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今日、タツロット90ミリオン。日本円にして、70億円ほど。私はタツロットを買ったことがない。でも、初詣みたいに年に一度くらいはいいのかも。このロットを買うだけで、どうやら12億ほどは政府に入るらしい。それを考えると、この不況で更に巻き上げられるという思いも出てくる。どうしよう。いずれにしても、オランダ系の連れ合いが買うだろうから問題はないだろうが。当たったら、風呂場を直して、庭の塀を作りかえて、、、、。でも、どうやって70億円もつかえるのだろうか?連れ合いが買ったロットで当たったら、私は家を追い出されるかもしれない。やっぱり買いにいこうかな。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月30日
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「お母さんから電話があったわよ。」ゴルフの打ち放しの練習から帰ってくると、オランダ系の連れ合いがそういった。朝早く、東村山の実家から電話があることはない。何かあったのかと胸騒ぎ。すぐに電話した。「この間ね、婆ちゃんの娘さんがね、私と婆ちゃんを巣鴨に連れて行ってくれたの。いろんな店があってね、上等の靴とカバン買っちゃったんだよ。それからね、ずっと歩いて都電の駅までいって、そこから都電に乗って大塚まで出てね、それで帰ってきたの。本当に沢山歩いた。久しぶりだったね、あんなに歩いたのは。巣鴨のお地蔵さん、10何年ぶりだね。すごく楽しかったよ。」その後に何か怖い話でもあるのかと思っていたが、結局巣鴨に行った話だけで電話は終わった。取り越し苦労だった。東京の巣鴨は、爺さん婆さんの原宿と言われだして久しい。「そんなに楽しかったのか。じゃ、今度10月に帰ったら連れて行ってあげるよ。」「いいよ、悪いから。でも、そうかい、じゃ楽しみにしてるね。お父さんも行きたいなんていってるよ。」前立腺癌を患っている父も、退院して2年半元気にやっている。何のことはない、日曜日の朝早く電話してきて、巣鴨に一緒に行きたいということだったようだ。私は、1人で苦笑いしてしまった。因みに、母が婆ちゃんと呼んでいる友達は母と同じ83歳の人だ。10月に帰ったら、母と婆ちゃん、そして父を連れて巣鴨にいって団子でも一緒に食べたいと思っている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月28日
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レストランの客入りが悪くなっているように感じる。高級になればなるほどそうなのではないだろうか。高級には行かないので想像ではあるが。こんなときはマクドナルドとかが賑やかになるようだ。そして、なるべく外食をしないようになる。円高で日本からの食材が全面値上げ。日本食レストランは、この不況で値段を上げる訳にはいなかので、メインコースなどは量を制限したりして、なんとか乗りきろうと必死のようなだ。以前よりは小食になっているタコ社長にはこれで十分だが、若く食い意地の張り切っているような人には、それこそ帰りにビックマック、とかになるのではないだろうか。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月27日
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「そんな筈はないだろう!」何故か私は大声を出してしまった。赤坂のホテルニュージャパンの中にあった居酒屋風のレストランで、隣のニューラテンクウォーターの踊り子スーザンと昼ご飯を食べているときだった。食べていた照り焼きチキンの箸を止めた。因みにスーザンは身長185センチのロサンゼルスからの出稼ぎダンサーだった。数日前に、郷ひろみの27歳の誕生パーティーをニューラテンクウォーターでやったという話を聞いたとき、30歳の私と3歳しか違わないなんてそんな訳ないだろうと叫んでしまったのだ。今考えてもなんであんな奇行に走ったのは理解に苦しむ。ああいう歌手やタレントは、いつまでも若いのだと洗脳されているのだろうか。驚いたスーザンとは話が続かず、彼女はそそくさと帰って行ってしまった。マイケル・ジャクソンが亡くなった。あまりに急な話だったが、薬漬けの生活でいつこういうことが起こってもおかしくないという人もいる。驚いたのは彼の年だった。今年51歳になるところだったようだ。というと、オランダ系の連れ合いと同じ年。マイケル・ジャクソンと郷ひろみを比較しても始まらないが、こういう方々は永遠に若くないと話が先に進まない。75歳のマイケルとかは、正直想像もつかない。プレスリーについてもそんなことがいえる。大木のように太く、そして短く生きる。そういう風にしか生きられないエネルギー全開の方々の人生なのだろう。君たち女の子 僕たち男の子 ヘイヘイヘイ ヘイヘイヘイ おいで遊ぼう ♪舟木一夫が万年高校三年生のように、やはり郷ひろみはこうでなくちゃ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月27日
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Seems it never rains in Southern California Seems I’ve often heard that kind of talk beforeIt never rains in CaliforniaBut girl don’t they warn yaIt pours man it poursアルバート・ハモンドの「カルフォルニアの青い空」の一節だ。学生時代に流行った曲だ。南カリフォルニアには雨は降らないと聞いていたが、とんでもない、降れば土砂降りだ、みたいな内容で、以前の日記にも私の人生のようだと書いたことがある。1974年、生まれて初めての海外旅行はアメリカだった。カリフォルニアには行きと帰りに立ち寄った。当時17歳だったドナと見つめあったりしたのも、この州のサンタクルーズの海岸だった。近くで見ると、金髪の無数の産毛が確認できた。8月の気だるい午後遅い光にその産毛が輝いて見えたのが懐かしい。その場を借りて住所交換。東村山市秋津町、などというとんでもなく長い住所を書いて渡して驚かれたのが、まるで嘘のようにさえ思える。ビーチボーイズの力を借りなくても、浮いた気持ちがドナの産毛と一緒に天まで舞ってしまいそうな、そんな軽薄な匂いが蘇ってくる。22歳になっていたタコ青年、クリスチャンの友達家族と一緒にアメリカを回っていたのだが、誘われるように一人でロサンゼルスを行ったことがあった。ヘソから下にしか好奇心がないような時期だったので、カミサマに見られているのだろうなと思いながらも怪しげな店に入ったりして小反省。ヒッピー文化が一巡して、燃え残った練炭のように僅かに煙を出していた。カリフォルニアが経済破綻してどうやらデフォルトになるらしい。国としてみても、世界第8位の経済規模のカリフォルニア州が消滅してしまうのだろうか。ターミネーターがターミネートするのだろうか。どうやら、オバマ大統領も見捨ててしまっているようだ。アメリカの本当の経済危機はこれから始まるような気がする。あのドナは今頃、どないしているのだろうか、と気にならなくもない。あの頃寝ていた金髪の産毛は、年月の力に押されてしっかりと立っているかもしれない。It never rains in CaliforniaBut girl don’t they warn yaIt pours man it pours土砂降りの止まない雨がカリフォルニアに降り続いている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月27日
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日常の喧騒を忘れ、たまにはB&Bでこんな日を過ごすのもいい、なんて格好つけても始まらないが、、、。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月25日
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こんな日もあるのだろうか。日本から3名、辞表を出した人出そうとしている人、そんな方々から同じ日にメールをいただいた。1人目は実兄で、来年の3月の定年を前にいろいろと考えているとのこと。体の調子も崩しているらしい。もう1人は、中国地方の友人で、将来の投資計画などがまとまれば退職したいとのこと。3人目は、中学時代の友人で、定年まで後4年を残して辞表を出したとのこと。日本からみんなまとまって私に何かメッセージが送ってきているのだろうか。考えてみれば、長生きする世の中になったとはいえそれはあくまで平均だ。55歳、57歳で定年になっていた昔に比べて、人間の体と心が強くなっているわけでもないだろう。本来ならば、辞めてからの人生が長くなるなら、それだけ長くゆっくりと楽しむ人生になるべきだろう。日本には死ぬまで「生涯現役」とかいう為政者にとって、本当に都合のいい言葉がある。将来の不安を煽り、銀行預金に手をつけさせないで、その金で勝手なことをやれる国が日本だ。そして、アメリカがその金を限りなく吸い上げている。どんなに働いても楽にならないシステムが日本には出来上がっている。これからもこのシステムは変わらないだろう。戦後は終わっていないようだ。一日、16時間から18時間も毎日仕事をしていた日本から来た方とお話した。オーストラリアでの生活が気に入っているという。任期が終わって日本に帰ることを考えると憂鬱になるらしい。中学時代の友人は、娘さんがずっと以前にオーストラリアに留学していた。日本に帰り、英語ができる看護婦さんになっていると聞いた。ある当直の夜、患者のおばあさんからナースコールがあってベットに向かった。緊急コールで嫌な胸騒ぎがしたらしい。だが行ってみたら何のことはない、「孫の手」が取れないので取ってくれ、ということだったとのこと。人騒がせだと思ったけど、何事もなく娘さんは安心した。すると、そのおばあさん、手にした「孫の手」を使って、あらぬ所を掻き始めたというのだ。辞表を出した日に、こんな話をメールでよこすくらいだから、そんなに落ち込んではいないのだろうけど、やはりちょっと心配になる。元気に次のステージに向かって欲しいものだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月24日
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1974年、その年は私にとって本当に大きな年だった。この年3月からテレビで「バラ色の人生」という連続ドラマが始まった。中味はほとんど覚えていないが、仁科明子と寺尾聡、そして森本レオが出ていた。主題歌が、ジョルジュ・ムスタキの「私の孤独」だった。古いアパートに住む青年たちの恋の物語。川の流れで主題歌が始まり、森本レオが仁科明子に強引に迫る。そんなことしか記憶にないが、恋の切なさの余韻だけはしっかりと残っている。実は私は、この年の6月4日に約3ヶ月の初めての海外旅行に出かけた。アメリカだった。ドラマの最後の2回を見ないで出発した。本当に残念でならなかった。当時付き合っていた女性がフランス語専攻の女性で、ムスタキの歌を聴きながら彼女との生活をダブらせてドラマを見ていた。結局、この女性には翌年振られたが、今でもムスタキの曲は、風呂で半身浴なんかして汗をかきながら聴いたりしている。私は、このドラマの仁科明子に魅了された。愛くるしい悲しげな顔。年もほとんど一緒だった。今のドラマでこんなに心を揺さぶるようなものはない。是非、また見てみたいと願っている。そんなときはYouTubeだ。実に、35年ぶりに最終回の一部を見ることができた。http://www.youtube.com/watch?v=N8P5TqMgPl0&feature=relatedhttp://www.youtube.com/watch?v=WWgt-sMx5lo何と初々しい2人だろうか。主題歌が流れるとき、いろいろあった2人が最後に一緒になったことを初めて知った。私の場合は、傷つき別れたがこの2人は一緒になったんだと知った。調べたら、最終回は6月13日、私の誕生日の放映だったようだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月23日
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日本人のご家族のお宅に夕食に呼ばれた。ご主人か奥さん、どちらかが日本人のお宅には呼ばれることはあるが、両方とも日本人というのは10年ぶりくらいだろうか。「これ日本で980円で売ってるんですよ。」タコ社長だから、タコ焼きということであった。タコ焼きも赤ワインに合う。ということでまたまた結構飲んでしまった。10月の日本の帰国では、カラオケマシーンとこのタコ焼き機を購入することにしたい。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月21日
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2009年06月20日
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「タコ先輩、いろいろ有難うございました。」柴田さんはそういって、タクシーを降りるとき私の頬にキスをした。柴田さんは女性だった。サラリーマン4年目の春、大学の4年後輩でロシア語を専攻していた彼女が入社してきた。大学後輩ということで話が始まり、3,4人で飲みに行くことが多くなった。非常に小柄だったが愛くるしい笑顔が素敵な人だった。2人でもよく晩御飯に誘った。「実は、私会社を辞めることになったんです。」この日、いきなり切り出された。この年の秋には結婚するという。彼氏がいることさえ知らなかった。その少し前に、「中島みゆきの『悪女』って歌知ってます?私って、割と悪女なんですよね。」と柴田さんが言っていたことを思い出した。御茶ノ水の駅前で柴田さんとタクシーを降り、私は1人で地下鉄丸の内線で池袋に向かった。地下鉄の走り去っていく暗い壁を見ながら、なんで自分はいつもこうなんだろうと歯がゆくなる。見栄を張って高いワインなんか注文して、頬にキスひとつでさようならか。場末の中華料理屋なんかで、それこそ、焼酎とレバニラ炒めかなんかで毎回お茶を濁しておけばよかった。人生、どんなことでも勉強だ。気取ってみても、気取ってみなくても、何も始まらない。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月20日
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イタリア13兆円事件の続きだが、どうやら偽造の疑いが高くなって、偽造の場合は犯罪性がないので二人は釈放され、行方は分らないという。とんでもない話だ。これが私だったら、偽造国債保持で逮捕、中東あたりだったら処刑されているかもしれない。偽札とどこがちがうのか。国債は有価証券でお金と同じ。それが偽造の疑いが高いという理由でうやむやにされそうになっている。第一、偽造かどうかなんて2週間もかからず2時間もすれば分る筈。この2週間にいったい何があったのか。私は返事を期待せずに、知り合いの日本国バチカン大使にメールまで出してしまった。ことの真相をはっきりさせて欲しい。本物だったら、これは私たちの税金だ。偽者だったら大犯罪。いずれにしても、釈放されるような話ではないと思うがいかがだろうか。久しぶりにタコ社長、茹でダコ状態だ。血圧を測らないとならない。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月20日
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「豚インフルエンザがあるので、5月に5人目を仕込もうと思ったのですが延期しました。」40歳前のKさん、日本で5人目のお子さんを予定していたが、少し先に延ばしたという。この方のことは前にも書いた。「5人の子どもの誕生月が重ならないように計画しているんですが。」会社を経営していていま、日本とオーストラリアに12人のスタッフを抱えているKさん、仕事と同じように家庭も全て計画的に運営しているようだ。「結婚するときにですね、妻に言ったんですよ、子供は5人欲しいと。この契約に同意できるなら結婚するって。」私は失礼だったが思わず吹き出してしまった。そういう結婚の形態もあるんだなと感心した。もっとも、結婚自体が男女の契約であるわけで、むしろKさんの方が理詰めでしっかりと見極めておられるような気もする。今の子どもは一人っ子が多くて、全て親がくれるものはその子のもの。でもKさんの家では兄弟姉妹が奪い合うのだそうだ。お父さんが食べようと思っていた大好きな辛子明太子も知らないうちに子どもが食べていたことがあったという。親もオチオチしていられない。今の子どもは何でも親が与えるものだから、学校などで自分だけのけ者にされたりするとすぐ切れてしまう。でも、兄弟姉妹が多いと、喧嘩もあるけど皆で分け合うという優しさも育てられる。いつも100%もらっていては、そうでないときの対応ができなくなる。そんなことを言われているようだった。昔は、みんな子沢山だった。貧乏人の子沢山、とか言われたものだ。今は、金持ちじゃないと子沢山にはならない。与えられるものが少しでも満足する気持ち、物を分かち合う気持ち、こういうものは1人っ子ではなかなか難しいのは分るような気がする。これに過保護が加わったら子どもの独占欲が鬼に金棒状態になる。早く豚インが治まって、Kさんが計画的に5人目を仕込む時期が来るのを願っている。因みに、今は律儀に2男2女なのだそうだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月20日
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「三軒茶屋の警察官住宅にね、島田さんっていう人がいてね、マッカーサーのことをねマッサッカーって言っててみんなで笑ってたのよ。」アキハバラのことをアキバハラという今年83歳になる東村山の母が言っていた。因みにタコ社長、練馬の警察官住宅の前に三軒茶屋の警察官住宅にいた。実は、そこで生まれている。マッサッカーといえばサッカー、昨夜私の住んでいるメルボルンで日本対オーストラリア戦があった。日本人で行かないのは私だけと思えるほど皆見に行っていたようだ。昔だったら私は非国民だ。私は、どうもサッカーよりも相撲とか野球に燃えた世代の人間のようだ。それでも一度、生の試合を見に行ったことがあった。小学校6年のとき、東京オリンピックのサッカーの予選を見に行った。観客もまばらな、どうでもいいような試合だった。そうでなければ只で招待はされない。更には雨で寒かった。私は、サッカーの試合より一段後ろの左側にいた6年1組の牟田さんという女の子に気を取られていた。私は6年2組だった。この子は、そのまま赤坂のクラブなんかで研修生として働いてもおかしくないような色気を既にその年で備えていた。その後、彼女がどんな人生を歩まれたのか知りたい気にもなる。中学のとき、体育のクラスでサッカーもあったにはあったが、背が高いというだけでいつもゴールキーパーで面白くなかった。それに上手くボールも蹴られなかったし。そんなわけで、サッカーが抜けた人生を歩んできた。昨夜は、多くの方々を誘って飲みに行こうとして、その多くの方々全員に断られ帰宅してTVでサッカーを見ようと思っていた。どんなに興味がなくても日豪戦だ。ところが、一般のチャンネルでは放送がない。ケーブルTVでしか見られない。私は見られない。そこで、パソコンのロケーションフリーというやつで日本のテレ朝の実況中継で見ることにした。メルボルンにいるのに、わざわざ日本からの中継を見る。なんともすごい世の中になったもんだ。ところが、これは時々画面がボケたり切れたりする。日本の背の高い選手が1点を入れたとき、画像が乱れてよく見えなかった。一番みたい場面だった。今度は絶対に勝つだろうという展開で、またまた2006年と同じような結果で終わってしまった。ボケたパソコンの画面に向かって思わず叫びたくなった。「マッサッカー」。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月18日
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日曜日に、オランダ系の連れ合いと一緒にダンデノン山にドライブ。最近よくいく。そのパブ(勿論、クーポンの使えるパブ)で、連れ合いは魚、私はリゾットのランチ。胃とか、いろいろなモノが小さくなってきているタコ社長、完食できなかった。オーストラリアも田舎は量で勝負のようだ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月16日
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私は、時事問題についてはあまり書かない。ところが今、とんでもないことがイタリアで起きていて書かずにはいられなくなった。しかし、世界中の新聞でもTVでも報道がほとんどない。ネットで調べるとある程度は分かるのだが、実態はぜんぜん見えてこない。完全に報道規制されている。まず下のサイトを見て欲しい。毎日新聞のネットの記事だ。http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090611ddm041040136000c.htmlこれが起きたのが6月3日。2週間近くなるのに、この2人が誰なのか何も伝わってこない。イタリアでも同様のようだ。13兆円だ。豆腐13丁とかの話ではない。カバンの中に13兆円分の米国債などを入れてイタリアからスイスに出ようとしていて当局に拘束されたということだ。1 何故報道されないのか。2 一体この2人は何者なのか。日本人といわれているが本当なのか。3 米国債は本物なのか、偽造品なのか。今、世界中の裏でとんでもないことが動いている筈だ。我々庶民には伝わってこない。本物だったら、イタリアに莫大の罰金が入るらしい。不法持ち出しという罪になる。知りたいことが伝わってこない。報道とはそういうもの。インターネットがなかったら、昔だったら、まったく伝わらなかっただろう。眠れない夜を過ごしている政府関係者がいるのだろう。9・11のこともそうだった。昨年まで何の疑問も持たないでテロリストの仕業と信じきっていた。ところがネットで非常に多くの人が疑問に思っていることを知った。ペンタゴンに突っ込んだ飛行機と山林に墜落した飛行機の、機体、死体が一切出てきていないと知った。そんなことは、普通の報道では見えてこないが、ネットをサーチしていたらすべての人が知りえる時代だ。イタリア当局に拘束されている2人のニュースについて注目している。経済破綻の今、この金は一体全体何なのか。私たちは世の中の真実を全く知らされていない、ということを知る意味では本当に最高のドラマが展開していると思う。もっともっと多くの人が知るべき事件だと思う。正に、事実は小説より奇なりだ。久しぶりに興奮している。どなたか詳しいことを知っている方がおられたらお知らせください。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月15日
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2009年06月14日
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夢にうなされて目が覚めた。何という夢だ。両親とどこかのホテルに宿泊していて館内のトイレを探している夢だった。見つかったトイレに入ろうとするとドアがなく、周りに人がいたりする。その内、ホテルがひなびた旅館に変わっている。部屋にトイレがなく係りの人にいうと、部屋ではここにある手ぬぐいの上にして欲しいといわれた。どう始末をするのかなんて悩んでいる暇もないくらい切羽詰っている。その後、どうなったかはあまり書きたくない。父親と一緒に手ぬぐいだ。まったく、何て夢なんだ。前の晩、食べ過ぎたのだろうか。ということで、今日は私の57回目の誕生日。オランダ系の連れ合いはまだ寝ている。静かなスタートだ。今日は、午前中ギリシャ人の町オークリーに行って連れ合いと2人でブランチ。夜は、友人たちとインドレストランに行くことになっている。それにしてもこの夢。夢判断に疎いのが残念だ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月13日
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1986年9月、私はオーストラリアで永住権を申請して、シンガポール経由で日本に帰国した。永住権を申請するときは自国で行うよう規定されていたためだ。シンガポールでは、高校大学の同期で現地で日本語教師をしていたK君のアパートに2日泊めてもらった。因みにK君は今はケニアで日本語教師をしている。最初の晩は、サラリーマン時代の会社の支店に、たまたま当時の上司と同僚が出張に来ているというので晩御飯をご馳走になった。お2人とは2年ぶりだった。高級日本食レストラン「ノガワ」では、まるで昔赤坂、六本木あたりで一緒に飲んでいた時のような感じで楽しませていただいた。お2人とも出張ということで、現地駐在員が接待という設定で私がそこにお邪魔したわけだ。「じゃタコ君、永住権取れるように頑張ってな。」食事が終わるとそうあっさりと言われ分かれた。これから彼らはナイトクラブでの接待が続くのだろう。私は、食事まで。当然のことだが、もう仲間ではないのだとタクシーを1人でひろって帰った。そのタクシーの横を、高級車でお2人が私には無頓着に追い抜いて行った。二日目の夜は、大学の同級生で大手商社の駐在員Y君夫妻との会食だった。夜でも一行に涼しくならないシンガポールの野外レストランだった。Y君の奥さんも同級生、久留米出身の色黒のAちゃんだった。Aちゃんとは大学1年の11月に紺色の毛糸の手袋越しに手を握って木場を歩いたことがあった。それで終わった仲だった。2人の子どもがる現地駐在員のY君は小柄ではあったが、堂々と仕事に励んでいるようにみえた。自信がみなぎっていた。学生時代の大学際の夜は3人を含め他の同級生と朝まで飲み歩いた。ゼミも一緒だったが随分と違った生活になってしまっていた。二日間の滞在は終わった。34歳、仕事もなく、永住権も取れるあてもなく、金もなく、彼女もなく、ただアホのようにヘラヘラ笑いながらシンガポールを後にした。「タコさん、7月から5年間の予定でシンガポール駐在に決まったよ。」今年還暦を迎えた親友のAさんが教えてくれた。奥さんと2人で行くとのこと。年金がスタートする65歳までそこで最後のご奉公だという。シンガポールには、オランダ系の連れ合いの妹家族も住んでいる。今年、23年ぶりにシンガポールを訪れてみたいと思い始めている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月12日
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「お父さん、最近ピザ好いてしまってね。」東村山の実家の父が、最近出前のピザを気に入っていると母が言っていた。薄でのピザだ。ピザといえば、海外に住むものにとって必要不可欠なのがビザだ。このビザにもいろいろなものがある。観光ビザ、ワーキングホリデービザ、学生ビザ、就労ビザ、永住ビザなどがメインだろうか。私が今保有しているビザは永住ビザだ。しかし、市民権を取得していないので、国籍は日本で日本人。永住といいながら、この国に住んでおらず海外にずっと住んでいたら、そのビザは失効してしまう。だから、永住といいながらも条件がある永住だ。市民権を取って、オーストラリア人になってしまえば問題はない。ただ、日本の場合、二つのパスポートを認めない数少ない国だから、市民権を取ったら日本に一時帰国するときにビザがいる。それも面倒だし、こんな顔をしていてオーストラリア人もないので、未だに私は日本人で留まっている。ずっと先になり、まだこの世に命が与えられていて、日本に引かれる後ろ髪も完全になくなった頃にはオーストラリア人になるかもしれない。会社をやっていて、何人かのスタッフの就労ビザ、永住ビザのスポンサーにならせてもらうこともできた。そんなわけで両親が元気なうちは、市民権を取らずに永住ビザで日本に一時国し、両親と食卓を囲み、所沢のピザハットなどからの宅配ピザで賑やかにやっていきたいと願っている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月11日
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週末は、日本料理に始まり日本料理に終わった。土曜日の夜、3組のカップルと招待して「日本食の夜」。滅多に人を呼ぶことのない生活を大いに変えようということで、ここのところ日本食の会が続いている。慣れないこをしているもので、時間がかかってかなわない。まず3品からスタート。「ほうれん草の黒ゴマ和え」「握り寿司もどき」「えのきバター」。出したときの皆の反応は、写真が物語ってくれている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月08日
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オーストラリアは、最近インド人が多いとか中国人が多いとか言われているが、やはり圧倒的なアングロサクソンの国。どこへいっても典型的なイギリス料理に出会う。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月05日
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昔、イスラム教徒は4人まで奥さんが持てるということで、どうして自分は仏教の国に生まれてしまったのかと嘆いたことがあった。でも今は、1人でも十分過ぎるくらい十分だと思えるようになっていて、イスラムで数人の奥方を娶っておられる方々に同情の念に耐えない。He doesn’t have time for a wife.こんな英文に出あった。A wifeとあるが、the wife ではない。未だ道遠い英語の定冠詞、不定冠詞の世界。A wife なら他にもいるのか、この人はイスラム教徒か、などという思いが巡ってしまう。そこで、身近にいる生き字引であるオランダ系の連れ合いにきいてみた。こういうときは本当に便利だと思う。「恐らくこの人は独身で、この文の意味は結婚できない、という意味だと思うわ。結婚していると取れなくもないけど、可也の確率で忙しすぎて結婚できないっていうことでしょうね。」上の文章をみて、即そう分かるくらいの英語力が欲しいところだ。He doesn’t have time for his wife.こうなれば、疑う余地もなく結婚しているだろうけど。前後の文脈からいって、このhis が隣のオヤジとかだったら怖い文章になるだろうけど。冠詞は永遠の課題だ。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月04日
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かかりつけの医者に、血糖値が高いといわれた。健康のコントロールができない人間は、たとえタコであっても社長の名を返上しないとならない。これは医者が言ったわけではないが。「血糖値を下げるには、やっぱり玉ねぎです。」心配するスタッフから言われた。毎日、夜玉ねぎ半分をすって食べるのだそうだ。問題は、玉ねぎって非常に臭いのでオランダ系の連れ合いが嫌がるだろう、ということだ。これ以上、嫌がられては大変なのだが。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月03日
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トマトに入れるバジルハーブたちオーストラリアの家になくてはならないレモン。今年は、実が遅い。匂うラベンダー裏庭でひっそりと咲く蘭隣のバリーさんご夫妻、6週間のアメリカ旅行中に面倒をみさせられている観葉植物下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月02日
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アメリカにはギターを持って出かけた。大学3年生の夏休みだった。当時、私は教会のメンバーで、一緒に行くピーターソンさんご一家と、多くの教会を回ることになっていた。そして、そこで日本語のフォークソング賛美歌を歌って回った。ワシントン州のシアトルから、車で東に3時間ほど行ったところにあるスポキャーンの子どもキャンプに裏方として10日間ほど参加した。ギターも一応持って行った。ある夜、若いスタッフたちが集まってちょっとしたパーティーになった。ジョーというちょっとキザで細面、リチャード・ギアのような感じの男がギターでジョンデンバーの歌などを歌いまくっている。皆の知っている曲だから、合わせて歌ってにぎやかだ。素敵な女性がいた。長身ですらっとしていてキャンディス・バーゲンのような感じで清楚。ちょっと心が惹かれていた。何しろ、初めての海外旅行で、回りは憧れの金髪だらけ。目がまわる。そんな中でもキャロルといったこの娘は目立っていた。キャロルはジョーの隣に座りなおして、楽しそうにほとんどの歌を一緒に歌っている。私にとっては歯がゆい設定だ。当然のように皆英語の発音もよく、すごく上手にきこえる。「タコ、タコもギター持ってるね。」突然ジョーが言い出した。私は、コード帳を見ながら弾いているような初心者だった。ジョーはなんだか挑戦するように言っている。少なくとも私にはそう思えた。アメリカの男たちは、特に女の前では自己主張が強い。嫌がる私も、他の人にも言われギターを抱えるはめになった。「じゃ、一緒に弾こう。」わざわざ、日本からギターを持って太平洋を越えて来るくらいだから、きっと可也弾けるのだろうと思ったようだ。ジョーがそういった。回りから拍手が出た。冗談じゃない、弾ける訳がない。私は、「バラが咲いた」止まりのレベルだ。キャロルの手前もあって調子に乗ってギターなんか取り出して本当に恥じをかいてしまった。翌日、子どもたちのちょっとしたハイキングがあった。私も引率でついていった。しばらく歩いていると、突然茂みの中から人が2人出てきた。一行が過ぎた後だったので、ほとんどの人は気が着かなかったようだが、私はしっかりと見た。ジョーがジーパンをパンパンとはたいて出てきた後に、キャロルがついて出てきた。私は、しっかりと見た。「このスケベ野郎!」ジョーに手も足も出なかった私は、心でそう叫ぶしかなかった。相手がリチャード・ギアでは、かなう筈もなかったが。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月02日
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左はオリーブパン。右は、オリーブ、カボチャ、玉ねぎ、なんとかチーズパン下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月01日
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「今年、還暦になるんですよ。でも、もう日本に帰ろうかななんて思ったりしてね。」昨年、メルボルンの元祖手巻き寿司テイクアウエーの店をたたんだSさん、こんがりと日焼けした顔で笑いながらそう言う。日焼けの理由を聞くと、毎日ゴルフだそうだ。50歳からゴルフをスタートしたとのこと。「俺の親父はアル中で73歳で死んだんだよ。警察署長と市長が幼友達だったんだけどね、3人ともアル中。親父はパトカーに捕まったら、すぐに警察署長に電話して勘弁してもらっていたみたいだ。」米どころで酒豪の多い秋田出身のSさんだ。私の母も実は秋田生まれ。一升瓶を二本空ける人がいると母からも聞いていたが、Sさんもそういう人に囲まれて育ったようだ。日本人は酒の消化酵素が白人よりも少なくて酔いが頭や体に回りやすい体質。しかし、一度酔って体を揺らしながら飲み続ける人はゴマンといる。Sさんのお父さんは、晩酌に毎晩必ず七合の酒を何十年も欠かさず飲んでいたそうだ。徳利で3本。これを毎晩続けたら象でもアル中になる。「そういう父親を見ていたから、俺は50歳で健康的にゴルフなんか始めてやってるんだよ。今は仕事もないから、ゴルフのプロを目指そうと思ってるんだ。」真顔で冗談をいうのがSさんの癖。会うたびに日本に帰ろうかな、というSさんだがなかなかしぶとい人、また新しい仕事をし出すのは時間の問題だと思っている。下の箱をポチッとクリックお願いいたします
2009年06月01日
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