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合理主義は良いことだ。トヨタ自動車の強みはすべてに合理的であることだ。その良い例が中部国際空港セントレアの建設であった。トヨタの役員であったH氏がセントレアの社長となり、トヨタの合理主義を徹底して建設にあたり、大いに経費節減したと新聞などで報じられている。これは、信用してよい話だろう。年に数回セントレアを利用する私も、H氏が空港の出国窓口を出たところに、朝8時過ぎ、たたずんでおられるのを何回か目撃している。トヨタの現場主義の実践であろう。これも好感が持てる。しかし、トヨタの合理主義も実践する人間の人間性によっては単なる金の亡者になる。そして、その金の亡者がトヨタからの天下りで権力を持っているとなると手におえなくなる。トヨタからの天下りは、恐らく、民間企業では日本最多であろう。ちょっと、今日は具体的な話は避けるが、トヨタが嫌いな人も多い。単に、強いから嫌われるということもあるが、トヨタの後光を振りかざす偽合理主義者、実力の無い天下りにいじめられた経験のある人は多いはずだ。トヨタ王国が崩壊するとすれば、こんなところに原因の一つが潜んでいるかもしれないと思う。また、そのうちに、具体的なことを書きましょう。
2006.06.29
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名古屋空港とバンコク・ドンムアン空港間の航空便は4つある。JAL、TG(タイ航空)、CX(キャセイ・パシフィック、香港航空)、CI(チャイナ・エアライン、台湾)。韓国のもあるが、大いに寄り道なので除外。尤も、分類としてはOne Stopに入る。どの航空会社の便が良いかではなく、直行便とOne Stop便の比較をする。直行便は名古屋⇒バンコクは朝出発と午後出発があるが、いずれも日中である。一方、バンコク⇒名古屋は深夜0:10頃発だけである。直行便は時間的に早いが、バンコクからの帰りが深夜便になるので、眠く、ちょっと嫌だなと思っていた。しかし、過去5年間直行便しか乗ったことが無かった。One Stop便は時間がかかるが、料金が直行便より若干安く、行きも帰りも日中の便なので、身体には楽ではないかと思っていた。そして、今回キャセイで初めて帰ってみた。結論、直行便のほうが良い。どうしてか??(1)One Stopのため、時間がかかる。しかも、名古屋に着いたら夜9時過ぎ。空港バスも最終にぎりぎり。(2)一晩寝て、一日飛行機に乗り、日本に着いたらまた夜で寝る。なんだか、3日間寝ていたような気になってしまった。ということで、深夜便はきついけれど、一日儲かった気分になれるし、どうせ飛行機の中ではたいしたことはできないので、日中無駄に過ごさなくて良い直行便が良い。別の話。私の場合、いままでバンコクで航空券を買っていた。しかし、今後はバンコク滞在が短いので日本で航空券を買うほうが自然。さて、そうなると、一度、片道切符で帰らないといけない。片道切符は意外に高く、且つ航空会社で大きな違いがある。TGだと片道でも約6万円。それが、チャイナ・エアラインだと半分の3万円だ。それで、今年の暮れにはチャイナ・エアラインの片道券で帰ってこようと思っている。もう1回昼便で帰国だな。
2006.06.28
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バンコクのホテルで冷房には気をつけていたのだが、間もなく帰国という6月20日にとうとう風邪を引いてしまった。20日、微熱。21日、仕事はしたが夕方からかなりの熱、食欲なし。ホテルのベッドでじっとして汗をかいた。22日、キャセイ・パシフィックで帰国。23日、早速医者に行く、このときには熱なし。24日、ちょっと普通でないがそれほど悪くも無い。庭の草取りなどした。25日、病態に変化、とにかくだるく一日中寝ていた。26日、昨日ほどではないが、よく寝る。ということで、元気なし。
2006.06.26
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6月18日(日) 昨日はHさんが10時ごろ会いましょうということだったが、キャンセル。少し時間ができたのでアジアホテルの5F のプールで30分ほど水遊び。私は泳ぎが下手だから、泳いだというほどのことはない。 東工大のY先生がくるので、夕方Mホテルで待ち合わせ。かなり予定より遅れて着く。Y先生はT君の博士課程の指導教官で、今回はOECFの予算で来て頂いた。T君卒業のお礼の意味もある。夕食はMホテルの近くのタイ料理のMango Treeというところに行った。確かに、少し上品だが値段も良かった、1835B。これなら、小泉さんがタクシン首相主催の晩餐会をすっぽかして行ったソン・ブーンの方が値打ちだ。6月19日(月) 今日は午前MTECに行き、所長のPさん他とNEDOプロジェクトについて打ち合わせをした。MTECサイドは私の提案には乗り気だ。それは当然で、タイにとって、ただのお金7000万円に相当するプロジェクトができるのは、“唯より安いものは無い”だ。しかし、MTECスペシャリストの日本人Yさんに、プロジェクトメンバーは、自社の利益になることしかしないから、その点良く下打ち合わせをして進めるように、アドバイスされた。こちとらは、趣味でやっているから、タイのためになればよいと思っているが、NEDOプロジェクトにかかわる日本企業にとっては、確かに、自社の利益になるかが最大の問題だろうな。世の中、私のようなお人よしでは動いていないのだ。でも、何だか、寂しいね。本当に、世の中のためになると思うことが、そのままの理由ではできないのだからね。 MTECにはホテルのあるラチャテヴィからBTSでモチットヘ行き、そこでタマサート大学行きのVanに乗り換えていった。朝の7時半頃はタマサートとそのすぐバンコク寄りにある別の大学の学生でVanは結構満員だった。MTECはタクシーで行くと300B、BTSと乗り合いのVanだと60B。タクシーで行っても良いのだが、いろいろ試してみたいし、安い方法でいければそれに越したことはない。 打ち合わせを終えて、昼過ぎ大学に戻る。食堂に行って昼食。もう誰もいない。料理も余りもの。午後1時半からY先生の講演。5時に終了。それで、この日記をつけている。ボツボツ帰るかな!今日も汗を沢山かいた。
2006.06.20
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6月16日(金) 王様の即位60年記念式典に関連して、都内の犬が郊外に移されたのだが、式典が終わっても、今のところ犬はいないまま。このままだといいのだが。一方、街ではまだ黄色の服を着た人が多い。 今日は午前10:30NEDOバンコク事務所訪問、昼はCOCAで大学の学科のスタッフと昼食会、これは私の歓迎の意味もあるとのこと。午後、タイ企業でBio-mass利用をいろいろやっている会社の人の話を聞く。昨年セミナーをやって一度聞いたのだが、その時は十分関心を持っていなかったので、漠然とした記憶しかない。その後、彼の話に大事な情報が含まれていたのではないかと思い、もう一度話を聞くことにした。6月17日(土) 今回のバンコク訪問で2回目の土曜日。大学は休みだが、今日も出校。昨日は、NEDO にでかけた後忙しく、日記が中途半端だったね。 午後会ったMr. Pからは私の考えているプロジェクトに関して非常に重要な情報が得られた。最先端でない技術の開発では、周辺情報をきちんと集めないと計画がずさんになる。では、どうやって情報を集めるかとなると、一定の方式があるわけではない。必要なのは、熱意と好奇心、そしてフェアな判断ではないかと思う。NEDOのお金は税金だ。研究費欲しさに、無理な計画、無駄な計画をしてはいけない。 私のいる部屋はエアコンの騒音がうるさい。送風を弱にしているのだが、相当な騒音だ。気にしなければ何とかなるが。こういうことに関し、タイは大いに遅れている。冷えればいいというだけで騒音を下げるなどということまで気を使おうとしないのだ。ちょっと神経質な人では、この部屋にいることは無理だろうな!! 私のいる建物全体のトイレの改修が始まった。壁のタイルと便器を完全にはがしている。しかし、替わりのトイレはない。いつになったら完了するのか知らないけれど、しばらくは建物の外のトイレを探さないといけない。
2006.06.17
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6月15日(木) 昨日は、早朝5時起きでタイの国研(MTEC)に行き、実験をし、午後3時大学に戻り、工学部の先生と進行中のプロジェクトの打ち合わせ、ホテルに戻り、日本の某社の方と7時からソンブーンで会食・・ということで忙しく、日記を書いている時間がなかった。 今日は一日大学で打ち合わせ、書類の整理など。 帰りの航空券を地元の旅行者に頼んでいた。22日の航空券だから1週間前の今日が発券の期限。メールでスケジュールを送ってきた。Waitingだったキャセイ航空がOKになったのは良いが、日本に戻りの香港での乗り継ぎ時間が50分しかない。また次にタイに来るときのバンコク到着時間が23:45という遅い時間だ。気が利かないなあ・・・・、尤も、乗り継ぎ時間に関しては、短いのを希望する人もいるだろうが。丁度、P君が大学にいたので携帯で変更してもらう。いずれにしても、旅行社の窓口で相談しながら決めないと行き違いが多い。 一つ勉強になったのは、e-ticketというのは、一度発行すると、便の変更などの場合、e-ticketそのものの再発行はできず、変更の確認書類しか発行されない、ということ。だから、飛行場のカウンターにはe-ticketと変更書類の両方を持っていく必要があるらしい。いわゆる航空券ではなくe-ticketというのは、なんとなく頼りないなあ。これをなくしても、メールの入ったノート・パソコンさえあれば、問題ないのかな? 夕方、東京の孫の手伝いに行っている女房に電話。携帯から日本にかけられるなんて、実に便利な世の中だ。学生が教えてくれた、最も安いダイヤルは009発信で1分30円弱だそうだ。前に住んでいたアパートからの電話だと1分120円もした。
2006.06.17
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6月13日(火)今日も臨時の休日。朝7時半、校舎の入り口でT君に会う。今日は天皇・皇后両陛下がチュラロンコン大学を訪問するとTVで放送していましたよ、という。部屋に入り、冷房を入れてから、ちょっと学内の散歩に出たら、講堂のある建物の周りにタイ・日の国旗が飾られ何人かの人がいた。たて看板に、LONG LIVE THEIR MAJESTY THE EMPERROR AND THE EMPRESS OF JAPAN, CHULALONGKOHN UNIVERSITY と書かれていた。『日本の天皇・皇后両陛下の長寿ならんことを』という程度のことか。 大学の自分の部屋に入るには沢山の鍵が要る。特に、休日は。まずエレベーターのスイッチを入れてもらうために、門衛のところに行かないといけない。そこで、建物を指差して“リフト”という。エレベーターでは通じない。リフトで6Fに行き、まず6Fの部屋に入るドアの錠を持っている鍵で開ける。次いで、廊下にある鍵箱をやはり持っている鍵を使ってあけ、自分の部屋のメインドアの鍵を取り出して、その部屋の錠を開け、その鍵を鍵箱に戻し、最後に自分の部屋の錠を持っている鍵で開け、扉のロックを鍵で開ける。都合5つの錠をあけないと部屋に入れない。 ここまで書いて、何か用事ができて、残りの書くことを忘れた。
2006.06.15
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6月12日(月) 今日は祭日、大学は静か。食堂もしまっている。 修士学生のJ嬢が級友のW嬢と実験をしにきている。彼女は小柄な美人だ。修論の指導者にタイの国家研究所(MTEC)の女性研究者を選んだが半年で大学の教官に泣きついてきた。MTECの研究者が意地悪をするらしい。その研究者を私は知っているが、MTEC内でも評判が悪い。実力もなく、自分の言うとおりにしないとすぐに猛烈に怒る。この研究者は東大の某先生のところを卒業した。J嬢の面倒は誰かが見ないといけないので、私にお鉢が回ってきた。同期の学生より半年遅れたが、易しいテーマを選んだので、同期の学生と同じ時期に卒業できそうである。 先週、V君と打ち合わせをしたとき、彼も一つ問題を抱えていた。ある研究をタイのサイアム・セメントの研究者に持ちかけた。サイアムラボがそれをやりたいというので、2ヶ月ほど前に実験の打ち合わせをした。ところが、その研究者は自分のところにはスタッフがいないので、私の学生のV君に実験をして欲しいといってきたらしい。V君はこの秋に卒業したら、サイアムの研究所に就職したいので、その研究者のいうことを断れないらしい。こんなことがあると、全く、タイはどうしようもないなと思う。サイアムはタイの大財閥だ。そこの研究者がスタッフがいないから学生に実験してほしいというなど、組織とか、契約とかの意識が全く欠けている。こんな相手とは付き合わないほうがいい。しかし、こんな相手しかいないのだから、どうしようもない。 要するに、タイ人には自分で研究するという態度がかけている。この問題について2,3日中にV君と相談しないといけないが、どうしようかな?
2006.06.15
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6月11日(日) 冷房で身体が冷えないように、昨夜はシャワーに入った後は部屋の冷房を切りベッドに座ってTVを見たり、本を読んだりした。おかげで?二晩続いた夜間のお腹の不具合感を昨夜は感じなかった。歳だねえ!冷房に弱くなったな!日本にいたときからの右後頭部のひどい凝りはまだ直らない。 昨夜は9時間も寝た。日本では睡眠は7時間なので、ちょっと疲れているのかな?今日は日曜、まだ朝が早いからレストランは空いているかと思ったら、反対に、7時には大混雑。ここはビジネスホテルではなく、観光客用のホテルなのだ。しかも、650室もあるという。今、8時半、既にプールから子供の歓声が聞こえる。 明日はプミポン国王即位60年記念式典の日。昨日、街を歩いて感じたのは、道路がきれいに整備されていること。いたるところがきれいに掃除されている。大通りの中央分離帯や広い歩道のあちこちに花壇がつくられ、ランの花が植えられている。それと、確かに犬がいない。Tさんからメールでバンコクの野良犬が一時郊外に移転させられたと知らされたが、本当だ。全く、野良犬を見ない。タイ人もこれだけできるじゃないか!!でも、式典が終わったら、元の木阿弥だろうな・・? 文献を2本読む。読むといっても、全文読むわけではない。アブストラクトを読んで、Introductionを読み、図表を見ていくと大体分かるので、あとは結論と必要なところだけ読む。そうしていたら、Hさんから電話、友人と会うので出てこないかという。 パトムワン・ホテルのロビーで11時半に会い、タイ・スキのMKで昼食。パトムワンは改装によってエントランス付近がすごく高級感を持つようになった。Sさん、今はニートだと言う。少し、崩れた感じ。東南アジアのあちこちを旅して回ったことがあるという。私の友人の範疇からはちょっと外れている。1時半頃別れ、MBKからサイアム・デイスカバリー、サイアム・センター、サイアム・パラゴンまで歩く。サイアム・パラゴンは広く、1.2階は人が多いが、3,4階になると余り人がいない。広いのでウオーキングに最適だ。グルグル運動がてらに歩く。ホテルに戻ったのは3時過ぎ、2時間弱歩いた。暑くないし、運動に最適だ。 アジアホテルはいろいろ欠点もあるが、雨が降っても、雨に当たらずにBTSに乗り、MBKやサイアムのショッピング街に行くことができるので、観光のためのホテルとしては最適だと思う。今日歩いた感じでは、BTSの下の高架道を歩くとチットロムまで雨に当たらずにいけそうだ。 タイは王様の即位60年のお祝い一色である。タイ語が分からないができるだけTVを見るようにしている。昨日はこのお祝いを記念して69人の僧侶が昇格した。最上級に4人、次の位に12人、その次に20人、その次に33人、これは新聞で読んだ。僧侶の位も随分複雑のようだ。この69人はワット・プラケオで王様から祝福された。王宮では王様のお言葉があり、黄色いT シャツを着た50万人が王宮前広場を埋めた。いろんなところで記帳がされており、今日はサイアム・パラゴンでも記帳所にかなりの人が並んでいた。今日は、何処か分からないけれど、屋外にある大きな仏像の前で何かの式典が行われていた。日本の天皇、皇后もタイに到着し、皇子の出迎えを受けた。飛行機から降りると、飛行機から車まで敷かれた絨毯の両側から歩く足元に花が撒かれる。皇室以外の招待者の出迎えはシリントン皇女であった。タイ王室の使う車は残念ながらすべてベンツである。特に、皇室の人の乗る車は黄金色のベンツと決まっている。 今の王様はタイ人の敬愛の対象である。次の王様については、次女であるシリントン皇女か皇子か分からないという人が多かった。ということは、本来なら文句なく皇子なのだが、皇子の素行が悪かった。暴力団と関係があり、おめかけさんが何人もいるといううわさであった。王様はシリントン皇女を継承者にしたいのだが、王妃は皇子に肩入れしているといううわさがあった。しかし、皇子は離婚、再婚し、再婚した現在の奥さんとの間に男の子が生まれた。これで、皇子の時期王様継承が確実になったといわれる。今回の行事における皇子とシリントン皇女との役割分担を見ていると、皇子の継承が確実と思われる。
2006.06.13
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6月10日(土) どうもお腹の調子が良くない。痛くもないし、下痢もしない。しかし、寝ていて目が覚めると、どうも頼りないような、ニゴニゴするような、下痢をするような感じがする。食欲はある。調子の悪いのはタイに来てからずっとだ。昨日昼ごろに、大学においてある百草丸を飲んで、夕方には空腹を感じたので、治ったかなと思ったのだが、そうではなかった。薬は大学においてきてしまった。まあ、何とかなるでしょう。 下痢をしたり、吐き気がしたり、痛みがあったりするとばい菌にやられたのだが、今の症状はある種の消化不良程度のようだ。一つの原因は冷房で冷えるからかもしれない。昨夜も一昨夜も、食後、シャワーしてから薄着で本を読んだりしていて、ちょっと冷えるなと思ったのでそれが原因かもしれない。 そんな調子なので、朝食は昨日からお粥にしている。また、“黒い中国ゼリーと生姜湯”というスープがあるので、牛乳やジュースの替わりにそれを飲んでいる。 昨夕、念のためにNHKのチャンネルをトライしたらちゃんと映った。こういうことは前に住んでいたEVERGREENでもあった。多分、受信用のアンテナに不具合があったのだろう。フロントに聞いたとき、以前はNHKを受信していたが、今は受信していないという答えだった。そんなはずはないと思ったが、タイではこういうことも良くある。分からないときは適当な答えを言う。一昨日の私のクレイムで直したのだろう。とにかく、NHKが見られるのは有難い。夕方、疲れたときの暇つぶしになるし、浦島太郎にならなくてすむ。 相変わらず、朝は早く5時半から6時には起床するので、時間はたっぷりある。午前中は仕事をして、11時Sさん・Iさんとお会いして’ダベリング’だ。 ところで、こちらに来て4日目だがスコールが全くない。もう雨季のはずだが。S先生によると、私が日本にいた5月は連日大雨だったという。スコールが来ないのは日常生活では雨を気にしなくて良いので楽だが、ちょっと天候不順といえるな。 夕方、MBKに行き携帯電話の腰につけるケースを買う、150バーツ也。東急百貨店でいつものウーロン茶110グラム入り、98バーツ也。東急で売っている一番高いウーロン茶だ。小龍包で夕食。今日は腹具合を考えてビールは控えた。
2006.06.13
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6月9日(金) 今日からタイは連休だ。12日にプミポン国王即位60年の記念行事がある。各国からお客さんが来る。それで、タイの格好悪い所は隠してしまおうというわけだ。その際たることは道路の渋滞だ。だから、12日、13日は祭日にして通勤の車をなくしてしまおうというわけだ。さらに、9日の金曜日も祭日にしてしまおうということが6日に審議されて7日に発表されたらしい。とうことで、今日からお休み。 こう簡単に祭日にされると困ることが多いだろうな!わたしも、わざわざ日本から来て9日にはタイの国家研究所で実験をやろうという約束だったのに、お釈迦になってしまった。しかし、さほどにタイの王様は“偉い、社会に対して強い影響力がある”ということだ。 さて、おかげさまで道路はガラガラ。おまけに乗車したバスの車掌は後ろを見ておらず、私の乗ったのに気づかず、切符を切りに来ないので、無賃乗車してしまった。ノン・エアコン、青白バスなので8バーツ儲け。こんな大学教授がいていいのかなあ?? 皆、黄色いTシャツを着ている。王様の誕生日が月曜日で、月曜日の色が黄色なので、王様の誕生曜日の黄色のシャツを着るらしい。 T君、N君も学校に出てきている。他の人はいない。この二人は珍しい働き者である。昼ごはんを大学の近くの食堂に食べに行った。イサーン料理の店でいつもなら11時半に行っても満員ではいれない店が、今日は空席があった。ガイヤーン(鶏のから揚げ、鶏半分)、豚肉のから揚げ、レバの煮込み、ソムタム(パパイヤのサラダ)、カオニャオ4つ、コーラ大瓶1本、〆て3人で223バーツ、これがタイの相場だね。 お昼時、既に、今日も王様のお祝いの行事をTVで放映している。昨夜も何か行事をやっていた。こう、毎日、行事・行事では王様も大変だ。王様の顔つきが変わっているのに気がついた。なんだか、気難しい・きつい表情をしている。健康状態が悪いと聞いているが、ちょっと先が長くないのではないかという予感がする。今年の12月5日で満79歳になられる。 3時半、そろそろ帰ろうかな。と思っていたら、P君が近くに来たといって長男を連れてお菓子を持ってきてくれた。10歳だそうだ。私の孫よりちょっと大きいな。
2006.06.12
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6月8日(木)大学にきて第一にやることはパソコンをつなぐこと。しかし、案の定、大学のサーバーに接続する配線の処置が済んでいない。2ヶ月前に頼んでおいたのにケロッと忘れられている。こんなことで怒っていてもしようが無い。結局、T君が3階の部屋 に余っているのを持ってきて大学のサーバーにつなげた。これで、携帯電話とパソコンの両方が使えるようになった。メールを見ると、早速、JICAのシニアボランテイアでこの5月末からバンコクに赴任したSさんからメールが来ていた。そこに携帯電話の番号がある。携帯に電話、約束の10日は11時にアジアホテルに来てもらうことにする。その後、同じJICAのシニアボランテイアで1年前から来ているIさんに電話。10日にジョインしませんかとお誘いする。結局10日は3人で会食することになった。いろいろ情報交換である。Hさんに電話。18日(日)の10時にアジアホテルに来てくれるとのこと。18日は夕方東工大のY先生もこられるので、空港に迎えに行くT君に17時にMホテルのロビーに私も行くことを伝える。T君はこの3月にY先生の指導で東工大で博士の学位を得た。それより先、朝一番でN君とP君がきて、P君の研究の打ち合わせを済ませた。その後、修士課程のV君、Jさん午後にK君の実験の経過の報告を聞き指示する。K君は修士を卒業したら、いったん何処かの大学に勤めて、その後海外の大学で学位をとりたいといっていたが、今日は、チュラロンコン大学の博士課程に進学したいという。問題は奨学金がもらえるか否かだ。タイ国研のPさんが奨学生を推薦できるという。テーマは燃料電池とハニカムだ。Pさんは燃料電池の大きなプロジェクトを持っているので、それで国研に奨学生を提案できるのだが、この国で燃料電池を研究してどうなるというのだ!!日本の一つの研究グループの予算がタイ国全体の予算ほどもあるという研究・開発競争の中で、タイでできることは知れている。私に言わせれば、そんな流行の研究をタイでやっても仕方が無い。どうせ、先進国の2番煎じだ。そもそも、タイの国研が燃料電池を国家の重要研究課題にしていること自体、私は賛成できない。それで、ハニカムに触媒をつけて、或いは活性炭やゼオライトのハニカムを作って、空気や匂い、水の浄化の実験をしたらどうか。特に、タイで盛んなえび養殖池の水の浄化と結び付けられないかと提案する。S先生と昼食に行く。その前に大学の経理が私に1ヶ月分のサラリーをくれるといっているから、経理に行きなさいという。半信半疑で経理に行ったら、やっぱりもらえるらしい。小切手を貰った。確かに1ヶ月分のサラリーと同じ金額だ。15万円弱だが、儲かった気分だ。どうしてだろうと聞いたが、S先生も知らないという。5年間働いた大学からのボーナスと思っておこう。今日は携帯とパソコンが使えるようになり、予定にないお金を貰えてハッピー、ハッピー。
2006.06.09
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6月7日(水)TG645名古屋10時半発にてバンコクに来た。タイ滞在を終了してから2ヶ月ぶりのバンコクである。この時期こういうことがあるのだろうか?いつもは6時間くらいかかるのに、今日は5時間で着いてしまった。普通は偏西風の所為で名古屋からバンコクに行くときは向かい風なのに、若干の追い風だったようだ。到着は現地時間1時45分。例によって、1階上の出発ロビーに登りタクシーに乗る。到着ロビーのタクシー乗り場は行列ができていて待ち時間が長いのだ。上りのエスカレーターが止まっていてLuggageを持って登る。出発ロビーでタクシーに乗るのは、乗せるのは違法だ。しかし、タクシーの運転手は警備の警官を20Bで買収したようだ。タクシーに乗って運転手がメーターを倒さないので、指を指して“メーター”とさけんだ。そうすると運転手は“イーシップ”という。要するに、メーター料金以外に20Bをくれということだと解した。空港でタクシーに乗るときはいつも良い運転手に当たりますようにと祈る。今日の運転手は悪い運転手ではなくて良かった。悪いやつはメーターを倒さず300バーツとか500バーツという。アジアホテルに着く。予約したとき、現地旅行社が私のメールをジャンク・メールに入れてしまって長い間見ておらず、その結果、スーペリアが取れず、デラックスだという。確かに部屋は広く、ツインベッドであるが、問題が多々ある。(1)お湯がちょろちょろしかでない。(2)TVにNHKが映らない。(3)電話のジャックが無い。ならば、電話機をはずせばと思ったが、電話の配線は机の中でジャックに行き着けない。電話のジャックはパソコンを使うのに必要なのだ。さて、到着して、荷物を解き・整理して第1に買い物と旅行社に行く。買い物の第1は携帯電話のプリペイドカード。私の電話はプリペイド式、2週間の滞在なら、有効期間1ヶ月程度の200Bで良い。早速携帯電話を使える状態にする。旅行社ウインディ・ツアーに行き、支払いとか航空券、ホテルの予約について相談する。要するにタイ人経営の旅行社では英語のやり取りに不便なこと、ホテルの予約はインターネットでできるが細かい条件はやはり旅行社経由のほうが確実である。旅行社経由にすると料金はインターネット予約とほとんど同じである。というようなことをやって、さて夕食はどうしよう。考えながらホテルに戻る途中、路端でいつもの焼鳥屋を見つけたので、久しぶりにレバと肝とカオニャオ(もち米)を買ってホテルの部屋で食べた。夕食代はビールも入れて約150円也。
2006.06.09
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(7-8日目) 今日の午前は自由行動、チェックアウト12時、ホテル出発13時です。 私は朝が早い。6時ごろには目がさめて起きだした。ドアの下にメッセージの封筒があった。「昨夜遅くにカバンが着いたが、遅かったので連絡しませんでした」と英語で書かれていた。それで、電話してカバンを持ってきてもらった。ついにご対面。カバンはドイツのシュツッツガルトに行っていた。このカバンは古いけれどエレッセの結構しっかりしたハンドキャリーです。私がバンコクで買った999バーツ(3000円弱)のカバンとは違います。 帰る当日に戻りました。出て来ないよりはマシでしょう。 さて、午前は歩いてドルマバチェフ宮殿に行き、帰りはタクシーで帰りました。入館料は20YTLと書きます。Yは新しいという意味、Tはトルコ、Lはリラです。約1800円、日本ならまだしも、トルコでは高い入館料です。これも観光客用ですね。 ここでは内部の説明を英語とトルコ語でします。日本人の団体は現地案内人がしてくれます。私たちは二人なので日本人の団体に入れてほしいと思ったのですが、日本人添乗員に断られました。けち!建物内部の説明は1時間くらいかかります。ここはゆっくり時間のあるときに行くと良いですね。 トラブル、トラブルで非常に思い出の多い旅になりました。私はトルコを巡るのではなく、イスタンブールに5-6日滞在の方がはるかにその国を知るのに良いと思ったのですが、奥様はあちこち巡るのが好きなようです。 イスタンブール17時30分のトルコ航空とJALの共同運航便JL5092で帰ってきました。やっぱり窓際の席ではありませんでした。ところで、Holidayツアーから送られてきた旅の案内書「61トルコ」は2005年以前に編集された古いものでした。なぜなら、約13,000トルコリラ=1円となっています。2005年に100万分の1のデノミが実行される前のレートです。 <トルコで思ったこと-1> トルコは黒海、マルマラ海、エーゲ海、地中海に接し、アジアとヨーロッパにまたがる。長い歴史の中でアジアとヨーロッパの接点でたくさんの戦争を経験した。風光明媚、子供は人懐っこい。日本人のようにシャイではない。目下のところ物価も安い。海に近い場所の2階建ての家で400万円くらい。長期滞在も良いかもね!<トルコで思ったこと-2> トルコはギリシャ、ブルガリア、グルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと7つの国と接している。これらの国との軋轢があり、人種問題もある。EU加盟問題でもゆれている。政治的には問題だらけだ。それに較べて日本の竹島問題(韓国)、尖閣諸島の油田開発問題(中国)、拉致(北朝鮮)は問題は問題だがトルコに較べるとたいしたこと無い。日本はもっとどっしりかまえて外交に当たるべきだ。 さて次はどこに行きましょうか?カナダか東海岸かスペインだな!!我が家の奥様はアメリカ大陸には行ったことが無いので、まずは東海岸でしょうかね。ニューヨーク、ボストン、ワシントンの美術館めぐりが良いですね。 写真を添付している暇がありませんでした。明日はバンコクに行きます。 これでトルコの旅はおしまい。バイバイ。このごろ3歳の孫が「バイバイ、シーユー(See you!)」と言います。意味は分かっていないんだけどね。(完)
2006.06.06
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(第6日目) 昨日はトロイの遺跡を見てきました。トロイの遺跡といっても、私たち素人にとってはたいしたものはありません。ましてや、遺跡の前に作られた木馬に意味があるわけではありません。トロイはアジア側の先端にあって、エーゲ海からマルマラ海に入る船を監視する要衝にあります。このため、ここには紀元前3000年から紀元400年までの要塞が積み重なって存在します。このことが、この遺跡が世界遺産になっている理由だそうです。 トロイの遺跡を見て、昨夜はチャナッカレの町で泊まりました。今日はフェリーでダーダネルス海峡を渡りイスタンブールに戻ります。 ところで、問題の女房のカバンですが、4日目にエフェソスの神殿を見ているときにカデルさんの携帯にカバンが見つかったとの連絡が入りました。しかし、トルコ航空曰く、カバンの紛失はトルコ航空の責任ではない。依って、イズミールの空港に送るが、その場合は空港までカバンを取りに来い。ホテルまで送ってほしいなら、イスタンブールのホテルに送る、ということでした。もう2、3日でイスタンブールですから、わざわざ空港までタクシーを飛ばすこともないということで、今日ホテルでカバンに対面することを楽しみにしていました。 ダーダネルス海峡を渡り、あとはベンツのバンで延々350km走りました。お定まりのブルーモスク、トプカプ宮殿を見て五つ星のコンラッド・ホテルに到着。この日は後は自由行動です。ここでも、一悶着ありました。部屋に入ったらベッドがダブルベッド一つです。すぐにカデルさんに電話しましたがでません。それで、フロントに電話してツインに替えてほしいと言いました。しかし、旅行社からの要求は海の見える側の部屋で、海の見える側にはツインの空いた部屋はないと言います。部屋を替える代わりにエキストラベッドを入れることで勘弁して欲しいといいます。これ以上交渉する力が無いので、仕方なくOKしました。翌日カデルさんに会ったとき、このことを言いましたら、日本人はダブルベッドは好まないことをホテル側は知っているはずなのになあ?と首を傾げていました。これが、トラブルと言えば最後のトラブルでしょう。 夕食に街に出ました。コンラッドは五つ星ですが新市街のはずれにあり、街にでるには便利ではありません。街の食堂(レストランではない)で夕食にしました。安かった!!!!飲み物はファンタ1(ビールは置いてない)、スープ2、豆の煮込み1、肉料理1、ご飯1、トルコ茶2.数字1は一人分です。量が多いのでスープ意外は一人分を分けました。それでも量は十分でした。〆て13.5トルコリラ。多分1300円くらいです。これが、トルコの実勢物価なのでしょう。 それに較べてコンラッド・ホテルの高いこと。ファンタ10リラ、水6リラ。普通のレストランでは水は2-3リラです。私たちが買った一番安い水はイズミールのホテルの横にあるスーパーで買ったもので0.3リラでした。市価の20倍です。このように、現地の人の実勢価格とホテルの価格との差は後進国ほど大きいですね。トルコはタイより国民一人当たりのGDPは2倍近くあるのに、この差が大きいと感じました。 コンラッド・ホテルでもう一つ驚いたのは翌日の電話代でした。カデルさんの携帯に電話して通じなかった電話代が1回4.5リラもしたことです。かからなくても400円!!一度かかったときの請求が20リラ、1800円もしたことです。 そして、カバンはこの日もホテルに着いていませんでした。
2006.06.05
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(第3日目-第5日目) 昨夜は予定のホテルに着いたのですが、昨日観光するはずのところを見ていません。乗客は二人だけなので行動の変更は自由です。また、トイレ休憩にしても短い時間の自由行動にしても、団体のときと違って遅れてくる人を待つ時間がありません。それで、さほど急がなくても、昨日見る予定のところをどんどん見ていきました。 どんな観光地に行ったか、何を見たかは書いても他の人の経験と同じ事ですから省略です。 変った食べ物と言えば、4日目にドライブインでヨーグルトを食べました。このヨーグルトは粘り気があるみたいで、それに目の前で蜂蜜を入れます。そして、スプーンを突き刺しお皿を逆さにしてもヨーグルトもスプーンもお皿に張り付いたままです。さらにトッピングとしてごまより小さい粒粒を振り掛けました。聞くと、ケシの実だそうです。ケシの実は??アヘンじゃないの!!といっても、種類が違うんでしょうね。そのあと、バンから見る外の風景でやたらとケシの花が気になりました。味はどうって事は無かったね。 出かける前に、ウエブでしらべたとき、ドンヅルマとかいうアイスクリームが名物だと書いてありました。何が変っているかというと、これも粘り気があって、カップに入れたアイスクリームが逆さにしても落ちません。それどころか、餅つきのときの餅の塊の大きさを知っていますか?両手で支える人の頭くらいの大きさです。ドンヅルマはそのくらいの大きさにしてもちゃんと持っておれるのです。そして、カップに入れてもらうと、受け取ろうとすると、鉄の棒の先にくっついたカップをさっとはずします。何とかとろうとするのですが、なかなか取らせてくれません。それを周りにいる人が見て楽しむのです。味はこれもまあまあでしたね。 二人だけの旅は気楽で良かったですね。唯一の問題はお買い物です。トルコ絨毯の店、トルコ石の店、いずれも大きな部屋に二人だけです。そして、店員が、トルコ絨毯の作り方から種類などを懇切丁寧に説明します。トルコ石もしかり。トルコ石のまがい物はどのようなものかも勉強しました。6日目にイスタンブールでグランドバザールに行きましたが、そこで売っているトルコ石はほとんどまがい物です。表面だけはトルコブルーですが、中身は違うものです。 さて、今回の旅のトラブル以外のハイライトはトルコ絨毯です。初めから買うつもりではなかったのですが、いろいろ見ているうちに売り手の術にはまりましたね。トルコ絨毯は大きく分けて3種類あります。最も安いのは100%羊毛。これは糸が太いので、糸を結んである密度が低いのです。トルコ絨毯は縦糸と横糸を別の糸で結び、結んだ後に余分の糸を切ってそろえます。ですから、トルコ絨毯は中国のだんつうのように厚くありません。羊毛100%より高級なのがたて・横糸は木綿で結び糸が羊毛製品。木綿は強いので、たて・横を細い木綿とし結び糸を羊毛にする。そうすると目の詰まった絨毯にすることができる。されに高級なのはたて・横は木綿で結び糸が絹のもの。特に、長年トルコの王様だけにつくられてきたヘレケという名前の入った絨毯は1cm2に結び目が400もあり、たった畳1枚分の大きさを作るのに1年近くかかるのだそうです。最高級絨毯は畳1枚分くらいの大きさで日本では400万円くらいするそうです。この絨毯は見る角度によって色が変ります。初めは壁掛け、次に置物、最後に床に引くということであなたの孫の代まで大丈夫です。とか何とか・・・・・・たたみ100畳敷きくらいの大きさの部屋で、トルコ・コーヒーを飲みながら、私たち二人だけを7人くらいの男が取り囲んで、これでもかこれでもかというように、次から次からいろんな絨毯を見せてくれます。別に脅迫しているわけではありません。しかし、他に客はいません。まあ、何も買わないで帰っても良いのですが、段段と買う気になってきてしまいました。 今思うと、もう少し値切ったら良かったな、というのが心残りですが、買ったことに後悔はしていません。大きさは畳3畳分くらい、品物は最高級品ではありません。でも、ヘレケという模様が入っています。色は模様の基調がトルコブルーです。お値段は50万円以上100万円以下。とうことで、今回の旅は旅行代金を入れて100万円を突破してしまいました。これも、トラブルの後遺症でしょうか? 一つ印象に残ったのは、店を出た後、カデルさんが「トルコの外貨獲得に協力いただいて有難うございます」と言ったこと。さて、カデルさんにどれだけバックマージンが入るのかなあ??
2006.06.05
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(第2日目ーその2) カデラさんが航空券を買い、チェックインしたのは漸く3時頃です。彼女は3時には間に合わないと考えて5時の便にしたので、今度は3時の便に荷物が乗ってしまわないように、飛び回っていました。アンカラ着は夕方6時ごろ。空港でBaggage Claimに行きましたが、やっぱり荷物はありませんでした。アンカラの空港で荷物を探すのにも手間取りました。窓口に行くと、多分あちらだとか、今度はこちらではないかとたらい回しです。カデラさんは、これはトルコの悪い習慣だと怒っていました。そんなことで、空港を離れたのは18:45頃、あたりはうす暗くなり始めていました。今日はこれから、約300km離れたカッパドキアまでの車の旅です。 唯一の救いは、私たちの旅はベンツの12人乗りバンの貸し切りです。ということは、乗客は私たち2人だけ。これは楽でした。さて、これから300kmの旅ですが、カバンが出て来ないとなると、衣類と化粧品を買わないといけません。それで、アンカラのスーパーで買い物することになりました。ここでも小さな困難がありました。旅行案内ではトルコでは大抵のところでドルも使えるとなっていたのでトルコリラの現金はたくさん持っていません。しかし、スーパーではリラの現金かカードしか駄目ということで、それならとカードを出したら暗証番号がいるという。日本ではカード決済のとき暗証番号は必要ないですね。しかし、トルコでは必要です。結局、スーパーのレジの一番端にある窓口でドルとリラに変換してもらって支払いました。そんな、こんなでアンカラの町を離れたのは夕方9時ごろになっていました。今日はまだ夕食を食べていません。カッパドキアに向かう途中のだライブインで簡単な夕食。 カッパドキアのホテルに着いたのは午前1時を回っていました。 結局、日本をでてから丸2日間経って、まだ、観光はゼロ。ただ、飛行機とバンに乗っていただけ。一体、これは誰が悪いのでしょうかね!!私には、どう考えても、若干視界の悪い成田に着陸しなかったJAL054便の機長の所為だとしか思えません。その後のJALの対応もチャランポランのところがありました。いまでも、JALはけしからんと思っています。 ホテルに遅く着いたけれど、旅の遅れを取り戻すために、明日のモーニングコールは5時半です。今日も睡眠時間は4時間無いな!!
2006.06.04
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(第2日目-その1) さて、ホテルに着いたのが午前3時、28時間も旅をしてきて疲れていますが、日本時間では朝の9時です。もう眠いのは通り越しているはずです。しかし、兎に角、疲れたので午前4時ごろベッドに入りました。目覚めたのは8時ごろです。朝の支度をして朝食を取りました。しかし、集合までにはなお3時間あります。それで、ホテルの周りを散歩しました。 このホテルは旧市街、金角湾が眼下に見えます。なかなか良い景色です。しかし、私たちのホテルの隣のビルは廃墟でした。ブラブラ坂道を下っていくと学校らしきものがあり、短大生くらいの若い子達が大勢いました。私たち日本人は珍しいらしく、さかんにジロジロ見ています。道ですれ違うと振り返ります。しかし、嫌な感じはしませんでした。観光地でない普通のイスタンブールの町を見るのは悪くありません。一回りして小さな路地を通ってホテルに帰る途中、頭の上から大きな声がします。4階くらいの上から若い男の子達が手を振っています。高校生くらいの年齢に見えました。どうやら、こういう風に外国人に親しみを見せるのはトルコ人の特徴のようです。この後、観光地で、中学生や高校生くらいの学生にはよく声をかけられました。ある時、What is your name? と白人が声をかけられていました。ガイドのカデルさんが、多分その子の知っている唯一の英語じゃない?と言っていました。 女房は荷物が無いので化粧品のないのに一番困ったようです。化粧などというものと縁のない私にはその苦労というか、惨めな気持ちというかは分かりません。「今日空港に行ったら、多分カバンはあるんじゃないの」と慰めるしかありませんでした。しばらく部屋で休んでフロントに降りたらカデルさんが来ていました。 飛行機は15時発の国内便です。それで、まず昼食に行くようです。かの有名なガラタ橋を渡って旧市街側の金角湾の水際を通る道路沿いにある古びたレストランに行きました。レストランには私たちだけでしたが、食事の終わりごろに日本人の団体さんが入ってきました。トルコ料理ってこんなものかな?ということが分かりました。スープ、サラダ、チキンがメイン料理、煮豆、パン、デザートです。飲み物は有料でした。これから先もそうですが、飲み物は水を含めて有料です。 空港に着いて、まず、チェックインに行きました。ここで、再びトラブル発生です。私たちの航空券は昨夜の便です。カデルさんは当然JALが便の変更の手続きをしていると思っていたようです。しかし、その連絡が入っておらず、カウンターでは搭乗券を発行できない。発券に行って航空券の変更をしないといけない。そのためには国際線の建物に行かないと行けない。時間はあまりない。また、Baggage Claimは国際線の方にあるので、カデルさんは発券に私たちはBaggage Claimに行くということになり、兎に角国内線の建物から国際線の建物に走りました。さて、Baggage Claimに行きました。しかし、カバンはありません。昨夜カバンが無かったときは、女房も疲れていたのか、緊張していたのか、それほど感情が顔に出ていませんでしたが、ここでカバンが無いと分かるとさすがにガッカリしたようでした。私は、「私たちの行き先はアンカラで、セントレアでカバンにつけたタグ(荷物の行き先表示の札)がアンカラになっているから、これからアンカラに行ったらそこにカバンがきているんじゃないかな」と慰めるしかありませんでした。 まともに旅行していたら、今ごろはアンカラからカッパドキアに向かい、お昼は洞窟レストランで食事をして、カッパドキアの観光をしている頃です。しかし、私たちはまだアンカラに到着もしていません。(続く)
2006.06.04
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(第1日目ーその2) アリタリア航空の機内では名古屋からミラノに行く人たちが大勢いました。40人なら待つけど、2人では待たないわけだ。と、ひがんでいましたね。 12時間飛行機に乗って、ミラノで飛行機から降りたら、出口に外人の男が待っていて、私たちはここからイスタンブールに行き、イスタンブールで入国してほしいといわれた。出たら、現地案内人が待っているとのこと。これは、JALの機内でスチュワーデスが言った話とは違うではないか?イスタンブールで入国するということは、そこで荷物も受け取ってしまうわけで、アンカラに行くにはもう一度チェックインをしなければならない。まあ、分からないけれどそう言うなら、従うしかない。このとき、これでは荷物がトラブルのではないかとうっすらと予感しました。さて、ミラノからイスタンブール行きの便がまたまた出発が遅れた。なかなか飛行機が動かず、そのうちに機内放送がありました。ここでは、もう日本語の説明はありませんから、一生懸命耳をそばだてていました。どうやら、チェックインした乗客が搭乗していないか搭乗しないといったので、その人の荷物を下ろすので、しばらく待ってほしいということだった。今度は窓際の女房が外を見て、今機内から荷物のカーとを下ろしてカバンを二つ取り出したといった。それで、出発が遅れ、イスタンブールについたのはもう5月11日の午前1時半ごろになっていた。さて、受難の一日目が終わるかと思ったのは甘かった。案の定、私の荷物は出てきたが、女房のカバンが出てこない。仕方が無いからBaggage Claimに行って、荷物の調書を作る。そのとき、私が気になったのは外で待っているはずの現地案内人だ。私たちがいつまでたっても出て行かなかったら、彼らが困るか何かトラブルがあったと思って、彼らが帰ってしまったら、まさに万事休すだ!!それで、荷物の調書は私が作るので、あなたは兎に角外に出て案内人が来ているはずだから外で待っていなさい、ということにした。こっちの英語もスムースでないし、相手の英語も聞きにくいし、しっちゃかめっちゃかやって、漸く調書を作った。窓口の彼女が言うには、ミラノからイスタンブールの便は明日の午後2時になる。だから、明日の午後3時ごろここに来いという。漸く外に出た。案内人が待っていた。12人乗りのベンツのバン1台に運転手と現地案内人と私たち2人だけ。彼女、名前はカデル、日本語での意味は"運命"だそうだ。まあ、問題なく意思を通じ合える日本語を話す。彼女曰く、予定はあなた方がお好きなようにします。兎に角、今日はもう遅いのでホテルにご案内します。明日は11時50分に出発します、ということであった。臨時のホテルに着いたのは午前3時であった。日本では朝5時に起きているのでトータル28時間の旅であった。
2006.06.04
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(第1日目)今日はセントレアから成田経由でトルコのイスタンブールに行き、トルコ国内便に乗換えてアンカラに23時に到着という予定。 セントレア発は8:50分、旅行社の指示どおりに6時半過ぎには国際線受付カウンター14番で航空券を受け取る。チェックイン、出国を済ませて7時15分くらい。搭乗まで相当時間があるのでトヨタTS キュービックカードの待合室で待つことにする。この待合室はゴールドカードを持っていれば利用できる。私たちは二人ともこのカードを持っている。どうしてかというと、ゴールドカードには海外旅行のときの傷害保険がついているので、海外旅行の都度保険に入る必要が無い。ゴールドカードは年会費がいるが、それは旅行のときの傷害保険費用と思っておけばよい。ということで、トヨタカードの待合室に行った。ところがまだ開いていない。朝7時半からだという。これが、今回の旅のトラブルの始まりでした。私たちのほかにも、数人入り口まで来て引き返した人がいました。他の待合室は既に開いているので、どうしてトヨタカードの部屋だけ遅いのだ!!JAL054便はほぼ定刻に出発。成田到着予定は10時です。さて、成田に着陸の態勢になりました。私は新聞を読んでいました。間もなく到着の放送がありました。相当下がっているようです。ところが、急にぐうっと機首があがっていきます。あれっと思っていたら機内放送があり、前の飛行機が待機しているので、それを待つというような放送でした。そのうちに、視界が悪いので様子を見ますということになり、1時間が過ぎました。そして、今度は燃料が少なくなってきたので羽田に向かいます、と放送しながら、もう一度海の上で旋回し、1時間半もしてから漸く羽田に向かいました。羽田に着陸して、燃料を補給して、再度成田に向かい、今度は着陸しましたが、時間は午後1時を回っており、トルコ直行便は12時50分に定刻どおりに飛び立った後でした。この成田への着陸の遅れに関して、どうも解せないのは、他の便は皆到着していたようなのです。例えば、私たちが搭乗するはずのトルコ航空便は同じ10時ごろに着陸し、折り返してトルコに飛び立っているからです。当日は空港が閉鎖されたわけでも無し、どうやら、降りなかったのはJL054便だけのようなのです。後になって思うと、そもそも機長の英語の放送が下手な英語だなあと思ってもいて、今になっても機長の能力が問題だったのではないかと疑っています。さて、それはさておき、成田では"汽車は出てゆく煙は残る"です。そんな、悠長なことをいっている場合ではありません。機内でスチュワーデスに聞いたら、私たちはトルコ航空には間にあわないので、イタリア航空のミラノ行きにのり、ミラノからイスタンブールに戻り、しかし、イスタンブールではもうアンカラ行きの便が無いので、空港で夜を明かして、翌日朝6時の便でアンカラに向かうことになると言われました。しかし、これもウソでした。ウソを言うつもりではなかったでしょうが、そのようにはなりませんでした。さて、成田の空港内を走って兎に角アリタリア航空のミラノ行きに乗りました。この飛行機には名古屋からの団体も乗りました。2団体40人くらいいたのでしょうか。このアリタリア航空も本来の成田出発時間は13時です。つまり、名古屋から40人が乗るためにこのビンは出発を遅らせ、私たちは2人だけなので、トルコ航空は私たちを置き去りにして時間どおりに出発したわけです。では、トルコ航空は悪くて、アリタリアは親切なのかというと、そうは考えられません。なぜなら、両方ともJALとの共同運航です。JALが旅客に責任があるわけで、JALは2人を切り捨てたわけです。ここで、出発前に旅行社からトルコ航空の枠がいっぱいなのでJALに切り替えてほしいという近畿日本ツーリストからの一本の電話が重要な意味を持ってきたわけです。もし、私たちの便が申し込みどおりにトルコ航空だったらどうなっていたでしょうか?さらに、乗り込んだ機内で私たちの席は離れ離れになってしまいました。これも、近ツウの旅行案内のパンフレットに書かれていた「窓際並び席を保証」などとんでもないウソになっていました。これは、遅れたJALにも責任があるでしょうが、もし、遅れなかったとしたらどうでしょうか?多分、並び席は確保されなかったと思います。なぜなら、パンフレットはトルコ航空の場合であって、JALになったら、多分これは保証されないからです。ということは、近ツウの代理店の名古屋マルチネットセンターが出発数日前にトルコ航空からJALに替えてほしいと電話してきたときに、JALに替えると窓際並び席が保証できないというべきでした。ということで、兎に角旅は続けられるのですが、12時間離れ離れの旅になってしまいました。<1日目を1回で書こうとしましたが、とんでもない!1日目に後2回はかかりそうです。>
2006.06.03
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(プロローグ:その2)旅の一日目に行く予定でしたが、その前に旅の全体像を記した方と良いと思い直しました。旅行社:近畿日本ツーリスト旅の名称:トルコ満喫8日間<旅程>1日目:名古屋セントレア8:50発JL054便にて成田経由イスタンブールへ。JL共同運航トルコ航空国内便に乗換えてアンカラへ。アンカラ泊。2日目:バスにてカッパドキアへ。カッパドキア泊。3日目:バスにてコンヤへ。今夜の市内観光の後、バスにてパムッカレへ。パムッカレ泊。4日目:パムッカレ観光の後、バスにてエフェソスへ、観光の後イズミールへ。イズミール泊。5日目:バスにてベルガマ、次いでトロイへ。観光の後バスにてチャナッカレへ。チャナッカレ泊。6日目:フェリーでダーダネルス海峡を越えて、バスにてイスタンブールへ。イスタンブール泊。7日目:午前は自由行動、昼食も個人で。午後アヤソフィア見学の後、空港へ。機内泊。8日目:成田に11時着、16:20発のJL3058便でセントレアへ。 この旅程で行くと、当然同じ日にアンカラに着くはずでした・・・しかし・・・<トルコという国の概要>国の広さは日本の約倍。人口は7000万人くらい。だから、一人当たりの国土の広さは日本の3倍くらい。しかし、国民一人当たりの総生産は10分の1くらい。これはタイの2倍弱です。通貨はリラ、2005年1月に100万分の1のデノミをしました。1リラは90円くらい。だから、1.5リラ=1.2ドル=1くらいかな。日本も100分の1のデノミをすると良いのにね。最大の都市はイスタンブール、しかし、首都はアンカラ。1924年に王制から共和制になりました。そのときの立役者がアタチュルクです。アタチュルクは国民の英雄でイスタンブールの空港の名前もアタチュルク空港。今年はアタチュルク生誕125周年ということで展示会も開催されていました、などなど。さて、次回から、いよいよ問題のたびの始まりです。
2006.06.02
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