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缶コーヒー2本で絶版バイクフィギュアがついてくるそうな。とりあえず、Z400FXはおさえとくか。http://www.sej.co.jp/campaign/bike_y.html
2006.01.31
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マザーボードを交換して、完全復活をとげたVAIO君だが、ここに来て絶不調。最初のうちはIEを立ち上げるとフリーズしたりしてたのが、ついに立ち上がらなくなった。現在は出張用サブノートがメインの場に踊り出た格好だ。また復活させてやるぞよ。VAIO君。でも、バックアップ取ってないから、最悪初期状態に戻ってしまうなー。年賀状の住所録くらい、バックアップしとくべきだったなー。まあ、イロイロやってみるかや。
2006.01.30
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荷物を整理していたら、古いフォトグラフが出てきた。かれこれ16~7年前の写真だ。写っているのは友人で、一緒に彼の実家がある旭川へ向かう途中だ。改めてじっくり見ると、特にRSは赤黒ツートンのフルエアロが全盛の時にガンメタ単色は珍しかったし、エアロ無しでも格好いいなとしみじみ思う。ずーっと乗っていたかったな。
2006.01.29
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アフターグローの不調の疑いで入院したキャラバンだが、電話で状況を確認したところ、燃料噴射ポンプでエアを吸っているようだ。どうりで、登り坂なんかで息つきするなーと思ってはいたのだが、パワー感の無さに慣れた自分は「こんなもの」と半ばあきらめていたのかも。直ってきたら、嬉しい加速(そんなのあるのか?)が得られるのか?と、言いながら中古車フェアなんてものをやっていると聞き、ちょっと見てきた。目当ては当然セレナの4WD、ハイルーフだ。1台あったが「売約済」の札が。まあ、今キャラバンを修理に出している事だし、しかも嫁の「今すぐ買うわけじゃないんでしょ」の一言で、営業に声をかけるでもなく一通り流して帰ってきた。車検は今年の11月まであるので、春先に買い換えるか11月までの間に買い換えるか、はたまた継続車検を取るのか? とりあえずもうちょっと検討しよう。とにかく、早く帰ってきてねキャラバン君。
2006.01.28
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かくして、SS氏よりtm125を買った私だが、やはり本格的なエンデューロレーサーは素晴らしかった。こうなると、一般市販車であるCRM250Rの出番は全くなくなった。遊びにしろ、レースにしろtmで出るのだから、当然と言えば当然だ。まわりの友人も、SS氏のハスクバーナをはじめ、KTM、GASGASと外車勢が幅をきかせていた。そんな中でもtmは少数派だった。だから、地元でtmに乗っている人は何となく「どこどこの誰それ」とわかった。だが、多分それらのオーナーの中で一番走れない(下手くそ)のが私なのは間違いなかった。しかもトランポを入手してからは、好きな時に行きたい所で走れるようになり、ますます楽しさに磨きがかかっていった。
2006.01.27
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前々から調子の悪かったキャラバンを、ようやく修理工場へ持って行った。アフターグローの不良が怪しいという。温まっているときは状態が再現しないので、数日預ける事になる。で、代車が今までも何度か借りているカローラセダンなのだが、10万キロ近く走っているディーゼルにもかかわらず、キャラバンと比べると随分とスイスイ走るじゃないか。マニュアルなのも良かったのか?やはり真剣に買い替えを検討しなくては。でも、先立つものが....
2006.01.26
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昨日、営業途中に(をい!)古本屋に寄った。漫画本コーナーでプロジェクトXを見つけ、SUBARU360物語を読破してしまった。そしてフェアレディZの開発物語を買ってしまった。世界で一番売れたスポーツカーだったっけ?読んでみたら確かに面白かったが、なぜかつてのフェアレデー時代を全く無視しているのか?フェアレデー2000、いわゆるSR311等のオープンボディ達だ。しかも、私の記憶が確かならS30時代もなお、SR311は加速日本一ではなかっただろうか?まあ、限られた紙面の中で必要な情報をピックアップしたのだろうが、ちょい残念。個人的にはマルーンの240ZGが大好きだった。しかし、ワシのクルマ遍歴でも述べたように、実際に乗る事が出来たのはS130のノンターボ2000。スタイルは格好良かったし、内装もグッとくるものがあった。でも、あれはスポーティなクルマだったけど、スポーツカーではなかったと思う。240Zは、L24で150ps(グロス)だったかな?だけど、車重が軽いから十分にスポーツカーとして通用したんだろうか。運転した事がないのでわからないけど、L型エンジンはノーマルでは全然走らないのは常識。Z432は別。日産がレースに勝つためにプリンスの作ったS20を乗せちゃったんだから。あ、でも勘違いしないで。フェアレディZは、大好きなクルマに間違いない。1番は間違いなくスカイラインね。R34までの。このあたりについては、また後日。
2006.01.25
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オフ車で遊びなり、レースなりで転倒して故障するのは日常茶飯な事。特に、クラッチレバーが折れただの、ブレーキレバーが折れただのはよくある。たいていの人はブッシュガードをつけているので、よほどのことがないと折れないことが多いが。しかし、山の中で折れたりすると、もう自走不能に陥ることがある。ワシの場合、幸いにしてレバー折れにより自走不能になった事はないが、それ以上の事が何回かある。そのうちのひとつのがこれ。上のほうに、見事に穴があいている。転倒した際に、木の枝がラジエターガードを突き破って、本体にまでささってしまった。当然、クーラントがダダ漏れで、走行不能になった。無理して走って、エンジン焼きついたらヤダもんねー。純正のプラスチック製のラジエターガードからアルミ製の社外品に替えている人は多く、ワシも替えるつもりだったが、いかんせんマイナーなマシンで、ものがなかったのだ。結局ラジエターを交換した際に、アルミ板を加工して自作した。仲間からは「おろしがね」と呼ばれているが。その後、実転倒試験を繰り返したが(試験か?)頑丈なつくりはガードとしての役割をしっかり担っているようだ。その画像は「除雪で疲れました」の写真を見てちょ。
2006.01.24
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tm250 4stについて書こうと思ったが、先般書いたように車庫前が硬い雪でレベルが上がり、ついにリアゲートが天井にあたってしまうようになった。朝は勢いで出たが、ミラーのステーが思い切りガリガリといってしまった。会社の帰りには、例のアフターグローも放置しているため、マイナス12℃ではエンジンがかからなくて大変だった。(さっさと修理せい!)帰ってきてから、車庫前をツルハシで削った。さすがに疲れたので、シュラウドの画像だけ。
2006.01.23
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草レースと言えども、なかにはMFJライセンスが必要なレースもある。確かに、怪我や万一のことがあった場合、独自の保険よりもMFJの保険を使うほうがいい場合もある。そんな時に必要なのが「ライセンス」というものだ。今でこそ、競技役員の講習会にも出て、MFJ公認レースのお手伝いもできる(のか?)のだが、始めた当時は年に1~2回のレースのためにわざわざエントリーフィーの他にそんなものが! と思っていたが、まあこれは仕方ない。ちなみにワシ程度の場合は「エンジョイ会員」というのでいいのだが、勢いで「エンデューロライセンス」の時もあった。飲みに行ったときに、シロート(非バイク乗り)に見せると感心されたものだが、はっきり言って意味はなし。こと、北海道の場合、結構全国的に有名な大会でも独自ルールというか、MFJにのっとってないものもあり、存在自体微妙。これがエンデューロライセンスこれがエンジョイ会員
2006.01.22
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北海道に住んでいるワシが、生涯走ることはないであろう阪神有料道路サービス協会のキャンペーンでETC本体をほとんど無料に近い額で入手したのだ。正直、これに申し込んだ時に後から「応募地域を限定したい」等の案内があるのでは? と思っていたが全く問題なく入手し、現在にいたる。しかも、その際にETCカードも新規加入(もちろん入会金無料、年会費無料)したのだが、1~2回そのカードを使ったものの、現在は従来からメインとして使っているカード会社で新たにETCカードを作成し、もっぱらそれを使っている。その後、道路公団は分割民営化となったわけだが、民営ならこんなことしないよね?もっとも、ETC装着率のアップという点では貢献したのであろうが。こんないい思いをしておきながら、なんとマイレージ登録を今の今まで忘れていたという事実。確か○月までに登録すればキャッシュバック○○円!とかやってたような。今からでも遅くない。とりあえず申し込んでおこう。
2006.01.21
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ホットイナ○マもどきを作ったのは、かれこれ2~3年前か?何しろmyキャラバンは走らないくせに燃費が悪く(今時OHVだから当たり前か)少しでも何か、ということでモー○ーアップや、各種添加剤の類は結構試した。ウソかまことかホットイナ○マも、効能書きによると燃費もアップするらしい。製品を買うのはバカバカしい買う金がナイので、早速自作。早速装着。効果が良くわからん?数値に表れてこないナー。結局バッテリ交換時に外して、車庫に放置プレイ。今度は営業車に装着して効果を見ようと思う。
2006.01.20
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現在はオフロードばかり乗っているが、たまにはロードも乗ってみたい。今年はちょっと整備して、ユーザー車検でも取っちゃうかな?と思うが、シーズンが始まったら毎週のようにオフ車遊びで、遊び→洗車・メンテ→遊び→洗車・メンテ→たまにレース→......の繰り返しだろう。ロードなんて乗るヒマないやんけ!うーん、どうしよう。とりあえず、カバーをめくって聞いてみた。お前は、また走りたいか?
2006.01.20
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年甲斐もなく、なぜキャラバンをローダウンしているかは、以前も書いたが現在の車庫がRV対応車庫と称してノーマルでは入らない高さだからである。さて、冬は雪が降るのがここ北海道であるが、ほとんど毎日のように雪かきをしているにもかかわらず、雪により入り口が段々と高くなっていく。そうすると、いつのまにかルーフが当たってしまうようになる。今日も慎重にバックして行ったが、寸前で止めるとやはり完全に当たるほど高くなっていた。そんな時は硬く凍った雪を、ツルハシで割って路盤を下げるのだ。尚、私は普通のサラリーマンであるが、通勤の服装はMA-1もどきにマリンブーツというスタイルだ。勿論その中はワイシャツにスーツなのだ。革靴は会社に置いてある。クルマ通勤のなせる技である。何しろ、出勤時に車庫前の雪かきをし、出勤したら社員総出で会社の除雪作業をするのだ。かつては、革靴にオーバーで通勤していたが、それだと除雪作業がしずらいどころか、服が傷んでしまう。手袋も皮手袋からThinsulateの作業手袋になった。電車やバスで街中に通勤する人は別として、車でちょっと郊外に通勤する人は大体そんなもんだ。着てなくても、作業ジャンバー、長靴、スコップまでもクルマに積んで行くのだ。言うなれば、札幌通勤サバイバルと言ったところか。※冬は当然ながらバイクネタが無いと、反省しております。まだ回顧録しか書いてないのに。
2006.01.19
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北海道では、過去に吹雪による視程障害により高速道路上で100台以上が関わる玉突き衝突事故が起き、死傷者が多数出た。そのためかどうかはわからないが、ちょくちょく吹雪により高速道路閉鎖となる。実は私は昨日から出張に出て本日帰ってきたのだが、行きは無事に通行できたものの、帰りは一部の区間が通行止めとなった。確かに視界が50mを切るほどの猛吹雪だった。これを解決するにはヤバイ区間を全面ドームで覆うしかないよね。
2006.01.18
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以前、書いたように相変わらずキャラバンの始動直後の調子は最悪。しかも気づいたら、その時は電圧も低いみたいだ。ブロアファンは弱々しく、液晶TVの画面も暗く、ふかすと明るくなる。ってことは、安定するまでアフターグローが作動していないにもかかわらず、なんらかの電流を消費しているのか?そんなこと言っとらんと、さっさと車屋に持ってけ? ごもっとも。燃費の悪いのもこのせいか? もっともエンスタかけるとアイドリングが長くなって燃費悪いのはあたり前田のクラッカー(寒)来年はセレナあたりに乗り換えたい!誰かセレナ(いっこ前の)をトランポにしてる人、いませんか~?ハイルーフを狙ってます。
2006.01.17
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昨夜、ついに食べてみた。「美味しんぼ」でその存在を知って、ずっと食べたいと思っていた。ヤバイ。病み付きになりそう。
2006.01.16
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見づらいけど、200,000kmです。これは、以前の営業車であった、コルサでGETしたもの。先輩営業マンからのお下がりで、その時点で10万キロ超であちこちガタが来ていた。高速道路走行中にエンジンが逝って、レッカーのお世話になったのもコイツ。その後、エンジンを乗せ換えて最終的には23万キロでサヨナラとなった。1300クラスのボディーに1500ccエンジンは、キビキビ走り、現在の営業車であるカローラフィールダーに比べると、マニュアルミッションだったこともあり、スポーティな走りで楽しむこともできた。こんなクルマでヒール&トゥしてるヤツ、いねえよ!
2006.01.16
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お年玉の抽選結果を調べたら、3等のふるさと小包(今は名前が違うのか?)が当たっていた。う~ん。今年は幸先いいのかな?
2006.01.15
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バイクもクルマも手がかかるって言うか、故障はつきものだが、元来修理とか物を作るとかそういうのが好きなのだ。今、向かっているこのパソコンはVAIOノートだが、初期HDD不良の交換こそクレームで直したが、その後容量アップの流体軸受けタイプHDDに交換し、マザーボードが逝った際に某オークションで上位機種のマザーボードを入手し、入れ替え、現在に至る。まあ、大したことないか。でも、ノートはスペースに制約があって、分解も組み立ても大変だった。大変といえば、バイクで一番大変だったのは、ピストン交換でもクラッチ交換でもなく、シート張り替えだった。なにしろエアタッカーなんぞあるはずもなく、会社の工場から手動のタッカーを借りてきて、1本1本パッチンパッチンと打って行ったのだ。シワになったりしないようにテンションをかけながら打っていくが、終わったときには見事に手の皮がむけていた。しかし、張替え自体はうまくいき、大満足している。さすがにZ400FXの時は、シートフレームの鉄が錆びてボソボソになってしまっていたので、全交換したのだが。パチンコ液晶流用のモニタは5.4インチ、7インチワイドと2台作成。現在8インチを入手し、作成予定である。まあ、これらについてはネット上でほとんどプロのような方々が公開しているので、参考にさせてもらった。HID化については、実は失敗が2点ある。まず、最初は市販品のH4 Hi/Lo切り替えタイプを購入し、取り付けたのだが、悪名高きサン○カ製で、しょっちゅう片目が消えたり、瞬いたり、あげくの果てにかなり暗くなっちゃって。おかしいと思いながら使用していたら、保障期間を過ぎて泣き寝入り。次にトヨタ純正タイプのバラスト、バーナーを某オークションで入手し、H4台座加工、遮光板加工をしてLo固定にて使用していたが、防水処理があまく、ある日片方が突然点灯しなくなった。外して傾けると中から水が出てきた。そこで新たに同じタイプのバラストを1点だけ某オークションで入手、慎重に防水処理をして組み立てた。不良のバラストは、念のためシーラーを丁寧に剥がして見ると、回路に焼けたように見える場所があった。しかし、奇跡は起こった。まさかなー、と思いバーナーを装着し通電すると、なんと! 何事もなかったかのように点灯するではないか!新しく入手したバラストはどうする?その後、その不良だったバラストは調子よく働いている。また某オークションで同じバラストとバーナーのセットが格安で入手できたが、2個セットだったので、バーナーをH3加工し、純正フォグにぶち込んだ。失敗というか、アホウな事はまだある。リモコンエンスタをつけているが、これも何故か2個目。林道ツーリングの際は、クルマのキーとリモコンはウェストバッグに入れて走っていたのだが、その日は林道ではなく、完全に道なき道を走っており、某所で仲間のバイクがカブって、プラグレンチを貸してやろうと思ったら.....無い。ウエストバッグが無い!顔面蒼白。その後の仲間の懸命の捜索も空しく、ついに発見される事はなかった。被害内容・クルマのキー・エンスタリモコン・KTCプラグレンチ・六角レンチセット、他トランポに戻っても着替えも出来ずにいたが、幸いなことにサンルーフをあけており、そこからなんとかドアを開けることができた。その後、嫁に最寄のJR駅まで来てもらい、仲間に迎えに行ってもらって無事に帰ることができた。その後、同じエンスタの後継機種を入手(ハーネス他一式はそのまま)し、現在に至る。今、走りに行くときは、・リモコンは持ち出さない・スペアキーはクルマに1つ、ウエストバッグに1つ用意してある。ぶざまである。後半はタイトルとは無縁の内容かな?
2006.01.15
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購入時93,000kmで、わずかに10万kmに届かなかったが、約10年経過車と考えると走行距離は少ない。(現在は16万km弱)やはり、仕事グルマでなくキャンピング車というおかげか。しかし、低年式車という事で故障はそれなりにある。以下に箇条書きで書き出してみる。・パワーがない(新車時でもグロス85ps。経年変化で現在はNETで何ps出てるのか?)・運転席ドア下がり(この手の車の宿命か?)・ドライブシャフトブーツ裂け(ローダウンは頻度多)・燃料噴射ポンプより燃料漏れ(安売りGS御用達で、粗悪燃料を入れられたか?)・ファンベルト切れ(消耗品は仕方ない)・バッテリー交換(同上)・スターターリダクション不良(分解したがギアの磨耗も少なく、OHで復活)・今回のアフターグロー不良?いざ、書き出してみると大したことナイナー。でもスターターが逝った時はレッカーのお世話に、ファンベルトが切れた時は、電装がダメになりながら(ブレーキブースターも効かず)何とかダマシダマシ走って、最寄のDラーに預けたり(しかも地方で)大変なこともあった。まあ、それなりにイイ車にめぐり合えたのかな? と思っていますが。
2006.01.14
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この冬はどうも調子が悪い。特に、零下の時は最悪で、エンジンがかかるもののアイドリングが全く安定せず、止まってしまう。しかも、再始動時はアクセルを全開でスターターを回して、ようやくかかる。その際の排ガスの匂いは、不完全燃焼の石油ストーブのそれの匂いだ。だがしかし、零下じゃない時や、エンジンがあたたまると普通になる。本日、たまらずなじみの車屋さんで聞いてみた。多分、アフターグローが効いていないのでは? との事。ディーゼルの場合、初爆しやすくするためにグローという暖め装置がついているのは知っていたが、エンジンがかかってから安定するまでアフターグローというものが働いているとは、全くもって勉強不足。近日中にドック入りとなります。今夜も会社から帰る時に、えらい苦労しましたがな。そろそろ買い替え時かな?こりゃ。
2006.01.13
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SS氏は次のマシンとしてHusqvarna WR125を選んだ。そこで、現在のtm125を買わないか?と言うのだ。正直言って、レースとか真剣にやる気もないし、外車のレーサーなんて自分にとって宝の持ち腐れというか、性能を活かせる力量もないので、乗り気ではなかった。しかも、当時はまだDR30しかないので、混合2ストのマシンはどこへ行くにも他力本願だ。でも結局は買ってしまった。走るときは大抵SS氏におんぶにだっこであった。CRM250Rと違い、維持費も高い。(125だから税金や自賠責は安いが)ミッションオイルはATFをほぼ走行ごとに交換、2ストオイルは混合のため当初はMOTULを使用していたが、指定オイルがAgip 2T Racingと、これまた高価であった。高性能を維持するには仕方の無いことか。さすがにマシンは素晴らしかった。今までCRMでつらかったトコが、スイスイ行ける様になり、レースでの完走も容易くなった。重量が圧倒的に軽いので、万が一転倒やスタックしてもリカバリが楽だった。ただ、いいことばかりではない。基本的に外人サイズのこのマシンは足つきがかなり悪い。これは幸いにして体格に恵まれた私は、そう苦にならなかったが、足を着いた場所が低いと容易に立ちゴケを誘った。一番やっかいだったのが、クラッチが完全に切れないこと。これは、登りでエンストした際に、バイクが下がるのを防ぐため、と言われたが、そういうレベルでは無い位に切れなかった。クラッチをOHした際に、バスケットにかなりの段付が見られたので、修正したらウソのように改善した。後に、クラッチまわりを一新し、現在に至るが状態はかなり良い。この頃になると、より濃いトコを求めるようになり、どんどん楽しくなって行った。その年のシーズンオフに、フロントフォーク、スイングアーム、ピストン、ハンドルステム、他をじっくりとメンテした。エンジンのヘッドをあけるのは、RG50Eが焼きついた時に開けた以来だ。年明けに現在の愛車であるキャラバンを入手するに至るわけである。
2006.01.12
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・荒地で腹がつかえる。深雪でカメになること数回。・乗り心地が最悪。バンプストップラバーを削っても、フルボトムが早く、その際のショックが大きい。・シャフトブーツが速攻で裂ける。年一回は交換です。・フロントタイヤが内減りする。一回は裏表を組み替えてます。・下にもぐりづらい。ノーマル時はオイル交換楽々だったのに。・イイ歳して、と白い目で見られる。
2006.01.11
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日産キャラバン 2.7VX 4WD(CRMGE24)は、キャンピング車であった。いわゆる8ナンバーだ。当時、世間で横行していた「なんちゃってキャンピング」ではなく、ワンオフのベッドと流し、調理台装備でセカンドシートはワゴンのものが移植されていた。ただ、結局はトランポとして使用するために、ベッドキットは取り外して床はコンパネを敷き、ポンリウム(クッションフロア材)を貼って仕上げた。さらに、バイクを固定するタイダウン用のフックも数箇所に取り付けた。これらの改造はオグショーさんのホームページなどを参考にさせていただきました。元来、何でも自分でやりたいほうなので、色々といじった。・DR30に使用していたNARDIクラシックを移植・ホーンはボッシュのラリーストラーダを移植・ヘッドライトはCATZ ZETAをこれまた移植・純正フォグのクリア化・BOSEのスーパーウーファー装着・荷室に蛍光灯装着・前後ローダウン化・アストロのサードシート装着(8人乗り仕様時。着脱可)・GX81マーク2のリップスポイラー加工装着・オンダッシュ液晶TV装着・バックカメラ装着・DVDプレーヤー装着・ポータブルCDナビ装着・ETC装着・ヘッドライトにHID装着(トヨタ純正品流用)・フォグにHID装着(トヨタ純正品流用)オイル交換、フィルタ交換は勿論自分で行い、エンジンのタペット調整も行った。スターターのリダクションが壊れた際も、分解OHして直し、ヒーターのブロアモーターが壊れた時は中古品と交換した。実は、8ナンバーの優遇税制はとっくになくなり、現在は通常の10%ダウンの税率だ。しかし、10年以上経過車のため、プラス10%とこれまた意味のないものだ。実はこのVXというグレードは通常1ナンバー、いわゆる普通貨物なのである。普通のDXやGL-Lは4ナンバーなのに。これは、ひとえにワゴン顔で、しかもサイドモールがついており乗用だと3ナンバーの車格だからである。昨年、8ナンバー登録を1ナンバーへ変更しようと考えたのだ。あるいは、ちょっと裏技を使って4ナンバーにでもしようかと。だがその前にETCを装着したので、1ナンバーだと高速料金が高くなるし、4ナンバーだと車検のたびにヒヤヒヤするので、とりあえず8ナンバーのままとした。オフ車のトランポとして使用するにあたり、ローダウンは非常にマイナス材料。だって、たいてい山とかのダートを車でも少しは走るでしょ。しかも乗り心地は最低だし、リップスポイラーも縁石でガリガリ。まして雪国に住んでる身としては、いいことなんかはありゃしない。せいぜい、見る人が見れば「オッ!」となるか、乗り降りが少し楽なだけ。では、なぜローダウンなんかしたのか? こんなおっさんが。実は、今のアパートには車庫がついており、Z400FXや他のオフ車2台(あえて名を秘す)も入っている。ここはけっこう広い車庫で、RV対応車庫ということで通っているのだが、設計ミスか何かはわからないが、ノーマルの車高では頭がつかえるのだ。そのためにあえて、ローダウンにしているのだ。
2006.01.10
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話は前後するが、レースにのめり込むようになると、自走では厳しいというか全く不可能な場合が多い。しかも自走して行けば、タイヤがどんどん減ってせっかくのレースで新品のグリップが得られない。2ストの混合だと、ほとんど有り得ない。大体はSS氏のトレーラーに甘えて、自分はDR30にて現地入りというパターンだった。しかし、氏の奥さんも私よりオフ歴が長いこともあり、レースにも参加している。すると、トレーラーには氏と奥さんのマシンが乗ると、私のマシンが乗らなくなる。そこは、世渡り上手な私。その頃には結構友達も出来て、「○○のレース出るの? ワシのも乗せて行って!」という感じでお願いしていた。しかし、レースに出るのに常に他力本願では、よくない。ましてや、友達の出ないレースには自分は参加できないのが、悔しい。前置きが長くなったが、自力でバイクを移動できる手段を検討した。ワンボックス、ピックアップ、軽トラ、トレーラー、etc.とあるが、現在のDR30の他にさらに1台というのは、厳しい。しかし、DR30でトレーラーというのもどうだろう。検討に検討を重ねたうえ、1BOX車にすることにした。幸いというか、無法地帯というか北海道ではまだまだディーゼル車がOKなため、ディーゼルの4WDのバンという条件は速攻で決まった。トランポとしては灰エースが最もポピュラーで、それ用のキットもかなり出回っている。中古のタマ数も多い。1年365日のうち、ほとんどは通勤等に使う事を考えると、DXのショボイ内装と装備はツライので、スーパーGLのロングでほとんど決定していたが、そこはそれ、大の日産党の私は、キャラバンを選んだ。キャラバンで内装や装備がワゴン並なのは、GL-Lというタイプだ。しかし、バンの中古というのは、9割9分仕事クルマなので、走行距離しかり、ヤレ具合しかり、はっきり言って程度の良いものが少ない。そんな中、バンなのにワゴンの外装と内装をもつ、VXというグレードがあることがわかった。VXは、またまたタマ数が少なく、程度の良いものを探すのにとても苦労した。そんな中で、ようやく見つけたのが、これ。日産キャラバン 2.7VX 4WD 形式 CRMGE24パッと見はわかりずらいが、実は10cm程ローダウンしている。(理由はそのうちに)
2006.01.09
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最近の新潟、秋田の大雪の様子をTVで見るたびに、他人事ではないとつくづく思います。ここ札幌でもあれほどではないにしろ、毎日雪かきが必要です。本日は、冬場の筋トレをかねて(ウソ)妻の実家(北海道でも比較的雪の多いトコ)に行って、屋根の雪下ろしをして参りました。ただ、吹雪で行きも帰りも高速道路が止まっていましたので、移動にえらく時間がかかりました。そんな中でも、HIDってさすが威力ありますねー。私の場合、ヘッドライト、フォグもHID化してますので、超強力です。今日はちょっと疲れたので、最近の写真なぞ(といっても昨年の秋か)2004 tm250 4T
2006.01.08
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前出SS氏の罠にまんまとはまり、ついにレースに出場する事になった。「勝つ」とか「入賞」なんて事はハナから考えていなかったが、それなりに走れるんじゃないかなと思っていた。林道では、結構厳しい難しいとこも何とか走れるようになってきたし、万が一埋まったりしても持ち前の力で何とかなると考えたのだ。結果は言うまでもなく、散々であった。林道を走るときは、道の分岐点や要所要所で結構休んでいるのだ。でも、レースでは周回チェックと、給油以外は休むことなく延々と走り続けるのだから、いつもの瞬発力的なものでなく、持久力的なものが必要なのだ。昔から、短・中距離走はまあまあだが、長距離は大嫌いだった。しかも、初レースがいわゆるコースエンデューロってやつで、一周数キロのコースを20周とか30周とかするのだ。正直、段々飽きてくる。飽きる→集中力欠如→コケる→体力消耗→やる気がなくなるという図式にはまって行く。初レースにしては、リタイアもせず何とか最後まで走り続けることができた。かくして「参加することに意義がある」じゃないけど「完走することに意義がある」という、現在に至る信念の芽生えとなった。SS氏は、CRM250R、RM250の他に、tm125というイタリアの聞いたこともない(当時)マシンを持っていた。125のくせに、1cc=1万円位するマシンだという。馬力も国産市販車2スト250並にあるとの事。フロントフォークはマルゾッキ、リアサスペンションはオーリンズ、前後ブレーキはブレンボと、超一流品を集めて作ったかのようなバイクだ。レース会場でも他に1台いるかどうかで、マイナーなバイクに思えた。しかし、非常に軽くパワーもあるため戦闘力はかなりあるようだ。ただ、どうしてもピーキーな感じは否めない。SS氏のおかげで、色んなレースに出ることが出来た。相変わらず、入賞は全く有り得なかったが、段々レースも楽しくなってきた。
2006.01.07
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カワサキZ400FXに乗ってた件は前に書いたが、当時候補にあがっていたマシンは他にもあった。まずはカワサキのSS250。いわゆるマッハの末弟だ。あとはその直系のKH250。いずれも2ストトリプルだ。実際にKH250で当時(昭和59年)オール込みで20万の極上車の話があったが、自分は最終型のライムグリーンがいいとあっさり断ってしまったのだ。今なら迷わず即金で決めているところだが。当時は最終型ライムに、Z250FTの足回りを移植して、3本チャンバーで決めようと思っていたのだ。あと漠然といいなと思ったのは、SUZUKIのGT380。GTサンパチだ。別に「白い騎士」に憧れたわけではない。(超古!)きっと3気筒なのに4本マフラーというのが格好良く写ったからだろう。当時はチャンバー、アルフィンカバー、FRPフェンダーに生ゴムグリップが定番だった。だが、当時の2ストは「焼きつく」というイメージが先行し、特に3気筒の真ん中のシリンダーはヤバイよという、どこからともなく聞こえた噂に踊らされたのか、2ストトリプルを手に入れる事はなかった。FXを手に入れた後も、カストロールの混合で白煙を撒き散らしながら走る姿に、夢を見たものだが。異色なとこでは、HONDAのGL400カスタム。アメリカンだ。Vツインのシャフトドライブで、すごく重いバイクだ。これは、友人が事故って廃車にしたものをもらって、直してFXのナンバーをつけて乗ったりした。(もう完全に時効)デイトナのシッシーバーがついていて、当時の彼女を乗せて走ったものだ。シャフトドライブの癖が強く、回転をあげるとバイクが傾く怖いバイクだった。大型車では、Z750RS、Z750FX、Z1000R、750Turboと、圧倒的にKAWASAKIが好きだった。ハーレーのFXWGワイドグライドも乗ってみたかった。タンクを星条旗カラーに染めて、気分はキャプテンアメリカか?今思い返してみると、完全に懐古主義でしかないが、真剣に欲しかったのだ。あれから20年たった今は、状態の良い上記車種を探すのは困難を極め、極上車はプレミア価格というおまけがついてくる。2ストトリプルに、現在の足回りとブレーキを与えたマシン。どっかのアホウなショップがフロントに倒立フォーク、リアはプロアームのカスタムを作っていたけど、もう絶対にやめて欲しい。真剣に購入を検討しちゃうから
2006.01.06
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とりあえずウェア一式を揃えて、次のツーリングにも参加した。回数を重ねるうちに、コツがつかめてきていわゆる「濃い」ところも徐々にスムーズに走れるようになってきた。そうすると、他の人を気遣うことが出来るようになった。オフロードを走るテクニックというか、そういうものは全くわからず、勢いのみで走っていた。林道の案内役によって、色んなルートに連れて行ってもらった。毎回、ワクワクしていた。全出SS氏は、たまにレースに出ていた。エンデューロというものだ。自分ではオフロードと言えば、モトクロスしか知らなかったが、エンデューロは普段走っているような、たまに荒れたようなトコを制限時間でひたすら走るか、規定集回数を何時間で回れるか、というようなものらしい。「エンデューロ」の定義については、他の説明にゆだねるが、当時自分はそんなもんだと教えられた。後から考えると「レース」と聞いて尻込みする私に、要点だけかいつまんで教えてくれたのだろう。「レースに参加しよう」当然の如く誘われた。しかしながら、普段林道を遊ぶのと違い、レース会場まで自走で行ってレースに出るのはキツイ。しかも、下手して怪我でもしたら自走で帰ってこれるどころの話ではない。SS氏はトレーラーに私のバイクも積んで行ってくれると言う。私はそれなりの用意をして、車で来いと。かくして初のレース参加となる。これは、初レースの写真ではありません。その後の何回目かのレースのものです。
2006.01.05
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再び林道ツーリングの誘いがあった。前回は、バイクに乗って数回という超初心者がいて、全体的にはメリハリのないツーリングだったが、今回はある程度乗れる人たちの集まりだ。集合場所に着くと、自分以外は全員ウェアに身を包み、ブーツは勿論、ガード等も完璧だ。しかもキャメルバッグなる、背負う水筒袋のようなものを装備してる者もいる。自分は前回同様ロード用のジャンパーにジーパン、ワークブーツだ。出発前に飲み水を持っていく事を言われていたので、500ccのスポーツドリンクと、小さめの水筒に麦茶を持って行った。前回とは違い、いきなり険しい道が続いた。しかもところどころに水溜りがあり、下手をするとバイクが半分くらい埋まりそうな水溜りもあった。比較的ウェットな路面は、ジーパンを泥だらけに、水溜りで立ち往生した際にワークブーツの中はグチョグチョになった。ちょっとした登りが続く場面に出くわした。それまで泥に埋まって、バイクを押したり引いたりして体力は恐ろしく消耗していた。なおかつ、持って行ったペットボトルはカラになり、わずかに残った水筒の麦茶で耐え忍んでいた。そんな中でのチュルチュルの登りである。慣れた連中は先にどんどん登っていくが、はるか上方ではチェーンソーで木を切ってるが如くエンジンのうなり音がこだましている。意を決してチャレンジした。登ってすぐにスタックした。半クラとアクセルコントロールを駆使してトラクションを掛けながら~などのテクニックを知るはずも無く、しかもずーっとシッティング(座ったまんま)で登りきれるものではなかった。スタックしても、アクセルをバンバン回してリアタイヤを沈めるだけ。そのうちすぐにオーバーヒートでラジエターからクーラントが噴き出した。少しエンジンを止めて休んでいると、登りきった連中がHELPに来てくれた。スタックした時点で押したり引いたりして、体力は限界。久しぶりに吐き気をもよおすほどだ。もう少し休んでいたかったが、ラインをふさいでいる以上、自分がどけないと後続車が登ってこれないのだ。スタックしたところからは、人海戦術で出せたが「トラクションをかけながら一気に上まで登ってしまえ」という無理な注文に「はい」という言葉以外は発せなかった。引っかかりながらもなんとか結構登ったが、やはりスタック。ゲ○をこらえるのに必死だった。バイクを倒したまま、横に体育座りで動けなかった。その時点で水筒までもエンプティ(空)になってしまった。そこにツーリングに誘った彼、SS氏が歩いて登ってきた。迷わず水を求めた。キャメルバッグから喉を潤す命の水を得た。SS氏のHELPと、水を得て何とか坂の上までたどりついた。登った連中はバイクを置いて、下のHELPに歩いて向かっていたが、私は登りきった場所で動けずにいた。しばらくして、皆が登ってきた。ここまで来るのに飲み水を失い、今後の行程で水無しでは無理だと思ったが、登りきったとこから林道で5分ほど走ると、朝に集合した場所だった。そこには商店があるので、迷わず1.5リットルのペットボトルを買った。林道で来れば5分程度の所を、あえて伐採の作業道のような獣道を延々1時間以上かけて登ってきたわけだ。その後はそれ以上の厳しいトコはなかったが、帰る頃にはすっかりヤラれていた。体力消耗と、スムーズに走れなかった悔しさにである。帰りは泥だらけのバイクと、体とブーツを洗車場で洗った。家に帰ると、そのままでは部屋に入れないので、妻を呼んで玄関で服を脱いで入った。ワークブーツはオシャカになり、ジーパンやTシャツ、靴下、果てはパンツまで泥染みは取れず、後で妻に怒られた。疲れた体をシャワーで洗い流し、風呂上りのビールのこの上ない旨さに感激した。夜はなかなか寝付けなかった。体中の筋肉がジンジンとするのだ。相当寝返りを打っていたそうだ。(妻談)翌朝目覚めると、全身筋肉痛でベッドから起き上がるのも容易ではなかった。さらに、そんなに転んだ覚えはなかったが、色んな所に青あざができていた。SS氏より、ニーガードを借りていたため、膝の皿が割れる事態には至らなかったが。筋肉痛は2日間続いた。事情を知らない会社の人は、かつての私のように「何故この人は足をひきずって歩いているんだろう」と思った事だろう。次はもっとまともに走りたい!そう思う自分がいた。まんまとSS氏の術中にかかったわけである。翌週末には氏を伴って、ウェア、ブーツ、他一式を揃えていた。
2006.01.04
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とりあえずCRM250Rは我が家にやってきた。確かに立ちゴケ程度のキズはあるものの、走行距離1500kmの極上車である。その日、銀行から10万円を下ろしてきた私は、財布に8万、ポケットに2万と分けて持っていた。「8万なら即金で払えるよ」という交渉をしようと思ったからだ。しかし、そんな駆け引きをする事も無く8万円にて交渉成立となった。その後、名義変更、自賠責保険加入等の手続きはしたが、本当にチョイ乗り程度の日々が続いたのである。当時、私は印刷業に携わっており、それこそ多忙な日々を送っていた。毎日深夜残業、休日出勤は当たり前。しかも下手に中間管理職という肩書きであったため、残業代・代休等は一切なく、たまの休みも体を休めるので精一杯。給料は少ないものの、使う暇がなくて金には困らないという変な状況であった。そんな毎日に終止符を打つべく、ついに退職届を叩きつけたのである。30過ぎのオヤジに、世間の風は冷たかった。履歴書を送っても、返事はなしのつぶて。たまに面接まで行っても「誠に残念ながら~」という始末。友人の勤務する食品会社で3ヶ月ほどアルバイトをした後に、ようやく某社に勤務が決まったのである。かつてと違って、残業はあってもせいぜい8時位まで。休日出勤は皆無の生活であったが、収入は3分の2となっていた。でも、おかげで晩飯を家で食べることができるようになった。「林道ツーリングに行きませんか?」またしても前述の彼からの連絡である。某バイクショップ主催で初心者から、ある程度のベテランまで2~30台でのツーリングとの事。聞けば、女性ライダーも数人いるとか。とりあえず行ってみた。確かにバイクに乗って数回という人から、バイクにゼッケンをつけてウェアでバッチリ決めた人まで様々だ。自分の服装は、ジーパンにワークブーツ、かつてのロード用のジャンバーを着ての参加だ。そんな人は何人かいた。前回、浜を走った時とは違って、林道を走り続けることは正直面白くなかった。後でわかった事だが、初心者を考慮し超スローペースで走ったためである。それでも、今まで経験したことのないような場所を走るのは、新鮮な気持ちだった。そんなこんなで、このツーリングも無事終了した。
2006.01.03
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今日は飲み会で、今帰ったトコだ。 嫁が親知らずの抜歯により、死んでいた。 そんな時に飲みに行ってるワシもワシだが、そのワシに帰りに買い物依頼メールをする嫁も嫁だ。 幸い24時間営業の西友があり、買い物は無事に済ませた。 しかし、あの客の入りで採算取れてるのかね?
2006.01.02
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「浜でも走ってみませんか」ある日突然誘われた。バイクは用意するので、それなりの格好で来てと。彼がレーサーを買ったので、初乗りするらしいのだ。その日、指定場所に行くと、彼と彼の妻が待っていた。ピックアップにはRM250とRM80が積まれており、彼の妻がCRM250Rに乗ってきていた。私はCRMを借りた。道なき道を走るのは楽しかった。背が高い私は、多少バイクが倒れそうになっても足を出して踏ん張る事ができ、比較的苦労しそうなトコも難なく走れた。「オフ-ロードも結構簡単そうだな。」そう思った。(勘違いした)調子に乗ってRM250も借りて乗ってみたが、さすがにパワーが有りすぎて怖かった。そんなこんなで、結構楽しく過ごした1日だった。「中古で出物のCRMがありますよ」浜での走りからややしばらくたったある日、またしても突然の話。別に頼んでいたわけでも無かったが。街乗りオンリー、チョイ乗りのみの極上車が、オーナーの金銭苦により10万円、値引き可との事。チョイ乗りにいいかな?家に帰ってから妻に相談すると「まあ、いいんじゃない?」との返事。翌日購入の意思を告げた。転落の始まりである。
2006.01.02
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GT-Rを諦めた頃、会社にバイク通勤して来るヤツがいた。SUZUKIのDR250だ。当時オフロードバイクには全く興味がなかった。むしろ「まだ乗ってるんだ。しかもオフなんて」と思ってた。彼は、たまに足を引きずったり、湿布の匂いをさせて通勤して来た。聞けば、レースで転んでケガをしたとの事。かつてはバイクで峠を攻め、CBX400FやRZ250Rの友達がコケて病院通いという中、一度もコケなかった私だ。決して上手いわけではなく、無茶をしなかっただけだが。「バイクで一度もコケた事は無いよ」この一言が、後の人生を大きく変える事になろうとは夢にも思わなかった。
2006.01.01
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