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2009年の10月に長泉町スルガ平のクレマチスの丘にオープンした「IZU PHOTO MUSEUM(イズ フォト ミュージアム)」は写真・映像を中心とした美術館です。2010年3月16日までは「杉本博司 ─ 光の自然 じねん」と題された企画展を開催中、フィルムに電流を流しその光跡を焼き付けた作品は光画と呼ぶのにふさわしいでしょう。この美術館の設計も杉本博司氏が手がけており、外観はいたってシンプルな造りですが平石を配した庭がアクセントになっている。とくに石垣を使った庭はまるで古墳を意識して設計されたようです。展示物と合わせて美術館自体も鑑賞すると杉本博司氏の芸術性がより一層わかると思います。
2009年12月27日
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河津町に旧三菱財閥の木村久寿弥太氏の隠れ家として昭和初期に建てられた「木村屋敷」があります。現在はカフェとしても利用され一般に公開されている。この屋敷は和洋折衷建築の本館と和風の茶室からなる建物からなり、敷地の面積は3千坪。庭は回遊式の庭園になっています。本館の1階は洋風の応接間と食堂、現在は見学者の喫茶スペースとして使われています。床には箱根の寄木細工が張られ、暖炉は温泉を使ったオンドルです。建物を裏から見るとよくわかるのですが、欧風の山荘をモチーフにして設計されています。洋風ですが、屋根は瓦葺き。しかも普通の瓦ではなく高価な陶器を使っています。何でも月明かりを良く反射して夜はすごく綺麗だとか。二階は寝室などの居住区で和風造り、使用されている木材は今では手に入れるのが難しい高級材だそうです。ここで、天井から下がっている電球の笠に注目、笠に描かれた模様は菊。そうです、実はこの建物は皇族を迎えるために作られた別邸。管理人さんの話によると、天城の山(昔は天皇家の直轄地だった)で金鉱開発を行うために、皇族と関係が深かった旧三菱財閥が用意した別邸では? とのことです。付嘱の茶室は高貴な方を迎えていた特徴が良くわかります。普通の茶室には躙口(にじりぐち)と呼ばれる小さな潜り戸があるのですが、ここでは大きな玄関になっています。これは皇族方に頭を下げさせるのは失礼だと考え、このような造りにしたそうです。主に海外からの賓客に接するため、椅子席の部屋も作られています。壁はモルタルのようなのですが、何と金箔が一緒に塗りこめられています!茶室は使用している材料こそ高価ですが、造り自体は質素で落ち着けるくつろぎのの間を意識して設計されています。庭園には滝も作られています(当時は2本あったようです) 名のある庭師が設計したようですが詳細はわからないそうです。
2009年12月20日
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伊豆の国市に農機具資料館という変わった資料館があります。文字通り、農機具を集め展示してある資料館ですが個人が運営しているのが珍しい。展示室(というか倉庫ですが)にはきちんと用途別に別けて農機具が並べられています。唐箕は他の民俗資料館等でも見かけますが、ここでは大型の農機具もあります。トラクターや耕運機などエンジン付きの大型農機具がある資料館は珍しいかも。養蚕関係の道具もありました。今ではほとんど養蚕は行われていませんが、かつては伊豆でも養蚕が盛んに行われていました。見学は自由ですが、説明を聞きたい場合は事前連絡が必要とのこと、詳しくはこちら
2009年12月18日
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伊豆の天城一帯は鉱山が多くあり、太平洋戦争中に西伊豆町仁科に資源確保のための戦線鉱業株式会社が作られました。この鉱山では日本人の囚人と強制連行された中国人200名が働かされたが過酷な労働で死亡率は52%にもなる異様なものでした。(連行中に死亡した数も含む)この中国人殉難者の慰霊碑の建てれている場所は労働者の宿舎があった場所で、今でもコンクリートの土台が残っている。1976年に異国の地で散った人々の霊を慰め日中友好の絆を固めるために、このゆかりの地に慰霊碑が建立されました。
2009年12月14日
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根方(ねがた)街道は愛鷹山の南裾を通る道で東海道の古道でした。(地図の赤線)原と吉原の間にある浮島沼が大きな湖だったために、山裾の道を使っていたのでしょう。東海道(地図の青線)が整備されてからも東海道の裏道として使われており、現在は(静岡)県道22号線がほぼ同じ道を通っています。旧国道246号と交差する鮎壷交差点、東へ行くと下土狩を経て三島へ、西へ行くと吉原へ。ここから西へ向かい吉原まで歩いてみました。鮎壷の交差点を西に向かうと黄瀬川を渡ります、このすぐ下流には富士見の滝とも呼ばれる鮎壷の滝があります。川を渡ると沼津市に入り、大きな池が。門池は江戸時代に整備された灌漑用溜池。現在は池の周りは公園となっており散策する人や池で釣りを楽しむ人が多い憩いの場ともなっています。門池を過ぎると東名への取り付け道路であるグルメ街道を横断します。歩道橋の真ん中にはアジの開きが描かれたベンチがありました。根方街道に多い物の一つは“寺”です。光長寺は建治2年(1276年)に開山した古い寺で根方の寺の中では規模もかなり大きく、沼津市内で仁王門を持つ寺は光長寺が唯一だそうです。江原公園交差点にある高尾山・熊野神社。この脇には辻畑古墳があり、最古級の前方後方墳として注目されいる。ここで、根方街道はいったん国道1号線と合流します。
2009年12月07日
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