。 ○理由・意見 福島原子力発電所事故により、判明したことは、以下の5点。1.原発に絶対安全はなく、これからも事故は起こるものであること、2.ひと度、事故を起こすと、放射性物質拡散により、長期間において、甚大な人的物的精神的な被害、それから多大な経済的損害をもたらすものであること、3.汚染地域では長期間にわたり帰還困難な地域、および帰還不能な地域が生じ、国民の財産を奪うものであること、4.東京等の大都市への放射性物質の大量飛散があった場合、首都機能、都市機能が崩壊し、日本経済を崩壊させる危険性を孕んでいること、5.廃炉作業が長期間にわたり、作業員にとって非常に危険な作業を強いること。 また、以前からわかっていて解決していない致命的なことは、放射性廃棄物の処理方法が未開発であり、今後も開発の目処が立っていないこと。 人的物的精神的、経済的なリスクを子孫におわせ、なおかつ、解決できないような解決法までも子孫に任せるような不完全な技術を、今後、続けるべきではないと考える。 エネルギー政策においては、エネルギーミックス、ベストミックスの観点が重要であることから、原子力発電の代替発電の開発が急務となる。再エネ法が制定されて、自然エネルギーが促進される環境となったが、さらに自然エネルギーが受けいられるような設備形成を促すような仕掛けが必要。 また、新たな資源開発に、今後、投資すべきで、排他的水域内の未開の海洋資源の探査及び、開発計画を促進すべきだと考える。 2030年まで、約20年ほどある。私たちは、まだまだ、原子力発電ゼロへ向けて工夫する余地は十分残されていると思う。
2012年07月21日
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今回で、講義は最終。今日は、宮奈由貴子氏(NPO birth)と、松清智洋氏(NPO柏ソーシャルキャピタル協会)のおふた方の講義でした。宮奈氏のお話で印象深かったのは、ボランティアの課題としてあげられる。1.派閥化2.私物化3.高齢化だそうです。こういった傾向があるボランティアだからこそ、公のルールづくりが重要になってくるとのことです。そして、大きな公園、街区などで行うコミュニティーガーデンづくりでは、ある一定の手法があるようです。その手順というものは、1.「ビジョン」をつくる →これがないと、方針やルールが決まらない。こればあればこそ合意形成が進むもの。2.丁寧に「見える化」する →これによって、「余計な行き違い」をなくなる。支援者が増える。3.持続可能な仕組みをつくる →Win-WInの関係を構築する。ゼロベースからできることをできる人が行う。松清氏は、自治会から依頼があれば公園の除染の支援活動を精力的に行われている方。コミュニティーガーデンを作るにせよ、なににせよ、住民の意見をまとめていくには、ファシリテーターが必要。だけれども、柏市にはそのような人材が不足している。しかも、ファシリテーターが食べていけるだけの環境は現在のところなく、厳しい状況であることは違い。そのようなまとめやくが、地域の中から出てきてひとりでも、出てくるなら合意形成は進む。とのこと。NPO birthは、東京都から公園の管理を受託しており、これによってコミュニティーガーデンづくりの専門の人間を雇える環境にあるという。柏市も、40-50年経った街区公園が多くあり、それらを地域の方が真に使えるものとして生まれ変わらせるためにも、住民を巻き込んだコミュニティーガーデンづくりを行うNPOができて、それを柏市が仕事として出せば、よいのだろうと思う。単純に、NPO birthのマネでああるが、参考にできるものがあれば、なんでも取り入れることは大事なのかなと思う。今日は、具体的な活動の話を聞けて、とても、なにか、得るものがあった感がある講義でした。
2012年07月07日
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