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災害ボランティア部の活動2日目。今日は石巻市雄勝町。1年前に私が初めて被災地ボランティアを経験した場所だ。今回は48名もの集団で参加だ。雄勝町は海に面していたこともあり、津波の被害が大きかったところで、それでいて石巻市のなかでは小さな町の一つだったために復興がなかなか進まないそんな土地でもあった。市町村合併のデメリットが出てしまった。朝、作並の宿からバスに乗って高速を走り、雄勝へ向かう。高速から雄勝へ向かう道は、前回に比べると舗装が直されていて、ガードレールも設置されていた。窓から見る景色も、流された車や船はほとんどみられず復興が少しずつ進んでいることが分かる。それでも作物のつくれない田畑を見るとまだまだな感もある。一年前とほとんどかわらない石巻雄勝総合支所(あとで知ったけれど今年度内に取り壊されるそうだ)。ポストもあの時のまま。去年と違うのは、総合支所の前に仮説の店舗が立ち並ぶようになったことと、町中の壊れた民家が取り壊されていてなくなっていたことだった。雄勝では雄勝硯生産販売協同組合のT さんのもとで作業をする。T さんから説明を受けてから作業前のラジオ体操。よくみると、後ろの方に仮設店舗の人たちも一緒にラジオ体操をしている。ラジオ体操は「おらほのラジオ体操」今日の作業は書道に使う硯(すずり)の原料の硯石を洗う作業だ。雄勝の被災した所から硯の原料の石が泥だらけで出てきていてこのままでは硯(食器や瓦も)の生産ができないということで私達にきた依頼だ。硯石は庁舎の中にあって、これを外に運び出すグループと、外で洗うグループ、干して乾いたら庁舎に戻すグループ、庁舎内の石を整理して庁舎内を掃除するグループ、それから庁舎脇の駐輪場の壁のタイルもこの硯石なのでこれを剥がすグループ。大雑把にこんな班分けで作業を始めた。私は干して乾いたら庁舎に戻すグループだったが、干す場所が足りなくて干せる場所を探すのがかなり大きな仕事だった。庁舎内、大量の硯石が置かれている。洗って干して、干して片付けるをひたすら繰り返す。昼休み、弁当を食べて少し散歩。雄勝の海。いつか観光で来たい。そう思えるくらいきれいな海。前回は北上川の水面がとてつもなくきれいだったが、今年は海がきれいだ。この地が復興したら今度はバイクでこのへんを走りたい。前回作業中の雨宿りに使った建物が残っていたが、それ以外はほとんど建物はない。前回も建物は少なかったが今回は建物の土台もなくなっていた。この場所で写真を撮った後に思い出したけれど、この場所の被災前の写真を載せているサイトがあった。構図も多分ほぼ同じだ(2010年のこの場所)。その後、雄勝硯生産販売協同組合のT さんが、雄勝の庁舎内を案内してくれた。前回は1階にしか入れなかったので、初めて見る雄勝の庁舎だ。庁舎3階、いまでも津波の海水が残る。屋上でT さんが被災したときの話をしてくれた。明るく話してくれたけれど、あの災害を生き残ったひとの苦労が感じ取れた。庁舎2階そのあとまた作業に戻り、15時過ぎに作業終了、撤収作業をして新潟への帰路へ。去年、この雄勝という土地に来て以来これで4回目のボランティアツアーへの参加をした。それまで中越地震、阪神淡路大震災など大きな災害があったにもかかわらず、何もしなかった私が4回被災地に赴き、普段の生活でも興味はあったけれどほったらかしにしていた救命講習会に参加したりするようになった。きっと、この雄勝が私を少し変えてくれたのかもしれない。おまけ、おらほのラジオ体操(youtube)
September 30, 2012
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1泊2日の災害ボランティアツアーへの4回目計の参加。山元町を訪れるのは3回目。今回も前回同様の農業支援だ。昨年度、学友会主催から本年度は災害ボランティア部として再出発をした被災地ボランティア活動も合計6回目私は今回を含めると4回同行させてもらった。今回は48人という、これまでで最大規模の参加者となった。しかも、何人かの学生は内定式で参加を断念した状態で集まった人数だ。今回も夜中3時に出発、磐梯山SA を経て現地へ赴く。山元町での活動はボランティアセンターでなく、ボランティア団体NPO法人未来に向かって助けあい(旧、ひのきしん山元)のもとでの活動になった。この、未来に向かって助けあいは前回もお世話になった団体だ。到着したときには薄曇りのそら。今回の拠点は牛橋区民会館。ひのきしん山元の代表F さんに災害ボランティア部の顧問の先生が挨拶をすると、近くにいた私のこともF さんは覚えていてくださったらしく、F さんから声をかけてくれた。私はもともと色黒で小さな身体という特徴があって、さらにボランティアの作業のときには、ほぼ必ず迷彩のカーゴパンツに水色のウインドブレーカー(ユニホーム)、ブッシュハットという服装なので印象に残りやすいらしい。今日の作業は、畑のゴミ拾い。津波で瓦礫やゴミだらけになった畑は重機と人力の片付けを交互に繰り返し、そのあと除塩作業をしないと畑として使えないそうだ。今回の畑では、土をふるいに掛けゴミを取り除いていく作業をした。毎回そうだが、午前中の最初のうちは作業のコツもわからないまま作業をしているのでほとんど進まない。これがしばらくすると良い方法を見つける人が出てきて、急激にペースが上がることがある。今回もそんな調子だ。さらに、途中から別の団体が加わってくれて50名を超す規模で作業ができた。昼休みが近くなると私は弁当係として買い出しに出かける。未来に向かって助けあいのF さんが車を貸してくれたので、その車で買い物に。山元町を運転するのは初めてで、私は真性の方向音痴なのでかなり不安だったが、iPhone のマップ機能のおかげもあってなんとか迷わずに行って帰ってこれた。昼休み牛橋区民会館に戻って昼食。弁当は量が少し多目で、揚げ物が多かったので女子学生の参加者はちょっと辛そうだった。休憩時間になると夜行バスでの疲れと作業の疲れがでてくる。午後、作業再開。少し日差しも出てきたが、前回も参加したひとからは「前回よりマシ」という声も聞こえる。それでもみんな汗まみれだ。小休止、塩分チャージタブレットと水がとても美味い。午後3時作業を終了して宿に向かった。明日は雄勝町、去年、私が初めてボランティアに参加した場所で、その後がずっと気になっていた場所だ。
September 29, 2012
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今日は久しぶりにU さんのところに出稽古。Uさんは、前半は知り合いの家の小学6年生の男の子に拳法を教えているので、私は自主稽古。形を中心に稽古をして、小学生の稽古が終わってから乱稽古に入った。空乱撃1空乱撃2空乱撃3空乱撃4実乱撃1実乱撃2実乱撃3こんな稽古だった。涼しくなってきて稽古がしやすくなったけど、きっとすぐに寒くなるのだろうけど。
September 22, 2012
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先日の炎天下の被災地ボランティア活動の後、幸い事故や怪我は無かったものの、やはり応急処置などの知識を修得しなくてはいけないという考えになって調べてみると、新潟市はもともと幾つもの市が合併したせいもあって消防署が多く、消防署での救命講習の回数がとても多い。そこで、まずAED と心肺蘇生法の講習を受けることにした。本当は怪我人に対する処置のほうが学びたかったけれど、それは日赤でやっているみたいで、そちらはスケジュールが合わなかったので今回は心肺蘇生法の講習に参加した。今回の開催は新潟市北消防署教室には3体の人形が置いてあった。講習はDVD を見ながらの講習で、実技も大半はDVD を見ながらできるので、それほど難しいという感はない。以前、拳法の大会の時にMFAのワンポイントレッスンがあって、その時に習ったのは優先順位A(気道)、B(呼吸)、C(循環、心臓)という順番だったが、今回の講習では、正常な呼吸の無い場合には最初に胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行うように言われた。これは今年からの新教程で変わったのか?それとも団体の違いによるものなのか? 今回はこのMFA の講習も考えたけれど、場所が長岡と妙高ということもあったので、近場の消防と日赤で講習を受けられるところを探した。DVD での手順の説明の後は、人形を使っての実技。最初は胸骨圧迫の方法。次に、胸骨圧迫と人工呼吸の組み合わせ、倒れている人発見から、胸骨圧迫と人工呼吸といったふうに胸骨圧迫を中心に講習が続いた。胸骨圧迫はかなり体力が必要で、一分間100回のペースを30秒間行うだけでも少し汗がにじみ始める。そして、AED の使用と胸骨圧迫の組み合わせの講習。そのあとは、喉に異物が詰まったときの対処方法でこの講習は修了した。講習修了証訓練自体は難しいものではなかったけれど、実際の場面で動けるか?動かなくてはならないのはわかっているけれど。
September 1, 2012
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