キリスト教カルトを斬る
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結審したようですが 被害者関係者の代理人が、傷害容疑で逮捕され起訴された裁判ですが、やっと結審したようです。検察の求刑は罰金刑だったとのことですが、論告求刑の内容はまだ明らかにされていません。それでも、弁護人最終弁論と被告人最終陳述が「糾す会」のホームページに掲載されました。弁護人最終弁論にあることは、誰が聞いても理路整然とした、極めて単純明解な、「傷害」事案に関する判断です。ことに、検索側の証人の証言に関しては、一つ一つ具体的に詳しく説明されて反論されています。 そして、弁護側の証人の証言に関しても、その信用性を明らかにされています。是非、皆さまも「糾す会」のホームページにある弁護人最終弁論をお読み下さい。そしてそれから、被告人最終弁論をじっくりお読みいただきたいと思います。検察側の証人が、何故あのような証言をしたかという理由が鮮明に浮かび上がってきます。そしてその後で、2011年3月3日に開かれた第4回公判での証人尋問をお読みいただくと、この「傷害」事案が本当に傷害であったかどうかということが見えてきます。 ですから、来る11月24日に開かれる判決公判での判決を聞く前にそうしたことをしっかりと記憶していると、判決が妥当であるかどうかも判断できると思います。裁判所の判決も人間がすることですから、時として間違いが起こることもありません。再審請求を繰り返して、最高裁で再審の判断が下されることがあるのはそのためです。「悪いことをすると警察に捕まる」ということをよく耳にしますが、「悪いこと」をしたかどうかを最終的に判断するのは、警察でも検察でもありません。裁判所が、原則として公開の裁判を開いてそこで十分に審理し、最終的な判断をします。それが判決です。この判決が出るまでは、被告人はあくまでも被告人であって、加害者ではありません。 ただ、最近耳にしていることは、日本聖公会ではこうしたことがまったく理解されていないのではと思えることも起こっています。日本は法治国家ですから、教会の中で起こったことでも、日本の法律が適用されるのですが、それを本当に理解できていない方々がいらっしゃるのかもしれないと思っています。「裁判にかけられるようなことをするのがいけない」とお考えになる方がいらっしゃるかもしれませんが、裁判の判決が確定するまでは、被告人はあくまでも被告人でしかないのですが、「被告人=犯人」「悪いことをしたから警察に捕まった」と考えないで頂きたいと思います。それが、法治国家であるということの具体的な意味なのです。
2011.10.30