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【快獣ブースカ】かわいい怪獣ドラマ これは、僕が小学4年生の頃(1966年)のテレビドラマでした。ベースになっているのは、「ウルトラQ」の「カネゴン」だったとのことですが、やはりかわいい怪獣を基本にしたんですね。「シオシオのパー」や「バラサ バラサ」などの「ブースカ語」が、当時の子どもたちの流行になりました。 ブースカの元はイグアナで、子どもが作った栄養剤によって大きくなったんですが、覚えていますか?目がぱっちりした快い獣でしたね。 👉快獣ブースカ
2025年10月31日
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【怪傑ハリマオ】日本初?謎のカラー作品 不思議なのですが、僕が3歳(1960年)の頃の作品なんですが、覚えて居るんですね。自宅にテレビがあって、毎日見ていたんですね。「ハリマオ」とは、マレー語で「虎」というのですが、サングラスに白いターバンは印象的でした。当時東南アジアの国々のことも、戦争のことも知りませんでしたが、馬に乗り銃で悪者を倒していくことに憧れを感じ、服装を真似ていましたね。 三橋美智也さんが歌うオープニング・テーマは、今でも歌えます。子どもの頃、毎日歌っていたそうです。きっと、歌を通して覚えているドラマなんでしょうね。 このドラマはモノクロだったんですが、一部カラーで作られたとのこと。日本初のカラー作品かもしれませんね。ちなみに、この作品の前は、「新吾十番勝負」でした。 👉怪傑ハリマオ
2025年10月30日
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【悪魔くん】妖怪ドラマの先駆け 水木しげるさんの作品で、「ゲゲゲの鬼太郎」やその後の妖怪ドラマの先駆けとなったものです。僕が小学3年生(1966年)の頃の作品で、当時はモノクロでした。妖怪作品そのものが珍しかった時代でしたが、その特撮は生きていました。 メフイストという召使いなどが出てきていたのですが、非常に神秘的で内容が理解できなかったことを覚えています。「エロイムエッサイム」は、友人たちの中で、流行語になりました。悪魔くん役は、金子光伸さんでしたが、年齢的には同年代だったこともあり、親近感をもって番組を見ていました。 👉悪魔くん
2025年10月29日
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【まぼろし探偵】モノクロで映像ではわからない主題歌 「赤い帽子に黒マスク 黄色いマフラーなびかせて♪♪」というのが、このドラマの主題歌でした。しかし残念ながら、当時のテレビはモノクロで、その雄姿が響かない歌詞でした。 これがテレビ化されたのは、1959年頃でしから、僕が2歳頃だったんですよね。しかし、覚えているというのが不思議です。オープニングは、画もあり、吉永小百合さんが子役で出演されていました。新聞社の少年事件記者で、父が警視庁というのが味噌。警察情報を入手して、2丁拳銃で事件を解決していく。現在でも、そんな構図は見受けられますね。テレビ放送草創期の子ども向けテレビドラマとしては、画期的だったのではないでしょうか。👉まぼろし探偵
2025年10月27日
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【マグマ大使】機動戦士の先駆けドラマ 僕が小学5年性の頃(1966年)に始まった、手塚治虫さん原作の実写ドラマでした。マグマ大使とゴアの勧善懲悪ドラマでしたから、小学生ながらわかりやすかったですね。体がロケットになっていくという発想は、その後の「機動戦士ガンダム」の発想で、映画「トランスフォーマー」の元祖を見る感じです。 マグマ大使には、息子ガムと妻モルがいるというのが、まさに子ども向けですね。これも、ゴジラ・シリーズに息子ミニラが登場して、子どもに評判だったということもあるのでしょうか。 主役の村上マモルは、その後フォーリーブスでアイドルとなる江木俊夫さん、お父さんは二枚目俳優の岡田真澄さんでした。 👉マグマ大使
2025年10月26日
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【ひょっこりひょうたん島】NHKの伝説的人形劇 僕が小学校の頃(1967年以降?)、いつの間にか毎回見ていた「ひょっこりひょうたん島」は、なぜ海を漂流することになったのか。島内の出来事に熱中していた、肝心なことが気にならなかったんですね。 実は、サンデー先生が子どもたちと遠足に行ったところ、ひょうたん島の噴火活動で、島が流れ出したことがきっかけでした。その後、いろいろな人が島に入ってきた珍騒動の物語でした。サンデー先生は、楠トシエさんでしたが、中山千夏さんや藤村有弘さんなども声優で出演していました。 主題曲は、ザ・フォーク・クルセダース。テレビでは前川陽子さんが歌っていました。久里洋二さんのアニメーションが印象的でしたね。 👉ひょっこりひょうたん島
2025年10月25日
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【ナショナルキッド】スポンサー企業の特撮番組 僕が、3~4歳の頃(1960~61年)のテレビドラマでした。オープニングでナショナルキッドが空を飛んでいるんですが、そこにはネオンで「松下電器」が浮かび上がっているんです。単独スポンサーのテレビ番組でした。 ストーリーは余り覚えていないのですが、日本ではそれほど知名度は高くなったようです。かえって、ブラジルの方が知名度が高かったということです。 俳優では、大地喜和子さんや本間千代子さんなどが出演していましが、懐かしいドラマです。 👉ナショナルキッド
2025年10月24日
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【サインはV】スポ根実写の先駆け 僕が、小学6年生の(1969年)のドラマですが、多くの要素をもった作品でした。当初は、岡田可愛さんがヒロインだったんですが、次は坂口良子さんでした。原作は「立木武蔵」のバレー部でしたが、テレビでは「立木大和」と変わっていました。 東京オリンピック(1964年)の「東洋の魔女」を引きずっていますが、いまだ「アタックNO1」の影響が大きかったため、実写に切り替えられたものです。しかし、それまでのスポ根ものと違うのは、魔球ものを加えたからでしょう。涙と汗から、魔球にとって変わったドラマの先駆け的作品です。 👉サインはV
2025年10月23日
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【ウルトラセブン】怪獣たちに愛着を感じたドラマ これは、ウルトラ・シリーズの4作目の作品でした。ウルトラマンが終了して、キャプテン・ウルトラが放映されましたが、その後のウルトラセブンの戦いの場は、宇宙に向いていたような感じがします。地球防衛軍がいて、モロボシ・ダンが加わって、宇宙からの怪獣と戦うといったストーリーが記憶に残っていました。 当時の怪獣映画も、子ども向けの人類の味方としての怪獣たちが総出演していましたが、それらの相乗効果を狙ったものでしょうか。怪獣の怖さよりも、ヒーローと怪獣に愛着を感じていた頃でした。 👉ウルトラセブン
2025年10月22日
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【ウルトラマン】シュワッチが合言葉 ウルトラ・シリーズの第2弾作品。奇怪なトワライト・ゾーンの世界から、いきなりヒーロー映画に変わりました。 とにかく出てくる怪獣を、一人(?)で退治をしてくれるのですから、今でも英雄です。さらに、怪獣を退治して空に消えていくウルトラマンに、誰もが憧れた時代でした。3分間という限られた時間の中で、格好よさを表現しなければならないというのも、悲劇的なヒーローという感じがします。 怪獣と戦い、飛び立っていく時のウルトラマンの「シュワッチ」は、小学校では合言葉的現象を生んでいました。 👉ウルトラマン
2025年10月21日
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【怪獣王子】少年ケニアにも似た恐竜映画この作品は、僕が小学3年の頃(1967年)の番組です。 当時は、ゴジラ映画などの怪獣ブーム。それに乗って登場した作品でしたが、登場する怪獣は、どちらかというと恐竜。きっと、怪獣ブームにあやかりたかったんでしょうね。 内容は、ブーメランと恐竜を盾に、悪者と戦うという単純なストーリーでした。特撮も幼稚でしたが、恐竜と子どもの取り合わせが面白くて、毎週見ていましたね。 👉怪獣王子
2025年10月20日
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【ウルトラQ】特撮を進展させた名作 怪獣作品というと、どうしても映画だった時代。この作品は、子どもから大人まで、家庭で楽しめる特撮を紹介した番組でした。内容も、単なる怪獣ものだけでなく、現代的な矛盾を突いたストーリーが多かったように思います。 テーマ音楽は単調でしたが、心を魅了するものがありましたし、ミステリーゾーンを語る石坂浩二さんのナレーションもインパクトがありましたね。僕が小学3年生の頃(1966年)から始まったのですが、幼心に怖さを感じたこともありました。この作品には、東宝の怪獣映画を取り入れたものが多くあり、子どもながらに映画とテレビで、二重に怪獣映画を楽しんでいたような気がします。👉ウルトラQ
2025年10月19日
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【こちら葛飾区亀有公園前派出所】まだ続いているの? 「こち亀」を読み始めたのは、高校2年生の頃。当時「少年ジャンプ」に連載されていましたが、単行本を買っていました。それでも、散髪に行った時に、待ち時間を利用して、よく読んでいました。面白かったです。それが、テレビ放映された時(1996年)は、既に僕は5歳の子どもがいました。この前のアニメが「キテレツ大百科」でした。キャラは、連載中の「両さん」そのもので、声は内海賢二さん、ラサール石井さんのイメージが強いのですが、お二人もピッタリでした。👉こちら葛飾区亀有公園前派出所
2025年10月18日
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【キテレツ大百科】子どもと「お料理行進曲」 これは、僕に初めての子どもができた頃(1988年)に見ていたアニメでした。江戸時代の発明家「奇天烈斎」の子孫が、先祖の発明を作り上げていくというコンテンツが面白かったですね。藤子・F・不二雄さんの作品ですから、どこかしら「どらえもん」っぽいところもありましたが、余り気になりませんでしたね。 確か日曜日の午後7時から放映されていましたから、必ず見ていましたし、この後番組が「こち亀」でしたね。生まれたばかりの子どもと一緒でしたし、オープニング・テーマの「お料理行進曲」が、今も記憶に残っています。 👉キテレツ大百科
2025年10月17日
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【狼少年ケン】猛獣と子どもの交流ストーリー これは、僕が年長(1963年)の頃の作品です。小学校入学前に見ていたアニメですが、よく覚えています。 狼の中に、なぜ子どもがいるのか?なぜ、子どもが狼に育てられているのかは、よくわかりませんが、狩猟しようとする人間たちに対して戦いを挑むと言うコンテンツは、自然を守る視点からの作品だと思います。 この作品を見ると、「少年ケニア」「ターザン」などを思い出しますが、「ジャング大帝」も、この範囲に入ってしまいます。👉狼少年ケン
2025年10月16日
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【妖怪人間ベム】 これは、僕が小学4年(1968年)の頃の作品です。「早く人間になりたい:という言葉が、小学校で流行しました。この翌年、「ゲゲゲの鬼太郎」がアニメ化されていますから、妖怪アニメの先駆けかもしれません。 しかし、この妖怪たちは人造人間っぽく、しかも無国籍的でホラー性が高いこともあり、大ヒットというところまでいきませんでしたね。 今見ると、不適切な言語が多く、現代的なアニメではありませんが、子どもながらに怖いアニメというイメージあります。 👉妖怪人間ベム
2025年10月15日
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【遊星少年パピイ】グリコの宣伝用アニメ これは、僕が小学2年(1965年)の頃の作品です。「鉄人28号」の後番組として放映されていましたが、この時期宇宙アニメが人気でした。遊星仮面の放映もこの時期だった思いますが、内容はどれも似たり寄ったりでした。 オープニング・テーマ後に、「グリコ グリコ グリコ♪♪」という江崎グリコの宣伝歌詞が忘れられません。 👉遊星少年パピイ
2025年10月14日
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【遊星仮面】平和の後の宇宙戦争 これは、僕が小学2年(1966年)の頃の作品です。1960年後は、日本経済も一定向上し、日本人も海外に行ったりして、国際結婚も珍しくなくなったころです。 この作品は、それからもう一歩先を行く物語でした。2001年に、太陽をはさんで地球と公転軌道を同一とする惑星が出現。お互い異星人同士で仲良くなり、宇宙結婚。その子どもが、その後関係が悪くなる両星の戦争で活躍をするといった内容。どことなく、現代を風刺したアニメでした。 👉遊星仮面
2025年10月13日
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【魔法使いサリー】初めての少女向けアニメ これは、僕が小学2年(1966年)の頃の作品でした。モノクロでしたが、魔法を使う少女の活躍が面白かったですね。これは、横山光輝さんの作品なんですが、横山さんの作風の広さに改めて感心します。 放映開始直前、「魔法使いサニー」となっていたようですが、「サニー」が「ソニー」に似ていると商標上の問題が起き、急遽「サリー」に変わったとのこと。今考えると、「サリー」の方が、僕は好きです。 当時ドラマやアニメは、一般向けのものでしたが、この作品は初めて少女向けアニメとして評価を受けたとのこと。少女向けといっても、男子の僕たちにも十分楽しませてくれた作品でした。 👉魔法使いサリー
2025年10月12日
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【少年忍者風のフジ丸】忍者ブームの火付け役 これは、僕が小学1年(1964年)の頃の作品です。当時は、白土三平さんの忍者ものドラマが人気を博しており、だんだんマニア化する傾向もありました。白土さんは、歴史的視点から忍者を描いていますが、テレビ化されるにつれて娯楽化し始めたような気がします。 この作品も戦国時代の忍びの者の物語ですが、作品終了後「忍術千一夜」というのがあって、実際に忍者が使っていた武器を紹介してくれていました。駄菓子屋さんには、忍者の武器のおもちゃが数多く飾られていましたが、この作品は忍者ブームの火付け役となったアニメでした。 👉少年忍者風のフジ丸
2025年10月11日
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【まんが日本昔ばなし】アニメでひとり芝居 この作品は、僕が高校2年(1975年)の頃から始まったようですが、僕にとっては幼いころから親しんできたような感じがします。日本各地の伝説などを、市原悦子さんと常田富士男さんが何人もの役をこなし、一人で話して聞かせるアニメ。どこかしら、昔の紙芝居を見ているような気がしました。 これは、当時番組の改編で開いていたところを埋め合わせるために製作されたものですが、その後の反響が多く、番組化されることになったものです。「まんが日本昔ばなし」「クイズ・ダービー」「8時だよ!全員集合」は、TBSの高視聴率を確立した流れでした。 👉まんが日本昔ばなし
2025年10月10日
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【天才バカボン】ギャグドラの先駆け これがアニメ化されたのは、僕が中学1年(1971年)の頃ですから、小学生の頃少年マガジンで読んだ記憶が鮮烈だったんでしょう。いろんなキャラクターが、一つの物語に出てくるというのは珍しい時代でしたから、どのキャラクターもよく覚えています。 「バカボン」の由来はいろいろあるらしいですが、僕は小学校の頃から「バカなボンボン」だと思っていました。しかし考えてみると、バカボンって案外利口で、パパの方がずっとふざけていますよね。 亡くなられた赤塚不二夫さんは、今頃自分が創作したキャラクターたちとお酒を飲んでいることでしょう。 👉天才バカボン
2025年10月09日
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【鉄腕アトム】手塚治虫さん屈指のSF超大作 「鉄腕アトム」が、テレビアニメとして登場したのは、僕が年長(1963年)の頃でした。当時のモノクロ画面を、今もよく思い出します。 しかし歴史は、1951年の「アトム大使」まで遡ります。当時は、原子力を燃料としていたため、アメリカ原題では「アストロ・ボーイ」でしたが、現代では核融合の子になっています。時代の流れを感じます。 当時近未来ドラマやSFドラマは多くありましたが、それらは人間がロボットを操縦するといったものが多かったのですが、手塚さんの創作物は人間の気持ちがわかるロボットでした。ロボットも人類と共存できる時代を夢見た手塚さんならではの作品です。👉鉄腕アトム
2025年10月08日
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【鉄人28号】横山光輝氏の不思議的科学ドラマ 横山光輝さんといえば、歴史が好きな方々にとっては「三国志」を思い出されるのではないでしょうか。その横山さんが書いた科学ドラマが、この作品です。 このアニメ化は、僕が年長(1963年)の頃でした。1956年に漫画の掲載が始まり、ラジオドラマとして登場したのが1959年、実写テレビドラマが1960年にされていますから、当時はかなりの評判だったんですね。 ストーリーは、戦争中に武器として計画された鉄人28号のリモコンを争奪するドラマ。やがて、金田正太郎がリモコンを手にいれ、悪者たちと対決するといった内容です。 歴史好きな横山さんが挑んだ、敗戦後の不思議的科学ドラマでした。 👉鉄人28号
2025年10月07日
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【男一匹ガキ大将】子ども版任侠ドラマ これは、僕が小学6年生(1969年)の頃のアニメでした。ガキ大将の戸川万吉が子分を拡大し、最後には日本全国のガキ大将の頂点となるといった、夢物語的ドラマでした。親分と子分の関係を広げていくわけですから、それは任侠物語ですが、それを子ども版としたところに面白さがありました。 映画を製作に当たっては、スタッフとして勝プロダクシュンが参加していました。「座頭市」「兵隊やくざ」で名をはせていた方ですから、彼の参加がアニメを一層面白くしたといってもいいかもしれませんね。👉男一匹ガキ大将
2025年10月06日
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【赤胴鈴之助】ラジオドラマから生まれた名作 「赤胴鈴之助」と聞いて、吉永小百合さんを思い出される方は、団塊世代の方でしょう。これは、1957年からラジオドラマではじまっていますから、僕が生まれる前のこと。同じ時期にテレビドラマ化、映画化されるなどしていますから、当時は大人気だったでしょうね。ラジオドラマでは、藤田弓子さんや山東昭子さんなども出演していました。 僕がテレビアニメで見たのは、すでに中学2年の頃(1972年)でしたが、鬼面党などとの対決が面白かったですね。この作品は、ラジオドラマから生まれた名作だと思います。 👉赤胴鈴之助
2025年10月05日
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【ひみつのアッコちゃん】赤塚不二夫さんの少女漫画! 赤塚不二夫さんというと、「天才バカボン」や「おそ松くん」など独特のキャラクターを持った人物が出てくる作品が多いのですが、これは異色。赤塚さんが少女漫画を描いていたということを知らない人も多いのではないかと思います。 このテレビアニメは、僕が小学6年の頃(1969年)に放映されていたものですが、男子が見ても面白かったですね。どこか「魔法使いサリー」に似たところもあるんですが、コンパクトを使っての変身願望は、男子も同じだったのかもしれません。「テクマクマヤコン テクマクマヤコン ○○ニナレ」や「ラミパス ラミパス ルルルー」など、男子も言っていましたね。 ちなみにこのアニメは、「魔法使いサリー」の後続番組でした。👉ひみつのアッコちゃん
2025年10月04日
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【赤き血のイレブン】メキシコ銅メダルの感激をもう一度 このアニメは、僕が中学1年の頃(1970年)に放映されたものです。2年ほど前のメキシコ五輪のサッカー銅メダルの感激をもう一度という感じで、サッカー・ブームに火を付けました。 主人公の玉井真吾は、モデルがいて後に日本代表にもなった方です。1972年のミュンヘン五輪に向けて、再びサッカー・ブームを起こそうと放映されたアニメでした。 👉赤き血のイレブン
2025年10月03日
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【決断】アニメンタリーというドラマ これは、アニメンタリーという造語のドラマでした。いわゆるアニメーションとドキュメンタリーという合成語なんですが、当時は気にもかけませんでしたね。 僕は中学1年(1971年)になっていましたが、毎週見ていました。1941年から1945年までの太平洋戦争の旧日本軍を中心とする戦記をアニメ化したものです。時々の司令官や長官の決断が、勝敗を決するという内容でしたが、歴史と人間の生き方を説いた有意義なアニメでした。 原作は児島襄さんで、製作はタツノコプロでした。今となっては、貴重なアニメだったのではないでしょうか。 👉決断
2025年10月02日
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【黄金バット】古い話の新しいアニメ 僕が見たのは、テレビアニメ化されたものからです。小学2年生(1966年)の頃で、紙芝居も見ていました。黄金バットの歴史は古く、昭和ひとけたまで遡るんですね。最初は、「黒バット」がヒーローとして活躍していたそうですが、そのヒーローを上回るヒーローが「黄金バット」だったようです。 街に来ていた紙芝居では、一部「黒バット」の話もあったようですが、子どもにとってはどちらもよかったのではないでしょうか。人に恐れられる骸骨がヒーローになるという発想は、アメリカ的で画期的でした。 👉黄金バット
2025年10月01日
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